戦え! 魔法少女マジカル☆リズエル
「鶴来屋に来た兄妹」の巻
writen by やまみ
ガシャーンッ!
「千鶴姉ぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
「ごめんなさーーーーーーーいっ」
奥から聞こえてきた食器の割れる音と大声に、店に入ってきたばかりの若い男女の足が止まった。二人とも、何事かという顔で戸惑っている。
一方、すでに席に座って紅茶を飲んでいた、常連らしい制服姿の女子高生二人連れは、慣れた様子でくすくすと笑っている。
と、店の奥から小柄な少女が出てきて、入ってきたばかりの二人にぺこりとお辞儀をした。
一房だけはねているくせっ毛が、ぴょこん、とはねる。
「いらっしゃいませ、お騒がせして申し訳ありません。お二人様ですね? お席の方へどうぞ」
そう言って、にこりと笑った少女の笑顔に、どこか不安そうだった客の方も、自然と笑顔になる。
この界隈では「天使の笑顔」の異名で知られている、彼女の笑顔が持つ魅力のなせる技だ。
まだ高校生くらいに見える二人連れが、空いていた窓側の席へ座るのを見届けて、少女はお冷やをくみにカウンターへと戻っていく。
途中、常連客が、どこかおかしそうに声をかける。
「初音ちゃん、いつも大変ね」
初音は苦笑しながら笑顔で応え、お冷やを氷を入れたグラスに注いでトレイに乗せ、窓際の席へと取って返した。メニューは各席に常備してある。
「どうぞ」
「あ、どうも」
ふと、二人のうち女の子の方の顔色が妙に青白いのが、初音は気になった。
「あの・・・お加減悪そうですけど、大丈夫ですか?」
「え? ええ・・・・」
向かい側に座った連れの青年が、心配そうに声をかける。
「乃絵美?」
「大丈夫だよ・・・お兄ちゃん」
乃絵美と呼ばれた少女は、そう言って笑ってみせるが、どこか弱々しい。
「あの、奥で休んでいただいても構いませんので、いつでもおっしゃって下さい」
「はい、ありがとう・・・ございます」
初音は心配そうな顔でぺこんとお辞儀をして、とりあえず奥へと戻る。
カウンターから調理場へと入るなり、そこにいた二人から、
「初音、ごめんっ」
「ごめんねー、初音・・・」
「あ・・・千鶴お姉ちゃん、梓お姉ちゃん、えーと・・・お客さん、大丈夫だったよ」
二人の姉から拝まんばかりに謝られて、初音は上手いフォローが思いつかずに、そんなことを口にする。
「まったく、亀姉がいつもいつも皿を割るから、初音に苦労をかけちまう」
「あ、梓! 私だってわざとやってるわけじゃ・・・・」
「わざとやられちゃ、たまんないよ!」
「うう・・・・・」
反論できずにしおしおと小さくなっているのは、美人の四姉妹が経営していることでこの辺りでは知られている、ここ喫茶店「鶴来屋」のオーナーであり、長女の柏木千鶴。
ぷりぷりと怒っているのは、四姉妹の次女で主に調理全般を担当している梓だ。
まあ梓が怒るのもいささか無理からぬことで、鶴来屋は毎月食器類をすべて入れ替えているという噂もあるくらいだ。
言うまでもなく、そのほとんどは千鶴が割ってしまっているのだが・・・・
念のために付け加えておくと、元は大きな旅館を経営していたが、現会長のポカで没落した・・・・などということはなくて、ここは祖父の代から喫茶店である。
「ち、千鶴お姉ちゃん疲れてるんだよね、昨日も遅くまで売上の計算とかしてたでしょ?」
「え、ええ・・まあ・・・」
精一杯の初音のフォローに曖昧に答える千鶴。
「どうせ、自分が割った皿の金額でも計算してたんじゃないか?」
「ぎくっ・・・・」
「て、ほんとにか?」
さすがに冗談で口にした梓もあきれている。
「う、うう・・・・」
何も言えない千鶴と、どうフォローしようか必死に考えている初音、そこへ助け船が住居へと続く奥のドアから現われた。
「あ、やっぱりみんなここでしたか?」
途端、千鶴の顔がぱあっと明るくなる。
「耕一さんっ!」
「耕一お兄ちゃん、お帰りなさい」
「あ、帰ったか」
「ただいま」
三者三様の出迎えに笑顔で応じているのは、美人四姉妹の従兄弟にあたる柏木耕一。
女四人、しかも美人ぞろいの家に男一人で居候という、非情に羨ましい奴である。
その耕一は、いつもの癖でついつい初音の頭を撫でたりしている。
初音は嬉しそうに撫でられていたが、
「あ、私、表見てるね」
はっと気がついて慌てて出て行く。
「で、どうかしたの?」
耕一の言葉に、梓が即座に反応する。
「千鶴姉がまた皿を割ったんだよ」
「あ、梓っ!」
そんな千鶴の抗議の声にも耕一も梓も一向に動じない。
「ふーん、何枚?」
「今日は一枚」
「じゃあ、いいじゃないか」
身も蓋もないという感じだが、実際そうなのだからしょうがないのだ。
それが良く分かっているだけに、千鶴も身をすくめて小さくなるしかない。
何となく上目遣いにちらりと耕一を見てみる。
そんな千鶴の視線に気づいて、耕一はにこりと笑った。
「千鶴さん、開店からずっといたんでしょ? 俺も店に入るから、しばらく部屋で休んでてくださいよ」
「えっ・・・でもぉ」
「千鶴姉、そうしなよ、その方がいいって」
梓にも真剣にすすめられて、千鶴もその気になる。
「じゃあ、そうさせてもらうわ、お願いね」
「はいよ」
「ゆっくりして下さいね」
「はいっ」
嬉しそうに耕一に返事をして、千鶴はエプロンを外し、住居スペースへと戻っていった。
