その日、彼は夢を見た。
壮麗で、雄大な夢だった。
東京に…はるか未来と思える、高層ビル立ち並ぶ帝都に落ちた一つの石が起こした、壮絶な夢だった。
偉大な指導者と、未来技術。
見たこともない大戦艦と、彼の頭の中にもある見慣れた艦型。
そして、そのどれもが考えられない武装をしていた。
最新式など、とっくに通り越したような機関砲、円錐形の噴射物体。
まるで、押川春浪の冒険小説のような超兵器と、それに恥じぬ見事な政治で世界を先導していく偉大な男の夢を。
…幻に過ぎないはずのそれを。
本当のことのように感じたのは気のせいだったろうか。
次の日も彼は夢を見た。
崩れゆく帝都の夢だ。
一つは、天意によって。
一つは、まさしく人の暴悪によって。
天意によって滅びかけた帝都は、混乱にあった。
それを助長したのが、自分の死だと夢は言っていた。
…それが引き起こした、一つの最悪がもう一つの帝都の崩壊だとも。
最後に、彼は夢を見た。
赤い羽の少女の夢だ。
その羽は、まるで血のような色で、まるでまるで、死装束。
ブチマケラレタ緋色が痛々しいその子は言った。
―――夢ならざるところから、夢ならざる果てへ。
―――汝望むべき夢は何か?
…答えは決まっていた。
帝都の、彼の主たる皇国の皇の…否、この彼の愛する国の総てが安らかにあればいいと。
それのために、命果てるも苦でなしと。
―――ならば、生きよ。病を忘れるな。人はたやすく…
夢はそういって消えていった。
…夢を見ていた男は、加藤といった。
加藤友三郎。
八八艦隊を企図しながら海軍軍縮の立役者となり、後に皇国の首相として空前の震災に先立って、志半ばに大腸癌によって倒れるはずの男。
その日、彼は夢を見た。
理想を追い求める人々の夢を。
青い風と、深い碧を身にまとった人々の夢を。
なぜか、彼らの姿は見えなかった。
この世ならざるものゆえか、しかしそれは圧倒的な現実感とともに押し寄せる。
彼らはただ、ただ悔いていた。
何故、世界はこうなってしまったのかと。
果てのない未来からやってきたものもいた。
彼らは、どうしてもこの世界を救いたかったのだ。
彼らの来たりし世界よりも、良き時間へと変えたかったのだ。
ただ、その思いが伝わってくる。
そのために、彼らはその知恵を、その力を総てなんとか現実を理想に近づけるための努力に費やしたのだ。
…それが青臭い幻と知りつつ、目が離せなかった。
次の日も彼は夢を見た。
…彼の理想が崩壊する様だ。
それも二度。
一つはいくさびとの暴力によって、意味を失い。
一つはきらびやかなるもののエゴによって欲に塗れる。
失われた理想は、破壊によって復興し、また失われる。
むなしい独り芝居は、それでも前へ進んでいるようだった。
気づいたときに感じたのは、腹部の痛み。
血走った目の男の凶刃を前に、彼は前のめりに倒れていた。
夢は彼がここで倒れることこそが、この一つの最悪を作り出す、と教えてくれた。
最後に、彼は夢を見る。
青い衣の少女の夢だ。
―――理想は失われる、現実は遠のく。
―――二つに見放されて、人は死ぬの。
それでも、理想に近づきたいか。
現実の総てを使って、そこに近づきたいか。
彼は真の意味での理想主義者ではなかったが、たとえばきらびやかなものの力を使うことに聊かのためらいもなかったが。
それでも答えた。
…出来うるなら、そこへ。
―――なら、体に気をつけて。人に恨まれないで。うらまれるなら、身を守る手立てを…
夢はそういい残して、消えていく…
彼の名は、原敬。
政党政治を実現させるために、己の総てを費やした男。
志半ばに、不逞の輩に討たれ、東京駅にて死した男。
同じような夢を見た人々がいた。
良識派と呼ばれる人々、心のなかに夢を抱く人々。
彼らはやがて夢を見る。
己の顔をしっかりと、周りの面々の顔もしっかりと。
白い羽の夢を見る。
白い羽は言った。
白い羽の少女は言った。
―――横須賀へ向かいなさい。
―――可能性を信じるならば。
その夢は現実のようにはっきりしていて。
その夢を見た十数人の人々は、こぞってその日、横須賀へ向かった。
同じ頃…巨大なものが現れているとも知らずに。
続く。
後ろのガキ
今回は夢です。
総ての序章です。
モチーフは羅門祐人と荒巻義雄。
おてちん。