まぁ僕は 投稿者:ながの〜ん  投稿日: 7月 9日(月)02時30分25秒

いつもだれを出すか、そしてそのキャラはどんな人か(メカか)考えます
いつもは二次創作なので、そのキャラがどんな人(メカ)かを思い出します

で、事件を考えます。次に事件背景にキャラを配置します
配置されたキャラは自らの性格に従い勝手に話を進めてくれます

このときそれぞれのキャラの性格をさらに詰めますと勝手に進めてくれると言うのが
もっと細かくなります、楽です

あとはそれぞれに任せて描くだけです。この方法で行くといわゆる同人に多い
「だらだらと続く日常」はあんまり書けません。はじめに事件が起こるからですね
日常が描きたい人は事件の部分をはしょるといいかも。
もしくは事件の部分を小さく、事象ぐらいにしとくといいかも。
ということで私の描き方でした。

あとみなさんどんな方法がありますかね?
(と、ロボ論争を軽く変更してみる)

(無題) 投稿者:やつでかずき  投稿日: 7月 9日(月)01時36分19秒

>こんなの描いて」っていわれてそれを聞きながら進める・・・というイメージが。
>こんなんできましたーって言ってジャンプにふたりえっちみたいな原稿もっていったら却下でしょう。
 二次創作からオリジナルに話が飛び火してます(苦笑)
色々そこから描こうと思ったんですが限界・・・(ぱたり)

http://www.ryukoku.seikyou.ne.jp/home/c980046/


まんがのかけかた 投稿者:やつでかずき  投稿日: 7月 9日(月)01時33分16秒

ロボ論が熱いですねー 僕はただのロボ好きなのですごいなぁとおもいますが、、、

 ちと疑問に思ったんですが、みなさんが話を考えるときはどう進行させますか?
できれ二次創作のときについて聞きたいです。

 ちなみに僕はこの二つの場合が多いです。
@オチ”結”を決めて(出発点”起”も決めないとだめかも)それに集約させるように話をすすめていく。
 これが僕の理想的な薦め方です。 方向性は決まっているので話に一貫性をもってラストにいける(”承””転”の影響で”結”が変わってしまったりもする) 

問題はA・・・(笑)
Aシチュエーション”起”を決めてあとは自分の頭の中でキャラを動かしてみる。
このキャラならどうするか?このキャラとこのキャラはどうからむか??というのを考えて
積み上げていく・・・
まぁ、そのまんまだとつまらない作品になる可能盛大なので、誇張とかを入れます。
そして、つくっていくうちでなんとか面白い方向にもっていく何かを常に探す。
見つけたらその方向性にキャラを動かしてってオトして終わり。
 
 最近Aのつくり方が多いです、なんせネタがなくてもすすめながら探せばいい、とりあえず
頭の中で話は進むので創り易い。
 つくりやすいつくりやすい・・・ほんとにそうか??
適当なものが出来やすいっていうだけで面白い話はできやすいのか??と思ったりしました。
人によりけりですかねぇ・・・

 実際、最近そのやり方で作ったんですが、最初はコメディが描きたかったのに途中であるキャラによって
ひたすらシリアスな方向性に行ってしまったりします。
おーい 目的ずれてるやんー。 こんなんでいいの??
いいやん、しょせん同人、おもしろいものができりゃいい。
・・・か??
”しょせん同人”なんてそれじゃ高みには上がれませんね。
商業誌ではこうはいかないでしょう。知らんけど。
「こんなの描いて」っていわれてそれを聞きながら進める・・・というイメージが。
こんなんできましたーって言ってジャンプにふたりえっちみたいな原稿もっていったら却下でしょう。

 キャラに任せて話を進めるのもどうかという気がしてきました。自分にキャラを従わせる。これか???
あっ、これは載せるところによってやりかたの正誤が決まる気がしてきました。ちがうかな??
もとの作品への共感を求めるならキャラに任せる、自分への評価が特にほしければキャラをしたがわせる。
そして結局、これらが(他の要素も無数にあるでしょうけど)バランスよく合わさったのがいい作品。
Aのつくり方はまずいですかね・・・。

http://www.ryukoku.seikyou.ne.jp/home/c980046/


(無題) 投稿者:なすの人  投稿日: 7月 8日(日)23時05分22秒

 そういえば唐沢なをき氏も同じこといってはります。あの人もヤマトまでははまってましたが、ガンダムにははまってない人なので。たしかに長谷川氏もそうですね。なんかある気はするな。
 リアルロボットというくくりそのものが矛盾している、というところまではこの板でもきたわけですが、それでもやっぱり物語にはリアリティが必要であり、多少のおおらかさや設定の違いがあるにせよ、muさんも科学的設定そのものはないとダメなんだと思います。私も長谷川氏のすごい科学で守りますは読みましたし、面白かったですが、なんにせよなんらかのルールは必要なのは間違いないわけですね。なにか不思議な存在が理由もなしに助けてくれる、というのではダメなわけです。
 しかしではこの、想像上のものにでもなんらかのルールをもとめるというのは科学全盛の今だからなりたっているのかというとそうでもなくて、人間はそもそも目に見えないもの、不可思議なものに恐怖を覚えるという性質があり、それを具象化しようとするわけです。それが絵画における抽象画であり、日本では妖怪や幽霊、あるいは精霊といったものとして具象化してきたわけです。
 とすると、リアルロボットとスーパーロボットは、根っこは一つです。やっていることもさほど変わりませんな。リアルロボットにおいても面白さを際立たせるためには設定は無視してもよいですし、スーパーロボットも存在するのになんらかの事実が必要なわけです。
 ですから、枠を広げてロボット物の作り方にしてもいいです。ですが、それだとターゲットが広すぎるので今回はリアルロボットという枠でくくってみたり。なにせロボット物となるとターミネーターやアトム、ドラえもんからロボコップといった今まで考察してない上にすごいモノまで含みますし、そうなってくるとターゲットが搾りこめなくなるんですね。
 しかもなにが厄介かっつって、作品を作るための話ですから、私はこれが好きだ、という話に留まらないことでしょう。テーマを広げれば広げるほど議論は成り立たなくなるのは朝ナマを見ても自明のことでつ。 
 まあなんにせよ書きこめないような雰囲気になっているのはあんまりヨロシクないですな。どうしても議論というのは知識ベースによって偏ってしまうので、たとえば私とてプロ野球の話とかだったら出番なしです。しかし、お互いによく知っているジャンルの話でないと深い話ができないのもまた事実。
 うーん。方法としては話題毎に板を分けるのがいいと思いますが、それはそれで切ないなあ。万人にわかる会話は表層的だし、本質的な話は興味がないひとにはつまらんし。これまた作品を作る上での問題に通じる話ですな。
 まあ、一応私なりのいいわけをさせてもらいますと、小説においては設定無視のかっこ良さというのは通用しません。小説は純粋に文章だけ(挿絵もありますがこれは必須ではないので)で展開されるので、熱血や根性というのではなんともならんのです。
 ちなみにゲッターやゴジラといった作品はほとんど小説になってますが、そうした小説が売れたためしがありません。メディアミックスというものが始まって久しいですが、メインだと思われる表現形式以外でヒットした、つまり多層のメディアでヒットした作品と言うのはほとんどありません。
 まあそんなこんなで、ワタシも自分で楽しいと思える程度にしか設定はやってません。設定を作るために物語を書くのは本末転倒ですからね。本当に設定が好きな人は考古学者とかをやっているんでないでしょうか。あくまで、緻密な設定があったほうがより作品が面白くなるという信念のもとにやっておるだけどすえ。
 あとはテックレベルの話とか、、、、どうしよっかね。あとガンパレは興味があったら世界の謎をお調べください。
 いやまあ、本当は簡単な話で、こんな会話しなくても確信を持っている作家はとっとと作品を作ってますので。あくまで。ワタシもあたると確信するネタがあったら言わずに書いてます。まああんまり気にせずに書きこんでください。その話のほうがオモロイなら私もそのテーマに移行しますし。


 まてよ、、、、、もしかしてこれはもっと重要な話につながってないか?私もよく使う言葉だけど、どんな方法を使っても、最終的に面白ければいい、というのは、面白いってなんだ?要は面白ければいい。そらそうだ。しかし、作る前には面白いかどうかわからんわけで、ということは、作家はなにを面白いと思っているのだ?む、おじさんまた考えること増えちゃったので今日はここまで。たぶん。

ちょっと書き込みにくいなぁ(^^;) 投稿者:mu  投稿日: 7月 8日(日)21時22分12秒

大人が見ても(読んでも)納得できるロボット戦闘物ってのはかように難しいんですね〜(=_=)。
私なんかは「大きなお友達」だから、戦隊モノ見てもそこそこ楽しめますが(^^;)。な〜んで動物
の体の中がカラッポなんかい!(合体時に他のロボを収納してますね)とか言うのも長谷川裕一
センセがかろうじて解説してくれてたりして、まあ、マジンガーとかゲッターとか見て育った世代
だと、「いいじゃん、荒唐無稽でも」って思うふしがありますね。ここらがガンダム世代との差
かなぁ、とも思います。ゲッターもいまだに石川賢センセの新作出たりしますが、設定とは別の
カッコ良さがありますもん(^o^)。まあ、「どれだけ無茶、無理しながら逆境を乗り切るか」って点
だと思いますが。「前打席にデッドボールを受けながらも次打席で逆転サヨナラホームラン」って
のと全く同じです。あ、「未知なる力、科学(?)」ってのもありますね。「面白ければ少しくら
いウソでもい〜のよ」って軽〜いスタンスも、それなりに有効であるコトを忘れないで下さい(^^;)。
私、こ〜ゆ〜フィーリングだから長谷川裕一センセが好きなのかも知れませんね(^o^)。
まあでも、そればかりでは大人には振り向かれないのも事実なので、どんどんやって下さい。
ホントは「ガンパレ、やっとランクSになったぁ〜!」と書きに来たんですが、あんまり関係無い
コト書くのもなんなんで、少しだけ(^^;)。ではでは(^o^)。

(無題) 投稿者:なすの人  投稿日: 7月 8日(日)20時34分13秒


 さて、作品を作る人に近い考え方をもつ人として商人という人達がいます。商人は作家とはかなり異なる世界観を持ち、それでいて世界のことについて良く知っています。
 作品を作るということが自己表現の発露であり、人間の根本的な欲求だとすると、商人はその自己表現をもっていないか、極端にその欲が小さいということになってしまいます。
 商人の価値観はトレードです。なにかとなにかを交換する能力です。これは作品を作る能力とはかなり異なっています。彼らは徹底した現実主義であり、価値観は流動的、日によって思考形態を変える事もします。そして面白いことに、相対的なものの見方をほとんどしないのです。
 考えて見てください。商人にして物語を作る作家、という人がいますか?松下さんや本田会長も本を出していますが、それは自叙伝であり、主人公はあくまで自分です。
 でも、商人も物語が好きです。テレビドラマに感動し、小説も読みます。彼らはおそらく物語りを作ることはしないですが、物語を求めることはするわけです。
 だからテーマが必要なのです。作品を作る大変さは、ともすればそれだけで人生の目的になってしまうほどです。むっちゃ大変です。いやまじで。しかし、消費する側、読者にはそんなことはどうでもいいのです。彼らは作品を作らないのですから。
 作品を作る大変さを訴えて、それに同情してくれるのは作家だけです。だから我々は、作品を作る大変さと、作品そのものを混同してしまってはいけないのです。
 この資料を集めるのに苦労したるだから作品には全部いれたい、とか、このデザインは苦労して頼みこんで作った物だから、とにかく作品に出してしまいたい。
 このシーンを撮るのに3日かけた。だからこのシーンは絶対にいれたい。まあそれはそうでしょう。しかし、そんなことをしていれば、作品はテーマを失ってなにがなんだかわからない、作った人間にしかわからない自己満足なものになるでしょう。
 テーマとは、その作品はなにをしようとしているかを、まったくの素人に教えるためのものです。説明せずに分ってもらおうというのは甘いことであり、テーマから外れた表現はできるだけ最小限にするべきなのです。
 テーマは1つでなくてもかまいません。しかし、テーマなき作品はあってはなりません。そして、テーマは他人にとって意味のあるものでなければなりません。
 もっといえば、テーマは嘘でもかまいませんし、作家本人が納得しないテーマですらかまいません。ただ、その作品を見たあと、テーマを聞いた観客読者にああ、なるほど、と思わせることができればよいのです。
 というわけでテーマについては終り。とにかく、作品和作った人はどんなことでもいいから、誰かに聞かれたとき用にテーマを考えておきましょう。

 ウラ話
 ちっと今回は話がまとまってません。でもテーマについて、と最初に断わっておいたので、途中がちっとぐらい横道にずれても最後で強引にテーマについて書けばまとまるものです。エッセーとかコラムを書く人はこうしたテクニックのブロです。まあ、考えなんてものは相手をけなすとかそーゆー叩き台がある場合を除いて、大抵オチなんかないものです。ワタシなんかはオチとテーマだけ考えておいて、あとはてきとーに書き始めて読みなおしもしません。オチも決めなかったりします。でもテーマさえ決めておけば、自分でもなにを書いているかわかんなくなっても「それはともかく本題に戻しましょう」とか「話を戻して」とか書けば読者はテーマに沿っているんだなあと思ってくれます。横道の話のほうが面白そうになったら、その話にしてしまい、最後にテーマを書きかえればいいのです。ワタシの文章が常に無題なのは、最初にテーマを書くと最後で辻褄をあわせなくてはならないので面倒だからです。テーマ。便利だ。こ、これは使わない手はねーゼ?ガミラス人皆殺しにしても愛とかいっておけば郷土のヒーローなんじゃぜ?とどことなく台無しなことをいいつつ終り。ほんとに。

(無題) 投稿者:なすの人  投稿日: 7月 8日(日)20時33分18秒

 なるほど。ロボット物がややこしくて高度な作品であるということはやはり皆知っていると考えていいわけですね。エロとロボの関係については私もそう思います。ロボは武器の象徴だと考えると、宮崎アニメのテーマ、美少女と武器という男子の夢の結晶だともいえましょうし。
 さて、ワタシはテーマという言葉を頻繁に使いますが、テーマとはなんでしょう?そして、テーマを決めると言うことはどんな意味があるのでしょう?について。
 仲間内で楽しむときにはテーマはいりません。言葉にしなくとも目的が一緒ですから。スキーを楽しむ集団が我々はなぜスキーをするのか、と考えることはほとんどないでしょう。スキーは楽しいのですから。楽しむためにやっているのですからね。
 ところが、楽しんでいる集団の数がある一定上になり、社会に影響を及ぼすようになると、それが楽しいと思わない人達からの疑問の声が投げかけられます。
「なんでスキーをやるの?」「スキーってなにが楽しいの?」「そんなことしてなんになるの?」
 そんなこと聞かれても困りますよね。楽しいからやっているんで、それは言葉にするようなことではないのですから。言って見ればなんでごはんを食べるの?という質問と同じです。
 で、集団の中の誰かがこのままでは面倒なので、対外的に言い訳を考えることにします。なにか聞かれたらそうやって答えておけばいい、ということにするわけです。
「なんでスキーをやるの?」「スキーはスポーツですから」この答えは、質問者が他のスポーツをしている時に有効です。スキーを認めていなくてもスポーツを認めている人になら、十分な答えになるでしょう。
「スキーってなにが楽しいの?」「やってみればわかりますよ。身体を動かす楽しみ、白銀を駆け巡る楽しさ、まあ理屈ではいいにくいんですが、あなたもやってみたらどうですか?」どんなものでも、やらずに文句を言う人はいるものです。その人達を説得するのにもっとも良い方法は、実際に味合わせることでしょう。
「そんなことをして、なんになるの?」この少々悪意に満ちた質問は、そもそも相手を揶揄しようというイとがありますから、対処法は人によるでしょう。ブン殴るもよし、説得するもよし、やらせてみるもよし。
 さて、よく見てみると、これらの言い訳、つまり対外的な説明は、なにも説明していません。説得方法も、常に成功するわけではありません。
 楽しいことはただ、楽しいのです。楽しく感じるから楽しいだけであり、そしてまたそれを端からみている人は、ちょっと悔しいのです。
 さて、作品に話を戻すと、作品にとっての楽しさ、は、読者がその作品を読んだり見たりして楽しい、ということであり、作家が楽しい、ということとはちょっと違います。
 作品を作って、それを人に見てもらって評価されることが楽しい、というのと、誰かが作った作品を呼んだり見たりして楽しい、ということは違う楽しみなんですね。
 これには異論もあって、同じ所から発生することだと言う人もいます。なにかを読んだり見たりして感動したことを誰かに伝えることは1セットではないか、ということなのですが、そういうマトメではなくて、見知った人、身内、仲間で共有する楽しみと、違う誰か。他人、別の考えを持った人達に自分の考えなり感情を伝え、それを理解してもらう、ということは違う、ということがいいたいのでつ。
 たとえばワタシは英語ができませんが、メリケンの人になにかを伝えようというのはかなり大変そうです。まず英語を覚えるか、少なくともなんらかの方法、我々がよく知っている日本語ではない別の表現方法を学び、相手に分るようにしなければなりません。これはめんどう。そんなことをするぐらいなら、メリケンは外人だから所詮わかりあえんさ、とか言ってバカにしていたほうが楽です。

(無題) 投稿者:kujira  投稿日: 7月 8日(日)19時41分45秒

なすの人さま:
> なんで巨大ロボット戦闘物というややこしくて大変なジャンルを選んだんですか?
 初めはボトムズへの憧憬ですね。次には既存作品へのじれったい気持ち。そして別ジャンルから得たインスピレーション。ありがちで面白味のない理由です。

 ただ巨大といっても、僕の場合6メートルと3メートルですから、ちょっとこじんまりしています(6メートルについてはファンタジーに逃げていますし)。ロボットの大きさについての特別な感慨は全然なく、デザインして人を乗せたらこの大きさになるって感じで決めます(なるべく小さくなるようにデザインしますが)。

 僕の場合は多くがメカデザイン先行型でして、最初にロボットのデザインをする。大抵は3DCGを視野に入れます。ロボットを素材にするのは、デザインしていて楽しいかどうかという個人的な嗜好にすぎません。
#で、まぁそれは必ず兵器なのです。

 デザインしたら、このロボットが運用される世界を、ロボットから剥離しないように気をつけながら構築します。同時にギミックや動作原理なんかも考えます。
 そしてロボットのギミックから派生させて、世界の謎を創生します(機械化武装甲殻のように行わない場合もあります)。

 僕の路線はヤマト -> SF -> ガンダム -> ミリタリー(ゲーム) -> DOOM という救いのない(笑)ルートです。
#まぁ今は科学ノンフィクション方面に興味が移っていますが。

 子供時代の記憶からは、ヒーローものが綺麗に消え去っています。果たして見たのかどうかさえ覚えていない。
 ロボットアニメもそうで、ガンダム以前は殆ど見た記憶が無いです。正直言ってスーパーロボットには薄情です。

ロボット 投稿者:猟司  投稿日: 7月 8日(日)19時30分29秒

 作劇上の使われ方として、ロボットをエロと置き換えても同じ事が言えると思っています。ストイックな(兵器とか巨大とか)ロボットで表現したい要素は大抵が男性的要素の喩えで、ロボットとエロは性的要素を表現するという点では同一線上にあるものだと考えています。
 私がこんな事考え出したのはロボコップを観て以降ですが。(ロボコップは私の好きな映画の上位に位置してる作品)

 カトキラインの立ちポーズの巨大ロボットの設定画見せてカッコえーねんぞ、と、木之本さくらの開脚描いてエロエロだぜ、てのは心理的な効果としてはやってる事は同じというか。

http://member.nifty.ne.jp/monkeys/


デジタルトーン 投稿者:猟司  投稿日: 7月 8日(日)18時52分30秒

 以前ながのさんがデジタルで描いたマンガのトーン処理で、同じ面で点の大小が変化するのはどうやればいいのか?という話があって皆で色々実験してた事がありましたが、実はドリルたらばがにで同じ効果が出ている個所がありますね。34p目下段。灯台下暗しというか。
 結論としては、出力するデバイスによる、というところでしょうか。

 そういえば攻殻機動隊2巻のモノクロページは、デジタルトーン(データとして2値の点描)なのかモノクロの濃淡なのかは非常にビミョ〜で判断しづらいですね。ただ最初のモノクロパート(婦警さんのバトル)はモワレとかもあり、嗜好錯誤の痕跡が見られます。

http://member.nifty.ne.jp/monkeys/


現実との符号 投稿者:げしょ一郎  投稿日: 7月 8日(日)18時25分16秒

かなーんさん
ガンダムワールドは宇宙船艦ヤマトがそうであったように少なからず第二次世界大戦の影響を
受けて作られています、0083はかなり顕著ですが初代もそうなのです。
一週間戦争で大敗を喫した地球連邦はMSの有効性にようやく気付き、急ぎジオンMSを捕獲・
調査・研究しガンダムを生み出す。
しかし開発に当たり戦艦中心の戦闘しか知らない連邦の参謀達を説得するのに苦慮するレビル将軍
のエピソードがあります(SSギレンの野望だったかな?)
このくだりは正に開戦当初の米軍であり、米海軍は真珠湾での手痛い被害を教訓に戦艦の建造を
一次棚上げし空母の大増産を始めます。
航空機にしても同様で当初無敵だった零戦は米軍の新型戦闘機の防弾の良さ、大馬力エンジン
、一撃離脱戦法に苦戦しつつも最後の最後まで後継機の配備が間に合わず結局終戦まで戦い続け
なければなりませんでした。
これはジオンのザクタイプにダブッて見えてしかたありません、開戦当初は連戦連勝しかし対抗
機種が登場し旧式化したにも関わらず戦いつづけるハメになり結局ア・バオア・クー防衛戦
でも主力となっていった。
なにしろMS-14の配備数が揃い始めたのがソロモン攻防戦時なんでどうもジオン軍=日本軍に
見えてしょうがない。
最も後期のMS乱開発事情はドイツ軍のそれと良く似ていますが(ていうかビジュアルから受ける
イメージは正にナチスドイツ)ザクレロだのブラウブロだのが実戦場を駆てみたりビームライフル
も実用化寸前という時になってギャンなんてシロモノがロールアウトするあたりかなりの混乱ぶり
が伺える。

大戦末期
ドイツ軍の航空機開発事情も鬼気迫るものがありまして、卓上プランだけでもかなりの数に
登ります。世界初のジェット戦闘機を実用化したのがドイツ軍なのはみなさんも良くご存知で
しょう、面白いのはホルテン229という機体の存在があって単純なブーメラン型の機体に
ジェットエンジンを2機取り付けたものなんですが、完成寸前に連合軍の手に落ちました。
この奇抜なデザインの機体はある意味時代を先取りしていたのかもしれません、米空軍が誇る
ステルスB-2爆撃機がコレと良く似ているのは果たして偶然の一致なのか。?
(ああでもノースロップのフライングラムなんてゲテモノもありましたな。)

選択の自由 投稿者:ふるいけ  投稿日: 7月 8日(日)18時06分56秒

聞かれたので応えます(笑)
結論からいうと、なぜ巨大ロボットものがすきなのか自分でもわからない。ということは前にも書きました。
それはそれとして、創作物として選択したのはなぜか、という話しですよね。
私は物心ついたコロの遊びは「新聞広告の裏に落書き」でした。母親がウルトラセブンや仮面ライダーを描いてくれました。テレビクンやテレビランドなんて貧乏で買えなかったので、私の生活のなかでのヒーローの静止画は母親の絵でした。それを真似して絵を描きました。母親の書いた絵はどこかブラウン管のヒーローと違っていました。それは母親の記憶の甘さがうんだことでしょうが、私にとってはどちらもカッコイイものでした。なんの話しかというと、これこそが私の2次創作の原点であります。と、思っています。
マジンガーZにグレートマジンガーが出てきました。極めてワクワクするシチュエーションでした(知らないヒトは映画「マジンガーZ対暗黒大将軍」を参照)。
で、私の感想。自分だったらもうちょっとグレートのデザインをこうするよな!
仮面ライダー2号が大活躍していました。1号、2号とくれば3号だ!
で、私はオリジナルのライダーを考えました。名前はV3。嘘のようなホントの話し。自分でもビックリ!
キカイダーには、ゼロワン、ビジンダー、ハカイダー、ワルダーとバリエーション豊かなヒーローが登場しました。例によって、自分なりの変身ロボットと変身前のお兄ちゃんを想像しました。

ある作品をみて、かっこいいなぁ、面白いなァと感じると、私の場合、同時に、自分だったらこういうデザイン、こういうオハナシにするなぁ。自分の考えたものがみんなに喜んでもらえたらどんなに良いだろうなァ。10代になったばかりの私の発想には常にそういうヘンテコな、他人のつくったものには満足できない感性が育っていたと言えます。いろんなことがあって、兄弟もいるのに一人でいることが多く、夢見がちな少年であったというような私の背景があるということはありましょう。

さて、御多分にもれず、ガンダムというバリエーションを作品の売りにした番組は私を魅了しました。というか、ザンボットから始まるサンライズ草創期のオリジナル作品は、私の感性にマッチしました。ウルトラやライダーも同等ですが、「ロボット」であるという未来性がよりマッチしていたのだと思います。勇者系はメカというよりキャラクター性と合体変形のギミックの妙を売りにしているように思えたので、作品として純粋に楽しみました。そのなかでガンダムの持つ、いままでにないストーリーの複雑さや台詞のテンポには、ちょうど中1だった私にパンチをくらわしました。なので、オリジナルガンダムは、MS単体のデザインとして、大量に描き殴りました。模型にも手を出しましたがガンプラは殆どつくりませんでした。既成のものをくみ上げるというのはおもしろくなかったのです。なので、プラバンやパテでオリジナルMS(この時点でまだMSだったりします。大河原トラウマは偉大なのです(笑))を造りかけました(完成させる前に飽きてしまったり、模型スキルが追いつかなかったということで(汗))。
そこに現れるのがHJ誌で展開された横山宏先生のSF3Dオリジナル。
これは衝撃的でした。なので高校3年間は、ガンダムというよりもオリジナルパワードスーツをスクラッチし始めました。このヘンで複製技術なんかもかじったり(かじっただけです)。
そうこうするうちにバンダイからB−CLUBというクリエイター発掘雑誌(と言っていいと思いますが)が発刊されます。これぞ求めていたものだ!ということで、何本か投稿しました。一度だけ採用というか掲載されましたが、今みるとかなりトホホな内容でして、企画書の体裁の見本という扱いでした。
ま、とにかく、既存のものに心惹かれるものの、それでは満足出来ない。満足するには自分がつくるしかない、という、これは私の性分かもしれません。それがロボットものという狭いカテゴリーに留まっていることは、なんとも言い難い現象なのですが(笑)、今やっている企画は、たぶん、多かれ少なかれ、同じような趣向をもった人間たちが、ある掲示板で知り合い、じゃ、ネットでグループ活動をしてみよう!というのが発端です。なので、ロボットものをつくるということが大前提なのであります。結果、いざやってみると、たしかに面白い。これはスタッフワークのときに話したので割愛。その変わり、「なんでこんな難しいジャンルにしちまったんだい♪」という後悔もないこともない。未来SFで異星人と戦う「リアルロボット」って、創作スキルがメチャ要求されるんですもの。いや、まいった、まいった(笑)。
というのが、ロボットものをやってしまう私の業の説明でした。こんな感じでいかがでしょう。

実は質問 投稿者:なすの人  投稿日: 7月 8日(日)16時37分37秒

 と、なんとなくシリアスな書きこみをして見ましたが、実はどうでもいいのです。
 なんでこんな話をしているかというと、巨大ロボット戦闘物を作るとき、キャラクターの内面を設定せねばなりません。そのためには、少なくとも作家は事故の内面を見つめなければならないのです。
 キャラクターには内面と外面があります。そして大人は全員、この内面と外面のギャップという矛盾を抱えて生きています。というわけで、キャラクーの話をする時にはこの作業を避けるわけにはいかんのです。やれやれ。ロボットのリアリティ(巨大ロボットを現実に存在すると思わせるテクニック)と軍事(戦闘とはなにか)を考えるだけでも面倒で厄介なのに、この上キャラクターときた。なんでこんな面倒なジャンルをやろうとおもうんだが。1つ減らしても、、いやどれか一つだけでも立派に作品として成り立ちますがね。
 ちっょときいてみよう。ふるいけさん、kujiraさん、なんで巨大ロボット戦闘物というややこしくて大変なジャンルを選んだんですか?他の人も答えがある場合はお聞かせください。
 

シリアス 投稿者:なすの人  投稿日: 7月 8日(日)16時36分30秒

 図書館は頭脳になりません。図書館にはおびただしい書籍、すなわち知識が蓄積されていますが、知識はどんなに集めてもそれだけでは自我をもたないわけです。
 生物学のジャンルでは原始地球の海の組成成分とにエネルギーを加え、単純なアミノ酸を作り出すことに成功しました。しかしアミノ酸は生物ではありません。アミノ酸は生物の構成成分ですが、アミノ酸をどんなに集めてもそれだけでは生物にならないのです。
 宇宙はビッグバンによって始まり、宇宙の広さや構成物質の総量も予測されていますが、だからといって現在の宇宙の姿がそれで分るということではないわけです。
 どんな調べてもわからないし、次から次へと新しい謎が出てくる。科学というのは全てが積み重ねですし、今まで先人達が調べたことは膨大な量に登るので、もう人類が解き明かしたことですら人一人で理解することが難しくなってきております。
 さて、昨日しゃべり場をなんとなくみてましたら、テーマが大人の言うことに従わなければならないのはなぜか、というヘビーなものでした。
 このテーマは少し考えればなぜ人間は人を殺してはいけないか、とか、なぜ国家は存在するかといった、ややこしくて危険なテーマにつながるので、ふーむ。なかなか大変なテーマであるなあと思いつつ見てました。
 とある女子は「尊敬したりスゴイと思う大人はいるけれど、それはその人の作った作品や行為がすごいのであって、その大人の全てがすごいわけじゃない。だからワタシは部分評価しかしない」と言ってました。
 なるほど。
 現代はヒーロー不在の時代といわれたこともありました。無条件で全てがスゴイ。この人にはなにをやっても適わない、というヒーローがいないということは、虚無館を産むようです。私はそのよーに言い放つ少女が、なにかに絶望しているようにも見えました。もちろん嘘ですが。
 信じられる物、信じるべきものが自分しかない。人間はどこか信じられないし、信じられる人はどこかでなにかをごまかしてるに違いない。人を見たら泥棒だと思え。にこにこして近寄ってくる人間は悪人である。
 ふーむ。こう考えてしまうと、世の中と言うのは随分と住みにくいですね。
 まあ、人を信用するよりは疑ったほうがいいかどうかはともかく、すてべを疑ったら生きてはおれません。おそらくしゃべり場の女子は仲間を信じているのでしよう。友達。知り合い。
 信じることができないと、なにも出来ません。働いていても誰かがワタシを落し入れようとしているんじゃないかと思うでしょうし、雇い主は給料をごまかしているだろうとか、同僚はワタシに仕事を押し付けているだろうとか、もっとおれを誉めろとか、まあそーゆー感じですね。
 人間は感情の生物であり、感情を消すことは出来ません。
 感情には理屈がありません。あなたも突然暴れ出したくなったり、誰かをブチ殺したくなったり、なにもかも投げ出してどこかに行きたくなったりするでしょう。たぶん、それが普通です。
 だから、時と真、ほんのときたまそうした感情をコントロールして、なにかスゴイことをする人に魅力を感じる。それが本来の意味でのヒーローであり、ヒーローは神ではないのです。ヒーローとは状態、あるいは結果ですから。
 ヒーローと、信じられるべきなにかは違います。しかし、いつのまにかヒーローは信じられるものになっていた気がしなくくもない。それはワタシだけがそうなのか、社会がそうおもっているかはわかりませんが、ヒーローは神ではありません。ヒーローを信じても当のヒーローが困るでしょう。
 だから、もしワタシがしゃべり場のテーマになにかをいうならこう言います。「別に大人の言うことをきかなくてもいいが、聞かない場合は大人が作った社会の中に馴染めないので、その組織を追い出されるか、あるいは酷く差別されるだろう」と。
 そこには信じる信じない、正しい正しくないは関係ない理屈が働いています。
 おさらく彼らはこう言いたかったのではないか。「偉くて立派な人間に命令されるなら聞くが、そうではないただの人間の言うことなど聞くつもりはない。もし聞くなら、それは暴力などの理不尽によって聞かされたときのみである」と。
 疑わずに信じられるものを見つけ出すことはひどく大変です。特にこの相対化全盛時代においては。
 あなたは自分が無条件に絶対に信じられるものがありますか?もしあったとして、それを人に言えますか?
 ちなみにワタシは今はあります。そしてそれは人に言えません。かつてはそれを疑いましたし、そのために無気力になったりしましたが、今はある、というかある気になっていますが。そしてそれは言わない、のではなく、言えないのです。言えるようなものは信じられません。それに迂闊に言えるようなことを信じて、人に馬鹿にされるのもいやですしねえ。

系統 投稿者:かなーん  投稿日: 7月 8日(日)15時29分03秒

げしょさんの戦艦の話を聞いてふと思ったのが「ロボットの進化は現用兵器の線を辿っている?」ということ
たとえばスーパーロボットは戦艦と同じく単一での最強殲滅兵器じゃないですか
で、現実の世界が小型で小回りの利く航空機の時代になったのと同じように、機動力に長けたリアルロボットに主流が変わっていったじゃないですか
いや、もちろん理由は全然違うんですけどね
この調子でいくと次はモビルドールみたいな無人ロボが主流か?
…でもそれじゃ男のロマンは重ねられないなぁ…。
どんなに非現実だろうとやはり友人じゃないといかんでしょう、巨大ロボットは!
となると次は一体???

