獣の耳はよく出来ている、彼の電話の会話がある程度把握できていた。
「……佐倉宮子を攫った奴か…」
 正直、この俺も彼女を攫った者が一連の事件の『死者』であるかは解らなかった。『死者』その程度の知性があるとも思えない…まず最初に彼女、佐倉宮子の心臓を食って糧とするかだ。
 獣人の死者は、若い女性の心臓を好んで食べる……死者と出会って生き残った女性は、本当に運がいいか…それもまた『死者』として蘇生するかのどちらかだ。
 以前、死者に殺されかけた女性を俺が助けてやったが……時既に遅かったか、他の死者に殺されていた。
俺が思った以上にこの夏に入ってから、日に日に状況は悪化して来ている…街は夜になれば、複数の死者が徘徊する魔界と化す。
 まるで、俺が死者殺しをやる事を想定して、複数の死者を放ってだんだんと彼のいる佐倉の家に近づいてきている。狙いは、彼に眠る「あれ」か…佐倉の持つ特殊能力か…はたまた今まで通り、俺か…
 敵は虎視眈々と獲物を狙い…物陰から忍び寄り…決して逃したりせず…獲物を仕留めるまで執念深く追い詰め…そして、狩る。肉食獣なら、必ずある習性だ…

以前、俺が敵を追って、乗り込んだ街は、満月の夜…獣の狩場と化し街の人間は一晩で一人残らず消滅した。追い詰めたと思ったら…敵は、初めから居なかったように…ロストする。
 まるで、俺が敵に遊ばれているようだった……いや、遊ばれていたんだ。敵を追っていた筈が、逆に追われていた…。

 佐倉宮子を攫ったのは、敵の『死徒』に違いない…『死徒』ならば、死者を操る事がある程度可能だ…。狙いが彼という事にはこっちの予想を反していたが…。あるいは俺をおびき出す為の二重の餌として利用するのか?

 それで、挑発に乗って出て行った彼が気になった、彼は一度…敵の放った死者に噛まれている、彼の眠る一族の血のお陰で何とか『獣化』せずに済んだが…まだ傷も完全に治りきってない今、幾らなんでも、覚醒前の不安定な彼でも、死者を相手にするのは無謀すぎる。不安定な血が彼の血を『魔』へと再び導く可能性も低くない…。彼が前者だとわかった以上、二度の『魔』への以降は許されない、絶対守らなくてはいけない存在なのだ…


 しかし俺の血が、今だ彼を拒絶しているのが解る……。もう先祖の恨みなんて綺麗さっぱり忘れたい…俺達は、今まで彼らを怨み続けても、人間と交わり…内に絶滅した種もあったり、教会に根絶やしにされた種もあった。
 残ってるのは俺と…俺の敵のみだ。恨みの歴史に幕を下ろす為にも…俺は敵を討つ。



 彼の匂いを辿って俺は、ある教会の前まで来ていた。教会を見ると2年前の『銀の加工機』を奪った時を思い出す。敵と戦う為の概念武装を作る為に必要だったからな…
そこは元々異端狩りをしていて、俺も教会のお尋ね者だったから…教会への侵入は難しかったが、逆に盗み出すのは意外に簡単だった。
しかし…盗み出した後が大変だったがな…

 少し昔に浸っている間に、俺は教会の入り口まで来た。
「おっと、時間切れだし、招待券が無いと入れる訳にはいかねぇな」
 やけにがたいのいい門番が居るもんだな…だが『死者』でも『死徒』でも無さそうだな。雇われてここに居るらしいが、ここは眠ってもらうか。
「ご苦労様、君の用は終わった」
バシ!


鍵爪
 第六話『死者』


 扉を開け放って、教会の中へと侵入した…入った途端、目眩がするくらい強烈な死臭が鼻を襲った…。教会の中は散漫として居て…壁の所々に夥しいほどの血がついている。
 ここが、狩場と化したか……目にしたいなどと言う物は無い、ただ血の跡と何かが暴れまわった痕しかない。
 俺はこの光景は、嫌と言うほど見飽きているはずなのに…不快感を覚えた。
「…!?」
 けど俺の目に飛び込んだものは、何匹もの『死者』達に囲まれた今の主…彼の姿。

 彼の体から、魔を意味する金色のオーラが放たれてるのがわかり…何時、本来の姿に戻るか解らない状態となっていた。
頭に不安が過ぎったが…やがて彼、浅倉智也は何時もの状態に戻り俺の方を見た。
「一瞬、彼が…魔へと転じようとしてた……」

「え…?俺は…何を…」
 彼は一瞬何が起きたのか、わけの解らないように…辺りを見渡している。もしかしたら死徒が、彼を怒らせて、前者よりの彼を後者へと転じようと…働きかけていたのか?

