「はぁ、はぁ……」
 何階まで階段を上ったのか解らない。ただ、只管早く…俺は奈美から逃げていた。
 すぐ背中に奈美の気配がする。奈美の殺意が俺に伝わってくる……俺を殺したくて、奈美が俺を追っかけてきているのがわかる、追いつかれたら殺される…って事が肌で解った。
「これが、奈美と繋がっているって意味か……」
 奈美をすぐ近くに感じる事ができる…奈美が感じる事や、思ってる事も…俺に解る。

 でも、俺には解らない……奈美が感じる事が解るのに、あの時の悲しそうな奈美の表情から…奈美が何故あの時泣いていた、伝わってきた悲しさは本物だった。俺を殺したい…俺と交わりたいと思うなら、何故あの時、泣いていた。
 さっきもそれを聞いたら一瞬、言葉が詰った。俺達は繋がっている……感覚も、肌で感じるのに…いや、俺が気付いていないとしたら。
 それが奈美が声にも感情にさえださない、叫びだとしたら…。
「それ解れば、奈美を助ける事ができ……」

ギィン!
 突然こめかみに銃弾を食らったような重い痛みを感じた。これは、吸血の衝動による痛みじゃない。
 人狼を感じた、あの夜の夢のような蜃気楼を掴む感じ。あの夢は、敵が近くに居るのを感じていたからか……起きてるときは感じなかった事が、今では当たり前のように感じる。
 これが、俺の体が段々、吸血鬼になって行くって事なのか…
 それなら、今の状態で…出せるかもしれない……あの剣を…
「何かが近くに居る……」
 奈美とは違う何かを感じる…そいつ等は、俺に近づいている。一つ?いや、二つ…三つ…それ以上かもしれない。
 何が…居るんだ?このマンションに……人狼じゃない、別の嫌な感じ…。敵が何で、そしてどこに居て…何匹いるか…そうだ、感じ取れ、今の俺なら出来るはずだ。
 叔父さんが言った『心を強く持て』と言う言葉が蘇る。心を強く持てば…見えない敵が見えるはず。
それで意識を集中し『剣』を出せるかもしれない。

…集中して、近づく敵を見つけ出せ!
 見ろ…観ろ…視ろ…ミロ…みろ!!全ての感覚を研ぎ澄ませ!そして、視ろ!感じ取れ!俺の敵を!
ザザザ……
 映像…、テレビの画面の何も無い時の砂嵐が映り、それに段々と映像が映し出される…もう少しだ…
 米神の痛みが、引いていき変わりに左手が熱くなって来た…
「見えた…」
 眼の中に映ったのは、サラリーマン風の男が3体…何となく派手な感じの女が1体、廃マンション中でばらばらで行動している…人が居ないはずのこの廃マンションの中でこの人間達は……いや、人間じゃない。
 子供の頃、俺が始めて出した剣で刺したあのゾンビと同じやつ等だろう。あいつ等から微かに奈美の気配を感じる。もしかしたらあれは奈美の被害者…
 よく見ると確かにやつ等の首筋には同じような噛み痕が残っている。
「だとしたら、あいつ等も奈美と繋がってる…ならば」
 やつ等と、奈美の繋がりを断てば…奈美に入ってくるエネルギーを断つ事が……いや、こんなのを夜な夜な作っているとしたら、俺は…奈美を殺す…しかないのか?
 もう彼女に、罪を繰り返させないため……奈美を殺す…それで…
「……だめだ」
 俺には、奈美を殺せない。
ザザザ!
 頭の映像が俺に警告を促している。敵がすぐ後ろに来ている、左手がそいつを殺したがってるのがわかる、熱い。俺の手から出る…いや、出すんだ!

