く…頭の中が痛い。兄貴もやってくれたな、あんな強引な手で浅倉智也を取り戻したとはな…爆薬に復元を妨害する何かを仕込んでいるとはな、火傷が治りにくい…そして、頭が痛い。
体を復元するたび、腹が減る…
『ガルルルル……』
 火傷を見るたびに、兄貴と浅倉智也に対する殺意が食欲に代わってが沸いてくる…苦しいくらい…これはどうしようもないな、満たさなくてはな、俺は細い月が照らす夜の街へと出た。まだ闇が深いな…
 街には人と呼ばれる『餌』が夜だというのに歩いている……

 浅倉智也…兄貴…フレキぃ…街を歩く奴らが全員この二人に見えてならない…ヤバイな、俺は浅倉智也を連れて来いって姫様から言われてるが、こんな状態じゃ…浅倉智也を食っちまう。
 ああ、兎に角、狂いそうなくらい腹が減って喉が渇いた…

…早く、誰か食わないと……

すべてを、全てを壊して、殺して、爪で切り刻んで、牙で引き千切って、食いたい。どうしようもないな。この衝動は…

兄貴を…浅倉智也を……ああ、どんな味がするんだろうな…彼は…

 いけない、抑えなければこの衝動を……。何せまだ、時間があるから…

「丁度いい獲物を見つけた……」
 手ごろな食事ができて、この日本は本当にいいな…俺が望まなくとも人が集まってくる。俺は黒豹のように体の模様を闇に溶け込ませ、獲物を待った。
 俺の体を、数多の獣達の情報で武装する……混沌の『666の獣』とはよく言ったものだが……
 俺がいる草むらの前のベンチに二人の人が座る…カップル…か…二人とも美味そうな匂いをしている、これで少しは食欲を紛らわせそうだな。

 狩りは成功した、気配を殺して近づいて…男の方は…あっけなく猛禽類の腕に捕まり、首をへし折ってやると簡単に絶命した。
 女は悲鳴をあげる前に、喉笛を掻っ切ってやると真っ赤な血を噴出して倒れた。甲殻類の爪に変えたのは初めてにしては、いい出来栄えだ。

昆虫、甲殻類等の節足動物の情報は、理解してそれを『ヒト』の体と転写するのは難しい。節足動物は外面は固い装甲を持っていても、中は空洞…骨格を持たない無脊椎動物…
…脊椎動物は、その点を理解するのは容易い物だ。熊・象・猛禽類・虎・獅子・猿(…猿は最もヒトの情報と近い、転写してもさても変わらない)大蜥蜴・亀・鮫・蛇。俺の記憶の中にある脊椎動物はすべて、哺乳類、爬虫類、鳥類、両生類、魚類、この全ての情報は俺の頭に入っている。
ただ単に666匹の獣で武装するのとは違い、『種』…その物の情報を頭に理解しうることで、俺の頭の方が『混沌』より勝る物となっているだろう。しかし、生物の『種』その理解がなければ『混沌』よりは、使いにくい能力には変わりない。
 例を言うと、無脊椎動物…強いては、恐竜等の絶滅種…空想生物や、超越種などの物は理解をしなければその完璧な能力が宝の持ち腐れとなってしまう。
夫々の種類と分かれる、骨格構造、基本性能、強いては遺伝情報…ヒトとの適合率。その全ての情報を理解した上で、『ヒト』の体にその情報を転写する。しかし、俺がその動物の情報を理解しなければならなくて…もし理解が無いと、俺も自身の体の一部を変化させられなく、能力も期待できない。『ヒト』に情報を転写するとなれば、その動物を完璧に理解しないと、転写された情報が不完全なヒトの体は崩壊を起し、出来損ないの獣人の死徒が生まれてしまう。
実際…甲殻類や、昆虫の情報を理解するのに1年を使ってしまった。
しかし、この情報は、兄貴に折られた刀よりは仕える情報だな。次は絶滅動物の情報でも理解するとしようか?

