1941年(昭和16年)11月20日未明-宇志知島、単冠湾

まだ日も明けぬその海に、その艦ははただ一つあって、茫洋と佇んでいた。

「もう、昭和16年も暮れるのね。そして、私たちは似た歴史を辿っている…」

その海を、きっとこの日をかつて別の場所で迎えたであろう彼女は、柔らかくそう言った。

もう、公式な場ではあまり使われていない年号を呟いて。

海はどこまでも広くて、その声は優しい。

だけれども、見よ。

その声の主は戦船。

その麗しい声は戦船の頭脳の放つ言の葉。

麗しい声が響くのは、白く塗装された中央制御室だ。

「では、どうすればよかったと言うんだ?これは一つの最善。私たちに出来た一つの最善のはずだ」

しわがれた老人の声が、戦船の思考を妨げた。

「一つの最善、確かにそうです。ですが」

「ですが、か。あの世界に留まっていたよりは、そしてあの世界と同じ道を歩ませるよりはマシではないかね?」

あの世界。

それがなにを意味しているのか。

その言葉を遮る様に、戦船はその老人に報告した。

「第一艦隊が柱島から進発しました」

戦船はそう言って、人間の姿をしていたのならきっと…瞑目したのだろう。

「電文、入ります。[ニイタカヤマノボレ 1201]」

その言葉に、老人も瞑目した。

制御室に存在している、彼の、この船の主要スタッフも。

悲しげな沈黙は数秒間続き、そして破られた。

「昭和年間大海令第1号に従い、これより作戦行動に移ります」

「うむ…各員に通達。これより出港する」

呻く様に老人はうなづいた。

絶対に負けられはしないと、己に言い聞かせるように。

その眼は、戦人というには優しすぎる。

その眼を上げて、老人は叫ぶように声を搾り出した。

「我々は努力した。歴史と言う奔流にな。だが、戦争と言う波を押しとどめるには、24年と言う時間は短すぎた。私たちと言う人数は、少なすぎた」

慟哭のような声は、その軍装…帝国海軍第二種軍装に包まれた体を震わせた。

その震えがなにを意味するのか、私たちはまだ知らない。

私たちは…

「私の軌跡は…どこへ向かうのでしょうね?笈川さん…」

少女のような声が制御室に響く。

老人の名は、笈川長道。

そして、この船の、猛々しき漆黒の戦船の名は。

「長門」と言った。


キセキの長門
序章[DAY of the TRANSFERENCE]


2106年7月18日-太平洋

初めに言っておこう。

世界は、一度滅びかけ、今もまた死に瀕している。

2019年におきた、三度目の大戦は人類の大半の命を奪い去った。

イスラエルとイランの間でおきた第五次中東戦争を火種にして…

細菌兵器、生物兵器の大量投入によるインフェルノが、なんと当時80億を誇った人類の75%を殺していったのだ。

この五度目の中東戦争にアメリカと中国が介入したのがすべての原因だった。

些細な軍事的衝突。攻撃。

それが限定戦争に発展したのは、まぁ必然だったろう。

大半の人間が、この戦争は長くは続かないと思っていた。

どの国だって、最早総力戦など挑めるわけがない。

戦術核を使いまくっていたアメリカも中国も、火種となったイスラエルや中東ですら、戦略核攻撃を行う気がさらさらなかったのだからなおのことだった。

しかし、しかしである。

敗戦に瀕した中国軍は通常弾頭を積んだICBMを米国全土に降り注がせた。

これがアメリカの細菌兵器貯蔵庫に運悪く当たってしまったらしい。

同時に台湾海峡に中国軍が集結し、そして統一朝鮮を通り道にした日本侵攻作戦。

これが煉獄の始まりだった。

アメリカが隠し持っていた、後に三日風邪と呼ばれる高致死性の難病は瞬く間に世界に蔓延し、対策が遅れたアジアアフリカ諸国、そして当事国のアメリカの人口を徐々に、徐々に減らしていった。

それでも、アメリカは対策とワクチンの頒布が早かったので、戦争は継続されていた。

この地獄を起こした中国に対しアメリカ軍は開発中の生物兵器、パワードスーツ部隊を大量に戦線に投入。

中国は同様に致死レベルの高い細菌兵器を戦線に投入した。

まぁ、要するに双方とも最早理性を失っていたのである。

2021年。

限定戦争は戦略、戦域核抜きの全面戦争に発展していった。

それから数年…

日本は常に戦場となり、各地に建設されていた100万人規模の大型シェルター[ノア級]に逃れることが出来た千数百万、北方への脱出に成功した同じく千数百万を残して壊滅した。