 剣…いや、剣は俺の心にある心像世界、吸血鬼…いや、異形はこの世界ではすべからく退散する世界。俺だけに許された、世界を…左手をかざせ、眼に見える敵を斬れ!
 脳裏を過ぎる、言葉……遠い昔、自分が作り出した一つのシステムと共に作った、終わらせる為のシステムの言葉…
 I am the arms of two swords.我が腕は螺旋を成す.
 the sword of the promised seal其は血を流して勝ち得るもの
 So as I pray “Sealed Air”.我、汝を封ず

斬!
 振り向いて、俺のすぐ後ろまで迫っていたそいつの腹を抉るように斬った。
「はぁ、はぁ……」
 上半身と下半身が分かれた死者は、糸が切れた人形のように地面に落ち…灰となって消えた。宮子の時と同じだ……宮子を助けた時…
 完全に無意識だった、左手から生えてきた剣が目の前まで迫っていた死者を刺し殺すまで、何も考えれなかった。
「こ、これが…俺の剣…俺の世界」
 手から生え出た剣を見る……不気味なほど、美しい色をしている鋭い金色の刃が死者の腐った血を飲んでいる。
まるで手から生えた別の生き物のようにも見えなくもない。剣が鼓動を打ってるように、脈打ってる。
ドクン、ドクン、ドクン
「……」
 意思?剣が俺と同調しているのか…吸血鬼の意思が俺と直結している、今の俺と吸血鬼の俺は…二つの意見を並べている。
なら今、この剣を使って奈美を殺せば…完全な吸血鬼になれる、だけど、俺はそれを望んでいない。奈美を助けて……俺は吸血鬼の俺に勝つ。
「殺すんじゃない、助けて見せるさ……」
 それで、後がどうなるかなんて、解らないさ…ただ俺は、奈美を助けたい…あの時、奈美から感じ取った一瞬の悲しみを…俺は覚えている。
 人間だった奈美を俺は信じたい、俺は……奈美が好きだ。



……

「ともやぁ…どこぉ?何処に居るの?
 智也が欲しいよぉ…智也と一つになりたいよぉ…」


鍵爪
 第十八話『飛翔』


「……っは!」
バシュゥ!
 俺が通り過ぎた後、死者の首が落ちる。
 剣の使い方を知ってるわけじゃない、むしろ剣を通して体が戦い方を覚えていると言った方がいい…
 肉を剣で切り裂く時、自分の肌で触ってるような嫌な感じが残る…手で直接斬ってるみたいだ。この剣は斬って殺した者…特に、吸血鬼や獣人のような異形のやつ等を全て灰にする事ができる。剣で殺したそれら間違いなく『死』……それから、逃げられない。
 じゃあ、人間は?この剣は…人間を斬るようにできていない、普通の人間ならばすり抜けてしまう。第一、そいつ等が出ない限り、剣は自分から出てこない。
「何で解るんだろう」
 試したわけでもないのに、この剣の事が解る……体の一部で、当たり前のようにわかるんだ。いや、体が段々吸血鬼となっている…いや浅倉智也と言う俺が…叔父さんや父さんのように吸血鬼の血を受け入れたってことなのか?
 何ともない?いや、変わりすぎて、むしろ俺の体がそれを当たり前のように受け止めている……剣の事を知り、剣を出し、敵を見つけ出し、奈美と繋がってる事が解っていたり。

…でもなんで、解らないのは奈美と俺はいつどこで、繋がったのか?吸血鬼は全部繋がってる、お互いを感じ取れるのか?それじゃあ、おかしい…奈美と俺はもっと根本的に一つと言う感じがする。
 考えて出てくる答えは…一つ考え付いた。
「俺が血を吸った?奈美の血を……それで吸血鬼になった」




……

美村奈美の日記

6月13日
 今日も梅雨の雨が止まなくて、少し憂鬱な気分。
 もう少しで、7月だからこれから暑くなる…暑いのは好きじゃないけど、夏休みが始まるのが楽しみ、でも期末テストのために勉強しなきゃいけない。それを考えると、やっぱり憂鬱…

お母さんが最近、伊刈市では通り魔が出るって噂が立っているから、学校帰りは注意しないと何時も言う。
 そんな事もう耳にタコができるほど聞いたわ。最近、お父さんとの仲が悪いからって、八つ当たりしないで欲しい。

6月20日
 期末テストが近づいているって時に、仲のいいクラスメート達はくだらない話で盛り上がった。クラスや学年で、気になる男の子は居るのかという話…京が、「奈美は可愛いし、胸も大きいから言い寄ってくる人は沢山いるんじゃない?」とからかう。でも、私はそんな人は興味ない…
 でも、気になる人がいないと言えば、嘘になってしまう。他のクラスにいて、私の手の届かない所にいるから、縁の無い人。話しかけるなんて、私は臆病だから…できるはずが無い。

