一番星、見つけた
「国崎さん、膝枕………」
「おまえは突然何を言いだすんだっ」
俺は、何の前触れもなく遠野からそう言われて少なからず焦った。
今までは、夕方にベンチに二人きりで座っているときなどのいわゆる『いい感じ』のときには、何度かそう言われたこともあった。
だが今は真昼間で、しかもみちるとシャボン玉で遊んでいる最中にそんなことを突然言い出したのだ。
いくら俺でも焦る。
遠野はこっちを見たまま返事を待っている。
…………ん?待てよ…………
まさか、遠野の狙いって………
「んに?みなぎー、どうしたの?」
突然の出来事に、みちるも不思議そうな顔をしながら遠野の顔を覗き込んでいる。
すると、遠野はいかにも残念そうな顔をしながらみちるに応じる。
「…国崎さんがね、膝枕させてくれないの………」
(誰がそんなみっともないことしてもらうか……)
みちるは少し寂しそうな顔をした。
「…美凪は、国崎往人に膝枕してあげたいの?」
「うん……」
そんな寂しそうな顔しないで、という感じに遠野がみちるの頬を優しく撫でる。
みちるはそれで少し機嫌を戻したのか、今度はむっとした表情をこちらに向けた。
「国崎往人っ!美凪がしてあげるって言ってるんだから、ありがたく膝枕してもらえ―――っ!」
「………膝枕…」
遠野はがっかりしたように俯いたまま呟いている。
(二人同時攻撃……やはり遠野の狙いはこれか……!)
俺がOKの返事をしない限り、二人はこの後ずっとこの調子だろう。
ちなみに今はちょうど昼前なので、最悪の場合遠野の昼飯にありつけないなんてことにもなりかねない。
「…はめられた……」
俺は誰にともなくそう呟いた。
暫くの間返事をしないでいると、二人は依然として俺に返事を求めたままでいた。
(……俺の負けだな)
膝枕をしてもらうなどという恥ずかしい光景をさらすことだけは嫌だったが、どうやらもう限界らしい。
俺は敗北を認めることにした。
…………だが、ただ敗北を認めるというのも癪に障る。
そうだ。
何か条件を出そう。
そうすれば、運がよければ膝枕を逃れられるかもしれない。
「……わかった、膝枕をさせてやろう」
俺はまず最初にそう始めた。
俺があっさりと認めたことが意外だったのか、みちるも遠野も一瞬『えっ?』という顔をしていた。
「やったね、みなぎ――っ!」
みちるは遠野の勝利を喜び、抱きついている。
「国崎さん………」
一方当の遠野は、顔を赤く染めてボーっとしている。
「ただし」
騒ぎ立てている二人に聞こえるように、俺は敢えて少し強調した。
すると二人は俺に注目した。
「条件がある」
「……条件?」
反応したのは遠野だった。
「俺と何か勝負をする。それで俺が負けたら潔く膝枕させてやろう」
そう言うと、遠野は少し残念そうな顔をした。
「……勝負ですか…」
「んにっ!ずるいぞ、国崎往人――っ!」
「お互いに平等になる勝負にすればいいだろ?」
「………んにゅ?」
「例えばどんな勝負ですか…?」
「………………さあ?」
答えられなかった。
膝枕という魔の手から逃れることが精一杯で、そこまで考えていなかった。
だが、今すぐ何かいい案を思いつかなければならない。
そうしないとこの場で膝枕確定だろう。
もしそれを断れば、今後の俺の食生活―――命にも関わりかねない。
何かいい案、いい案………。
シャボン玉とかは遠野の得意分野だし………料理などの炊事家事も無理。
腕相撲なんかでは明らかに不公平。
逆立ちなら――――――いや、遠野はスカートだ。
いくらなんでも犯罪というものだ。
では、他に一体どんなことがあるだろう…?
俺は困り果て、悩みながら空を見上げてみた。
今日は雲一つない青空。
どこまでも青い空のところどころに、秋の虫たちの声が聞こえる。
夏ももう終わりが近い。
……………ん?
………そうだ!!
「一番星を先に見つけたほうが勝ち……ってのはどうだ?」
我ながらなかなかナイスな案だと思った。
いくら天文部で星座とかに詳しい遠野でも、速さ勝負の一番星探しには関係ない。
完全に平等な勝負が出来るということだ。
「一番星……ですか?」
遠野は意外そうな顔をしていたが、すぐに
「わかりました」
と、自信たっぷりにそう言った。
そのあまりにも自信たっぷりな顔を見て、俺は言い知れぬ不安を感じていた。
「では、これから私とみちるで作戦会議を開きます」
「作戦会議?」
「…はい」
遠野はにっこりと微笑むと、みちるとともに少し離れたところに移動してしまった。
「まさか……俺はかなり分が悪い勝負を挑んでしまったのか…?」
ひょっとしたら、星に詳しい者ならではの一番星の見つけ方でもあるのだろうか?