「ふ…どいつもこいつもあっけない…しかし味は格別だ」
 吸血鬼の力を得て、血の味がますますいい味だと思うようになった、姫様は無益な殺生は余り好まないが、食事に関しては何も言わない。
 俺は倒れこんだ二人の獲物を銜えると草むらの中へと引きずってじっくりと味わった。
がつ、ぼり…がりがり…ぼき、ばりばり…
「ふぅぅ…」
 俺はどんな気まぐれを起さない限り、人を食えば骨まで残さず食い尽くす…おおっぴらに死骸を残すと兄貴がまたしつこく付き纏ってくるからな。
「……」
 最後の肉を口に入れて俺は、草むらから出てハンカチで血がついた口をふき取った。
 飢えと渇きを一通り満たしてから俺は、新しい塒へと帰る事にした…もう、大丈夫だな…さて、今度はどうやって、浅倉さんを呼び出そうかな。




鍵爪
 第十五話 『魔猫』


「智也さん、ここに来てどうするんです?」
 俺はフレキと今、ゲリ…つまり井上晃が所属していた警察署内に居た。俺は戦いには参戦できないものの、ゲリの手がかりとなるようなものがあれば…
「ゲリは、警察の井上を演じていた…もしかしたらゲリはここにまだ居るんじゃないかと思ってな」
「……そうですか」
 フレキはそう言って、何かそっけないような態度で返すと、俺達の前に井上と同じような私服警官がやってきた。この人に井上の事を聞いたら…俺が浅倉の人間だと知ったからか、快く応じてくれた。
 この町の警察はすべて浅倉グループの管轄で動いているようなものである。浅倉の人間なら顔パスな警察も何だか嫌だな。だから、浅倉邸護衛の警官隊も存在するくらい。
 兎に角、ここでゲリの手がかりよりも、井上と言う人物が居ても居なくても、ゲリの手がかりさえ見つかれば……
「お待たせしました」
「あの、すいません、井上さんはどこに」
「井上?申し訳ありませんが、署内にそのような人物はおりません……」
「え!?で、でも確かに…いえ、いいんです」
 井上が居ない…まるで最初からこの警察に所属していなかったような言い方をこいつはするが、フレキを見て俺は諦めた。
「お力になれなくて申し訳ありません」
「…いえ、こっちこそ何か事件があるのに邪魔に入ってしまって」
 そう言えば、手がかりを見つけに来たんだけど、署内が妙に慌しかった。この警官の話では、昨晩で4件…行方不明の事件が立て続けに起こっていたと聞く。
それ以上は井上のように詳細に説明してくれなかった。浅倉の人間といえどそれ以上は明かせないって言うことだ。
「では、失礼します。フレキ、いくぞ」
「はい…それでは」
「ええ、また何かあったら」
 警官は去る前に敬礼して、フレキは丁寧にお辞儀をして、先に行く俺に追いついた。

「どういうことだ?フレキ…」
 警察署を出て俺は追いついてきたフレキに聞いてみた。
「ええ…井上と言う人物ははじめから存在していなかった…と言う答えですよ。ゲリは自分の予定外で作ってしまった死徒を処分するつもりで、警察に入る為予め暗示をかけたんでしょう、署内の全員にね」
「……そんな事ができるのか?」
「ゲリならば、『黒い姫君』に一通り、人に溶け込む術を習ってここに来ているでしょう。今まで自分がゲリを追って旅をしていて、今まで一度も捕まっていないのは…奴が匂いと気配を隠して、人に溶け込んでいるから…」
 恨みつらみの話をするようにフレキは語った。なんでもフレキは俺と会う以前から、ゲリを追って旅をしていたらしい。
一番大きな事件が、数匹の死徒と死者により小さな街が全滅したという話…ゲリにとって、死徒は食べ残しが生き残ったからとフレキ言った。それだけで、小さな町が一晩で壊滅したというのだ。
 人の命を弄んだ挙句の始末が、これだとフレキは悔し紛れに語ってくれた。
「ゲリはそうして、俺を欺きながら…ここに渡って来ました。途中置き土産的に死徒を放って俺を足止めしながらね…」
「……許せないよな、そう言うの…」
 少なくとも、今まで生きてきてそんな最低野朗にあった事は一度もない…それがまた俺の力を欲しているといて、あんな奴のために俺の力を使わせたくは無かった。

