「それに、勘違いしては困るなオレや亮二は、一度も獣祖から作られた『死徒』とは思っていないぜ…」
 奴の瞳が『魔』を意味する赤に染まり…体が、異常に膨れ上がって見えた。
変身するのか?皮のジャケットを引き裂いて、狼の『死徒』とは思えない程の筋肉の膨張が凄まじく見えた。
「く!?」
 鉄結を握り締め、身構える……今まで俺が見て来た、獣人の変身でも…こんな変身は見た事がない。
『試してみるか!?お前のその体で……かぁぁ…』
 死徒は体を月下で獣の姿へと変化させて行く……今まで、色々な奴を見てきたがこんな奴、始めて見た…
 盛り上がった肩は高質化して重戦車を思わせる装甲となり…鼻の頭から、鋭いナイフを思わせる角が一本生える。身長が今より更に倍化して……3メートルか4メートルと巨大な化け物と化し…
 こいつは……もはや俺の知る、種の超越とか多種の生き残りとかそんなんじゃない…新種だ!
『ごぉぉぉーーー!!』
「見た目は犀か……やはり、後ろから何か後ろ盾が無い限りこのような新種を作り出す事は不可能か!?」
 奴の『死徒』じゃないって言う奴の言葉、信用していいようだな。
 変身をして、その犀の新種が高い雄たけびを上げた。それだけで教会のガラスが割れそうなくらいだ…俺は身構え、奴と退治した。
 もしかしたら……彼等を追った、日向亮二も…新種!?
『ぐあぁ、どうだ…この体なら今のお前でも楽に潰せるぜ!』
「そうか、だがこちらとて長居は出来ない……一気に勝負を付けさせてもらうぞ!」
 獣の力をこちら解放して、鉄結を先程3体の死者を一度に倒したときと同じ構えを取った。


