〜bond〜(第二話)

 

 

「・・・さま」

 

「・・・・・・」

 

「・・・志貴さま、起きてください」

 

声が聞こえる・・・。

 

・・・起きないと。

 

「・・・あぁ、起きるよ」

 

ゆっくりと身体を起こす。

 

「おはよう、翡翠」

 

「おはようございます、志貴さま」

 

窓の外を見ると、もう日差しは高く上がっていた。

 

「今、何時?」

 

「11時をちょっと過ぎたあたりです」

 

はぁ・・・結局こんな遅くまで寝てしまったのか。

 

「悪い・・・何回も起こしに来てくれたんだろ」

 

「はい・・・でも今日は日曜日ですから、無理に起こす必要はないと思いましたので」

 

翡翠は少し顔を赤らめながらそう答える。

 

「・・・そっか。秋葉は?」

 

「秋葉さまならもうお出かけになられました」

 

そうか、もう出かけたんだ。

 

「・・・見送りくらいしてやればよかったかな」

 

何を・・・。

 

会えば気まずいのはわかっているのに。

 

「・・・・・・」

 

「志貴さま・・・昨夜からお元気がないようですけど、何かあったのですか?」

 

「いや・・・何もないよ」

 

「・・・・・・・・・」

 

翡翠が怪訝そうな顔をする。

 

確かにこんな顔じゃ気落ちするのはまるわかりか。

 

「大丈夫だから。そうだ、ご飯あるかな?お腹空いちゃって」

 

はは・・・と笑いながら話を切り替える。

 

・・・食欲なんかほとんどありはしない。

 

「はい、姉さんが作っておいたものがありますので」

 

「わかった。着替えたらすぐいくよ」

 

「はい、それでは失礼します」

 

・・・着替えるか。

 

 

 

 

 

「・・・あれ」

 

居間に行くといるのは翡翠だけだった。

 

「琥珀さんは?」

 

「姉さんは秋葉さまの付き添いで出かけております」

 

「そうなんだ。じゃあ夕飯は・・・」

 

まぁいいか、どちらにしろ食欲ないし。

 

いざとなったら自分で作ればいいし。

 

「姉さんが作っていたものがあります。それを温めてくだされば」

 

「ん〜・・・いいよ別に。1人で食べてもおいしくないし」

 

夕飯はいつも静かだけど、やはり1人で食べるのは味気ない。

 

「そうですか。ならお夕飯時にもう一度お尋ねするのでその時に決めてください」

 

「わかった」

 

・・・・・・・・・。

 

「ごちそうさま。じゃあ俺は部屋に戻るよ」

 

「わかりました。私は掃除していますのでご用がありましたら、お申し付けください」

 

遅い朝食を終えるとすることがなくなってしまった。

 

・・・学生なのだから予習とかいろいろあるが手につくはずもない。

 

街をぶらつく気もおきない。

 

かといって、部屋の中にいても気が滅入ってしまうだけかな。

 

よし、書庫に行って適当に本選んでテラスで読もう。

 

少しは気が晴れるかもしれない。

 

 

 

 

 

・・・9月下旬ともなると、庭の木々が紅葉の兆しを見せる。

 

風も気持ちいい、ここなら暫くいてもいいかな。

 

テラスにある椅子に座り本を開く。

 

本の内容はいたって普通の論文みたいなもの。

 

本の内容なんてどうでもよかった・・・ただ気まぐれになればそれでいいと思っただけだから。

 

ただ、あまりにも長く感じる時間が早く過ぎ去ってくれればそれで。

 

だが、興味のない本を読もうとしてもなかなか読めるものじゃない。

 

本のページは最初の目次で止まっていた。

 

ザッザッザッ・・・

 

何か箒を履く音が聞こえる・・・。

 

今日琥珀さんはいないはずだけど・・・。

 

あれは・・・翡翠か。

 