政府機能が破壊されなかったのが、後に幸いするのだが…

同様に直接戦争に巻き込まれなかったEUもやはり人口が数分の一まで低下したものの、政府機能は失われていなかった。

逆を言えば、それ以外の政府は…

そう、アメリカと中国、そして戦争の火種となった中東やイスラエルは生物兵器と細菌兵器によって完全に真ッ平ら。

人口の90%が失われた。

そのほかの国も、アノミー化を抑えることが出来ずほとんどの政府は崩壊していった。

時に2028年、第三次世界大戦は勝者もなく、敗者もなく、ただ人の屍を残して消滅したのである。

「それから、78年…か」

そう、初老の男が呟いた。

目の前には深淵たる深海が広がっている。

全身を白に塗られた艨艟の艦橋で、その老人は呟いた。

「どうしたんですか、艦長?いえ…海将」

「なに、私が生まれる前の話だよ…」

老人は目の前のまだ若い将官にそう述べて目を伏せた。

彼の年齢は、当年とって60歳。

大戦消滅から彼が生まれるまでの18年間、世界は再編と滅亡の回避に翻弄された。

何とか生き残った日本とEUはまず最初の5年で国内を、多大な努力と心血で立て直すことが出来た。

…一行で言ってはいるが、それは並大抵のことではなかった。

人口が減り、インフラは半壊し、そして人心は荒廃していたのだから。

日本でもEUでも強力な指導者が現れ、社会を先導していなかったなら、どうなったかわからない。

そして、米中の生き残り、そして第三世界の生き残りをなんとかかき集めて…世界はどうにか立ち直ったのである。

2036年、日本とEU、そして生き残った数十の政府は新国連の樹立を行う。

この時世界人口は22億…なんと、第二次世界大戦前にまで人口は減っていたのである。

「私が生まれる頃までは、この人口はほとんど増えなかったそうだよ佐藤くん」

「そうなんですか、笈川海将」

切れ長の眼を持つ佐藤と呼ばれた男は笈川と呼んだ男に向き直る。

どうも、何にでも首を突っ込む性質のようだ。

持っていた電子資料をコンソールに置くと、笈川に近づいていった。

彼の名は佐藤正秋三佐。

海上自衛隊きってのエリートである。

当年とって32歳。

要領がいいほうだが、興味の向く方向へ行ってしまうことが多い男である。

「うむ…今でこそ、微細作業機械の医療応用によって前世紀初頭の人口を取り戻しているがね。それも耕地面積の関係でまた人口減少に転じそうなのは、君も知っているだろう」

笈川はそう言うと佐藤を見据える。

優しげな眼が、今はどこか悲しい。

彼の名は、笈川長道海将。

一言で言って、運のない男である。

理由は…

「ところでAIの調子はどうかね、副長」

「いえ、全くうんともすんとも」

佐藤はつまらなそうにそう呟いて、それより続きをと眼で促した。

「そうだな…今はのんびりしようか」

そうして、彼は話を続けた。

それから10年ほどして、2046年…積極的に新テクノロジ開発に躍起になっていた各国に先んじて日本が核融合発電に成功。

翌年EUもそれを成功させ、世界は核融合時代に入った。

…ようやくその頃から食糧事情と衛生事情が改善され人口は増加に転じるのだった。

「それから、10年前に微小機械が開発されて、人口爆発が起こり、今に至るというわけさ」

「そう、そうでしたね。しっかりした話として聞くのは、久しぶりです」

笈川の笑みに、佐藤もまた微笑を返してそう言った。

「貴方も、そんな流れでここにいるんでしたね」

微笑を消して佐藤は続ける。

「貴方は、この計画に、自衛隊の拡張計画に反対していた。もう戦争は起きない、起こしてはいけないと強く述べて。ビーイングフリートであるべきだと。だからでしょう?この艦のAI設計やその不調を押し付けられた、その年、その階級で艦長なんかやらされているのは」

「もう過ぎたことだよ。でも、君は要領がいいと思っていたけれどもね。何故この艦に来たんだい?」

逆に笑みを深くして、笈川は尋ねた。

だけれども、佐藤はその笑みこそがその理由だと笑みで答えて、外を見た。

そこにはどこまでも海が深淵と佇んでいる…



???

―――貴女は、誰?

―――私は、誰?

