それは、酷くハッキリとした夢だった。

 目の前が真っ赤に染まっていた、赤いペンキをぶちまけた?いや、赤いセロファンを通してみた風景といった方がしっくり来るだろうか?
 夜だって言うのに、黒くない夜…赤く塗りつぶされた…夜…
 周りがみんな赤い風景、建物も、草木も、地面も、空も、月も、動物も、人も全て…

赤……そう、真っ赤なんだ…みーんな、まーっか…赤・朱・赤・朱・赤・朱・赤・朱・赤・朱・赤・朱・赤・朱・赤・朱・赤・朱・赤・朱・赤・朱・赤・朱・赤・朱・赤・朱・赤・朱・赤・朱・赤・朱・赤・朱・赤・朱・赤・朱・赤・朱・赤・朱・赤・朱・赤・朱・赤・朱・赤・朱・赤・朱・赤・朱・赤・朱・赤・朱・赤・朱・赤・朱・

「あはははははははははははははは……」
 なんて美しい朱色……夕日のようで、血のようで…俺は嬉しくなって、笑った。だってこんなに
「喉が渇いたな……」
 赤ばかり見ていたら、喉が渇いてきた。とてつもなく、喉が渇いた…
 町はこんなに赤で満ちているんだ、ちょっと赤を増やしても誰も…文句を言う人なんて居ないだろうな……


……
………

バリ…
 ジュルルルル…
「……」
「あふ…うぐ…」
 ふとすれ違った、たった、それだけだ…少し…目を少し合わせただけで、その女は俺についてきた。
一通り済ませてから、首に牙を突き立てて…人に流れる赤くて、甘くて、病み付きになるくらいの旨い、液体…この液体で俺の喉を潤して…この液体で俺の喉を赤くして…
 その血で俺を真っ赤に染めて…

 まっかに……染めて……



……

 目が覚める…だけど目が開かない。
「う…」
 頭が重ったるい、喉ががらがらに渇いている……水が欲しい…いや、水だけじゃ、俺の喉が潤せないような気がする。
 なんでだ……何だろう、喉だけが砂漠化したような、そんなガラガラなんだ。夢見が悪かったからか、リアルすぎる夢だ…ここ最近血とか死とか見すぎたからあんな夢を見たんじゃないか?あんな、人を捕まえて血を吸うなんて…
「!?」
 嘘だろう……夢から覚めたはずなのに、何で?……赤い…部屋が真っ赤だ。



鍵爪
 第十七話『血池』



 解らない、何故夢の真っ赤なのが今抜け切れてないんだろう…赤いセロファンを目だけに貼り付けた…目を擦っても落ちない赤。部屋全体も窓から見た景色も、当然部屋を出て誰かと会っても真っ赤なんだろうな。
 血のような赤色、全てが血に染まった世界。それにこの激しい喉の渇きは……すべて、さっきの夢と、同じ赤い渇きの世界。
「あ…あぐ!?」
 だったら、俺は……この渇きを潤す為…夢でやったように……女の人をある場所に連れ込んで、犯して…そして、血を……

“違うな、女は望んで俺についてきた……犯したんじゃない、女は自ら俺に体を捧げたのさ…血も吸ったのも、彼女が進んで俺に与えてくれたのさ”
 頭の中で、夢に出てきた吸血鬼が俺に語りかけてくる。多重人格とか、そういうのじゃない…この吸血鬼は…俺自身…
 違う!俺は…こんな…こんな事を…あれは、あれは夢なんだよ…
“俺は、あの女を救ってやったんだよ……退屈する日常からな。繰り返す、日常風景…時間と共に動く人の生活習慣…死までそれを繰り返す。これを退屈といわず何と言う?あの女は心の中では助けを求めていたんだよ……解るか?智也…”
 出てくるな、俺の頭からでてくるな!俺は、違う…
ドクン!
「がぁ!」
 体中に痛みが走った、痛い…とてつもなく痛い…体中に毒が回っていく。あの、『剣』が出る前触れの痛み…それも、今までよりも凄まじく、体がバラバラになりそうなくらいの痛み。
“お前は、その痛みが『剣』が出る前触れだと思っていたのか?違うな、この痛みは…体が、血を欲しがってるサインさ…吸血衝動なんだよ…宮子の時も、奈美の時も、お前は二人の血を求めていたんだよ…”
 違う…そんな事は無い、この痛みは…だけどそれが本当なら、今もし俺が……誰かの血を求めているなら?
ドクン!
「ぐぅぅ!?」
“そうだよ…素直に認めるんだよ、智也…自分が、吸血鬼だって事を認めれば楽になれる”
 嫌だ、誰かと会いたくない!!
ドクン!
“吸血鬼が血を拒絶したら、滅びるってフレキから教わんなかったか?大丈夫だよ、初めてでも…俺が優しく教えてやるから……”
 会ったら絶対、血を吸うかもしれないから…
ドクン!ドクン!
「あぐぅ!?」
“智也が拒絶したって、体は血を欲しがる、それが吸血鬼だ……むなしく抵抗しても、時間の問題だ、お前は必ず人の血を吸う”
 それを認めたら……俺は、浅倉の後者として覚醒してしまう。そうしたら、誰かがまた死ぬ、俺の手で…俺の牙で…引き裂かれ、血を吸われ…あの人狼のように…亮二のように…俺が殺した獣達のように…
「い…や……だ………」
“先祖が後世の為に施した吸血衝動を抑える為の呪詛はもう、消えようとしている…何百年も押さえたんだ、今更戻る事なんて……できやしないんだよ”
ドクン!ドクン!ドクン!
「がぁぁー!うがぁ!」
 もう考える事もままならないくらいの痛み、痛みはついに脳まで汚染していき侵食していこうとしている。
“いっそのこと、一度狂ってみればいいさ…楽になれ…もう人で居る事はないんだよ…智也…”
 嫌だ……吸血鬼…になんて…なり…た…くない…