鍵爪
 第七話『新種』



「は、は…大丈夫か!?宮子ちゃん!!」
「はぁ…大丈夫、でも…何だか変だよ、この通路…迷路みたい」
 亮二の気配を背に俺は宮子ちゃんの手を引いて、地下通路を全力で走っていたが、出口らしき出口が見つからない。ライトをしてなくても蛍光灯が設置されてる道を場所を歩いてるから、それらしき場所がこの先にあるかと思ったが…
「地下だからね…でも必ず下水道に通じる場所があるはずだ」
「うんそうだね…あ…」
「行き止まり!?」
 行き着いた先は、行き止まりで…また向こうの曲がり角まで引き返さなければならないな。
「急ごう!」
「う、うん!」
ヒタ…
「!?」
 俺の耳に、不吉な足音が聞こえて背筋がぞくりとする寒気が走った。足音は俺たちが通った道を辿って、だんだんこっちに近づいてきている。
「あ…ああ…」
「い、今来た道から…ひ、引き返せない!?」
『浅倉くーん、宮子ちゃぁん、もう逃げられないよ〜
 足音はだんだん俺達のほうに近づいてきている、こ…ここまで来て、逃げられないのか!?
「智也君!?」
カチャ
 俺は、護身用拳銃を出して宮子ちゃんの前へと出た。
「下がってて、宮子ちゃん、一発しかないけど…何とかやってみるよ」
「無茶だよ!一発しかないんでしょ?避けられたらやられちゃうよ!」
 宮子ちゃんが俺の腕にしがみ付いてくるのを俺は片手で制した。
「守るって約束したろ?」
「智也君……」
 こんな事で、昔の事を思い出すとは俺って馬鹿だよな…でも、今はそんなこと言ってられないな。
ヒタ・ヒタ
 そいつはすぐそこまで近づいているのだから…
『がぁ、みーつけた…』
 道の向こうから、それは4つ脚で現れた……
俺はまた、夢を見ているのか?本当にこいつは俺達が知ってるあの亮二なのか?今まで見てきた怪物の2倍はあろうかと思う巨大な体に、白い毛と虎のような模様に狼の頭…
「あ、あれが?亮二さん?」
『逃げたって無駄だよ…獣と化した僕から逃げられない…ん?』
 ぎらついた真っ赤な瞳で俺と宮子ちゃんを交互に睨みつけ…宮子ちゃんに眼が行った亮二は途端に顔色を変えた。
『何故だ、何故…『獣化』していない!?』
「何、言ってんだ?こいつ…」
『そんな…僕は確かに、宮子、君の首に噛み付いた!なのに何故、『獣化』もせずその兆候さえ現われないんだ!?』
 何、さっき宮子ちゃんの首に出来ていた傷の事か?だけど、今の宮子ちゃんは人間の状態を保っている。
「やっぱり、お前…宮子ちゃんもお前の仲間にしようと……」
「え?」
『まあね、だけど思い出したよ…宮子ちゃんは浅倉君の分家筋に当たるんだったっけ…なら、少なからずあの血を受け継いでるって事だね…』
「どういう事だ?宮子ちゃん…」
 それを聞くと、宮子ちゃんは俯いて…
「うん……佐倉の血には不思議な力が宿ってるって、お母さんが言ってた。でも、それ以上に強い力を持った血が、智也君の血だよ」
「…俺の血!?」
 俺はその言葉に驚きを隠せなかった、宮子ちゃんがそんな血を持っていたのも驚いたけど、俺にもそんな血があったなんて……
『どうやら気がついてないと思うから、言うけど…君達浅倉の血には『吸血鬼』の血が流れてるんだよ!覚えてないかな…浅倉君が僕の死者を殺した時…』
「俺が、吸血鬼!?」
 俺の体に、吸血鬼の血が流れている……いや、浅倉の血を引くものは全て、吸血鬼の血を…?
 それに死者あの怪物の事だよな…俺がそいつを殺したのか?何時だ?いつの事…もしかしたら、宮子ちゃんが攫われて、俺があの怪物に襲われたとき
『その時、君はどうやって死者を殺したと思う?死者を爪で散々切り刻んだ挙句、首筋に噛み付いて、血といわず全ての水分を吸ってミイラにしたんだ!死体は僕が処理したから見つからなかったけど、明らかに君がやったんだよ!』
「智也君が…吸血鬼?」
「そんな…俺は、そんな事覚えていない!でたらめを言うな!!」
『僕は出鱈目なんて言ってないよ。この目で見たのさ…君は血に飢えた『吸血鬼』なのさ!』
「嘘だ…俺が、吸血鬼?」
『じゃあ、君は何故、死者に噛まれて人間で居られるの?普通なら死者に噛まれても生きてれば、君も死者として復活してるけどな…噛まれて、そのままなんて…吸血鬼のような超越種で無い限り無理だね』
「…それは……」
 それを否定してしまうと宮子ちゃんが、今獣と化してるはずだし俺だってあの怪物の仲間になってる筈だ…でも頭では信じられない。
 俺が吸血鬼だって……
『ふふふ、これで解ったろ?君も僕達と同じ、血に飢えた獣なのさ!』
「……く…」
 以前から、俺が…変な力があるって事は知っていた、本当になる夢を見たり…俺は本当に吸血鬼なのか?
「ち、違うよ!」
「宮子ちゃん」
「確かに、私達の家系は不思議な血をもってるけど…智也君は吸血鬼じゃないもん!」
「……」
 必死に亮二に講義する宮子ちゃんに、亮二はにやりと笑って…
『じゃあ…証明してやるよ…宮子。君の好きな智也君が、血に飢えた吸血鬼だって事をね!!』
ザン!
 宮子ちゃんの言葉を否定するように、ガバッと口をあけて、亮二は俺に襲い掛かってきた。その巨大な手の平に体を掴まれて、押し倒される…地面に強く押し付けられ、地面が砕ける。
「ぐああ!」
 骨が砕けるような、鈍く激しい痛みが走った。
『どうだい、これで生きていたら…浅倉君は不死の吸血鬼だってことさ!』
「だ、だめ!」
 宮子ちゃんが走りよろうとする所を、俺は制した。
「宮子ちゃん!来るな!!」
 今来たら、前の二の舞になっちまう…そんな事は絶対あっちゃいけないんだ。
「で、でも!」
「絶対来るな!!」
『まだ、喋れるんだね…じゃあ…一気に殺しても大丈夫だって事だね!!』
「う、ぐわぁぁ!」
ガリガリガリ!
 亮二は俺を引きずり地面を砕きながら、走った。地面が砕けると同時に俺の体もだんだん砕けていく感じがする。
「やめてぇ!」
『ははは!!面白いねぇ!』
 だめだ、こいつ…本気で俺を殺そうとしている…もう叫び声を上げるほど余裕無くなってきた。亮二は俺を引きずりながら、宮子ちゃんの所に戻ってきて…
『どうだい?楽しかった?浅倉君…ほーら高い高い!』
 ボロボロになった俺を、亮二は赤ん坊をあやすような口ぶりで、片手で高く持ち上げた。巨大な手の平に入る俺の体は…今にも握りつぶされそうだ。
「……」
「智也君!亮二さん、私なんでもするから、それ以上はやめて!」
『……嫌だね、このパーティーのメインは…宮子ちゃんに僕が浅倉君を食べる所を見せて付ける所なんだよ、さて…吸血鬼ってどんな味かなぁ…』
「いやぁぁ!!」
 完全に亮二は切れてる…もう宮子ちゃんの説得も聞き入れるはずが無い。だからもう、あのときの亮二は居ない。そんな奴に…宮子ちゃんをみすみす渡さない!
「りょ…うじ…」
 体はボロボロになって、体中の骨はバラバラになってると思うが…俺が右腕を守ってる事は気づいてなかったようだな。
『…何』
 亮二は何事かと思い、上を見上げ……その瞬間視界が真っ赤に染まった。
バン!