りあるナリアルトハナンゾヤ? 投稿者:ながの〜ん  投稿日: 7月 8日(日)14時45分08秒

 kujiraさん、レスありがとうございます。が、一部一部を切り出して議論するのは
危険です、もちろん一部一部を切り出してレスを付けるのはまたそれも危険です
できることならあなたの世界を見せてください。今まで議論に参加してくれた方は
みな自分の世界を語っています、あなたの世界も見せてください
一部のみを切り出すのはもう辞めましょう、私は前にそういう意味で書きました

このあと書いちゃ消して書いちゃ消してを繰り返したが、どれをとっても
つまらない結果にしかならないのでやめた。ただ声を大にして言わせて貰う

一部を切り出すのは辞めましょう。と言うか辞めてくれ。 

(無題) 投稿者:なすの人  投稿日: 7月 8日(日)13時57分27秒

分かる人にだけわかるように書きますが、科学というのはおそらく脳みそのない神です。神に判断能力がないのなら、神官が神を操らねばならないのですが、神官は神ではないので失敗します。ラブクラフトはアザトースを全能にして無知の神として設定しましたが、それはたしかに科学のある側面を見切っていたように思えます。アザトースを操る悪意の第二柱としてニャルラトテップを設定し、彼は人間に興味があるから人間に手を貸す存在です。これは神としては明かに公正さに欠けるわけで、まあもっとも公正な神など最初からいるはずがない、ということでもあるわけですな。
 いろいろ科学的知識を学んでもみましたが、私の興味は技術よりも本質であり、科学は本質にいたる道のひとつであります。というわけで、わたしはしばらく変形クトゥルフ神話をやってみることにします。誰かがつけた神々の名前や似姿を使うようなヤボはしませんし、クトゥルフ的だと気が付かれたら負けではありますが。
 あの思考体系は現代という社会をなかなか面白くモデリングしているように思います。ラブクラフトはそれを狂気と発狂の源、コズミックホラーとして捉えましたが、その後の作家達はうまく付き合う方法をいくつか考え出したようですし、そのアイロニー的方法論は現在においても有効でしょう。
 つまりはメタです。科学という枠が作品を縛るなら、科学よりももっと大きな枠をもってきて科学そのものを変質させれはよろしい。ただ、それをきちんとこなすにはかなりの努力が必要でしょうが。
 しかし、ワタシは推論を積み重ねることによって、確信として道を見つけたわけですから、ムダな疑問を持たなくてもいい。あらゆる方向に努力するのは無駄ですから、テーマを搾りこんだほうがいい。当るかどうかはギャンブルですから、考えるだけ無駄です。
 巨大ロボット戦闘物という構造的に矛盾を孕んだテーマを追っかけているうちに、思わぬ副産物にいきあたりました。いや、もともと知っていたのかもしれませんが、まあとにかく言葉にはなったような気がします。
 ワタシはずーっと昔から、神とはなにかという自問自答を繰り返してきました。いや、神とは何か、という概念に行き当たるまでにもかなり時間がかかりましたから、なんというか、、、ここはなんだ?というのが最初の疑問だったかもしれません。おっと。ちょっと喋りすぎた。だまっとこ。かつての神の地位は悪魔にまで引き落とされているから、科学の神は容赦がないからな。
 さて、ここしばらくの談義は私にとっては非常に有意義でした。2ちゃんねるを見ていると議論なんぞなりたたないのではないかと危惧していましたし、もっと表層的な会話で終わるかと思いましたが、思いのほかメンバーに恵まれました。
 はじめるにあたって皆さんのホームページを周り、ある程度の情報をあつめてから話をしたのですが、嬉しい誤算だったのはホームページに書かれていることは対外的な、いわば分かりやすくしてお客に受けようという部分であり、おそらくはみなさんは「あんまり難しいことを書くとわかんないだろうな」という判断のもとに単純で理解しやすい形に作品を作っていたということです。
 みなさま。どうか大願成就なされんことを祈っております。
 むろんここまでの議論でなにかが決定したわけではなく、なにかが終わったと言うこともありません。終わる議論などありません。ワタシは議論からリアリティとテーマ、そして作品を作る意義を再確認できたのでラッキー、というだけの話です。ではめいめい自分の目的に向ってゴー。

(無題) 投稿者:なすの人  投稿日: 7月 8日(日)13時50分01秒

、物語に説得力を出すには現代においてはリアリティという味付けをする必要がある、というのがここんとこ何回かの議論の結論ですが、この場合のリアリティというのはおそらく科学的考証のことでしょう。別に科学だけがリアルなわけではないですし、科学では証明できないこともいくらでもあるわけですにょ。
 リアリティという言葉に定義が出来ないのはリアリティという言葉が時代や場所によってまったく意味の異なる言葉だからです。100年前のリアル、現実的と現代の現実的は異なるし、10代の若者と70歳の老人でも異なります。というか70はいまや老人ではないと主張する人もいます。うちのおやじ。
 もう一つ注意するべきことは、作家が作り出す物語、すなわち想像上の嘘が、現実を変える事もあるということです。
 えー、とつぜん哲学の話。人間は人間に許された五感で世界を認識しているわけですが、この能力には限りがあるので、物事の本質がどうなっているかを知ることはできません。うーん。説明が難しいな。たとえばネコや昆虫は我々とはまったく違う感じ方をしているかもしれないし、人間は良く出来た映像をホンモノだと思って舞うこともあります。
 まあとにかく、我々が知っているはずの世界は実はあやふやであり、見方によってはまったく違うものが出て来たりするのではないか、というのが哲学という学問か辿りついた一つのものの見かたなわけです。フロイトとかサルトルとかの人が。人間は超自我でつながってるとか。知らんけど。
 ということは、誰かが思いついたまったく今までに馴染みのない突飛な発想であっても、それが十分に説得力があり、皆が認めるにやぶさかでないという場合にはそれは本当になるということでつ。
 現代は夢と現実の境界線が非常に曖昧で、そしてまた厳密に分けられている時代でもあります。このややこしい境界線を形作っているのが、ほかならない科学だと言えましょう。
 ワタシ思うに科学的解決法というのは一種の寝技です。そのままズバリの欲望をかなえることは難しいが、いろいろと画策して理屈上は実現したようにみせる技術。人聞き悪いな。
 空を自由に飛びたいな、はい、飛行機。あるいはヘリコプター。もしくはそこでジャンプせよ。あるいは人間の肉体構造では空を飛ぶことはできないという証明。それらを全て組み合わせて、空を自由に飛ぶことは出来ない。なぜなら人間の肉体の物理的限界があるからだ。それに鳥は自由に空を飛んでいるが、危険も一杯だ。それならば多少不便だが、飛行機で飛ぶのが望ましい。
 以上の技術と理屈を複合して空を飛んだと言うことにする。わーいありがとう。なんかどこか納得いかないけど、空は飛んでいるしオッケーということにするよー。
 ああ、なんとなくワタシにも分かってきました。どっかで誰かが歌っていたですよね。欲しいものはあるけど、あんまり売ってないから、僕の歌をうたう。うろおぼえ。
 次項に一つのワタシなりの結論をかきます。わたしは区切りをつけたりまとめたりしないと話を進められないタチでしてね。

まとめレスで失礼します 投稿者:kujira  投稿日: 7月 8日(日)11時45分39秒


ながの〜んさま:
> しかしこの兵器がどのくらいの人を、どのくらいの効率で殺せるか書いてない
> ガンダムは戦争を書いてます、人が死にます。ここに出てくるロボットは
> 人殺しの兵器です。見てる我々はことごとくそれを知ってるしその物語を熱く語ったりします
> 人殺しの物語を熱く語ります。
 「軍事研究」は恐らく殺人行為を研究する専門誌ではないので、人殺しの効率に触れ
ていないことを批評するには当たらないと思います。また、研究紙が何かを熱く語った
としたら、それは危険な行為ではないでしょうか。

雨野村雲さま:
> リアルなロボットものと言うものは、凄く難しいのではないでしょうか。
 僕もかつて戦争用二足歩行ロボットのリアリティを、無い知恵を絞って考えていた時
期があったのですが、「リアル」という言霊が自我を持ったの如く主張し始めて物語を
浸食するにつれて、それは不毛だな、とようやく気がつき始めています。

 僕の持論では、本当に「リアル」が冠されるのはノンフィクションだけです。あぁ、
極論だということはわかっています。
 しかしこの論を採用した瞬間、物語世界が「リアル」の呪縛から解放されることにな
ります。

 「リアルロボット」という(商業上都合の良い)サブジャンルの名称が、リアル論争
を引き起こしているように見られます。誰かが張ったラベルのついた筺にわざわざ作品
を放り込んでおいて、やれ「リアルロボットじゃない」だのと口角泡を飛ばすのを眺め
ていると、苦笑するしかありません。

 「リアルロボット」ものは、リアルなロボットものではない。「リアルロボット」に
カテゴライズされた作品だということです。「リアルロボット」サブジャンルがどの様
な性格を持つかは、作品内容で語られるべき問題です。
 ガンダムが「リアルロボット」サブジャンルの始祖だったとしたら(本当にそうなの
かは分かりません)、作品ガンダムが「リアルロボット」サブジャンルのフラグシップ
なのです。そう考えると、「ガンダムはリアルロボットものじゃない」という批評がい
かに的を外れているかがよく分かります。

なすさま:
> しかし考えてみればアシモを観る限りでは人間サイズの人型ロボット兵器の登場は実用段階で
 P3でも、実状はまだまだのようですよ。
 P3が他のロボットに比較して身軽なのは、モーターを瞬時定格以上に駆動させてい
るからだということを知って、技術的ブレイクスルーはまだ先だなと実感しました。

猟司さま:
>  「宇宙の戦士(Starship Troopers)」には強化服着た女性の機動歩兵が書かれてい
> ないのですが、50年前の当時のご老体の価値観では考えもしなかったでしょう。
 52歳の御方をつまえて「ご老体」呼ばわりはちょっと厳しいですねぇ。

闘う背中に夕映えを集めながら… 投稿者:雨野村雲  投稿日: 7月 8日(日)03時58分23秒

 ジェネレイターサイバスター…いえ、なんでもないです(涙)

 言葉を重ねることに意味はある、そう思います。

 えーと、道徳は「社会を良い形で運用しよう」と言うルールの明文化なので、「個人の欲を満たそう」と言う個人感情とはもともと相対するものだと思います。
 矛盾しつつ存在している二つの事象を「どっちか一つにしろ」と言うのも「どっちも同じだ」と言うのも、なんか違ってるんじゃないかな〜と愚考する次第です。

 とあるマンガの話ですが、若い裁判官候補が
「自分は裁判官になれない。自分の中に大きな矛盾があるのに、そんな矛盾を抱えたままで人を裁く事なんか出来ない」
 と言います。それを聞いた先輩裁判官は、
「じゃあ君こそ裁判官になるべきだな。そんな矛盾を感じないようなボンクラが裁判官になったら、どうする」
 と言い放ちます。
 俺はこのやりとりの中に、表現する者の責務と難しさがあると思います。

 皆それぞれが自分の戦争を闘っています、互いに頑張りましょう。
 ではでは。

(無題) 投稿者:なすの人  投稿日: 7月 7日(土)17時29分43秒

だからまあ、ながのーんが口をすっぱくしてマンガ家になりたかったら絵をかけ。そして評価してもらえと言っているのと同じく、ワタシも文章をかけ。そして理解してもらえ、と言っておきます。
 ふるいけ氏がなにが言いたいかは分かります。世の中に矛盾を感じ、それがもやもやとしたよくわからない感情になっている。それを簡単に言い表すことなどできない。そらそうです。簡単に言い表している人なんかこの世に一人もいません。もしとある人達の意見が単純明快に聞こえるのなら、それはそう聞こえるように誘導しているか、他の要素を無視して分かりやすくしているだけです。
 我々の仕事、文章屋の仕事の一つは、みんなうすうす分かっているし、漠然と考えているなにかに定義をあたえることです。雨野氏がワタシの文章にうなずくところがあるという書きこみをなされていましたが、これはそもそも雨野氏が常日頃考えていたことであり、私の書きこみがたまたまその考え方を定義しただけのことです。今までは漠然と、人に言うほどではないレベルで考えていたことが、言葉になっただけのことであり、たとえばワタシが新しい思想を与えたというようなことはまったくありません。
 作家は、読者が考えたくないことを考えさせることはできません。共産主義やSFと言った、普通では考えつかない概念ですからそうです。もともとみんな言葉以外の認識方法でそれはうすうす気がついていた。それを言葉にするから我々はメシが食えるのです。
 我々は植物に作品を評価してもらうことはできません。作品は受け取り手がいてはじめてこの世に存在できるのです。だから我々は練習する。少しでも読者に受けとってもらえるように。
 ワタクシは作家の数がもっと増えるべきだと確信しております。そしてそのためには練習する場所が必要だとも。練習とはいえ失敗すれば恥をかくし、それを一般人にあざけられることは時として耐えがたい屈辱でしょう。ならばワタシがまず踊りましょう。私はとくに才能も目新しい視点もない、ついでに言うなら学歴もない人間ですが、ワタシが練習して上手くなるということを証明して見せればみな練習の意義に気がつくでしょう。
 仲間内で誉めあっているのもよいでしょう。みんな厳しいセリフはいわないものです。しかしそれでは心のどこかがごまかせないはず。
 ワタシの中で誰かがムチャを言う。打ちのめされなさい。そして立ちあがりなさい。死なない限りは先に進みなさい。勝手なこといいやがって。
 たからまあ、理由なんぞはどうでもいいのです。書きたいから書く。そして書くからには勝たねばならない。だから設定を作り、キャラクターを作り、足りないものは他人に頼んででも揃える。文章が下手ならば上手くする。読者はこれを読んだときにど思うかを考える。ときにはそれを外す。全ては勝つためのテクニックであり、なぜ勝たなければならないかについてはワタシは一度も語ったことはありません。そんなことは誰にも分からないからです。
 ワタシが言えるのは、ただ「お前は作家になりたいのか?道は厳しいし、作家となった人間はみなものすごい練習をし、実戦を潜りぬけてあそこに立っているのだが、お前はその覚悟があるのか?ないならば、作家になることはあきらめたほうがいい」という、ワタシもかつて誰かに聞いた言葉だけです。とっとーこ走るよハム太郎ー。最後は地味系で。

(無題) 投稿者:なすの人  投稿日: 7月 7日(土)17時28分45秒

 ふーむ。ほとんど長文チャット状態。

 前前からいうてますが、別にかみあわなくてもいいんとちゃうかなあ。少なくとも今ここにいる人達は、どこかしら思想に共通点があるから会話がなりたっているわけだす。どんな意見であれ、絶対に100%納得できるよーなものはないし、それをしたら人としてオシマイだ、みたいなのも共通概念になってるみたいだし。
 あのですね、ワタシとて自分の思っていること、考えていることをそのまま伝えてるとは思ってません。頭のなかでは漠然とわかっている気がするのに、いざ言葉にしてみたら全然相手を説得できないし、自分でもちがうなあと思います。
 ところが、まったくの他人と意見交換する、つまり政治をしたり作品を作るときには、そうした甘えは許されません。言いくるめられて借金でもさせられたらおしまいですし、読者は常に作家のあらをついてきます。
 マンハッタンの契約という話があります。ヨーロッパからきたメイフラワの人達は、ウブなインディアンをたましてマンハッタン島を二束三文で買い上げました。酒に酔っ払って泥酔していたインディアンの酋長に契約書にサインさせたのです。あとで気がついたインディアン酋長はあれは泥酔状態だったから無効だと抗議しましたが、契約は契約だということでおんだされました。ちなみにインディアンの言葉でマンハッタンとは泥酔という意味だそーです。やあ、世知辛いね。
 まあ、そんなこんなですから、世の中と言うのは理不尽です。人が死ぬのも理不尽。おれが貧乏なのも理不尽。女にもてないのも理不尽。創造主はわりといじわるなんでないか、と思ったりする程度には理不尽ですね。
 だからまあせめて、練習ぐらいはさせてよ、というのがこの場の意義でありたいわけだす。組むと言うのは、猶予をもらうということでもあるのです。信用おける仲間になら、無様に練習して失敗するとこも見せてもいい。本番では失敗は許されないから。一人でやっていると、失敗した時にアドバイスをもらえません。
 ワタシはたとえばここに書いてある文章で金をとったりできるとはまったく思ってません。しかし最終的には文章でゼニがもらいたいわけです。だから、ここはワタシにとって貴重な練習場であり、ある程度は失敗が許されていい場所というとこになっております。
 いきなり実戦は誰だってダメです。敵は圧倒的です。セガ系ゲーセンでバーチャロン対戦台に座るよーな物です。
 ふるいけ氏は、プロアマ問わず作品を作り、それをまったくの他人に評価されたいというのが目的なんですよね。むろんそれ以外にも人生の目的はあるわけでしょうが、それはワタシもあるし、それについては別に一緒にやんなくてもいいですわな。
 では、我々は作品を作る、という一点において協力し合えるのではないか。それがドリ研の唯一の存在意義です。多くの人は職業を持っていますし、その技能レベルにおいてはプロであるはず。ワタシとて人に自慢は出来ないが収入源はあるわけです。それは人に言わないし方法も聞かない。もうやり方がある程度分かっているし、人と相談したらマズイ技能だってありますしね。
 しかし、作家としては我々はアマです。いや、もしかすると、プロですらアマなのではないか。作品は、この世のあらゆる商品の中で、唯一作り方が決まってないものです。ほかにもある気はするけども。まあそのへんは雰囲気で。
 熟練した技能というのは、何度も繰り返して行うことによって身につくものです。はんだ付けとか接客とか殺人とかですね。しかし、作品にはどこか、どこか一点絶対に新規で作らなければならない場所があるわけです。あ、そうか。新商品も作品だな。
 まあそんなこんなですので、作家は読者に対してあっとーてきに弱いてす。特に個人作家は。練習もろくすっぽしてないのに戦えば、その内限界が着ます。中には天才がいて、何度かの戦いでプロになり、そのまま戦いつづけることができる人がいますが、そんなのはほんの数人です。
 何度も言いますが、我々はどこかプロになれない。だから練習するべきでありましょう。ときたま自分の書きこみが浮いているとか、なにを書いているかわからなくなったとか仰る人がおられますが、当たり前です。ワタシもかつてそうでした。本当はこんなこと書きたいわけじゃないし、ちゃんと結論もあったのに、書いているうちに言いたいことか分裂し、オチがつかなくなってくる。文章というのは、最初はそうです。野球で最初はボールがまっすぐ投げられないし、バットにボールがあたらないのと同じことです。
 そして、読者はそうしたなにが書いてあるのかわからないもの対して非常に冷ややかです。まとまりのない、なにが書いてあるのかわからない文章をみかけることが多いからですね。
 

こいつぁ、オレにとっての戦争なんじゃ、みたいな2 投稿者:ふるいけ  投稿日: 7月 7日(土)16時27分26秒

犯罪は罪なので法律で裁かれます。
ところが、社会人を10年以上やっていれば(学生でも同じかな)、ことのほか人間関係のすばらしい部分のそれ以上に、イヤな事実があることをしっています。上司、同僚、先輩、後輩、業者、お客、彼女、両親(うちはありがたいことに良い両親です)などなど。身近ななかにトンデモナいひとはいます。「そんな価値観ってあるものか!」と呆然とするような冷酷な考え方で、フツーのサラリーマンやってるヒトもいる。こと、商売になると、売り手の論理と買い手の論理は対立するわけで、しかも、競争会社とのせめぎあいもある。自分の会社がいかに生き残るか。これは戦争状態です。よりよい商品は兵器そのもの。いかに顧客の心をつかむか。です。で、気づかぬうちに、「これぞ名案!」という商品や流通方法なんかを考えますと、いかにも悪どいんですねこれが。この温厚な私が考えたとは思えないくらい、税法をくぐりぬけ、他社ではできない方法とか。すっかり立案してご満悦な私も、数年たって振りかえれば、「アヤヤ、よくもまぁこんなことを(汗)」だったりします。たぶん、これで泣いたヒトは多かったのだろうと思います。一家心中とかにおいこんだおとはまずないと思いますが、収入の減った業者さんとかはいます。あれはやりすぎた。でも、商売的にはうまくいったんだからいいじゃん!それが私の仕事だったんだもの。……っていうか、組織に組み込まれたときに、気がついていても怒涛のように集団で悪さをしてしまうという例です。わかりづらいと思います。すみません。

まったくもって現実は複雑で、ドラマのようにハッピーエンドもなにもあったもんじゃない。個人が死ぬ瞬間まで続いて行くし、個人が亡くなっても、まわりのヒトの人生はまだ続いている。どうしてもっと住みやすい世の中にならないのかなぁ。と思います。たぶん、ヒトによって、住みやすさとか欲求のレベルがちがうんでしょうね。エゴが強いのも考えモンですし、みんな同じような考え方で静かにいきるのも、人間らしくない。ああ、生きるってことは楽しい事もあるけれど、それ以上に途方にくれることも多い。それゆえに楽しさや素晴らしさが相対的に浮き彫りになるのでしょうが…。

というわけで、そういう世の中だから、勇気の出るようなドラマをつくりたいと思ったりするのです。困難のない人生はない。だから、困難にまけないでいきていこうよ!と。そんなお説教は道徳のお時間状態ですし、それをいいたいのなら駅前で街頭演説すればいいので、そういう台詞は作品中では微塵も主人公には語らせませんけど……。で、そこになんで巨大ロボットが必要なのって言われると、「20年前の亡霊にとりつかれた自分を超えたい」てな部分があるのかもしれませんね。ちょっとちがうかな。で、なんか、ここは長々と書いてしまうのですが、ぜんぜん、なすさん他との意見がかみあっていないこともあり、われながら反省したりもしていて、ちょっと控えます(と、思ってます)。

あいかわらず論点不明。にょとか使いたくなる気持ちわかったにょ/古池真透

こいつぁ、オレにとっての戦争なんじゃ、みたいな 投稿者:ふるいけ  投稿日: 7月 7日(土)16時26分03秒

戦争ハンタぁ〜い!
とか思っているひとが増えれば、戦争はなくなるのでしょうが、政治的かけひきのカードの一枚として21世紀になっても厳然と残っている。いはやは、ナントモ、です。たしかに、国家間の戦争というのは、まだましですね。
殺人はんたーい!
大方、平常な日本人の感覚からすれば満場一致の意見でしょう。でも、毎日、いやぁーな殺人はニュースに出ます。宗教によっては、殺人も許される。良い悪いではなく、ルールとして殺人が許されてしまう世界があるわけです。自殺もまたしかり。とほほ。
さて、こういう書き込みを平然としていられる場合というのは、けっこう第三者的で、机上の空論と言うか理想論、もしくは一般論になってしまうので、ちょっと個人的なことを書いてみましょう。

数日前に空き巣にあいまして、でも、なにも取られていない。と。
なんでわかったかというと、わざわざご丁寧に「お宅に入りましたよ。え、お気づきで無いのですか?それならまた入りますので♪」という電話があったからです。
いたずらか否か、わかりませんが、その日からアパートの一室はセキュリティー満載のハイテクルームに変身!交番の巡回が一時間おきに行われるということに。すっかり静かな住宅街は、電話一本で騒然となり、より静まり返ってしまったのです。
で、私、その電話の主がだれかは知りませんが、わかったら『ぶっころしてやりたい!』と思う訳です。ピッキング犯罪といえば聞こえはいいのですが、たんに泥棒です。
泥棒はんたーい!
たとえば、先日も雨の日に本屋にいきましたら、入るときは高級傘だったのに、出てくるとキオスク傘しかのこっていない。『ざけんなよ!』であります。
だからって、わたしもヒトの傘をぬすんだり、やみくもにピッキングツールを買ってきて空き巣狙いをするわけでもないのですが、復讐心というものはいやおうなしに沸きあがってきます。

なんで盗むの?。なんで殺すの?。
しかも、弱い立場、素人のひとたちを苦しめる権利がおまえにあるのか!と言いたいです。
たぶん、盗んだ側、殺した側にはそういう倫理は通用しないのでしょうし、なかには、やむを得ずというヒトもいるのでしょう。
すると、やられた側は、運命でした。と泣き寝入りです。これでいいのか!と言っても、やられた事実は変わりなく、そこからどうしていくのか、という部分で強くなっていくしかなし。これは、不条理です。極めてやるせない。救いなのは、ヒトはすべての体験したことをリアルタイムに記憶していられない=忘れること、最悪、想い出という出来事に替えられるということです。でも、このトラウマは一生消えないでしょうね。

で、温厚な私でも『ぶっころしてやりたーい』と思うのですから、世の中本当に、不幸な事件が起こるのも許せわしませんが、納得は出来ます。問題なのは、気をつけていても、不幸な事件はおきてしまう。ということ。病気なんかも急に来る場合があるので、同じかも。

(無題) 投稿者:なすの人  投稿日: 7月 7日(土)16時02分52秒

さて、戦闘のプロ、そして戦争に用いられる技術を考えていきますと、素人の出番はまったくありません。メスも握ったこともない素人に脳外科手術なり肝移植なりをさせるのと同じです。だからガンダムではブライトをはじめとする軍人が大仰に驚くわけです。たとえガンダムが全自動で、動かすことはだれにでも出来たとしてもです。素人がジャンボジェットに乗ったよーなものですから。
 つまり、軍事兵器であるロボットに素人が乗りこみ、敵を撃退するというシュチュエーションそのものが大発明で、一度しかインパクトのない大技だっとのです。
 ちなみに富野監督は、ガンダム以降どしろうとにいきなりロボットを乗せることはやめてます。もし乗せるときにはそれなりの理由をつけてます。ジロンはザブングル世界、すなわち人類ではないですし、コスモはイデオンがデッカバウの直撃を受けても落ちないだけの圧倒的戦力を持っていたから戦えました。ショウはダンバインの戦闘訓練を受けていますし、ダバは子供のころからみっちりとヘビーメタルの操縦を学んでます。カミーユですらジュニアモビルスーツの操縦で優勝しているわけです。他の監督のロボット物もそうです。ド素人が乗り込んで敵を倒すのは、リアルロボットの系譜ではほとんどまったくありません。
 人間の技能は、努力と反復学習の賜物です。作り手である作家達はそれを熟知しています。彼らも努力して技能を身につけたのですから。もしリアルな世界を書こうと言う時に、本当のただのド素人がスゴイ力を発揮して世界を救うというようなストーリーにすることは、それは自分自身を否定することになります。だから、せめてニュータイプであってもらわなければならないわけです。
 そして、ニュータイプという発想は、人の努力を無力なものとします。それがガンダムのもつ危うさであり、思春期を迎えた若者がガンダムにはまったのもそこに原因の何割かがあったはず。
 我々の社会は先人達の血の滲むような、それこそ命懸けの努力と犠牲の上に成り立っています。それは、ド素人では絶対に世界を救えないという、無残な事実を証明してきたことでもあるのです。前にも書きましたが、チェルノブイリ爆発時に一人の技術者が放射能をあびつつ炉心を制御しました。必死の操作で2次被害は食い止められました。その技術者は放射能を浴び、まもなく死にます。死の床家族は問います。なぜこんなことをしたのか。あなたじゃなくてもよかったのに。技術者はこう言って死にました。オレがいかなかったら、ソビエトは半分なくなっていたからさ。
 これが英雄的行為なのかどうかはみなさんの判断にお任せしますが、これがただのド素人じゃだめなわけです。神はまぐれを何度も許してくれません。それどころか、日ごろ訓練し、努力を重ねていてもそれが徒労に終わることもあたりまえです。リアリティをだすということは、そういうことです。
 ですから、巨大ロボット戦闘物、という作品を作るだけでも難しいのに、その上素人がそのロボットに乗るというのは、ムリです。もともと困難に困難が重なっています。それができたからこそ、ガンダムはすごいのです。
 ちなみにガンダムエースの安彦氏のマンガでは、アムロがいきなりガンダムに乗って操縦するのはいくらなんでも無理だろう、ということで、アムロは事前にガンダムの情報や操縦方法などをテムレイの書斎から得ていたということになってます。作っていた本人達ですら、あれはなかったことにするというのです。
 キャラクターの作り方が逆だと言いましたが、ことガンダムタイプの巨大戦闘ロボット物を作るときには、キャラクタータイプには縛りが発生します。民間人、もしくは戦闘の素人でなければならないのです。そしてそれがいかに困難なことであるかは、これまでに述べてきた通りです。
 ちなみにワタシは、クォンタムにおいて、非常に卑怯な方法を用いてこの問題をクリアしました。まあ要するにガンパレ方式です。素人が操れるはずのないロボットを操縦できるということは、誰かが影でそれを許しているはずです。本人は偶然だと思っていても、他者から見れば必然。これまた寝技ですので、ワタシの作ったストーリーが読者の共感を得られるかどうかはわからないのですが。いちおうガンパレに負けるのがくやしいので、ガンパレとは違ったアプローチにしてます。要は、主人公はなにも知らない、あるいは何もわからない純情な子供なのに、技能だけは持っていればいいわけですから。そういえばウッソもこのパターンでしたなー。ていうかザンボット?
 というわけで続く。次回は主人公以外のキャラクターについて。