 今日もお父さんとお母さんが些細な事で夫婦喧嘩……全くよして欲しい、もうあの二人が離婚するのも時間の問題に思えた。お父さんは浮気をしているし、お母さんも愛想つかせてる…。二人とも自分勝手で、巻き込まれた私の事なんて考えていない。離婚したら私は自立しようと思う…二人とももう、親とも思ってないわ。

6月27日
 部活で少し帰りが遅くなったから、お母さんに怒られて…門限までつけられた、私だって都合とか付き合いがあるのに……お父さんが自分に構ってくれないからって、私で憂さを晴らすなんて……付き合いきれない。

 だけど、帰りにクラスはE組の浅倉君が路地裏に行くのを見かけた…彼は部活もしていないはずで、すぐ家に帰るはずだけど……
 ああ、憂鬱だわ…浅倉君の事はあまり、気にしないことにしよう。

 最近、嫌に喉が渇いて仕方が無い…水が欲しいわけでもないのに、何度も私は水道に向っていた。それでも私の渇きは満たされない……ああ、憂鬱。
悪い夢も良く見る。路地裏で人の血を吸う通り魔……赤い目をして、口を真っ赤な血の口紅で染めた女の人…それは、私だった。鏡の中の私…人を憎んでる…私…。優しさに飢えてる私…

7月5日

7月12日

7月19日
 一週間前、苦くて喉が渇いて少し学校を休んだから…テスト落ちちゃったと思う、でもそんな物どうでもいいんだ…。お母さんもお父さんも私を心配してくれた…久しぶりに二人の優しさに触れたようで、嬉しい。でももう大丈夫…渇きは癒したから、大丈夫だよ…。
 ごめんね……お父さん…お母さん…大好き…

 今までの自分は全て嘘、今なら自分の気持ちが一番素直に感じることができる。彼が好き……浅倉智也…彼が好き…

7月……日(血で日にちの部分が消えてる)
 おとうさんとおかあさんがずっと一緒に居られるようにした……大好きだから、ずっと一緒に居られるように……でも二人とも、まっかになって動かなくなっちゃった…

 でも、これで二人と一緒に居られる……

 私の中で彼の存在が大きくなっていく気がする。今まで届く事の無い世界にいるはずの彼が、路地裏に行ったのを、追ってから…私の中で何かが変わった。
 彼の翼に抱かれて……彼と繋がって、彼と一つとなるの……



……

 俺の剣が、廃マンションの中に居た死者達を全部斬滅した。斬り捨てた死者は…最後、灰になって無くなり、滅せられた。
 これで奈美と繋がりがあったと思われる、死者は最後だと思う。死者を全て滅し、これで奈美に来るエネルギーは断ったと思う。
 色々考えてみたけど、俺が奈美を吸血鬼にした……なんていう覚えは無い。無意識の内に吸血鬼になって…奈美の血を吸って、吸血鬼へと変えたのか?でも、俺が奈美の血を吸わなきゃ全ての辻褄が合わない。
 奈美が俺と繋がっている事も……そう考えた方が一番自然だ。だとしたら、これは俺の罪?俺が全ての元凶!?

 違う!だとしたら、今の俺は何だ……?!奈美の血を吸ったのが俺だとしたら、俺は奈美が失踪する夏休みから2週間も前に、十分に吸血鬼として覚醒していたと思うし、現に今は…人間のまま吸血鬼の自分として覚醒したのが……全部嘘みたいに思える。
 何だよ、何時も俺は嘘で塗り固められたシナリオに沿ってるだけのようだ…何が嘘で真実なのかさえ解らなくなってくる。
 ゲリが言ってた事が段々真実味が沸いてくる。
『…貴方は、周りの誰もから騙されてるのにも全く気付かない』
 馬鹿野郎…ここまで来てあいつの言葉を信じるなんて。
『あなたは騙され続けて、周りから嘘で今まで平穏を送ってきたような物だ、現に…浅倉智樹が死んだのは、事故じゃない…何者かによって殺されたからだ。
…浅倉の内部から殺されたんじゃないか?……もう不必要だと思った誰かが…』
 俺はゲリに…あいつに騙されて…いたんだぞ。騙されていた…いつだって俺は、騙され続け、その真実を見ようとした事は無い。
 だったら、この真実がわかれば……あるいわ…