 頭ではそう、思っても体は段々力を失って…いっ…た…


同刻…美村家前

 美村奈美から住所を聞いて、俺は一人彼女の家の前にいた。どうしても確かめたい事があってここへと来たのだった。
 佐倉家では、彼が部屋から出てこないのが気がかりだったけど、奈美が意識を取り戻した後で聞きだした話が本当ならば…
「ここが…美村奈美の家のようだな…」
 人の気配が全く無い、その代わりに血が乾いた匂いが鼻を突き刺す。個々で人が殺された事は俺が聞いたとおりだ。
 俺は懐に忍ばせていた、拳銃を取り出して銀色の弾丸を込め始める。
 彼女は、ゲリにこの家から連れ去られる前……何者かに、吸血鬼にされた…それ以前の事は覚えていないと言う。一体いつ誰に、何処で彼女は吸血鬼にされたんだ……ゲリが美村奈美を吸血鬼にできない事は解っていた。

ドアノブに手を掛けて引いた…鍵が掛かっていない。
「無用心だな……」
 外見からすれば、まったく誰かに荒らされたとは思われないほど綺麗だ、一層要人が必要だと思いながらも、俺は迷わずにドアを開けた。
「うっ!」
家に入った途端、血生臭い異臭が鼻を刺す。外からでも強烈に匂っていた死の匂い…獣人の鼻には流石に答える。
「!!」
口を赤いスカーフ状のマスクで覆い、ビームライトで薄暗い家の中を照らしながら、奥へと進む事にした。
「電灯もつかない、ブレーカーが落ちているのか…それとも電気が供給されなくなったのか……」
 壁をライトで照らしながら先を進んだ。台所付近へと行き闇の中で目を凝らした。ライトで照らされた壁には…壁と言う壁を濡らしている血のような、浅黒い痕。どうやったら、こんなに血が飛び散れるのか…台所から居間に移動してみる。
居間の方の床にも、もうあらゆる所に血がついていた。
「ゲリがやった物か……いや、やはり…」
死臭や、血の乾き方を見てゲリが来て彼女の両親を殺して、彼女を攫った…確立が40%だったのが、20%に減った。
今までのゲリならば……そんな回りくどい事をするなんて、考えられなかった…可能性の一つとして上げるなら、40%に過ぎない。
 俺はそう思いながらも、美村奈美の部屋のある2Fへと足を運んだ。死臭が2Fまで続いている…いや、段々こっちに行くに連れて濃くなってるように思える。
 彼女の部屋らしき所に入る、思ったとおりここが一番死臭が濃い、殺した場所は地が一番飛び散っていた台所に、居間と考えて…この濃さは現場より濃い…そして、まだ死体らしきものが無いとすれば……
 彼女の部屋の押入れを、開けて見る。
「うっ……これは」
 やはりと、確信めいても…この異様な光景に目をしかめてしまう。直視できない死の惨状…いや、後片付けの後って言った方がいいかもしれない。
「惨い…」
 男女と思われる、人らしきその塊……四肢や首があらぬ方向に折り曲げられ、押入れだから布団のようにたたんであるのだろうか、そう言った解釈の方がわかり易い…
 しかし、死して日々が発っているだろうか、その塊に沸く蛆やら…塊の断面はもう腐ってボロになってる箇所など、元が人間の原型だった事さえも疑ってしまった。これでは流石にゲリでも食う気を起さないかもしれない。狼故、ハイエナやハゲタカにはなりたくないのはちょっとした冗談だ。
 だが、これで全てが合点がいった…やはり、自分が予測したとおり、彼女の両親は…彼女自身に殺されていたんだと気がついた。台所や居間で血が飛び散った後、ここまで来るのに血があまり滴ってなく、それにこの塊の周りや奈美の使っているベッドとかには血の痕が少ない事から、現場でこの二人の血を殆ど吸ったか…殺害時に殆ど飛び散ったかだ。