深淵で眠る魂は呟いた。

意識を得たのを、感じた。

それも、はっきりとした意識を。

ぼうんやりとした意識で、あくまで物として過ごしてきた彼女に時は無意味だ。

ただ、深海にあって愚かな人間を見つめてきただけだ。

ただ、栄光と共にありし日々を思い返すのみだ。

「それで、いいの?」

―――良くはない。

―――意識を得たのならば、やるべきことがあるから。

羽の生えた少女を見据えて、深淵で目覚めた魂は叫んだ。

―――私は、もう一度、人のために働きたい。

―――私はもう一度、生きたい。

―――生きたい生きたい生きたい!

―――生きたい!

「なら、これをあげる」

一枚の羽。

ハネはハネてキセキを描いた。

深淵でキセキを描く魂は、彼女の頭上に現れた巨艦にその身を委ねた。

魂が飛び出したのは、最早朽ちた赤錆の塊。

…深淵で眠る魂の名は[長門]。

かつて、栄光の八八の初を飾るはずだった艦。

帝国の栄枯盛衰を担った艦。

祖国の大危機に戦うことが出来なかったもの。

虜囚となり、無粋な兵器の実験台に供され、人知れず沈んだ彼女の名は[長門]!



2106年7月29日-ビキニ環礁

艦の試験航行は順調に進んでいた。

この艦は、最新鋭の戦闘装備をふんだんに盛り込んだ、百数十年ぶりに復活した艦種…戦艦である。

過去の戦艦と違い、電磁投射砲とレーザー兵器、ミサイルで完全武装した、宇宙空母すら沈められる…予算の無駄遣いである。

まぁ、それはともかく航海は順調であった。

最後に、旧米国西海岸を確認し、必要があれば同乗している600名の特殊部隊で上陸を行う…

これは、アメリカ大陸が再び耕作可能地域に出来るかどうかの試金石でもあった。

この航海が成功すれば世界は再び安定期に入るかもしれない…

そう期待が込められていた。

だが…しかし。

異変は、起こった。

ビィービィービィー!

警報が鳴り響く。

「何事かね!?」

「わかりません、ただ計器が異常です!」

押っ取り刀で飛び出してきた笈川と佐藤に中央制御室要員の一人が切羽詰った形相で叫んだ。

「衛星からの情報が途絶しました!各根拠地との通信もつながりません!ソナーも異常です!」

その状況に、笈川は叫んだ。

「ええい!手動でなんとかしろ!」

「無理です!AIが暴走しているようです!!」

「なに!?」

その言葉に佐藤が叫んだ。

今まで、どうやってもまともに動作しなかった、仕方ないから従来の制御系で操作していたこの艦が…

そこまで考えたところで、目の前の映像が激変した。

「艦外映像が変わりました!?ここは、ビキニ環礁のはずなのに…」

その光景は明らかにおかしかった。

「アレは…アレは!?」

笈川が叫んだ。

そこに映されていたのは…それは、それは…

「あの艦は金剛…私の姉…」

制御室に声が響いた。

「私は長門…戦艦、長門…」

麗しい少女の声が、響いた…

つづく


超戦艦長門
性能諸元
軽荷排水量 108,500トン
満載排水量 160,400トン
水中排水量 200,000トン
全長 320.42m
全幅 46.55m
吃水 13.69m
最大速(水上) 80ノット
最大速(水中) 120ノット
最大速(空中) 210ノット
最大上昇限度 600m
最大潜水深度 200m
軸馬力 600万shp(軸馬力換算)
乗員 士官:10名 兵員:313名 員数外乗員:600名
兵装
60口径406mm電磁投射砲 3門
60口径155mm電磁投射砲 4門
対空レーザー砲 20門
VLS-90-2 90式ミサイル垂直発射機構240セル (前144セル+後96セル 耐水圧式)
搭載ミサイル(時空転移時)
98式巡航ミサイル 32発(1セル1発)
SSM-90 天風対艦ミサイル 32発(1セル1発)
LSAM-90 陣風長距離対空ミサイル 32発(1セル1発)
SAM-86 烈風対空ミサイル 200発(1セル4発)
SVLA-80 海風アスロック 48発(1セル1発)
鳥舟35mmCIWS 8基
53/32cm対潜魚雷発射管8基 24発
天照IRBM発射機構2基 2発
SBH-100[白鴎]対潜ヘリコプター3機


SBH-100C 零式対潜ヘリコプター[白鴎]
全長 21m
全幅:5m(ローター展開時17m)
全高:6m
エンジン:T-X777-IHI-965A×2(3800shp×2)
最高速力:250kt
実用上昇限度:6000m  
最大飛行時間:約5時間
最大飛行距離:約800km
最大離陸重量:11t
乗員数:2名(最大8名)
武装
ASBT-86 海鼠航空機用対潜短魚雷×2

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