 街中を手がかりになりそうな物を探しながら、俺はフレキと会話をすすめている。
「なあ、ゲリが俺の力を欲しがるのって姫様の命令とか言ってたが、お前もいつも『黒い姫君』がどうとかって言ってるけど、何者なんだ?そいつ…」
 最初の事件現場となった公園のベンチに俺とフレキは座って、自販機で買ったコーヒーを飲みながら、フレキにその事を聞いてみた。
「『黒い姫君』…自分も直接会った事はありませんが、死徒二十七祖の九位…アルトルージュ・ブリュンスタッド…死徒における吸血姫だと、俺がある魔術協会にいる時に聞きました…」
 以前に吸血鬼の死徒の中でも古い存在だと、フレキから聞いた。浅倉の先祖となった吸血鬼も、その気になればその中に入れると言っていた程だ。
「普通なら、彼らの領地に自分のような獣人が踏み込めば…一瞬で殺されてしまいます」
「そいつって、フレキより強いのか?」
「強いなんて物じゃ説明できません…できれば、二十七祖の誰とも会いたくはありませんよ……」
 フレキの額に冷や汗が流れて恐怖に引きつってるのが解る、こんなフレキは始めてみた。そんなに恐ろしい奴なのか…
「ただ、ゲリが言うように、彼女が智也さんの『剣』を欲しているとしたら…いや、むしろ智也さん自身を欲してる可能性が高い」
「何だって?それって何で…」
「智也さんが完全に覚醒して、『剣』の本当の意味を知る事ができれば、自ずと彼女が智也さんを欲する訳が解ると思われます…」
 まったく、とんでもない女のプロポーズを受けてるような物だな……どんな高貴なお姫様の頼みでもとんでもない理由で力を使われたくないから、即noって出したい。
「もしかしたら、美村を吸血鬼にしたのって…」
「いや、『黒い姫君』がそんな回りくどい事はしませんし、それだとしたらゲリは送り込んできませんから、その可能性はありません。智也さんの力を欲する、別の二十七祖かもしれませんし、他の死徒と言う可能性も捨てきれない」
「……」
 とも角、俺はいろんな奴等から引っ張りだこだって事になるな…ああ、頭が痛くなってくる。
「大丈夫ですよ、智也さんが覚醒するまでは自分がどんな相手だろうと全力でお守りいたします」
 フレキはそう言って、俺の肩に手を置いてくれる。その言葉が無性に嬉しく思った。
「頼もしいな……」
「それが自分の務めですから」
 俺が完全に覚醒をすれば、フレキの肩の重荷もとれるだろうにな…


じー…
「なぁ…フレキ…」
「……ええ、解っております」
 ずっとだが、俺達を見る視線に気付かないわけなかった。ずっと尾けてくる視線を俺もフレキも肌で感じ取っていた。
「敵…ゲリか?」
 真後ろで俺達を観察するように、俺らの動向をうかがう何者かを感じ取っていた。ゲリかもしくは美村を吸血鬼にした奴…
「………」
「どうする?フレキ…」
 無言のフレキ…眼が青い色から少し紫に変わったような気がした…
「……」
 フレキは無言のままベンチから立ち上がり、後ろの何かが居ると思われる草むらにくるりと反転する。
「お、おい!?」
 相手がゲリや吸血鬼だったらどうするんだ?
「……」
ざ!
 フレキは無言のままその草むらに右腕を突っ込む。
「ふぎゃ!?」