ここから新しい内容。 投稿者:なすの人  投稿日: 7月 7日(土)16時01分07秒

 さて、ロボット物の背景として戦争を使おうとするとき、リアルな戦争にしようとするほどに、戦争というものが非常に限定的で厳しい環境であることが足かせとなる。ということを前節で書きました。自分を殺そうとする敵が厳然として存在する状況というのは想像することすら難しいと思いますが、とにかくほえほえーとか萌えーとかいってると死ぬ確立がグンと上がるのは間違いないようです。
 ブービートラップという罠があります。これはどちらかの軍が撤退するとき、相手にその場所を安心して使えなくするための罠の一つですが(それだけじゃないですがまあ例として)、主に仕掛けられるのは友軍兵の死体、および敵兵の死体にです。
 当然戦闘のあとは死体が転がってます。昨日までの友人も死んでいるかもしれません。命を守りあった友軍の兵士の無残な死体に迂闊に触ることはできません。爆弾が仕掛けられているかもしれないからです。兵士達は自分の末路であったかも知れない友の死体を弔ってやることすら出来ないわけです。
 戦いは非情です。敵兵のモラル、戦闘に対するやる気を削げば、それだけで自軍が有利になるわけですからなんでもやります。食事には毒が入っているかもしれません。占拠した町の住人の中に敵兵が紛れこんでいるかもしれません。偽りの情報が飛び交い、敵の襲撃に備えなければなりません。
 こうした中で生きるには、大雑把になるか、もとから大雑把である必要があるわけです。しかし人間そんな簡単に大雑把になれるわけはないですから、多くの人間は神経を病み、麻薬などに頼ったりするわけです。
たとえばワタシが考える大雑把なキャラなら、ブービートラップに対してこう言うかもしれません。
「あーあ。スベンソンもおっちんだか。まいったなあ」「どうします?」「どうしますっておめえ、しばらくこのままにしとくしかねえだろう。あとで選任技術班に安全を確認してもらわんとどうにもできん」「この陽気じゃすぐに腐ってきますね」「とりあえず敵兵だけはこの町の連中に片付けさせろ。ここを死守せんことには後に回られる。連中を人間だと思うなよ。人間死んだらおしめえだ」「了解」
 実際の戦場ではこういう会話はほとんどないでしょう。みな淡々と作業するはずです。戦闘状態ではいくつかスイッチを切り、その代わり感覚を鋭敏にしておく必要があるからです。
 敵を倒さなければ自分が死ぬ、という状況において、キャラクターの個性や性格というのはあまり意味をもちません。それが軍隊ならばなおさらです。兵力はつねにぎりぎりですし、どの前線も常に重要なのですから。むしろ、こうした状況で重要なのは戦闘スキル、技能です。こうした技能は、通常ストーリーを成り立たせるための技能とはまったくことなります。ジョークを言う技能よりも相手より一瞬でも良いから早く撃つ技能、人を慰める技能よりもすばやく場所を移動し確保するこ技能。
 ガンパレでは歌を歌いますが、前近代戦争では歌は重要でした。一向一揆などでも念仏を唱えつつ攻める農民がいましたし、ロシアのウォークライや角笛なども歌と言えましょう。
 まあそんなこんなで、近代のオーバーキル兵器を使っての戦闘ではかつての戦闘に比べて緊張感が違います。かつての戦争は大砲が登場するまでは弓矢や槍が超兵器であり、むろん死ぬは死ぬわけですが、まだしも余裕があったはずです。
 げしょさんも言ってますが、戦艦というのは100年ほど前に発明された超兵器の集合体です。蒸気機関に始まる自走動力と、炸裂弾を発射する大砲、そして鉄の要塞。かつての戦艦はそれ一石で敵国を制圧・圧倒できる兵器でした。江戸幕府はアメリカの大砲の性能を聞き、戦慄しました。ペリーの船などに装備された大砲は、江戸を全て射程内におさめていたからです。この戦慄が日本を際限ない軍備拡張にかりたてます。まあ、怖いからといって敵と対等の技術を身につけるというのもそれはそれでスゴイんですが。
 チナミに日本はたったの30年でヨーロッパアメリカ列強に匹敵する海軍力を持ちます。戦車は大東亞戦争が始まるまでは装甲車に毛が生えたようなものしかなかったのですが、フランスの戦車を買い入れ、わずか3ヶ月で複製します。プロジエクトXを彷彿とさせます。
 

(無題) 投稿者:なすの人  投稿日: 7月 7日(土)14時50分03秒

政治と経済が絶対に切り離せないように、政治と軍事も絶対に切り離せません。
 そんなに難しく考えなくとも、たとえばあなたの給料日、とつぜん男が立ちはだかってゼニを全部よこせ、と脅したらどうなるか。多くは渡すでしょうし、中には戦う人もいるでしょう。渡した人は治安のマズさを国に訴えるなり、他人から金を借りるなり、とにかくなんとかしてその生活費を補填しなくてはなりません。その時、誰も金を貸してくれないし、食うに困ったという状態になったらどうするか。その人間の性質、業とでもいうべきものが戦いをする。
 まあとにかく、戦争というのは戦闘の中でもまだましなのだ、ということは言いました。戦える組織や人間はまだいい。世の中には戦うことすら許されない、あるいは出来ない人もいるのですから。
 さて、ルールなき戦いは殺人にならざるをえません。自然界での戦いは相手を食うため、つまり自分の利益のために相手のを殺すものがほとんどです。子孫を残す時にも戦う生物はいますが、そうした戦いで相手を殺すことはほとんどありません。まあ考えて見ればよくいわれる食うためなら殺してもいいというのもどこか傲慢な考え方だと思いますが、とにかく自然界が相手を殺すことになっているので、人間同士の戦いもルールがなければ殺し合いにならさるを得ないわけです。
 戦争、いや戦闘における重要なキーワードは、人間は生きている限りは復讐してくる可能性がある、という一点です。戦いのプロはそれをよーく熟知しています。だから人の怨みをかうようなことは見えない場所でやりますし、もしばれたら相手を殺すか、絶対に復讐できないようにするのが基本です。そうした非情で厳密なルールを考えますと、戦いの素人がまぐれや偶然だけで戦いに勝ちぬくことは事実上不可能です。ギャンブルに勝ちつづけることや、全日のプロレスラー全員を倒すのと同じです。一度や2度はまぐれで勝てるかもしれませんが、勝ちつづけることは不可能です。こう考えると、戦場に立っていられる人材はおのずと限られてくるわけです。といったところでキャラクターの話に戻って見ましょう。あ、でもその前に戦闘物でないロボット物の可能性にも触れないと。長いね。

(無題) 投稿者:なすの人  投稿日: 7月 7日(土)14時48分20秒

 なるほど。いやなにがなるほどて、図書館で本を読むたびに世の中には全然違う発想をする人がいるものであるなあと納得したりにょ。にょがでると胡散臭い証拠。げんのしょうこ。くだらん地口も。
 そういえば軍事の話は一番大事な、戦争は是か非かということについて触れてませんでしたな。これは説明がヒジョーに難しいんですが、私個人としては戦争は反対だし嫌だし死にたくないわけですが、是も非もなく戦争は起きるし、そーゆーことを嫌ってもしょうがない、というので今回は切っときます。ほんとーにどうでもいいが、一応立場上突っ込んどくけど、オメーそりや戦争じゃねーよ。勝手に言葉を開発するなよ。

 よしわかった。やっぱちょっと書いておこう。小林よしのり氏やマスコミとはちょっと違った観点から考える。
 あのですね、戦争以前に、ケンカや出入りがあることはみとめますか?ていうか暴走族の人とかヤクザの非とは集団でケンカするですよね。まあこれは嫌だけど認めざるを得ないというレベルでお願いします。
 で、私の意見なんですが、戦争というのはまだマシな状態です。戦争できるだけ。
 戦争状態と言うのは、少なくとも宣戦布告し、お互いの本土なり根拠地をある程度防衛でき、さらに相手をよくやれば敗北、悪くても講和に持ちこめるだけの軍事力を持っていないと成り立ちません。
 戦力と言うのは単純な兵員数だけでは決まらないし、どんな戦争も必ず相手を敗北に持ちこまなければならないということないので、太平洋戦争を見る限りは20対1の戦力比でもある程度は戦争状態を維持しうるということになります。
 では戦争状態にならない戦いというのはなにか?
 例えば一方がヤリぐらいしか持っていないのに、もう一方が戦闘機をもっていたとします。これはもう戦力比が1万対1ぐらいですね。虐殺です。戦闘機じゃなくて銃でもいいでしょう。
 虐殺、あるいは圧倒的侵略は戦争にすらなりません。一方がもう一方を制圧して戦闘が終りです。そして負けたほうは反撃のチャンスも抗弁もゆるされないままに処理されますから、世界は戦闘状態があったことすら知らないままでしょう。
 もう一つ、兵力の重要な要素が戦い方を知っているがどうか。つまりその組織が軍略の概念を持っているかどうか。インカやマヤは敵軍がわずか200人であり、マヤ兵は何万もの数だったのに、策略や計略で負けました。これまた戦争どころではありません。
 つまり、ですね、戦争と言うのは戦いの中ではマシなほうなのです。考えて見てください。あなたが戦わなければならなくなった時、相手はヤクザと子供、どっちがいいですか?
 この世の全ての技能に優劣があるように、戦い方にも技術があります。ナニワ金融道の名セリフに、「お前自分と同じ身長体重年齢だったとして、プロボクサーとボクシングして勝てるか?」「いいえ、絶対にムリですね」「そやろ。証券もおんなじこっちゃ。経験を抓んだプロに素人が勝てるわけあらへん。それにきがつかんと、あの校長もあほやのー」というのがあります。
 戦争反対を唱える比とは、戦争には何百年に渡る歴史があり、プロの中には戦わざるして勝てる人間までいることを知らん人もいるようです。そして、対等戦争は、その戦いの中でも特にルールと技量、兵力が対等な者同士が行う物です。
 戦いにはものすごくいろいろな局面があるわけです。通り魔、テロ、クーデター、レジスタンス、抗議デモ、ストライキ、暗殺、差別、殺戮、虐殺、植民地化、経済封鎖すなわち兵糧攻め、人質、侵略、内乱、反乱、革命。これら全ては闘争の方法であり、死者も当然でますし、戦争よりも悲惨な戦いもあります。いや、戦いになればまだましなほうで、圧政やロボトミー、洗脳、あるいは粛清、民族浄化、リンチ、死刑などで反抗するチャンスすらあたえられずに一方的に殺される場合もあるわけです。
 これに比べれば、戦争は一応ルールがありますし、主権国家として他国に援助も求められます。交戦して戦力が減っていくのは両国にとって不快なことなので殲滅戦にはなりにくいですし、おそらく数ある戦いの中でもロマンも夢も意義すらもまだある、という戦いでありましょう。
 ガンパレでは20%敗北説というのがありますが、あれはお互いが拮抗しているという前提での戦いです。殲滅というのは、一方が絶対的に優位な場合は頻繁におこります。インディアン、マダガスカル人、インカ・マヤ人、ユダヤ人など、一方的に負けた勢力でほぼ壊滅、あるいは本当に全滅した例はナンボでもあります。

えー無題ってことで・・・ 投稿者:ふるいけ  投稿日: 7月 7日(土)10時52分57秒

>ロボモノのキャラクター論
■これはおもしろいですね。楽しみです。

>人殺しのための機械
■これは問答無用で『悪』と断じたい。
大小様々な兵器は純粋に「護るためのモノ」という正当性を見せたとしても、所詮は「殺人のための道具」。軍人は死ぬことを決意しているのだから死ぬのを覚悟でやっている。という話しもる一方で、そのご家族は実際途方にくれる。
名誉の戦死を誇りに想い、残った家族を健気に護って生活していく母親。それはそれで感動的であり、やはり「人生を生き抜こうとする強い信念」には感動もする。できれば、自分も強くて優しい人間に成長していきたい。

■出だしと結論のフェイズがずれてしまっていますが、ヒトの心はかくも複雑だということです。一人の小学生の死を同苦できるヒトも、いざ、立場が変われば、戦争にだっていくでしょうし、戦場で人命救助に使命感を燃やすひとたちもいる。国連施設を爆破テロしてしまうようなお父さんも、実はたいへんな子煩悩だったりとか。

■「兵器」はあくまで道具であり、それを発想するヒト、造るヒト、使うヒト等こそが問題。と、だらだら書いたわりにはロボットものとしては、「鉄人28号」で言いきられたテーマであったりするわけで、どうも、この掲示板には「人の情念をゆさぶる力」がありそうだぁ、とか。

■「兵器」は悪いといいましたが、じゃ、石で相手をぶんなぐるのも核ミサイルのスイッチをおすのも、両方ともいけないってことなんですが、どちらかというと、スイッチポン!で何百マンていう命が散ってしまう現象もさることながら、スイッチ押しちゃう人は、けっこう自分の親戚友人でも混じっていない限り、「国」や「体制」にむかってミサイル発射していたりで、すでにそこには、本来一番大事な「ヒトの命」というものが介在していないんでは?と。これは想像で、自分がミサイル担当になったことはないのでわかりませんけど。遠隔地を自らが赴かず攻撃できる技術ってのは、けっこう、「そこにヒトがいる」というあたりまえの感覚を無視させるような気がします。

■でも、こういう私も戦闘機も戦車もスーパーカー(笑)やバイクと同じレベルで、もうシビレチャウんですよね。ジッポーライターやときに電話機まで。ようは、機能美というやつです。嫁サンが許してくれれば、エアガンだって、ほんとは部屋にならべたい。それで、戦争しようなんて思ってないですし、バスジャックとかしようなんて具体的な発想も浮かばない。少なくとも私は。
その延長線上というか同一線上で、巨大ロボット(というかMSなのかな?)が存在していて、それが自分をまたいでいくような光景を思い浮かべると、いやはや、これは夢のあるシーンってことになります。おまけに、それらロボットが、感動的なドラマに違和感なくハマってみられるという物語は、大歓迎です。(このへんは、なすさんが書いていたように、1.キャラありき、2.背景ありきな順番が逆なんですが)

■勇者系(ようは自分でしゃべる口パクロボ、つうか自律型ロボ)は、すでにキャラクターですが、しゃべらないロボヒト乗り込みがたは、乗り物の延長にあり、それは背景に近いものがあると思います。私は、その背景の一部に巨大ロボットがいると、なぜかムショウにわくわくするのです。ここは、背景として畏敬の念をもっているということと、自分も操縦して走ったり駆けたりできたら(この欲求が短絡化するとバーチャ論やガングリ本になりましょう)なぁという征服感というか、日々の抑圧のウップンバラシをしたいちゅうようなストレス発散(これさえも空想なのが悲しいですけど。私の生活ってけっこう抑圧されているんだなぁ(笑))を兼ねている、とすることができましょうか。

■で、アムロがガンダムを捨てた。という時点でトミノ監督は私たちの洞察力に期待スルといって、話しが終わったのですが、ガンダム世界は、お金が儲かるので、いまだに戦争やってるわけです。ま、それは置いといて。
私が今やろうという作品では、『兵器は悪』というよりもそれを使う人間に着目したいと思います。兵器として開発段階にあったロボ。でもかなりのオーバスペックなのでお蔵入り。必要以上に殺傷能力が高かった。でも、人類は、それを使わざるを得ない環境においこまれてしまう。しかも、それを操ることができるのは、悲しいかな普通の少年だった。という話。なので、「普通の少年がいきなり戦争やれるわけないやん♪」な議論は興味あるなぁ、ということで、出だしと結びが一致しました。

だらだら長すぎて論点不明!?m(_ _)m/古池真透

Powered Suit 投稿者:猟司  投稿日: 7月 7日(土)08時20分05秒

 米国ではパワードスーツが開発されていますが、てゆーかそれを最近公表してたのですが、まぁ見たところ、予算削られるので華のあるネタで目を引きたいという台所事情が大きいようですね。
 そういえば謳い文句の中に、女性も前線で活躍できる、とあります。鍛えれば男女同じだろうと思わなくもないですが、とにかく米軍ではライフル抱えて行軍したがる女性兵士がなかなかいないようで…。

 「宇宙の戦士(Starship Troopers)」には強化服着た女性の機動歩兵が書かれていないのですが、50年前の当時のご老体の価値観では考えもしなかったでしょう。
 …が、湾岸戦争の頃になると、遠征に出た軍艦内で乱交パーティーありまくって女性兵士ほぼ全員妊娠して何の任務もせず戻ってきたという(別名「愛の船」)馬鹿丸出しの一件もあるので、女性兵士を前線に出したら出したで色々問題は起きるでしょうね。

http://member.nifty.ne.jp/monkeys/


一寸良い文を考えているとどんどん書き込まれて遥か彼方に… 投稿者:代理編集かな  投稿日: 7月 7日(土)07時26分48秒

 リアリティで一寸思い出した話を。
スト2の映画の監督が言ってた事ですが、
「突飛な話ほど周囲をしっかり書かないといけない」
此れが同時期に上演された「餓狼」との違いかと妙に納得。
ガンダムがリアルだといわれるのも、周囲の人間がしっかり描かれているから…というのはなす氏が散々言ってますな。

 デザイン上のロボットのリアリティですが、リアリティを追求しすぎて出てくるロボットが全部ASIMOみたいだったら夢も希望もないなと思ったり。
ASIMOのデザインがどうということでなく、折角の空想世界なのだからもっと自由に(いい加減にという意味でなく)色々デザインしてもいいじゃんと。
ふと思ったのですが、俺が同人のオリジナルロボット物に興味ない(コミケでも手にとらない)のはどれもこれもガンダムの2番煎じみたいなのが多いからじゃないかと今思ったり。
ガンダム系、ASIMO系、という風に「○○に似てる」というのではなく、もっと独自のぶっ飛んだデザインの奴をみてみたいと。
折角制約が少ない同人世界なのですから尚更ね。

 「なす氏が狙っている物と「月姫」は違いますよね?」というのは、「ゲーム性を重視した物を作る」とか確か言ってたから、ああいうVNとかは違うのかと思って聞いただけ。

 作品は作者が読者に読ませるためにいろいろ誘導はする。
しかし、誘導の仕方如何によっては全然違うように受け取られたり、TRPGほどではないけど。
で、たらばかにですが、ストーリー的には何ら変じゃないです、むしろ秀逸。
シロマサのように難解なわけでなく(むしろ分かりやすい)不必要に書き込まれているわけでもない(むしろ整理されている)。
しかし読んでいるとひっかかる、何故だろう、構図?コマ割?
上手く説明できないんですけど、例えば、あずまんが大王でゆかり先生が子猫を拾う話がありますよね?4コマでない奴。
あれもストーリー的には何らおかしくない、絵も上手い、でも読んでいると何故か引っかかる、俺的には。
あれに似た匂いがするんです、俺だけか?
このままグダグダ俺が言っても上手く伝えられないのでながの〜ん氏が言うように良い例を。
 ・スピリッツの「昴」
 ・中平正彦の「破壊魔定光」
 ・マイク・ミニョーラの「BATMAN HELLBOY STARMAN」
 ・佐藤正の「燃えるお兄さん!」
あと、ドラゴンボールも凄くテンポがいいけど…あれの場合は話の密度が薄いから読みやすいという点もあるから一寸違うかも。

 別に美少女漫画でないとはいってないですー、表現が少女漫画系っぽいと思っただけ。
というか、女性作家っぽいというか。
筋肉隆々の少女漫画描き、あまり想像したくはない。

 会誌の締切は…実社会と自分とこの原稿が最優先ですよー、会誌は一番後。
それは十分にわかってますよー、だから「ココはもっとこーしろ、無茶苦茶な事言ってるんじゃねー厨房逝け」ということがあったらガンガン言ってください。
その前に察しろ神無月と突っ込まれそうだが。
取り敢えず此方からのお願い。
ページ数と、あとがきだけは先に入稿してください、取り敢えず7月末までに。
原稿ははっきり言ってしまえばページふるだけだし、台詞は時間がなければそのまま使えばいい<いい加減
でも前日に入稿というのだけは勘弁してーっ。
ツーか泣く。

【オマケ】
 美術館にチャットを置きました。
http://www28.tok2.com/home/drill/
よければ使ってみて下さい。
研究所員、ファン、一見さん問いません。

そりはちょっと 投稿者:げしょ一郎  投稿日: 7月 7日(土)06時50分43秒

なんだかなぁ、確かにウームなコピー。また出版社がテキトーにアオリ文句考えてるように
聞こえるが、一体どんな本なんだろか。

オイラここんところメインで読んでるのは学研の歴史群像シリーズなもんで、特に艦船
シリーズが中心。
他にもありますけどね沖縄行った時買った戦場写真集とか、米軍が撮影したものなので映像
は鮮明、日本兵や住民の亡骸なんかも克明に写っています。

(無題) 投稿者:なす  投稿日: 7月 7日(土)06時01分08秒

 ちなみに現代兵器の延長としてロボット兵器を考えていくと、戦車や戦闘機にAIがつまれるのは間違いないと思われ。ていうかもう積んであるし。
 戦時には平和なときには考えられないようなベクトルが働くので、人型二足歩行兵器が登場するには戦争時がもっとも可能性が高いのも間違いないでしょう。
 しかし考えてみればアシモを観る限りでは人間サイズの人型ロボット兵器の登場は実用段階で、利用する状況は都市部戦闘なりですでに需要はある気はします。あとはコストですが、本当に戦争になったらコストはあんまり関係ないので。
 ということは、AIも人型もある意味ですでに実用化されているわけですから、あと足りないのは巨大人型兵器、ということになります。
 でも、たとえばフォークリフトとかパワーショベル、ブルドーザーというのは、手が一本のロボットといえなくもないですわな。足はキャタピラですからにょ。ゲッター3がおっけーならパワーショベルだってロボットではある。AIで制御されたパワーショベルはほとんどロボットでげしょう。
 思うんですが、やっぱりみんなが求めているのは、巨大で、しかも人間に酷似したロボット、ということになるようですな。つまり、神ですな。超人願望ですな。神は戦うものです。北欧神話とかギリシャ神とか、日本神話のスサノオだって戦う。
 神々の戦いが観たいというのは、これはもう非常に空想的な、非現実的なものですな。これを現実のコンテクストでどう表現しても矛盾しますな。だから、答えはもうとっくに、そして最初からわれわれは知っているのかもしれません。
 ゴジラ、ガメラです。あとウルトラマン。恐竜がこれほどまでに人気なのもそうです。ロボットというのは、本来こうした巨大ななにかの眷属でした。アトムも、アトム自身は人間大ですがライバルロボットはみな巨人です。
 われわれはただ、子供のころの無邪気さのまま巨大な神々が格闘するのが見たいだけで、それを世間に知られると恥ずかしいのでいろいろと理屈をつけてリアルがどうのこうの言っているだけなのかもしれません。
 みんなが大人になり、社会と折り合いをつけていく中、いつまでも子供のままでいることはどこか気恥ずかしい。リアルロボット、つまり富野方式が登場するまでのロボット物というのはそうしたジャンルでした。そしてそうしたロボットたちの眷属は、今も続々と作り出されています。戦隊物、ウルトラマン、ゴジラ、ガメラ、、、、。
 ですが、われわれが目指しているものはリアルロボットです。大人に言い訳するためにつけられたオマケの部分が出来がよすぎたために、われわれは一種その毒気にやられてしまい、少数民族として流浪しているのです。
 大昔に宣言しましたが、私はガンダムのオマージュとしてクォンタムガンダムという物語を作っています。それは、ガンダムから卒業するために始めたのです。
 正直にいいまして、もうやめようや。リアルロボットというのは時代が生んだ特別なものであり、もう二度と、たとえ現実に巨大ロボットが作られたとしても、同じものは作られまい。わたしはかすかにそう思っております。
 思えば遠くにきたなあ。だがもう、ガンダムはもういい。あとはあの時代にあそこにいた人間の胸のなかにあればいい。そうでないなら、ガンダムと同じだけの汗と血を流して次を作れ。富野は少なくともターンエーを作った。だから私は、クォンタムを作ってもうガンダムという現象を乗り越えたい。このままでは無残すぎる。まあ、わかってもらえんでもいいがね。オレは20年前の幻影と心中するつもりはない。ガンダムファンには悪いがね。
 ガンパレもまあそうなるかもしれん。しかし、アレは本来7千人委員会に参加した人たちのものであり、あとからきた人にとってはガンパレはガンパレではないのと同じであろう。
 たしかにそれはそこにあった。そしてそれは少なくともあの時は熱中し、なにか新しいものを見た気になった。それでいいと思う。あとからきた人にはもうしわけないが、そのうち君たち向けのなにかがあらわれるよ。ビートルズや、美空ひばりのように。
 その場の、その雰囲気を味わったものでないかぎり、理解できないなにかがある。われわれはその感動や興奮を覚えているから、それを作り出そうとする。しかしそれは、形だけ似せた出来そこないのまがい物ではあってはならない。それを作って満足しているようなら、なにかを作ってくれた先人たちに申し訳ないではないか。私はやります。少なくとも自分が許せる程度には。

まぁ 投稿者:ながの〜ん  投稿日: 7月 7日(土)05時56分51秒

なすさんが私の言いたいことをほぼ言い当てたのでもはや、語るまい

げしょさんの属性がどこかというのは正確には把握しきれないが
まぁげしょさんちに行った感想は戦史マニア。

大部分のミリタリーマニアは人が死ぬ事実を認識してるのは分かりますが
そのわりには先の軍事研究にこんな文章が


「戦争」が見たい!最初はそれだけで日本と飛び出した。だが砲弾に吹き飛ばされ、
毒虫やゲリに苦しみ、地雷原に迷い込み、治安警察に追われて娼婦街に逃げ込む・・・・。
兵士とともに地をはい飯と喰った筆者の前に繰り広げられたのは、ランボーのような
ヒーローもいなければ、トップガンのようなカッコ良さもない「真実」の戦争だった!
「戦場へのパスポート」軍事ジャーナリスト 加藤健二郎

と言うあおりモンクで定価1900円の本の広告が・・・
決め手には「これが戦争だ」と大きな見出しが・・・一言も漏らさず書きました・・・

もはや・・・語るまい!

別件、携帯で読む。 投稿者:mu  投稿日: 7月 7日(土)05時52分21秒

だ〜いぶ前のレスになりますが。私も最近携帯買い換えたので、iモードでここを読んだりして
みたんですが、10kb制限のおかげで、大抵「容量をオーバーしました、OK」となりますが。
よくよくここを見ると、投稿欄の下に[iモード/Jスカイ対応]とありますね(^^;)。PCで
ここに入って、自分の携帯宛にメールを出すと、制限を越えない範囲で読める様になります。
短いコメントだと3件くらい表示しますが、まあ、なすさんの投稿は必ずと言っていいほど、1頁
占有しますね(^^;)。すかさず、「画面メモ」に保存!昨日は一気に7画面増えました(^o^)。
や〜。なすさんの書き込みは為になりますねぇ。今までと違った見方ができる様になります。
ん〜じゃ、今日は早起きしたので、ありったけガンパレに注ぎ込みます。ではでは(^o^)。

うーんと 投稿者:げしょ一郎  投稿日: 7月 7日(土)05時35分19秒

オイラ戦史マニアなのか?うーん戦史もかなり研究してますがただ兵器その物にも
メカニクスとしてとても魅力を感じています。戦記も確かに好きですが1番好き
なのはその開発史、物資も技術も無い中でいかに良いものを少しでも多く生み出そうと
あえいでいた当時の技術者、工廠関係者のお話はとても面白く興味は尽きません。
(第4艦隊事件のせいで電気溶接が出来なかった日本の造艦技術とか、鉄板同士が
みんな鋲止めなんだなこれが。そのくせ大和型戦艦のバルバスバウなんて先進技術
も開発している)

ながのーん、大部分のミリタリーマニアは人が死ぬ事実は認識してると思いますよ、
少なくとも先の大戦を学んだ人達はね。
本当はちょっと探せば幾らでも戦争の傷跡は残っているんですがもう教える人が少ないから
仕方が無いのかもしれません、自分は沖縄でしっかり見てきました20万人の遺影を。

今は良い時代です、わが国の技術力は分野によっては世界一で物資も飽和状態。
日々の暮らしは景気が云々言いながらも食うには困らない、宗教紛争に巻き込まれる
心配も無ければある日突然地雷で足吹き飛ばされる心配も無い。
なんだかんだいいながら陸海空共に世界第二位の戦力を保有するわが国の自衛隊は
幸運にも戦争しないで今日まで過ごして来れた、これは素晴らしい事だと思います。
核が無いのもこの国の良いところ、でも原潜とかは別にあっても良いと思うがなぁ
(もちろん通常弾頭装備艦で)要は作戦行動時間が長く出来るのが利点なんだし、
でもイージス艦とか高い船揃えてるから無理か?。

そうそうあの当時に生み出された発明といやコンピューターだね、これも立派な軍事兵器
元々はミサイルの弾道計算をするために開発されたものだもんね。

(無題) 投稿者:なす  投稿日: 7月 7日(土)05時26分43秒

 あー、つまり義務を放棄して権利だけをむさぼる人が嫌いということか。違うかもしれんけどまあいい。あんたは戦う人だったなあ。兵器ってのは人殺しの道具って書いてあったから、いやなのかと思った。逆か。人殺しの道具なんだから、人を殺すという要素、実際に人が死ぬ要素を怖くていやだから切り離し、まるで美しい道具のように扱う人が嫌ということですな。ま、そらそうだ。道具はなにかをするためにあるわけで、それそのもののデザインを誉めてもあんまり意味が無い。
 アイロンの曲線が美しいとか、リモコンのボタンがカッコイイとか言っててもしょうがないのと同じか。げしょさんは歴史として軍事を見ているから、戦争のややこしさを認めた上でなお軍事が好きということであり、それはオッケーということですね。
 どんな人間であれ、現実にこの世に生きている以上は社会に影響を与える要素であるはずで、まあ少なくとも税金ははらってんだろうということで、義務を放棄しようとしてもそうは問屋がおろさねえ。そういうハンパなやつらが社会の公器たる雑誌を作っているのはムカツク、という感じかな。ていうかおれがもそう思う。
 まああれだよ。社会が豊かだと、自分はなにもしなくてもいーやと思うやつもでてくらあ。個人の仲間内でやってんらいいんだが、雑誌ってのは不特定多数に見せるもんだからなあ。
 おかげでちょっとヒント、というかながのの人は昔からやってんだろうけど、ロボットのデザインに対するひとつの方向性が見えてきたな。アイロンは船を逆さにしたような流線型をしているわけですが、あれは別に奇抜なデザインにしたくてやっているわけではなくて布の皺をとり、湿気を与え、なおかつ引っかかりを少なくするためにあのデザインになったはず。
 ということは、ロボットのデザインも絶対に必要なモノ、あるいはリアルのツボを盛り込んでいけばある程度は、、、、きまらねーか。やっぱり。
 たとえば内蔵火器一つにしてもテクノロジーとアビオニクスによって配置は変わってくるんで、あくまでテックレベルに合わせてデザインがかわるわけだから、ロボットのデザインから世界設定が決まることはほぼないわな。とすると世界設定を決めるとロボットの存在意義をつくらなきゃならないから、、、、堂々巡りか。やはりテーマなりコンセプトなりがないとたたき台としてのロボットデザインすら出てこない。分析からはなにも生まれないな。せめてナニを見せたいのかを決めないと。
 ぜんぜん関係ないが、富野アニメや押井作品はちっとも救いが無いので、漫画や小説にしても面白くないと思われ。まあ私は小説なんで断言しますが、うそでもいいから最後はすっきりさわやかに終わらないと駄目です。
 キャラについては次回やりますが、軍人を主役にしても面白いのはやはり小説です。ビジュアルでは軍人特有の価値観や行動様式が説明しきれぬ。キリコ並にきっちりしてればいいんだけどなあ。私は争いごときらいなんでなー、、、、戦闘シーン苦手。
 まあ最近はみんな本音っぽいことを書いていて、私としては面白いことしきり。やっぱ本音じゃよ本音。そもそも議論につきあってくれる人が少ないので。まあとにかく人間はそもそも理解し合えないし、誤解するし、考え方も変わるというのを前提になにかを掴め。理解しあえなくても理解しているよーな気がすればいいんじゃよー。もともと理解し合えるなら作品なんかいらんよ。われわれは誰もが表現したがっているんですよ、というのは田中県知事のセリフだったが、そらおめえは作家だからええよな。普通は議論すらできません。あー戦闘シーンどうしよー。戦争はんたーい。

世界を描くか、ロボットを描くか、人を描くか。 投稿者:雨野村雲  投稿日: 7月 7日(土)03時20分14秒

 むぅ、なすさんとともに掲示板を妙な方向に変えてしまいかけたようで。すみません。
 でも楽しかったし、読んでて頷く事しきりだったので許していただきたく。ほら、あの、一応俺もファンですので、ファンも楽しめる掲示板と言う事で(あせあせ)

 自分的に総括のようなものを。
 リアルなロボットものと言うものは、凄く難しいのではないでしょうか。リアルに徹したら徹するほど、ロボットとしての意義も薄れて行く訳ですし。究極のリアルである現実が、ロボットを用いた戦闘をしていないと言うのが何よりの証拠でしょう。
 ですが、設定や表現によっては「リアル」を感じさせる事も充分に可能な訳です。それぞれの人によって感じる「リアルのツボ」を押す事によって。
 誰にとっても「リアルのツボ」はある訳です。
 軍と言う組織、まだ見ぬ科学の結晶、歴史から生まれた兵器。人の「リアルのツボ」を突く事に成功した時「リアルだなあ=現実味があるなぁ」と感じさせ、その作品を魅力的に見せまるのでしょう。
 作品を魅力的に見せて何をするか、と言う話になると別の話になりますが(笑)

 正直俺はリアルに対するこだわりが少ないため、リアルを語る事は得意ではありません。どれみとかファイブスターとか見て感動して泣ける人間ですし(汗)

 余談ですが、俺にとってのリアルのツボは前述の「ロボットの存在感」です。見上げれば雄々しいロボットや、飛来して風を裂いて去るロボット。
 そんな見ているだけで心が踊るロボットを、しらけや安易な相対化を吹き飛ばす、確固とした信念の象徴にしたい…これが俺の描きたいロボットなのです。
 (この結論も、ここでの話の内に再確認したのですが)

 また違う方向に論を展開させる前に退散。ではでは。

ほげ 投稿者:ながの〜ん  投稿日: 7月 7日(土)03時07分20秒

戦史マニアは兵器オタクとは違うからおっけー(なにがおっけーやら)
用は一部分だけを切り出すという行為が死ぬほど嫌い

ガンダムって元はガンボーイって言われてたんだよとかG3ガンダムって知ってる?
みたいな話は好きな人同士でやってくれ、俺はガンダム全体の話がしたい
そういう意味で言っているわけですにょ(苦しくなるとにょとか使う)

と言うことなので、まぁここに出入りしてる人はマルチ萌〜とか言ってる人は
いないだろうから(いないよね?)そういう話。

まぁしかし実は韓国の軍艦が晴海に来たとき見に行ったりしてるし
富士の総合火力演習などは見に行ってみたいとか思ってる。
言ってること矛盾してるじゃん、いいの!人は矛盾するの!

