Mini
BMC(ブリティッシュ・モーター・コーポレーション)のミニはエンジンもその外見も非常に小さいが、1960年代最も成績を残したラリーカーである。 もともとエンジンは850ccしか無かったが62年に1000ccに拡大。
63年からはミニクーパーとしてレースに参戦。さらに改良されたミニクーパーSとして初めは1071cc、そして1275ccのユニットを搭載。1000ccクラスでは970ccのショートストロークバージョンが活躍した。
全てのレースで優勝し他の車は及びもつかなかった。より大きなクラスの車だけがミニクーパーのスピードに何とか追い付く事が出来た。
パット・モスは1962年997ccミニクーパーでヨーロッパラリー2勝を挙げた。
しかし実際に伝説を築き上げたのは1964年にモンテカルロラリーで優勝したパディー・ホッカークだった。続く65年にティモ・マキネン、67年にはラウノ・アルトネンがモンテカルロで優勝し、さらにRAC、アルプス、1000湖、チューリップでも優勝した。
1966年モンテカルロでの主催者のデッチアゲによる失格はミニの新たなる勲章となった。
ラリー関係者は主催者たちがフランスチームを勝たせたいが為に規定を捻じ曲げたことを知っていた。
フランス人以外の誰もが、ミニこそがモンテカルロでの勝者と思っていた。
1967年ミニクーパーは絶頂期にあった。
エンジンは120馬力にまで高められ、調子の良い時のポルシェ911でさえ、この赤と白の小さな車に勝つことは出来なかった。
全く信じられないことだった。