「みーつけた…智也ぁ」
がば!
 迂闊、なんて言う油断!?背中に重い物がのしかかってくる、振り向くと奈美が牙を俺の首筋に突きたてようとしていた。
「離れろ!」
俺は背中にまとわりついていた奈美を引き離し、手から剣を出した。
「はぁ、はぁ…どうして…拒絶するの?私は、智也が好きなのに」
「……奈美、もうこんな事やめてくれ」
「今更…何?智也…あなたも私も同じなのに、今更やめる必要なんてある?」
 奈美の手、ご本の指には爪…両手に並ぶ10本のナイフを俺に向けてくる。
「しゃぁぁ!」
 奈美の持っている10本のナイフを剣で受け止めてるが、物凄い力に押されてしまう。
 何て力量…女の子だってのに、これだけ俺との力が歴然としているなんて…
「あぐぅ!」
「受け入れないなら、殺す!それしかないのよ、わたし達は!」
「なんだよ、それ!」
どか!
 そんな奈美の言葉が、俺はカチンと来て奈美の溝内にキックを決めて突き放す。
「かは!また……ともやぁぁぁぁーーーーーー!」
「解らない、わかんないよ!お前の言ってる事が……受け入れないなら殺す!?それが、吸血鬼って物なのか!?」
 剣を奈美の頭部に突き刺すつもりで振り下ろす、寸でで猫のように身軽に動きながら奈美は剣の一撃を避け、アスファルトの床に傷ができる。
「ふー…智也、許さないよ…ともやぁぁ」
 床を転がり奈美は怒りの真っ赤な眼光で俺を睨みつける…手の剣を収納して、俺は…奈美と同じく、両手の爪を尖らせる。
「ああ、だったら来いよ…俺は…浅倉智也として…お前を!殺す!」
 後はただ、奈美に食いかかるだけだ……吸血鬼としての俺じゃない、そうして奈美を殺せば絶対に、奈美を救う事ができない。

 戦い、と言うより血飛沫が上がるほどの殺し合い、どれだけ俺と奈美は自分の体に爪を立ててきたのだろう、奈美の白い服だった物は赤いワンピースと化している。当然俺もボロボロになり、体中の血が抜けたようで頭がくらくらしてくる。
 体がバラバラになる事も考えながら俺は奈美の首に掴みかかる。
「がぁぁぁぁーーー!!」
「ぐぅぅ!?」
 壁に奈美の体をたたきつける、衝撃で壁に奈美の体がめり込み俺は、本気で拳を何度も何度も奈美に叩き込む。
ダムダムダムダム!!
「あ、ぐ!がぁ!うぐ!」
 まるで、戦いを楽しむ二頭の獣……俺と奈美は言葉さえも忘れて、殺し合いを続ける。
「はぁ…はぁ…」
「………」
 まだだ、こんなもんじゃ…終わらないんだよ。まだ死ぬなよ…奈美…
「がああ!」
バリーン
 既に生気が無くなり掛け……口から、血が滴り落ちる奈美を俺は窓から投げ捨てる。そんな奈美を追って俺も窓から飛び降りる。
追い討ちをかける為ではない……俺は、空中で奈美を抱きかかえる。
「はぁぁ!!」
バサ!
 自分でも、突発的であった…高い所から飛び降りて、背中の翼を広げる……有翼士…俺の祖の能力でもある自由な飛行能力。傷ついた体に無理がたたるのは勿論だが、奈美だって…それは同じだ!
 奈美を抱きかかえて空中で羽ばたき浮遊しながら、奈美を地上に下ろす。奈美自体は…もう、戦える力を全て使ったのか立ち上がる事もできずに体を横にして…
 俺も疲れきって…奈美の横で足を投げ出す。

