OneHeart 奪愛(うばいあい)
第3話 〜苛立ち〜
出産までの間、里帰りしている身重な雅史の姉は暇を持て余し、リビングでTVを見ていた。
そこへ、学校から帰ったばかりで制服のままの雅史が入ってきた。
「ただいま姉さん、実は『お願い』があるんだ」
「何?姉さん、雅史のお願いだったら大抵のことはがんばっちゃうわよ♪」
知る人ぞ知る、とは言っても浩之・あかり・志保ぐらいだが、雅史の姉はかなりのブラコンなのだ。
幼いころから女顔の容姿端麗な雅史を溺愛していると言っても過言ではなかった。
着せ替え人形のように女装もさせられていた。浩之も何度となく雅史の家でその現場を拝見していた。
「…ん〜、母さん達はでかけてるの?」
辺りの様子を伺いながら雅史は姉に尋ねた。
「2人で映画観にいったわよ…ちなみにホラー映画なんで私はお留守番」
「ははっ、さすがに妊婦がビックリしてばかりだと、お腹の赤ちゃんにもよく無いだろうしね」
「しかもディナーまでして帰るらしいから晩にならないと帰らないってさ。私もディナーだけ食べに行きたかったわ」
リビングの置時計に目を配らせるとPM6:32だった。
「あっ、雅史。そろそろ夕食にする?先にお風呂にする?」
「……………」
しかし、いつまでたっても返事のない雅史にもう一度尋ねようと口を開きかけたところで止まった。
「2人が居ないのは好都合だね。…千絵美…僕の『お願い』聞いてくれるかな?」
鈴木 千絵美(旧姓 佐藤)。それが雅史の姉の名前だ。彼女が嫁いでから2年…彼女が帰ってきたことによって
確実に家の中は明るさを取り戻していた。
「クスっ♪久しぶりに名前で呼んでくれたわね…何年ぶりかしら…」
そして…
「もちろんよ……私の雅史♪」
一度亀裂の入った理性は、硝子のように亀裂を広げていた。
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ヒステリックな街の悲鳴から逃れて彼女はやって来た。
川のせせらぎ、風に身をゆだねた雑草達のサワサワとしたざわめき、青臭いがどこか懐かしい匂いのする河原。
学校にいるときの流行過敏なその少女が決して立ち寄らないであろう、そんな古くさい場所。
しかし、そこが今一番彼女のお気に入りな秘密の場所なのだ。
日が西に沈むまでにはまだ随分と余裕はあったが、日差しは柔らかくなり、そよ風が心地よい温かみを運んでいた。
河原の土手に腰を下ろし彼女はいつものように自然の声に耳を傾ける………
ドカッ!…ジャッ!ザザーーッ! ドカッ!ボッ!ポンポ〜ン ザッ!ザッ!ジャリッ!……
「…もぉ〜〜〜何っ?何なのよ〜この音は〜〜!?全然ナチュラルじゃない〜〜〜!!」
折角の安息を邪魔され、思わず悲鳴をあげる。志保が居るところから少し離れたところには鉄橋がある。
その橋ゲタににその音の元凶が見えた。今の彼女には騒音を生産している憎らしい…ソレは少年の姿をしていた。
サッカーボールを橋ゲタのコンクリートの壁に勢い良くぶつけたリバウンドを、華麗なトラップで裁いてはドリブルで
立ててある缶の柱をジグザグに交わす。得物を追う肉食動物のように機敏な動きである。
「…あれ?あれって…」
スゥ〜〜〜っと、深く肺に空気を溜め込み、一瞬タメを作って一気に吐き出す。
「雅史〜〜っ!!あんた何やってんのよ〜〜!!うっさいじゃないのよ〜〜〜!!!」
その声量に手を振り上げられたネコのようにビクッ!と雅史は身体を縮み上がらせた。
…ザバンっ。と、勢いのついたボールが川にハマリ無残にも下流に流されていく。
「…うわあっボールが!?……はぁ〜〜〜〜〜〜」
深いため息とともに声の主であろう彼女…長岡志保の姿を後方に確認する。
「…ゴメン雅史!ほんとっ!ほんとぅ〜〜に!」
両手を平手で合わせ、お祈りするように深々と頭をたれて素直にあやまる志保。
雅史の表情には怒りはなく、しょうがないなぁという諦めの表情が浮かび上がっていた。
