責任という名の・・・
夕食後、いつものように居間で紅茶を飲んでいた。
その日やることが特になければ、こうして居間で紅茶を飲むのが日課になっている。
そして、用意するカップはいつも2つ・・・。
兄さんがいつ来てもいいように。
特に約束などはしていない・・・ただ兄さんが来てくれればその日はとても嬉しい思いで終えることが出来る。
そして、1人紅茶を飲んでいた。
「秋葉ちょっといいか?」
兄さんがやって来る・・・居間に入るなり、声をかけられた。
こういったケースは珍しい、いつも何となしに座って私から声をかける場合の方が遥かに多い。
「はい、何でしょうか兄さん」
兄さんのカップに紅茶を注ぎながら答える。
「ん〜、ちょっと言いいくいことなんだけど・・・」
こういう時は私が心よく思わないことがほとんどだった。
「何でしょうか。口にしなければわかりませんよ」
さて、今回はどんなことを言ってくるのか、少しは楽しみではあるけれど。
「・・・今日、離れの和室で寝たいんだけど」
「・・・・・・・・・」
たまに、兄さんは訳のわからないことを言ってくる。
「何故ですか、理由を聞かせてください」
「ちょっと1人で考えごとをしたいんだ」
「それでは、理由になっていません。だいたい考えごとならご自分の部屋でも出来るんじゃないかしら」
当然の答え・・・別に離れの和室に行くことが悪いんじゃない、何故そこなのか。
私が納得出来ない限り、許すことは出来ない。
それに、あの離れは昔の頃を思い出させるから・・・兄さんは私の兄さんなのに屋敷に入ることは許されず、離れの屋敷で生活をしていたから。
そして、私も幼少の頃、離れの和室に行くことはあまり心良く思われていなかった。
・・・兄さんは少し目線を下げて考えて様子だったが、やがて目線を私のほうに向けて、
「あそこでなければ駄目なんだ」
決意を秘めた目で私に訴えかけてきた。
私は兄さんのこの目があまり好きではなかった。
何かを秘めたあの目・・・それは、私に向けられたものじゃないから。
でも、何故かこの目で言われると断れなかった。
「わかりました、今回だけです。でも朝になったらちゃんと屋敷に戻ってください」
「ありがとう」
といって、紅茶を一気に飲みほして・・・。
「じゃあ、そろそろ戻るよ。おやすみ秋葉」
「はい、お休みなさい兄さん」
兄さんは、居間を出て行った。
結局頼みごとをするためだけに居間に来たのか・・・。
そう思うとなんだか悲しかった。
少し冷めてしまった紅茶を飲みほして私も部屋に戻った。
もう、ここに居ても誰も来ないから。
部屋に戻っても何だか何もやる気が起きず、そのまま寝てしまうことにした。
考え事って何だろう・・・兄さんが真剣に考えること・・・。
私は遠野志貴ではないのだから、そんなことはわかるはずもなく。
変に不安を残しながら眠りについた。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
朝・・・定刻通り五時に目が覚める。
どうにも頭がすっきりしない・・・。
昨日のことがまだ引いているみたい・・・。
それでも、いつも通りカーテンを開け窓を開け外の空気を入れる。
「あれは・・・」
庭によく見知った人物を見つけた・・・。
あれは兄さんだ。
こんな時間に何故・・・。
確かに朝になったら、屋敷に戻るように言ったけれど兄さんがこんな朝早く起きるのはありえないことだ。
何だか気になった・・・適当な服に着替え、私も庭に向かった。
庭に出て、木に隠れながら兄さんの見える位置にまで行き様子を伺う。
兄さんは自分専用のお茶セットを持って、ある石の前に座った・・・。
石・・・あんなものあったかしら・・・。
「よう、一年振り・・・かな」
兄さんは石に向かって話し掛ける。
石に話し掛けるということは・・・あれはもしかして、お墓?