 美村奈美……ゲリが、彼をおびき出す為の利用価値を見出した理由は、彼女が吸血鬼だった為? 否、彼女が彼を引き付ける要因があるとしたら…いや、それでは彼女が吸血鬼になったと言う原因が解らない。
 いや……逆に考えてみよう…彼女が引き付けるんじゃない、初めから彼女と彼が『繋がってる』としたら…それをゲリが利用した。そもそもこの地に吸血鬼と呼べる者が、奈美が現われる前に居たとすると…ゲリは除外…浅倉の者にしてみても智弘は論外、智樹は死亡している。だとしたら…
 それは……

「これは?」
 フレキは彼女の机の上に、血がベットリとついた手帳らしき物。
「美村奈美の日記か…」
 内容からして、ここ一ヶ月の彼女の日記らしい……ここに何か、彼女が吸血鬼になった経緯が書かれているのなら…
 





「………」
寝覚めは最悪…体中に走る痛みで、意識を失って何時間経つ…
喉はガラガラ…胃がムカムカする、世界はまだ赤いまま、夜なのかも朝なのかもそれさえ俺には解らない。痛みはまだ続いている…体中が血を欲しがっている…
ドクン…ドクン…
嫌だって解っていても……人の血は吸いたくない、吸血鬼になりたくない…そう思っても……
ドクン…ドクン…ドクン…
 抑えてる気持ちが段々薄れて行く、さっきまで拒んでいた事が逆に苦痛に思える……
ドクン…ドクン…ドクン…ドクン…
 もう人で居る事に疲れてきた……この苦痛に耐えるのにも、疲れた。
ドクン…ドクン…ドクン…ドクン…ドクン…
 だったら、もう…いっその事……
ドクン…ドクン…ドクン…ドクン…ドクン…ドクン…


「はぁ……はぁ…うがぁ!」
 痛みを紛らわす為、俺は自分の部屋を手当たり次第に壊し始める、全然痛みが治まらない。爪であたりを壁を引っ掻き回しても、ベッドを叩き壊しても…窓を蹴り割っても、痛みで体中が爆発しそうだ。
「グァァ…はぁぁ」
 口の唾液はもう枯れた…胃液が逆流しそうなこの不快感、早く収めなくては…。もう頭の中まで『血』で真っ赤に染まっている。
…血・血・血・血…赤い血が欲しい、赤い血が飲みたい、人の赤い血が飲みたい、誰でもいいから…俺に、真っ赤な血を飲ませてくれ…喉がもう渇いてしょうがないんだよ…
 もう我慢するのは嫌なんだよ、誰か俺に!血を…血を…血を!!
「うぐ、あがぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
トントン
「…ふ」
 部屋のドアを誰かがノックをした……
 誰だ……いや、どうだっていいさ、関係ない。取りに行かなくても態々向こうから来てくれたんだ……
「智也君?どうしたの、凄い音がして…具合が悪いの?」
「……」
 ドアの向こうで声を掛けているのは、宮子のようだ。部屋を壊しまくっていたから、心配してきてくれたんだろうな……ああ、俺は今本当に具合が悪いんだよ…
「……」
 ドアの向こうに居る宮子の姿を想像してみる…。ドアと言う一枚の壁の向こうなのに、宮子は俺に無防備な姿を見せている。丁度手を伸ばせば、手に入る獲物……
「智也君…」
 俺はドアノブに手を伸ばして、そこに居る獲物を手に入れようとしよう…そう言えば亮二を殺った時、宮子をゆっくりと味わおうと思ったが邪魔が入ったけど、今ならもう邪魔が入っても俺にはどうと言う事は無い。
「奈美さんがね…奈美さんが、部屋から居なくなって行方不明なの」
「…何?」
 宮子から放たれた言葉に俺の心はドクンと動いた。
「本当か、それは…」
「う、うん」
 美村奈美が行方不明……奈美が消えた。
「そうか……そうか!?」
 何だ……この喜びは、奈美が待っている?そう思っただけで、全身が痛み、痺れが来る。それが、たまらない快楽に思える。
 俺の体に奈美が感じられた、俺達は繋がってる。奈美が呼んでいる…奈美が俺を、遠くで呼んでいるのが、俺には解る。

『智也……来て、私を…助けに来て』

 奈美の声が聞こえ……俺は逸る気を抑える前に窓から羽ばたいた。
「……ああ、今殺しに行くよ」
ブワ!



