仮面を取った千鶴さんVer1.12

writen by ボンド



 赤く色付いた木々を覆う朝霧の中を男が一人駅へ向かって駆けぬけていった。
オーバーかもしれないが俺はエルクゥーの力を少々開放して駅へと急いでいた。
階段を駆け上がり、定期券で改札口を走りぬけホームに停車していた快速電車に飛び乗る。
 始発だったせいか車内はすいていて、空いていた席に腰をおろし、息を整える。
高山までの切符は特急券と一緒に途中で買えばいいだろう。
「ふぁぁぁ…」乗り換えまではまだ時間があるし…。

 (トゥルルル、トゥルルル)昨日のちょうど今頃、気持ち良く夢の世界の旅を続けていた俺の部屋に電話のベルが鳴った。
「うーん…」
(トゥルルル、トゥルルル)
「勘弁してくれ…」
(トゥルルル、トゥルルル)
「だぁ、わかったよ…」俺は頭を掻きながらうしろ髪を引かれる思いでベットを出た。
かなり不機嫌な顔をしていることだろう、昨日はバイトから帰ってきたのが0時をまわっていたから当然と言えば当然だ。
 「もしもし…柏木です…」半分眠った頭で不機嫌そうな声で答えた。
「あ、もしもし、私」
「梓か…こんな時間から何だよ…」
「こんな時間て…あんた今何時だと思っているの」
「え?…良いんだよ、バイトが終わるのが遅くなったんだから…」
「あ、そうなんだ…ごめん」
「ところで梓、慌ててどうした…」
「耕一…今こっちに来られないかな…」珍しく遠慮がちに言うな…。
「まぁ、無理をすれば何とか…何かあったのか」
「…千鶴姉が変なんだよ」その一言に完全に目がさめた。
「おい、千鶴さんがどうした」
「電話じゃ何だから…無理を言っているのはわかるんだけど…」
「…わかった。 今日は無理だから明日の朝行くよ」
「ん、じゃ、じゃあ待ているから。 …ごめんね」
「まあ良いよ。 家族なんだし」
「…うん。 ありがとう、耕一」
 そんな電話があってから、バイトの代役を頼んだり講義のノートの手配とか色々駆けづリまわって…アパートの戻ってきたのは日もどっぷり暮れた後だった。

 結局、車内では睡眠不足を解消につとめ、乗り換えも夢うつつの状態でのりきった。
目がさめたのは隆山へ到着すると言う車内アナウンスがあった時だった。
車内アナウンスを聞きながら真っ赤に紅葉した山々を眺める。
こんなに早く隆山へ戻って来るとは思いもしなかった。
それにしても、千鶴さんどうしたんだろう。
1ヶ月前、全てが終わった時、穏やかに微笑んでいた千鶴さん。
まだ、千鶴さんの重荷はとれていないのだろうか。
さっきまで見ていた夢の中では千鶴さんが優しく微笑んでいた…。

「たかやまー、たかやまー」
アナウンスを聞きながらひんやりとした冷気に包まれる。
「さすがに冷えるな」
寒さに震えながら改札口を出た時、
「お兄ちゃん、こっちこっち」
「は、初音ちゃん…」
「えへへ、お帰りお兄ちゃん」
驚いた、急いでいたから連絡しなかったのだから。
「俺、連絡しなかったよね…」
「うん、連絡はなかったかな」
「待っただろう…」
「ううん、待たなかったよ。 行こう、お兄ちゃん。」
初音ちゃんが俺の手を引っ張りながら言う。

 真っ赤に紅葉した木々の中を歩く。
ひなびた温泉街にマッチして良い感じだ。
「やっぱり来るのならこの季節だよなぁ」
「でしょう、私も今が一番すき」
「だよなぁ」
「うんうん」
初音ちゃん、嬉しそうだ。俺は思い切って千鶴さんの事を聞いて見る事にした。
「初音ちゃん。 千鶴さんの事なんだけど…」
今までにこやかだった初音ちゃんが、一瞬うつむいたかと思うと笑顔で、
「早く帰ろ、お兄ちゃん。 お姉ちゃんも待っているよ」
家に帰ったら詳しく聞く事にするか。

「ただいまぁ」
「お兄ちゃん来たよー」
まるで料亭のような柏木家の玄関を開ける。
開けた途端に雰囲気は料亭からお茶の間に変化する。
「え、耕一? って初音、あんた迎えに行っていたの?」
{どたどた}と床を鳴らしながら梓が玄関にかけこんで来る。
「こ、こういちー」
「よ、よう、梓…」