「…なんで、助けて…あのまま落としていれば…」
 隣で奈美の声が耳に聞こえる、憎悪を押し殺してももう立ち上がれる体力が残っていないのだろう。
「何…言ってんだ…そして追い討ちを掛けて殺せばよかった?」
 俺は隣の奈美を横目で見る、俺を涙目で見る奈美の姿が目に取れた。顔についた爪傷が、だんだんと治って行く。俺も少しずつだが、奈美から受けた爪の傷が回復して行ってるのが解る。
「ほら…ね?殺してよ、私はもう……戻れないのよ」
「……」
 奈美は、泣き縋るように這いながら俺に近づいてくる。
「喉が渇けば…誰かの血を吸うそれは、吸血鬼になったら…それが当たり前だから」
 奈美が俺の体をゆっくりと、よじ登り俺も身に任せるように奈美を受け入れて…あの夜のように奈美が俺の上にのしかかってくる。
「私は…それで両親を殺して、血を吸った…」
 細い手が延びて俺の首を掴んで、締め上げてくる。吸血鬼となった彼女の手の力は俺が人間のままだったら完全に首がへし折れていたかもしれない。
「ぐ…うう」
 でも、手から…奈美の悲しみや、苦痛が伝わってくる。誰かに血を吸われ、死ぬはずの自分は、吸血鬼として蘇生した。
 吸血鬼となって今まで押し殺していた、自分の気持ちに素直になれた。憧れの同級生と同じ存在になれた事を嬉しく思った。両親がちゃんと自分の事で心配してくれた事を嬉しく思った。奈美は…心から幸せだった。
 だから、それを…壊さない為に……ずっと、家族…一緒に居られる…ように…

 気がついたら、全てが真っ赤になっていた。自分の手…や…家全体に赤いペンキをぶちまけた光景…動かなくなった、両親。彼らの首に突き立てる自分の牙…流れ込む血…

 しかし、全ては偽り……そう、全ては自分がした罪。

「ふぅん…両親を殺したか、浅倉の死徒」

 金髪の一人男、獣に『黒い姫君』の吸血鬼の力を得た死徒…黄金の狼…ゲリ…
 奈美と俺との繋がりに気付いたゲリは、俺をおびき出す為の餌として連れて行かれた。気がついた時は……全ての罪が頭に飛び込んできた。

 両親を殺した罪……何人もの人の血を吸って廃マンションに隠した罪……吸血鬼なら当たり前の衝動…でも、何人の命を吸ってきた?自分の罪は決して許される物じゃない。

 唯一、自分の罪を断てる存在が、自分を助けてくれる存在がいるならば…自分がして来た罪の『断罪』を行える唯一の存在。それは、自分と繋がっている彼しかいない。
 まだ覚醒の段階に達しては居ないが、完全に覚醒を果たせば、彼は唯一吸血鬼を斬る事のできる剣を…その手に作り出せる。

 そう、浅倉智也……俺こそが、奈美を助ける唯一の存在であった。

「ひっく…う…うああ……」
 首にかけられていた手の力が緩んで、彼女は俺の上で子供のように泣きじゃくっていた。それは、吸血鬼の奈美じゃない…あの時と同じ人間の部分がある奈美だ。
「……」
 奈美は、吸血鬼になっても……誰も殺したくなかったら、助けて欲しかったんだ…だから今まで…
「殺して、ねぇ?智也…私を助けて……」
「……」
「お願い…智也じゃなきゃ、私…死ねない」
 今まで、俺を殺そうとかかってきたのは…俺に自分を殺してもらおうとして……
「でないと、私は智也を殺して……本当に吸血鬼になるから…人間をすて…」
「もういい…頼むからそれ以上は言わないでくれ」
 俺は、泣きじゃくる、奈美の体を抱きとめてその先の言葉を断った。
「智也ぁ…助けて」
 俺の胸の中で泣く奈美の額に俺は手をかざす……奈美の罪を、奈美の悲しみを終わらせる事ができるのは、この世でただ一人…
 だったら、終わらせる…ここで…

「解った……奈美、助けてやる…眼を閉じてろ」
 吸血鬼の俺が言った台詞と同じ物を俺は呟く、三節の詠唱…あの終わらせるシステムを言えば、剣が奈美の額を貫いて…奈美の罪は断罪される。
 心の中で、「早くやれ」と吸血鬼の俺が騒ぎ立てる……そんなに外に出たいのか?奈美を殺して、俺に成り代わるつもりなのか?浅倉智也!
 生憎だ俺は吸血鬼のお前で、奈美を助けるつもりは無い!人間の奈美を俺が人間のままで助ける!

