魔法のような…

writen by やまみ




 昼下がりの柏木家。
 居間に一人座っている千鶴は、先程から落ち着かない様子でちらちらと時計をうかがっている。
 待ち人未だ来らず・・・といったところだろうか。
 千鶴がそわそわと何杯目かのお茶を口に運んだ時。

ピンポーン

 玄関の呼び鈴が鳴った。

「は、はいっ」

 慌てて立ち上がり、玄関へ向かおうとして、

ガツンッ

 などと、テーブルの角に足をぶつけてしまったりして。
 涙目で痛みを堪えながら、土間に降りて引き戸を開ける。
 そこには、千鶴の待ち望んでいた笑顔があった。

「千鶴さん」
「耕一さん・・・・」

 意識せずとも自然に笑顔になってしまう千鶴であった。
 数ヵ月振りの再会で、何となく見つめあってしまう二人。

「・・・耕一さん、とにかく上がって下さい」
「そうですね、それじゃ、おじゃましまーす」

 そう言って、靴を脱いで上がりかける耕一を、千鶴はちょっと不服そうな顔で見つめている。
 千鶴の視線に気がついて、耕一は苦笑しながら言い直す。

「そうか・・・ただいま、でしたね」

 千鶴の表情は、再び満面の笑みに変わった。

「はい、お帰りなさい、耕一さん」

 とりあえず自分の部屋──夏に泊った客間ではなく、以前耕一の父が使っていた部屋──に荷物を置いて、部屋着に着替えてから、耕一は千鶴とともに居間に落ち着く。
 千鶴の煎れてくれたお茶をすすって、ほっと人心地といったところだ。
 ちなみに、料理については超前衛的才能を発揮することでお馴染みの千鶴だが、お茶はまともに煎れている。
 普段一人暮らしで、緑茶など殆ど飲むことのない耕一は、おいしそうに喉を潤している。
 もちろん、さりげない高級品なのだが。

「ふぅ・・・」

 満足げに溜め息をもらす耕一を千鶴が気遣う。

「お疲れ様です耕一さん、途中混んでいましたか?」
「いえ、ゴールデンウィークも終わった後でしたし、空いてましたよ」
「そうですか、この時期は鶴来屋もお部屋が空いていますしね」
「そうなんですか」

 などと、とりあえず当たり障りのない会話を交わす。
 楓は学校の補習で夕方まで帰らないとか、梓と初音は今夜のちょっとしたお祝いのための買い出しに出かけていて、やはり帰りは夕方になるだろう、とか。

「そうか、皆いないのなら、今がいいかな?」
「え? なんです?」

 耕一の独り言のようなつぶやきに、千鶴が反応する。

「その・・・プレゼント、ですよ」
「あ・・・」

 プレゼントとはもちろん、千鶴へのバースデープレゼント。
 今日5月13日は千鶴の誕生日。耕一が隆山に来たのも、そのお祝いのためだ。
 もっとも、千鶴本人にしてみれば、24歳の誕生日というのは、嬉しくもあり嬉しくもなしで、いささか複雑な気分である。
 梓にからかわれるのはいつもの事だし、梓なりの照れ隠しだと分かっているのでそれほど気にはならないが、耕一と一つ歳が離れてしまうのが少し寂しい。
 とはいえ、その耕一がこうしてお祝いに来てくれて会えるのだから、やっぱり嬉しいといった方がいいだろうか。

「皆の前であらたまってだと、照れくさい気がして・・・」
「え、えーと、それじゃ、私の部屋でいいですか?」
「え・・・はい、別に構いませんけど」

 二人っきりなのだから居間でも構わない気もしたが、耕一は千鶴の言葉に従うことにした。
 よりプライベートな空間で、ということなのだろう。
 そんな千鶴の気持ちは分かったし、耕一もやはり嬉しかった。
 ただ少しばかり不安なのは、今日の千鶴はキャミソールでミニのワンピース姿という、いつにない薄着だということか。
 いつもは家の中でもわりときちんとした格好をしている千鶴にしては珍しいことだった。
 薄着をした千鶴のあらわになった肩の線や、ちらちらと垣間見えてしまう太股辺りに、男の欲求が刺激されてしまいそうな不安・・・いや、予感だろうか?