「ぐは!」
 俺は血を吐いて後退する…でかい図体に似合わずに素早い攻撃としかも、パワーを使った体当たり攻撃に…俺の棒術…双一閃(そういっせん)が通用しないくらい硬い装甲を持ってる…しかもあの角の破壊力は…巨体の突進力とパワーを一点に集中する。
 貫かれたら、一撃で体が粉砕される。
『ぐばぁぁ!どうした?フレキスト・オーディン!仕込み刀が全く通用してないな?!』
「犀をベースにしてる分、俺の棒術の効果は薄い……か…」
『さあ、どうする?形成不利だな、さっき死者を倒したあの気迫はどうした!?』
「……ちぃ」
 確かに形勢不利だな…あいつの装甲は刃は愚か、並みの概念武装云々でも、あいつの装甲を貫くのはまず無理だ…やはり、あれを必要としたい所だが、贅沢は言ってられない…
『行ける…勝てる!? これで、お前を倒してゲリアルト・オーディンを倒せば、新種として、新たな獣人の種を築きあげるられる!!』
 巨体を、持ち上げて犀の新種は頭を持ち上げて叫ぶが、その声を聞くだけで虫唾が走る。
「……死徒が『祖』を倒し、新たな『祖』となろうとする…面白い発想だが…獣祖を舐めるなよ!!」
ギロリ!
 大量の気を放出して、新種を威嚇する。眼光に獲物は恐れおののき、後ろに後退する…獲物を威嚇するんじゃない…獲物の動きを止め、制限する威圧だ…
『ぐ!?何だ…この気迫…これが『祖』…オーディン家の血を引く純血の獣人の力か!?』
「オーディン…懐かしいな、かつて教会のお尋ね者として言われた名前だ…」
『紫の眼…『獣祖』のみに許された魔眼『パープルアイ』…』
 俺の『紫の魔眼』を知ってるなんて…だが、この魔眼はただの飾りさ、力の倍増と同時に紫の魔眼は発動する。
「ほう…それを知ってるとは…、やはりどこかに、俺やゲリを知る…何者かの後ろ盾があるということだな」
 俺は奴に紫色の眼光を向けながら、一歩一歩と歩を進めていく。その足音は無くし…気配をなくしながら真っ直ぐと、新種に近づく。
『気配が…だが、丸見えじゃ意味が無いぜ!!』
 新種は豪腕を振り上げて俺に突進して来た…。こいつは解っていない…紫の眼光を見て生き残った者は居ない…
ゴトン、ゴトン
 タックルを食らわずにすーっと奴の横を、通り過ぎた後…後ろで重い物が二つ落ちたような音がした。
『ぐあぁぁぁーーー!!腕が!?腕が!?』
「……無様だ」
 振り返ると新種の両腕が無くなっていて、大量の血が噴出してもがいている。
「……その程度で、変身もしていない『祖』に挑もうとする…なんて無様だ…反吐が出る」
『くぉぉ…何故!?見えていたのに!?』
「素通りしたのは事実…お前の腕を斬ったのも事実…さあ、次はどんな事実を作る?」
『う、た…助けて!?命、命だけは助けてください!!』
「命乞いか……お前は俺を倒すと言ってたな…だが、お前を殺す事が俺の役目なんでね…獣人に新種なんて要らない……消えろ」
バ!
 俺は奴に向かって飛びかかり、拳に力を込めて一気に犀の胸の装甲を貫いた。
バキィィ!!
『がはぁぁぁぁーーーー!!!』
 叩き割った胸から心臓を貫いて、俺の顔に返り血が降りかかる…。腕を引き抜くと、奴は力なくその場にズーンと横たわった。