向こうもこっちに気付いたのかこっちにやってくる。

 

「志貴さま、こんなところで何を・・・」

 

「ちょっと、ここで本を読もうと思ってね。ほら、だいず涼しくなってきたしさ。翡翠は?庭の掃除って琥珀さんの担当だろ」

 

・・・あ、そっか。

 

「今日、琥珀さんいないんだよな」

 

「はい」

 

「手伝おうか?」

 

「いいえ、そんなことしていただくわけにはまいりません」

 

いつもの、反応。

 

「でも、大変だろ。館の掃除だってあるのに」

 

「いいえ、今日は姉さんがいませんから楽なんです」

 

それは、琥珀さんの掃除下手のことをいってるんだろう。

 

「でも、それは館の仕事だけだろ。庭の掃除は大変だと思うけど」

 

そういうと、翡翠はバツが悪そうな顔をする。

 

「どうした?」

 

「あの・・・これは姉さんには内緒にしてほしいんですけど」

 

「うんうん」

 

「本当は庭の掃除も私がやりたいんです。姉さんがやると箒で掃くというより振り回してるだけなので、綺麗にならないんです」

 

・・・それはいえてるかもしれない。

 

「でも、姉さんは庭の一部を花壇として使わせてもらっているからせめてこれだけでもと引いてくれませんので、まかせているんです」

 

琥珀さん・・・翡翠にここまで言わせるほど下手なんですか。

 

「でも、大変なのには変わりないだろ。ほら、俺も手伝うから」

 

箒を渡してもらおうと、手を差し出す。

 

「今日はもう終わりなんです。ですから志貴さまに手伝っていただく必要はありあせん」

 

そっか、身体動かしたら少しは時間が経つのが早く感じると思っただけど、残念だな。

 

「志貴さま、1つよろしいでしょうか」

 

急に翡翠が真面目な顔をして聞いてくる。

 

「あぁ何?」

 

「何故、志貴様は秋葉様の誕生パーティーに参加されなかったんですか?」

 

・・・・・・・・・。

 

まぁ、いつかは聞かれるとは思っていたけど。

 

「俺が行っても親戚筋に睨まれるのが嫌だし。互いに会って嫌なら会わない方がいいだろ。理由はそんなとこだよ」

 

「・・・・・・・・・」

 

何か翡翠じっと睨んでくる。

 

そういえば、先生がいってたよな・・・。

 

『心にもない事は言わないこと。自分自身も騙せない嘘は、聞いている方を不快にさせるわ』・・・って。

 

翡翠の場合は不快というよりただ心配してくれているみたいだけど。

 

「わかった、ちゃんと話すよ。じゃあ悪いけど少し話に付き合ってくれるかな」

 

「はい、私でよければ」

 

椅子に座る・・・翡翠はいつものように立っている。

 

「翡翠も座りなよ。立っていたら疲れるよ」

 

「はい・・・でも」

 

「だって、話をするんだからお互い楽な姿勢じゃないと辛いだろ」

 

「はい、それでは失礼します」

 

はぁ・・・やっと座ってくれた。

 

「じゃあ、何から話そうかな。・・・そうだな、翡翠は俺の本当の名前についてはもう知っているよね」

 

「はい、七夜さまですね」

 

「うん。戸籍上は遠野志貴。だけど身体の中に流れる血はその七夜のもの」

 

「七夜家なんてものにはもう未練はない。俺は本当に自分のことを遠野志貴だと思っている。でもこの身体に流れている血はそうはいかなかった」

 

翡翠は黙って俺の話を聞いてくれている。

 

「七夜の血ってのは無意識下で人間以外のモノを胎児するという命令が刻まれているらしいんだ。だから人在らざるもの血が流れている・・・遠野に対して反応してしまうんだそうだ」

 

「でも、志貴さまは普通です」

 