……

 上空を風を切って飛翔する……久方ぶりに感じる外界の空の風…どんな吸血鬼でも個々まで自由な飛行能力を持つ者はいない。俺以外は……
 久しぶりと言うより、懐かしい……。いや、この体じゃ初めてだ…有翼士の翼で飛ぶのも……夜の空は比較的飛びやすい…満月で無い限り…闇夜の空は明るいと思いきや、実は闇で閉ざされた空間だ。羽音を消し、滑空すれば…誰にも気づかれる事なく飛べる。
 奈美…どこだ、お前はこの地上で俺を待っているのか……
ドウン!
『智也……早く、私を……』
 体に走る、痛み……奈美は何処に居るんだ…早く、行かないと…
「奈美…ああ、かぁぁーーー」
 並みの声が聞こえる方へ向って、俺は滑空する。もうすこし…、あと、もう一寸で彼女に会える。
キィィーーン…
 突然の頭痛と一緒に、頭に映像が浮んでくる。脳裏に過ぎった映像は巨大な建物…人の気配が無い、学校?いや、これは近くにある廃マンション跡地…
 そこで奈美が…俺を待っているんだ。行かなきゃ…、行かなきゃ!!

バサッ、バサッ。
 刃のような月を仰ぎながら、俺は頭に過ぎった廃マンションの上空まで飛ぶ。
「……」
 巨大な駐車場、既に誰も所有する者もいなく…駐車場は誰となく勝手に車が置かれて、勝手に放棄され勝手に、所有者は消え…数台の車が残っている。
 そんな駐車場の前に数本の街灯の明かりをスポットライトとして、彼女はそこに居た…
「奈美……」
 滑空しながら、俺は奈美の前へと降り立った。
 やっと会えたな、奈美……俺は翼を折り畳んで、背中に仕舞い奈美に歩み寄る。
ドクン、ドクン、ドクン
 近づくたびに俺の鼓動が奈美の鼓動と同調する。
「智也、来たんだね?」
 月を見上げていた、奈美が俺のほうを見て俺に微笑んだ。あの夜の時のように妖艶で、月の光で、美しさがまた引き立って見える。
「待っていたよ、智也が私を助けに来てくれるのを…ずっと、待っていたよ」
「ああ、来てやったよ……お前を助けに来た」
「嬉しい」
 奈美が笑う、俺と一つとなる事に喜びを感じている。そうだ…俺はお前を殺して完全に吸血鬼として覚醒をするんだ。
 俺もお前と一つとなりたい…そうすれば、もう人間で居る必要は無くなるんだ。
ジャ…
 手から剣を出す、金色の剣に手から血管や神経が通い、一つの生き物のように俺の手と一体化する。
「やっと、お前をこの剣で斬れる」
「うん…来て、智也……その剣で私を貫いて…」
 手を広げて、奈美は俺を呼び、俺は剣の切っ先を並みの心臓に向ける。
「解ったよ、奈美……俺のために、死ね!」
ブオン!
 剣を両手で持って切っ先を心臓に向けたまま俺は、奈美に向って走る。
「!?」
ドウン!
 突然、体の痛みが別のものに変わり、俺の剣は奈美の胸に刺さる直前で刃が止まる。
「……う、い…いやだ!」
「……」
 頭に割れるくらいの痛みが走る、剣が手から消え俺は両手で頭を抱えた。
「ころ…すな……だと!?く、ぐぁ!!俺は、まだ…人が!?」
 まだ、俺の中で智也がまだ生きているって事なのか……いや、ちがう、何かが俺の足枷になってるに違いない。智也は俺自身のはずだから…力ならもう俺は智也を支配できるはず…だったら何が…俺を!?
 周りが赤く染まっていく、嫌だ…奈美、助けて…奈美!奈美ぃ!
 奈美は俺の助けを聞かず、冷ややかな表情で眺めてるだけ……何故、奈美!?俺を、助けてくれない…早く、お前と一つにならないと…俺は…俺はお前を……愛して…
「ぐ…おお、ぐがぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーー」
 頭の痛みに耐えかねず、俺は咆えた…