取り合えず俺の中にある僅かな知識をおさらいしておくことにした。
一番星である宵の明星―――金星は、夕方に西の空で輝く。
だが、この時期から冬にかけては昼間でも見えることがある。
つまり、まだ陽があまり沈んでいないときでも、気を抜くとあっという間に遠野に先を越されてしまう可能性があるということだ。
…………我ながら情けないほどに知識を持ち合わせていなかった。
暫くして、遠野とみちるが戻ってきた。
「作戦会議とかいうのはもう終わったのか?」
「にゅふふふふ」
みちるは満面の笑みだ。
遠野も自信たっぷりの顔だ。
何か、それほどまでに勝てる自信のある作戦などがあるのだろうか?
…
……
………
俺の中の知識を総動員して考えたが、どう考えても『金星を見つけるために西を見続ける』以外に方法はない。
まあ、ただのこけおどしか強がりだろう。
「……えっへん」
遠野が僅かに胸をはった。
「……………」
俺は負けるかもしれない……。
その後、3人でいつもの昼食が始まった。
みちるは遠野の手作りコロッケをおいしそうに頬張っている。
遠野はその光景を微笑ましく見ていた。
いつもと変わらない楽しい食事風景。
だが俺は、憮然とした表情のままずっと遠野とみちるの様子を見ていた。
『作戦』について何かボロを出すかもしれない。
ずっとその隙をうかがっていた。
―――だが当然のように、二人はそんなヘマをすることはなく、食事の時間が終わった。
「美凪っ!今日もお弁当凄くおいしかったよーっ!」
「そう?よかった…」
そう言いながら、遠野はハンカチで優しくみちるの口を拭く。
「にゅふふふ」
その微笑ましい光景は、いつ見ても飽きるものではなかったが、それが俺に対する余裕のようにも感じられた。
(俺も少しは余裕を持たないとな。今からこれじゃあ俺がもう負けてるようなものじゃないか…)
昼食から1時間ほどして、学校の屋上に行くことになった。
「んに?国崎往人はやっぱりみちるたちと勝負するの?負けるってわかってるのにね〜にょめっ!」
あまりにも余裕をかましすぎるみちるに一発脳天に食らわしてやった。
「俺だって伊達に旅を何年もしてきたわけじゃない。一番星なんてすぐに見つけてやる」
3人で並んで歩いていたが、みちるだけ少しふらふらと列を乱した。
「…大丈夫?みちる…」
「んに〜…国崎往人が悪いんだよ?負け惜しみなんて言うから……」
「俺はまだ負けていないっ!」
そんな会話を続けながら、学校の屋上に到着した。
空は快晴…とはいかなかったが、遠くに少し雲がかかっているぐらいだ。
陽は少し傾きかけた頃。
後数時間もしないうちに金星が現れるはずだ。
「じゃあ俺はこっち側で見つけることにするよ」
俺は太陽が沈む西側のフェンスを指差した。
「では、私たちはあちらで……」
遠野は、俺とは反対方向を指差した。
「よし。じゃあ見つけたら早く『一番星見つけたっ!』って叫んだほうの勝ちだな?」
「……そうですね」
遠野は今日一日中ずっと楽しそうにしている。
3人でこうして過ごせるのが楽しいのか、俺にもう少しで膝枕できるというのが楽しみなのか……。
俺にとって後者は嫌だったが。
「にゅふふ、楽しみだね、美凪っ!」
「うん、そうだね…」
「国崎往人に青恥かかせてやろうねっ!」
(それをいうなら赤恥だろっ……!)
俺は心の中で突っ込んでおいて、早速自分のスペースに移動した。
結構時間が経って、ようやく日が沈みかけてきた。
ここからが勝負どころだ。
西の空には、運悪く少しだけ雲がかかっている。
だが星が見えないほどの厚さではないので、さほど影響は出ないだろう。
今までの旅の経験からして、大体金星が姿を見せる場所の予想はついている。
俺はずっと目を凝らしていた。
だがなかなか金星は姿を現さない。
その時。
「にょわっ!一番星見つけたっ!!」
「……見つけました」
みちるの大声が響き、少し遅れて遠野の声も聞こえた。
「な……なにっ!?」
俺はもう一度西の空を凝視してみたが、やはり金星の姿はない。
遠野たちは一体どこを見ているのだろう?