「向こうが普通の状態なら俺だって何もないけど・・・。ほら、遠野の親戚筋って俺のこと疎んじてるだろ。絶対に敵意の眼差しで見てくると思うんだ」

 

「そんな時、冷静でいれる自信なんてない。もしパーティーの会場なんかで殺人衝動を覚えてしまったら、秋葉に迷惑かけるから」

 

「そうだったんですか」

 

「あぁ、でも仕方ないと思うけどね。向こうにしてみたら俺は猛獣みたいな存在らしいから」

 

「それと、俺さ・・・恥ずかしい話、秋葉が遠野家の当主だってこと忘れていたんだよ。本当に勝手な話だよな」

 

「それは秋葉さまが志貴さまに対して本当に普通に接していたからではないでしょうか」

 

「うん、そうなんだ。だから・・・俺がここに来たときやってくれた歓迎会みたいに俺も秋葉のこと祝ってやろうって、そう思った」

 

「昨日秋葉さまにお話があるというのはそのことだったんですね」

 

「あぁ、でも言えなかった。秋葉が当主だってことを思い出しちゃったから」

 

秋葉に先に話をさせて良かった。

 

多分俺が先に言ったら迷惑をかけただろうから。

 

いや、今でも十分迷惑かけてるか、パーティーに参加してないんだから。

 

「では志貴さまは秋葉さまにご迷惑をおかけたくなくて誕生パーティーに参加されなかったのでしょうか?」

 

「それは、半分本当ってところかな。半分の自分のためでもあるし」

 

「有馬の家でも誰かの誕生日があると誕生会やったんだけどさ・・・何かちがくて。その輪の中に入れなかった自分がいたから」

 

この人達は・・・本当の家族じゃなかったから。

 

俺は臆病だったのかもしれない、一歩踏み出せば本当の家族になれたかもしれないけど。

 

拒絶されるのが・・・。

 

「だからこの屋敷に帰ってきて歓迎会やってくれたとき・・・心から帰ってきたって思えたよ」

 

何を・・・詭弁を。

 

翡翠と琥珀さんもわからなかった俺が・・・何を。

 

秋葉の顔さえも忘れていた俺が・・・何を。

 

今も・・・そう。

 

遠野家のことなんて何も知らない俺が・・・何を。

 

秋葉の地位も立場も忘れていた俺が・・・一体何を得ようというのか。

 

結局俺のやりたいことは・・・ただの自己満足。

 

「志貴様、どうかされたのですか?」

 

「いや、何でも・・・ない」

 

ズキン・・・

 

くっ、こんな時に頭痛か・・・。

 

「ごめん、ちょっと気分が悪いから部屋に戻るよ。なんか悪かったね、つまんない話きかせて」

 

「いえ・・・」

 

そんな翡翠を後にし・・・部屋に戻る。

 

一度振り返ると、翡翠が悲しそうな顔でこちらを見ていた。

 

頭を押さえながら部屋に戻り、布団に倒れこむとそのまま眠気がやってきた。

 

布団に倒れこんだ時、これで時間が経ってくれるとどこか安心している遠野志貴がここにいた。

 

 

 

 

続く

 

 

 

 

あとがき

第二話・・・ヒロインのはずの遠野秋葉が一度もでないというとんでもない状況となってしまいました。今回は志貴が持っている本音を他人に打ち明けるというものメインで書いていきました。暗い・・・それにしても暗すぎる。あと、翡翠と志貴がテラスにある椅子に一緒に座って話すってあんまり想像できないですよね。志貴としては真面目に話すこととして、相手が立ったままじゃ話しにくいとでも思ってください。私も真面目な話するときは腰を据えて話したいと思っていますし。次回はそんなに暗い話にならないと思います、ちゃんと秋葉も出します(当たり前か)。最後に翡翠が箒を履くすたってなかなか創造できないですよね・・・モップならなんとか。

では、次回で。

 

SSのコーナーへ

 

 

 

SSのコーナーへ