無題とか言ってみる 投稿者:ながの〜ん  投稿日: 7月 7日(土)02時48分53秒

先日私が持ってるソフトを「お、ながの〜んそれいいね、コピーして」という人がいた

コピーすることそのものに特に抵抗はなかったが、そのあまりに気楽な態度に
「一応いっときますけどコピーって行為は違法ですからね」
この人は最近パソコン買ったんでパソコンソフトの著作権とか割とどうでもいい人です

こういう人の気楽さは裏に潜む違法行為というのをまったく意識してない
気楽さだと思うわけです。意識してない?違う、見えないフリをしている。
事実この人はそのあと「なんだよながの〜ん、堅いこと言うなよ」てな事を言う。

この気楽さを兵器マニアやガンマニアに感じたりしたわけです。
いっときますが私は筆が滑ったわけではありません。読み直して貰えば分かりますが
先に「恐ろしく偏見とか憎しみとかが混じった表現なのは許してください」といっといた
許せないならそれはそれで意見をもう少し交わさなければならないですがまぁそのつもりはない

さて私のこんな意見が出た原因の「軍事研究」をもうちっと読んでみる・・・
・・・・やはりというかそうなのだ、だいたいの文章が「これこれは何々を装備してる」
みたいな文章ですな、事実だけを端的に伝える。
しかしこの兵器がどのくらいの人を、どのくらいの効率で殺せるか書いてない
ガンダムは戦争を書いてます、人が死にます。ここに出てくるロボットは
人殺しの兵器です。見てる我々はことごとくそれを知ってるしその物語を熱く語ったりします
人殺しの物語を熱く語ります。それは人間ドラマがあるから、しかしその物語に出てくる
モビルスーツには開発史などはあってもドラマはありません。道具だから。

みなさん最後にアムロがガンダムのことごとくを捨ててみんなの所に還ったのは
なぜだか考え直してください。兵器カッコイイはオッケー、だけどその裏にある物も
考えてくれ、せめて
「あの機関砲はすごいんだよ、毎秒120発の弾丸をはき出すんだ、いっぱい殺せるぜ」
くらい言ってくれ、そうでないなら兵器のカッコイイ部分だけを見るのは、銃が撃てるから
とかいって自衛官や警察官になるのとおなじだ、私はそういう人間を嫌悪する

ちなみにことわっときますがげしょさんのことじゃおません。
だからこの板で特定の人物の誹謗中傷はしないってば。
げしょさん兵器オタクだったの?戦史マニアじゃなかったけ(笑)
ただ兵器オタクの人が見たら確かに嫌な文章だろう、だけど言わせて貰いました
あーすっきりした。

(無題) 投稿者:なすの人  投稿日: 7月 7日(土)01時50分00秒

 なすさん話くどい。あとは、、、成長物語(ビルドイングスロマン)についてかな。
 さて、今までロボット物について、ロボットそのものの存在意義を作るところからはじめて、ロボットの分析、戦闘とその世界背景などについて考えてきました。事件と背景について考えたのなら、次は当然人物についてです。
 本来、物語を作るときには人物を最初に考えるのが普通です。主人公が決まってないのに、それに解決させる事件を考えたり、その人物が生きているであろう世界を設定してもしょうがないからね。
 本来この話も巨大ロボット戦闘物というカテゴリより先に作品物語であると考えたならば最初にキャラクターを考えるべきでしたが、私がやや特殊な作品の作り方をする人間なので忘れてました。
 キャラクターは、軸者が感情移入する対象で、物語においてもっとも大切な要素です。世界設定や事件がない物語もけっこうありますが、主人公がいない物語はほとんどありません。群集劇にせよ狂言廻しにせよオムニバスにせよ、その物語和動かす主体となる人物はまず基本的に存在するわけです。
 ということは、巨大ロボット戦闘物を作るので主人公を決める、のではなく、面白そうな主人公が作れたから、そのキャラがもっとも活躍できる場をつくろう、というのがアプローチとして普通です。
 多くの物語作品は、主人公の性格によって物語がまったく代わってきます。引っ込み思案のキャラと強気で積極的なキャラでは、まったく同じ事件が起こったとしても全然違うストーリーと結末を迎えることでしょう。
 たとえば赤毛のアンのアン・シャーリーが、もっと悲観的で陰気な性格であれば、物語は陰惨でアンは世界に絶望して自殺したかもしれません。人間失格の主人公がおおらかでこまかいことは気にせずに女に養ってもらって楽しいという人物であれば、入水自殺を図ったりはしないはず。
 走れメロス、大脱走、第三の男、風と共に去りぬ、果ては聖書や神話に至るまで、多くの物語は主人公の性格がちよっと異なるだけでまったく違う展開になるわけでつ。
 ところが、巨大ロボット戦闘物の主人公は、みんな基本的に似ています。これは、素人同然の人間がロボットに乗り込んで敵と戦うというフォーマット上、やむを得ないことなのにょ。
 もともと戦闘ものに登場するキャラクターは生粋の軍人であることが必須です。ド素人の子供が戦場で戦えるほうがヘンなのです。特攻野郎Aチームだってみんなエキスパートですし、たとえギャグが入ったとしてもみんなやるときゃやるのですにょ。
 戦争をリアルに書けば書くほど、ド素人はなんの役にもたたないということが目立ってきます。そして軍人はつまらないミスや短気を起こして敵に突っ込むということをしません。そのよい例がマクロスプラスでしょう。彼らはプロのパイロットで、極めて技能にも長けているのに至極つまらない私怨でバルキリー同士の戦いをするので、みていてかなり「お前らそんなんでプロやってんじゃねえ」という気分になります。0083もそうですね。プロの軍人は少なくとも戦場では私怨をだしたりしません。そんなことをしたら部隊が全滅します。そもそも私怨で戦うような人間は、モビルスーツパイロットになれません。
 ものすごく悪意ある言い方で恐縮ですが、現在の巨大ロボット戦闘ものはちっともリアルではありません。設定や世界背景がどんなにリアルでも、登場するキャラクターが子供向けの単純な性格である限りは。むしろちぐはぐ感だけが目立ち、結果として絵だけは凄いんだけどキャラクターにはちっとも感情移入できないということになります。これをリアルと呼ぶのなら、写真でも見ていたほうがマシです。
 こうした矛盾に気がつき、キャラクターをリアルにした実験作もあります。「今ここにいる僕」と「無限のリヴァイアス」です。今僕はちと消化不良すぎてなんともいえませんか、リヴァイアスは一定以上の評価をうけています。少なくともここしばらくの巨大ロボット戦闘物にはなかった流れです。
 何度も書きますが、物語にはいくつもの必須要素があります。どれかが特出しているより、すべての要素がまとまっているほうが良い作品になるのです。
 場所、事件、キャラクター。この3つがもっとも大切な要素です。巨大ロボット戦闘物であるなら、これにロボット考証と戦闘考証が加わるでしょう。
 ちなみに、ゲームの話をするといっておいてやってませんが、ゲームは主人公がいなくても成り立ちます。ガングリフォンとかね。ですから、ゲームは作品ではあっても、物語ではないものもあるのです。
 主人公がプレイヤー自身であるがために、他の物語とはかなり違う作られ方をしているというべきでしょうか。とりあえず、巨大ロボット戦闘物の主人公について模索することにしましょう。あくまで予定ですが。
 

(無題) 投稿者:げしょ一郎  投稿日: 7月 7日(土)01時20分58秒

なすさんからの暖かいフォロー感謝します、人殺しの道具に憧れるのは人の持つ本能
だと自分は解釈しています。だから自分はこれで良いと考えています、あの戦いを研究
し史実をひもとく事は決してムダな事では無いと信じています。兵器はもちろん使わずに
済むなら越した事はありません、だから無用の長物扱いされていた戦艦が最も好き。
あの戦争がもし起こらなかったなら連合艦隊を目に出来たかもなぁとよく思います。
余談ながら開戦前の戦艦の扱いは今の「核兵器」に匹敵するモノ、ワシントン軍縮条約
はその保有数を制限するものでした。

人型兵器が実戦場を駆けるようになるにはやはり大3次大戦勃発があってそれから
と考えます、平和な世の中での機械文明の発達のスピードというのは戦時のそれと比べ物
にならないのはみなさんもよくご存知でしょう。
その最も顕著な例が第二次世界大戦です、戦力・人材・工業力・技術力等昭和17年
ミッドウェイ海戦以降圧倒的劣勢に立たされ続けたわが国の航空機開発の歴史を辿って
みても凄まじいものです。
開戦直前まで複葉機が全盛だったのが金属製単葉機が当たり前になり、対戦末期には
テスト機ながらジェット戦闘機を作り試験飛行に漕ぎ着けている。(最もドイツとの技術
交換によって可能になったんですが)
そしてとうとう「核」が開発され第二次世界大戦は終わる、しかし戦いのもたらした進化の
スピードは勢いを失わず、その後20年もしないうちに超音速で飛ぶ機体が開発され、
さらに後ロケットが大気圏を突破する。
世界で最も早くに打ち上げられた人工衛星は旧ソビエトのスプートニクだが
この技術も元を正せば戦勝と同時にドイツで押収したV号ロケットの技術を応用したもの。

もし今あの時と同じような状況が生まれ、先を争って開発が続けられたなら十年を待たずに
実戦投入が可能なパワードスーツなりが登場するかもしれない。

うーん懲りずに軍事色一色ですが良いんでしょうか?なんか言われそうだな、でもながのーん
こんなガンダムやバルキリーも大好きな大鑑巨砲主義者も居るんで広い目で見ていただきたい。


(無題) 投稿者:なすの人  投稿日: 7月 7日(土)01時15分12秒

 さて、多くのドラマは予定調和的に終わります。ラブストーリーは恋人がくっつくか別れるかのどちらがで話が終わりますし、刑事者は犯人がつかまるか事件が解決すると終わります。
 これは、世界がそもそも予定調和的でないからです。
 現代科学は未来を予測することは極めて困難であるという結論わ出しておりますので、我々はこれから先しばらく(100年とか1千年とかぐらい)未来がどうなるかを知ることは出来ないということになりそうです。
 だからドラマ、物語にはオチがあったほうがいいわけです。未来が予測できないよりはできたほうがいいに決まっているので、せめて物語の中ではオチないし結末がついていてほしいのです。
 ところが、そうした約束をよしとしない人もいます。こういった人々はハッピーエンドやよく使われるオチなどを安易でありがちとして嫌い、新しい結末を作り出したりします。多くの場合こういった異端者達は社会に受け入れられることはないのですが、中には非常によくそれまでの物語の作り方輪研究史、フォーマットの獄一部のみを巧みに変更して新しい結末を人々に認めさせるような才能を持った人がいます。
 で、巨大ロボット戦闘物は、その天才がいたがゆえにいまだに大人の心を捉えているのです。言うまでもありませんが、トミノよしゆき御大ですが。
 私は31歳です。はっきりいってハム太郎とかドレミとかデジモンとかはどうでもいいです。子供だましです。しかし、ハム太郎はどうでもいいが、ガンバはスゴイと思います。どれみもエロパロぐらいしか興味ないですが、指輪物語はすごいです。おなじ魔法物というくくりで。もともと指輪物語はホビットの冒険という子供向けの童話から始まったことを見ても、藤氏よのハイファンタジーは子供向けとして作られたのは間違いないでしょう。デジモンも好きにしてーという感じですが、明日のジョーは心に響きます。どちらも強大な敵に戦いを挑みますね。むりっぽい。
 そしてまた、カバチタレとか部長島耕作もどうでもいいです。これらは妙に現実的で、ロマンがありません。ハム太郎とかに比べれば読みますが、絶賛するつもりはありません。しかし、ナニワ金融道は恐ろしいまでに徹底的に人間を書いているので、すごいといわざるをえません。
 つまりですね、一時のブームや心の慰めではない、何年も何十年も評価され続けるものは、人間がもともと持つ矛盾や心の病みといった、普通では触りもしない場所に挑み、何らかの解答を出したものなのではないか、と思ったわけです。
 でですね、私は一連の巨大ロボット戦闘物の作り方において、富野的、あるいはガイナックス的なものを目的にして話を進めてきたのですが、それは言って見ればロボット物というようなジャンルを超えて、大勢の人に何年も評価され続けるような作品を作るにはどうすればいいか、という話であったわけです。そんな大それたことをしたがる人ばかりではないだろうと。だから、私のやっていることはわりと壮大なことなわけです。すまんかった。難しかった。
 私は愚か者なので、そこを狙います。ですからまあ、みておってください。私は予定調和の、誰にでも作れてすぐに消費されてすぐに消えていくような作品はいやなのでござひます。それを生業にしている人には悪いですし、それが好きな人にも悪いですがね。
 さて、巨大ロボット戦闘物だけが主人公が悩み、葛藤し、時には報われないオチを向えるのは、
富野御大がそういうフォーマットを作ったからです。ゲッターやマジンガーの時には主人公は傷ついたり成長したりはしたものの、あくまで旧来の物語世界の性格をもった、だれでもいい人間でした。思えば、あの時代。日本が敗戦から立ち直り、国際社会の中で経済大国として成長していったあの時代は、マンガ、アニメのキャラクター達も現実と同じ矛盾を抱えた時代だったのかもしれません。
 我々は世の中のどうしようもない矛盾、悪意、悪に目を背けてしまいます。それに向き合って生きていくことはひどく辛くて苦しいから。だから萌え、癒され、ドラマを見るのです。
 しかし、それだけじゃないだろ。逃げてばかりじゃ、つまらんだろ。大人になるということが、世の中の矛盾に妥協することなのだとするなら、俺達は大人ではない。
 だから我々は巨大ロボット戦闘物を作るのです。
 

(無題) 投稿者:なすの人  投稿日: 7月 7日(土)00時40分32秒

 ああ、ウチ安いですよ。印刷屋の人にも500円なら安いと言われました。
 理由は秘密。ていうか安いんだからみんなかってーん。カラー表紙にしないのはカラー苦手とかありますが、高くなるからです。でも最近はこんな堅実になってきたのか、あんまり意味のないカラーは減って白黒でセンスいい本も増えてきましたね。内容で勝負。わらい。

 あとげしょさん。お互い言いすぎだと思います。ながのーんも言いすぎという意味で。ながのーんもミリタリーが好きな訳です。キライだったらそもそもガンダム好きになりません。おそらく一部の自分の都合の良いところだけを欲しいままに抜き出して満悦している人をみて不愉快になったので、やや筆が滑ってああ言ったと思われます。そーゆーのをいちいち真に受けていたらコミュニケーションなんぞなりたたないので、それはいいすきだと言って流すというのがよいと思われ。
 そもそもにおいて我々が誰かを弾圧的に出入り禁止にすることはありません。それは最初から議論する態度を放棄してます。ただし、相手が議論するつもりのない攻撃的態度の人でしたらば戦いますが。
 戦争には非常に複雑な経緯と歴史があり、今現在もデリケートな問題です。今現在も前線で戦っている人もいれば、戦争反対を唱えて活動している人もいます。人の思想が異なるのはあたりまえで、それをすりあわせて理解することこそが我々の目指すべきことでせう。
 たとえばげしょさん。私も戦闘機や戦車は好きです。プラモも作ったりします。でもたとえば、ふとこの兵器が、自分に向かって発砲されたらどうか、ということを考えたりしませんか?良い悪いではなく、ふと。感覚で。ながのーんはふと、そうおもったようです。我々はやましい。どこか。
 人殺しの兵器であれ、すごいものには心引かれる。その矛盾した感覚こそが我々の心を象徴しているように思います。かつて、兵器が正当化されていた時代がありました。それをいいとか悪いとかいってもしょうがないでしょう。我々は複雑で、そもそも意見の一致などめったにできることはない。だからまあ、あまり深刻に受けとらないでください。それにどっちかというと、ある意味で非現実的な軍事技術にはこだわるくせに、ロボットは存在できないというかなり偏った考え方を持つ連中に対する文句ですから、あんまりげしょさんのことではないと思われ。
 まああれよ。私の影響だな。私とつきあうとたいてい口が滑るようになる。議論と言うのは失言と訂正の連続です。私としては一度や2度の失言でどうこうなるとは思わんので、げしょさんも遠慮なくミリタリーの魅力について語るといいと思われます。いじょ。

うぐぅ 投稿者:やつで  投稿日: 7月 7日(土)00時19分51秒

あうぅ
げしょさん過敏すぎ(苦笑)
なんか僕は二人の意見をそれぞれ、ちょっとわかるところあるので
ただげしょさんがすれ違いを感じてるだけだと思うんです。
僕も兵器見てはぁはぁとはなんかよーわからんですが
フェンリルクラッシュ攻撃力5000いったら嬉しいし。
ハイメガキャノンで虐殺して楽しんでるしぃ。

 よこからあれですが、ながの〜んさんは「新世紀の戦闘ロボット」
と関連させておっしゃってると思うんですが。
だから現実味すぎて新世紀のロボットに否定的だというオタクにたいしてのあれでは?
と勝手に行間を読む訓練(?)

http://www.ryukoku.seikyou.ne.jp/home/c980046/


(無題) 投稿者:なすの人  投稿日: 7月 7日(土)00時10分18秒


 まあとにかく、私はまず断言します。人間は戦うし、戦争もします。殺し合います。それは我々が究極生命体、すなわち不老不死になるまで続きます。必要悪ですらない。我々は存在として戦うことがデフォルトです。戦い減らすことはできても、戦いを根絶することは不可能に近いです。
 これを大本において考えるのがリアルロボット物を作る上での最前提条件でしょう。
 で、ついでだからリアリティについても定義します。違う意見のある人はどうぞ。叩き台ですから。
 ただ、この定義は作品論としての定義であり、世の中の全ての「リアリティ」という言葉の定義ではありません。作家業界の中での定義としてもっともふさわしいと思われるものとしてあげてるだけです。
 リアリティは、主人公を現実の人間として扱うときに必要となる手法です。子供向け作品のほとんどは、主人公は裏表がありません。サブキャラもそうです。キャラクターはなにか一つの性格を与えられ、それを忠実に守ります。たとえば善であるとか、ひねくれているとか、大人びているとか、天然ボケであるとかです。
 しかし、現実の大人でこれほど単純な人格をしている人間はいません。いや、子供ですらいないし、ことによると動物でもそうでしょう。人間とういうのはややこしくて、表に見えてる事柄は人間のほんの一部なのだということはみなさんご存知だと思います。ずっと一緒に暮している人間でも知らない一面を垣間見せるものであり、ことによっては自分のことすらもよく理解していないと思われます。
 子供向け、あるいは単純なドラマはこうした矛盾に対抗する形で存在しています。単純なほうがいいのに、世界は単純ではない。だから、幻想たる作品の中では単純明快なキャラクターを好むのです。考えてみましょう。自分の頭がアンパンで、なぜ他者を助けるために自分の頭をさしださねばならないのかを常に悩むヒーローとか、自らタイムパラドクスを破り、本来神に与えられた運命を書き換えんとする悪のネコ型ロボットがタイムパトロールと血みどろの戦いを繰り広げるロボットアニメなどを子供に見せたら、親は不安でたまらんです。
 ではなぜ、リアルロボット戦闘物だけが主人公が葛藤し、悩み、時には打ちのめされねばならないのか。
 ここに触れる前にまずリアリティについてかたをつけましょう。主人公が葛藤するドラマにおいて、世界設定が単純ではうそくさいです。だからリアリティが必要なのです。物語作品においては、獄一部の例外を除いてはキャラクターの生きざまを語ることが目的ですから、リアリティというのは主人公が悩み葛藤するための道具です。アンパンマソたちは自己の存在に悩みません。バイキンマンが悪であることにも疑問をもちません。だから国境も貧困も飢餓も必要ないのです。
 もしあのせかいにリアリティ、すなわち現実を持ちこめば、バイキンマンがいなくとも他国から侵略され、木々はきりたおされ、疫病が蔓延し、アンパンマン達はバイキンマン以外の世界の悪意と戦わざるをえなくなります。その作品は複雑で、重苦しく、とても気楽に子供が見るようなものにはなりません。たとえ主人公がパンの頭をもっていたとしてもです。
 これらの物語に潜むあやうさは作家であれば誰でも気がつくものです。ETや遠い海からきたCOOを見た人はよくわかると思いますが、純粋で単純なものをリアリティのある世界に配置するとそれはどうしても辛く哀しい物語になってしまうのです。
 というわけで、リアリティというのは複雑で多面性のある人間を描く時に使う、背景のことです。主人公が複雑になればなるほど、それを支えるリアリティも複雑になっていきます。世界になやみがないのに悩む主人公はただの変人ですからね。つづく。
 

(無題) 投稿者:やつで  投稿日: 7月 7日(土)00時09分04秒

>>100部で25000円 200部で26000円
表紙のみの料金です

(無題) 投稿者:なすの人  投稿日: 7月 7日(土)00時08分33秒

 オーバーキルという言葉がありまして。まあ要するに殺しすぎ、という意味なんですが、第2次世界大戦ごろの兵器を指して大量殺戮兵器と呼ぶのもあるんでして、ここは一つ軍事ということについて言及してみるべえか、ということにしてみまつ。
 軍事、ミリタリーは、えーと、ミリティアだわな。ミリティアって、、、、市民兵とかそーゆーのが語源でなかったっけ?と調べて見たら2ちゃんねるのスレとか出てきて結局よーわかんなかった。
 はい。では軍事。集団でなにかと戦うということですが、集団で、ということは個人ではありません。個人でないものは個人とは違うルールで動いているです。
 まあ私の知識何ぞはヒジョーにたいしたことがなくて、全てうけうりなんですが、その知識を真か偽かの判断をするルールをまず書いておきます。
 自分がその立場だったら、どう思うかです。私はおおざっぱにもこれまでいろんな事をてきとーにそうやって判断してきました。理屈じゃないのよ。ほほほ。
 えー、さて、軍事。敵がいるから僕もいる。では敵とはだれか?自分の集団を乱すものですね。ということは、敵は外敵と内敵があるということになります。粉の場合の敵はできるだけ広い意味でとったほうがいいので、貧困とか飢餓とか疫病とかアパシーも含むということになります。
 集団組織を生物にたとえると、軍事は免疫の中の抗体だと考えられます。生物は免疫がない病気に極めて弱いです。ちっとなすさん暑いのでとばしぎみです。自分でも乱雑な理屈だなあと思ってますんで、気が向いたらもう一度やりますです。
 まあとにかく、昨今の軍事を巡る議論で忘れがち、というよりは故意に画されているのは、敵は外敵だけではなく、ということはもし世界が一つの国家になったとしても軍事は不要にはならないということです。クラウゼヴィッツとかがなにやらアナログな発想で戦争について語ってますが、集団の目的は集団そのものを生き延びさせることであり、そのためには個人の自由や権利は制限されるわけです。
 簡単にいえばですね、わたしら親兄弟夫婦親子であってもケンカしますね。ということは集団もケンカします。利害が一致しないときはいつでもケンカする。ケンカするということは、少なくとも何%かは相手を殺す可能性があるわけです。だから個人の集合である集団もケンカするし、あいてを殺すのはしょうがないということです。

もしかしてオイラの事? 投稿者:げしょ一郎  投稿日: 7月 6日(金)23時46分14秒


うむ、すばらしい夢のなさだ。あ、そうか人殺しの兵器を「こりゃーすごいんですヨー」
とかいいつつ目をウルウルしながらみてる兵器オタクとか軍事オタクはこんなもんか
まぁしかし本当に現実の戦争とか兵器とかに興味がある人というのは必ず
合理的とか空力がどうこうとか面白い感性で物を見るなぁ・・・あれ兵器よ?
人殺しの道具よ?包丁とかバットが殺人に使われるのは用法上の兇器だけど
戦闘ヘリとか拳銃は単なる兇器よ?そんなモンを見て誇らしげに
「あの機関砲はすごいんだよ、毎秒120発の弾丸をはき出すことができるんだよ〜」
とか言われてもなぁ・・・現実はかくも恐ろしい物よ。

グサグサグサっ思わぬところでながのーんの本音が聞けてちょっとショックでかいです、
どうもオイラはかなり嫌われてるようですな、でも軍艦だって航空機だって好きなんだ
からしょうがない、人殺しの道具なんて100も承知してます。
色々と反論もあるけどあの時代の事は興味無い人に話してもムダなのでやめます。

興味無いのは判るけどそう露骨に攻撃されても困ってしまいます、暗に二度と来るな
と言ってるなら気遣いは無用です、回りくどい事しないでズバッと出入り禁止のメール
でも下さい。

松本ドリル研究所さんに苦情(笑) 投稿者:やつで  投稿日: 7月 6日(金)23時39分26秒

あー、苦情があります。
「どりるシリーズ安すぎ!!!」Σ(゜□゜)
なんすか、500円って・・・
アレを500円にされたらなんかもーたまりません。
 一昨日、印刷やさんに行ってパンフもらってきたんですが、
自分が作ると68Pを100冊ならもうけなしでもフルカラー表紙で800円くらいかかりそう。
コピ本の再録原稿は捨てるしかないのか?16P浮くし。
 200冊刷ったらわりと単価安くなりますねー・・・
え・・・200??? 売れるかぁー―(泣
初参加で200は強気過ぎないかい?
 お絵描き知り合いは多いので、顔見知りだけで40は配りそうなので
100ははけると思うんですが。 200はやばいよなあ・・
ながの〜んさんは最初、100部だったんでしたっけ。
あーこわい コミケにどれだけくるかわかりません。
うち弱小じゃんるやしなぁ。 んで、弱小サークル。

なんか、人のことばっかり気にするなという声が聞こえてきそうです(笑)
出来がアレでも、10Pくらいで300円くらいのうすうす本があるのも知ってますが、
500円はぁ…

 安さに秘訣は表紙ですかね。多色刷り。 ぼくはけっこうフルカラー絵ばっかりかいてたので
やっぱフルカラーの描き方がしっくりくるのでフルカラーになるっぽい。
100部で25000円 200部で26000円
何この差は?100部で1000円ですか。
なんか金のことばっかり考えてやになってきます(笑)

 やっぱ最初はお勉強代という事でかなりの赤字覚悟で次に備えるという事ですかね。
不安を消せぬまま明日へGO!!