そう思い俺は振り返ってみると―――
二人とも上を見上げていた。
「え…………?」
俺は不思議に思い空を見上げてみると…………。
そこには(僅かにだが)確かに、瞬く一つの星があった。
俺は空を見上げた状態のまま遠野のいる場所まで行った。
「国崎さんの負けです……」
「やった―――!やっぱり美凪は凄いっ!」
みちるが喜んで遠野に抱きついている。
「ぱちぱちぱち……」
遠野も自分自身に拍手を送っている。
取りあえず俺は遠野の元まで行き、尋ねた。
「なあ、遠野。あの星は一体何なんだ?」
俺は勝負のことよりも、あの星のことが気になっていた。
旅の途中に何度も西に輝く金星を見たが、あんな星は見たことがなかった。
「あれは、琴座のベガという星です…」
「…俺はそんな星を知らない……」
「一番星というのは、金星だけに限りません…。
この時期、うしかい座のアークトゥルスか琴座のベガという星も一番星になる可能性が高いんです…。
アークトゥルスというのは、ほら、あの少し赤い星です……」
そう言って遠野は西の空を指差した。
俺はその方向をよく目を凝らして見てみると、確かに、少し赤みがかった星を見つけることが出来た。
「季節によっても、一番星は変わります……。
夏なら今のようにベガがそうですし、冬なら『おお犬座』のシリウスがそうなります…」
遠野は丁寧に説明してくれた。
完全に知識の差だった。
一番星といえば金星…と思い込んでいた時点で、既に俺の敗北は決まっていたのだった。
「くそ……やっぱり星の勝負なんて挑むべきじゃなかったか…」
今更ながら後悔して、うなだれた。
ひたすら喜び合う二人の横で俺は、これから行われる極刑にひたすら嫌気を感じていた。
その日の夜。
みちるは俺に対する極刑を見ないで帰っていった。
おそらく俺と遠野が仲良くしていることに妬いてしまうからだろう。
みちるを見送り、俺と遠野は二人で駅のベンチに座って黙っていた。
「…国崎さん……」
「…………わかってるよ」
遠野からのお誘いがかかり、遂に俺は腹をくくることにした。
今なら誰も見ていないし、まあいいだろう…。
遠野はスカートを整え膝を揃え、俺の顔を見た。
(準備は万端!さあ、カモ〜〜ン!!………って感じの表情だな…)
自分の顔が熱くなっているのに気付いているが、意識してしまうと余計に熱くなってしまいそうだ。
俺は少しずつ体勢を傾け、遠野の膝に倒れこんだ。
もにゅっ。
(なんだ………なんだか、ちょっといいかも……)
あまりの心地よさに、一瞬我を忘れそうになった。
「…どうですか?国崎さん…」
遠野も赤い顔をしながら、俺の顔を覗き込んでいる。
(だが…なんて答えればいいんだ?『最高だぜ!』なんて言えば、またさせられるだろうし……)
「遠野。おまえ……結構肉付きいいんだな」
こんっ!
軽く拳で突付かれた。
「…そんなこと言う人―――」
「ストップッ!!それ以上言うと違うゲームになっちまうっ!」
俺は慌てて遠野の言葉を伏せた。
「はい……」
自分でもわけのわからないほど焦ってしまった。
とりあえず危ないところだった。
暫くお互いに黙りあい、遠野にとっては至福の時を、俺にとっては……『どうなんだろう?』な時を過ごした。
「国崎さん…」
不意に遠野が俺のことを呼び、俺の髪に軽く触れた。
「私…あなたとこうしていられる今、凄く幸せを感じられます……」
言われて俺は恥ずかしくなり、遠野から少し顔を背けてしまった。
「国崎さんは……どう思いますか?」
「俺は………」
言葉に迷った。
だが別に遠野とこうしていることに、思ったほど嫌気は感じなかった。
だから正直に答えた。
「まあ、悪くはないかな……」
今、俺の中の遠野に対する気持ちが変わりつつあることに気付いた。
たまには遠野とのこんな時間も悪くないかもしれない…。
そう思いながら、二人きりの甘い夜は更けていった――――――
―――終わり―――
ken>ぼくは星は大好きですけど、あまり詳しくないです。
というわけで、今回はこの話を書くにあたりネットでちょこちょこっと知識を得たりしました。
自分の好きなことぐらい、もうちょっと知識持ってないとだめですよねぇ…うぐぅ…。
女の子と二人きりで星空を見上げているときに、星座について語れないじゃないですか(違
『ken』さんからキリリクで頂きました。Airの美凪のお話しです。美凪の仕草などが破滅的にかわいいです。美凪萌えの私としましてはもう、最高です♪♪あーもう住人がうらやましいなぁ!
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