いつかは名前で・・・
「こんにちは相沢さん、今日もいいお天気ですね」
「おう、お疲れ。天野もいつも通りおばさんくさいな」
「いつも通り相沢さんも失礼な方ですね」
「ははっ、まぁな、じゃ帰るか」
「えぇ、あ、今日は商店街に用があるんですけどお付き合い願えますか?」
「いいぞ。俺も本屋に行こうかなって思ってたし」
「わかりました、ではいきましょうか」
「あぁ」
商店街までの道のり。
「相沢さんは本屋で何を買うんですか?」
「雑誌とあと来年は受験だからな、大学の紹介かなんかが載ってる本を見ておこうと思ってな、そういう天野は?」
「私も今日は本屋に用がありまして」
「そうか」
一日の生活時間の中で一番楽しいと思える時間です。
始めは校舎から正門までの時間でした。
ある日、相沢さんに百花屋で何か食べていこうと言われました。
最初はお断りをさせていただいたのですが、あまりに熱心に誘う相沢さんを見て断るのも悪いと思いご一緒させていただきました。
食べた餡蜜はとてもおいしかったです。
そして、少しでも相沢さんと長くいられることがこんなにも楽しいなんて。
それから、母に頼んでよく夕食の買い物に行くようになりました。
私の家からではあの商店街は逆方向なのですが、相沢さんと一緒にいられるのなら・・・。
こんな風に人と一緒にいたいと思ったのは始めてのことです。
私はあの子が消えて以来、人と接することを極端に避けてきました。
最初のうちは気を聞かして声をかけて下さる方もいましたが、次第にそんな人もいなくなり、いつもまにかクラスで浮いた存在となっていました。
そんなこと気にも留めませんでしたが。
どうせいっても誰も信じてくださらないでしょうし。
そんな頃からしばらく経った時のことでしょうか、相沢さんと真琴をお見かけしたのは。
一目見るだけで真琴があのものみの丘の狐であることは解りました。
それと同時に真琴を見てる相沢さんに訪れる、避けられない運命が待ち受けていることを。
・・・話し掛けずにはいられませんでした。
たった、一言二言交わしただけの会話でしたが、その中で自分がいつのまにか笑っていることに気がつきました。
こんな風に自然に笑みが出たのはあの子が側にいた時以来でしょうか。
・・・あの子!?
この人と知り合いになってはいけない、またあの時と同じ苦しみを味わってしまう。
それ以来あの人と関わるのをやめようと思いました。
しかし、次の日相沢さんは私に話し掛けてきました。
真琴とお友達になってほしいと、そうおっしゃいました。
また同じことを味わえと、つまりはそういうことです。
頑なにそれを拒否しました。
これ以上私に関わらないでという怒気を含めて。
相沢はさんはそれ以来私に会いに来ることはありませんでした。
これで良かったんです。
数日が過ぎた頃、真琴が学校に来ることがなくなりました。
それが何を意味するか確信していました。
真琴がいなくなる、私と同じ人がまたでてきてしまう。
これ以上私と同じ人を増やしたくない。
電話で相沢さんを呼び全てを話しました。
最初は驚かれたようですが思い当たる節があるのか、相沢さんは信じてくださったようです。
分かれる間際、相沢さんは笑顔で笑ってくださいました。
大丈夫、きっとあの人は私みたくはならないでしょう。
相沢さんと話しをしてから三日後、相沢さんが一緒に帰ろうと誘ってきました。
それが何を言いたいのか、私には何となく分かりました。
でも、それを相沢さんが口にしなければそのまま帰ろうと思っていました。
・・・・・・。
「会ってやってくれないか、あいつに」
・・・・・・私の心は決まりました。
「はい」
私には久しぶりに、本当に久しぶりに新しい友達が出来ました。
2月1日、いつも通りに授業を受けていると、相沢さんのイトコの水瀬名雪さんという方がいらっしゃって、今日相沢さんが学校を休んでいることを教えてくれました。
おそらく今日なのでしょう、真琴がいなくなるのは。
この機会を見過ごしのは大変不出来といえるでしょう。
私は真琴の友達なのですから。
相沢さんの家で待っていると相沢さんと真琴が出てきました。
これから学校にいくそうですね、おそらく水瀬名雪さんに会いに行くのでしょう。
学校へ行く途中冗談をまじえながら話しをしていました。
この人は、全てを受け入れることができたみたいです。
真琴と最後の言葉を交わして、私は校舎の方へ戻りました。
いえ、最後ではないですね、またいつかどこかで必ず会えるはずです。
それまで・・・さようなら・・・真琴・・・。
「・・・野、・・・おい天野」
・・・!!
「何でしょうか」
「いや、なんか考えごとしてるみたいだったから、どうしたんだ?」
「いえ、少し昔のことを思い出していただけです」
「・・・真琴のことか?」
「はい、それとあの子のことです」
「あの子?」
「はい、私と一緒にいた狐のことです」
「そうか」
「はい」
「・・・天野には、感謝しているよ」
「私は感謝されるような覚えはありませんよ」
「いや、天野がいなかったら俺もちょっと前の天野のようになっていたかもしれない。そうならなかったのは天野のおかげだよ」
「いえ、それは相沢さんの心の強さですよ。私はあの子が消えたことを最初受け入れることができませんでしたから」
「いいんだ、俺がそう思ってるんだからそう思わせてくれ」
「分かりました、そういうことにしておきますね」
「あぁ、そうしてくれ」
「でも、私も感謝してるんですよ」
「ん、何がだ」
「自分でも色々な表情ができるようになったと感じているんです」
「そうだな、よく笑うようになった」
「・・・・・・」
・・・それは、貴方が私の凍りついた心を溶かしてくれたから。
それに、よく笑顔を見せるのは貴方の前でだけなんです。
多分、私は相沢さんのことが好きなのだと思います。
授業中でも、夜でも相沢さんのことを考えると胸がドキドキします。
「ん、何か言ったか」
「いえ、何でもないですよ」
そして、今も。
「そうだ天野、本屋行ったら後久しぶりに肉まんでも食べようか?」
「はい構いませんけど、この時期もう肉まんを売ってるところはないと思いますけど」
だから・・・。
「いや、こないだ見つけたんだ。まだやってると思うんだが」
「そうですか、わかりました」
いつかは・・・。
「じゃあ、暗くならないうちに早く行くか」
「はい、相沢さん」
こんな他人行儀な呼び方ではなく・・・。
『はい、祐一さん』
と、呼べる日が来ることを、私は心より願います。
FIN
あとがき
今回は当初考えていたSSとは少し違くなってしまいました。でもこれはこれでいいのかなと思っていたりもします。私の中では真琴は戻ってこないことになっています。だから多分、祐一と美汐はくっつくのだろうと信じて疑わないです。何しろ美汐萌えなものですから。少し量が少なくなってしまいましたが、余計に増やすと駄目駄目になりそうな予感がするのでここで締めるのがいいと思いました。祐一からか美汐からか、どちらが先に告白するのか・・・それは皆さんのご想像におまかせします。ジャンルは一応シリアスなんですけど、最後はほのラブ入ってますね、統一しなければいけませんね。この続き書けたら書きたいなとも思っています、今度は祐一視点で。時間があればの話しですけどね。