「桜散る」

 

突然のニュースが衝撃を走らせた。

『枯れない桜が枯れた』

ニュースの一面から一年が過ぎまた冬がやってきた。

あれからこの街は大きく変わってしまったのだ。

「そう思っても、実際街の中身はあまり変わってないんだけどね。」

そうぼやくと私は、読みかけの詩集を机に置いた。

崖からの風景の描いたしおりを挟んで。

季節は冬、年も押し迫った年末であった。

大掃除のときに前に文通で知り合った作家さんからもらった本を見つけてつい読んでしまっていたのだ。

(いけない、私としたことが)

そんなことを考えながら、時計に叩きをかけようとしたときだった。

「音無。お昼何がいい?出前取るけど。」

下から、兄さんの声が聞こえる。時間もそれとなくお昼前をさしていた。

「じゃあ天丼お願いします。」

「太るぞ。」

間髪いれず、突込みが帰ってくる。

「家と学校の往復だけの兄さんに言われたくありません。」

「朝のダッシュは欠かしてないぞ。」

「その努力をほかのところに生かしてくださるとありがたいのですが...」

いつものことである。そして、あたりまえのこと。

これが一時的に途絶えたことがあった。

でも、それも昔の話である。今はこの時間が大切だった。

 

お昼を天ぷらそば(ちょっと変えてみた)で済ませた私は、買い物に出た。

「年末となると、さすがに買うものが増えるな。こんなことなら兄さんに手伝ってもらうんだった。」

商店街で買い物リストを確認した私はそうつぶやいた。

「ぼやいててもしょうがない。さっさと済ませますか。」

そういうと、行きつけのスーパーの自動ドアに立っていた。

 

「ありがとうございました。」

レジのパートのお姉さんの声を後ろに私はスーパーから商店街に戻った。

時間は午後三時といったところである。

「お正月に必要なものは大体そろったし、いまからどうしようかな。」

まっすぐ帰るにはまだ早い時間であった。

「お洋服も見たいけどお金そんなにもってないし、喫茶店はいるにも一人だしね。」

そういいながら、足は公園のほうを目指していた。

 

「やっぱり散ってしまったんだ。」

その桜は一年前と同じ姿をしたまま、かれていた。

「この桜が散ってしまってからいろんなことが変わってしまった。兄さんも私も...」

そんなことを思いつめていたときだった。

「やっぱりあの新聞道理だった。」

むこうのほうから人の声が聞こえてきた。

「あのひまわりと同じ運命をたどったのかな。」

私はその人を確認しようと近づいてみたそのときだった。

「こんにちは。」

突然、値がづいていた人から声をかけられたのだった。

「はい、こんにちは。」

ちょっとびっくりしたが、何事も無く返事ができた。

「この辺に朝倉さんの自宅はありますか?」

(なぜ彼女は私の家を?)そう思いながら。

「うちですけど、何か用ですか?」

「もしかして、音夢ちゃん?」

私は話の意図がつかめなくなりそうだった。

「私、さやかよ。あの文通相手の」

その一言が今までの疑問をすべて流してくれた。

 