脳裏を過ぎるもう一つの言葉、それは昔の俺も思いつかなかったシステム。俺だけに許されたもう一つの心像世界。
吸血鬼もそうだが、概念は何れも…何かとの繋がって、生きている。これはあらゆる柵…繋がりを断つ。俺だけに許された、世界…


Tam the arms of two swords我が腕は螺旋を成す

 奈美の死者を全部殺して、それらのリンクを断った。

That reality is a fake其は幻想を喰らう闇

後、奈美を動かす物があるとしたら、それは…吸血鬼の俺…

Soas T pray “Sealed Phantasm”我、汝を封ず

 吸血鬼の俺と、奈美の繋がりを……断つ!
「…!?」
 え?こいつは…、そうか、こいつが奈美と本来、繋がってる奴だったのか。

 眼を開けて、手をかざしている奈美の頭を撫でながら…
「俺は……吸血鬼の奈美を殺した」
「え?」
 腕の中で、奈美は…何が起きたのかとキョトンと俺の顔を覗きこむ。
「智也、私は……どうして?」
「奈美が好きだから…助けた、それだけで十分な理由になる」
 奈美が吸血鬼で無いことは変えることはできない、だけど、奈美を吸血鬼にした奴との繋がりを断つことで、奈美はもう奴に縛られる事は無い。
「私はもう、人間じゃないのよ……人の血を吸う、吸血鬼なんだよ」
「それだったら、俺だって同じじゃないか?」
 吸血鬼なら俺だってそうだ、覚醒を果たしたとしても吸血鬼なら変わりない…奈美と同じなんだって。
「でも、私は何人も人を殺して…お父さんとお母さんを殺して…」
「馬鹿…それで自分も死ぬなんて、神様が許しても、俺は許さないからな!」
「……智也」
「俺のために生きてくれ、今までの奈美の罪を俺に預けていいから……それが償いってものだろう? お前はだから泣いてたんだろう?叫んでいたんだろ?
もう一度言う、俺は…お前を助けた」
「智也、う…うあぁぁぁーーーー」
 奈美は俺に体を預けて声の限り泣く、俺はそんな奈美の背中を撫でてあげた。全ての罪を受け止めてやるように、俺は…奈美を優しく抱き止めた。


 全てはあいつの元凶だった、俺が知らない死角にいて…俺を影から見守っていながら、裏では奈美を使って、人を襲わせていた。あいつと繋がっているならば、俺が奈美と繋がっている事も全てが合点がつく。
「解った、奈美を吸血鬼にした奴が…」
 奴がフレキを俺に差し向けたのも、これで…全ての真相を知る事ができた。フレキは奴の差し金で俺に近づいて、最初から俺の力を狙ってゲリと同じように騙してきた。
「奈美、俺は本当にお前と繋がってる奴の姿が見え……」

ズガン!

 肩口に鋭く重い、そして焼けるような痛みが走り肩の肉が吹き飛んだ。
「うがああああ!」
「智也!」
左腕がだらりとぶら下がる……左腕が使いもんにならない。今の、どっかから銃で俺を狙い撃った物だろう。っく、傷が治りにくい。
「うう…っく」
 動けない腕を押さえ、俺は銃を撃った奴の方を睨みつける。

 俺と奈美の向こうに、見知った顔が俺達を見据えて再び俺に向けて銃口を向ける。
「…わざと外しました、次は頭を狙います…智也さん」
「っく、そうだお前は最初から俺を殺す為に来たんだよな……フレキ!」

 銀色の『死』で固められた武器を持った、銀髪の長身の狼……

 フレキスト・オーディン…


第十九話……『銀狼』つづく。





浦谷より解説。

智也の必殺技。

どこぞの紅い外套の執事兼サーヴァントのごとき呪文ですが、見てる世界が似ているので、似た呪文になってしまったのです。

(本当は、私が彼が大好きだからです。ごめんなさい・・・この呪文は私が考えました。おてちん。)

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