「……」
 殺気、怒気、それ以前に何か脱力するような、猫が潰れるような声がフレキが突っ込んだ草むらの奥から聞こえてきた。
「な、なんだ…」
「大丈夫です」
 誇らしげな顔で、ずるっとフレキが草むらから何かを引っ張り出す。
「!?!?!?!」
「にゃ…」
 フレキの手には、小さな胸だけ白い毛のツキノワグマのような毛の色をした、黒猫だった。何故か赤いスカーフを巻いている…
 何かと思って正直、緊張してしまったが…ただの猫でよかった。
「ただの猫か?脅かすなよ……」
「ただの猫でわるかったにゃー」
 ……何?今、何て言ったんだ?俺の眼が可笑しいのか?猫が口をパクパクさせて声を出したような気がする。
「……」
「にゃ!?今度はだんまりかにゃー!?旧ご主人のご主人はにゃーに対して失礼にゃ!」
 ……ああ、そうか、フレキが少しテンションが低くなってきてる俺を元気付ける為に人形を使って俺を元気付けてくれてるのか…
「フレキ、腹話術か?元気付けてるだろうけど、俺は大丈夫だ。だけど、凄く上手いぜ…こんど、みんなの前でやってもいいだろうな」
「っく、むむむ…」
 フレキは何だかいいたげな表情を引きつらせながら頭を猫(人形かと思われる)を持っていないほうの手で眉間を押さえてる。
「にゃーは人形じゃないにゃ!」
「……」
 違うのか?いや、よく考えてみろ………………にゃ……そうだよな、普通なら猫が眉間にしわを寄せて怒るなんてこと無いもんな。
「にゃにゃにゃ…ぶにゃー?」
「…ロボットじゃないのか?」
「ぎにゃー、は、離すのにゃー!痛いのにゃーーーーー!!」
 浅倉グループおもちゃ開発部門が作り上げた新型の猫型ロボットだ、そうに違いない…猫の頬肉をひっぱる、本物のように伸びる。
 ついでにごろごろもしてやる。
「にゃ〜ごろごろ…って、喉をごろごろするにゃー!!」
「……」
「……」
 本物っぽい…機会とかの類も入って無さそうだ。だからと言ってフレキが腹話術をしているなんて事は、考えられない。むしろ最初の時点でフレキが腹話術なんてするはずないと思った。
「猫が喋ってる…」
「だーから、さっきからなんなのにゃー、こいつ!?」
「……」
 にゃーにゃーとフレキに首根っこ掴まれながらじたばたと暴れる。俺はそれをぽかーんと見ながら思った。
 猫が喋ってる…にゃーと言って喋ってる…人語を話している…悪態をついている…にゃー…にゃー
「旧ご主人も早く下ろすにゃー、この人間に、にゃーの恐ろしさを見せてやるにゃ!」
「……」
 何だか、猫の癖にやけに物騒な事をほざく猫を持ち上げて、自分の顔の前まで持ってくるフレキ。
「痛いにゃーー!旧ご主人の癖にいきなりな…に…す…る…にゃ」
 あ、怒ってる。牙をむき出して真っ赤な瞳で猫を睨みつけながら…フレキが怒ってる。
「食すぞ、駄猫」
「にゃぁぁぁぁぁーーーーごめんなさい!ごめんなさいにゃーーーー!もうしませんにゃーーーーー!!」
 猫は顔面蒼白になりながらフレキに何度もペコペコと頭を下げる。そして「さあ、彼にも謝れ」と言ってフレキがクルリと猫をこちらに向ける。冷や汗をたらりと流しながら喋る猫はお辞儀をしながら…
「……旧ご主人のご主人、いつも旧ご主人がお世話ににゃってます。先程はほんの冗談でしてにゃーは決して貴方様を、『まい・どりーむ・ザ・わぁるど』に連れて行こうなんて気はさらさらありませんのにゃ、どうかこれで一つご勘弁を」
 喋る猫はフレキを恐れながら俺に背中の袋包みから煮干を一本取り出して俺に渡した。そういえば、獣人だの吸血鬼だの、幽霊だので…もう、喋る猫が出てきてもさほど不思議には思わなかった。
 ぽりぽりと、喋る奇怪な猫から貰った煮干を口にしながら、俺はフレキを見て。
「フレキ、こいつは何者なんだ?見たところ、普通の猫に見えるけど…」
 ゲリが作り出した、新種と言うわけじゃない明らかに自然的な物に見える。それにこの猫とフレキとは何だか顔見知りっぽい。
 フレキは猫を地面に下ろすと、猫はぺこりとお辞儀をして…
「自己紹介が遅れましたにゃ、うちは『ケット・シー』にゃ。アトラス院で旧ご主人の身の回りのお世話をしていた、使い魔の精霊でございます」
「ただ飯くらいの駄猫でしたけど」
「にゃ〜」