「立ち話もなんですから、あのベンチで一休みしませんか?」

「そうしましょ。」

「先に座っててください。紅茶でも買ってきますから。」

「ごめんなさいね。」

そうやって私はさやかさんをベンチに座らせたまま、近くの自販機に紅茶の買いに行った。

「はい。ミルクティーですがお口に合うかどうか」

「どうもすみません。」

紅茶を渡して、私はさやかさんの隣に座った。

「こちらにはいつ着いたんですか?」

「昨日の夜かな、年末をただ家で過ごすのもなんだったから、年末旅行とでてみたわけです。」

「年末って忙しくありませんか?」

「私の家の場合、親戚もそういないし一人暮らしだから。」

「一人旅行ってわけですか。」

「いえ。それが違うんですよ。」

「じゃあ、もしかしてあの挿絵の人も」

「ピンポンピンポン大正解」

そうやってさやかさんは拍手をした。

「で、その挿絵の人は」

「蒼司君なら先に旅館に帰ってるよ。」

「そうでしたか。ここの絵を描きにくるかと思いました。」

「明日書くみたいだよ。今日は早く休むみたい。」

「熱心な方ですね。」

「そこが玉に傷なんだけどね。」

「なるほど」

さやかさんはちょっとため息をついていた。

「ところでさっきおっしゃってました『あのひまわりと同じ運命をたどったのかな』って、どういう意味ですか?」

「あちゃ〜。聞こえてたか」

さやかさんはばつの悪そうな顔をしていた。

「昔のことなんだけどね。一面のひまわり畑のひまわりを全部抜いちゃったことがあるの」

「まあ。何かあったんですか。」

さやかさんは静かに口を開いた。

「あれは小さいときだった」

今までとは雰囲気が違っていた。

「小さいとき私は貧乏だった。父さんも売れない画家で母も体が弱かった。でも私は楽しかった。幸せだった。

 小学生のときには、絵を描き始めて学校の中で賞をもらったこともあった。

 しかし、その後に母さんは死んでしまった。

 父も、絵が売れるようになり少しずつ私から離れていくようだった。

 そのときだった、崖のひまわり畑のひまわりを全部抜いたのは。

 まるで自分をあざ笑うかのように見つめるひまわり。

 自分の存在が否定されるようで怖かった。」

さやかさんはいつもと無く悲しそうな顔をしていた。しかし

「でもそれを今は後悔していない。後悔ばっかりしていたら、天国の父さんと母さんに笑われてしまうからね。」

「強いんですね。」

なぜかさやかさんが誇らしく思えてしまった。

「蒼司君がいるのもあるんだよ。彼は私の支えだから。」

「なるほど。うちの兄も見習ってほしいです。」

「まあまあ、その辺は人それぞれでおいてあげなよ。」

「そうですね。そんなこと言ってても、何も変わりませんからね。」

「そういえば、音夢ちゃんはこの桜に何かおもいでがあるの?」

「まあ、ほんの小さなものですけどね。」

深呼吸して私は言った。

「超能力とかって信じますか。」

「私は信じるほうだよ。夢があっていいと思うし」

「夢じゃなくて本当にあったんです。」

「へ〜。いいなどんなことができるの?」

「実はもうできないんですけどね。人の夢を見ることができました。」

「それはいいね。人の夢なんて未知なものだからね。」

「干渉はできないけど、人の夢を見ることは人の感情を救うことでもありました。

 でも、この桜が散ったときからもうそれもできませんでした。」

「じゃあ、この桜が能力の元になっていたんだね。」

「推測でしかありませんが、そう思います。

 人は頼るものをなくすと、立ち止まってしまうことがよくわかりました。

 でも今は必要ないです。」

「なぜかな?」

さやかさんが不思議そうに私を見つめた。

「それは兄が近くにいたからです。

 人の夢が見れなくなって不安になってもいつもそばにいたから。

 不安な時間を埋めてくれたんです。

 誰にもできないことでした。

 私の深いところまで知ってるのは兄だけでしたから。」

さやかさんは笑って

「なんだかんだいってもやっぱり大切な人ですね。」

「普段はどうしようもないんですけどね。」

そう思いながらもやっぱり兄のことを考えていた。

 

「ああ。もうこんな時間だ、旅館帰らないと晩御飯始まっちゃうよ。」

さやかさんはあわててベンチをたった。

「それじゃ今日はお開きですね。」

「そうだね。今日は楽しかったです。」

そういうと私もそれに続く。

「またお手紙待ってますね。」

「うん。必ず書くよ。」

そうやって私たちはそれぞれに帰路についた。

その帰る途中私はさやかさんの詩集のひとつを思い出す。

 

 

夏のかけら

 

私がいて夏が始まった。

でも、何か足りない気がした。

パズルのピースがひとつ埋まらないように。

 

パズルのピースを探すように毎日を過ごしていた。

夏の太陽もひまわりも私の目には映らなかった。

探しているものとは違っていたから。

 

探している私でさえその見つけたいものが分からなかった。

失うものばっかり増えていった。

探すことに意味があるのか。それさえも疑いそうになりそうだった。

 

そんなときに彼は話しかけてくれた。

「探してだめなら作ってみよう」

私はそのとき何かが変わった気がした。

 

夏の時間を取り戻すように

自分の分からなかったものが分かるようになり

失ったものを埋めていくようだった。

 

そして、最後のピースが埋まった。

足りなかったものは彼なのだと。

 

 

思い出してみると私にもそれが当てはまった。

学校や友達は楽しかった。

でも、人の夢を見ることができても、何かが足りないという気持ちはあった。

それを兄だと気づくには時間が掛かった。

あの桜が散って、夢を見れなくなったとき。

初めて兄が大切な人だと気づいた。

さやかさんとわたし

似たような境遇だったのかもしれない。

大切な人を見つけたのが

それぞれの大切な人を見つけた理由のが

 

ひまわりと枯れない桜

 

それぞれの散り方は違っていても、きっかけを与えてくれた。

それだからこそ、分かり合えたかもしれない。

そう思うと兄が誇らしく思えた。

(普段はあんな人なのにね)

そんなことを考えながら私は帰路を歩く。

大切な人が待つ。この帰路を。

 

 

感想はこちらまで urujyuu@hamal.freemail.ne.jp 


『roki』さんから頂きました「水夏二章」と「D.C.〜ダ・カーポ〜」のアフターストーリーです。設定的には前に頂きました、「季節外れの贈り物」の続きとなっています。ヒロインのそれぞれの心せつない心境にかなりか私はかなり感動しました。


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