>僕の絵
 ながの〜んさんの指摘についてはメールで返す事にして、まぁあれですが、
僕の本の原稿です。お、締め切り延びますか? やたー神無月さんがんばって
僕も自分の早く仕上てかかりますので…
 つうか、つるし上げでよかったですのに(←M?露出狂?)
チャットではいつもここ違うとか言われてますので。
 それと、携帯でここ見る事出来たんですが、EZwebからの書き込みやりかたわかりません
なすさんのカキコが長すぎて「大統領・・・」のくだり以降が見れません(笑)
さすがだ・・・
 なすさんの書き込みるとなんかわかたようなわからんようなで妙にやる気がわいてくるのは
ぼくだけですか?勉強になるなぁ。なんのかはわかりませんが(笑)

http://www.ryukoku.seikyou.ne.jp/home/c980046/


今日は 投稿者:ながの〜ん  投稿日: 7月 6日(金)20時06分07秒

珍しく今まで絶対手にも取らなかった本を買ってみた。
タイトルは「軍事研究」特集に「警告!!新世紀の戦闘ロボット」とあったためだ

前半はいいんだけど最後は「今後もあくまでもファンタジーにとどまり、現実に
出現することはたとえミノフスキー粒子が発見されるとしても不可能だろう」と断じている

うむ、すばらしい夢のなさだ。あ、そうか人殺しの兵器を「こりゃーすごいんですヨー」
とかいいつつ目をウルウルしながらみてる兵器オタクとか軍事オタクはこんなもんか
(と、恐ろしく偏見とか憎しみとかが混じった表現なのは許してください)

まぁしかし本当に現実の戦争とか兵器とかに興味がある人というのは必ず
合理的とか空力がどうこうとか面白い感性で物を見るなぁ・・・あれ兵器よ?
人殺しの道具よ?包丁とかバットが殺人に使われるのは用法上の兇器だけど
戦闘ヘリとか拳銃は単なる兇器よ?そんなモンを見て誇らしげに
「あの機関砲はすごいんだよ、毎秒120発の弾丸をはき出すことができるんだよ〜」
とか言われてもなぁ・・・現実はかくも恐ろしい物よ。

まぁでも一回見てみる価値はあるかも、おすすめはしないが紹介、とりあえず
現実に進行してるロボット兵器の現状が分かるので今までのような視点とちょっと
違った角度でロボット物を描くヒントにはなるかも。
じっさいこの記事の本来のトコロは無人の考える兵器、用は人型でないロボット兵器を
結構紹介しているので意外と面白い。かも。まぁこの記事の中で、野木恵一という方が書いた
地上戦闘ロボットは兵隊を駆逐するかと言う記事は実は結構面白い
だだ残念なのはこの板では実はとっくに語られていたという話なのがアレだ

まぁしかしエヴァの記事でパレットガンとか超振動ナイフとかのことは書いてあったが
ATフィールドのことはちっとも触れて無いなぁ、あと電気で動いてることも強調してる
エヴァってそういう兵器じゃねえだろ。
なんだか一部を切り出すのはいい加減みなさんヤメロとか思ったが、反面教師にはなるね

とまぁなすが小難しいことを書いてうだる暑さの中で妄想してるので
ちょっと毛色の違う話、と言うか巨大ロボット物に戻す。

(無題) 投稿者:なすの人  投稿日: 7月 6日(金)12時40分00秒

 なんだか下のよーなことを書くと、なすさん難しいことばっかりいってる。ヘンな人だなあとか思われては商売あがったりなので、ここのサークルらしいことでも書くか。おじさん怖くないのよ。ふへへへへこっちにおいで。
 ところでうちのサークルはなんとなくトゥハートメインでやっているのですが、前も言ったけどなすさんトゥハートろくすっぽやってませんよ。なすさん凌辱の人なので。女の人を物のように扱い、精神を破壊して幸せな生活をブチ壊すのが好きなので。
 それはそれとして、一見リーフもえもえー。なサークルのように見せかけて伝言板では小難しいこと和こっそりやっているがゆえにそんなに人気がないサークルですが、このへんの節操のなさが今一つわかりにくくて人気がないのではないか、と思ったのでアクセス増加強化月間でもやっか、と思った感じ。うそ。思いつき。
 いやあー、ウチながのの絵とか含めてけっこういけてると思うのに、六万ヒットは少ないのでムカツク。もっとみんな我らドリ件を崇め奉ってほしい。神のように思って毎日神だなにあげてほしい。や、あの、いちおう断っときますがギャグなので。笑えないのはなすさんの心が黒いせい。
 うちは特に宣伝しているわけでないし、売りもないので六万ヒットは妥当というか多くてありがたいと思っておりやすが、しかし100万ヒットとかいくサイトに比べるとなにがマズイのか。だって100万ヒットしてえじゃん。
 それでいて不思議なのが、むっちゃくちゃCGが上手いサイトとかでもさほどカウンタが伸びてなかったり。つまり、カウンタを回すにはサイトの内容もさることながら、まわすためのテクニックのようなものがあるのではないか、という気がしてならん。
 でもそういうのって、実際に実験したりするとアレなのよな。ていうかカウンタ増加月間とか言って伸ばしている最中にやってきた人って絶対不愉快だぜ。人間誰だって自分がその他大勢に扱われるのはムカツク。むしろカウンタのばすよりは会話したり感想を言い合ったりしたほうがいい。
 人間手段が目的にかわることはよくある話で、カウンタというのは目安であり一種の称号であるはずが、カウンタを伸ばすことが目的になったりしたりするのでアレですね。
 と自己完結してみましち。自分でバランスを取るわけですね。我々(この場合はながのとなす)はいろいろと都合上は見てくれを気にしてますが、目立つのがあんまりすきくないのでサイトを分かりやすくしたり見やすくたりということにはあんまりコストを払いません。
 ドリ研というのも今一つ分かりにくい概念ですが、これ以上分かりやすくするとその分かりやすさのために時間を割かなけりゃならなくなったりして本末転倒ですよね。たとえばヒエラルキーを作ったり会員を募集したり定例会を開いたり抗議行動をおこしたりデモったりピケ線はったり社会矛盾を鋭く抉り出して理想社会を設立したり。ああ、想像するだけでうんざりだ。
 ドリ研は心の中においておくことであり、よっしゃ一発なんかしたるからドリ研の神さんみとっておくれやっしゃ、という程度のことです。あくまで。
 だからアクセスカウンタがちっとも増えなくてもなすさん一人喋りショーみたくなっていてもあんましだれもリンクしてくれないのも神様が表れてなすさんを世界大統領にしてくれなくてもいいのです。ふん。
 まー、こないだも言ったけどそのうち超有名になってたまらんことになる予定なので、サインは来週。ていうかオレサインって貰ったことないなあ。書いたこともないけど。でも超有名になったらそれはそれでめんどくさいなあ。インタビューとかきて、、、、それでオタクさんにレアとか言われてヤフオクで、、、そしてその後泣かず飛ばずで、、、、インターネットの会社作ったりして、、、有名になるって楽しいことばかりじゃないなあ。と梅雨の蒸し暑さの中で妄想は続く。

(無題) 投稿者:なすの人  投稿日: 7月 6日(金)12時09分44秒

熟成した社会が気力を失い、たとえば少子化したり個人主義を産んで力が弱くなっていくのは、我々バランス論者からするとあたりまえのことです。相対化はかなり危険な思想で、相対化なくては科学は発達しなかったのですが、同時に相対化するとルールが失われます。私は残念ながら全ての人が革新的で新しいことをやるとは思えませんので、素人に相対化は危険過ぎると思っています。
 しかし、同時に適切な教育管理のもとで相対化を教えれば、それは力になりうるはず。
 確固たる自我は最初から最初からあったわけではなく、鍛えられて作られる物であることはいうまでもありません。スポーツをする人達に聞いてみても、最初はできなかったものが努力をし、何度もくじけつつも訓練することによって身につけたといいます。我々が学んで学問を身につけたのなら、他の人間でもできるはず。でも実際には挫折する人が多くいるわけで、それは個人の資質というよりはあたえられた教育環境によるものなのではないかと思います。我々はあるいは、作品を作ることで教育に加担することができるのではないか。と私は思う次第です。

 えーとね、今回はなにが書いてあるか分からない人が多いと思う。分かっている人同士の会話はいろんなこと飛ばすから。雨野氏は思想や主義について詳しいので、ちっと説明なしで書きました。いちいち説明しつつ話を進めるとなんぼ書いても終わらん。今回は分からん人は飛ばして良いです。面白いことも書いてないしな。ならメールでやれ?いいじゃん。たまにはさあ。
 
 オソラクわけわからん用語としてはバランス論とはどんな思想なのか、とかそもそも思想や主義が実際になんの役に立つのかとか、そーゆー聞いたことはあるけれどもどいう意味かわからない単語が説明ナシに出てくるのでむかつく、ということでありましょう。と、このように我々の生活は膨大な情報によって寸断されています。用語はどんどん増えていくのにその意味について学んでいるヒマがない。一杯ありすぎるのとなんにもないのは似た様なものですから、もしかすると我々はどんどん無知になっているのかも。
 誰かがどこかで用語を解説しなければなりません。言葉をまとめ、世界をわかりやすくしなければなりません。どこかで詐欺師が声高に宣伝している耳障りのよい言葉が、いかに空虚で欺瞞的であるかを暴かねばなりません。我々バランス論者は自分の人生をなんとかするのに手一杯なので、誰かのために教祖になることはできません。しかし、誰かがバランスを取るために立ちあがろうとすることを支持することはしてもよいでしょう。我々は異端であり、世が世なら社会から排除されていた存在であることを忘れてはなりません。
 我らは人類最後の防波堤です。世界が乱れた時にのみ働くセーフティ。世界が平和ならただの変人としてそれはそれで楽しく生きるのですが、我々は世界がどんな状態であっても影響されにくいという特性を持っているのですから、世界が意義を見失った時には出張るべきでしょう。
 我々が活躍する時代は良くも悪くも世界が大きな変化を迎える時です。我々も望まぬ生涯を遂げるかもしれません。本当の差別が始まるのはこれからです。
 本当は、我々の出番などないままに世界が変化し終わるのがもっとも望ましく、我々としてはマンガ読んだりインターネットして暮していたいわけですが、まあ、たまにはいいか。こういうことを書くとまたながのの人に怒られるなあ。戦争はんたーい。
 

(無題) 投稿者:なすの人  投稿日: 7月 6日(金)12時08分22秒

 バランス論は現代人のプチブルには馴染みの深い思想でして、同人サークルの人達にも分かりやすく啓蒙的なバランス論を持っている人達もいらっしゃるようです。
 プチブルという言葉がややマイナスのイメージですが、現代日本人はほぼ全員プチブル、すなわち中産階級であり、直接政治に参加して世界を変える力はないものの生活には困らないという層ですので、日本においては我らバランス論者はある程度のまとまった数になりうるようです。
 それでもなお、日本だけで見てもバランス論を認め、実践している人間は多くはないように見えます。いや、もしかしたらみんなそれなりにバランス論的ではあるのですが、バランスを取るという生き方そのものが曖昧で分かりにくいがためにそうは見えないのかも。
 少なくともテレビ、特に民営に登場する人達はバランス的ではないし、ひどく思想的に浅薄な気がするのはなぜなのか。
 この、集団心理というやつはどうしても知るのに限界があります。3人や4の考え方を知るのにも苦労するのに、100人1万人となると想像すら不可能で、例えば日本人とかオタクといった集団に繰り込んでしまいます。
 人それぞれとかみんな個性があるとかいわれても、日本だけで考えても1億2千万もの人達がいるわけで、それら全員の心理や考え方を知ることは事実上不可能であるわけです。
 だから我々は他者を啓蒙せざるを得ない。そして、それはまるで何も知らない人に最初から教えざるを得ないようにも思える。
 最近気になるのが政党の宣伝ですな。内容そのものはともかくとして、かつては政党のテレビ宣伝はなかったはず。実際の政治がロボットと戦ったりダジャレを言うことではない以上、あの宣伝は政治の実際を教えるものではなく、イメージや雰囲気を伝えるためのものであるはず。
 おおまかにいいまして、世界は激変しております。科学による新事実が毎日のように発見されていますし、膨大な情報は各業種を細分化させ、他業種との交流をできにくくしています。みんな自分の仕事や専門のことについて学ぶのが手一杯で、自分の仕事に直接関係ないことを学ぶことが出来ない。それでもなお科学はまだまだ進歩しますし、情報は増えつづけます。
 我々は事実よりも情報のほうが多いという、有史以来はじめての時代を迎えています。かつて観念が現実を上回った政治形態はいくつかありましたが、情報が現実を上回ったことはありません。これはモータリゼーションという新しい経済システムが公害や交通事故を産んだように、情報が多いがゆえの不幸を産むものと予想されます。
 こうした、旧体制が意義を失い、新しい時代を迎えつつある時期にいつもと変わらずにやっていくのがバランス論でありましょう。バランス論の特徴はまず全てを疑い、そこから意義あるものを見つけ出していくと言う苦闘のプロセスを経ることにあります。かつての仏教やギリシャ哲学、人道主義もバランス論であり、混迷した時代に人々の希望として機能してきたのです。
 私思うに、バランス論を選ぶ人は自ら苦難を味わおうという人であり、主に個人的な理由によりバランス的な生き方をせざるをえない人だと思います。それゆえに西部進氏が村外れの変人と表するのです。いつもは人里は慣れた場所で人々の生活を眺めてよくわからんことを言っているが、村が決断を迫られた時にはその変人にも意見を求められる。別の視点から見たらなにかわかるかもしれないから。
 バランス論はその構造体に相対化を含みますから、政治にとっては厄介なシロモノです。集団は一つの目的にまとまることによってはじめて最大の力を発揮できますから、相対化してしまうと気力がなくなり、組織の衰退を呼んでしまうのです。
 

補完 投稿者:ながの〜ん  投稿日: 7月 6日(金)10時13分51秒

>個人的に今までの作品より少し読みにくい…と言うか、
>ちょっと流れが所々で切れているような気も。

 ふうむ・・・?マンガというのは作者が読ませてるわけではなく、
読者が読んでる物なのだなぁと改めて再認識。自分で読み直してみたが
とりあえず気になるような所は分からなかった。できれば神無月さんが認める
「このマンガはめちゃくちゃ読みやすいですよ」というのを教えていただきたい。
それを読んで勉強し直します。
 
>個人的にはどんどん少女漫画系に突き進んでいるような気も。

 ふむう、少女マンガではなく正しく美少女マンガに突き進んでる気です
まぁそう思われたなら仕方がない。そうなのかもかも。


やつでさんの原稿について批評してなかったなぁ・・・忙しくて。スマン。
では今回の絵についてやってみるか・・・とここでやると単なるつるし上げの用になるので
メールでおくっときます、私の意見が正しいかは謎。やつでさんの判断に任します。
ところでこのやつでさんの絵は自分の本用の絵だと思いますよ。

何でもかんでも自分たちのためにやってると思ってはいけないデス神無月さん
皆それぞれ自分の活動もあるんだから。とりあえずドリ研の会誌は
コピー誌です。こんな事言っちゃ編集の立場もないでしょうが基本的には
自分の活動を優先させてください、ドリ研は基本的に研究サークルなので義務はないです。
いやなら辞めればいいし規制もされない自由なトコロ。

と言うことなので神無月さんには直前まできりきりと頑張っていただく所存(笑)
だって僕入稿終わってから会誌にかかるし・・・なすのトコロとか総帥のトコとかもあるし・・・
ここも何とかしたいし、その次の仕事もあるし〜(嫌なのか?)
会誌と言えば前の原稿もちゃんと仕上げなきゃなぁ・・・

メアド変更 投稿者:代理編集かな  投稿日: 7月 6日(金)06時54分52秒

 原稿受け取りのため、狭い旧家から引っ越しました。
と言うわけで、ネットで原稿出す人はココを使ってください。

 ふるいけさん、やはりダメです、日本語名が原因かも。
取り敢えず以前の話どおりHPDLでお願いします。

 やつではん、この4頁が今回の原稿?規定頁は無し?
後サイズ妙に小さいけれどこれでイイの?
350dpiと聞いてたからもっとドデカいと思ってたから。
なんか乳の感じがいい、このたわみ具合がなんとも…って何言ってるんだ俺。
ただなんか体のバランスが変、他のと比べて。
まあそれは本人も気がついているようなのであまり追求せず、と言うか俺が言っても説得力なし、自分の技量をつけてから言え、神無月。

 NAGANOさん、たらばがにの内容についての感想はこの間言ったからいいですよね?
個人的にはどんどん少女漫画系に突き進んでいるような気も。
もっとえろ〜んな絵も欲しいですが、ながの〜んはんのはお話がメインだから面白いんですよね。
ウウム、難しい。
あと、個人的に今までの作品より少し読みにくい…と言うか、ちょっと流れが所々で切れているような気も。
上手く言えないんですけど…例えば、マルチの「イヤですう」からセリオの「とくん…」への繋がりがなんか…
お話的にはおかしくないんですけど、なんか変…
大ゴマのアップが連続しているせい?

 取り敢えずネタもないので今回はレス&報告でオシマイ。
では仕事に行ってきますー。

【本日の良い物】
http://tikuwa.kubiwa.net/
こういうエロースなのが描けると美味しい

【追伸】
 G弾劾凰今録画したのを見たがこれで終わり?
マジンガー最終話と同じ終わり方に唖然、これ続かないと意味ないのでは?それとも次回からは2がはじまるのか?
なんか打ち切りっぽいのが気になる、まあ以前の弾劾凰が出てきて戦うわけでないのでそれ程気にはしないけど<かなりウソ

正義のその奥で闇が潜んでいる 投稿者:雨野村雲  投稿日: 7月 6日(金)05時29分00秒

 俺はバランス論者なのですが、全ての意味が等価である事を充分に踏まえた上で、物事を取捨選択する「勇気」を持つのが、一歩だけだけど進んだ考えのような気がします。
 何を今と後世に伝えたいか、それを考え、無数の意味の中からつかみとる。
 無いなら作る。
 そして自分がつかんだものを信じて放さず、それを推し通そうとする勇気…要約するなら、「自分の選択に対する覚悟」が、勇気だと思うのです。

 確認の共感も、開拓の感動も、資本構造や共産性に負けず劣らず大事なものだ。それは俺が勇気を以って語りたいと思う事であり、それが俺と言う世界の選択です(笑)


 「ロボットもの」と言うくくりも、「前衛絵画」とか「バロック様式」とかと大して違わないんでしょうね。要は何を表現するのに向いているか、が違うだけで。

(無題) 投稿者:なすの人  投稿日: 7月 6日(金)00時14分05秒

 表現には2つの目的があるわけです。同じ根っこから派生した2つではあるんですが、世界が広くなり、定住する人と旅をする人の違いが際立つようになってからは、明かに目的が違う2つの形式。
 一つは同じ共同体に住む人達が、自分たちは同じルールのモトに生活をしているのだということを相互に確認するための表現。主に思想、哲学、宗教、暦など、抽象的な概念を表現するものです。
 もう一つは、未知なる場所に出向き、そこで得た興奮や感動、新しい視野を他人に伝えるための表現。絵画、カメラ、旅行記、映像といった、他者を説得するためのものです。
 我々は現在、他人と繋がっていません。だから表現するのです。いつかテレパスとなり、全ての人間が同じ思考をするようになった時はどうかわかりませんが、他者と自分が違う存在である以上、どうしても伝えきれないことがあるわけです。
 憎しみも怒りも、妬みも恐れも人がバラバラな存在だから感じるのだ、という考え方もありますし、他者とのコミュニケーションの難しさが有史いらいさまざまな戦いや悲劇を生んだのも間違いないでしょう。
 この全てを相対的にコストで計算する資本主義の世の中にあって作品が時に商品ではないかのように扱われるのは、作品の持つ人と考え方を共有したいという力のせいです。
 人は全てを他者と共有することも、すべてをドライにコスト計算し、個人を保つことはできません。どこかは共有し、どこかは個人でいなければバランスがとれないのです。
 それを全てを共有しようという試みが共産主義であり、同時に独裁政治による選民思想でした。これらは二つの相反する考え方が同時に成り立つこともできるというバランスを欠いた考え方で、異までこそある程度反省されていますが、歴史的に見れば人類をより幸せにしようという、良き考え方であったはずです。
 世界はたった一つの思想だけでは割りきれない。ただそれだけのことを学ぶのに、我々は数多の不幸を引き起こしてきました。その不幸を教訓に産まれてきた現在最高の思想が、バランス論であり、そこから派生したのが地球環境論やリサイクルを含む修正資本主義です。
 すわ、なすさんとつぜんエコロジー?という書きこみですが、まあたまにはえーべ。我々は表現する。なぜなら、世界を変換することは、表現することから始まるのでごんす。
 バランス論、すなわち悪はどこかしら善であり、善はどこかしら悪であり、絶対的な思想はないし、どんな意見でも一理はあるのだという考え方は、現代的ではあるものの非常に消極的な発想です。人々を導くほどの強い力ではない。バランスを取って自己を客観視し、偏らないように生きていくことは簡単ではありません。だから、私は残念ながらバランス論が長持ちすることはなく、世界は再び混乱と騒乱の時代を迎えるのだろうと予測していますが、その悲劇を回避するには表現能力を鍛えるのも一つの手段です。
 言うべきことがなき人間、するべきことがない人間ならばともかく、なにかしたいのなら。現状に満足していないのならば、なにか一つで良いから表現する力と場を持つべきです。少なくともなにもしないよりはマシでしょう。
 やっぱ私は負の感情から話をしているなあ。まあいいか。センスってのは、本人にとってはあんまり意味のないことかもしれんよ。 
 

プロフィールに追加されましたやつでです。 投稿者:やつで  投稿日: 7月 5日(木)23時46分45秒

いろいろとロボットについて語りたかったけど今は描くのが一番のすべき事。
というわけで最近描いた原稿から・・・無修正です(////
ていうか無修正だからってやらしくない。
どうすか?rinaoとは乳がんばったんですが(愛)
manaoはおしりがんばった^^(愛)
misakioはふともも(愛)

 やっぱり人に見せないと上手くなりませんねー(すくなくとも僕は)
毎日チャットとかで見せてここがおかしいとか言ってもらってるので役に立ちます。
yayoi2は見せておかしいっていわれたので姑息にフォトショップで色々治しました。
 
 うーん。われながら上手くなったなぁ・・・
自分は絵を描くのが上手いとはとてもじゃないけどいえません・・・が、上手くなったとまぁ、
確実にいえます。 たった1ヶ月前の絵と比べても体がぜんぜんいいなぁ

 あ、だめだしOKです、て言うかむしろ希望。
ほめられるために公開したわけじゃないので。

ちなみに夏コミの原稿なのでそれまで楽しみは取っておきたいという奇特な方は見ないほうが(笑)
(いないし)

http://www.ryukoku.seikyou.ne.jp/home/c980046/yukio.jpg
http://www.ryukoku.seikyou.ne.jp/home/c980046/rinao.jpg
http://www.ryukoku.seikyou.ne.jp/home/c980046/manao.jpg
http://www.ryukoku.seikyou.ne.jp/home/c980046/misakio.jpg
http://www.ryukoku.seikyou.ne.jp/home/c980046/yayoi2.jpg

http://www.ryukoku.seikyou.ne.jp/home/c980046/


はやや〜。しんや様初めまして。 投稿者:mu  投稿日: 7月 5日(木)22時09分33秒

以前ながの〜んさんがお呼びしてた方ですね。可愛い絵を描く方ですねぇ、い〜や、これは
名の有る方だと直感した私はヤフーで検索してみました。おお。やはり結構当たりました(^^;)。
ここの雰囲気になじめないんですかねぇ〜(-_-)。と、言う訳で初めまして、よろしくお願いしま
す。プリント基板屋(盤ではないです)のmuと申します。FR−Pのコトならまかせて下さい
(オオウソ(^o^))。/頭に描いたモノをそのまま描けたら、そりゃ〜凄いモノ描けそうですよ
ね。手で翻訳作業させると、トタンにへっちくなりますし、「イメージと何処が違うんだろ?」って
見直すと、もう解らなくなっちゃいます(-_-)。「俺は雄弁するぞ〜!」と意気込んで見たモノの、
出てくる言葉は陳腐なモノばかりって説明するといいでしょうか?つまりこれは「雄弁する為の訓練
が足りてない」ってコトで、自分が雄弁しているイメージだけ描けてもダ〜メ、ですよねぇ。
ふむ。ちっと練習してみますかね。いや、雄弁の練習じゃ無いですよ(^^;)。イメージ図と手の
翻訳作業を如何に一致させるかって練習はあんまりしないで、「だめだ、チェッ!」って諦めた
フシがあったなぁ、と今、反省してみました。まあ、所詮はコレも的はずれかも知れませんが。
ああ、まずはガンパレに決着着けないと何にも活動できなさそうっす(=_=)。では戻ります(^o^)。

ひさしぶり 投稿者:ながの〜ん  投稿日: 7月 5日(木)21時09分31秒

に、ページをちょっといじった。主にプロフィールに新キャラ、やつでさんと
しんやさんをやっと登録。やつでさんはここでよく見かけるでしょうがしんやさんは
今の所秘密兵器。

ところで逃げのためのツールですが、パソコンの普及によって今まで
絵なんかなぁ・・と言っていた人まで描いてみたりしてることには違いないので
基本的には大賛成。また、それによって新しい技術が生まれたりして
表現の幅が広がっているのでもっと大賛成。

しかしタブレットにしろペンにしろシャーペンにしろ結局手を使うんだよなぁ・・・
いつか思うままにえが出てくるツールなんかができて絵を描くことそのものが必要
無い時代が来ることは容易に想像できる。だけどそんな物が出てきても
結局はセンスだ。皆センスを磨け。

(無題) 投稿者:なすの人  投稿日: 7月 5日(木)12時49分56秒

 「教養としてのまんがアニメ」という本が講談社現代新書から出ました。ブリッコなどの編集を務めた大塚英志氏と、キャプテンの編集長であったササキバラ・ゴウ氏の共著です。
 こまいことは抜きにして、「なぜその時代にその作品はつくられ、それはだれにどう受け、どんな新規性をもっていかたを」簡潔に説明しており、インターネットにあふれる凡百の評論とは一線を画しています。
 マンガアニメを成長して行くメディアとして捉え、児童向けの拙く非現実的な絵物語から始まった作品表現が青年の思春期という複雑な感情を表現できるようになったアニメマンガ界の成長を見事に書いています。特に現場で長年実際に作家と向き合ってきた経験から、普通の評論ではまずでてこないが、今のマンガアニメに多大な影響を与えた人物についても触れてあり、こらホンマモンやと思わせられました。
 特に吾妻ひでおに関する分析は見事です。そのかわり、紙面が限られているために赤塚不二夫などの系譜はなくなっているのですが、この分析方法は現在までにほとんどないものですから今後のスタンダードになりうる可能性もあり、続刊が待たれます。
 とか書きましたが、まあアニメやマンガについて通史的に知っておきたい人は読むと良いよ。相手になにをすすめればいいかもわかるし。
 さて、ながのーんから「デジタルは逃げっぽい」という説がでましたが、まあそうですね。逃げです。
 しかし、人類は嫌なこと、面倒なことから逃れるために文明を発展させてきたのですから、逃げは悪いかということとは違いますね。ながのーんのかん系で何人かのマンガ家、あるいはマンガ家志望、同人作家さんにあいましたが、そこで学んだことがありました。
 あんまり知られてないことですが、ペン入れというのはかなり特殊で繊細な技能なんですね。しかも100念ぐらい前からほとんど変化しておらず、微妙な力の入れ方や扱いの難しさは他の道具に比べて段違いに難しいようです。同人マンガで鉛筆描きが多いのは、ペン入れが苦手だと考えてまず間違いありません。ペン技能はおそらくヨーロッパのペン画から始まったものですが、ペン画そのものはすたれていますし、津に転用や応用も効き難い、いってみれば昔ながらの酒作りとか伝統芸能の布染めみたいなものです。習得するのに長い時間がかかり、しかも利用範囲が狭いというアレな技能ですね。
 現代はマルチタレント、浅くてもいいから出来る限り多くの技能を持っていたほうが得な時代であるので、こうした職人的技能は身につけにくいと思われます。
 なんでマルチタレント時代なのかと言うと、全部機械なり店の商品なりが肩代わりしてくれるからです。我々はもはやかまどでコメを炊きませんし、自分で絵の具を作ることはありません。それらに関する技能は身につけなくてもいいのです。知っていたほうがより有利ではありますが、知らなくとも生活に支障がでることはありません。
 まあそんなこんなで、ペン入れはのちのちにはデジタルに主流を奪われる可能性はあります。なにしろペン入れはマンガの要素ではあっても、必須ではないわけですから。なので別に逃げだからと言って罪悪感をもつことはないですが、出来れば一度はペン入れをしてみてどれほど面倒で大変かを思い知るのがいいと思われます。
 とか偉そうに書きましたが、私とてワープロがなければ文章など一行も書けません。
 天才柳沢教授の冒険の一節。「もし過去にCDやレコードがあったなら、モーツァルトやベートーベンと言った音楽家はどんなにか人に評価され、収入を得たろう」
 あるいは我々はコンピュータという発明がなかったら、マンガも小説も諦めて田んぼを耕していたかもしれません。私はコンピューターを作り出した人間たちに感謝しますし、この時代に産まれてきたことを感謝します。かつては定めといわれ、どうにもならずに諦めなければならなかったことが、いまではなんとかなる。それは現代の社会や文明を肯定する十分な理由になると思います。なすさんは現代文明を支持します。ちゆちゃんのマネ。科学バンザーイ。

スタッフワーク 投稿者:ふるいけ  投稿日: 7月 5日(木)12時42分53秒

大人数で作業をするというのは、とてもたのしいです。
一人でやってたときは、たまに掲示板に感想がかかれる位で、地味ぃ〜に楽しいだけでした。
実際ネット上での意見交換がメインになってしまっていることもあり、必然的にあらゆる情報が集約されるのは『監督』という役をもらった私だけになります。
『監督』業の出来不出来は、3年たっても全然進んでいない制作状況を省みれば、自ずと窺い知れるわけですが、この位置にいる醍醐味は、「自分ではとうてい思いつかない発想。絶対描けないデザイン画、イラスト。まるで書けない小説。女の子に主題歌唄ってもらう!」等々、自分たちで作り上げた世界(かなりエピゴーネンな感じで(笑))が次から次へと世の中に出現してくるという部分ですね。
で、それらをとりまとめられず、右往左往している私は銃殺刑級なのですが、それはそれとして(←オイ!)、イメージしていたものが、本当に(地道でゆっくりであっても)姿を現していく様とはかくも嬉しいモノか!という感じです。
しかも、3年も無報酬でつきあってくださっているスタッフさんがいることを考えると、ちょっと(いや、かなり)身の引き締まる思いではあります(汗)。
一番楽しいのは、みんなで酒飲んでカラオケを朝まで唄うことです(笑&ダメ監督の象徴?)