ちなみに、千鶴は一度皿を割ると、その後続けて割ってしまうことが多い。耕一と梓が休憩をすすめたのは、多分にその理由もあったのだろう・・・・
「ふぅっ・・・」
自分の部屋へと戻ってきてドアを閉め、千鶴はひとつ溜め息を吐いた。
「なんや、まぁた追い出されてきたんか?」
と、その千鶴に無人のはずの部屋の中から声をかけてくるものが・・・・
「お、追い出されたなんて・・・休憩をもらっただけですっ」
千鶴が不満そうに反論する相手は・・・相手は・・・・なんと、クマのぬいぐるみだ・・・・
「ああ、休憩かあ。で、今日は何枚割ったん?」
「今日は一枚だけ・・・」
ぽろりと口を滑らせて、千鶴は慌てたが、もはや後の祭りである。
クマのぬいぐるみは、ポテトチップスなどかじりながらおかしそうに笑っている。
「あははははははははは、やっぱり割っとるやんか」
「う、うう・・・・」
あからさまに笑われて、千鶴は恨めしそうに、喋るぬいぐるみを睨んでいる。
「これで今月は、9枚目やな、梓が怒るのも無理ないで」
「わ、私だって、好きで割ってるわけじゃ・・・」
「うんうん、そうやろそうやろ」
「う、うう・・・・」
二の句の次げない千鶴は、反撃とばかりに、クマの手元からポテトチップスの袋を取り上げる。
「あ、何すんやっ」
「もうっ、いつもいつもお菓子ばっかり食べて、トモコが食べたものは私が食べたと思われるんですからね、もうちょっと抑えてちょうだい」
千鶴のそんな非難にも、クマのぬいぐるみ──トモコという名前らしい──は動じない。
「んなこと言うたってなあ、八つ当たりはみっともないで。たくっ、胸の小さい奴は、度量も小さいな」
ぷちんっ、ときた千鶴は、持っていた袋を逆さにして、残りをざらざらと自分の口の中へほうり込む。
「あ、ああ〜」
あっというまに空になる袋を見て、トモコ(クマのぬいぐるみ)が嘆く。
千鶴は素知らぬ顔で、口一杯にほおばったポテトチップスをしゃりしゃりと噛み砕く。
「な、なんてことするんやっ!」
「つんっ!」
口をもぐもぐやりながらつんとそっぽを向く千鶴の様子は、23歳という年齢に比して子供っぽく、結構かわいかったりする。
コンッコンッ
と、いきなりドアをノックする音に、千鶴は喉を詰まらせた。
「うっ、ごほっ、ごほっ」
(天罰や・・・)とトモコは思ったが、とりあえずただのぬいぐるみのふりをする。
「姉さん? 千鶴姉さん?」
ノックに続いて聞こえてきた声に、千鶴はやっとの思いで息を整えて、ドアを開けた。
そこに立っていたのは「鶴来屋」美人四姉妹の三女、楓だ。
「は、はいはい、楓、帰ってたのね」
「ええ、今帰りました、それより・・・」
「?」
咳き込んだ時に滲んでしまった涙を指先で拭いながら、千鶴は怪訝な顔をする。
「表でお客さんが・・・」
「? 何?」
「気分が悪くなったみたいで・・・」
「えっ!?」
無表情で冷静に告げる楓とは対照的に、千鶴は慌てて部屋を出て店の方へと向かう。
ガッ
・・・途中、足の小指をドアにぶつけて苦悶したりもしたが、なんとか急ぎ足で店へと出てきた。楓はゆっくりと後に続いてくる。
千鶴が店に出てくると、窓際の席に座った少女が、すこぶる顔色を悪くして、隣に座った青年にぐったりともたれかかっていた。
初音と梓、耕一も心配そうに取り囲んでいる。
「あ、千鶴お姉ちゃん」
気づいた初音を制して、千鶴は足早に、窓際の席に向かう。
「どうなさいました?」
いつもとは打って変わったきりっとした表情で、おろおろとしながら少女を支えている青年に問い掛ける。
「その、朝から調子は良くなかったみたいなんですけど、急に・・・」
「朝からなんですか?」
ぐったりとして連れの青年に抱えられている少女を見て、千鶴は少し眉を顰めてしまう。
顔色は真っ青で、はあはあと見るからに苦しそうに息をしている。
「貧血・・・かもしれません」
「そうですね、とにかく奥の方に」
青年の言葉に頷いて、その後の千鶴の行動は、いつものボケボケ振りが嘘のように素早く、的確だった。
すぐに初音に命じて、客間に布団を敷かせ、サイズの合いそうな楓のパジャマを着せて少女を寝かせる。
楓に命じて、近所の開業医に電話で往診を頼む。
自分はずっと少女につきっきりで、汗をふいたり水を飲ませたりと看病する。
「亀」などとはとても言えない、てきぱきとした対応だった。
「ありがとうございました」
往診に来てくれた顔見知りの女医を見送って、千鶴は客間へと戻ってきた。
店の方は取りあえず梓・初音と耕一にまかせて、少女の看病は今は楓がしている。
疲れから来た貧血と診断され、布団に横になっている少女の様子は、注射が効いたのか呼吸も穏やかで、顔色もだいぶ良くなっている。
少女を挟んで楓の反対側では、少女の連れの青年が、心配そうな視線を送っている。
「えーと、伊藤正樹さん・・・でしたよね」
「あ、はい」
青年──正樹は、はっと千鶴の方に視線をやって頷いたが、すぐに眠っている少女の方へと目を戻してしまう。
そのいかにも心配そうな様子に、千鶴と楓は、目を見合わせて少しだけ微笑んだ。
「妹さん、一晩ぐっすりとお休みになれば大丈夫ということでしたから」
「はい、どうもお世話をおかけして、すみません」
正樹に深々と頭を下げられて、千鶴は慌てて手を振った。
「いえそんな、お客様ですし、こういう時はお互い様ですから」