 ズズズ…、ズズズ。
荷物を置いて、茶の間で和菓子と一服の茶。
深まる秋に隆山の柏木家、絵になり過ぎる。
 「しかし、1ヶ月もしないうちに帰って来る事になるとは、思いもしなかったよな」
お茶をすすりながら言う俺。
「でもさ、すぐ来る事が出来て良かったじゃない」
「そうだよねー。千鶴おねえちゃんとまた会えるもんね」
 「その千鶴さんなんだけど、いったいどうしたんだ。 千鶴さんは?」
「会社だよ。 …最近、今までの千鶴姉とは違うんだよ」
「違うって、誰かが千鶴さんに変装しているとか」
「いや、そうじゃなくって…。 例えて言うと、まるで初音と話しているような感じなんだよ」
「初音ちゃん?」思わず初音ちゃんの方を見ながら言った。
「…うん、私もそんな感じがする。 まるで誰かが千鶴お姉ちゃんに、魔法でもかけたような感じかな」
「ま、魔法?」
初音ちゃんらしいと思っていたが、
「うん、私もそんな感じがする。 魔法が本当にあるかどうかはわからないけどね」
 「千鶴さんがそんなになったのはいつからなんだ」
「気が付いたらあの様になっていたから…」
梓は腕組みをして考えていたが、顔を上げると初音ちゃんの方を見た。
「初音はどう?」
初音ちゃんは顔を下げて考えていたが、顔を上げると
「そうだねぇ、多分お兄ちゃんが帰った後からだと思うよ」
「俺が帰った後からかぁ…」
 俺が帰る時、千鶴さんは今までの孤独と重荷を取り去ったかのかのような、晴れ晴れとした笑顔で俺に微笑んでいた。
(今までの千鶴さんと違うと言われても、実際会って見ないと何とも言えないか…。)
 「それはそうと梓、俺を呼んだ理由は?」
「あん? 耕一は千鶴姉に会いたくないのか」
「そりゃ、会いたいさ毎日でも…。 しかしだなぁこの時期にわざわざ俺を呼んだ理由をだなぁ…」
「…足立さんなんだよ」

 足立さん、俺の親父の右腕だった人で現鶴来屋のCOOだ。
一応CEOは千鶴さんなんだが、CEOとしての実務のほとんどをこなしているのは足立さんだろう。
そして千鶴さんの事を「ちーちゃん」と呼ぶ数少ない人…。

 トトト、軽やかに近づいて来る足音がした。
「あ、耕一さん。 お帰りなさい」
「やあ、楓ちゃん。 ただいま」
楓ちゃんは首を傾げながら、はにかむ様に微笑んで言う。
「どうしたんですか?」
「千鶴姉の事…」梓が苦笑しながらため息をついて言う。
「楓、耕一に足立さんからの電話の事教えてやってくれる? もうこんな時間だから夕飯の支度しなくっちゃ」
何時の間にか辺りはオレンジ色の光に包まれていた。
「初音も手伝ってー、 今日はごちそうだよー」
「じゃあ耕一お兄ちゃん、楽しみにしていてね」
「おう、楽しみにしているよ」
楓ちゃんが側でクスクス微笑んでいる。
 「で、足立さんの電話とは…」
微笑みながらキッチンの方を向いている楓ちゃんに言った。
「そうでした…、2、3日前でした、丁度私が学校から帰ってきた時、足立さんからの電話があったんです」
 「電話自体はそう珍しい事ではないのです」
「足立さんからの電話は結構あるんだ…」
「はい、両親の事やおじ様の事もありましたし、私達4姉妹をいつもかげながらサポートしてくれていますし…」
「そうなんだ…」
俺の一言に楓ちゃんは肯くと、
「足立さんは『耕一君を呼ぶしかない』と言ったのです」
「俺を呼ぶしかない…」
「はい、千鶴姉さんは会社でも、今までとは違うと見られていたみたいです」
「特に普段から接する事の多かった、足立さんは心配になった…」
「はい、それまでの事情もそれと無く千鶴姉さんから聞いていたみたいです」
 「魔法にかかった千鶴さんかぁ…」
横になりながら先程の初音ちゃんの一言を思い出して一言つぶやくと、
楓ちゃんはそんな俺を上から覗き込む様にしていたずらっぽく微笑みながら
魔法をかけたのは、耕一さんかもしれませんね」
と小さな声で言った。