「それじゃ耕一さん、先に行っててもらえますか? 私はちょっと・・・」

 そんな耕一の内心は知るよしもなく、千鶴はなにやら慌て気味。
 実は先程からのお茶の飲み過ぎで・・・・・これ以上は、はっきりとは言わないでおくべきだろう。

「え? ええ、いいですよ」

 ぱたぱたと千鶴が廊下に出て行くのを不思議そうに見送って、耕一は千鶴の部屋へと向かう。
 中庭に面して四部屋並んだ一番奥、そこが千鶴の部屋だ。

「・・・失礼しまーす」

 部屋の主がいないことは分かっているのだが、それでもなぜか、そんな言葉が口から出てしまう。
 入ってはみたものの、何となく気分が落ち着かずに、耕一は部屋の中を見回してみたりする。
 カーテンやインテリアは全体的にシックなものでまとめられ、落ち着いた感じの部屋だ。
 所々に見られる暖色系の調度類が、部屋の主が持つ穏やかで安心させられる雰囲気を連想させる。
 見た目には、千鶴の年齢相応の、大人びた感じが強い部屋だ。
 もっとも、少し引き出しを開けたり、物入れを覗いたりしてみると・・・
 と、耕一は壁に妙なものがかけられているのに気がついた。

「お待たせしました」

 開いたままだったドアから、どこかさっぱりした様子の千鶴が入ってくる。

「あ、ああ、お邪魔してます」
「いいえ」

 とぼけた耕一の言葉にくすっと笑って、千鶴は首をかしげた。

「どうかしましたか?」
「千鶴さん、あれは?」

 と、耕一が指差した物を見て、千鶴は合点がいったように頷いた。

「ああ、私の高校の時の制服です」

 その通り、耕一の指の先では、楓の学校のものに似たセーラー服が、ぽつねんとかけられていた。
 この部屋には、そこだけ何となく違和感のある光景だ。

「もうすぐ楓と初音は衣替えですので、夏服を出そうとしていたら、たまたま私が着ていた制服が出てきたんです、それで、虫干しでもしておこうかと思って」
「ああ、なるほど、そういうことですか」
「耕一さん・・・何か?」
「いえ、別になんでもないんです」

 慌てて手を振る耕一に、千鶴は再びくすりと笑ってしまう。

「そうですか?」

 悪戯っぽい千鶴の視線に、耕一は所在なさそうに頭など掻いていたが、急に思いついたように千鶴を見やる。

「千鶴さん、着てみないんですか?」
「え?」

 千鶴は目を真ん丸くして驚く。
 そんな千鶴の表情を(あ、可愛いな)と感じ、耕一は調子に乗って言葉を続ける。

「ええ、どうせだから、着てみるといいですよ」
「そ、そんな、恥ずかしいです、今更・・・」
「そんなことないですよ、きっと似合うと思うな」
「ほ、本当に、そう思っていますか?」

 照れてうつむいてしまった千鶴に上目遣いで見つめられて、耕一はちょっとぞくっと来てしまう。
 念のために言っておくが寒気がしたわけではない。
 色っぽいのだ。
 先ほど感じた少女のような可愛らしさとはまた違った、千鶴の持つ多面的な魅力である。

「ええ、本当に」

 実際、最初は冗談のつもりだったが、言っているうちに耕一は、本当にそのセーラー服を着ている千鶴を見たくなってしまった。

「ううう・・・」

 うつむいて、千鶴はさすがにさんざん迷ったようだが、期待に満ちた耕一の視線に逆らうことはしょせん出来ない。

「じゃあ・・・あの・・・ちょっとだけ・・・」

 着替えている間廊下に出ていることになった耕一の耳に、部屋の中から、着替えている千鶴の衣擦れの音が聞こえてくる。
 妙に想像力を刺激させられる音だった。

「あの・・・耕一さん、どうぞ・・・」

 おずおずとした小さな声に、待ちかねていた耕一は、一つ深呼吸をしてからドアを開ける。
 セーラー服を来た千鶴は、赤く染まった顔を恥ずかしそうにうつむけて、身体の前でもじもじと手を組みながら立っていた。
 そんな千鶴を、思わず耕一は、まじまじと、あからさまな視線で、頭から足先まで見つめてしまう。
 耕一の様子をちらっとうかがって、千鶴はますます小さくなる。