その時、眠っている妹の方──乃絵美が身じろぎして、口を開いた。
「ん・・・お兄・・・ちゃん」
「乃絵美・・・」
寝言を言いながら、何かを求めるように動く乃絵美の手を、正樹はしっかりと握りしめる。
それだけで、妹の方は嬉しそうに微笑みを浮かべ、再び深い眠りへと落ちていった。
千鶴はそんな兄妹の様子を微笑を浮かべながら見つめている。
「仲の良いご兄妹なのですね」
「え?・・・ええ」
しかしどこか複雑そうな正樹の表情に、千鶴と楓は怪訝そうに顔を見合わせる。
「ところでお住まいは? お宅の方へ連絡などなさった方がよろしいのでは?」
「そう・・・ですね・・・・」
「あまり見かけないお顔ですが、この近くに住んでおいでですか?」
「いえ・・・・」
「では、ご旅行でこちらの方へ?」
「ええ、まあ・・・」
「じゃあ、お泊りの場所はもうお決まりなのですか?」
「いえ・・・・」
要領を得ない返事の連続に、千鶴は首をかしげて思案げに言葉を続ける。
「よろしければ、今夜はこのままうちに泊っていただいても構いませんが・・・」
「え?・・・ですがそんなご迷惑を」
「迷惑だなんて・・・」
優しい笑顔で、千鶴は眠り続ける乃絵美に目をやる。
「どちらにしても、妹さん、今晩は目を覚まされないと思いますよ」
「そう・・・ですね」
正樹はしばらく手をつないだ妹の寝顔を見つめていたが、再び千鶴に向かって頭を下げた。
「それではお言葉に甘えて、乃絵美は・・・妹はこちらでお願いします。俺は適当に宿を見つけますから」
「そんな、あなたも妹さんと御一緒にどうぞ」
「いえ・・・ですが・・・」
千鶴はすっと居ずまいを正し、正面から正樹を見据えた。
「先程からのご様子から察するに何か事情がおありのようですね・・・これも何かの縁だと思いますし、よろしければ話していただけませんか?」
「・・・・・・・・・・」
しかし正樹は、妹の安らかな寝顔を、苦しげな表情で見つめたまま沈黙するだけ・・・・
しばらく待ってみて、また千鶴が話しかけてみる。
「せめて、ご両親に連絡なりとなさった方が・・・・」
「連絡は・・・できません・・・・・」
「え? あ、まさか・・・もうお亡くなりにとか・・・」
つい自分たちの事情と重ねてしまうが、正樹は首を振った。
「いえ、そんなことは・・・ありません・・・」
「じゃあ、どうして?」
「・・・・・・・・・」
「まさか、ご両親には何も言わずに?」
「・・・・・・・・・」
「いったい、どうしてそんな・・・・」
「俺と・・・・」
ようやく、重い口を開く正樹。
「俺と乃絵美は・・・・」
長い逡巡の末に言葉を続ける。
「駆け落ちしてきたんです・・・・」
「・・・駆け落ち!?」
千鶴が思わず声を大きくし、楓もさすがに目を見張っている。
妹たちと耕一の待つリビングへと戻って、千鶴はソファーに腰を下ろした。
待ちかねたように梓が聞いてくる。
「で、千鶴姉、どうなったんだ」
「ええ・・・とにかく、妹さんと一緒に泊ってもらうことにしたわ。その方が正樹さんも安心でしょうし」
「お、同じ部屋にか・・・?」
ためらいがちな梓の質問に、千鶴は苦笑しながら応えた。
「しょうがないでしょう、客間は一部屋しかないんですから」
「そ、そうだけどさ・・・」
「変なこと心配しなくても大丈夫よ」
「う・・・うん」
梓の顔は、なぜか真っ赤だ。
「それにしても、駆け落ちか・・・」
耕一が溜め息混じりにつぶやいた。
男性もいた方が話しやすいだろうと、楓を店に戻し、千鶴と耕一が正樹の話の聞き役となった。
ぽつりぽつりと、意を決したように正樹は事情を話してくれた。もしかしたら、正樹自身も無意識のうちに誰かに聞いてほしいと思っていたのかもしれない。
とにかく、正樹の話によると、彼と妹の乃絵美は、実の兄妹でありながら愛し合ってしまった。
隠そうとしても隠し切れるものではなく、当然、両親や友達や、周囲からの猛反対にあう。
その結果、乃絵美が全寮制の学校へと転校させられそうになるに及んで、ついに二人は決心したそうだ。
手と手を取り合って、お互い以外の全てを捨てての旅立ち・・・・
正樹は口にはしなかったが、その思いつめた様子から、二人の逃避行が死さえもその目的となりうることを、千鶴と耕一は言葉の端々から敏感に感じ取った。
だから、半ば強引に兄妹を泊らせたのだ。
「真剣・・・なんだよね」
同情するような初音のつぶやき。
「でも、許されることではないわ・・・」
冷静に把握しながらも、楓の言葉にも痛ましげな響きがある。
「とにかく、明日何かお話して、解決できるような良い方法を探してあげましょう。とても、知らない顔で放ってはおけないわ」
そんな千鶴の言葉に、妹たちと耕一は一様に頷いた。
千鶴もまた満足そうに頷き返すと、気がついたように時計を見て微笑んだ。
「今日はもう遅いから、みんなお休みなさい・・・明日、考えましょう」
「そうだな・・・」
「おやすみ・・・」
「おやすみなさい・・・」
妹たち三人は、それぞれに自分の部屋へと戻っていく。
一人残った耕一は、千鶴の怪訝そうな視線を受けて、にっこりと穏やかに笑った。
「千鶴さんも寝て下さい」
「いえ、私は・・・」
「不寝番は、俺がしますから」
「え? 耕一さん・・・・」
「俺が千鶴さんにそんなことをさせるわけないでしょ、安心して休んで下さいよ」
「で、ですが・・・」