 俺は手についた血を舐め顔についた血を手で拭いそれも舐めた。血の匂いが…俺の獣を沸き立たせる。
 窓から三日月の月明かりが差し込む教会で…血の赤は美しく眼に映った。
「……俺も、同じ血を持ってるのか…」
 いつか、俺も……同じ獣になってしまうのかな…?そしたら、彼を守るどころかゲリのように…人を襲ってしまうかもしれない。
「そんなの……」
『……ぐおおおお!!!』
「何!?」
 後ろから完全に不意をつかれ、殺したと思った新種が唯一残った凶器の角を俺の背中に付き立てた。完全な俺の油断だ……
シャン…
 体を貫かれそうになるが、その角は俺の体の一歩手前で止まり…何か子気味のいい、鈴の鳴るような音がした後…ぐらっと首ごと落ちた。
 無論俺は首を跳ねていないしそんな隙はない…他の誰か!?

ゾゾゾ…
 俺の肌に感じる程の、この独特刺々しい気配…そうだ俺はこの気配をずっと追ってきた。家族を殺し…浅倉家を巻き込んでこの事件を引き起こした元凶の獣人の『祖』!?

「ゲリ……」
 その影…俺の敵…ゲリアルト・オーディンを睨み付けた。

 そいつは教会の窓にいた…月の逆行で顔は見えなかったが、そいつは俺を見下ろして笑っているのが解った。
「そんな奴に不意を突かれるなんて…兄者も落ちたな…」
「ぬかせ、兄弟の縁は切ったと言ってるだろ…それにこいつは貴様が差し向けた死徒だろうに……」
「確かに、そいつも…日向亮二もオレが差し向けた『死徒』だ…」
 丁度鳥が窓に止まるように、日本刀に似た刀を持ちながら…余裕綽々にそう言った。
「お前が、この新種を作ったのか?」
「いや…噛み付いて獣化させたのは俺だが、死徒を新種にしたのは俺じゃない、別の誰かさ」
「お前はそれを知ってるのか?」
「兄者が知ってどうする…兄者の目的は俺だったろう?」
「……減らず口を!?」
 ゲリは一瞬言葉を詰らせて、不適でも何を考えてるか解らない顔つきで…
「正直言ってあいつが何を考えてるか、俺にも解らない所でな…兄者なら何か知ってるかと思ってこうして出向いたんだが、無駄足か。まあ、殺しはいいが調子に乗ってた死徒を始末した事だ…今日はこれで帰るよ」
 果たしてこれだけで奴が出向いたとは思えない…
「ゲリ…お前、まさか彼と戦いたいのか?」
 答えようによっては……俺は、鉄結を握り締める。
「兄者…俺はその彼に呼ばれて来たんだぜ…あ、時間だ兄者も早く逃げた方がいい…捕まると何かと面倒だろ」
「ん…?」
ウー…ウー…
遠くから警察のパトカーの音が聞こえてきた。く、こんな時に…
バリーン!
「じゃあな、兄者!」
 窓を割り、ゲリはそっから飛び降りて教会の外へと消えていった。
「ゲリ!?」
 パトカーの音はだんだんここに近づいてきている、お尋ね者になるのは得意だが今はそんな事を言ってる場合ではない、早く彼らを見つけないと。
「地下の入り口を探さないと……」