「そ、そんなに見つめちゃ・・・いやですぅ・・・」
「あ、す、すいませんっ・・・」

 耕一は慌てて千鶴から視線を離そうとするが、結局は離しきれずに戻ってしまう。
 さすがに、現役の女子高生として通じるとは言えないが、セーラー服を着て恥じらっている千鶴の姿は、えもいわれぬ色気を発している。
 目を動かせない耕一の様子に、千鶴は紅くなりながらくすっと笑ってしまう。

「そ、そ、そうだ」

 悶々とした気分を振り払うために、耕一は必死で思考を変えようとする。

「プ、プレゼントです、プレゼント」
「あ、はい」

 と応じてから、千鶴は気がついたように耕一に聞いてくる。

「あの、耕一さん・・・もう着替えてもいいでしょうか?」
「・・・・もうしばらく、いいでしょう?」
「どうしても?」
「どうしても」

 千鶴はよっぽど恥ずかしいらしいが。

「う、うう・・・・分かりました・・・」

 結局は折れてしまう。

「ごほ、ごほんっ」

 少しほっとした耕一は、咳払いなどして無理に雰囲気を落ち着けてから、おもむろに用意していた包みを手に取った。

「千鶴さん、どうぞ」
「あ、はい・・・」

 綺麗にラッピングされた小さ目の包み。

「あ、ありがとうございます」

 ようやく気分も少し変わってか、千鶴は本当に嬉しそうに耕一にお礼を言う。
 逆に耕一が照れてしまって頭を掻いた。

「いやあ、そんなすごいものでもないですから・・・」
「開けても、いいですか?」
「ええ、もちろん」

 にこにこと包装を解いていく千鶴を、耕一はこちらも嬉しそうにながめている。

「指輪・・・は、ちゃんと就職してからということで」

 耕一の言葉を聞きながら、丁寧に包装を解き、箱を開けると、中に入っていたのは時計だった。
 バンドの細い、瀟洒な印象を与える腕時計。
 十字と川を図案化したエンブレムが入った、かなりの高級品だ。

「まあ」

 嬉しそうに手に取ってみながら、千鶴はちょっと耕一の方をうかがい見る。
 その意味に気がついて、耕一は安心させるように軽く手を振った。

「値段のことなんて気にしないで下さいよ、バイトで無理なんかしてませんからね」
「・・・・・はい」

 千鶴は、その耕一の言葉に素直に従うことにした。
 基本的にバイトで生計を立てている耕一にとっては、結構値の張る買い物だったに違いない。しかし、そのことを気にするよりも、送られた喜びを素直に享受することにした。
 嬉しそうに贈り物を見つめている千鶴の様子を耕一はじっと見つめているが、ついつい顔がにやけてしまっている。