 気が付くとオレンジ色の夕焼けが部屋の奥まで射し込んできていた。
虫の音と帰宅中の子供の声が聞こえてきている。
そんな中、俺は部屋のテーブルに向かって来週提出のレポートを仕上げている訳で。
参考資料とHP200LXを目の前に置いて作業している。

 所で、このHP200LX、掌に収まるサイズながら予定管理、電話帳、各種データーベース、ワープロ、電子メール、インターネット閲覧等々何でもこなせてしまう優れ物なのだ。
こいつがいるから、こうして隆山に来る事も出来る訳で、俺はこのマシンに「千鶴」と名付けて常に携帯していたりする。
TOPカードはもちろん千鶴さんの写真を使っている。

 (魔法をかけたのは耕一さんかもしれませんね…)
「俺が魔法をかけた…」
俺は書きかけのレポートの手を休めると畳に仰向けになってつぶやいた。
 『…耕一さん』
千鶴さんの声が聞こえたような気がした。
俺は顔を上げて辺りを見回したが夕日が差す部屋があるばかりだった。
「そりゃそうだよな」
だって千鶴さんは…。
「会いたいな…」
 1ヶ月前隆山から帰る時うっすらと涙を浮かべながら微笑みは絶やさずに
『いってらっしゃい』と送り出してくれた千鶴さん。
電話で時には泣きながら時には笑いながら今の状態を話してくれた千鶴さん。
俺にとっては、子供の頃からのあこがれの人だったが、今恋人として深くお互いを知るにつれてどんどん好きになって行くのがわかる。
 レポートの続きを使用と起き上がった時、「…耕一さん」声がした、今度ははっきりと。
慌てて声がした方をみる。
あの夏の日そのままに、つややかな黒い髪ほっそりとした魅力的な姿の千鶴さんがいた。
「おかえり、千鶴さん」俺は今にも抱きしめたい衝動に駆られながらも微笑みながら言った。
しかし、千鶴さんは微笑みながらも目には涙を浮かべて…。
「耕一さぁんー」泣きながら俺の腕の中に飛び込んできた。
「ち、千鶴さんどうしたの…」俺は優しく抱きしめながら言った。
「えぐっ、ひっく、会いたかった…耕一さんに会いたかった…」
「しばらくはこっちにいるから。 ほら、涙をふいて」
 千鶴さんの涙を拭こうと肩に手をかけまっすぐに座らせようとしたが。
「いや。 このまま離れたくない」
「大丈夫だよ。 俺はどこにもいかないから」
こんなにまで甘えて来る千鶴さんに感動しながらも、俺は少々驚いていた。
「…本当に?」不安そうに、俺の目を覗き込んでいる。
「約束する」千鶴さんの目を見ながらはっきりと言う。
「はい」千鶴さんは安心したかのように、まるで少女のように微笑んで言った。
 この時初めて気が付いたのだが、まるで夏の日に着るような様な薄いワンピースを着ている。
「千鶴さん、寒くない?」俺は千鶴さんの耳もとに口を寄せると静かに言った。
千鶴さんは「耕一さん、あったかい…」幸せそうだった。

 結局この日は、千鶴さんは俺の視界から離れようとはせず、「うふふふ…」と常に嬉しそうだった。
時々俺と目があうと恥ずかしそうに目を下に向けたりして。
梓からは「気持ち悪いな、千鶴姉」と言われても聞こえないのか、気にする事もなく梓を呆れさせていた。
 そして今、俺の部屋の布団の中で、俺にぴったりと引っ付いて幸せそうに寝ている千鶴さんの寝顔を見ながら、昼間梓の言った『まるで初音を見ているようで…』と言う言葉が初めて理解出来たような気がした。