耕一の気持ちも分かるが、正樹と乃絵美を泊めると決めたのは自分なので、千鶴は躊躇してしまう。
そんな様子に、耕一はそっと千鶴の髪を手に取り、漉くように撫でる。
「こ・・・耕一さん」
千鶴の顔が少しばかり赤くなる。
「寝て下さい・・・ね?」
「は、はい・・・すみません」
笑顔の耕一に、申し訳なさそうに頭を下げて、結局千鶴も部屋へと戻った。
すると、待っていたらしいトモコ(クマのぬいぐるみ)が、何やら真剣な様子をしている。
「千鶴・・・・」
「どうしたの? トモコ」
「今日泊る二人な、特に女の子の方・・・」
「?」
「強い思いを抱いておるで」
はっとして、千鶴も顔を引き締める。
「悪のエルクゥに?」
トモコは重々しくうなずいて見せる。
「狙われる可能性大や、気ぃつけんと」
「分かりました」
千鶴は真剣な顔で頷いた。
明けて翌日、日曜日。
もちろん、喫茶店稼業が休める日ではない。
『鶴来屋』の調理場で開店の準備にいそしむ梓と初音。
しかし今日は、いつもとは違う顔がもう一人。
「うん、これうまい、いけるよっ」
「ほんとだ、乃絵美ちゃん、お料理上手いんだねっ!」
感心する梓と初音の言葉に、照れたように控え目な微笑を見せているのは、伊藤兄妹の妹の方──乃絵美だ。
一晩熟睡して気分も回復した乃絵美が、お世話になったお礼にと、準備を手伝いたいと言い出したのだ。
聞けば、乃絵美と正樹の家も、喫茶店を経営しているという。
いつも手伝っていたという言葉に、身体の方はもう大丈夫そうなので、千鶴が許可して申し出を受け入れた。
実の兄との恋愛の末の駆け落ち・・・そんなつらい状況にある乃絵美の、せめてもの気分転換になればという配慮もあってのことだ。
梓や初音と談笑しながら、サンドイッチの下ごしらえなどしている乃絵美はとても楽しそうだ。
そんな妹の様子を、兄の正樹がじっと見つめていた。
「どうかしましたか?」
耕一と連れ立って調理場に顔を出した千鶴が聞くと、正樹はわずかに首を振った。
「いえ・・・・」
もう少し突っ込んで聞いてみようかと千鶴が口を開きかけたところに、梓の声が飛んできた。
「千鶴姉っ、準備が終わるまで立ち入り禁止だろ!」
「あ、梓っ!」
千鶴はとっさに反論しようとして、きょとんとしている伊藤兄妹の視線に気がついて声の調子が落ちる。
「お、お客様がいらしている前で言わなくても・・・」
「だから余計に言っとかないと、下手に恥をさらすこともないだろ」
へへーんという感じで、梓が応える。
「は、恥って、そんな・・・」
「とにかく、お客さんの前で皿を割るのも、料理をぶちまけるのも、ドレッシングを撒き散らすのも、どれもなしっ! いい?」
「う、うう・・・」
身に覚えがあり過ぎるだけに反論できない千鶴。困ったように笑っている初音と耕一。あ然としていた伊藤兄妹も、今は必死で笑いをこらえているようだ。
「そ、そうだ、乃絵美ちゃん、マスタードソースってこんな感じかなあ?」
初音が慌てて乃絵美に聞いて、乃絵美と梓の注意がそちらに向く。
耕一はほっとしたように息をついて、千鶴と正樹に声をかけた。
「ここにいても邪魔でしょうから、奥に行きましょうか」
「そう・・・ですね」
何となく不服そうに同意する千鶴。
苦笑しながら耕一は、正樹に向かって目配せする。
正樹は一つ頷いて、楽しそうに立ち働く妹をもう一度見やる。
「乃絵美、あんまり無理するんじゃないぞ」
「うん、お兄ちゃん」
妹の笑顔をまぶしそうに見ている正樹をうながして、千鶴と耕一はリビングへと戻っていった。
「乃絵美ちゃん、すっかり大丈夫みたいですね」
「ええ・・・」
しかしどこか物思わしげに沈んでいる正樹の様子に、千鶴と耕一は怪訝そうな視線を交わす。
「あの・・・どうかなさいましたか?」
「え? あ、いえ・・・」
自分の様子に初めて気がついて、正樹は軽く頭をかいた。
「あんなに楽しそうな乃絵美は、久しぶりだなあと思って・・・」
「ああ・・・そうですか・・・」
そのまま何となく沈黙してしまう三人。
しばらくして、耕一が正樹に聞いた。
「これから・・・どうするつもりです?」
「・・・・・・・・・・・」
視線を下げて沈黙する正樹に、千鶴が言葉を続ける。
「しばらくはうちに居ていただいてもそれは構いませんけど・・・けれど・・・」
千鶴が暗に含ませている意味に気づいているのか、正樹は重々しく息を吐き出して、ついと顔を上げた。
「家に帰ろうと・・・思っています・・・」
千鶴と耕一を真っ直ぐ見ながらの正樹の言葉に、今度は千鶴の方が、何となく視線を下げてしまう。
「そう・・・ですか・・・」
一方の耕一は、正樹の視線を受け止める。
「帰って、どうするつもりです?」
「しばらく、乃絵美と距離を置いてみようと思っています」
「そうか・・・・」
きっぱりとした正樹の言葉に、耕一はふと微笑を浮かべた。
「昨日乃絵美が倒れたのも、身体の弱いあいつに無理をさせているせいだし、何より、さっきみたいな屈託のない笑顔を、取り戻させてやりたい・・・そう、思うんです」
そう言いながらも、どこかに憂いを含んでいる正樹の言葉を、千鶴と耕一は黙ったまま聞いている。
一つ、一つ、考えながらゆっくりと、正樹は言葉を続ける。
「だから、帰って、俺が家を出て一人暮らしでもさせてもらおうと、そう考えています」
「うん・・・・」
「それが、何より、乃絵美のためだと思うから・・・・」
ガターンッ!!