「と言う事はフレキの学生時代のペットってわけか」
「ペットじゃなくて使い魔にゃー!ちゃんと契約もしたにゃ」
「砂漠で野垂れ死にそうになってた所を、水と食料をやったら勝手についてきたんです」
「にゃ…」
 か、簡単な契約だな…って事は、誰でもいいってわけか。
 少なからず、フレキとは仲が良いと言うわけじゃなかった…らしいな。これを見ると。
「簡単にケットと呼んで欲しいにゃ、どうぞ宜しくにゃ」
「お、おおこちらこそ……」
「所で、ケット…お前はアトラスを出る際にシアンに託したわけだが、どういうつもりでこの地に参上した?」
「ちょっとした用で、現ご主人と共に極東の島国までやってきたのにゃ」
「な、っという事は…シアンもここに居るのか?」
「にゃー、でも一通り観光をしていたら、はぐれてしまったのにゃ」
「何!?……っぐ、この馬鹿猫め…」
 フレキは舌打ちをして、頭を抱えてベンチに座り込んだ。な、どうしたんだ?
「なぜ、日本に来たのかはこの際置いておこう、しかし…ケット、あいつがどれ程方向音痴か貴様も覚えてないとは言わせない……」
「にゃ、ちょっと眼を離したと思ったらすぐどこかに居なくなっちゃったのにゃ」
「どこではぐれた?」
「た、確か、現ご主人が『ならのだいぶつ』と言う物を見てみたいと言って、『なら』と言う場所に観光に行ったら……」
「奈良の大仏…」
 話が良く見えないが、フレキの知り合いがケット・シーと共に日本にやってきて、奈良で観光をしてたらケットとはぐれて、こうして今ケットだけがここにやって来た…
 奈良なんてここから、すごく遠い位置にあるぞ…フレキの知り合いは、かなりの観光好きらしいな。
「も、もしかしたら、ここに先に付いてるんじゃないかにゃーって、思って先に来てたにゃ」
「阿呆、シアンがアトラスの優等生であったとしても、あの方向音痴は筋金入り」
「しかも奈良か……こっから遠いな…」
「化け猫め…お前、シアンにもしもの事があったらどうする?」
「にゃー…すまぬにゃー」
 申し訳無さそうに、頭に手を当てるケット・シー…フレキは溜息をついてから立ち上がり。
「フレキ、まさか探しに行くのか?」
 フレキに聞くと、申し訳無さそうに頭を下げて…
「智也さん、すみません…あいつは放って置けなくて…」
「いいさ、昔の友達なら、探してやれよ。外人だったら尚更だ」
「ええ……それじゃあ、これ頼みます、連れて行ったんじゃややこしくなりそうで…」
 俺にケット・シーの首根っこを持って渡す。
「それと…万が一智也さんのもとに俺を訪ねてシアンと言う人が来たら……」
「私がどうかしたの?フレキ」
「え?」
 フレキが行こうとすると、目の前にいつの間にやら涼しげな水色の髪を持っている綺麗な女の人が現われる。
「にゃ!?」
「え?」
 フレキも俺の手の中に居たケット・シーもその女の人の登場に仰天している。
「ん?どうしたのぉ、ケットもフレキも…」
 それに対して彼女はのほほんと首を傾げてしまう。何だか調子が狂いそうな人だな。
「え…な、おまえ…し、シアン?」
「ん?」
 フレキはおほんと、少し取り乱しそうになってるのを戻して、ほわんとしたシアンと呼ばれた人の肩を両手で掴んで…体をわなわなとさせている。
「わわわ、どうしたのよぉ、フレキ」
 いきなり肩を掴まれても、さほど驚いたようなそぶりをしないシアンの眼をまじまじと見るフレキ…
 え…もしかしたら、この人は学生時代フレキの恋人か、何かか!?
「……シアン」
「ん??」
「どうやって、ここまで来たんだ?」
「うん、もしもの時にって、ケットにエーテライトを仕込んでおいたの」
「にゃにー!?いつの間に…」
「……」
 何だろう、すっごい俺は忘れられてるような気がするんだが…
「それが無かったら大変な事になってたぞ、エルトラムに感謝しろよ…」
「うん、シオンちゃんに感謝しなくちゃね」
「と、取って欲しいにゃ!」
「あのー?…いいでしょうか?」
 何故か敬語で恐る恐る俺は手を上げてみる、今気付いたようにフレキたちは俺のほうを見て…。
「あ…すみません、智也さん…つい」
「とも角フレキ良かったじゃないか、奈良まで探しに行かなくて」
「ええ、まぁ…それはいいんですが」
 申し訳無さそうにフレキは言うと、シアンさんが俺に近づいてきて…
