Renault

アルピーヌA110は小さなチューニング会社アルピーヌによってルノーエンジンをリアに配置して造られたレーシングカーだった。
しかし1966年からはルノーは真剣にラリーに取り組む為に、この小さなアルピーヌ車をフルサポートした。
アルピーヌの最初の3勝はフランスの地だった。
1970年デビュー戦のアルプスラリーを勝利で飾り、さらにツールドコルスで再び優勝。1971年アルピーヌの生みの親、ジャン・レデレーが最も勝ちたいと思っていたモンテカルロで優勝した。
ジャン・ビナティエ、ジャン・ピエール・ニコラ、オベ・アンダーソンといったドライバーの努力によってアルピーヌルノーは1971年のワールドラリーチャンピオンシップを獲得した。
1972年アルピーヌは一時停滞したが73年、力強くカムバックした。
1.8L175馬力エンジンを搭載したアルピーヌはモンテカルロ、サンレモ、ポルトガル、アクロポリス、モロッコ、ツールドコルスといったワールドシリーズの殆どに優勝した。

ルノー5(サンク)はフランスのストリートカーとして熱狂的な支持を集め爆発的な売上を記録したモデルである。
ルノーはこのFFの市販車をターボで武装し、ミッドシップに造り変えてラリーに送り出した。
400台生産の規定に沿って生産されたルノー5ターボは1.4Lターボエンジンをリアシートを無くしたスペースに搭載していた。
リア駆動の5ターボロードカーは160馬力だったが、ワークスカーは250馬力以上あった。
5ターボは1979年に発表され、80年にホモロゲートされたが本格的な参戦ではなくプライベーターによってラリーに参戦した。
ジャン・ダニオッティは1981年のモンテカルロと82年のツールドコルスで優勝するが、リア駆動の5ターボは4WDが主力となるWRCの世界から次第に姿を消すことになる。