ロボット 投稿者:猟司  投稿日: 7月 5日(木)11時22分47秒

 ロボット物というジャンルは、プロアマひっくるめて、作り手の「昔観た(主にアニメの)○○を自分で再現したい」が他と較べて割に多く、受け手も「○○みたい」が誉め言葉として通用するほどに、そういうエピゴーネン(模倣)を求めている場合が多いという、随分と特殊なジャンルなのですよね。マジンガーなり、ゲッターなり、ガンダムなり、レイズナーなり、ボトムズなり、エルガイムなり、エヴァンゲリオンなり。

 商業アニメのロボット物の場合、ロボットの扱いが玩具の販促と純粋に人間ドラマのダシのどちらに比重を置いているかで非常に変わってくるものですが、さて、アマチュアとなると、商業面での足枷がない分、寧ろ難しいですね。「作りたいものを作る」となるとまさに上記のようになりますから。

 ロボットで未来を語るのは意外と難儀ですね。

http://member.nifty.ne.jp/monkeys/


(無題) 投稿者:なすの人  投稿日: 7月 5日(木)04時21分49秒

 ちがいますよね?と聞かれても困りますが、そらまあ違うといえば違うし、似ているといえば似ているです。
 なにを書けばいいのかよーわからんですが、月姫がなぜ同人で展開されているのかということについてはやや興味がありますので、誰か知ってたら教えてください。あのクオリティでしかもないようはオリジナルであるなら商業作品としてなりたつわけですから、あえて同人での展開をした背景には何らかの思想があるはずです。私も出すなら同人だと思っているので、そのあたりには興味がある感じ。
 私の理由としては、商業エロゲーはソフ倫のしめつけが厳しすぎて規制が多く、娯楽作品として商売するには他のジャンルに押される一方だというのがあります。
 簡単に言えば商業エロゲは高すぎますし、自分のブランドに責任を取らずに売り逃げすることが可能なシステムになっており、ユーザーは困惑することが大いのです。
 無論これは商売として考えるとやむを得ないことですが、作品として売り、それをユーザーに直接送りこみたいという野望があるときには邪魔です。商業マンガのときにも書きましたが、商業ルートというのはある程度の数がはけないかぎりは邪魔でしかないのです。
 専門用語で採算分岐点といいますが、商業ルートに乗せる場合には1万以上の生産数が必須になってきますし、現状のエロゲーはとても1万も売れません。そうなると中間マージンが売上を超えるという悲惨なこともおこってきます。潰れます。だめじゃん。
 ですから作りこんだゲームを同人流通に乗せてマージンをなくし、安くても採算が取れるようにするという方法は正しいと思ってます。ゲームはどうしても多人数での集団作業になるので、ビジネスライクに考えなければ計画段階で頓挫します。
 我々の企画しているゲームは、おそらく多くの点で月姫に似ると思われます。そういう意味では我々の目指す方向は月姫と同じだと言えます。
 しかし、ゲームの内容、ストーリーはおそらくまったく異なるでしょう。両方ともオリジナルですし、オリジナルとして作られたものが似ると言うことは少ないですから。そういう意味では方向性は違います。
 エロゲーは、面白くてエロければなんでもいいはずです。それ以外にはなんの制約もルールもりません。しかしゲームは多数の要素が絡みますから、メインで企画した私が小説偽篭を持っている以上はビジュアルノベル、もしくかつてコマンド選択式アドベンチャーゲームと呼ばれた形式になる予定です。これが例えば絵描きから出てきた企画ならばバイパーやミストのような映像に主眼を置いたゲームになるでしょうし、反射神経ゲームが好きな人間の企画ならばシューテングやアクションになるでしょう。ハズルやクイズゲーム、RPGと、選択の幅はいろいろあるはずです。しかし我々、特に私にはそのようなゲームをつくるノウハウがないため、まずはゲームとして完成させるところからはじめて少しずつ新しいことをやっていく、ということになります。
 とまあやることはいくらでもあるのですが、才能と知識がついていかないので。出来ることからやっていく、ということになりますなあ。やれやれ。月姫が売れたと言うことは、うれるだけの素養はあるはずで、売れなかったら実力ということか。きびしいなあ。やれやれ。メンバー募集。

(無題) 投稿者:なすの人  投稿日: 7月 5日(木)04時00分26秒

ちなみにずっと考えていましたが、小説において巨大ロボット戦闘物としてある程度成功したのはベルゼルガ物語があります。他の小説はノベライズであり、本編のアニメに負けています。ベルゼルガは設定こそボトムズですが、ストーリーとキャラはオリジナルです。これをみても全てを一から作ることは恐ろしく難しいと思われますが、ベルセルガストーリーのロボットはAT、つまり4メートルしかないので、巨大ロボット物として成功しているかどうかは難しいところですね。
 もう一つあるのがエリアルですが、エリアルはじつはまったくなんのやくにもたってないし、そもそも敵が手加減してくれていると言う一種のアニメに対するアンチテーゼですから、この小説はギャグ小説だと考えるべきでしょう。この二つ以外に、アニメ本編のノベライズではないオリジナルの巨大ロボット戦闘物で成功しているものを教えていただけるとありがたいですが。戦闘妖精雪風はロボット物かなあ。つづく。というかだれか教えて。

(無題) 投稿者:なすの人  投稿日: 7月 5日(木)03時58分57秒

 ちっと話がややこしなったので他のことをかんがえてみませう。個人作業と多人数作業についてです。
 まあわたしもご多分に漏れず漫画あきらめ組なんですが、小説には小説のとりえがあり、それは他のメディアでは表現が難しいことなのだ、ということがだんだんわかってきました。
 さいきんマンガ家やアニメーター、モデラーの人と話をしていて分かってきたんですが、どのジャンルも単体でものすごいものを作るのは大変でです。そしてやはり皆自分たちの表現形式があんまり力がないのだと非力さを感じているようです。
 しかし、本来我々個人作家が比べるべき相手は他ジャンルの個人作家たちであり、アニメやゲームといった集団作業と個人作業を比べることは無意味に無力感を感じるだけだと思われます。
 特に巨大ロボットアニメはメカデザイナーという特有の作家を生み出すほどに大掛かりなジャンルで、およそ考えられる限りのすべての創作技能をフル動員してやっと完成にこぎつけることのできる巨大なプロジェクトです。士郎正宗氏や萩原一志氏の絵はたしかに超絶に上手いですが、それでももっとも低レベルなアニメよりも動きには乏しいわけです。集団で作られるものは、適切な監督者のモトで計画的に作られる限り、個人で作られるものをはるかに凌駕するパワーをもつわけです。その成果物と、個人でで作った物を比べるのはあんまり意味がないと思われます。奈良の大仏とロダンの考える人を比べて、考える人は小さいといっているようなものです。
 前回は書きませんでしたが、イメージ通りの巨大ロボット物を作るには、アニメ監督になるのがもっとも正しい道です。おそらく、我々が作りたい巨大ロボット物は、その原形がアニメでしょうから。もともとマンパワーが大量に投下された巨大な建造物を、個人で作ろうとするから途方にくれるのです。ですから、残酷に答えを言うならば、個人、あるいはリーダー不在の同人レベルでは、テレビアニメ以上のものを作ることはほぼ不可能です。ガイナックスのような極めてまれな例外はあるものの、20年の歴史をみても彼らほどのものを作った人間は100人といないでしょう。それがロボット物であればなおさらです。
 そもそもがないものねだりであり、個人のレベルをはるかに超えたものを作ろうとしているわけですから、なにをどう作っても満足するはずがありません。もし満足するとしたら、それはアニメ業界でアニメ監督になり、スポンサーから資金をもらって大勢のアニメータを指揮し、音楽や作画、アフレコを管理してアニメを作り出すこと以外に答えはあんまりないはずです。
 私とながのは組むことによってお互いに以前よりも視点が広い作品を作ることが出来るようになりましたが、それでも出来ないことは山のようにあります。それは当たり前のことで、たとえ何人で組んでも出来ないことはあるわけです。どうしても巨大ロボット物を高いクオリティで作りたいのであれば、個人ではほぼ不可能なのだという現実を理解してからはじめるべきでしょう。
 少なくとも現在までに、マンガや小説といった個人作業でアニメを超える巨大ロボット戦闘物が作られたことはありません。しかし、アニメでは表現が難しいだろうな、というマンガ小説作品はいくらでもあるわけで、もともと個人と集団ではこなすべき仕事が違うということなのかもしれません。
 我々は本来個人では困難なことに挑もうとしていると思われますから、生半可な覚悟では完成すらおぼつかないでしょうし、逆にこれがある程度の完成度で作り上げられるのであれば、他の個人創作作品はもっと簡単に作り出せるはずです。
 練習としてもっとも難しいものに挑む。なかなかに面白い作業だと思います。プロの作家ですらなかなか成功しないテーマに挑み、うちのめされるもよし。やりとげてプロになるもよし。
 

(無題) 投稿者:代理編集かな  投稿日: 7月 5日(木)03時50分36秒

 真夜中何気に目が覚めてこのまま寝るのも癪なので少し書き込み。

 声優の件は単なるオバハンの井戸端会議レベル。
ああいった大御所でもイジメとかするのかねぇと思ったり思わなかったり。
まあ、某猫型ロボットの人もやったという話も聞きますし何せ昔ながらの上下関係の厳しい所ですからそういうことも何気にあるのかと思ったり。

 営業と創作がごっちゃになってましたか、確かに言われてみれば。
同人で宣伝活動というのはかなり難しいですからねェ…。
島中から壁際への道で宣伝活動は大きなファクターの一つ、これも商業誌のようにシステム化される日が来るのか?

【追伸】
 今更ながら。
なす氏の(エロゲー製作で)目指す方向性ってこれとは違いますよね?
http://www.typemoon.com/
何気にシナリオが凄いと評判らしいのですが、「ポートピア」のようなアドベンチャーとは違うわな、「東鳩」系?

(無題) 投稿者:なすの人  投稿日: 7月 5日(木)03時15分01秒

 なるほど。
 文章はたしかにビジュアル的なインパクトは弱いのですが、そもそも人間の目に見えるものは至極が限られているわけです。近年になってやっと地球の全景とかミクロの世界を映像化することに成功しましたが、いまだに群集心理や戦争の駆け引き、あるいはその場の雰囲気などを映像化することは難しいわけです。時には文章のほうがまだまだ説得力や真実味をもつジャンルも多いわけですから、巨大ロボット物といえども方法はあるはずです。
 心理描写は小説が最も得意とする表現ですが、巨大ロボットに限らず圧倒的なものに対する畏怖を書くことはできるはずです。たとえばクトゥルフ神話は、もっとも成功しているのは小説のジャンルでしょう。サイコホラーなどのジャンルも小説が得意です。
 もう一ついうならば、そしてこれこそが答えにもっとも近いはずですが、ハードSFは現在においても小説メディアでなければ本領を発揮できません。
 これらに共通することは、ルールの明示化です。人間は社会に存在する限り必ずルールを求めます。ルールによって逝き、ルールを学ぼうとするはず。つまり、小説は適切に作られたのであれば、ルールを明らかにしていく推理という楽しみを読者に与えられるはずです。これこそが推理小説というジャンルが小説界において大きな勢力を締めている理由でありましょう。そしてSFもまた架空のルールを論理的に展開して新しい視点を作り出す行為ですし、ホラーもまたその恐怖がどうして自分に害を与えてくるのかを解き明かす瞬間があるはずです。
 謎、そして謎を解き明かすことが十分に娯楽となりうるとするなら、巨大ロボット物にもその方法を取り入れるべきでしょう。ストーリーが存在するなら、謎もまた存在しうるはずです。
 では謎とはなにか。これまた難しいことですが、常識で考えたらできっこないのに、それを成し遂げているということだと仮定してみましょう。地様式、あるいは今までの経験では不可能なことが成立しているとき、それはなぜか。我々はルールを明示化したいという欲求があるがゆえに。
 この謎に対応する答えは、現実的でなくてもよいのです。ただ、心情的に納得できるものである必要はあるわけですが。つづく。
 
 

己が分限 投稿者:雨野村雲  投稿日: 7月 5日(木)02時25分49秒

 色々とあって頭がウニッています。
 助けて阿弥陀丸〜っ! ドオオオォォォーーーン(つのだじろう)

 小説においては設定が物語のバックボーンであるべきなので、設定を前面に出したら単なる設定披露になってしまうのでしょう。
 自分の考えた設定とかは披露したくなる。
 あらゆる矛盾も設定のせいにしたくなる。
 設定の披露や、設定による矛盾解消もさらりとセンス良くやらないとダメなようですね。そこあたりが精進のしどころかと。うーし。

 俺の思い描く「畏怖の対象としての巨大ロボット物」を成り立たせるには、ビジュアルによる説得力が必要不可欠だと思っていたので、文章でそれを表現する事を考えてはいなかったのです。
 だからロボットものを企画・制作する時には前述の巨大感・存在感を重視させたい…と考えていたのです。
 ですが今の俺は何の立場も力も無い趣味の物書き(涙)
 でも、なすさんの話を聞いて(読んで)、文章で「巨大ロボット」を魅力的に見せると言う作業にも、少し挑んでみたい気になってしまっています…ああ、単純野郎(汗笑)

 王道の題材で、王道話。しかしとにかく面白く、燃えるものを書く。
 …色々な意味で二次創作向きな姿勢だなぁ…

(無題) 投稿者:なすの人  投稿日: 7月 5日(木)00時33分06秒

 商売と創作を混ぜて考えると矛盾するよ。もともとまったく違う仕事混ざっているだけで、けっして融合したり統一ルールで動いたりはしてないのです。
 だから作家の視点で考えると編集は傲慢で作品をバカにしていると思うし、商人から見ると売れもせんくせに金だけ要求しやがると思うわけです。
 私は幸いにして商人と作家と両方に知り合いがいるので、なんとなく理解はしているつもり。クリエイティブとビジネスはまったく異なるですよ。同人ではどんなに売れても10万部や20万部を売ることは難しいですが、商業では100万部も珍しくないわけで、そこにはビジネスの力、商品をコスト計算して売るという技術が必要になってくるわけですね。
 マンガはいまでこそ隆盛を誇っていますが、かぶきとか日本画、習字のように高い技術を把持したままに衰退していった先達と同じように、いつかはすたれていくメディアかもしれません。趣味でいい、あくまでプロとしてはやらない、という人が増えるのはそれはれそで裾のや可能性が広がって良いんですが、一部の人はプロとして世界に誇れる人物になっていただきたい気はしますね。
 まあ、正直いいましてプロ野球選手と同じぐらいにはきつくて厳しい業界です。誰にでもできるものではありません。才能がないと思ったら諦めるのも正しい選択だと思います。わたしなんかは諦められない場所にいるので、やらにゃーしょーがないわけですがね。つらいよ。
 声優のゴシップには興味がないのでなんともいえませんが、人間なんだからいじめもケンカもありましょう。さらに個人的な人間関係につきましては我々では確かめるすべもそれをどうにかすることもできないので、なんの意図があって書いたのかを書いていただけると幸いです。ていうか小西ってダレ?
 あとはやっぱガンダムって面白いよな。あー才能がないのはいやだいやだ。ドリキしよう。おわり。
 

追イ詰メラレテ崩壊ヘノ道ヲ 投稿者:代理編集カナ  投稿日: 7月 4日(水)23時03分20秒

 相原コージの「何がオモロイの?」を改めて読みました。
以前読んだ時思わなかったが結局これも「サルまん」と同じ楽屋オチですな。
読者の感想に一喜一憂するのは別にあの漫画だけじゃなく全ての商業漫画がそうなんだし。
しかし、ギャグ漫画だからこそ尚更そうなんだろうが、最初の方でどんどん追い詰められていくのを見ているとホンマプロの漫画家というのは難儀な商売だなと。
ギャグドランカーになってヤクやって潰れていく人が多いとよく聞くがこれ見るとそうなっても不思議でないなと。

 プロ以上の技量の持主が、同人止まりで商業に進出しないのはこういう理由があるのかもしれないとふと思ったり。
読者はともかく、編集のプレッシャーも無関係。
締切やパクリの制限も比較的緩やか。
数ヶ月も待たされたり値引きされる事無く即収入になる。
本業をしっかりやっとけば、カードも作れるしローンも組めるし年金生活も出来る。
上手くすれば脱●も<やってはいけません、犯罪行為

まあ、もちろん実力が無い事にははじまらないのだが。

【追伸】
・丹下桜や小西寛子が先輩(神●明・千■繁)に虐められて声優を辞めたと言うのは本当なのだろうか?
某鯛焼き食い逃げゲームCDドラマもゲーム版と声優が違っているし(小西寛子の役が)

・電撃大王で某ドリルでるんるん漫画の表紙が作者の手元に帰ってきてないらしい。
編集部で厳重に保管されていると。
そういえば、ゲーム大賞でも原稿は返却されないというし。
(他の出版社では返却希望の人にはちゃんと返すのに)
結構いい加減なのか?それってなんか違うと思うのだが…。
原稿は作者の所有物ではないのか???

名作 投稿者:ながの〜ん  投稿日: 7月 4日(水)22時06分56秒

うわあガンダムおもしれー!おもしれー!おもしれー!・・・
ととばしとばし25話まで一気に見てしまった
なんて面白いんだ、久しぶりに見たから「もうそろそろ面白いとは素直に思わないかな?」
とか思ってましたが・・・面白いんだこれが。

富野監督語録集「ガンダムの現場から」を読んでから見るとこりゃまたとっても面白い
だらだらした部分は確かにあるがこれもともと40話以上続くんだもんな
いやー面白いよガンダム、僕は血の一滴までガンダムだと発言してて良かったよ
だっておもしれーんだもんなぁ・・・

えーとデジタル原稿は何となくなんですが、紙とペンで描けないから逃げる為のツールに思える
おいらはとりあえずトーン張る技術がないのでデジタルに逃げました
デジタルが悪いとは言わないがとにかく色塗ったりその他諸々デジタルのおかげで
かなり一般化したと思う。しかし、しかしだね、基本的な部分は結局手を使うんだよな
でも結局はセンスなんだよな。新刊の攻殻機動隊を見た。結局はセンスだ。
センスが良ければフォーマットなんか関係ない。センスがない人はフォーマットをまもる
僕はセンスがないのでフォーマットをまもる。皆は思うようにやってくれ

編集が苦労するだけで作家はそんなこと考えるべきではないのかもな
そんなこと学ぶ暇があったら作品作れ。作れないなら学べ。と言うかまなんどけ。あとで役立つ
おいらは学ぶ。ガンダムと同じくらい血の一滴までマンガ描きたい人なので。

もっと絵がうまかったらこんな苦労しないんのカモ、カモ
ガンダムサイコー、サイコーガンダム、っは!だからでかいのか!

い〜え。 投稿者:mu  投稿日: 7月 4日(水)20時49分31秒

ガンパレの件は別に注意したとかではありませんよ〜。私がまだ進んで無いので話ができなくて
すみません、と書きました(^^;)。昨日、やっと少し解ったので、今日から3回目始めます。
3周目じゃなくて2周目の2回目ってトコが口惜しい(>_<)。夏コミではオープンに会話できる
様に頑張りますー。/ん〜で、結局〆切と送り先とデータ入稿の可否が不明ですが。直前(^o^)?
ではでは。戻ります〜。戻り先はすでにGPMがデフォでーす。む?FF]?どうしよ(=_=)。

(無題) 投稿者:なすの人  投稿日: 7月 4日(水)18時28分04秒

「スクライド」が新番組でやってたので見た。
 まあこういう書き方はアレだが、分析好きなので簡便してもらいたい。
 魔界都市新宿+ジョジョ+アームス、というところか。設定だけ言ってしまうと身も蓋もないが、謎の現象によって切り離された日本のどっかで、超能力者たちがいろいろと仕事したりしなかったり。政府側の超能力者といろいろしたりしなかったり。ロボットはあんまり出てこない。
 菊地秀行センス多し。ただし、キャラとか台詞回しはクールですかした系で、どっちかというと女子の人向け。ライバルらしい人が緑川だし。チャイルドプラネットとかにも似ている。
 どうも昔から思っているのだが、クランプとかそうなんただけど女子の人が好きな戦闘って立ちポーズだよな。フッフッフッとかいいつつビシイ、ドカアでなにい!おれの技がきかねえ!?というやつ。最遊記とかな。いや、いいんだけど。どうもこのへんに埋め難いセンスの違いがあるような気がするなあ。
 あ、スクライドってチャンピオンでやってるやつか。全然わかんなかった。次回は見ません。

(無題) 投稿者:なすの人  投稿日: 7月 4日(水)12時32分06秒

 たしかに巨人信仰、というかもっと単純にデカイロボットを見上げる畏怖感というものは最近軽視されているきらいはあります。奈良の大仏や自由の女神をロボットにするという発想はたまに見かけますし、実際に大仏を見るとでけえー、と思いますから、この巨大感をだせれば作品としてあたるとは私も思ってます。
 私の私見ですが、最近科学設定がきっちりやってある科学的ロボットがやたらおおいのは、設定はもともと文章で書かれるからだと思います。ただ、例えば作文や論文が小説ではないのと同じく、設定文章もそのままでは小説にはならんのです。
 この文体、つまり設定文章にもっとも近い小説形態はおそらく歴史小説だとおもいますが、歴史小説は膨大な歴史の事実のバックポーンがあるからなりたつわけで、自分で作ったオレ設定を歴史小説の文体で延々と語ってもついてきてくれる読者は少ないはずです。
 銀河英雄伝説が歴史文体だといわれてますが、良く読むと銀河英雄伝説には仮定や推定がまったく入っていません。読んでいる文章はどの行もその世界での今を書いているのです。
 この手法は、簡単に言えばヤンやラインハルトがいつ死ぬかを悟らせないための手法です。
 小説においては、文中に先のストーリーをすべて知っている存在をなるべくださないというのがあります。事実が確定した過去についてはよいのですが、未来について知っている存在は読者に非現実感を感じさせます。
 ちよっと難しい話ですが、我々はあらかじめ決められた運命というのをあまり好まないという思想教育の下で生まれ育っています。そうでない国もあるのでこれが人類普遍の性質なのかは断言できませんが。
 運命が決められていない、つまり未来誰にも予測不可能だと仮定すると、完全にはわからないまでも出来る限りの未来予測をしたくなるのが人情ですね。で、我々はこの未来予知能力を鍛えるのが生きる目的のひとつなわけです。
 たとえば子供の時から学校で勉強をするのは未来予知能力和磨くためでもありますし、社会に出てからも未来予測の技術は大切です。明日が雨なのかどうかから始まってあずき相場や為替レート、コンピュータ技術の動向、給料と出世と、およそあらゆる洗濯には未来予測がからんでくるわけです。
 これを占いや宣託で決めるもよし、科学によって分析するもよし、テキトーに気分で決めるもよしですが、とにかく、誰かが完全に答えを知っていて、そのルールの枠組のなかで躍らされるのは不快なことです。もちろんこれを楽しいと思わせるのが小説家の役目なんですが。
 オレルールは作家が独自に作ったいってみれば読者にはなんの関係もないルールです。それを押しつけたり、ストーリーを進めずに延々と設定を説明したり、ましてやさほど優れた設定でもないのに自慢げに語られたりでは読者としてはウンザリですね。
 作者は読者を巧みに騙さなければなりません。映像ならばある程度騙し方は楽になります。しかし文章で読者を騙すには、読者よりも相当上に知識と、思想がなければなりません。その作者が天才であるならば同世代や自分より年齢が上の人を騙しうるかもしれませんが、凡才である作家はただ努力して知識と技術を身につける以外にないのです。つーかムリに努力はしなくてもいいけど。好きならやるわな。
 しかしそう考えると、小説において巨大ロボット感を出した物語と言うのは寡黙にしてしらないなあ。一番作りやすくて効果もばっちりなのが映画だというのは異論ないと思うけど、小説っていってみれば映画の対極だからなあ。映画スケールはテレビで見ちゃいかんよ。映画とテレビもまたまったく違うメディアであるので。
 ちなみに雨野村雲氏は文章でやるんですか?ちっとそのへん考えてみませんか?
 わたしはガンダムやりますが、戦闘シーンは巨大さよりもかけひきや臨場感を出すことにするつもりです。オメガオーはなんとかして小説以外でやってみたいんですが。さーてと。
 

(無題) 投稿者:なすの人  投稿日: 7月 4日(水)11時50分37秒

>アマチュアアニメ作家の表現力も,これでプロ並みに向上するかもしれない。
ってあんた……絵の素人に色鉛筆もたせようがヘタはヘタやん。と商売もんに文句をいってみるリトル愚かなわし。レタスプロはいじってみましたが、業務用だけあって絵を大量にスキャンするときとかそれらの絵を修正するのがめんどっちい時とかにつかうツールで、あくまでもアニメをデジタル処理するのがメインです。
 ハイカラー以上で線画をとりこむとどうしてもアンチエイリアスの問題で背景とのジャギが発生し、それを直すのがヘドをはくほど大変なのです。2値で取りこむと線がガタガタになるしねえ。そのあたりをなおすツールだったような気がしなくもないが、私は絵描きでないので責任とらん。
 マンガツールはベクターシェイプとか多用したらどのマンガもにたよーな線になる気もしなくもないですが、600dpiでトーンもモアレないというのはちょっといいな。レイヤーとかはないみたいだけど。白黒ならいらん可能性もないことも、、うーん。やっぱレイヤーというのがマンガ家がフォトショップを使う最大の理由なのでどうなるか。ペインター・フォトショップ・イラストレーターとの併用にもちこめれば勝、という気はする。
 昨今はマンガをロットリング系で書く人も増えているし、主線をどうやって引くかについては決定項がないのでみなさん思考錯誤であるなあ。競争社会なんだから当たり前なんだけど。新たな技術が次々と開発されては実際に作品に投入される状況の中で、初心者にわかりやすく物を教えるというのはなかなかに難しいことであろうよ。
 こうしたマンガを書くための技術が増えると、作品を書くことよりも技術を試すことにかまけてしまいがちだと思います。今や上手い絵やすごいCGというものがあふれていますからデビューすめたには上手い絵をかかねばならない、と思ってしまいがちですが、あくまでマンガと絵は別物ですんで。
 みずしな孝之氏や唐沢なをき氏みたいにロットリング系なんだけど量産するというのも一つの主流ですしね。
 これだけ表現方法が広がると、自分はなにで勝負するつもりなのかを把握しないとふらふらと腰がさだまらないということにもなりかねません。マンガ家は作品を世に出してなんぼですから、しょせん道具は道具なんだ、ぐらいで考えたほうがいいかも。かも。
 ちなみに小説はらくっちゃあ楽なんですが、少なくともワードはあんまり小説書くのに向いてないと思います。一太郎もむいてないといえば向いてない気はするが。というより小説書くのにベンリなワープロってでてないよな。ワードの辞書機能はベンリですけどね。私の場合はいらん機能がついて動作が重くなるぐらいなら1メガぐらいの文書が3つ4つ読みこめてなおかつ動作が軽いだけ、という程度のほうが書きやすい。画面スクロールでストレスを感じるといやなので。と言うわけでVZとかを使ってます。しかもバージョンは古い。なぜか噂の真相に宣伝しているのが疑問だが。ワードパッドやメモ帖はつかえない。縦書きの問題とかは無視。縦書きと横書きでは読むテンポがかなり違うんですが、まあさほど気にしなくてもいいかなと。
 人間の目は上下移動は素早いんですが、左右にはあんまり動かないんです。左右の視野角は首を動かすことによって確保しているんですね。文章は上下左右を同時に使うのでどうのこうのというのがあるにはありますが、まあそこまで考えてもキリないので。なんとなくおわり。

デジタルマンガツール 投稿者:猟司  投稿日: 7月 4日(水)09時18分56秒

>>こんなの見つけました
>>なんかよさげです。

http://www.zdnet.co.jp/news/0107/03/celsy.html

 こちらにメーカーのコメントが載っています。

http://member.nifty.ne.jp/monkeys/


自分の頭の回りにかなりの不安を感じる今日この頃 投稿者:雨野村雲  投稿日: 7月 4日(水)05時38分19秒

 しかし…足の早い掲示板ですね…(汗)

 今現在、どんどん非日常が日常化してくる中で、大多数の人が「ああ、これは日常だ」と感じる表現をきちんと描けるかどうかは重用なポイントなのでしょう。
 ましてや、非日常を日常に置きかえる技術となると…これは難しいどころでは(汗) でも結局の所は、それぞれの理論と方法で模索・研究するしかないのでしょう。

 俺は前述の論を推し進めた方法…つまり「畏怖の対象」としてのロボットを作る方向で動きたいと思っています。ぶっちゃけて言うと正義のスーパーロボット作品を作る人の一人になるのが、夢の一つなもので。模索中ですが。この年で。うぅ(涙)

 畏怖の対象としてでなくても…つまり正義では無いリアルロボでも、自分の上を飛来した時の高揚感とか、立っているのを見上げた時の感動とかって、みなさんあると思います。俺的にはそこらへんが結構キモかと。
 自分がここにいる、と信じさせてくれる日常の感覚。
 巨大ロボが飛んでくる、と感じさせてくれる非日常な感覚。
 どっちも欠けると台無しなので。

 少々のよすがになれば感無量。では。

当分書かない気だったが 投稿者:ながの〜ん  投稿日: 7月 4日(水)01時16分21秒

ベクトルデータ化!これはとても良い物ですね。ベクトルデーターが何かは
皆様ご自分でお調べ下さい。MSフォントとかに使われてます

夏コミ前の・・・発売ツール 投稿者:やつで  投稿日: 7月 4日(水)01時07分34秒

http://www.comicstudio.net/index.html

こんなの見つけました
なんかよさげです。
ペン(Gペンとか)の選択も出来るらしいです
ハイテック調のはあるんですかね?(笑)

一番不安なのがスキャンからの作業。
ネームからでじたるにしなくていいじゃんー
色々不安要素はありますがひょっとしたらひょっとするかも??

(無題) 投稿者:なすの人  投稿日: 7月 4日(水)00時36分00秒

 怒っているというわけではなくて、プロになりたい人は気をつけようということでせう。
 あと、私自身がものすごくイイカゲンな編集方針なのでバンバンサイズとか変更します。
 いいじゃん同人だしい。といろんなこと台無しイズム。野球とか将棋もそうですが、プロになる人と楽しむ人とでは心構えが違うということでせう。それに、その心構えは本来指摘されるべきものではないはずで、たとえば私に向かってながのーんは原稿のサイズをきちんとやれ、とは言わんわけです。ただ、誤字や脱字、シナリオの破綻については言うわけです。みなまで言うなという気はしますが、私は小説家になりたい、と公言したから注意されるわけですね。
 さて、ロボットについてですが、書くことそのものはいくらでもあるものの、議論として面白いことにならない限りはだらだらと続けることでもないだろうと思いますので、私からはもう書きません。
 アニメ解説雑誌というのがここんとこ何冊か出ているのですが、その中の一冊グレートメカニックの今月号に映像表現におけるロボット論がのってましたので、そーゆーのも参考にしつつみなさんヨイロボット物を創造してください。私もやりますユエ。
 ということで話題はもっとマニアックになってガンダムエース。ガンダムマンガとしては素直に言って面白いです。あとは……ナシ。面白いマンガに評論をつけるのはプロの仕事。誉めるもけなすもみんな疲れるし大変なことなので、私はまあガンダム世界に可能性をあたえるものとしてふつーに読みます。Gの影忍とか逆襲のギガンティスみたいなもので。
 そういえば子の間「真の芸術は思考を転換させるものである」というよーなことを書きましたが、まあ芸術という言葉がそもそもやや胡散臭いのですかしたセリフっぽいので言いなおします。
 読んでいる最中、そして終わってからも、頭がぐるぐるするものはいい作品だ。しかし毎日頭がぐるぐるしていると大変なので、たまには癒しとか日常とかもいい。という感じかな。
 私は刺激的なものが好きで例えばタバスコを1本かけたり劇辛ラーメン食いまくったりという食思考を持っているのですが、どうも作品に対しても刺激的なものを求めるようで、できればSF的な視野の広い作品を多くみたいものなのであります。
 せっかくSF的なんでもあり世界なのに日常の恋愛とか人間ドラマを延々とやったりとか、逆に日常の本来ありふれた設定を誇張してファンタジーにしたり、というのはあんまり好かんです。まあ要するに恋愛シュミュレーションとかですが。普通のヒロインだらけにするのはやめい。ロボットとか宇宙人とも恋愛させい。ここに関してはあくまで私の趣味の話でつが。
 さて、そんなこんなで次にどんなことを書くかは決まってません。誰かがテーマを出してくる(つまり私に挑戦しに来るおよび練習試合をしにくる)ならばうけて立ちますが。たとえばロボット論にしても動力とか装甲とかの設定の仕方とかリアルさの出し方とかをやってもいいんですが、それは議論とか会話ではなくて技術論ですからね。そうした技術論は実際に作品を作ってからやるべきだという信念もありますし、せっかく作ったからには使うので今からネタバレしたら読者もつまらんだろうというのもあります。
  他のロボット作品のそうしたテクニックを分析するというのもありますが、これは今やかなりブームになっており、インターネットや雑誌でもかなりみるようになったのであんまりやりたくない。表層的な分析はそこいらにあふれかえっているし、本質的な分析はネタに直結するのでここでやるには荷が重いということですね。私はケチ。めしのタネだしねえ。
 まあそれでもやっぱり気が向いたらやるし、それは推論や構成が正しいかどうかを判断する作業ですので、モトはとってます。
 ガンパレについては、muさんにも叱られましたがなにか喋るとネタバレになるという作りで、ここで語り始めるとやってない人を置いてけぼりにするような気がするのでこれも保留。こっちから話題を振るときは広がる話題にしたい。インターネットでの話題と言うのは難しいね。いじょ。

おこらりた(-_-) 投稿者:mu  投稿日: 7月 3日(火)21時04分11秒

昨日ながの〜んに怒られたmuです。いや、前回のコピー誌で、私のトコ縮小されてたもんで、
てっきりそうなのかと(^^;)。/で、下のかなさんの書き込みだと、「データ入稿はしてくれるな」
って意味と同義だと思うんですが。ダイジョウブ?では、昨日決戦存在になったので戻ります(^o^)。

外から緊急書込 投稿者:かな  投稿日: 7月 3日(火)16時23分01秒

お外から失礼します、神無月です
いや、ふるいけさん、やらなくていいです
以前送ってくれた奴そのままでお願いします
600dpiじゃ俺のマシンが吹っ飛びます、だから300dpiなんです。
以前送ってくれた奴一つだけ読めました〔ロボット&女性〕、あのサイズで十分OKです

基本(汗) 投稿者:ふるいけ  投稿日: 7月 3日(火)12時31分43秒

原稿の体裁の基本!?
そういうものがあってしかるべきだということは自明、という上で…
あ、いや、全然知りませんでした(汗)
で、私の場合、600dpiのB5サイズに設定してタブレット描き描きすれば
いいということで、よろしいですよね。トホホ。(今晩HPULします!)

