古い記憶だ。
私が持っている記憶の中でも、最も古い記憶。
私は・・・夜の闇の中を、独り歩いていた。
「―――とーりゃんせー・・・とーりゃんせー・・・」
歌を歌っている。
あまり縁起のいい歌ではない。
鬼道伝説・・・姥捨て山を詠った歌だ。
「こーこはどーこの細道じゃー・・・」
長い長い闇を、私は歩いていた。
道行は一人。
独り、ずっとこの暗い道を歩いていた。
いつから、歩き始めたのか。
いつから、ここに居るのか。
いつから、こんな歌を知っているのか。
何も知らず、しかしすべてを知って、私はずっと歩いていた。
「なんで、こんなところに居るの?」
唐突に、少女の声・・・いや、少年かもしれない。
ふと、幼い声が私の耳朶を打った。
「ここは、あんにゃの来る場所じゃないよ。お外の、もっと遠くで遊ぶといいよ。」
なんて無茶を言う。
ここが、私のすべてだと言うのに。
「でも、僕はここしか知らないんだ。外になんか出て行けない。」
不安を隠しきれず、声の正体を図りきれず。
私はそう言った。
くすくすくす。
声は笑い始めた。
「じゃぁさ。あしと一緒に行かない?あしはもうずっと人と話してないの。」
「僕もだよ。本当を言えば、外に出られるのなら、空が見てみたい。知識でしか知らないけど、きっとすばらしいんじゃないか、って思うんだ。」
「そ。なら、行こう。あしの仕事、手伝って。」
声は、闇の奥から手を伸ばし、そして私の手をとった。
暖かかった。
闇の奥で生を享けたといっても過言ではない私は、その子の小さな暖かい手を握り、そうして気がつくと、紅い赤い夕焼けの町に居た。
「ほら、あの子。淋しそうにしてるよね。あんにゃとおんなじ。」
紅い服を着た、少女とも、少年ともつかない子供。
まるで御伽噺の妖精のような、幻想的な風景。
たそがれの広場に、紅い赤い朱い和服の子が一人。
広場の向こうを、まぶしく淋しげに見つめる少年。
それは、闇しか知らない私にとって、とても幻想的で・・・
気づけばその子は、淋しそうにしている子に近づいていっていた。
「ほれ、これがあしの仕事。」
紅い服のその子は、淋しそうにしている少年に、手を、そっ、とかざす。
「ほら、もう淋しがらないで。そーしてっと、きっと友達できんよ?」
そう言いながら、その小さな手を振る。
―――想い出して。おんしゃは、もうおとなでしょ?
ふぅっ、と風が吹いた。
なんて、心地よい、風。
すると、少年は、何かを想い出したかのように、歩いていく。
そして、その姿が・・・徐々に、だが確実に、ピッとした背広の青年に変わった。
周りでは、いつの間にか、大勢の子供たちがはしゃぎ遊んでいた。
そして、さっきの少年に似た雰囲気の少年も。
『懐かしかったなぁ。ああいう時が、俺にもあった。懐かしいなぁ・・・』
去っていく男の声が、響いた。
「これが、あしの仕事。みんな想い出せないこと、忘れたいこと、想い出したいこと・・・みんな、あしの仕事。あしがいるって、そういうこと。」
ざぁ。
雲が流れた。
その子の瞳をじっと見て、そして私は空を見る。
闇の中は、私の古里ではないと、気づいてしまった。
想い出した。
くすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくす・・・
大気に溶けていく、笑い声。
そうだ、私は今、生を享けた。
この空と、雲と、太陽と。
この心地よい、無限に続く風の中で。
続く。
あとがき
始まりました。
「私」と「この子」の物語。
不可思議な、「想い出」の中の物語。
そしたら。
シュワッチュ!!
最礼恩殿に無限の感謝を。