そして、一年振りということはあのお墓はもしかして、四季・・・兄さん・・・。
そうか、あれからもう一年が経ったんだ。
私はそんなことも忘れていたんだ。
「お前と話すのは一年に一度くらいがいいと思ってな・・・」
兄さんは湯のみにお茶を注ぐ・・・1つは自分に、1つは石の前に。
「すまなかった・・・」
いきなり謝り出した・・・。
「一晩何言うか考えてさ、いろいろ迷ったけどこの言葉が一番いいかなと思った」
兄さんが考えごとというのはこのことだったんだ。
「ほら・・・お前にしてみたら秋葉をとられちゃったようなもんだろ。お前はずっと秋葉のこと想っていたのに・・・俺は忘れてしまって、そしていきなり戻ってきて・・・確かに虫がいいかもしれないよな」
兄さん・・・そんなことは、あれはお父様が・・・。
「何でこうなっちゃったんだろうな・・・小さい頃は俺たちは本当に仲が良かったのに」
・・・・・・・・・。
確かにそうかもしれない・・・何でこんな風になってしまったんだろう。
「責任・・・は誰にあるんだろうって考えた。そしたら、多分・・・俺のせいかなって思った。お前があんなに早く反転してしまったのは」
そんなこと無い・・・反転してしまうのは遠野の宿命だから・・・。
「いろいろと調べてさ・・・確かに遠野の一族は短命で、まっとうな死に方してるやつなんてほとんどいないけど、それでも・・・早すぎるんだ。反転してしまうのが」
・・・そう言われてしまうとそうなのかもしれない、でも次の言葉で発せられるであろう言葉は聞きたくない。
「だから、俺のせいじゃないかなって思った・・・俺の身体に流れる七夜の血が誘発してしまったのかなって・・・確かに要因はそれだけじゃないかもしれないけど」
・・・聞きたくない。
七夜家なんて関係ない・・・兄さんは、遠野志貴は私の兄さんであればそれでいいのだから。
『嫌だよ・・・ここの人達はみんな僕のことを疎んじているから。だから僕はここにいるんだ』
思い出したくないのに・・・兄さんに初めて拒絶されたことのことを思い出してしまう。
兄さんが初めてこの屋敷に来た時、兄さんになると言われた時・・・嬉しかった。
でも、兄さんは話してはくれなかった・・・会ってもくれなかった。
結局翡翠のおかげで兄さんと打ち解けることが出来たけれど・・・。
私は何も出来なかった・・・自分がどれだけ無力かを思い知らされた。
「こうなってしまったのはいくつもの偶然が折り重なった結果なんだよな・・・。もし、1つでも要素が足りていなかったら俺たちは最悪出合ってもいなかったから」
兄さんはなおも話を続ける・・・。
「例えば、もし七夜が滅んでいなかったら。ロア・・・これは俺の知り合いから聞いたんだけどお前に反転させる要素の一つだ、今は詳しくは言わないけどもしそれがなかったら・・・」
確かにそうかも知れない・・・七夜と遠野対立していたものが相手の嫡男を養子になどとるのだろうか。
これも偶然の中の1つ。
「そして・・・もし、俺がこの胸の傷を負わなかったら・・・俺がこの家を出なかったら、俺は秋葉を1人の女性としては好きにならなかったのかもしれない・・・」
・・・え、今兄さんなんて。
「この屋敷にずっといて、秋葉を妹としてしか見ていなかったらそうなる可能性の方が高い。俺がここに戻ってきて七年ぶりに秋葉と対面した時・・・明らかに俺は秋葉を妹としてではなく1人の女性として見ていたよ」
・・・兄さん、そうだったんだ。
確かに・・・ずっと一緒に居れば、兄妹という想いの方が強くなり・・・異性としては見れなくなるのかもしれない。
ましてや四季兄さんもいた・・・正直どうなっていたかはわからない。
私はあおの頃から兄さんのことは好きだったけど・・・そして兄さんもそうだったとしても・・・。
多分あの人は自分から身を引いてしまったのかもしれない。
「お前もそうだったんじゃないか・・・地下牢でずっと秋葉を想いつづけて、兄妹という関係なんて多分関係なくなったんだろうな」
そう・・・少なくとも私はそうだった。
・・・あの人を、他人としてしか見ることが出来なかった。
「で・・・結果がこれ、お前はいなくなってしまった。でも、お前が居てくれたから俺と秋葉はこういう関係になれたのかも知れない。そういう意味ではお前には感謝しているよ」
感謝・・・私は・・・どうなんだろう、ありがとうとあの人に言えるだろうか。
いや・・・言えない、多分今は・・・謝ることしか出来ない。
あの時は一方的に拒絶してしまったけど、今なら・・・楽しい思い出を幾らでも思い出すことが出来るから。
「で、今日一番言いたかった言葉なんだけど・・・ありがとう言葉も含めてな」
兄さんは姿勢な直す。
「秋葉は・・・必ず俺が幸せにするよ。勝手な言い分かも知れないけどそこで見守っていて欲しい」
・・・・・・・・・。
私は足を屋敷へと向ける・・・。
もうこれ以上聞く必要はなかったから。
一番聞きたかった言葉を聞くことが出来たから。
今度は私があの前に立つ番・・・立って四季兄さんにありがとうと言おう。
今度はありがとうとも・・・四季兄さんとも言えるはずだから。
さぁ、屋敷に戻って・・・兄さんやり早く朝食を食べて、居間でソファに座って兄さんを待とう。
そのうちに兄さんが来て・・・私が「おはようございます、兄さん」と言ったら・・・。
「あぁ、おはよう秋葉」
そう言ってくれる筈だから。
FIN
あとがき
思いついたネタとしては突発的なものです。でも思いついたのは今年の2月あたり・・・。すぐに書いても良かったんですが、あの時は別のSSをずっと書いていましたから。今回は四季という存在を仲介しての二人のやりとりという感じでしょうか。普段の二人ならあまりこういう話はしないと思いますし。でも志貴は絶対にお墓まいりって行っていると思います。勿論さっちんの所にも。今回は・・・ほのぼのSSの息抜きということで書きましたけど、微妙というか結局何が言いたいのという感じで終わってしまいました。要するにどんなに辛いことでも過ぎ去ってしまえば懐かしくも思えるということを書きたかったのかもしれません・・・私自身そんなこと思って書いたのか解りませんけど♪♪