『ぐぁぁ…』
 数えて6体の死者の標的が、俺に移った事が見えた…何匹もの死者が俺のほうを睨みつける。
「何度見ても、可笑しいな…死者の筈なら…満月期にしか変身できないはずだが……」
 今宵は三日月…満月期までは、死徒に噛まれた死者は俺たち『祖』とは違い…夜の獣人の血が活性化しなく、夜は、食うだけの欲求に支配されるのだが…

 かつて満月の夜に死者の大群により小さな町が消えた記憶がある…その時もここと同じ、6体の死者だった。
 ここから死者が街に放たれたら……
「大変か…いや、今は彼が優先か……」
 親父様の形見の『鉄結』を握り締め…棒術の型を取った。鋼の棒…鉄結も、この棒術も全ては親父様が俺のための教えた物…敵の作り出した『死者』達を殺す為。
 そして……敵に少しでも近づく為……彼を、親父様から受け継がれた血を守る為に…例え、俺の血があいつ等と同じ獣の血だとしても。
『がうぅぅーーー!!』
 死者がその軟弱な牙を向けて襲い掛かってきた。数にしてみれば…『死者』が6体、『死徒』が1体…、十分に街を襲える数だ…だが…
「俺の相手にはまだ物足りないくらいだ……」
ザ!
 俺は鉄結で床を突いて、棒高跳びの要領で普通にジャンプするより高く飛翔した。それだけで教会の屋根に辿り着き取り付いて、俺が居た所に群がっている死者達に狙いを定め屋根の蹴り急降下した。
「むん!」
 鉄結をその勢いを着けて、投げつけ…死者が一匹の頭にヒットして頭から喉を貫いて串刺しになった。
ザシャー!
「はぁぁ!」
 頭に鉄結の突き刺さった死者の頭に更にとび蹴りを加え、鉄結を引き抜きながら地面に叩きつける。脚に死者の頭が潰れる不快な感触が伝わる。
「ち!」
『くわぁぁーー!』
 仲間の亡骸を踏みつけられて怒ったのか?それとも、獲物がなかなか捕まらなくて頭にきているのか?どちらともつかないが…どうでもいいだろう。
 鉄結を背中に回し持ち左手で先端に近い部分を持つ……
「…死者に『祖』である俺を殺す事は出来ない……」
 鉄結から窓から差した月明かりが反射した閃光が走った後
「棒術…隠し……光」
光が3体の死者を真っ二つにした。
ゴトゴトゴト
 上半身と下半身に分かれた、死者達が力なく崩れ落ちる。それを目の当たりにしていた残りの2体は体をブルリと震わせてる。
「さあて……」
 残った死者達に片手で、挑発のポーズを取った。
「……『死にたい者』から、掛かって来い」



……

「はぁ、はぁ…」
 俺は宮子ちゃんを負ぶって、ライトで暗い道を照らしながら走ってる。まさか、あの棺桶の下に地下へ通ずる階段があるなんて思っても居なかったな。
 ライトは階段の近くで拾ったものだ…
 この道が下水道のマンホールに繋がっていれば後はそっから出るだけだ。早くしないとまたあの化け物達が襲い掛かってくるとも限らないし、早く出ないと…
 亮二もあれで、宮子ちゃんを諦めたわけじゃないし…追ってこないことも限りない。
「ん、んに…」
 背中で眠っていた宮子ちゃんが、目を覚まし…顔を上げた。
「あ、気がついた?宮子ちゃん?」
「智也君、あれ?ここは何処?私…どうしちゃったの?」
 覚えていないのか?それとも、暗示をかけられていたか?
「あ…そう言えば、私…あの時…」
「……」
 宮子ちゃんが俺の首にギュッと抱きしめた。いきなり首を絞められ、一瞬気が遠くなってしまった。
「ぐえぇ!」
「あ、ごめんね…でも、良かったよ、智也君が生きてて」
「勝手に殺さないでくれよ」
「とっても、とっても心配したんだから」
 首筋に何か暖かな物が流れたような気がした…俺は宮子ちゃんの手の上に自分の手を載せて、横にある…彼女の顔を見る。
「俺も心配したよ…このまま、ずっと宮子ちゃんと会えないかと思ったら」
「う、うわーん!怖かったよ〜」
 俺の背中で泣きじゃくる宮子ちゃんの気を落ち着かせる為、近くの座れるところを探して座らせた。
 本当に良かった、亮二にこの子が何かされていたら…どうしようかと思った、一番大切に思ってる子を、助ける事が出来て本当に良かった。

