しとしとと雨が降り続いている。
3日連続降っているせいで、湿度はかなり上昇している。
じっとりと湿った髪の毛やら壁、すべてが、「じめじめしてますよぉ〜!」と訴えかけているようだ。
そんな中………
「ふ〜ん♪ ふふ〜ん♪」
奇妙な鼻歌を歌いながら、一人の少女が水瀬家の階段を下りている。
その足取りは非常に軽やかだ。
顔も満面の笑み。
それには理由がある。
今の時刻はちょうどお昼の3時を回った頃。
早めに食べたお昼ご飯が少し消化され、程よく小腹が空いてくる時間帯だ。
そう、彼女の楽しみは、当然………
「きょおっのおっやつは(も)、たい♪たい♪たい焼きっ♪」
あいかわらず奇妙な歌を口ずさみながらキッチンにある冷蔵庫へと近づく。
あゆとしては2階で待っている祐一に早くおやつのたい焼きを持っていってあげたいところなのだが、
冷蔵庫を開けるまでのこの時間も彼女の楽しみの一つなのだ。
いつもはキッチンの奥にひっそりと、それでいてどっしりと佇んでいる冷蔵庫も、この瞬間ばかりは宝石が入った宝箱のように思える。
そしてあゆがその取っ手に手をかけ、盗賊によって長年隠し続けられていた財宝が入った扉(?)をゆっくりと開く――――――
と、その瞬間。
あゆの顔が凍りつき――――――
「う…うぐぅ―――――――――っ!!!」
くさってもたい焼き♪
「突然の猛獣の雄叫びによりこの俺、相沢祐一は、水瀬家の核兵器、謎ジャムが秘められている貯蔵庫へと導かれた」
「うぐぅっ、何わけわからないこと言ってるんだよ祐一くんはぁっ!」
1階からの突然の雄叫びにより、何があったのかと思い祐一はキッチンまで渋々と足を運んでいた。
すると、祐一の姿を見つけた途端にあゆは目から洪水のように涙を流しながら泣きついてきた。
一通りあゆを宥めた後、祐一の詰問が始まる。
「で、何があったんだ?」
「………」
だがあゆは目の前で繰り広げられた恐怖の惨劇に口を閉ざしたままだ。
祐一の胸に顔を埋めたまま、小刻みに震える手を冷蔵庫の方へ恐る恐る伸ばした。
微かに邪気を放っている(ように見える)その長方形の物体、それを見て祐一は…
(まさか………)
ある一つの疑惑が思い浮かんだ。
冷蔵庫へと近づき、そして扉を開ける。
ひんやりとした冷気が体を包み、2つのたい焼きにラップがかけられている皿を発見した。
祐一は無言のままにそれを取り出す。
……バタン。
無駄な電力を消費しないように、ちゃんと即座に冷蔵庫の扉を閉めなければいけない。
それがこの水瀬家代々伝わる掟である。
祐一がその冷え切った皿をあゆに向けると、まるで死んでしまった親しい知人から目を逸らすように頑なに目を閉じて逸らした。
「うっ…ううっ……」
「…ったく、これくらいで泣いたりするなよ。確かに…なんかカビっぽい物は生えているが…」
祐一はその皿に目線をおろした。
そのたい焼き全体に薄緑っぽい染みが見える。
カビっぽい匂いはあまりしないものの、このじめじめしとしとという季節だ。
こういう生ものは特に腐りやすい……。
「これ確か、秋子さんが2日ほど前に買ってきてくれたんだよな。
冷蔵庫に入れておいたのに、こんなに早く腐るか?」
「うぐぅ…だって現に、こういう風に腐ってるもん…」
ようやく落ち着いたあゆが、その無残な亡骸を見ながら呟いた。
「でも、あまりカビっぽい匂いはしないよな」
祐一がそう言うと、あゆは意を決したようにキッと目を見開いた。
「ボク…ボク……!」
握り締められた拳をふるふると震わせる。
それを見た祐一は、「まずい!」と直感的に思った。
その瞬間あゆの手が皿へと届き、たい焼きを掴んで口に運ぼうとする。
「やめろっ!あゆ!」
ガシッ。
だが寸でのところで祐一の手があゆの手首を掴んだ。
「うぐぅっ!放してよ祐一くん!ボクは…ボクは…っ!」
目の前にあるたい焼きを食べようとして、あゆは口をかぷかぷさせながらじたばたと暴れる。
「落ち着けよ。大体、たい焼きくらいでそんなにムキになるな。
そんなことして腹壊したらどうするんだ」
そう言うと今度は、オーバーリアクションで祐一に迫る。
「祐一くんはボクのこと全然わかってないよ!