いべんと参加よていです 投稿者:masuo  投稿日: 7月 3日(火)04時26分49秒

SUMMER DREAM〜冬の奇跡2〜一応参加予定ですよん
京田辺同人連合ってサークルで参加予定っす

酒飲み過ぎで頭痛いので、用件だけでさらばっす
ううっ、(ぽてっっとたおれるMASUO)

http://www1.kcn.ne.jp/~uzyu/


私信 投稿者:やつで  投稿日: 7月 2日(月)23時46分26秒

MASUOさんにお聞きしますが、
8月26日の京都AIR中心即売会でます?(笑)
僕もチョットだけ出ること考えたんですが、参加締め切りがあさってという状況で
かなり腰がひけてりっ☆(だれだっけこいつ)

つうか夏コミの二週間あとじゃん(笑)
どーですか?MASUおさんっ!!

うう? 投稿者:やつで  投稿日: 7月 2日(月)23時40分33秒

 なにやら困惑してきました。
人によって情報がまるで違う(笑)
とりあえずわたしはながの〜んさんのやりかたに・・・
○原稿用紙の大きさに関しては了解です。
B5の原稿用紙のおおきさそのままですね。
A4サイズの原稿用紙はスキャナに入らないので縮小無しのB5原稿用紙を使ってます。
○解像度について
ながのさんは600がいい、かなさんは300が・・・といっておられますが、
 えー、白黒原稿のトーンの仕方は二通りありまして
ほんとのトーンのような効果を出そうと思ったら600dpiが適当です。
でもぼくはトーンの勉強をあまりせずしてCGデジタルの世界に入ったので、
エアブラシなどを使う350dpi用のトーンワークで原稿を作成しています。
600dpi用の原稿にも憧れますが、当分は350dpi原稿でいきたいと思います。
○締め切り
かな〜んさんのおっしゃっていた締め切りがかなりはやい(笑)
えっと、これは印刷所さんに頼むときの締め切りですよね?
コピー誌になったということはかなりのびるという事ですよね?
夏コミ締め切り一日前とか(笑)
そこまではいかなくとも7月いっぱいくらいにのびれば嬉しいですね
自分のサークル原稿は出し終わってるはずですし、専念できます。

とりあえず聞いておきたいことはこれだけ?
できれば編集もお手伝いしますよ。
夏コミのあいだなら^^

では、やつででしたー これからげんこーー

http://www.ryukoku.seikyou.ne.jp/home/c980046/


(無題) 投稿者:なすの人  投稿日: 7月 2日(月)23時05分59秒

 なんだか途中で投げるな。まあ気分はわからんでもないこともないこともないこともことない。
 人に表現を見てもらい、評価されるということと、表現してそれを人に見てもらいたいと思うことは全然別のことです。
 どれぐらい違うかといえは、んーと、、、空が飛びたいと思っていて、空想の中で自由に空を飛ぶ夢を見るのと、実際に飛行機に乗って飛ぶぐらいは違うな。
 まあ、最初は夢がないかもしらんが、飛行機は飛行機で見てくれとかコストとか落ちたら死ぬとかそーゆーのを考慮してもチャンと飛んでるし、それなりに楽しいわけです。
 表現のルールも最初はかったるくてだるくてめんどくさくて誰かがやってくたれるだろうと思うもなのですが、まあやっぱり自分でルールを覚えて守ったほうがいろいろと得するですよ。
 例えばマンガだったらそれを掲載して原稿料を出すかどうかは編集側が決めることなので、本来は作家の仕事であるサイズを合わせるとか立ち切りとかの仕事がきちんとしてあれば受けはいいですわな。
 のちのち独立したときにも便利。掃除洗濯はひととおり出来たほうが得、と同じようなことですね。もちっと芸術的な話で言えば、立ちきりや原稿のサイズという、基本ルールを理解してない人が新しくてスゴイ表現を作り出せるとはとうてい思えません。逆にそれを熟知していれば、絵が超絶に上手くなくともデビューできるわけです。
 商業クオリティをもとめるのは同人において間違っているかどうか、ということについては、少なくとも最低限のルールが商業に準拠している作品を作るようにすれば、活躍の場は広がりますわよね。
 ちなみにヨ兄ゼミ(仮名)では貴重な授業のコマを割いて延々と「〆切は守る。原稿ルールは知っておく」ということをやっているそうで、学校と言うのは大変だなあと思った。どこかで誰かが尻拭いをさせられていると想像すると大人って大変だよなー。というわけでたまにはながのーんの代わりに叱って見ました。編集だるーい。

君は生き残れるか? 投稿者:ながの〜ん  投稿日: 7月 2日(月)21時56分27秒

ビールの残骸は2リットル缶が4個に500缶が12本・・・・え?

確か・・・7人で・・・二人は早々に撃滅してたから・・・5人で?
で、なすはあんまり飲まない

ところでそろそろ本気を出して原稿を描くことにしたよ、
なんだかそれ以上にデカイ事件も起こったのでもうなんかあって感じですから
今のうちに追い込んでいく気だ。

ところで原稿のサイズは今更ながらになんだか心配になったのでいっときます。
同人原稿というのは原寸が基本なんですね、で、A4の紙にB5のサイズで描くのが
基本中の基本。で、私が言ってるのは当然同人原稿サイズの話だ
ちゅうか基本的にみんな人に見て貰うと言うことを忘れてないか?
君の青春はは輝いているか?本当の自分を隠していないか?ってまぁメタルダーじゃねぇ

まぁ忘れてないと仮定する。では人に見て貰うためにはその前にどうしなければならんか?
そりゃまず印刷したりとか言うフォーマットにそらにゃぁならん、何コピー誌?
コピー誌って・・・30部くらい?あんた達日本に何人人間がいるとおもってんの?
コミケに何人のオタクが来るかわかってんの?虎の穴の客は一日に何人来店すんの?
あんた達はいったい何人に見て貰えば満足するの?おりゃヤダヨ、いっぱい見て貰いたいよ
最初はコピー誌でもいいです、でも最初からこぴーしか作らないと思ってやる気はない
まぁあれだ、だから印刷のフォーマットにそらなきゃならない。
フォトショップで解像度をいじる?そりゃアリですね、はいオッケー
でも自分だけが満足するならね、それでもいいんですが一人でも人が見ると言うことを
考えたときにそれはルールが・・・・

なんか一人で熱く語ってる気がしてきた。いや掲示板なんだからそうなんだけど。

まぁでもこの話はずーっとこのところしてる気がしてきた
今更やる気もなくなった、過去ログ見てください。もうなんか俺は馬鹿だと気が付いた
俺は商業並みのクォリティーを求めているみたいだ、やめた、もういい

え? 投稿者:mu  投稿日: 7月 2日(月)20時53分26秒

ながの〜んさんのサイズはB5+縦横6mmですね。マンガ原稿サイズなんすか?同人って、A4で
原稿描いて縮小するモノだと思ってましたが。まあ、デジタルなんで、フォト屋の解像度をいじる
だけで終わりますが(^^;)。HPにUPしたモノは、枠を完全に落としてUPしてます。しかし、
リレーが終わるかど〜かも、なんか〆切考えると危ない気がしますねぇ。コミケ前日当たりにコピー
するはめになりそう(^^;)?/ん〜と。私も2日目は完全に二日酔い状態でしたねー。コップで
飲んだもんだから、どれだけ飲んだか不明ですが。空き缶の数はハンパじゃなかった気がします。
後、普通初対面の人に囲まれるとえらく疲れるはずですので、寺田さんと猟司さんの疲れ方は
ハンパじゃないと推察できますが(^^;)。ああ、雨野様、うちわの話ばかりですみませぬ(-_-)。
他の方もすみませぬ(=_=)。そこ行くとなすさんのコメントは流石っす。では。ガンパレへ〜。

倒れた理由×2 投稿者:猟司  投稿日: 7月 2日(月)11時24分54秒

>>猟司氏、へべれけで泥酔現在ぶっ倒れ中

 1、親の遺伝で近年寝上戸になりつつある

 2、そういえば金曜徹夜していた

http://member.nifty.ne.jp/monkeys/


(無題) 投稿者:なす  投稿日: 7月 2日(月)10時32分17秒

拙者、ロボット戦闘物をつくろうというのに、ロボットの面からのみ語っていたので萎え。
ロボットは、サトゥルヌスの昔から父権、巨人のカリカチュアの面もあり、また人間は巨大で論理で壮大な存在に畏敬の念をもつという心理をもっています。
 まあようするに雨野村雲氏に先に書かれちゃったのでいいわけしとくですよ。ぼ、ぼくだってそーゆーこと考えてなかったんじゃないんだ。本当だ。忘れてただけなんだ!書いてないことはないと同じ。
 ロボットの本質の一つである巨人論は、またそれにふさわしい話題のときにするとして、戦闘ロボット物といて話をすすめましょう。ロボット、と戦闘、という非日常的なキャラクターに非日常的な世界背景を扱う戦闘ロボット物を面白くするには、戦争物(架空戦記とかGIジョーとかコンバットとか小林原文氏の漫画とか)とロボット物(ドラえもんをはじめとする日常ロボからマルチ、アトムのような心理的なもの、鉄人28号のようなアクション物)それぞれを面白くするだけではだめなようです。
 なぜなら日常と非日常を組み合わせた作品の作りと、非日常と非日常を組み合わせた作品のそれとでは方法が違うと思われるからです。
 端的に断言すれば、非日常と非日常の組み合わせの作品をきちんと作り出すことはかなり大変です。常識や価値観は日常から紡がれるものであり、日常のあたりまえさが使えない時にどのように読者に常識を伝えるか、に心を砕かなければならないからです。
 戦場では人を殺すことが前提です。それを理解せずに戦争物を書くことは自殺行為に等しいですし、ロボットについても様々な事情、たとえばコストと需要の問題で現在社会に人型巨大ロボットは実存していません。クレーンや飛行機がロボットかどうかというのは別問題ですね。
 歌舞伎や俳句が昔の常識に縛られているが故に現代性を失いつつあるように、現代の日常にマッチしない物語は大受けさせるのが非常に難しいわけです。むろん狭いファンに向けて作ると言う方法もあるにはありますが、せっかくなら多くの読者の評価を得られるように作るべきでしょう。限界を見極めてから作品を作るというのもいいんでないか、ということですね。
 答えは無限にあります。私はこの方法を模索してみますから、駄目な場合はムネンアトヲタノム。

原稿 投稿者:ながの〜ん  投稿日: 7月 2日(月)08時35分20秒

裁ち切り3ミリを含み、横188ミリ・縦26.3ミリ
裁ち切りがあるので上下左右3ミリずつが切れますので裁ち切りに台詞をおかないように

原稿は白黒600dpi・カラー300dpi位が基本
それ以下にする人は絵があれることを意識すること

べろべろ 投稿者:代理編集かな  投稿日: 7月 2日(月)05時28分00秒

代理編集かなです。
帰ってイキナリバッタリぶっ倒れて今起きましたよ。
まだ酒が残っていたみたい…<後先考えなさ過ぎ
体力の衰えをかんじるなぁ…(涙)

凄かったですよ、対談。
横から口をはさめないくらい密度が濃い濃い。
しかもココで書けないような内容がゴロゴロ出るわ出るわ。
もっとも酔いつぶれてぶっ倒れてばかりでしたが(爆)

関西圏のメンバ〜にも聞かせたかったなぁ…。
チャットルームでも作るべきか?
色々可能性を考えてみましょう。

【追伸】
そういや会費払ってなかった…今度あったときに払います。

【追伸2】
原稿サイズで「間違えやすい」との指摘を受けましたので後で改めでメールしなおします。
取り合えず文章で簡単に。
 原稿サイズ:B5(300dpi以下)
  (外枠):縦180mm*横135mm(原稿用紙自体のサイズ)
  (内枠):縦210mm*横150mm(コマのサイズ)

 後書サイズ:縦30mm*横150mm

【追伸3】
ゲッターマルチ何時お渡しすれば良いですか?大至急?夏コミ後?

帰宅。 投稿者:mu  投稿日: 7月 1日(日)22時25分48秒

家に着きました。皆様お疲れ様でした。ガンパレは言葉遊びが多くって、「お前があんなコト
するからだ」とか「私の…薄い…、何を期待してるか!」とか、取り様が色々ありますね。そこ
まで考えて作って有る感じがします。「ネタバラシになるのでmuさんにはこれ以上言えまへん」
とお二人が大変喋りたかった様ですが(^^;)。ん〜、私、まだまだ序盤みたいですねぇ。まあ、
夏コミでは話せますかね(^^;)。それにしてもこのゲーム、開発期間どれくらいで作ったんでしょ?
「スゴイ!」としか言いようが無いっす。/アキバは荒木元太郎さんの可動式フィギアとか
美少女人形4号とかあるかなぁ?と思ってたんですが。ワンフェス後になるんですかねぇ?
買いはしないですが、一回見てみたいのでなんか見かけたら教えて下さい。そういや、前の戦闘機
に変形する美少女メカ(のレプリカ)も見たことないでした。そのうち?/ではでは(^^;)。

メエルでおくりました。 投稿者:ふるいけ  投稿日: 7月 1日(日)12時58分42秒

>神無月さま
 イラスト原稿 2つお送りしました。
 1.837K
 2.1,671K
 です。大きくてすみません。PSD形式であります。
 でわ。

私信 投稿者:橋本ぶれーど  投稿日: 7月 1日(日)07時40分28秒

<私信>
ども、昨日はお疲れさまでした。いまだに頑張っている方はなおお疲れさま(^^
一番最後に現れたくせに一番最初に帰っていく私。あわただしくて失礼しました。
そして今から親戚の芝刈りに出張だー、眠いぞー。
というわけで、またの機会にはよろしく。
</私信>

稚拙な考えですが 投稿者:雨野村雲  投稿日: 7月 1日(日)05時28分48秒

 ロボットっていわゆる神様なんじゃないでしょうか。いえ、ネタとかでなく(汗笑)
 人と似ている。でも大きい、強い、かっちょいい。
 だからみんな好きだし、みんな憧れる。

 俺はロボットが神様と同じような「信仰対象」なのだとするならば、その神様をより実在するっぽく、それでいてお強くって、ほいでもってなおかつ万人向けの正義のように描き出せば良いのではないか、と思います。

 シャーマニズムやポリネシアの呪術信仰(姿を似せればどうとか)うんぬん言う以前に、人は強いものに憧れ、それに近しくあろうとします。逆説的に言うならば、元々強くかっちょいい存在が人間に似ていたら…と言う考えによって、創作と需要の両方から巨大ロボットものは支持され続けたのではないでしょうか。

 聖書を含む神話は、人類最古の物語です。
 俺達ロボット好きが作ろうとしているのは、ロボットと言う神を信仰させるための神話なのかもしれません。だとしたら新興宗教ですね。新興宗教ロボ教(笑)

 うーむ…いかにも頭悪い文学人間の文章ですね、失礼しました(礼)

猟司サンのんでるのか(笑) 投稿者:ふるいけ  投稿日: 7月 1日(日)00時51分15秒

なのに、デザイン案、どうもです。
わたくし、ひっそりと、ミリタリーメカ&おねえさん、合体変形(しそうな)メカ&オニイチャン+オネエチャン、という二枚の絵を描いてるです。
へたっぴなので、涙でてます(笑)。
であ。

(無題) 投稿者:ながの〜ん  投稿日: 6月30日(土)22時31分00秒

神無月、1時間ぶっ倒れてから何とか復活
猟司氏、へべれけで泥酔現在ぶっ倒れ中
他全てガンパレ談義で暴走中
以上神無月がお送りしました。

オフ会中 投稿者:mu  投稿日: 6月30日(土)20時12分01秒

オフ会中です。オンタイムでBBSがくりひろげられております(;^_^A。いやぁ、見事にガンダムですなぁ(^O^)。と、なんか書いてる私(^O^)。携帯なので短いっす。ではでは(^O^)。

ふと思ったのですが 投稿者:代理編集かな  投稿日: 6月30日(土)07時49分38秒

次回の会誌の御代は「ニョロポン人を使って作品を作ってみよ」というのはどうか?
ニョロポン人という一見お馬鹿なネタを以下に上手く整合だててお話を作れるか。
つまり以下に上手くペテンをかけられるかと言う事ですな。

【オマケ】
たらばがに&ガンパレシール、俺の分用意してくれていると助かるなぁ…。

(無題) 投稿者:なすの人  投稿日: 6月30日(土)05時18分22秒

メゲた。いやんなったのでもう寝る。オフかあ。大変だなあ。まあ、行くだけはいってみましょう。

決戦 投稿者:ながの〜ん  投稿日: 6月30日(土)04時37分54秒

今日ついにオフ会となってしまった・・・
バタバタとセッティングしたのでなんだか色々心配だ

と言うことで今日明日くらいは書き込みがないかも・・・かもかも
では皆様お待ちしております、ぐー

カラオケの。 投稿者:mu  投稿日: 6月30日(土)01時50分53秒

週末なので飲んで来ました。私のレパートリーに、「森のくまさん」とか「アイアイ」があるん
ですが。パンピー含めて結構受けますね(^^;)。停滞した時なんかはお薦めです。で、今日は他に
「パジャマでおじゃま」を歌ってみました。「パパッパパッパッパじゃまじゃま」ってヤツですね。
ところが、「知らな〜い」ってヤツが居て、「お前、ジャジャ丸、ピッコロ、ポロリを知らないのか?」
と聞いた所、あっさり「知らない」と言われました(^^;)。む〜。信じられない。かの有名なジャジャ
丸を知らないとは。でも、ガチャピン、ムックは知ってるんですよ。ちょっと納得が行かない感じ。
え〜?私の常識がはずれてるの?と疑問を持ちました。みなさん、どうですか?ではでは(^o^)。
PS。ひょっこりひょうたん島も中年層にはかなり受けますよ(^-^)。怪傑ハリマオも(^o^)。

創作法 投稿者:ふるいけ  投稿日: 6月29日(金)12時46分17秒

■物語の作り方ですよね。

■で、私は依然、一人で小説&イラストを描いていたときは、こりゃもう好き勝手に、思いついたときに小説かいてました。
キャラ設定して、メカ設定して、概ねのストーリーの落としどころを考えて…ラストまでは考えません。いきあたりばったりで、というよりもキーボードを売っていると、キャラクターたちが動き出す(あくまで自分本位なので、それが生き生きしているとか差別化がはかれれているかという問題は別)。そういうふうにして、気ままにけっこうスラスラとやっていました。

■今は、スタッフ制で制作しています。
私は一応監督という役まわりなのでですが、ほとんどプロデュース的なところしかできていないという反省点はあります。あ、これは愚痴ですね。

■手法としては、まず決めたのは、あらすじを決めて、環境設定、背景設定、キャラクター設定、メカニック設定、発表形態(結局13話小説+イラスト)を決め、13話分のプロットを制作、そして、各話の執筆という流れです。

■一応、体系かされたやりかたとして、ハリウッドリライティングという作品評価技術を導入しているつもりなのですが、いやはや、基礎ができていないから、名剣の斬れ味するどくとも振る腕つたなし、であります(泣)

■まぁ、ホント、スタッフのみなさんは私の予想を圧倒的に上回る技量で仕事をしていただいていまして、なんだか、申し訳ないくらいです。ビールいっぱい分もご馳走できていないのに(汗)

■ところが、なにがイケナイって、忙しさにかまけてスケジューリングを行っていないが故に、
割り切りができないで、だらだらと検討ばかり重ねており、結論を出し損ねている。という悪い点があります。ま、妥協はいやなのですが、スケジュールがないから3年たっても1話があがらないんでしょうね。わかってます。結果的に現状の成果物は、主人公メカのガレージキットEXPRESSION2001で販売)だけであります。たぶん次に完成するのは8月に控えたEDソングのレコーディングでありましょう。

■あ、すっかり反省文になってますね(笑)

締め切りは悪夢を呼ぶ魔物ですが、作品を産み出す創造神の愛の鞭ですよね(汗)/古池真透

原稿まめ知識 投稿者:代理編集かな  投稿日: 6月29日(金)07時11分47秒

ロボットやガンパレやニョロポン人で盛り上がっている最中おはようございます、代理編集かなです。

我等貧乏同人作家の味方デリーター。
トーンが他と比べて異様に安い事で有名ですな。
しかし安いのにはそれ相応の理由があるわけで。
実は一つの版下で刷る枚数が他と比べて箆棒に多いらしいんですな。
その成果、他と比べてやや印刷部分がずれていたりかすんでいたりするようです。
まあ、プロでない限りそこまで気にすることはないですけどね。

以上、パワートーンを使う人がいるココではあまり役に立たない豆知識でした。

(無題) 投稿者:なすの人  投稿日: 6月29日(金)02時12分52秒

 なんでマジック・ザ・ギャザリングと並んでなのかというと、私がその誕生を実感した、という意味です。テーブルトークやシュミュレーションはワタシの倦まれる前からあったので、私にとっては過去です。私の生きている間に、スゴイゲームの誕生に立ち会えたという意味でいうております。ガンパレはワタシと同じアプローチ、すなわち分析と再構築からなりたっているのでクヤシイ。さーて。オレもいっちょやるか。せめて世界をひっかいてやる。

(無題) 投稿者:なすの人  投稿日: 6月29日(金)02時08分00秒

muさんがガンパレの話をするし、ながのーなんもガンパレやってますが、ワタシもはまりました。あれはスゴイゲームです。ゲームでも人を啓蒙し、視野を広げることができるのだという実例です。極めて異例のことですが、あのゲームを持ってゲームは人を改変できうるという証明を果たしました。ワタシ的にはマジック:ザ・ギャザリングと並んで人類史に刻まれてもよいゲームだと思います。
 真に優れた作品形式は、人の精神を変革しうるものです。小説もマンガも映画も、恐ろしく厳しい審査と受難を経てその血からがあると認められました。人を改革できない作品形式は、フラフープやだっこちゃんのようにサブカルチャーとして生きざるを得ません。ガンパレードマーチは、ゲームは人の意識を改変し、新しい視点を作り出せるのだと言うことを今日的に証明しています。
 これまでにゲームが自身の有効性を強く証明したのは、戦略ストラテジーシュミュレーションと成長型育成ゲームでした。つまり信長の野望や大戦略といったゲームと、プリンセスメーカーやシムシティだったのです。しかし、戦略シュミュレーションは本来ボードゲームですでに完成していたものを移行していたので純粋にコンピューターゲームの有効性をしめすものではありませんだした。また、育成シュミュレーションは世界が閉じている、つまりプレイヤーの世界とは切り離された箱庭の中での作業でしたから、人の意識を変革するにはいたりませんでした。むろん影響された人は多いのですが、理解できる人は少なかったようです。
 たまごっち、ポケモンになどの先人が数多くの実験を繰り返し、ついにガンパードマーチで一般人に対してゲームはスゴイ、と断言できるゲームに成長したと断じることが出来るようになったと言えます。しかしプレイしないとわからない、と言う意味ではまだまだなのかもしれません。
 ひとつ言えることは、近い将来ガンパレードマーチのようなゲームが作りたくてゲーム業界を志しました、という若者が登場するだろうということです。かつてドラクエやウィザードリィがそうであったように。ちなみにドラクエ勢はテーブルトークRPGの末裔ですので、コンピューターゲームの独自性があるとは考えません。
 まあもっとも、実はゲームでしかできないことがあること、そしてゲームが意識を変革しうること、はアタリのポンが誕生した時点ですでに証明はされていました。擬似スポーツとしてのコンピューターゲームの可能性はすでに証明されていたわけです。
 話が長くなりそうなのでヤメますが、ゲームの話は私わりと無責任なので楽しくできます。ただ、マザーや臭作、鬼作のようなルールや文章主体のゲームが真の芸術の条件を満たしつつありますし、それは一度は挑戦して見たいジャンルなので、あくまで自分が作るもの、として考えてみます。
 今までにもけっこうゲームの話をしてきた気もしますが、まあとにかくゲームの最大の特徴は時間と空間を折りたためる、すなわちシーケンシャルファイルとランダムアクセスをフラグによって多重に制御できるということにつきます。このシステムを搭載したゲームはいまださほど多くありません。じつはもっとも進んでいるのはエロゲーだったりします。ようするにマルチエンディングのことなんですけどね。あーレイプレイプ。最後に書いておかないとなにやってるのかわからないし。

(無題) 投稿者:なすの人  投稿日: 6月29日(金)02時07分13秒

 チナーミに、トミノオヤジは20年前、ロボットアニメをロボットプロレスと呼びました。本気で他意はないのですが、わたしはプロレスはあんまり見ません。しかし、K1はやっぱ見てしまいます。それはもうほんとーにこのみの問題で、プロレスラーがスゴイのはまちがいないですが、恒常的にお金を払う気にはならない、ということです。世の中には娯楽が山ほどあるので、どれを選ぶかは人それぞれですが。
 プロレスといえば夢枕獏先生ですが、夢枕先生はSF出身です。この、どこ 出身というのは作家のなかでは学歴のようなものなので、イメージはついて回るようです。
 それはさておき、夢枕先生はSFの現状についてこう書かれています。20年ほど前は、SFは啓蒙すべき先進的なテーマだったが、今日では日常のさまざまな場所に浸透し、SFを単体で語るような時代は終わりつつあるのかもしれない。と。すなわち、当時先進的で最先端だったSFも、啓蒙の結果ごくあたりまえのように皆が持っている概念となり、SFは物珍しいものではなくなった、ということでしょうか。
 SF的発想が日常となった時、巨大ロボットという要素はあるいは鬼子のように取り残されつつあるのかもしれません。テレパシーのような携帯電話が発達し、人工知能はインターネットという形で生命をもつ存在のようなふるまいをし、火星に友人探査線を、コスト計算しつつ打ち上げる時代にあって、巨大ロボットという要素だけはいまだに荒唐無稽な絵空事となっている気がしなくもないです。次々と実現していくSF的要素の中で、もっとも開発が遅れている、ということかもしれません。
 さて、ふるいけ氏の意見を読んで思い至ったことがあるです。ロボット物が現在もっともいきいきとしているのはゲーム世界ですね。特に3Dという表現を得て、もっとも得したのはロボット物かもしれません。
 ゲームにおいて主人公は、自分自身です。ゲームはその構造上、マンガ小説アニメという作品の作り方とは根本的に異なっています。インタラクティブさを中核とするエンターテイメントであるゲームは、今現在もっとも人々の欲望を反映しているようです。
 今日はもうヤメますが、次回はゲームとロボットの関係について考えて見ましょう。ゲームはワタシのホームグランドではないので、いままでほとんど触れてませんでしたね。マンガと小説が製作上まったくことなるものであるように、ゲームはやっぱり映画にもマンガにも似てないわけです。でもワタシもゲームには並々ならぬ興味があるので、少々こまめにやってみましょう。
 

3 この項目終り 投稿者:なすの人  投稿日: 6月29日(金)01時19分07秒

 ワタシは資料を調べ、分析し、再構築するしか作品を作る方法を知りません。経験に乏しく、洞察力もない身ですから、このどんくさい方法しかないわけです。この結果作られるロボット物は、おそらく「よく作りこんであるけれど、発想そのものは平凡だな」ということになるでしょう。ですから、誰もみたことがなくて、なおかつロボットが出てくる理由に説得力があって、しかも面白いという作品を作れる人がいたら、むろん方法を教えて欲しいというのもあるし、それ以前に作ってみせていただきたいのです。一読者として。
 自分の才能の限界を認めるのはむかつきますが、ワタシには奇抜な発想も、それを万人に分かり易く伝える能力も、ニョロポン人を実在だと思わせる手腕もないので、やむなく分析をしているという次第。いやあ、ニョロポン人が実在していると思わせられるなら、それに勝る喜びはないですが。
 ロボット物に限らず、全ての新しい発想を発表するには時期と運が必要です。例えば我々の内だれでもよろしい。今現在の知識をもったまま100年前に戻れるのなら、ヒット作を書くチャンスがぐっと増えることでしょう。この業界、最初にやったものがちですし、最初にやれるなら誰も苦労しないわけです。
 巨大ロボット戦闘物は、こと日本においては使い尽くされている、と表現してもおかしくないほどに使いこまれたテーマです。ワタシは今のところ巨大ロボット戦闘物を書くことを断念しています。あまりにもライバルが多すぎ、テーマとして扱いにくいからです。
 ときたまに登場する「クォンタム」という単語は、ワタシとながのが共同で作っているガンダムを題材にしたロボット物です。これは商業ではありません。手柄は最初からサンライズとトミノのものです。これはまったくの趣味ですが、しかしこうした作業をすることによってもしかしたら新しいロボット物のアイデアが浮かぶかもしれないとも思っています。
 ちなみにながのはビジュアル的にインパクトのある設定をワタシからみたらいとも容易くやってのける人間で、彼の手によってクォンタムは世界は私一人で作ったよりもはるかに広がりをもってきています。一人でだめなら、組んで。もはや読者をだますには、一人の力では足りなくなりつつある気すらします。
 なぜロボット物を作るのか?そこにロボット物があるからだ。
 それは面白いのか?そんなことは造って見なければわからないし、読者に見てもらわなければわからない。ま、とにかく分析を続けます。新しい概念は登場した瞬間に新しくなくなるので、いけるかもわからんというネタがあったら、それはやはり黙っておくとは思いますが。
  答えは案外こんな分析以外のごくありふれたところに転がっているかもしれませんよ。最近のロボットでもっとも評価を受け、なおかつ設定なんかふきとばした例としては先行者がありますね。おそらく分析という作業からはまずでてこないネタでしょう。ワタシはワタシの技能の元に、私ができる唯一のことを続けますから、皆さんもよかったら自分の方法を教えてください。作家になるための学校があるのなら、苦労はないのですが。