バーーン
「……ふ…」
 巨大な片手で掴まれ、引きずり…引きずられ、骨もボロボロになりながらも…腕を守りぬいて放った。
『ぐあぁぁぁーーー!?』
 大きな銃声が木霊して護身用拳銃が火を噴いて、銃弾が領事の左目を潰し奴はもがきながら左目を押さえた。
『この…死に損ないが!』
グシャ!
 目にダメージを受けながらも、亮二は俺の体を握りつぶした。五本の爪が背中から俺の体に食い込み、体の骨が砕け散って、内蔵が潰れる感じがした…。
 血が大量に噴出して…もう、全てが砕け散った体は…不思議と痛みは感じなかったし叫び声も出なかった。
「……」
 ただ、違和感はあった…死ぬ時の違和感かそれとも…。奴は俺を投げ捨て、俺はボロ雑巾のように壁に激突し崩れ落ちた。
「……」
 宮子ちゃんの悲鳴が聞こえたような気がしたが、俺は耳までいかれたのかもう、何も聞こえない状態になっていた。
「……」
 亮二はもがき苦しみながら、左目に打ち込まれた銃弾を穿り出そうと縦横無尽に暴れている。かなりダメージを負ったらしいが、あの銃に特別な銃弾でも入ってたのか?
「……」
 亮二が宮子ちゃんを睨みつけている、さっきまで自分の物にしようとしていた欲求とは違い、今は明らかに宮子ちゃんを餌と見た感じがする。
 その牙がだんだん彼女に近づいていくのに、彼女は俺を守るように両手を広げた。俺は彼女が亮二に襲われ、心臓を抜き取られるどころか、俺の目の前で骨まで噛み砕かれ跡形も無く亮二の腹に入られる光景が頭に浮んだ。

 正直、俺はどうにでもしてくれと言いたい、親父と母さんが死んで…一度は諦めようと思った命…ここで宮子ちゃんの変わりに餌になってもいいだろう…
 だけど、だからこそ、俺は宮子ちゃんを守りたい…この子と約束したんだ幼い日、必ず守ってやるって!?

 俺は如何なってもいいから……、彼女を…宮子を守れるだけの強い力が欲しい!
ドクン
 ここで亮二に勝てなくてもいい、けど宮子を助けるだけの力が欲しい!!
ドクン…ドクン…
 その為になら吸血鬼にでもなんでも、なってやっていい!俺は…強い力が…
ドクン…ドクン…ドクン…
 欲しい!!
ドクン…ドクン…ドクン…ドクン…

すぅ…
「……」
 体が軽い感じがした。清々しいくらいの開放感が俺を満たしていた。
「智也君?」
『ぐぅぅぅ…浅倉ぁ…』
 宮子と、俺を殺した獣人が起き上がった俺を凝視している…見たこと無い種だ、新種か?まあ、今はそんな事…

「そんなディープな顔見せるな亮二…今、寝覚めが悪くて切れてんだよ…」
ゴキゴキ…べきべき…
 鈍い音を立てながら、俺の体が復元していくのが解る……人間の時ならば、死ぬ程の痛み…それが、今の俺には…快感にさえ思える。
 頭から流れる血を舐め取る、自分の血の味なのにこんなに美味に感じる…
 心からの開放感と充実感に俺は伸びをし…深呼吸をした、鼻に…触る、忌々しい匂い。そう言えば、一匹いたな……『雑魚』が…
「痛かったぜ亮二…よくも俺の体の骨をバラバラに砕きやがって……この落とし前は高くつくぜ…骨をバラバラに砕いて、ボロ雑巾見たく投げ捨てやがって」
しゃ!
 両腕の爪が鋭いナイフのように尖る。今の腕事態が鋭い刃と化している。
「あ…ああ…」
 宮子が腰を抜かして俺を凝視している、ふ…何時まで経っても、可愛くて美味そうな奴だ……
「ふ……心配するな宮子、お前をさらったこの馬鹿を殺してから、お前をゆっくりと頂く」
『おのれぇ!おのれぇ!!』
 いい所で眼から血を流しながら発狂する、獣人が邪魔をする…。奴の潰れた眼からかすかに銀の匂いがする、あの銃には銀色の弾丸が込められていたのか…
親父、俺が吸血衝動に負け自殺する為に残したのか……小ざかしい。

…やはり獣人と言う物は、気に食わない…その力を持ち、不死ではない脆い体…満たされる肉欲…何もかもが、何もかもが…気に食わない。
人間と交わる事でしか生きられなかった半端者の超越種!!