やがて2人は土手に腰を下ろしくつろいでいた。
「ところで雅史。なんであんたがこんな所に居る訳?大体部活の時間じゃないのよ」
「うん。今日は自主休暇なんだ」
「サボリ!?クソまじめなあんたが?珍しいわね〜!」
柳眉を下げて呆れ顔の志保だったが、彼の様子が普段と違うことが気になっていた。
「まぁ、でもアレよねぇ〜部活サボッてもサッカーやってるあたりがあんたらしいわ〜あはははは…!」
「ははっ、そうかな?」
困ったように乾いた笑いをこぼしながらも、その視線は先ほどから川面に向けられたままだった。
志保は先ほどから雅史に対して妙な違和感を感じていた。いつものようになんでもない会話を
しているだけなのに何か空々しい感じがするのだ。
「志保はなんで、こんなところに来てたの?」
「あかりはデートがあるとかで、今日の志保ちゃんは置いてきぼりなのよね〜」
何かに驚いたのか、トイレに行きたくなったのかは判らないがビクッと雅史の肩が大きく震えた。
「…デートって、浩之と?」
学校帰りに浩之とあかりはちょくちょく甘味処や買い物にでかけるのだ。そのいう時、志保はあまり一緒に遊びに行こうとはしない。
浩之達と遊びに行くときは2人か4人でないと志保は大抵遊びには加わらない。
雅史はなんとなく理由を知っていたが、あえて口にだした事はなかった。
口に出せば4人の関係が崩れそうで怖かったのだ。それは志保とて同じだったのかも知れない。
しかし、今は状況が違っていた。だからあえて聞いたのだ。浩之であれば、と。
「…………」
志保は何故か無言で雅史の横顔を見つめた。その表情は先ほどまでのおちゃらけた感じは無く。
事務的な、むしろ冷めた感じすらする視線だった。
「……矢島君よ」
「…やっぱり知ってたよね。あかりちゃんと矢島君のこと…」
「当たり前でしょ…私は、しん…私の『志保ちゃんネットワーク』を舐めないで欲しいわね〜」
「そうだね。志保はあかりちゃんの親友だもんね」
「…っ!相変らずあんたは恥ずかしいことをサラッと言うわね」
「ハハッ、そうかな?」
はじめて彼の視線が風景から彼女へ注がれた。とても穏やかなやさしい微笑みだった。
相手の目を見て話すのが当たり前の彼が、今日は視線を合わせていないことに志保ははじめて気が付いた。
そう、いつもはこの笑顔を見ながら会話をしていたではないか。
それを見た彼女がある決意を秘め語りだした。
「私はあかりほど鈍くないからさ。なんとなく判ってるつもりよ…あんたが誰を見つめてるかってこと」
「…うん。僕も浩之ほど鈍くないから志保が誰を見てるか知ってるつもりなんだけど?」
その言葉を聞いて志保は鯉のようにパクパクさせながら声にならない声をだしていた。
「…あ・あたしは、その…その、なによ。別にヒロのことなんて…なんとも…なんとも思ってないわよ!」
「…なんだ、やっぱり浩之だったんだ」
「……へっ?」
そんなとぼけた声を漏らし、志保はまたしても鯉のようにパクパクさせながら声にならない声をだしていた。
その様子をくすくすと楽しそうに雅史は目を細めて眺めていた。
志保は自分が誘導尋問にあったことに気が付いた。報道関係の十八番に自分が引っ掛かったのだ。
常に取材する側でいようとした自分が。
「ちょっ、あん、あんた!雅史ぃ!あんたいつからそんなキャラになったのよ〜〜!?」
「う〜ん。今日から…じゃ、ダメかな?あはは…」
決まり悪そうに右手で頭の後ろを掻きながら答える雅史は普段の安穏とした彼の姿だった。
だが志保は違和感を覚えずにはいられなかった。
(思い出せないけどなんだろ、この感じ。前にもどこかで…どこかで…知ってる…知ってるハズなのに…)
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神岸あかりが矢島と付き合い始めた。
その噂が流れ出したのは浩之が矢島にあかりへの告白を取り次いでから数日後のことだ。
それは浩之にとって予想だにしない事実だった。
(どこかで思っていたんだ。あかりは俺のことを……だから、きっと断ると)
「…藤田さん。具合でも悪いんですか?顔色が悪いですよ…」
心配そうに浩之の顔を見上げる琴音。
「…放課後。部室に来てください」と来栖川先輩がそう言っていたと琴音から聞かされ、今は部室へと足を運んでいる途中だった。
「先輩には私から言っておきますから、藤田さんは保健室ででも休まれたらどうですか?」
「…あ?あぁーっ、悪りー、そうさせて貰うわ…ふぅ〜」
フラフラおぼつかない感じの浩之を見ていると心配でしかたなかった。
「保健室まで一緒に行きましょうか?」
「いや、大丈夫。それと俺…帰るわ。ごめん琴音ちゃん」
「…気をつけてくださいね。藤田さんに何かあったら…私…」
孤独から救ってくれた人がいなくなるのでは?という思いが一人になることを拒んでいる。独りは嫌だと。
過敏になりすぎた感情が琴音の瞳に雫となって後から後へと溢れ出していた。
(……琴音ちゃん…)
「ハハッ。そんな心配しなくても1日ぐっすり眠れば大丈夫だって!なっ!だからそんな顔しないで」
「そうだ。明日は俺のきつねうどんの”あげ”を上げるからさっ」
「…ぐすっ、ハイっ。でも、”あげ”だけなんてなんかズルイですね。くすっ、グスッ…あははっ…」
目尻に溢れる雫を手の甲で拭いながら懸命に笑おうとする琴音がいじらしかった。
ピクッと震える右腕。すぐにでもギュっと抱きしめて慰めてあげたかった。
だができなかった。別の誰のことを思ったままの自分が応えてはいけない。僅かな理性がソレを拒んだ。
「…では。そろそろ行きますね。藤田さんも気を付けて帰ってくださいね」
今はココに留まってはいけない。またこの雫が溢れる前に行かなくては。
彼を心配させないための精一杯の我慢。
「あぁ。また…あした。明日は大丈夫だから…」
目の前で泣いている者さえ救えない。そんな苛立ちの中、まるで自分に言い聞かせるように精一杯の虚勢。
浩之は引きずるような足取りでノタノタと帰途へとついた。
(…あかり。…琴音ちゃん。…なにか大切なことを忘れてるんだ…何やってんだろ、俺…)
オカルトクラブの扉がガラガラ…ッと閉まっていく。今日は以前のように自動で閉まらなかったので琴音が後ろ手に閉めた。
厚手のカーテンで陽光を遮断され、ロウソクの灯火だけで1クラスの教室ほどもある部屋を全て照らしだすことはできなかった。
「…来栖川先輩?いらっしゃいますか?」
「………」
スゥと琴音の肩口から突然、音が紡ぎだされた。
「ヒィっ!!」
琴音は突然のことに思わず悲鳴をあげ、床にヘタリこんでしまった。
ギシギシと音を立てそうな程ぎこちなく首を音のした方へ向ける。
そこには何時の間に居たのかマント姿の来栖川芹香が静かに佇んでいた。
「…失敗しました」
「…え?何?何ですか?」
ボソリと呟いた芹香の声は琴音までは届かず琴音をさらに混乱させた。
「…………」
再び芹香の口元から音が奏でられていた。高く広く、狭く低く紡ぎだされていく音はやがて唄のように変化していった。
琴音は訳も判らなかったがやさしいその音色にいつしか聞き入っていた。
次に気がついた時、琴音はグラウンドを見下ろすように階段にちょこんと座っていた。
「あれ?あれれ?私どうしてこんな所に…確か来栖川先輩のところに行って…」
しばらく考えてみたが自分がここにいる理由がまるで掴めないでいると、不意に琴音の視界に影が落ちてきた。
「…あれ?確か姫川さん…だよね。最近、浩之から聞いてるんだけど…」
「……どなた…ですか?」
誰か判らず怪訝な顔で少年とも少女ともとれる面差しの彼の言葉をさえぎった。
「あっ、ごめん。僕は佐藤雅史っていうんだ。浩之の友達で君のことも聞いてたから…あっ別に用事があった訳じゃないんだ…」
決まり悪そうに右手で頭の後ろを掻きながら答える雅史に、彼女の周りにいる者達のような悪意は感じなかった。
それに雅史のことは浩之から何度となく話題に上っていたため、多少は知っていた。
「…佐藤さんですか。藤田さんからお話は伺っています」
「…え?浩之が…」
あまりいい話じゃないだろうなと、雅史は困り顔であははと乾いた笑いをしていた。
「…信頼の置ける1番の親友…だそうです。なんだか、とてもうらやましいです」
「…………」
何故か固まったように琴音を見ている。何?と言いたげに小首を傾げる琴音。
実際は視線は琴音を通り過ぎた所に意識が飛んでいた。
「…浩之ってときどき凄いことを言ってるんだね」
なんとなく浩之や志保がいっていた、テレる話をサラッと言われるって事が判った気がした。
「ところで私が何時からココに居たか御存知ないですか?」
「え?いや。僕も今通りかかったところだから…ごめんね、役に立てなくて」
「う〜ん。こんな所に居るって事は、何か約束でもあったとか?」
「…『約束』?…そう…だわ『やくそく』ヲハタサナケレバ…」
琴音は雅史の方に視線を戻すと、ピタリと迷い無く雅史の瞳を見つめた。
雅史もその瞳を見つめ返しながら佇んでいた。しばしの沈黙。先に口を開いたのは琴音の方だった。
「佐藤さんを藤田さんの親友と見込んで『お願い』があるんですけど…」
琴音の目は猛禽類のように瞳孔が縦に細長く縮み上がっていた。異様なプレッシャーを感じた雅史。、
だが、その瞳から目を背けることもできずにいると、やがて意識は混濁の渦へと導かれていった。
その意識の途中で何か刷り込まれいてく感覚と、夢を見ていた。
父が居て、母が居て、姉が居て、そしてハムスターが居る、そんな夢。
父が逝って、母が逝って、姉が逝って、ハムスターが逝って、そして独りで過ごす夢。
浩之が居て、あかりちゃんが居て、志保が居る夢。
独りで凍えていたのに暖かくて、寂しさに怯えていたのに温もりに包まれている夢。
その先は見たくないのに、浩之が逝って、あかりちゃんが逝って……
(うわああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!)
ココロが壊れ逝く、そんな夢を見ていた…夢なのに覚めない…覚めない夢は現実となんら変わらないのに。
徐々にそんな夢に魅せられていた。痛くて、暖かくて、だんだん感覚が亡くなって逝く…理性は甘い食べ物だったハズだ。
「…もう、いい加減かしら?そろそろ『お願い』を聞いてもらわないと、夕食の時間になっちゃうわ」
つづく
■□■□■□■□■□■□■□■□ あとがきです ■□■□■□■□■□■□■□■□
相変らず更新が遅いですが、よろしくです(^-^;)
1ヶ月練りこんでSS書いてます!とか言ったら聞こえはイイのに(?)現実は1〜2時間ぐらいで書いてます(^-^;)
行き当たりバッタリ…p(_ _)q(返事が無い…ただのこうちゃんのようだ…)
このSSと同じようにCGも久々に描いて更新してました。
こっちのサイトでCG描くのは3ヶ月ぶりだったり!煤i ̄□ ̄;
それを考えるとSSはハイペースな更新ですね〜♪(マテ
内容の方は、そろそろ壊れモードありです(笑
ちなみに本館の「日記」に東鳩SS番外編って感じのにあかりの母が登場してましたが、今回は雅史ちゃんの姉にも
登場してもらいました。しかも名前が「青山 沙月」だとか書いてますが大嘘です。そんな名前はありません(笑
たぶん名前出てなかったハズですが、あったとしてもその辺は笑って許してください(^-^;)
次回も更新は●ヶ月後かも知れませんが( ̄∇ ̄; ど・どうぞよろしくです〜
感想なんかあれば掲示板でもメールでもいいのでお願いします。苦情もOKです…でもウイルスとかはヤメテね( ̄∇ ̄;
では〜
ここから下は8/25に追記した分です。
一部、誤字脱字の指摘があったので修正しました。
雅史の姉…『佐藤 千絵美』だそうです。沙月を千絵美に修正しました。
結婚後の苗字は判らないとの事なんで、ついでに青山から鈴木にしてみました(笑
ご指摘ありがとうございました。