Toyota
トヨタのセリカGT4がラリーに最初に参加したのは1988年で、95年までその姿をWRCの記録と記憶に刻むことになる。

その過程でトヨタは93年と94年にマニファクチャラーズタイトルを獲得し、カルロス・サインツは90年と92年にチャンピオンになりユハ・カンクネンは93年、ディディエ・オリオールは94年にチャンピオンになった。
2Lターボエンジンを搭載した最初のセリカGT4は1989年オーストラリアで優勝するまでに様々な苦難の日々が続いた。
そして90年には5勝し、91年には6勝する。
トヨタのレギュレーションに対する適合性には絶えず疑問の声が付きまとったがWRC参戦プログラムへの多大な投資によってその声を振り払った。

1992年には新型のセリカGT4が登場し、WRCに4度優勝。
93年には7勝、95年には5勝した。
この時までにセリカは最新のアンチラグ・ターボチャージャーを投入し340から360馬力を出すことが出来た。
しかし、残念なことにトヨタは1995年に規定違反のターボリストリクター・バイパスの使用を咎められ、罰則として1年間の出場停止を命じられた。
これが4WDセリカの早過ぎる引退の引き金となった。

トヨタは1997年半ばにセリカでの失敗とスキャンダルを乗り越えてカローラと共にラリーに復帰した。
この車こそTTEのボス、オベ・アンダーソンが個人的なベストと公言している車である。
カローラWRCは1998年に認可されカルロス・サインツのモンテカルロ復帰でトヨタのカムバックを印象付けた。
ディディエ・オリオールは翌年チャイナ・ラリーで優勝し、トヨタは1999年にマニファクチャラーズ・チャンピオンシップを獲得した。
しかしこの時点で日本の巨人はラリーを離れ、フォーミュラ1グランプリレーシングへと転向した。