「えっと、浅倉智也さんですね。私は、シアン・ルアリムと申します。日本では、フレキがいつもお世話になっています」
 深々と丁寧にお辞儀を返してくれるシアンさん天然っぽいけどいい人だな。
「あ、いえ…こっちこそ、フレキには助けてもらってばかりで…えっとシアンさんは、フレキの学生時代の…」
「がくせい…あ、アトラス院ではフレキの研究を手伝っていた仲です」
「アトラスでは、二人は熱々のラブラブだったのにゃ」
「ケット…少し黙ってないと……」
「にゃ…」
 ケットが言うのに、フレキが動揺しているし、さっきもシアンさんの為にならに行こうとしたのなら…やっぱり、シアンさんはフレキの恋人なのか。
 と言う事は、態々外国からフレキに会いに来たってことかな、けなげじゃないか?
「シアン、お前…」
「えっと、フレキは私とケットが何故ここまで来たかって聞きたいの?」
 口元に指を置いて首をかしげるシアンさんにフレキは厳しい表情で頷いた。遠い場所からはるばる来たってのに…
「お前も解ってるはずだ、俺がアトラスを出たのはあいつを殺す為であり、彼を守るためだ。と言う事はここには…ゲリが居る。危険を承知でこの地に来たのか?」
「フレキに会いに来たの〜、これは本当よ…」
「アトラスを出たからには俺は院から、手配書が出て実際に代行者とも一戦交えた…俺がお尋ね者だってことは解るが…お前から説得して戻っても、処罰は免れない事は俺も先刻承知だ……」
 フレキも追われてる身…と言う事は、随分前に聞いたけど…今は話に割ってはいるのはよそう。
「うん、あなたをアトラス院に戻すのも私がここに来た理由…だけど、本当はフレキの助けが必要で、この地まで来たのよ」
「何?…」
 シアンさんは悲しげに俯いてから、フレキを見上げる…意思を電信するように二人は見詰め合う。中々いい雰囲気だが…無言で見詰め合うフレキとシアンさん。
「お、おい…フレキとシアンさんは一体どうしたんだ?」
「しー、だめにゃ。旧ご主人と現ご主人は、愛を疎通しあって」
ボカ!
 シアンさんから目をそらさずに俺の手元にいるケットの頭をフレキは無言でこつく。余計な事を言うもんじゃないな…
「解った…しかし、佐倉家の人や智也さんの了承を取らん事には、今は来客も居るし……」
「うん、その時はケットと一緒に宿を探すわ」
「その時は、くれぐれも夜出歩かないことだ。ゲリも居るし、謎の吸血鬼も潜んでいる油断はできないぞ」
「ええ、その時は助けに来てね」
 何が解ったのか、さっぱり解らなかったが、やはり俺が入っていけない仲なのかもしれない。しかし、今の話からすると…シアンさんとケットは止まる宿が見つからずに、佐倉家に泊まってもいいかと言う話だって事は少し解った。
 シアンさんがここに来た理由は、この際置いておこう。しばらく、フレキはシアンさんと二、三話を終えて…俺の方を向いて。
「智也さん、大変申し訳ありませんが……佐倉家に彼女とこの駄猫を…」
「俺は別にいいよ。困ったときはお互い様だし、それに女の人を一人で野宿させるわけにもいかないしね。真知子さんや宮子ちゃんには、俺が何とか言うよ」
 美村の事も気がかりだが、ここで断ってフレキの知り合いがゲリやどこぞの吸血鬼の餌食になるのは後味が悪すぎる。
 それに、シアンさんもケットも居て退屈はしないし少し暗い雰囲気だった俺を明るくしてくれるかもしれない、そんな気がした。
「ありがとー、優しいんですね〜智也くんは」
「し、シアン…」
 いつしか、智也…君とシアンさん呼ばれてしまい少し動揺する。
「旧ご主人と違って、ともやんは女の人に優しいタイプにゃ!」
ぼか!
「にゃああ、本気で頭を叩いたのにゃーーー!」
「脳髄すすったろか、この人語を話す化け猫」
「にゃ…申し訳ありませんにゃ」
「あは、ケットもフレキも相変わらずの仲ね」
 フレキとケットの殺伐としたやり取りに、シアンさんは微笑ましく見ている。なんだかとんでもない人たちが日本に来てしまったようだ。
 ゲリよりいいけど、この人たちの明るさが…俺を癒してくれるといいんだけど……



第十六話……『鬼気』つづく。

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