店へと続くドアから聞こえた音に、はっとする三人。
そこには、愕然とした表情の乃絵美が立っていた。
彼女の足元には、トレイと、それにのっていたのであろうサンドイッチが散らばっている。
「お兄ちゃん・・・どうして?」
震える声で乃絵美は兄に問いかける。
辛そうに顔をそらす正樹に、乃絵美はすがりつくように身を寄せる。
「お兄ちゃん、どうしてなの? 一緒にいようって・・・私と一緒にいたいって・・・そう言ってくれたじゃないっ!」
「乃絵美・・・・・」
思いの爆発したような乃絵美の叫びに、正樹は苦渋に満ちた視線を向けて、そっと乃絵美の手を引き離す。
「お兄・・・ちゃん」
涙をぽろぽろこぼしている乃絵美の顔から、たまらずに正樹は視線を逸らす。
「乃絵美の・・・ためなんだ・・・」
「い・・・や・・・」
「わかってくれよ・・・」
「わからない・・・わかりたくないっ!」
身をひるがえして、乃絵美は泣きながら外へと走り出す。
「乃絵美っ!」
「乃絵美ちゃんっ!」
折悪しく、外を掃除していた楓が、ちょうどその時店のドアを開けて戻ってきた。
「ただい・・・あっ!」
その楓を軽く突き飛ばすようにして、乃絵美は外へと飛び出していく。
「乃絵美っ!」
いち早く駆け出した正樹が、乃絵美の後を追って外へ飛び出す。
千鶴は外の様子を気にしながら、よろけた楓を支えてやる。
「か、楓、大丈夫っ?」
「・・・私は何ともないけど、一体?」
「説明は後でねっ」
乃絵美と正樹の後を追って千鶴が路上に出ると、そう遠くはない距離に走っていく二人の後ろ姿が見えた。
「あそこ・・!」
「すぐに追いかけようぜっ!」
「待ってっ!」
駆け出そうとする梓を、千鶴は慌てて止めた。
「千鶴姉、なんでっ!」
「乃絵美ちゃん、興奮してるわ、大勢で行っても逆効果よ、私が行きますから皆は待ってて」
「でも・・・」
「待っててね!」
不服そうな梓にも有無を言わさないという感じで言い置いて、千鶴は駆け出した。
初音が梓をなだめているのを視界の隅で確認する。
と、外へと飛び出した千鶴に呼びかけてくる声。
「千鶴っ!」
「トモコ?」
声のした方を振り仰ぐと、2階から飛び降りてきたトモコが、すとんと千鶴の肩に乗る。
「やばいで、悪のエルクゥの反応やっ!」
「えっ! じゃあ、乃絵美ちゃんがっ!?」
「間違いあらへんっ!」
「そんな、急がないと・・・!」
一方、先を行く正樹は、陸上部で鍛えた脚力を活かして、みるみる乃絵美に追いついていた。
「乃絵美、待つんだっ!」
腕を取り、なかば強引に引き止める。
息を切らし、苦しそうに荒く呼吸している乃絵美は、うつむいたまま力なく立ち止まる。
ぽろぽろと涙の止まらない妹の様子に、正樹も言葉を失ってしまう。
「乃絵美・・・・・」
「ひ・・・ひっく・・・お兄ちゃんの・・・ばか・・・・」
涙混じりの非難の言葉に、正樹は返す言葉もない。
お互いどうしたらいいのか分からずに、立ち尽くす兄妹。
と、その時。
「ふっふっふっふっふっ」
すぐそこの路地から、黒装束に身を包んだ眼鏡をかけた男が現われた。
みるからに怪しい様子に、思わず正樹は乃絵美を背後にかばう。
しかし相手は、そんな正樹のことなど目に入らないように、乃絵美だけを見据えている。
「伊藤乃絵美、お前の願い、かなえてやろう・・・・」
「え?」
いきなり名前を呼ばれて戸惑う乃絵美。
「兄と一緒にいたいというお前の望みを叶えてやろう」
「・・・本当に?」
「乃絵美っ!」
兄の制止の声も耳に入らないのか、乃絵美は魅入られたようにふらふらと、黒装束の男に近づく。
「乃絵美・・・ノエーミーよ、お前自身の力で、その願いを叶えるのだっ!」
言葉と同時に男の眼鏡から発せられた光が、乃絵美を直撃する。
どこか禍禍しい波動を感じさせる光が!
「きゃあああああ!」
「乃絵美!? きさま、何をするんだ!」
「見ているがよいっ!」
殴り掛かろうとした正樹を制して、楽しそうに乃絵美をみている黒装束の男──悪のエルクゥの大幹部ヤナガーワ。
正樹とヤナガーワの目の前で、乃絵美の服装が変わる。
実家の喫茶店ロムレットの制服に似たメイド服、しかしところどころに装飾のように突き出した刺々が、凶悪なイメージをかもし出す。
しかし、服装より何より、乃絵美自身の雰囲気が変わっていた。
冷徹な瞳。冷たささえ感じる凶凶しい悪のオーラに包まれて。
そこにいたのはすでに伊藤乃絵美ではなく、悪のエルクゥパワーによって誕生したアイデス怪少女ノエーミーだった。
「乃絵美・・・・」
あ然としている正樹に向かって、乃絵美、いや、ノエーミーはにっこり笑いかける。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん、これから、ここを私たちの世界に変えてみせるから」
「なっ・・・・」
立ちすくむ正樹をよそに、ノエーミーはゆっくりと歩きはじめる。
ここ隆山町のモラルを破壊するために・・・
その頃、千鶴とトモコは、悪のエルクゥパワーが局地的に増大したのを感じていた。
「しまったっ! 遅かったみたいや!」
「じ、じゃあ、乃絵美ちゃんはもう・・・・」
「うん、もう悪のエルクゥパワーの影響で、怪少女に変えられてしもうとるわ」
「そんな・・・」
「悔やんでもしゃあないっ! 千鶴っ! マジカル☆リズエルに変身や!」
「はいっ!」
ぴしっと応えた千鶴は、おもむろに胸元からペンダントを取り出した。
これこそが、トウハトランドのマジカル☆セリカから託されたマジカル☆ペンダント。柏木千鶴をマジカル☆リズエルたらしめるもの。
ロケット上になっているペンダントを開くと、まばゆいけれど決して目を射ることのない輝きが、ぽうっと溢れ出す。
その光球を両手で包むようにしながら、千鶴は叫ぶ。変身のキーワード。
「オープニング・エルクゥパワー! ウェイクアップ! マジカル☆リズエル!」
ぴかー
途端、光が広がり千鶴の全身を包み込む。
その光の繭の中で、千鶴の裸体のシルエットが、みるみるうちに魔法的な衣に覆われていく。
そして、一際光が輝いた後に・・・
両手に持ったロッドを奉げ持ち、目を閉じたまま僅かにうつむいた表情は、神々しささえ感じさせるマジカル☆リズエルの姿があった。
閉じていた瞳を開き、自らの身にみなぎる力を感じて、にこりと笑顔を浮かべる。
フリフリなコスチュームではあるが、帯状の布に体を覆われていて、足にはブーツ、スカートもミニはミニだが超ミニというほどではなく、残念ながらそれほど露出度は高くない。
それはともかく、目覚めたマジカル☆リズエルはアイデス怪少女ノエーミーの元へと走るっ!
