遠野家の屋敷に下宿してから数週間、吸血鬼化を抑制する研究も順調にすすんでいる。
遠野秋葉という存在があればこそのことだ。
残念ながら真祖が研究に協力してくれることはほとんどないが、現在の時点では研究に支障がないため、問題はない。
このままいけば、問題なく吸血鬼化を抑制できるだろう。
この件については問題ないが、今私の中で新たな問題がおきている。
遠野志貴、どうやら私は彼に好意を抱いているらしい。
だが、これを好意と確定することはできない。
何故なら、今まで同じ年頃の異性と接したことなどなかったし、私の周りにいる女性達は、ほぼ全員彼に好意を持っているようだ。
それぞれ、私が見解するかぎり、接し方、好意の持ち方が異なっている。
私のこの想いがどのようなものなのか、証明しなければならない。
私はシオン・エルトナム・アトラシア・・・アトラシアの名を冠するものであり、未来に挑むもの。
その私が自分のことで理解できないことなどあってはならない。
幸い私は、先の件で志貴に自分1人で解決するのではなく、協力することを学んだ。
今回もやはり、協力を要請するべきだろう。
そして、エーテライトは使わない・・・これは自分との約束事、そして・・・志貴との。
『人はみんな思っていることとかを全て表に出しているわけじゃない。裏に隠しておきたいことだってあるよ。それが見知った人ならむしろ当然じゃないかな』
これは志貴の言葉だ。
これを聞いて、遠野家に滞在している間はエーテライトを使わないと決めた。
彼らはみな・・・私の大切な友人達だからだ。
≪翡翠の場合≫
「え? 志貴さまのこと・・・ですか?」
「はい、翡翠が志貴のことをどのように想っているのか、教えていただきたい」
「・・・あの、どうしてそのようなことをお聞きになるのでしょうか?」
私は事情を説明した。
「そ、そんな、私は・・・別に・・・」
「そうでしょうか、私から見ると貴女は常に志貴のことを気にかけているような気がするのですが」
「それは、私が志貴さま付きのメイドだからです」
顔を赤らめたまま言っても全くもって説得力がないのですが。
「そうですか。わかりました、私の想い過ごしでしょう。私はてっきり・・・翡翠、貴女も志貴に好意を抱いてはいるが、秋葉や真祖に遠慮して、自分はたとえメイドという立場でも志貴のそばにいれればそれで良い・・・そう思っていたのですが」
「・・・・・・・・・」
「すいません、お手を煩わせてしまって、失礼します」
私は立ちつくしたままの翡翠の脇を通り過ぎる。
「あの・・・シオン様」
「何でしょうか・・・」
立ち止まる、振り返らずに・・・翡翠が精一杯の勇気を持って何かを言おうとしているのがわかったから。
「シオン様は・・・初恋は実るとお思いですか?」
「・・・・・・・・」
初恋・・・初めて好意を持った異性・・・私にあたればそれは志貴にあたるのか。
「私は、小さいころからのこの想いを・・・ずっと大切にしたい、それだけです」
それだけ言い残すと、翡翠は去っていた。
「初恋・・・か」
それだけに限れば私のこの好意は翡翠と同様といえる・・・しかし、私と翡翠はやはり、どこか違う。
≪琥珀の場合≫
「志貴さんですか? えぇ、大好きですよ」
琥珀は素直に自分の気持ちを伝えてきた。
「あっ、でも私の『好き』というのは、どちらかというと家族としての『好き』ですから。あっ、でも恋人にするなら、やっぱり志貴さんが一番いいかななんて思いますよ」
「なるほど、そうですか」
「それに、私は見守るほうが良いみたいですから。アルクェイドさまや、シエルさま、秋葉さまのやりとりを見ているほうが楽しいですからね」
段々となにか・・・。
「それに、私が本当に志貴さんを手に入れたいとも思ったら・・・何でもありになってしまいますから」
違ってきている気が・・・。
「しかし・・・時々、いつもの貴女とは全く別の目で志貴を見ている気がします・・・好意でもない何か・・・あれは、一体何なのでしょうか」
「・・・・・・・・・」
「琥珀?」
「え・・・あ、それはいつ気づきました?」
「いつというか、志貴が出かけるとき、それを貴女が屋敷の窓から見ている姿にそんな印象を覚えましたが」
「・・・・・・・・・」