「…智也君が心配で戻ろうとしたら…突然、後ろから誰かに電気ショックを流されて、ずっと眠っていた」
 落ち着きを取り戻した宮子ちゃんが、今までのことを話してくれた。
「うん…起きたら、教会みたいなところに居て…黒い服を着た人に、ご飯を食べさせてもらったら、眠くなって気がついたら……」
「ここに居たんだな……」
 と言う事は、亮二には今まで一度も会ってないって事か…
「何にもされてないんだね?」
「うん、首筋がちょっと痛いけど…」
 何だって?俺は、宮子ちゃんの首筋に近づいて見て、驚いた…、何かに噛まれたような二つの傷痕が残っている。
まるで吸血鬼に噛まれて血を吸われた後のような感じの傷だ…。聞いた事がある吸血鬼が血を吸った後に、自分の血を飲ませて、永遠の命に…吸血鬼に変える。
待て?亮二の奴は獣に変身する奴だから、吸血鬼じゃない…だが、もし同じような力があるとしたら…。宮子ちゃんとの結婚式って、宮子ちゃんを仲間に加える気だったのか?
吸血鬼になるには一晩を使い、その心臓は停止して…永遠の命となる。だとしたら、可笑しいな…傷からしてもうすぐ閉じそうなくらいだから、もうすぐ完治って所だろうが…肝心の宮子ちゃんにそんな兆候は現われてないし…
 それとももっと他の意味があるのか?
「どうしたの?智也君…」
 呼ばれて、俺は目線をずらすと宮子ちゃんの顔がすぐ近くにあり、どきりとしてしまう。
「あ、ごめん…」
「私、誘拐されて何かされたの?」
 しゅんとなって、宮子ちゃんは俯いてしまう。俺はできるだけ落ち着いて、今までのことを話した…勿論、狼の頭をした怪物が人を襲うシーンは省いたが、亮二がこの事件の犯人だって事は教えてやった。
「りょ、亮二さんが…?」
「俺でもまだ信じられないよ…」
「亮二さん、何時も優しい感じだったのに…」
「あいつに何があったのか、俺にも解らない…あの時一緒に帰った後、あいつの身に何かあったか…」
 確かに、あんな亮二考えてみれば、以前のあいつがそんなストーカー紛い菜事をするはずが無い。夏休みに入って、殺人事件が起きて…そして…あいつも変わった…獣に変わる化け物に…
「でも、解ってたんだ…亮二さんが私を好きだって事」
「え?」
 それは前から知ってたけど…宮子ちゃんまで知ってたのか?
「ずっと前、亮二さんから告白された事あったんだ……」
「ずっと前って何時ごろ?」
 そんな事、亮二は全然教えてくれなかったな…解らないのも無理は無いけど。宮子ちゃんは思い出したのか、顔を赤らめながら…
「夏休みに入るちょっと前かな……それで、断りきれなくて…中途半端なまま」
「そうか……」
「亮二さん、優しいし…面白いし…どっか変だし、嫌いじゃなかったから…」
「確かにあいつは変なところがあったよな」
「本当は、断るつもりだったんだよ……だって、私には他に好きな人が…」
「ん??」
 突然、宮子ちゃんは真っ赤なトマトのように頬を真っ赤にして俺を上目遣いで見た。
「……宮子ちゃん…」
「……」
 無言で、宮子ちゃんは俺にしがみ付いてきた。体の毛が逆立つの感覚を覚えた…そ、そもそも宮子ちゃんってフレキ派じゃなかったのか!?
 そう言えば、フレキより俺の方が付き合い長かったよな…昔は、あんなにちっちゃかった宮子ちゃんがもう中学生なんだよな、結構体も成長して…って俺は何を考えているんだ?それにこの胸の高鳴りは……
『解りませんよ、女は気が付いたら高校生ってこともありますよ』
 井上にからかわれた時の言葉が不意に頭に思い浮かんできた……、俺はもう宮子ちゃんを一人の女の子として見ているのか?
「私、昔から…智也君が…」
 だんだんと俺の唇に彼女の唇が接近する。