一方のノエーミーは自らの発する波動でもって、周囲を恐怖のどん底に落とし入れていた。
「みんな、みんな、兄妹はみんな、愛し合ってしまいなさーいっっ!」
そんな危ないことを叫びながら、そこらにいる普通の兄妹を全て近○相○関係にしてしまっているのだ。
「ふふふふ、いいぞいいぞ、ノエーミー、その調子だ。そのまま、すべてを破壊し尽くすのだ!」
別にノエーミーは物を壊しているわけではないのだが、まあ、モラルを壊しているというか・・・とにかく、大幹部ヤナガーワは御満悦だ。
ノエーミーは、今もまた、恐怖に怯える兄妹を、一組追いつめていた。
「る、瑠璃子をどうするつもりだっ」
糸目の高校生が怯えながらも妹を背後にかばう。
「ふふふふふふふ、大丈夫、みんなみんな○親○姦になってしまえばいいのよ、怖くない・・・・」
すでにいっちゃった目のノエーミーは、そんな健気な兄妹でさえも毒牙にかけようと迫る。
その時。
「待ちなさいっ!」
凛とした声が、周囲に響き渡った。
「誰?!」
「ぬっ!」
ノエーミーとヤナガーワの表情が変わる。
きょろきょろと声の主を探して周囲を見回した二人は、すぐ近くの時計塔の上に、逆光になったシルエットを発見した。
特徴的なロッド、腕を身体の前で組むように交差させ、フリフリのコスチュームに身を包んで、颯爽と立つその姿!
その名も・・・・
「マジカル☆リズエルかっ!」
ヤナガーワの怒りの声の通り、正義の魔法少女マジカル☆リズエルの勇姿だった。
「前世の宿業乗り越えて、生まれ変わったこの世界。トウハトランドの使命を受けて、善のエルクゥパワーで悪をたつ。正義の魔法少女マジカル☆リズエル、ここにありっ!」
口上を終えて、マジカル☆リズエルはノエーミーをきっと睨んだ。
「アイデスのノエーミー! これ以上、この隆山町のモラルをおとしめることは、このマジカル☆リズエルが許しません! どうしても続けるというのなら、私はあなたを・・・」
いったん言葉を切ったマジカル☆リズエルは、華麗に飛び降りて地面に降り立ち、ノエーミーと対峙する。
「私はあなたを・・・殺さなければならない!」
そんなマジカル☆リズエルの言葉にも、ノエーミーは不敵な笑顔を浮かべる。
「ふふふ、面白い、やれるものなら・・・やってもらいましょう!」
言葉と同時に髪に手をやり、サイドテールをまとめている黄色いリボンを解き、しゅるると手に取るノエーミー。
どういう風になっているのか、確かに解いたように見えたのに、髪型もリボンもそのままだ。
そのリボンが唸りを上げ、鞭のようにしなってマジカル☆リズエルに襲いかかる!
「くっ」
次々と襲い来るリボンをロッドで防ぎながら、マジカル☆リズエルは間合いを詰めるチャンスをうかがう。
しかし、ノエーミーに隙はない。
ノエーミーがふるう伸び縮みする鞭状のリボンと比べると、マジカル☆リズエルのロッドは、あきらかにリーチ的に不利だ。
「あかん、このままやと・・・」
近くの屋根の上から戦いを見守るトモコにも焦りの色が濃い。
ノエーミーは長期戦に持ち込んで、マジカル☆リズエルの疲労を誘おうという戦法らしい。
その場を動かずリボンだけをふるうノエーミーに比べて、受け身にまわらされているマジカル☆リズエルは動きの量が多い。
今は唸りを上げて襲ってくるリボンをロッドで弾いてはいるが、疲れた時にどうなるか・・・
こちらも離れたところから戦況をうかがっているヤナガーワは、口元の笑みを絶やさない。
「ふっふっふっ、マジカル☆リズエルめ、今日こそ年貢の納め時だ。む?」
「あ、あいつは・・・」
ヤナガーワとほぼ同時にトモコも気がついた、戦いの場へ乱入してくる青年が一人。
乃絵美の兄、正樹である。
「の、乃絵美ーっ」
「あ・・・お兄・・・ちゃん・・・」
ふと、ノエーミーの注意がそれる。そのチャンスを見逃すマジカル☆リズエルではない。
「たあっ!」
一気に跳躍して間合いを詰めると、ロッドを一閃、ノエーミーの手からリボンを弾き飛ばした。
「くぅ!」
舌打ちするノエーミーにもう一撃を与えようとしたマジカル☆リズエルの動きが、止まった。
「や、やめてくれ」
正樹が、ノエーミーをかばうように両手を広げて、マジカル☆リズエルの前に立ちふさがったのだ。その一瞬の躊躇を、今度はノエーミーが見逃さなかった。
ひゅんっ!