2 投稿者:なすの人  投稿日: 6月29日(金)01時18分19秒


 むろんこんな作家は本が売れませんし、たとえニョロポン人がどこかに実在したとしても、トリックとしてはヒネリがたらないので問題なのですが、たとえ巧妙な伏線やトリックをしかけたとしても、読者がそれに納得しない、あるいは知らない限りは物語りの面白さにはつながらないということです。
 これはつまり、ロボットとかテーマとかを超えた、作家の力量の問題です。この一見バカ例のニョロポン人のトリックも、現代の法医学と科学捜査、そしてニョロポン人の生態をおそろしく丹念に描写してあったらどうでしょうか。さらに作家はサクラとして「オレもニョロポン人見たよ。うでは3本なんだ」と言う人を1万人ぐらい用意します。マスコミにも手を回して「ニョロポン人はいる。このトリックはすばらしい」と報道させます。念には念を入れて、SFX技術でニョロポン人の作り、あちこちで見かけさせる。さらに3Dでニョロポン人を作り、ホームページを作る。
 こうやっていくと、中にはニョロポン人はじつはいるんじゃないかなあ、、、と思う人が一人ぐらいでてきてもおかしくなくなったりします。
 ここに入るテーマはニョロポン人でなくてもいいのです。バーチャルネットアイドルでも、ラピュタでも、ドジなメイドロボでも、失われたユダヤの12氏族の一つでも。
 しかし、今度はそれを作品と呼べるか?という問題がでてきます。かつて「ぼくの地球を守って」という作品を中核とした、カルトな争議がありました。知っているものとして話を進めますが、この作品は作品中では「この設定は見事だ。面白い」と納得できる内容でしたが、それ以外の反応も生んだりしました。ちなみにボク地球にはロボットはでてきません。
 ちっと話が横道っぽくなったので強引にまとめますと、見事な伏線をはってテーマをキーポイントとし、とある架空の設定が納得いく使われ方をしてなおかつ理解できるように配置するのは、作家として最高の技能の一つです。それが狙って出きる人は紛れもなく超一流の作家です。
 トマス・モアのートピアの話をしました。理想郷という言葉にユートピアという1作家の想像に過ぎない造語が採用され、今日にいたるもその座が揺るがないはなぜか?
 この世界には実際に巨大ロボットは存在しないのに、我々はまるでそこにあるかのようにロボットについて語り合っているのはどうしてか?
 全ては誰かの想像でしかなかったことが、人々に受け入れられた結果です。そして、それが出来た人は、名政治家や名将軍と同じように、歴史に名を残すことが出来るのです。この技能はロボット物を創作するというレベルで語れるようなものではなく、既成概念を打ち破りいままで見えていなかったものを読者に見せることをした、作家として最高の栄誉であり、ネタです。
 もしワタシがそのネタを持っていたとしても、到底ここで説明できるものではありません。発表したくない、と言う意味ではなく、作家の全ての力量をもって念入りに作りこまない限りそんなことはできない、といいたいわけです。
 作品の作り方の話をしました。作品の作り方を読んでほんとうに面白い作品が作り出せるのであればだれも苦労しないといいました。
 そして、読者は貪欲です。ワタシは、この書きこみを始める前に、「ワタシの方法をできる限り伝えるので、みなさんも教えてください」といいました。私のやり方が間違っていて技能として不完全なのは当然です。ワタシは評価されるに足る作品をつくっておりませんから。
 では、どうすればいいのか。

1 投稿者:なすの人  投稿日: 6月29日(金)01時17分05秒

 なるほど。ワタシの理屈に破綻があるというよりは、それ以前、巨大戦闘ロボというテーマを選んだ時には、巨大戦闘ロボが出てくることに強い理由つけが必要だ、ということですか?それをしてない場合、底から先はどんな作ってもあまり意味がないと。
 ダグラムなどのロボットを分類する項目を書いた時にそのことに少々触れましたが、詳しくは見てませんでした。ちょっとやってみましょう。
 繰り返しになりますが、今の時代は一見ロボットが作品に登場する下地がありそうで、逆に等身大のアンドロイドタイプ以外のロボット以外のものは出しにくい、ということはよろしいですね。マルチという偉大な先人のせいもありますが、とにかく現実にP2、P3というロボがいるわけですからね。
 それに対して、戦争物というジャンルは非常にマニアックな、一般的でないテーマになりつつあります。私を含めて戦争をしたことがある、あるいはそれ以前に戦闘行為をしたことがある人が少ないと思われますから、たとえリアリティのある戦闘シーンなり戦争シーンが書けたとしても理解を得るのは難しいでしょう。
 現実に書店に並ぶ本やテレビアニメ、ゲームを見ても、戦争そのものを扱った作品は少なくなりつつあります。これに対し、アメリカでは戦争戦闘物は恒常的に発売され、人気もあるものがおおいようですね。ただ、アメリカも日本に比べて多いだけで、国民の多くが認めているというわけではないようです。リンクとかはしないです。めんどくさいから。ヤフーとかで本のベストセラーなどを調べると良いでしょう。
 これも繰り返しになりますが、作品は受けとめてくれる人、読者なり観客なりがいない限りは成り立ちません。そして、作品のテーマはその受け取り手の知識や能力によって左右されるわけです。例えば伏線をはったりトリックを仕掛けるのが作品のメインとなっているジャンル、推理小説を考えて見ましょう。とある人が包丁で刺し殺され、犯人は単独犯ですぐにつかまりました。しかし、司法解剖の結果生体反応がある傷が同時に3箇所で見つかったというストーリーがあるとします。生体反応は死んだ後に出来た傷からは検出されないので、これら3つの包丁傷はほぼ同時に被害者の身体につけられたということになります。
 たとえばこのトリックの答えが、犯人は宇宙からきたニョロポン人で、手が3本あったというオチだったらどうでしょう。ふざけんな、という評価が多いと思います。しかし、この世にはニョロポン人が絶対にいない、と証明されない限り、このトリックが嘘だとも言いきれないわけです。
 それに、この作品の作者は「ワタシはニョロポン人を見たことがある。宇宙では3本腕が普通だ」といったとすると、少なくともこの作家にとっては、このトリックは正当なものということになります。

一番ダメダメなところ 投稿者:ふるいけ  投稿日: 6月29日(金)00時48分38秒

すみません、ながの〜んさんm(_ _)m

そういう、「リアルに見せるための大嘘、小嘘」を、みんなkujiraさんにまかせてしまっているのが、このフルイケだめオなのでありますm(_ _)m

っていうか、私、結局、作品への貢献度低いなぁ〜とか(泣)

(スケジュールたててないくせに)制作進行みたいな仕事ばかりして、ぜんぜん創作してないじゃん!な感じで、自分でも「あぁ〜なんでオレはこんな偉そうなことばかり行って、なんもしとらんやないけ〜」モードで自己嫌悪ケンオ♪な毎日です。トホホ。

不特定他数のひとに同情を求める弱いワタシ(泣)/古池真透

いいじゃん、おれは好きなんだから放っておいてよ♪ 投稿者:ふるいけ  投稿日: 6月29日(金)00時15分33秒

ま、これは完璧に泣きべそ状態のときの台詞です(笑) to ながの〜んさま

>視聴者に膝を打たせる設定でありたい>kujiraさん
■えー私kujiraさんとは三年近いお付き合いなので、まったくもって、kujiraさんの設定屋さんとしての仕事のスタンスは常にそこにあるなぁ、と感心しておるところであります。(一応、kujiraさんを知らない方への弁明です。私のサイトの設定・考証担当をやっていただいています)

■で、それを活かし切れない取りまとめ役が私であったりするわけです。

>パンクラチオン>なすさま
■パンクラスっていう団体があります(ました?)が、そういうことですか。
ロボット同志で喧嘩させると、流血戦はないし、なんたって巨大なんですから迫力がある(ように見える。もしくは昔のワタシには充分心踊った)し、しかも極めつけは最後の大爆発。これは気持ち良い!

■と、考えると、ロボット同志の挌闘というのは、プロレス好きの延長線上に、メカというこれまた男の子にはたまらない要素が積算されるので、面白くない訳はない、とは言えませんかね。マジンガーZなんてかなりメカニカルでしたもの。スポコン大流行りの時代にメカメカしいロボットはそれこそ新鮮であったでしょう。ま、昭和40年代後半の話しです。

■ところが、時移り、格闘技団体は細分化して抗争劇を演じていますが、やはり趣味の一ジャンル化していて、それほど社会的にプロレスなどの格闘技は下火ではないものの、一時期の隆盛のほどではない。メカという要素については、インターネットや携帯電話の出現、ゲームによる「自ら操縦できるメカたちの出現」、自動車やバイクは、それこそ私のような30代中盤の人にとってはそそられるデザインが現実に公道を走っている。

■つまり、ロボットが作風にあっているとかいないとか、そういうことの前に、視聴者は、物語のなかにロボットを求めなくとも、「戦闘」と「メカ」という要素を充分満たせる環境を手に入れているとすることはできないでしょうか。

■ノスタルジーを楽しむという某大戦シリーズは置いといて、ヴァ○チャロン、アーマード○アやガング○フォンなど、その他できの良し悪しや人気不人気はあっても、潜在的にロボットバトルを求めるニーズはしっかりと存在し、それらも続々とシリーズ化されてひとつの世界観を構築するまでになっています。ゲームからアニメ化される作品も出てきました。

■しかし、ここで「ロボットものに未来あり!」と喜んではいけません。
上記であげたロボット大好き層は、かっこいい戦闘シーンや相手を撃破する緊張感と爽快感、機体を支配し勝ったときの恍惚感を得ることを一義としている可能性があります。ゲームとはそういう面が大きいと考えるからです。(まー全部仮定なんですけどね(汗))

■一応のストーリーはゲームシナリオをつくる上で形があるものの、いわゆるここで激論を交わそうという方々の言う「物語」まで練り上げられているかという問題があります。感動的なRPGもありましょうが、得てしてロボットものは特性上シューティング要素が色濃く出ますから、プレーヤー=主人公の人生を擬似体験するというケースとはことなってきます。

■なので、ロボゲーがどんなに流行して売れ行きがよかったとしても「物語」としてのロボットものがそんなに求められているとも言えないという、さえない私の勝手な分析です。

■ということで、ロボットの変わりにカッチョイイ戦闘機が出てくれば事足りるって話しです。

■でも、ロボ好き回路が脳に生め込まれた私としては、そのカッチョイイ戦闘機を意味もなく、ヒト型に変形させて、あわや墜落か!ってところを受け身で回転して起きあがらせたくなります。だって、そっちの方が、よりカッチョイイし、そこに爆煙なんかからませて、撃墜したと思った敵が「な、ぬぁにぃ〜、ロボットになりやがっただとぉ〜」なんてぬかしやがると、世代が古いマジンガーからのロボットファンなオジサンはニヤリとしてしまうのです。


結局、何がナンでもロボット出したい派(笑)/古池真透

ひゃー(^o^)。 投稿者:mu  投稿日: 6月28日(木)22時40分37秒

この板、28日だけで2頁以上流れてますよ〜。携帯じゃあっさり読めなくなりました(^o^)。
ふるいけ様、ロボットの必然性に関しての話題は多分今回が初めてです。いや、レスあるかなぁ?
と読みに来た方は、圧倒的な文書量にびっくりされてるコトと思います。私もびっくりですから
(^o^)。なすさんの充電期間の効果は十二分にありましたねぇ(^^;)。と、言う訳で過去ログが
15個目に突入しました。新たな方が書き込みしてくれるといろんな意見が聞けて楽しいです。
ここの所の書き込みは本当に「作品を作る研究所」らしくて良い感じ(^-^)。と、ロボットの事
にはなにも触れず、総括的な事を書いてガンパレに逃げます〜。ではでは(^o^)。

巨大戦闘ロボットへの取り組み 投稿者:kujira  投稿日: 6月28日(木)22時19分31秒

なすの人さま:
> 初めまして
どうも初めまして(^^)

> ワタシに対する評価だとしたら
いいえ、本当に違います。

> 巨大戦闘ロボット
 の考察は非常に結構なのです。しかしその考察が果たして劇中にクリティカルに反映
しているか、という点に注視したいです。
 巨大戦闘ロボットに力点を置くのだから、ストーリーの決定的なキーアイテムになら
なくてはならない。
「なるほど。このロボット設定は、この(ストーリー上の重要な事象)ための伏線だっ
たのか!」
 と視聴者に膝を打たせる設定でありたい、と思っています。
「そう、なら辻褄が合うね」という程度のものではちょっと物足りない。

#なんか自分で自分の首を絞めている気がしてきた…

(無題) 投稿者:なすの人  投稿日: 6月28日(木)20時08分55秒

 あ、あほの人にあほ言われとる。踊るあほうに見るあほう、同じあほならおどらにゃそんそん。というのは名言だと思うにょ。にょいうな。にょー。
 チクショウお前らみんなおれの敵だ。オレが理想の世界国家を作った暁には言論統制してくれる。
 あー、さて、コナン・ザ・グレート見た人いますか?血しぶき巻きあがる生身の人間皆殺し映画ですね。ベルセルクもそうですね。人間、戦いは見たいですね。それもできるだけ真剣勝負みたいですね。でも人間同士真剣勝負すると死体とかでるのでいやですね。死体腐ったりするし内臓とかでろーんとでてくるので嫌です。ロボット人間みたい見えますね。外見人間がヨロイ着てるみたくみえますネ。首飛んでもメインカメラが飛ばされただけアルネ。
 プロレスの起源はローマのパンクラチオンといわれているある。パンクラチオン人死ぬある。死ぬとよくないのことなので、プロレス人殺さないことしたある。近代社会は人死にタブーね。ダメダメね。ので投射としてロボットで出来るという説を今ワタシ考えたあるがいかがか。
 メリーケン拳銃オケイなので人死ぬです。ろぼとだす理由なしです。ターミネータはでてくるです。トミノ人殺す。だからあのひとキチガイね。社会からつまはじきね。ポケモン人死しないしポケモンも死なないある。オケイね。ソユアプロチもあるですよ。この文体うざったいね。切り口は多様なほうがいいが、レイプは女の人いやがってくれないともえないね。かなりオチとしては最悪なのでわたし品性下劣。おばーい。

(無題) 投稿者:なすの人  投稿日: 6月28日(木)19時50分08秒

 作劇論に偏るのは、作品を作る人間としてはまったく正しいと思われます。
 や、なんかここんとこ偉そうなので形而下の話。物の考え方というのは世代や時代や立場によってかなり異なっているようで、例えばインターネットをよく使っている我々は人間を一つのハードウェアと考えたり、脳みそのはたらきをソフトウェアなのだと考えたりする手法に慣れていますが、うちのオヤジとかは概念は理解していてもまったくそう思ってないようです。
 全然形而下じゃねーな。えーと、夜勤病棟のあたらしいやつでたよ。わーいわーい。エロアニメ。あとガチャポンでダグラムが出たが、こんなんだっけ?なんかダサイ。んーとあとは、、、作品論とかいいつつも結局はアニメに偏っているあたり、ワタシの知識も大したことないなとか、、、、あとはギャルの人はロボット物そんなに好きじゃないみたいですが、このあたりの話とかはどうか。あとは、、、だらだらした文章だなあ。改行もねーし。
 ムリヤリ改行。モデグラに今回のここの板での話題に関係ある対談がのってはりましたよ。興味がある人は読むとおもしろい。あと貧乏父さん金持ち父さんとかを読んでます。じわじわと。立ち読みで。
 個人的にはボトムズをメリケンで作ってくれるならオーケー。ていうか見たい。
 まあ例えばですねえ、戦車が出てくる作品と、戦争映画は必ずしも一致しないわけですね。「馬鹿が戦車でやってくる」には戦車が登場しますが、戦争映画ではない。まあそういうのも含めて「巨大ロボット戦闘物」という話をしていたつもりです。
 ワタシは平成ガメラがわりと好きなんですが、「ドラマなんかいらんからもっと怪獣を暴れさせろ」という意見もあり、これにも一理あるですね。ワタシは文章以外で世間様に勝負できる技能をもってませんので、ロボットのデザインを絵に書くことはしません。さーて愛姉妹でもみるか。レイプ好き。レイプの話する?レイプレイプ。ほのぼのレイプ。

まぁ 投稿者:ながの〜ん  投稿日: 6月28日(木)19時45分30秒

なるほろ、皆様のスタンスの違いがちょっとずつあるようで、こんばんわながの〜んです

まぁわたしはずーっと同じ事を言い続けてるのでアレなんですが
別に巨大ロボットを開発する技術者でもなく、それを考察する科学者や探求者でもなく
物書きの一人なのでそっから話が発生します。
作劇法にのみ興味がわきます。アイボやアシモがどのようにして作られたかとか
その機能がどうだとか現実のロボットの中身には興味がわきますが
今現在の所現れていない巨大ロボットについてはその中身とかはどうでもいいです
また、まえに某板で巨大ロボがないんだから作れないと言ったところ、作れるぞと
反論を受けましたが、そのロボットが作れるかどうか?の議論には興味が無く
そのロボットが何故作れるのに存在しないのかの方に興味がわきます

ちっと自己フォロー。作れない、と言ったのは経済とか必要性とかの話で作れないと言いました

さてだから結局ここで作れる作れないの議論は私にとってまったく役に立たないので
(だって作れねーモン俺には)それを活かした物語を考えたいですね、と自分の立場表明

しかしふるいけさんの>いいじゃん、おれは好きなんだから放っておいてよ♪
っていうのはあんまり解せません。いや、ふるいけさんがこの気持ちで作ってるわけでは
無いのは見て分かります。ただ、世の中にはこの気持ちすら持たずに
「俺が作った物は面白いんだ、何でおまえら分からないんだ?」という人が増えてる気がします
ふるいけさんはたぶん本気でこんな事考えてる人じゃないでしょうからいいんですが
最近こういう事にまで思いが至らない人が多すぎて困る。
まぁ勝手に自分で楽しむ分なら良いんでしょうが、人に見せていい評価を貰おうとか
思うのならある程度考えなさい。その結果が物語の上でのうまい嘘である設定になり
画力とか文章力になると思う。見なさい、このあほを、え?誰だって?
なすだよなす、おまえだおまえ!↓こんな事一日中考えてんですよ

あーもなんか携帯で見るのは苦痛の文章量。それに伴って皆様の文章もここ最近見なかった
くらい活発に・・・いいですね、この調子で逝きましょう。
これらの議論の究極に幾百の答えがあったとしても、それらのなかの一つの答えから
そのときの我々が満足いく「作品」を作り上げたい、無駄ではない、と信じつつ

ロボジョックス以降 投稿者:ふるいけ  投稿日: 6月28日(木)17時12分20秒

>なすさま
■kujiraさんとの議論体制にはいっているところ腰を折るようですみません。

>スタトレでもロボット出てこない>猟司さま
■面白い観点ですね。

で、こういうことを感じました。いかがでしょうか?>ALL

■ロボジョックスみたいな、ロボットをメインにもってきた映画が、
結局日本発のものしか続かないのも、日本特有の文化だからというオチ
でも良いのですが、これも検証しようがないのでなんともいいようがな
テーマでして、もどかしいです。
ガンヘッド、Gセイバー、ジュブナイルなどなど。

■これだけCGが駆使できれば映像表現としては間違いなく完成できる
と思うのですが、やはり、あらためて巨大ロボットをヒーローに見立て
たエンターティメントの新しいアイディアが見つけづらいというだけの
理由なのでしょうか?でも、そのなかでアイアンジャイアントの存在は
今後を占う上でキーパーソン的な映画ではとも思います。

■でも、そもそも操縦型ロボットというのは、単に乗り物なので、やはり
ヒト型である説得性が世界的にクリアされないと、物語的には戦闘機や
特殊自動車で事足りてしまうのかもしれません。

■操縦型の場合は乗り物でしかなく、自律型は既にキャラクターとすること
ができるでしょう。言ってみれば、みため自動車でもナイト2000は、
れっきとしたキャラクターだと立て分けられるのだと思います。
で、エアウルフは巨大ヒト型メカと同位置であるとも言えるのではないでしょうか。

■となると、あとは、やはり「ヒト型」である理由もしくは「ヒト型」である説得力
がどれだけあるか、ということになってしまいますか。

■ヒト型の説得力をもったロボットが大活躍するエンターティメント作品。
個人的には、ボトムズは、映画として映えるのではないかと思います。
もしくは、そのパクリで(笑)
映像的にも人との対比が明確ですし、玩具としてもキャラとメカという
プレイバリューも成立しやすい。戦争シーンという見せ場も、ATのような
ヒト型戦車がスクリーンを駆けめぐるというのは非常に迫力があるのでは、と。
主人公とヒロイン、脇役のオジサンたち、という配置も映画的には収まりが
良いのではと。

結局作劇論に傾いてしまっているでしょうか?/古池真透

(無題) 投稿者:なすの人  投稿日: 6月28日(木)16時32分42秒

 あー、スタトレはいいねえ。ジーン・ロッテンベリの理想郷だわな。あれも。いわば。
 たしかにないな。ロボネタは。ピカードの人が主役に選ばれてスタジオに出向いた時、誰かに「アメリカの象徴を引き受けた気分はどうだい」みたいなこと言われてわー、大変なとこにきてしまった、という話をどっかで読んだですが、スタトレの創作者は物語の作り方にいくつかの制限を課しているですね。
 えー全部うろ覚えなので責任はとらんですが、とにかくスタトレ世界は現実の様々な問題を解決して宇宙時代に移行した人類の物語のなので、個人的な私怨をメインにしてはならない。差別問題などは解決されているものとする、だったかな。あー、とにかく今の人類よりはより知性的で理性によって問題を解決すべし、というルールです。たしか。
 スタトレに興味がない人もおりますし、ワタシも全てがすべてすごいと言うつもりはないですが、スタトレはルールを守ったがゆえに、つまりテーマを決めたがゆえに名作になっているのではないか、という気はします。
 ロボットが出てこん理由は推論はできるけど検証する方法が考えつかないのでおいとくとして、AI、アトム知らんはないよなー、、、と思った。ライオンキング、、、、ワタシは次回は寄生獣とか無限の住人がパクられる気がするよ。イエーイワタシは国粋主義者。うそ。愛国心はあるかも。ないかも。税金は払っているかも。フレッツはまだこないかも。ボイジャーは面白くないと思います。個人的意見。

(無題) 投稿者:なすの人  投稿日: 6月28日(木)16時21分47秒

えーとですね、物質はエネルギーであるということが検証されているわけですが、ではなんでエネルギーは物質になるのか、についてはわかってないわけです。そして、物質はどうやら存在し続けたがっているように見えるわけですね。ホーキング博士は宇宙はもっと巨大なエネルギーの揺らぎの中の一現象なのではないかと仮定しましたが、エネルギーが相転移して物質になるのはなぜか、ということになると、今のところ哲学的推論をするしかないわけです。
 ちっと乱暴にまとめると、世界のルールそのものはケッコウ解明されているわけですが、そのルールはなぜそうなったのか、ということについてはなにもわかってないわけです。
 それこそ神ののような意志があるかもしらんし、偶然なのかもしれん。あるいは人類の能力では真理にまで到達するのは不可能かもしれん。でもまあ我々は近代科学啓蒙を受けて育ってきたので、いまさら思考停止をすることはストレスがたまるんで、まあ続けるわけですね。
 ものすごーく不快なことに、我々は1600gの脳細胞と脊髄によってしか思考データを推論することができないので、どうにも容量と処理速度にそろそろ限界がきつつある、少なくともついていけない人達が出始めている気がしてならない。
 ていうか、多分紀元前3000年前ぐらいから同じこと言われてる気がするが。
 誰かが見つけてしまい、誰もが使えるようになってしまった技術と知恵は身につけない限りは負ける。わたしはどちらかと言うと悲観論者なので、みんながものすげー速度で突っ走っていくのについていくだけで精一杯ですわ。ワタシはとりあえずなんとか30年ほど生き延びましたが、これからも学ぶべきことが膨大にあることに嬉しく思うし、同時にうんざりもします。まあ基本的には楽しいですが。
 現実と理想というのも2項対立しているなあ。理想郷があるのなら、現実卿というのもあるのかなあ。絶望卿というのはあるけど。でも卿というのはごう、
(1)いなか。里。「白川―」
(2)律令制で、地方行政における社会組織の単位。→郷里制
(3)昔の、数村を合わせた呼び名。 
のことだから、世界全体にはなりえないのかもしれぬ。などととりとめのない思考は続く。うそ。つづけない。鬱陶しいですし。
 

(無題) 投稿者:なすの人  投稿日: 6月28日(木)16時20分52秒

 理想郷といえばユートピアですが、最近ふと原典であるユートピアの粗筋を目にしたとですよ。
 なんかアメリカ大陸のよこっちょ、キューバあたりにあるということにしている架空の国家なんですが、イメージとは違ってました。
 んーとね、鎖国国家で、貿易と軍事と科学技術に優れ、排他的なんよね。ユートピア人は。つまり、血肉のある人間の国家としてのシステムを追求した小説で、キリスト教やイスラムの楽園とはまったく違っていたです。貿易立国なんだけど、内海の港が自然の要害で隠されているので他国に攻められにくいとか、分業制度が発達していて国は豊かで平和的だとか、でもやっぱり諍いはあるので追放刑があったり他国からの侵略にたいしては傭兵を雇うとか、現実的な理想郷でした。
 この小説は20世紀初頭に書かれているので、まあたしかにその時代に桃源郷はないとは思うが、なるほど、ヨーロッパというのは非常に現実的なのであるなあと再認識してみたり。アメリカ?
 たとえばユートピアとして他に挙げられるのはシャングリ・ラとかザナドゥとかプレスター・ジヨアンのキリスト国家とかがあるわけですが、まあそれぞれ全部理想とする概念が違うわけです。シャングリラなんかはチベットに実在する宮殿のことですしね。
 そうした様々な理想郷を押さえてユートピアが理想郷の代名詞になっているということはなかなか興味深いですな。日本で理想郷というと、、、まあむろん人によって違う気はするけど、、、ワタシは大霊界みたいなのかな、と思います。
 そういえばまあ共産主義も理想郷建設が目的なわけですが、では資本主義は理想郷をもたないのかというと、、、どうなんだろう。資本主義というのは現実論であって、100年後や1000年後については明確なビジョン和もたないはずだが。計画経済がいままでどれほど失敗してきたか、という歴史を考えると、あんまり先のことを考えないというのも一つの手ではあるな。
 そういえば全然関係ないけど、主義主張というのはなんとなく2つでセットみたいだな。資本主義と共産主義、民主主義と独裁主義、貧乳と巨乳、連邦とジオン。巨人とアンチ巨人。
 この2項対立というのはわりと自然界にはない気はする。食物連鎖つーのは2項対立じゃないし。むしろ自然界と言うのは調和というかバランスで成り立っていて、極端に対立するものはそんなにないのではないか。
 うーん。もちっと検証してみよう。まてよ、、、2項対立と言うのは両者のバランスが拮抗していないと成り立たないわけだ。そして拮抗しているということは同じ地位に二つの勢力が同時に存在しているわけだから、排他するわな。えーとこのへん推論なので。
 ひとつの考え方に過ぎないが、自然界と言うのはこまめに2項対立が発生している。しかし、対立した2つの存在は同時に拮抗し続けることは難しいので、いずれはどちらかがエネルギーポテンシャルを失って脱落する。
 まてよ。これは生物にしかあてはまらないな。物理法則では、、、あ、パウリの排他法則があったか。原子の斥力だよな。ということは物質はエネルギーの実体を持つわけだから、物質は常に存在しようとしているということか?ちっと推論を飛ばしたけど全部書くとメンドイし。
 

更に設問 投稿者:猟司  投稿日: 6月28日(木)15時43分35秒

 かのスタートレックシリーズは、哲学的テーマからロビンフットまで、世の中のあらゆるストーリーを網羅した異様に間口の広い作品なのですが、一つだけやっていない要素があります。巨大ロボットです。
 アンドロイドの人権問題に巨大な精子の宇宙生物、宇宙戦艦の合体分離変型、ホログラムで騙して民族移動、軌道エレベーター、ヒロシマ、弾劾裁判、西部劇、コンピュータウィルス(エヴァの使徒みたいなの)などなど、日本のロボット物で使われた同じネタと較べて段違いに錬度が上なのがスタトレシリーズなのですね(だから設定こね回したジーンシャフト観ても鼻で笑う感想しか持てない)。にもかかわらず巨大ロボットという要素がない。

 一方、そのスタートレックの海洋版と揶揄される、スピルバーグ監修の「シークエスト」(OP曲が世界まる見え!テレビ特捜部にて海洋ネタでは必ず流れているので日本人で曲だけは知ってる人は多いかも)では、ゲームの延長上としてバトルテック風の逆関節巨大ロボット(フルCG)が登場しています。モニタとジョイスティックを通じて都市内で本物を動かしてバトルしている訳です。

 この両者の扱いの違いはどこから来るのか? スタトレのスタッフが日本のアニメが好きなのは有名な話で、和食は出てくる掛け軸に「うるさいやつら(うる星やつら)」と書かれるUSSヤマトなんて宇宙戦艦もあるわで、それでもドラマの小道具としての巨大ロボットがない。何故でしょうね。

http://member.nifty.ne.jp/monkeys/


(無題) 投稿者:なすの人  投稿日: 6月28日(木)15時30分22秒

 さて。
 まず自己弁護してもいいでしょうか?ワタシはロボットは好きデスが、じゃあロボット「だけ」好きかというと、そこまでは断言できません。ゴハンも好きだしギャルも好きですので、一生ロボットだけ設定しとけ、と言われたらとても嫌です。
 ですんで、もしあの誰に向けて書いたわけでもない文章がワタシに対する評価だとしたら、そ、それは誤解だ。そ、そんなつもりじゃなかったのに、と言ってしまいます。
 えー、タイムラグがある以上、この仮説を元にして話を進めます。つまり誰に向けたわけではない文章はワタシのことを一部言っている、という仮設ですね。全然そんなことはないという場合には以下の話は無効です。ですから純粋に言葉遊びだと思ってください。
 さて、ではなんでワタシがハードウェアとキャラクターに拘泥する、2速歩行巨大ロボ作品が作りたいんだ。ほかのことはどうでもいいんだいというなんか困った人に誤解されているのか?
 読みなおして見た。
 ふーむ。
 やはり夢のない、という下りが問題ですね。そこまではテクニックの話だったのに、ここだけは主観の話になっている。
 ご存知の通り、我々は今現在なにも解っていません。我々とはなんなのか。我々はどうなるのか。我々はどうしてここにいるのか。そして、それは分からなくてもいい、という考え方の人もいれば、それらの問いはとことんまで追求されるべきだという意見もあります。世界中にいろいろなことを言う人がいて、それぞれに一理あり、そしてどこか納得いかないわけですな。
 しかし、取っ掛かりがなければ仮説もないわけですから、どんなに偏向している意見であっても、叩き台にはなるでしょう。例えば近代科学は主にヨーロッパで発達しましたが、その道のりが平和的で全員が納得できるようなものではなったことは数多くの文献で述べられています。私が生実際にきていたわけではないのでなんとも断言できませんが。
 ですから、ワタシを嫌うのはかまいませんし、それは覚悟の上ですので、どうかもっと高いところから世界を見渡した結果を、偏向した無知なワタシに教えてください。
 どうやらワタシは「巨大戦闘ロボット」がテーマだと思っていたのですが、違う気がしてなりません。テーマが食い違っているのであれば、不毛な会話が続くと思いますので。
 ワタシはテーマに沿って話をしているつもりですし、テーマが巨大ロボット戦闘物ですから、それ以外の意見は極力押さえているつもりです。例えばテーマが「今後のロボット産業の展望」でしたらばロボットの歴史をもっと包括的に考えますし、「面白い物語の作り方」であるのならばロボットにこだわらずに作品論について語ります。
 ワタシの方法はまず調べ、次に調べ、さらに調べ、ついで分析するというものですから、これに鬱陶しさを感じる人も多いと自覚しております。自分で言うのもなんですが、私は視野が狭い傾向があり、本来なら人前で何かを語るのに向いていないようです。
 ワタシは商売として、あるいは作品としてロボット物をラインナップに入れていますので、テーマが狭く深くなるのは避けられません。私は例えばP3などを実際に見ていないので、どこかバカにしているフシがあります。
 知らないことは偏見を呼びますので、もしあなたがロボット開発関係の仕事をされているなどの理由でワタシの意見を諌めたという場合は平身低頭するばかりです。
 多少一人喋りが過ぎたようです。ロボットの話題に拘泥しすぎている気もします。一つのことに集中しすぎると視野狭窄に陥りやすくなりますので、もう少し形而下の話題でもするか。最後だけ敬語ではないのは自分に言っているから。お、おれもちょっといやらしくなってきた。 

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