『浅倉くーん!!何処に隠れてるのかなぁー!?』

 遠くから、聞き慣れてはいるが、殺意と獲物を探す猛獣が、全ての生き物を恐怖に陥れるような吼え声のようにも聞こえる巨大で凶悪な呼び声が、聞こえてきた。
 声が近い…結構歩いたと思ってたのに、距離は余り稼げてなかったのか?
「今の声、亮二さんだよね…」
 宮子ちゃんはその声に怖がって俺にしがみ付いてくる。
「し、奴に気づかれない内に早く出口を見つけよう」
 今の亮二に何を言っても無駄だろう……、何せもうあいつあの狼の化け物と同じようないや、それ以上に凶悪な感じがしたから。
「…うん…私、走れるから」
「じゃあ…俺から絶対手を離すな」
 あの夜は俺が手を離したから、宮子ちゃんは亮二に捕まったんだ…もう二度と離すもんか!俺は、宮子ちゃんの手をギュッと離さないくらい握り締めながら、声がする逆方向を走った。


 鉄結を死者の体から引き抜いて、血をふき取った。やはり敵としては少々物足りなかったな…何時もと変わらなかったが。
 だが混乱に乗じて、敵の死徒と彼をロストしてしまった。おそらくは、彼と一緒に佐倉宮子も居るだろう。
 死徒に捕まれば、彼らもただじゃ済まされない。俺は彼の匂いを追ってみた、血のにおいで半分は効かないが…仕方が無い。
 嗅覚の感度を上げれば…
「彼の匂いは下から…地下に行ったのか…ん?」
 嗅覚の感度を上げたら、血の匂いと共に…彼の匂いや死徒の匂いもする。いや、違う…もう一人…

「オレの匂いに気づいたか?フレキスト・オーディン」
「!?」
 祭壇の裏から、低い男の声がしてそいつは俺の前に現われた。短髪で、俺より背の高いさっき倒した男より、筋肉質な男だ。こいつもあいつに噛まれた死徒か?
「死徒か?」
「まあ、『獣祖』に噛まれた時から、死徒と呼んでも過言ではないな…」
 死徒の男はにたにたと笑いながらそう言った…こいつの自身はどっから来るんだ?
「しかし、解らんな…お前や日向亮二のような死徒はおろか、死者自体…満月期でないと変身は出来ないはず…」
「確かに、お前やゲリアルト・オーディンのような『獣祖』なら夜なら月の影響を関係せずに変身できる体質の奴が……疑問に思うのは当然だな」
「やはり、第三者の後ろ盾が存在するのか…」
 うすうす感づいていた、敵である『獣祖』にそんな力があるとは思えない…何者かが後ろからこいつ等を使いやすいように『作り変えてる』としか思えない。
 しかも俺や、奴の名前まで知ってるなんて……
「それに、勘違いしては困るなオレや亮二は、一度も獣祖から作られた『死徒』とは思っていないぜ…」
 奴の瞳が真っ赤に染まり…体が、異常に膨れ上がって見えた。変身するのか?皮のジャケットを引き裂いて、狼の『死徒』とは思えない程の筋肉の膨張が凄まじく見えた。
「く!?」
 鉄結を握り締め、身構える……
『試してみるか!?お前のその体で……かぁぁ…』
 死徒は体を月下で獣の姿へと変化させて行く……今まで、色々な奴を見てきたがこんな奴、始めて見た…

 こいつは明らかに…新種!?

第七話……『新種』つづく。

PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store

無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル