The 5th Dimention
〜デジタル技術とコーラスグループ〜
カーペンターズのリバイバルによって、すっかり70年代の音楽への興味を取り戻してしまった私の、今現在の一押しアーティストが「The 5th Dimention」である。
「5次元」と言う名前を持つこのグループは、1960年代末期に登場し、1970年代前半から中盤、ちょうどカーペンターズと同じ時期に大活躍したアメリカの5人組コーラスグループである。男性3名女性2名の混成で、メロディアスな曲を見事なコーラスワークで聞かせる。代表作には「Aquarius/Let The Sunshine In」「Wedding Bell Blues」「Up,Up and Away」等があり、全米NO.1ヒットも放っている。「Aquarius/Let The Sunshine In」は日本でも幾つかのコーラスグループがカバーしており、ロックミュージカル「ヘアー」の挿入曲としても非常に有名な曲なので、多くの人が一度は耳にしたことがあると思う。5th Dimentionは晩年が地味だったこともあり、既に完全に過去のグループではあるのだが、そのコーラスワークは今聴いても新鮮である。特にこの当時は録音技術やエフェクト技術が今のように進んでいなかったので、アーティストの力量が素直に演奏に反映されている。それだけにレアなハーモニーは感動的である。現在のデジタル音楽に馴染まない、もしくは飽き飽きしてしまった耳には極めて新鮮だ。
最近のデジタル技術の進歩は半端ではなく、カラオケにまで「自動ハーモニー作成機能」が付いていることからもわかるとおり、ハーモニーワークに関してはデジタル処理でほとんどのことを思い通りに作ることが出来る。つまり、実際にはハモって歌わなくても、デジタル処理でコーラスを作ることが簡単に出来るのだ。最も顕著な例としては、パソコンとハードディスクレコーディングを組み合わせ、一度歌っただけのメロディーをパソコン画面上でコピー&ペースとしてハーモニーを作り出すことも可能だ。これを応用すると、ゴスペルのようなコール&レスポンスも、アカペラによる壮大なハーモニーも、パソコン上の処理だけで簡単に作り出すことが可能だ。実際に多くのCDで聴かれるハーモニーの多くは、こうして作られているものが多いと思われる。楽器の演奏がデジタル的なサンプリングにとって替わられて久しいが、今は声も同じようにサンプリング&処理が簡単に出来るのである。
しかし、そうやって作り込まれた音楽に、本来音楽が持っている、人の心に直接訴えかけるようなパワーがあるのかどうかは少々疑問である。かえって、例えば5th Dimentionのようなコーラスグループの場合、ライブで発揮される5人の相乗効果による大きなアーティストパワーを、デジタルな録音技術で処理することで、殺してしまう可能性もあると思う。
実際に、日本の魅力的な若手コーラスグループ・ゴスペラーズや、実力派・イブ、タイム5などのアーティストのCD作品は、コーラスの相乗効果によるライブの迫力をほとんど発揮できていない。彼等の場合、CDを聴くよりもテレビやFMのスタジオライブの方がカッコイイくらいだ。複雑すぎる録音処理が、CD作品では彼等の魅力を殺してしまっているような気がしてならない。
5th Dimentionやカーペンターズが活躍した時代、アーティストは真剣にリハーサルを繰り返し、ハーモニーを練り上げて録音やライブに挑んだ。その結果、今現在聴ける彼等の歌声は、録音にも関わらず素晴らしい相乗効果を生みだし、感動的なコーラスハーモニーが聴ける。現在のコーラスグループも、この点では変わりはないと思う。問題は録音する側にあるのだ。70年代には音を波形で表示してコピー&ペーストするなんて逆立ちしてもできなかった芸当だ。故に音はレアなままであり、録音からもアーティストのパワーがそのまま伝わってくる。
ポピュラー音楽がCDの形で配布されるようになってはや10年が経つ。
デジタルな録音技術やエフェクト技術は進み、もはやスタジオで作れない音はないとも言われている。そんな時代になれば成る程、問われるのはアーティストの質であり、録音技術者のセンスなのだ。録音技術の進歩を否定するつもりはないが、要は使い方である。最近の海外の曲を聴くと、最新のデジタル録音のはずなのに、1970年代のフィラデルフィア・ソウルのような音で録音している曲も目立つ。結局、声やアコースティックな音を主体に考えた場合、この時代に作られていたような音質やバランスが一番あっていたのかもしれず、それに気が付いたセンスあるディレクター達が、最新のデジタル機材を使っていてもデジタルな処理は押さえ、レアな音をそのまま出して当時の雰囲気で曲をまとめているのだろう。70年代のフィラデルフィア・ソウルがベストなのかどうかはわからないが、少なくともデジタルベタベタの音よりは好感が持てる。
いずれにしても、70年代のリバイバルではない、90年代の本物の音楽がもっとバリエーションを持って増えてくれることを願う。「The 5th Dimention」は魅力的だが、彼等を聴いてコーラスの魅力にとりつかれた人が次に聴くCDは、現役のアーティストの最新アルバムであって欲しいと思う。魅力的なコーラスグループが素敵なCDを作れるような環境が、早く日本でも整って欲しいものだ。
13,July,1997 by Osamu Yamanaka