再び手にした新たなリボンが音を立ててしなり、前に立っていた正樹ごと、マジカル☆リズエルを弾き飛ばす。
「うああっ!」
「きゃあ!」
さらに、ノエーミーのリボンが、マジカル☆リズエルのロッドを、遠くへと弾く。
「くっ・・・」
立ち木にぶつかって苦痛の声を洩らすマジカル☆リズエルに向かって、ノエーミーは悠然と歩み寄る。
途中、弾かれて気を失った正樹の方へ視線を向けると、愛おしそうにつぶやく。
「ごめんねお兄ちゃん、少しだけ待ってて、すぐに邪魔者を片づけて、私とお兄ちゃんが幸せになれるように・・・」
その間を突いて、離れた地面に転がるロッドにダッシュしようとしたマジカル☆リズエルの足元を、ノエーミーのリボンが叩く。
「うっく・・・」
土埃が舞い、マジカル☆リズエルは動けない。唇を噛み締めて眼前の敵を睨むが、ノエーミーに隙はなかった。
獲物を追いつめたノエーミーは、兄に向けたのとは別人のような非情な顔で、手にしたリボンを振りかぶる。
「さようなら、正義の魔法使いさん・・・」
「魔法少女ですぅ・・・」
さりげなく突っ込みを入れながらも、リボンの襲い来る予感に、思わず身体を堅くして目を閉じるマジカル☆リズエル。
「ああ・・・」
屋根の上のトモコも目を覆い。
「おおっ」
一方のヤナガーワは仇敵の倒される予感に身を乗り出した。
その時。
ぴきーんっ
風を切っていずこからともなく飛来した小柄が、今まさにマジカル☆リズエルに向けて振るわれんとしていたノエーミーのリボンを、地面に縫いつけた。
「なっ!?」
体勢の崩れたノエーミーの隙を突いて、マジカル☆リズエルはダッシュしてロッドを手にすると、くるりと一回転して戦闘体制を整える。
同時に、にっこりと微笑んで、救い主の名前を呼んだ。
「次郎衛門さんっ!」
そう、公園の立ち木の上に着流し姿で立つその姿は、まぎれもなく。
「謎の助っ人侍・次郎衛門、ここに参上。前世の宿業によって助太刀いたす」
気負いのない穏やかな声で名乗りをあげる次郎衛門であった。
「ぬう、次郎衛門め、もう少しのところを・・・」
悔しそうにうめくヤナガーワだが、表情一転、にやりと笑った。
「ふはははは、来たか次郎衛門、しかし貴様の弱点は、我らが大首領ダリエリ様よりお聞きしてあるわっ!」
「なに?」
「次郎衛門さんの弱点?」
ヤナガーワの言葉に次郎衛門とマジカル☆リズエルの表情が曇る。
「・・・面白い、私に弱点とやらがあるというなら、やってみるがいい」
一瞬の動揺はあったものの、次郎衛門の態度は余裕を持ったものであった。
「くっくっく、よかろう」
ヤナガーワはいかにも悪役っぽい笑いとともにノエーミーに命じる。
「ノエーミー、やれっ!」
「はいっ!」
ノエーミーが次郎衛門に向かって間合いを詰める。
身構える次郎衛門。しかしノエーミーは、リボンを使うことはなかった。
次郎衛門から少し離れて立ち止まると、切なげな表情を浮かべて・・・
「お兄ちゃん・・・」
と、呼んだのだ。
「むっ・・・」
思わず、次郎衛門の動きが止まる。
予想だにしないやり方に、マジカル☆リズエルも唖然と立ちすくんでしまう。
「お兄ちゃん・・・」
じりじりと間合いを詰めながらノエーミーは続ける。その右手には隠し持ったリボンが・・・
「むむむむむむ」
脂汗を流しながら、次郎衛門は動けない。
「ふははははは、やはりダリエリ様のお言葉通り、き奴めはあの言葉に弱いと見える」
「じ、次郎衛門さん、負けないでっ」
勝利を確信するヤナガーワと、必死で次郎衛門を励ますマジカル☆リズエル。
「お兄ちゃん・・・お願い・・・」
三度目のノエーミーの言葉。相変わらず次郎衛門は動けない。
すでに間合いは、ノエーミーのリボンが届く距離・・・
「お兄・・・ちゃんっ!」
四度目の言葉と同時に、ノエーミーのリボンが、動けない次郎衛門に襲いかかる!
「とった!」
「ああ・・・・」
喜色に溢れたヤナガーワの言葉と、見ていられずに目をふせてしまうマジカル☆リズエル。
「あっ!」
しかし、驚愕の叫び声は、ノエーミーの口から洩れていた。
「なに!?」
「!?」
ともに目を見張るヤナガーワとマジカル☆リズエルの目には、ノエーミーのリボンを居合いで切り払った次郎衛門の姿があった。
「くぅ・・・」
慌てて後ろに飛んで間合いを離そうとするノエーミー。しかし、再び振るわれた次郎衛門の刃の生み出した衝撃波がノエーミーを捕らえる。
「くっ!」
衝撃波の直撃を受けて、ふらふらとたたらを踏むノエーミー。
「次郎衛門さんっ!」
嬉しそうなマジカル☆リズエルと、信じられないといった顔をしているヤナガーワ。
「ば、馬鹿な、ダリエリ様のお言葉に間違いはないはずっ!」
「ふ、愚かなりヤナガーワ」
鼻で笑ってみせる次郎衛門。
「確かに前世の私はあの攻撃には弱かったかもしれぬ、しかしそれは昔の話! 今の私は、むしろお姉さん属性なのだっ!」
「まあ・・・」
高らかに宣言する次郎衛門に、なぜか赤くなってしまうマジカル☆リズエル。
その一方で、ガーンッとショックを受けるヤナガーワ。
「おのれ次郎衛門、はかったな・・・」
「そっちが勝手に間違えただけだろう」
あきれたように言ってから、次郎衛門はマジカル☆リズエルをうながす。
「とにかく敵は弱っている、今だ! マジカル☆リズエル!」
「はい、次郎衛門さんっ!」
うなずくマジカル☆リズエルに、トモコが叫ぶ。
「よっしゃあ、衣替えチェンジから一気に締めやっ!」
身体の前に立てたロッドを構えて、マジカル☆リズエルは叫ぶ。
「パワーアップ! エルクゥパワー! 衣替えチェーーーンジ!」
同時に、ロッドの数箇所から帯のように光が溢れ、マジカル☆リズエルの身体を覆う。
マジカル☆リズエルのコスチュームが輝いて、その形を変えていく。
ひときわまぶしく光が輝いたその後には、衣替えチェンジを終えたマジカル☆リズエルが立っていた。
へそ出しレオタードを基本に、身体を纏うひらひらもすべてシースルーで、先程までとは打って変わった、露出度の高いコスチューム。
風邪を引かないか心配してしまうほど薄着な感じだ。
ロッドを構えたマジカル☆リズエルは、さらに叫ぶ。
「一気にいきます! エルクゥパワーマキシマム!」
・・・その途端、周囲の気温が、3度下がったように感じられた。
陽射しが翳ったのかと錯覚してしまうような肌寒さ。
マジカル☆リズエルから、今までとは桁違いの力が溢れてくる。
「う・・・うう・・・」
うめくだけて身動きの取れないノエーミーは、ヘビに睨まれたかえるも同様だった。
ノエーミーを射抜くマジカル☆リズエルの視線。
紅く染まり縦に裂けた瞳孔が、物理的な拘束力さえも錯覚させる。
冷たい表情でノエーミーを見据えながら、マジカル☆リズエルがぽつりと言う。
「あなたを・・・殺します」
ザッ!
地を蹴るマジカル☆リズエル。
一瞬にして間合いを詰め、繰り出されたそのロッドが、ノエーミーの胸板を、見事に貫いていた・・・
「う、うああああああっ」
絶叫するノエーミー、目元から一筋、涙が伝う。
「お兄ちゃん・・・・」
チュドーンッ!