「最初はペアウォッチでも買おうかと思ったんですけど、さすがに恥ずかしくて」

 そんな言葉に、千鶴は顔を上げて耕一を見て、くすっと笑う。

「でも、俺のしてる時計とデザイン的に似た雰囲気の物だから、まあペアみたいな物だということで、勘弁して下さい」
「はい」

 にっこりと頷いてから、ふと、千鶴の顔がいぶかしそうな表情に変わる。

「耕一さんの時計って・・・」
「え? ああ、これですよ」

 それが癖で、腕にしていない時はポケットに入れている時計を取り出して、千鶴に見せる。
 耕一がたった今千鶴に送ったものと、同じメーカーの高級品だ。

「高校卒業と大学祝いを兼ねてって、おふくろが・・・」

 懐かしそうにそう言いかけて、耕一は千鶴の様子に気がついた。
 あ然とした顔で、耕一の時計を見つめている。

「・・・千鶴さん?」

 名前を呼ばれて、ようやく千鶴は我に返った。

「え? あ、ああ、はいっ?」
「この時計が、どうか?」
「い、いえ・・・」

 何となく目を伏せてしまう千鶴の様子に、今度は耕一がくすっと笑った。

「言おうか言うまいか迷っている・・・そんな顔だね」
「耕一さん・・・」

 すばりと見透かされて、千鶴は困惑の表情。

「もしかして、親父に関係ある事?」

 さらに核心を突いてくる耕一の言葉に、千鶴は困ったようにうつむいてしまう。

「そうなんだね・・・・」

 そんな千鶴の態度に、耕一は自分の言葉が当たっていると分かった。

「千鶴さん、話してよ」

 上目遣いに、ちらりと耕一をうかがう千鶴。

「知りたいよ、俺」

 耕一の真摯な視線を受けて、千鶴も決心したようだ。
 顔を上げて、耕一の顔を正面から見る。

「その時計・・・私が選んだ物・・・なんです」
「えっ!?」

 さすがにそれは予想していなかったらしく、耕一は驚きの声を上げる。
 千鶴は一つ頷いて、話を続ける。

「耕一さんが大学に入学なさる少し前でした・・・叔父様が、お祝いに何か送りたいから見立ててほしいと、私に・・・」

 ただ黙って聞いている耕一の様子に、千鶴はふと目を伏せた。

「叔母様は、叔父様のことは何も・・・?」
「うん・・・俺、何も・・・聞いてなかったよ」
「そう・・・ですか・・・」

 二人ともその理由は分かっていた。
 当時の耕一は、父にたいして憎しみにも似た反発を感じていたから、だから母は父の名を出さなかったのだ。
 そうしたら耕一が受け取らないと思って・・・・・
 実際、父からの贈り物だと知っていたら、耕一が受け取ることはなかっただろう・・・
 全てを知った今となっては、自分がしていたそんな態度は、耕一にとって腹立たしいものでしかなかった。
 自分の未熟さをまざまざと思い知らされるような気がした。
 同時に、父が、自分をどれだけ気にかけてくれていたかを。
 手にした腕時計の文字盤にそっと触れながら、耕一は自嘲するように笑った。

「馬鹿だよな、俺・・・・おふくろ無理しちゃって、とか、そんなことしか考えなかった・・・」
「耕一さん・・・」

 気遣うように耕一を見ている千鶴。

「親父のことなんて、何も・・・」

 うつむいて言葉を詰まらせる耕一。
 千鶴はたまらずに、そんな耕一の頭を胸元に抱きしめる。

「大丈夫、叔父様はお分かりですよ・・・今の耕一さんのお気持ちは・・・」
「・・・でも、親父が生きている間に、言いたかったよ・・・」

 震えている耕一の肩・・・・
 すがりつくように、千鶴に体をあわせてくる・・・・

「ありがとう、て・・・」

 顔を上げられずにいるそんな耕一を、千鶴は強く強く抱きしめた。






「ふうっ・・・」

 大きく息を吐いて、耕一は千鶴から体を離した。

「・・・落ち着きましたか?」
「うん・・・ごめん、みっともないとこ見せちゃったね」

 照れくさそうな耕一の言葉に、千鶴はゆっくりと首を振る。

「私の前では、無理なんかしないで下さい、耕一さん」
「・・・うん、ありがとう」

 耕一の感謝の言葉に頷いて、千鶴はちょっと悪戯っぽく笑う。

「それに、耕一さんには私の泣き顔を見られていますから、これでおあいこです」
「おあいこ、ね」
「はい」

 本当に嬉しそうな千鶴の笑顔を見つめて、耕一は知らず知らず目を細める。

「・・・みたいだな」
「え?」

 耕一のつぶやきに、怪訝そうな千鶴。

「魔法みたいだな、千鶴さんの笑顔」
「え? なんですか急に・・・・」

 いきなりな耕一の言葉に、千鶴は頬を染めて視線を泳がせてしまう。

「前から思ってるんだよ、俺をとても幸せな気分にしてくれる、本当に魔法の笑顔だ」
「耕一さん・・・・」

 はにかんで上目遣いに耕一を見つめ、千鶴もまたつぶやく。

「耕一さんの笑顔こそ魔法ですぅ・・・私にとっては・・・」
「お互いに・・・かな」
「そうですね」

 心底嬉しそうに、心から幸せそうに、微笑みあう二人。
 と、耕一の右手が、優しく千鶴の頬に触れた。

「あ・・・耕一・・・さん・・・」

 華奢な千鶴の身体が、すっぽりと耕一の腕に包まれる。
 互いの腕が、互いの身体を抱きしめ合う。
 胸と胸とが重なって、感触を伝え合う。
 触れそうな距離で見つめあう瞳と瞳。
 そして、睫毛を震わせながら、千鶴の瞳が、そっと閉じられる。
 唇が、重なる。
 温もりが、伝わる。
 触れ合った唇から、触れ合った手と手から、体と身体から・・・・
 お互いが、お互いの温もりに包まれて・・・・
 終わりのないような、抱擁と、くちづけ。 

 二人の午後は、まだ長い。


END.



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