 「いや、行かない」
目がさめると居間の方から千鶴さんの声が聞こえる。
「千鶴姉、会社はどうするんだよ」
「せっかく耕一さんが来ているんだもの」
「いい年をして…いったい何歳なんだよ」
「ふん、どうせ私は子供ですよ!」
 そんなやり取りを聞きながら俺は居間に入った。
「朝からどうしたの」
「あ、耕一さん」
千鶴さんが嬉しそうに俺の方を見た、目許が濡れていたが。
 梓は困った様に千鶴さんを見ていたが俺の方を向いてため息を付きながら言う。
「千鶴姉が会社に行かないってだだをこねてさぁ…」
「梓、だだとはなんです」
「だってそうだろ、行かなくっちゃいけないのに行かないって言っているんだから」
「だって、だって…」
 俺は今の千鶴さんの方が好みなんだが、そうも言ってられないか。
「俺はどこにも行かないから、安心して行っておいでよ千鶴さん」
「で、でも…」
千鶴さんは座テーブルの前に座って下を向きながら肩を震わせている。
「千鶴お姉ちゃん、今日大事な会議があったって言っていたじゃない」
 そんな時、初音ちゃんが心配そうに言った。
千鶴さんは真顔で顔を上げて、「あ、そうだった…どうしよう…」と言う。
怒った時や笑った時の千鶴さんは凶悪なほど可愛いが、こうやって少女のように悩んでいる千鶴さんも凶悪なほど可愛い。
 「ねえ、千鶴さん」
「はい…」
不安そうにしている千鶴さんに俺は一つ提案して見る。
「今日お昼に鶴来屋に行くからさぁ、一緒におひるご飯食べようよ」
「はい、耕一さん」
俺の提案に千鶴さんは、両手を胸の前に合せると満面の笑みを浮かべながら言う。
「じゃあ、私会社に行きますね」
「千鶴さん、そこまで送るよ」
「いってらっしゃい、千鶴お姉ちゃん」と初音ちゃん。
 俺と千鶴さんは玄関に向かう。
「耕一さん、きっとですよ…」不安そうに俺の顔を見上げながら千鶴さんが言う。
「お昼の事? 大丈夫、ロビーで待っているからさ」
俺がそう言うと、千鶴さんはにっこりと笑みを浮かべて肯いた。

千鶴さんを送り出した後、家に戻るとすっかり忘れていた朝食が用意されていた。
で、みんなでそれを食べている訳なんだけど。
「千鶴姉はまったく…」
食べながらぶつぶつ言っている梓。
「私は今の千鶴お姉ちゃんも好きだなぁ。 可愛いもの」
とフォローを忘れない初音ちゃん。
「千鶴姉さんのどじな所もなくなったし…」
楓ちゃんが意外な発言。
「え、千鶴さんのどじが直ったの」
「そうそう、あれだけどじだった千鶴姉がぴたッっとどじな所が無くなったんだよ」
あれだけ亀姉などと罵倒していた梓が言うのだから本当なんだろう。
「一昨日もさぁ、そろそろ寒くなってきたと思ったら『衣替えしなくっちゃ』とか言って一人でさっさと私達の分までしちゃうし」
意外だ、俺は家の事はさっぱりだめなんだとばかり思っていた。
「しかし、昨日は真夏のような服を着ていたたぞ」と俺。
「あ、朝は暑かったんだよお兄ちゃん」初音ちゃんが苦笑していう。
「ふーん、家事もばっちりか…」
一人にやけている俺を呆れた顔で眺めている梓の顔があった。


 鶴来屋に来るのも久しぶりなのだが、来るたびにその豪華さに驚いてしまう。
来るたびに驚いている俺も俺なのだが、結局はロビーに備えられているソファーに座ってレポートを書いているわけで…。
 「こ、う、い、ち、さん」嬉しそうな千鶴さんの声がした。
俺は顔を上げると嬉しそうに微笑んでいる千鶴さんに微笑み帰すと、「行こうか」と言う。
千鶴さんは満面の笑みを浮かべると「はい」と言ったかと思うと俺の腕に両手を絡ませてぴったりと体を寄せて来る。
俺にとってはこの状況は天にも飛び上がるような嬉しい事なんだが、鶴来屋の中では少々具合が悪い。
昼間から会長が鶴来屋の中で男といちゃついているのだから、社員の視線が非常に気になる。
 「そ、外で食事をしようか」と俺が千鶴さんに言うと。
「はい」嬉しさに上の空だった。
視線が痛すぎるほど付き刺さって来る中、出口に急いでいた時だった。
「おや、ちーちゃん。 おそろいでお出かけかな」
初老の男性の声が後ろから聞こえた。
「あ、足立さん」さすがにまずい所を見つかったと思ったのか知れない。
「あの、えっと、おひるご飯に行こうかなって」
まるで、いたずらが見つかった子供のように恐縮してしまっている所が可愛い。
 それにしても、この人が足立さんかぁ。
俺の親父をサポートしていた人で、現社長。
立てつづけに不幸があったこの鶴来屋、本当ならイメージダウンで深刻なダメージを受けても良いのだが、そんな事がなかったのもこの人物のおかげかもしれない。
 「君が耕一君かな…」
足立さんは俺を優しく見つめながら言った。
「始めまして、柏木耕一です」
「しかし、お父さんにそっくりだねぇ」
俺達が初対面の挨拶をしている時、従業員と思われる女性が千鶴さんに耳うちした。
「いけない! 忘れてた。 耕一さんちょっと待っていてくださいね」
と言うなり慌ててエレベータの方へ走って行ってしまった。
 足立さんはそんな千鶴さんをまるで父親が娘を見るような笑顔で見つめていた。
「ちーちゃんも昔に戻って良かった…」足立さんが何気なくつぶやく。
「昔ですか…」俺はその一言が気になって聞いて見た。
「そう、まだご両親が健在だったころのちーちゃんはちょうどあんなかんじだった」
千鶴さんのご両親が健在だったころか、千鶴さんとの最初の出会いの頃だ。
子供だった俺にしてみれば、年上の奇麗なお姉さんだったが。
「表情がころころ変わってちょっとやきもち焼きで…」
 足立さんは遠くを見つめるようなめをしてさらに言葉を続けた。
「そんな、愛くるしいちーちゃんが変わってしまったのはご両親が無くなった時からかな」
足立さんは俺の目を見つめると、
「耕一君と再会してからちーちゃんは本当に幸せそうだよ」
嬉しそうに言う。
「これからも、ちーちゃんをよろしく頼むよ」
足立さんは俺の肩を軽く叩くと事務所の方へ足を向けて歩き始めたが俺の方を振り向くと一言。
「そうそう、ちーちゃんに午後は休んで良いからと言っておいて」
といたずらっぽく微笑むと足早に去っていってしまった。