爆発っ! アイデス怪少女ノエーミーの最後だった。
「乃絵美ーっ!」
四散するノエーミーを見て絶叫する正樹。
その肩を、いつのまにか傍らに立っていた次郎衛門がぽんっと叩く。
「案ずるな、見るがよい」
そういって指差す先・・・
ノエーミーが爆散した煙が晴れた後には、気絶した乃絵美を支えるマジカル☆リズエルの姿があった。
「乃絵美・・・よかった・・・」
「マジカル☆リズエルが断つのは、悪のエルクゥパワーによって増大させられた歪んだ思いだけなのだよ・・・さあ」
次郎衛門にうながされ、ふらふらと乃絵美の元へと歩み寄る正樹。
マジカル☆リズエルはにっこりと笑って、正樹の手へと乃絵美をたくした。
しっかりと乃絵美を抱きしめる正樹。
自分を支えてくれる慣れた手の感触に気づいたのか、乃絵美は少し声を上げ、ゆっくりと目を開けた。
「ん・・・あ・・お兄ちゃん」
「乃絵美・・・・」
何も言わず、正樹は乃絵美を抱きしめる。
乃絵美もまた、ただ黙って兄の体に手を回す。
そんな兄妹の姿を、マジカル☆リズエルと次郎衛門は、穏やかな瞳で見つめていた。
「やれやれ、一件落着ってやつかあ?」
屋根の上で安心したようにつぶやいたトモコだが、はっとしてあたりを見回す。
「あっ! し、しもたっ、またヤナガーワには逃げられてしもうた!・・・ま、しゃあないわな」
いつものことだけに、あっさりあきらめて首を振るトモコであった。
数日後。隆山駅。
そこには、柏木四姉妹と耕一に見送られて、家路につく伊藤兄妹の姿があった。
「もうすぐ出発時刻か・・・ま、頑張れよ」
「はい」
ぶっきらぼうな梓の言葉に、正樹に寄りそって立っている乃絵美がはっきりと答える。
「乃絵美ちゃん、元気でね」
「初音ちゃん、落ち着いたら手紙書くから、絶対返事頂戴ね?」
「うん、必ずだよ?」
同い年ということもあって仲良くなった初音が、乃絵美との別れを惜しんでいる。
別れの湿っぽい雰囲気が苦手な梓は、無理に声を明るくする。
「ま、まあ、とにかくさ、歪んだ思いとかいうやつは、マジカル☆リズエルのおかげで浄化されたんだろ?」
「はい」
「じゃあ、もう、二人は普通の兄妹なんだな」
一瞬きょとんとした表情になった乃絵美と正樹だが、すぐに笑いながら寄り添いあう。
「俺達はやっぱり愛しあってますよ、梓さんの言う「普通」はそういう意味じゃないですよね」
ちょっと悪戯っぽい正樹の言葉に、梓は驚きを隠せない。
「え、ええっ!? でも兄妹間の歪んだ思いは浄化されたって・・・」
「歪んだものではなく、真摯な思いだと認められたということね・・・」
戸惑う梓をよそに、楓がぽつりとつぶやいた。
「そ、そうなのか・・・・」
何か納得できないような梓をよそに、並んで立っている千鶴と耕一は、家へと戻る兄妹へ餞別の笑顔を送る。
「大変だと思うけど・・・」
「頑張って下さいね」
「はいっ」
「乃絵美と一緒ですから」
そう言って視線を交わし、ぎゅっと寄り添いあった兄妹からは、揺るぎない絆が感じられる。
ホームのアナウンスが、出発の時刻が近いことを告げた。
「それじゃあ、行きます」
「本当に、どうもありがとうございました」
深々と頭を下げる兄と妹。
ドアが閉まり動きはじめる車両。
見送る側も見送られる側も、お互いに窓越しに手を打ち振る。
やがて、伊藤兄妹を乗せた電車は、ゆっくりとホームを出て速度を上げ、線路の向こうへとその姿を運んで行った・・・
しばらく、消えていく電車の姿を見送って、柏木四姉妹と耕一は揃って家路につく。
少し涙ぐんでいる初音を、梓と楓がなだめている。
後ろからついて歩きながらそんな姉妹の様子を見るともなしに見ていた耕一は、ふと思いついたように、隣を歩く千鶴に訊ねた。
「千鶴さん・・・これで、よかったんですよね・・・?」
どこか複雑そうな言葉に、千鶴は胸を張って頷いた。
「ええっ、愛は全てを可能にするのですから」
「愛、ですか」
苦笑する耕一に、千鶴はにっこりと微笑んだ。
「愛です」
再び穏やかな日常に戻った隆山町。
喫茶店「鶴来屋」では・・・・
「耕一さん、どうでしょう?」
グラスの載ったお盆を片手に、珍しく髪型をポニーテールにしている千鶴が、少しはにかんで聞いている。
「な、何です? その格好・・・・」
耕一が戸惑うのも無理はない、千鶴が来ている服は、胸元にリボンのついた紺色のワンピースと大きめの白いエプロン。いわゆるメイド服そっくりだ。
「鶴来屋は今まで制服がありませんでしたから、どうかと思いまして」
「は、はあ・・・」
どこか茫然としている耕一の様子に千鶴はくすっと笑ってしまう。
「乃絵美ちゃんと正樹さんの家が喫茶店だというのはご存知でしたよね?」
「ええ、それは・・・えっ、じゃ、もしかして・・・」
「お店の名前はロムレットというそうなんですけど、そこで使っている制服を参考のために送ってもらったんです」
「へー・・・・」
感心したように頷いて、耕一は思わずまじまじと千鶴の姿に見入っている。
うつむいて、ちょっと頬を赤らめてしまう千鶴。
「どう・・・でしょう?」
「え? ああ、とても似合ってます・・・・千鶴さん、可愛いですよ」
と、ついつい本音を言ってしまう耕一。
「そ、そんなぁー」
でれでれと照れて身体をくねらせる千鶴。
手に持ったお盆が傾いて、乗っていたグラスは当然のことながら・・・
「あ・・・」
という間もなく、堅い床へと落下していく。
ガシャーンッ!
「千鶴姉ぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
「ごめんなさーーーーーーーいっ・・・・・てへっ♪」
今日も喫茶店「鶴来屋」は・・・・・ま、おおむね、平和だった。
END.
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