琥珀はしばらくうつむいていたが、やがて顔をあげると・・・。
「志貴さんは・・・人形だった私に感情という命を吹き込んでくれた、特別な人なんです」
秋葉、翡翠、琥珀、そして志貴・・・全員の生い立ちなどは先の事件の際にすでに調査済み・・・彼女が幼少のころ過ごしてきた状況もわかっている。
しかし、それは主に情報としてのもの・・・内面的なものまではわからない。
「だから、私の志貴さんに対する好意というものは、本当は仮初めなのかもしれません志貴さんに対する感情はもっと奥深いもの・・・それは私にもわからないものです」
それだけ言い残すと、食事の支度がありますので・・・と彼女は台所のほうにむかっていった。
彼女の志貴に対する感情は・・・他の人には決してわからない、本人さえあやふやな・・・特別なもの。
≪秋葉の場合≫
「何かしら?聞きたいことって?」
「はい、秋葉・・・貴女は志貴のことをどう思っていますか?」
ピクっと・・・秋葉の眉が動く・・・秋葉は常に冷静沈着だが、それだけにわずかな表情の変化がわかりやすい。
「それは、私が兄さんに対して特別な感情を抱いているということ? 兄妹の線を超えた感情を」
「えぇ、そうです」
「・・・えぇ、確かに私は兄さんのことを愛しています。兄弟ではなく、1人の男性として・・・でも、シオン、あなたはこのことをどうやって知ったのかしら?」
本人は気づいていないのだろう・・・秋葉のような人間でも自分のこととなるとわからない場合があるのだろうか。
確かに私も自分のこの感情をよくわからないでいる・・・。
「知るも何も・・・秋葉の普段の行動を見ていれば一目瞭然ですが・・・それは私だけでなく、他の人も同様に気づいていますよ。肝心の志貴だけは気づいていませんけど」
「・・・本人にだけ」
なにやら考え込んでいるようだ。
「他の方には知られているようですが、志貴に知られていないのは・・・仕方ないのかもしれません。彼はそういったことには無頓着ですから。ましてや貴女は妹、他の女性とは違った目で見られている感じがうかがえますが」
「それでは、駄目なのよ。私は兄さんに一人の女性として見てもらいたいのに・・・」
彼女の過去にどうような感情が芽生えたかはわからないが、ここまで思い入れが強いとは正直意外だった。
「そう、いっそ私のものにならないのなら私のこの手で・・・」
彼女の髪が紅くなり部屋の温度が急激に上がり始める。
「秋葉、感情的になるのはよくありませんよ」
「は・・・そ、そうですね。私としたことが」
「以前志貴が言っていたことですが」
正確には考えていたことですが。
「志貴は秋葉のことをたいへん大切に想っている反面、たいへん怖れているところがあります。怖れているというところは、貴女の今のような感情が時折、にじみ出ているのを感じ取っているのではないでしょうか」
「・・・怖れている、私を?」
・・・またもや部屋の温度が急激にあがりはじめる。
「理解できないわ・・・どうやったら兄さんが私を怖れるなんて・・・」
そのまま部屋を出て行ってしまった、おそらく志貴を探しにいったのでしょう。
しかし・・・志貴のことであの冷静沈着な秋葉がここまで感情をあらわにするとは、正直驚きでした。
でも、よく考えてみると、真祖といい代行者といい、志貴に接するときだけ私が知っているものとは立ち振る舞いが随分違う。
そして・・・金術師として感情を押し殺している、私でさえも彼を前にすると、平静でいられなくなる・・・。
ただ、秋葉・・・彼女のように独占力が異様に強いものでもない・・・また違う感情を持っているということになるのか。
《アルクェイド(真祖)の場合》
「何?シオン あなたの実験にはもう付き合わないわよ」
「いえ、今日はその件できたのではなく・・・」
「じゃあ・・・何? 今日は暇だから話くらいなら付き合ってあげるわよ」
「それでは・・・」
・・・なんか、恥ずかしい。
志貴は真祖の寵愛を受けているはわかっているのだから、それを改めて聞く必要などないが・・・しかし、聞かなくては話自体が進められない。
「何? 別に勿体ぶる必要なんかないでしょ」
「えぇ、そうですね。それでは・・・貴女にとって志貴とはどのような存在ですか?」