その後すぐ千鶴さんが戻って来ると、社員の痛い視線を避けるかのように外へ出た俺だった。
お昼を食べながら、先ほどの足立さんからの伝言を伝えると赤くなりながらも嬉しそうな千鶴さんが印象的だった。


 それ以来、千鶴さんは日々驚くほどの成長を見せた。
少女から大学生へ、そして20台前半の女性へと。
まるで『柏木家家長』から、今まで押さえ込まれていた『柏木千鶴』と言う女性が再構成されているかのようだった。
 
 楽しい時が過ぎるのは『あっと』言うまである。
明後日にはアパートに戻らなくてはいけないと言う時になって、ようやくレポートを書き上げた。
 ほっとして、持って来た『まじかるアンティーク』と言う本を読みながら、うつらうつらしかけていた。
この『まじかるアンティーク』主人公のスフィーと言う少女が修行の為に魔法の国から現代の日本へやって来ると言うファンタジーなのだが、少々巷でも話題になっている本だから買って見たのだ。
おちょこちょいだが、明るく頑張りやの「スフィー」がちょっと千鶴さんを思い出させて面白かった。

 何時の間にか寝ていたようで、やわらかな女性の手が俺の頭を撫でる感触に気が付いて目がさめた。
そっと目を開けると、夕日が射し込んで来る部屋の中で俺の傍らに座って俺の頭を撫でる千鶴さんの姿があった。
 「おはよう、…耕一さん」千鶴さんは俺の目がさめたのに気が付いて微笑みながら静かに言った。
「帰っていたんだ。 お帰り、千鶴さん…」俺も微笑みながらつぶやく。
「私だってたまには早く帰りますよ…」
 そこには大人の千鶴さんがいた。
俺はそんな千鶴さんに一つ聞いて見る事にした。
「ねえ、千鶴さん。 この前はどうしたの…」
千鶴さんは手をとめると俺の目をじっと見つめながらつぶやいた。
「私にも良くわかりません…」ひと呼吸付くと更に言葉を続ける。
「辛い日々が終わって、耕一さんがいてくれると思うと幸せでした」
「そうしたら、何時の間にかあのようになって…」
千鶴さんは、ちょびっとしたを出して微笑んだ。
「この前、足立さんに会った時、昔のちーちゃんに戻って良かったって、言っていた」
「もしかしたら、今の千鶴さんが、本当の千鶴さんなのかもしれないね」
俺が言うと、千鶴さんはちょっと考えていたようだが、俺の方を見ると静かに言った。
「わかりません。 でも…」
「でも?」
「でも、変わらない事が一つ。 今でも耕一さんを愛しています」
ちょっと頬を赤くしながら言う千鶴さんがとても愛らしい。
 俺は答える代わりに千鶴さんの頭に手をやると優しく俺の方へ引き寄せる。
「千鶴さん…」
千鶴さんもそのまま力を抜いて、そっと目を閉じる。
俺達は抱きあいながら、長時間くちづけをかわした。
千鶴さんの唇は、ほんのりと甘く、暖かかった。


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