Lancia


 グループ4のランチア・ストラトスは世界で初めてラリー用に設計された車だった。

 1971年にデザインされ、翌72年ラリーに初参戦。79年の時点でも依然として世界トップレベルに立っていた。

 シンプルで頑強な2シーターのスチールモノコックとリア駆動のミッドシップV6エンジン。グラスファイバーで造られたこのウェッジノーズ・クーペのスタイルはベルトーネの手によってデザインされた。

 シャーシのデザイン同様興味深いのは、エンジンの選択だった。
ランチアとフェラーリは共にフィアットの傘下にあった為、ストラトスのデザイナーはフェラーリ・ディーノのV6エンジンをこのラリーカーに移植した。
 その結果ストラトスはとても速く、力強く、ターマックでもグラベルでも優勝してその力を見せ付けた。

 1975年ストラトスはサンドロ・ムナーリ、ビオン・ワルデガルドの手により、モンテカルロ、スウェーデン、サンレモで勝利を収めた。
 実際、国際イベントでストラトスが勝つことが出来なかったレースはケニアのサファリとイギリスのRACだけだった。

 1974年に2勝、75年に4勝、そして76年にも4勝してストラトスはランチアに3年連続のマニファクチャラーズチャンピオンシップをもたらした。

 グループBの最初の車としてランチアは非常に滑らかな走行性能を持つラリー037クーペを開発した。規定では200台の生産と20台以上のレース専用車の開発が義務付けられていた。

 その為、037は市販車のランチア・モンテカルロとスタイルに於いて結びつく点があった。
 ミッドシップエンジンを搭載したリア駆動の037はアウディの4WDと激しい戦いを繰り広げることになる。

 ランチアは1985年迄生産を続けたが、この美しいクーペが勝ち続けたのは1983年迄のことであった。037は1982年に認可され、1983年にはモンテカルロで優勝。シーズンを通してさらに4勝を挙げ、037はストラトスの後を継いでランチアにマニファクチャラーズタイトルをもたらした。
 037程ラリーマシンの中でマルチチューブラーを多く使った車は無かった。これによって短距離でも長距離でもそのイベントによってサスペンションを調整することが出来た。

 このシャーシに搭載されたのは300馬力の2L 4気筒エンジンだった。地中海周辺の数あるターマックイベントに於いて素晴らしいパフォーマンスを見せた037は時代遅れになろうとも、多くのドライバー達に愛された。

 1984年に2.1L 325馬力のエボリューションUが登場したが、WRCに於いてはツール・ド・コルスでの1勝しか挙げることが出来なかった。それは037にとって最後のWRC勝利でもあった。

 それまでアウディとプジョーが4WDでグループBを席捲していたのに対し、1986年ランチアは新しい4WDの開発を始めようとしていた。

 このランチアチームの動きに対する反応はあまり大きくはなかった。ランチアはプジョーに倣い小さくて軽量で、とてつもないパワーのある車を求めデルタをベースにしたマシンを最初に計画した。

 デルタS4は外見上市販車とあまり違う点はなかった。その一方で037と同じくチューブラースペースフレームを軽くしたものが採用された。そしてとてつもないパワーを引き出す為に2L 4気筒エンジンはスーパーチャージャー付きターボとなっていた。
 これによってS4のエンジンは380馬力から460馬力を発生することになる。

 S4はデビュー戦となった1985年のRACラリーでヘンリ・トイボネンとマルク・アレンによって1・2フィニッシュを達成する。

 トイボネンはさらに1986年初戦のモンテカルロ・ラリーで優勝。しかし、多くのチームは続くポルトガル戦をキャンセルすることになった。レース序盤3人の観客が死亡し、30人以上が怪我をする大事故が発生。グループBの悲劇が始まった。

 第5戦のコルシカに於いてヘンリ・トイボネンとコ・ドライバーのセルジオ・クレストのS4はコースを外れ炎上。この事故で二人とも亡くなってしまった。

 国際自動車連盟はこれに過剰に反応し、24時間も経たないうちにグループBの廃止を決定。ランチアS4も終わりを迎えた。

 ランチアのデルタ・インテグラーレシリーズはグループAのラリーに勝つ為に開発されたもので、事実1987年から93年に架けて活躍した。

 インテグラーレは安定性のあるFFのハッチバックをベースに4WD化し、ターボで武装された2L エンジンと洗練されたミッションを持っていた。

 1987年この角張ったデザインのデルタHF4WDは240馬力にも満たないが、シーズン8勝を挙げマニファクチャラーズタイトルを獲得する。
 その後ミキ・ビアシオン、ユハ・カンクネンによってドライブされたデルタは数々の栄光を手にすることになる。

 1988年から89年迄インテグラーレは4気筒エンジンのままだったが295馬力まで高められ、より広いホイールベースとストロークの長いサスペンションを手にすることになる。

 1990年から92年には目覚しい躍進があった。2L 16バルブ340馬力のエンジンを持つインテグラーレ16Vは速く運転もしやすく、さらに良い結果を残した。1992年のランチアワークスチームの撤退までにデルタは獲得したタイトルを6つまで伸ばした。

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!