「存在・・・かぁ。言われて見ればそんなこと考えたことなかったなぁ。う〜ん、なんだろうねぇ?」
「いえ・・・質問しているのはこちらなのですが」
「志貴のこと好きとかいうのは勿論なんだけど、そういうのを抜きに私に時間をくれた人・・・かな」
「時間・・・ですか」
「まぁ、貴女も知っていると思うけど、私の過去はほとんどが“眠り”で、ロアが出現したときだけ、解き放たれる。活動時間なんて、“眠り”から比べれば微々たるもの。それでも自分でも抑えられない吸血衝動が湧き上がってきて、これが最後のチャンスだと思ってこの街に来たところを、志貴に殺された。復元に自分の持っているほとんどを費やしてしまって。あとは貴女の知っての通りよ」
「志貴と協力して、ロアを消滅させた」
「そう、たった数日間のことだったけど、私はすごく長い時間に感じられた。志貴と過ごした時間はとてもゆっくりで・・・楽しくて・・・」
「そうですか、わかりました」
「あれ・・・もういいの?」
「はい、貴女の中で志貴の存在がどれほど大きいかわかりましたから」
・・・そして、貴女だけでなく、志貴の周りの女性たちですが。
どうやら遠野志貴に好意を持っている女性達は、ただ“好き”というのではなく、それ以上に大切な何かをもらっているようにも思える。
・・・勿論私も含めて、今まで他の人を信じず、己の力で事を成し遂げようとしていた私に。
自分自身のためにしか生きてこなかった私に。
人の温かさを初めて感じさせてくれたのが・・・遠野志貴、貴方です。
「え・・・俺が何だって?」
「いえ、何でもありません」
言っても志貴はどうせとぼけるだろうから・・・。
「何だよ、気になるな」
「志貴〜、遊びにきたよ」
「貴女は勝手にあがりこんで・・・兄さん、今日は私と・・・」
「ほらほら翡翠ちゃん、翡翠ちゃんも志貴さんに言いたいことあるんでしょ」
「ね・・・姉さん、私は別に・・・」
・・・結局“好意の種類”という名目で、調査し、私の好意というものが誰かと一致するかと思ったのですが、思い違いでした。
おそらく、ここにいる志貴に好意を持っていることに関しては同じでも、想いは違うということ。
それは、志貴にもらった“大切な何か”がその人だけのものだから。
私もこの想いは大切に胸にしまっておこう。
さて・・・悩みも消化したことですし、研究に戻らなくては・・・。
私はシオン・エルトナム・アトラシア・・・アトラシアの名を冠するものであり、未来に挑むもの。
終わり
《おまけ》
「どういうことですか?シオン・エルトナム・アトラシア」
「何でしょうか」
「何故、私の遠野君への想いを聞かないのかと言っているんです」
「そんなものは聞く必要がないからです。別に貴女に会いたくもないですし」
「な・・・な・・・な・・・」
「わからないのですか・・・もともと貴女との接点など私にはないのです」
「遠野家にいることで、秋葉、翡翠、琥珀も親しくなっており、真祖においては当初の目的どおりです。何回か顔を合わせば親しくもなるでしょう。しかし、貴女にいたっては、全くもって関係ないです」
「そ・・・そん・・・」
「教会の犬で・・・第七位の称号を貰っているのならいっそ、人気投票も七位くらいまで落ちればいいんじゃないですか」
「貴女でしたら、志貴のことより・・・カレーへの想いのほうが語れそうな気がしますけど」
「そんなのは当然です。何を言っているのですか」
・・・はぁ、駄目駄目ですね。
あとがき
前に書いたSSはいつのことでしょうかねぇ・・・すっかりご無沙汰になってしまいました。さて、今回はそれぞれのヒロインの志貴に対する想いについて、自分なりに考えて書いてみました・・・書いてない人は単にわからなかっただけです、特にシエル先輩・・・全くもっておもいつかなかったのでひどい扱いですが。
アルクェイドと琥珀さんについては・・・結構上手くかけたのかなと、秋葉のあの異常に強い独占力はどっからくるものなのかなと思いますけど。あと、メルブラのアフターストーリーということで、さっちんは書けなかったのですが、さっちんもまた、彼に対して特別な想いを抱いていますよね。機会があればそういうところを書いてみたいですね。ではまた次のSSでお会いいたしましょう。