見ていてむかつく…腹が立つ、反吐が出る…その血、吸うに値しない無能なる存在。

「邪魔なんだよ、お前等……さっさと、滅んでいれば良かったんだよ」
『ほざけぇぇ!吸血鬼!?ぐわぁぁぁーー!!』
ブオン!
 正面から、その巨大な腕を振り下ろしてくる…叩き潰そうと言う事か?
「……ふ」
 不適に笑い、その軟弱な腕を片手で受け止める。
がしぃぃーー!!
「脆いな、その程度で俺を食い殺そうと言うのか?」
ベキベキ…バキバキ
『う、ぐおぉぉーーー!!』
 腕に力を込めるだけで、その豪腕の骨がベキベキと砕ける音がする…まだだ…
「腕が折れて痛いか?俺は体中を粉々に砕かれたんだぞ……」
 握り締めた豪腕に爪を食い込ませ、一気にもぎ取った。
ガシュゥゥーーー!!
 俺の手には、引き千切られた獣の片腕があり、それは徐々に人間の物へと戻っていく…手についた、獣人の取るに足らない血を舐める…不味い…獣の血ほど不味いものは無い。
 むかつく……頭にくる……殺してやる…
「さあ、再生してみろよ…くっつけて見ろよ…」
『がぁぁ!?ぐあぁぁぁーーー!!』
 もがき苦しむ、奴に人間の腕を放り投げて返す…再生できるもんならやってみろよ。
『がううぅーーぐおぉぉぉぉーーーーーーーー!!!』
 死者のように、耳障りな咆哮を上げる獣人に、俺の嫌悪感は更に増した。奴は咆哮の後、一気に飲み込もうと言うのか…牙を向いて俺に向かって飛び食いかかって来た。
「五月蝿い…ギャーギャー喚くな……」
 食らいついてきた獣人の顎をたたき上げ、無防備になった体に両手で何度も殴りつけた。
ダダダダダダダダ!
『ごふ!』
 腹に数十発、胸に7発、合計31発の拳を叩きつけられ…獣人は血を吐き出す。
「お前みたいな雑魚に『剣』を使うのはもったいない、爪だけで十分だ!」
獣人に向かって両手の5本の爪を広げ…力の限り振った。
バシュウゥゥーーー
 俺の爪は…弧を描き…金色の10本の帯を作りながら、奴の10本の切り傷を奴の体に作った。
『がはぁぁ!?』
 白い体毛を真っ赤に染めながら、奴は地面に落ちて…獣の姿から人間の姿へと戻っていく。
うつ伏せで倒れてる奴の体は、変身の為衣服が破れ、裸の状態だったが…顔と体に無数の俺の爪で引き裂かれた傷からでた、大量の血が、奴の体に赤い服のようにまとわり付いている…奴は俺を睨みつけて…
「く……ば、化け物め…」
 人間に戻った奴を見下ろしながら、俺は手をぶらぶらとしながら近づいて…
「猛獣ショーも終いだ……楽しいサーカスを見せてくれて…ありがとう」
「ぐぅ!?」
 首を鷲づかみにして持ち上げて奴の額に、爪を突きつける……額を貫いて脳みそをぶちまけてやる。
「…今の俺は戦車でも殺せない体になってる、俺を殺すのにはつめが甘かったな、獣人」
シャ!
「あ…だめ、駄目だよ…智也君…殺しちゃ…だめぇぇーーー!!」
ガシ!
「何!?」
 後ろから宮子の叫びがしたと同時に、俺の体を金縛りのような拘束が襲った。まるで無数の手により押さえつけられてるようだ…いや、実際に押さえつけられているんだ…

 無数の青白い人の手に…俺の体にまとわりつく、冷たい無数の手…手…手…手!?