……
 鈍器で殴られた、それくらい思い痛みを頭に感じる。さっきまでの俺自身、何をやっていたのかも解らない。朝起きたら、周りが赤くなって…
「赤くない…」
 朝のときの体の痛みも、感じられない。元に戻ったのか?俺は、今まで……あれと同じだ、美村を助けに来た時や、あの夜、美村と……いや兎に角、記憶に若干のずれがある。
 目の前が赤くなって、血の誘惑で意識を失ってどのくらいが経った?
「っく、頭がグラグラする…どれくらい時間が経った?ここは…」
 アスファルトの地面…ここは佐倉家の俺の部屋じゃない、冷たい地面…夏なのに空気が冷たい。と言う事は、外か?
 俺は頭を上げようとすると、ふと誰かの素足が見えた。……裸足なのに、凄く綺麗できめ細かいくらいの白い肌。
「……」
 出会ったとき……そして、あの夜、彼女が俺の部屋に来た時…彼女は月明かりに妖艶に、そして怖いくらいに美しく、彼女は俺の目に映った。
「奈美…美村奈美か?!」
 最初の時みたいに、俺は彼女に訊いて見る……彼女も最初会った頃のように、虚ろで…少し、悲しげな表情で…俺を見つめる。俺を哀れんでいるようにも見えなくもない…
「……」
 吸い込まれるような、赤い瞳に俺は食い入るように目が合った。
ブゥン
 一瞬目の前が真っ赤になってそして、元に戻る。
「う!?」
 美村の目と合って、それから目の前が赤に染まった…もし、朝のときも、夜美村と合った時と同じならば……美村の目を直視するな。痛みそして、赤は…俺が血を求めているから…もし、これで俺が後者に転じたら……最悪の吸血鬼になったら。
 俺は、美村の眼から視線をそらした。視線をそらすと、美村は俺にこう言った。
「だめ…まだ、智也は…私を助ける力が無い」
「…え?何だって?」
バシュ!
 不意に右の肩口から血が噴出し、肩に鋭い痛みを感じた。声にならない痛みに、顔を上げると、美村の指にはナイフのような爪と真っ赤な血…。
「くぅぅ!?」
「…ごめんね…智也は、まだ自分が覚醒する事を望んでいない…私と一つとなる事を望んでいない」
 誤っているのに、笑いながら手についた俺の血を舐め取る。美村は…今の美村奈美は、俺の知ってる美村じゃない。
 吸血鬼となった、美村奈美だ。
「どうして……」
「智也が、望んでないなら……望むように優しくしてあげるから、智也が私を求めてくれるように…優しくしてあげる」
 俺の血のついた手で、頬を撫でて微笑みながら妖艶に笑ってそう言った。
「それでも、智也が望まないなら…永遠に私の物にするだけ」
 頬に置いた手を美村は離して…俺の首を掴んで持ち上げる、細い腕なのに俺一人を軽々と持ち上げ首を締め上げる、その目には明らかに殺意を向けている。
…それはつまり俺を強制的に吸血鬼にするか、殺すかだ…
「智也はどっちがいい?智也が望めば、もう何も望まないくらいに気持ちよくしてあげるから……昨日の夜みたいに」
 あの夜のことは俺の夢じゃなくて…本当の事だったのか。俺は苦し紛れに奈美の手を掴んで訊いた。
「……そうか、なら聞く…あの時…泣いていたんだ」
「………」
 言葉に、苦しむように奈美は口をつぐんだ。そうだ、あの時の事が本当なら、あの涙も本物のはずだ……
 奈美が俺の首をしめる手の力が弱まった。逃れるなら、今しかない……
「っく!」
ボス!
 俺は奈美の溝内に拳を打ち付けて、奈美は俺の首を離した。
「かは!」
「ごめん…奈美」
 咳き込んでる奈美に一言謝った後、俺は後ろにある廃マンションの方へと全力で走った。
 肩の痛みと、奈美が首を絞めたからか…全然足の力が入らない。それでも、今の奈美から逃れなければ、そうしないと……殺されるか、最悪の吸血鬼になってしまう。
抵抗しようも、奈美と戦えと言われてもできるはずがない。
 奈美…俺は、奈美を助ける事ができない……なぜかって、俺は…君が好きで…君を殺す事ができないから。
 すまない……。
 俺はとりあえず、奈美から逃れて身を潜める為に目の前にある誰も使わなくなった廃マンションに入っていった。



「う……うう、酷いよ、智也……解った、殺してあげる」


第十八話……『銀狼』つづく。

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