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ブリティッシュ・レイランドは80年代初期に手探りでグループBの新しい4WDマシンを開発した。
それがMGメトロ6R4である。 この車からフロントエンジン、フロントホイールドライブのメトロカーシリーズが生まれていった。
デザインはフォーミュラ1での経験を活かしたものだった。
ウィリアムズのグランプリエンジニアがシャーシと4WDシステムの基礎を構築し、コスワースがV6エンジンの開発に携わった。
デザインと開発が一段落するとブリティッシュ・レイランドは規定に沿って200台を生産し、世界選手権のラリーカーとしての歩みを進めた。
デザインの中心となったのは、ドライバーのすぐ後ろに配置された3L、90°V6エンジンだった。
このエンジンは420馬力を発生し、これによってラリーに勝つことは出来たが開発が思うように進まない6R4は進歩し続けるライバル達に勝つことは出来なかった。
6R4のV6エンジンは扱い易く他のターボエンジンに比べても運転しやすかった。1986年グループBが廃止されたが、その後15年間もイギリスのクラブレベルでは勝ち続けた。
6R4の見栄えは良くないが効率的なデザインは、1984年に公開され1985年最終的な形となった。
デビューとなった11月のRACラリーではトニー・ポンドによって今後を期待させる3位入賞となった。
しかし、プジョーとランチアの台頭によって1986年のWRCでは結果を出すことは出来なかった。英国のラリーファンにとってこれは、屈辱的な結果でありブリティッシュ・レイランドは僅か1シーズンでレースから撤退した。