ボクが一体、どうやってこの3日間断食(たい焼きのみ断食)してきたと思ってるの!?」
「にしても、カビ生えたたい焼きを食べることないだろ?」
祐一はあえてそのリアクションをスルーした。
あゆがどうやって断食していたかについても触れなかった。
というか、あゆがそんなことをしていた記憶など祐一には無い。
そして核心を突かれたあゆは黙り込んでしまう。
「うぐぅ……でも…たい焼き……」
捜し求めていたものが目の前にあると思うと、ついついハイリスクを冒してでも食べてみたくなる。
だがその行為は明らかに危険すぎる。
その時、あゆに一つの考えが閃いた。
「そうだっ。じゃあ、どっちかが味見(毒見)してみようよ。
そしたらまだ食べられるかどうかわかるよ?」
その案を出された途端、祐一の顔が歪んだ。
「いや…この状態の物を味見するってのは相当の勇気が必要だぞ…。
それに、ただ単にあゆが食べたいだけだろ?
俺は別にそんな危険を冒してまで食べたいとは思わないぞ」
祐一が冷たく見放すと、あゆの表情が沈んだ。
「そう…だよね…」
(ちょっと冷たすぎたかな…)
祐一は少し胸を痛めたが、次の瞬間、あゆはいつもとは思えない行動に出た。
あゆの周りのバックグラウンドがキラキラと光る虹色の背景に移り変わり、あゆの表情もいつもとは少し雰囲気を変えた。
誰の演出だ?
そしてあゆは右手の人差し指を軽く口に咥え、顔を赤らめ、上目遣いに祐一を見る。
そのポーズはまさに、世のおにーさん方を一撃悩殺するおねだりポーズ!
そしてうるうるとした瞳を輝かせながらぽつりと呟く。
「やっぱりダメ……かな?」
ズキュ―――ンッ!!
祐一の身体に電撃が走った!
祐一に9999のダメージ!
祐一、戦闘不能!!
「……わかった、とことん付き合おう…」
これが、男の性という物だった。
「やった――っ♪」
一瞬にしてすっかり調子を取り戻したあゆが両手を挙げてバンザイをした。
「で、どっちが食べる?俺はできれば食べたくないが…」
「じゃあ、文句なしのじゃんけんで決めようよ。
それならボクも祐一くんと対等に戦えるよ」
まあ無難なところだろうか。
祐一は素直に応じることにした。
こうなればもう、毒を食らわば皿まで状態である。
あゆとのサバイバルデスマッチにとことん付き合うことにした。
「わかった。じゃあ早速、さーいしょーはグー」
一転して二人の表情が真剣になり、互いに手を出し合う空中フィールドへと熱い視線を注ぐ。
緊張が高まる一瞬である。
『ジャン、ケン、ポン!!』
両者、パー。
『あーいこーで……』
無言のままゲームは続く。
『しょっ!!』
再び、両者パー。
「むむむ…やるな、あゆ」
「ううっ…祐一君こそ」
そしてまた、両者大きく振りかぶる。
『あーいこーで…』
その瞬間、祐一の頭はフル回転した。
(どうせあゆのことだ、次もパーを出すに決まってる。
それなら俺は裏をかいて、チョキだっ!)
『しょっ!!』
緊迫の勝負、決着はついた。
両者の動きが止まった。
「……………」
「やった〜!ボクの勝ちっ♪」
あゆは自分の出した握り拳を解き、わーいわーいと踊る。
一方祐一は、負けることになってしまったにも拘らずいまだにピースサインをとり続けていた。
「ボクが、裏の裏をかいたってことだねっ!」
「……負けた…」
祐一は一つ大きな溜息をついた。
がっくしと腰を落としてうな垂れた。
その体勢からふと顔をあげる。
するとそこには得体の知れない緑色の染みのついた物体。
それをたい焼きと呼ぶ者も少なくないだろうが、少なくとも祐一はそれを認めない。
そんな怪しげな物体を見つめている祐一を見たあゆが、早速勝者の特権を見せ付けてきた。
「ささ、祐一くん♪ぐいっといっちゃって♪」
「おまえは女将さんか…。……はぁ、なんでこんな勝負引き受けちまったかなー」
はっきりいって祐一は、どんな勝負をしようとも必ずあゆに勝つ気でいた。
それが例えじゃんけんのように正々堂々とした勝負でも。
しかし結果は見事に祐一の裏をかかれ、惨敗。
今更になって深く後悔し、そして今後起こるであろう恐るべき腹痛の痛みが頭をよぎる。
「ううっ…考えただけで腹痛くなってきた……」
「そんなこと言って逃げ出そうなんてダメだよ。ちゃんと勝負したんだから」
あゆが嬉しそうに言う。
いつもは祐一の心を和ませるあゆの笑顔も、この時ばかりは憎たらしく思えた。
だが祐一も男である。
いつまでも、まだ起こっていない腹痛を考えてうじうじしていても仕方ない。
どちらにしても結局毒見しなければならないんだ。
祐一は遂に覚悟を決める。
緑たい焼きを食べ、その後3日間耐えようのない腹痛にうなされつつあゆに付きっ切りで看病してもらうという覚悟を。
「…ええいっ!!」
ガブッ。
モグモグ………。
一口でなんと3分の1ほどを口の中に収めた。
少量なら少しの腹痛で済んだかもしれないのに、これだけ食べれば本当に3日間寝込むことになりかねない。
だが暫くすると、祐一の表情に変化が表れた。
「………?」
「ど…どうしたの?祐一くん…」
祐一は訝しげな表情のまま口の中一杯に広がる味を確かめ、そして手にもっている食べかけのたい焼きを見た。
「な…なにっ!?」
「えっ、何かあったの?」
あゆも祐一が持っているたい焼きを覗く。
すると、そこにはなんとすべて緑色に染まった餡が収められていた。
「ってことは……」
「最初から、全部緑色の餡だったってこと……?」
「らしいな……ふぃ〜〜…」
祐一の世界一周腹痛旅行はなんとか避けることができた。
やれやれといった感じでその場にへたれこむ。
しかし、あゆに付きっ切りで看病してもらえないということは心残りらしい。
少し残念な表情を浮かべた。
それもまた男の性というものだ。
「じゃあそっちのたい焼きには何が入ってるんだろ」
あゆはもう一つのたい焼きを眺めながら、意を決したようにぱくっと食べた。
モグモグ……。
モグモグ……。
「どうだ?あゆ」
「………よもぎ…」
なるほど、緑色の餡の正体はどうやらよもぎだったらしい。
散々びびらせておいてそんな結末か。
「じゃあ、こっちのは何の味だろうな。俺にはちょっとよくわからなかったけど」
「そっちもボクが食べてみるよ。あ〜んってさせて」
「なっ…」
少し照れながら言うあゆに対して、祐一は思いっきり赤面してしまった。
だが無言のまま、手に掴んだたい焼きを差し出す。
迫ってくるあゆの顔を直視できず、思わず顔を背けてしまう。
「あ〜〜んっ」
ぱくっ。
モグモグ……。
あゆから顔を背けたまま、祐一は呟く。
「…で、どうだ?」
すると、今度はあゆが顔を真っ赤にして俯いてしまう。
どうやら言うべき言葉を探しているようだが、何を迷っているのだろう。
「えっと……うぐいす餡だと思う……」
なんだ普通の味じゃないか、と祐一は安心して溜息をつく。
「ふう…まったく、何で秋子さんはこんな誤解を招きそうな物を―――」
「―――それとね」
祐一が喋っている間にあゆが言葉をはさんだ。
どうやら、言うべきか言わざるべきか迷っていた言葉を言うつもりらしい。
「えっと……」
「………」
「祐一くんの味がした………」
………へ?
祐一はわけがわからず一瞬ぽけっとして、それから目の前にあるたい焼きを見た。
すると、さっき祐一が食べた場所から小さくかじり取られている部分があった。
「っ!?」
あゆが何をしたのか気付くと途端に祐一は顔を真っ赤にしてしまった。
それに気付いたあゆも更に俯いてしまう。
「だって…かぶりつく部分が他に無かったから…」
「だからって、そんな恥ずかしいことしなくてもいいだろ?」
「でも…ボク、嬉しかったから…」
「…ったく。わかってるよ」
互いに気恥ずかしさを隠せぬまま、少しの間顔を背けたままだった。
果たしてこんなことが起こるのも、秋子さんが緑たい焼きを買ってきた理由の一つだったのか、誰にもわからなかった。
―――後日談。
「あらあら。私はただ、祐一さんとあゆちゃんが二人仲良く味見(毒見)してくれると思っただけよ?」
……秋子、おそるべし――――――
―――終わり―――
ken>これ書いてたのは確かすごく眠い時だったと思います。
完成品を見て、「アホだ、これ書いたヤツすげーアホだ」と呟いてました(−−;
俺、何書いてんね―――んっ!!(恥
最初の構想では確か、「じゃんけんして祐一がたい焼きを毒見する」くらいしか決めてなかったんですよ。
それなのに…ぐわぁ、いつの間にこんな恥ずかしい展開に…(−−;
ということで、ちょっとわがままな募集をしたいと思います。
文内にある『右手の人差し指を軽く口に咥え、顔を赤らめ、上目遣いに祐一を見る』というあゆ…。
誰かイラストで書いてください〜〜っ!!(><)
自分で書いといてナンですけど、すごく興味あります(爆
「あいすみんと」の『ken』さんから15000ヒットのキリ版としていただきました♪♪ どうもありがとうございます。毒見ですか・・・毒見して嫌いになった食べ物がいくつあることかと・・・。過去賞味期限が過ぎたものでお腹がやられた経験は過去二回ほどありますね・・・あれから幕の内弁当はあまり食べれなくなったなぁとしみじみ思い出しています♪♪ 『右手の人差し指を軽く口に咥え、顔を赤らめ、上目遣いに祐一を見る』というあゆ…私もみたいですね♪♪ 私が過去書いたあゆのSSの一文で俺の服を着たあゆが立っていた。「えへへ、ぶかぶか♪♪」あゆには大きすぎる袖をぶらぶらさせながら笑う。というのがありますがこれと同じくして描いてくれないかなぁと思っています。『ken』さんどうもありがとうございました♪♪