「う!?」
 声が…出ない、口もその手に押さえられて全く声が出せない。しかも宙を浮く感じがする…
 宮子の能力か!?小ざかしい…まねを!?
『ひゅおぉぉーー』
『うおおおーーん』

 数え切れないほどの、亡霊の呻き声……宮子の叫びだけでこれだけの数の霊が群がってくるなんて、ありえない…
 ダメだ、今のこの体じゃ、智也の体じゃ、再生後に強烈な負担が掛かるか?何百とも亡霊どもの束縛に耐えられない!?まだ、完全な吸血鬼として…ち、宮子め…吸血種にもなれない半端物が…こんな小ざかしい攻撃!?
 仕方が無い、もう少しこの体が吸血鬼として完全に血を受け付けるまで、時間をかけるしかないな。

「くは!?」
 魂を吸われる感じがして、俺は正気を取り戻した……
「ああ…ああああ!」
 全身の魂を、血抜かれるような不快で気持ち悪い感覚。体がしびれる…このままじゃ、俺…本当に…

「…と、智也君!?ダメ、みんな!もういいよ!」
 宮子ちゃんの声が一瞬聞こえた後、俺の体は束縛からだんだん解き放たれて、俺は地面に落とされた。
「げは!」
 強烈な吐き気がする…さっきのは一体なんだったんだ、体が宙に浮いて、まるで血を吸うように魂を背中から抜かれていた。目には見えなかったが、体を束縛していたのは明らかに人間の腕だった、それも宮子ちゃんから放たれていたことは明確だった。
「智也君!!」
「かは…!」
 倒れこんだ体を、宮子ちゃんが揺さぶる…体の方は全然痛くない。しかも、骨まで完全にくっついているように思える。亮二にあれだけ痛めつけられたのに…
 だんだん、吸血鬼の体なのか?

「?…」
 暖かい、何かが頬にあたり、流れ落ちた。それは俺を見下ろしながら泣きじゃくる宮子ちゃんの涙だった。
「智也君、ごめん…ごめんね」
 泣きじゃくる彼女の頬を伝う涙を、指でふいてやる。
「………だいじょ…うぶ…」
 安心させるように笑いかけると、俺にぎゅっと抱きついてきた…だ、だから苦しいって。
「ごめんね、ごめんね!」
 何度も何度も、俺に謝って…俺は宮子ちゃんの肩をぽんぽんと叩きながら。
「大丈夫…大丈夫だから……宮子ちゃん苦しい…ギブギブ」
「あ…うー、ごめんなさい」
 何とか宮子ちゃんを落ち着かせて、俺は宮子ちゃんに手伝ってもらい上体を起した。
「ありがとう、宮子ちゃん…俺は大丈夫だよ」
「……」
 服が、さっき亮二にやられて、血で真っ赤に染まってるのに対して今の俺は骨も折られて、体にも爪で突き刺された痕があったはずだ。それなのに嘘のように、復元してる…
 やっぱ、俺の体はだんだん吸血鬼になって…
「うう…」
「宮子ちゃん、俺が怖いか?」
「うん…」
 殺されて、殺され続けて尚も体が無傷になった俺なんて、亮二達よか、化け物じみてるじゃないか。
 今まで夢で出てきた怪物達を見てきたが、何故夢で出てきたのか解った…
「俺…俺が化け」
「言っちゃダメだよ…私もその化け物の血を持ってるんだから」
「……」
 宮子ちゃんは悲しげに俯いた…この時間で、彼女がどれだけ怖い目に会って来たか解らない。俺が体を復元させた事も、目の前で惨劇が繰り広げられたかと思うと…しかも、自分もそれと同じ血を持っていたとしたら…とても、普通の人間じゃ耐え切れない。
 俺だってそうだ……自分が吸血鬼だって事がまだ信じられない。でも現に…2度も殺されて生き返ってる…
「う…うう…」
「…そうだ、亮二?!」
 後ろから亮二の呻き声が聞こえて、振り返った。俺が殺されたときより酷い傷を残して体を血で真っ赤に染めた体の亮二が横たわっていた。
 もしかして、俺がやったのか?俺の数分の記憶の空白…その時に吸血鬼となった俺を…
「亮二…」
 立ち上がろうとして、足がすくんだ…体が思うように動かない。傷は残ってないものの、体にダメージが大きいのか…俺は宮子ちゃんに手伝ってもらい、亮二の方を向いた。
「あ…うう…浅倉君…戻ったんだね…お互い…」
「お互いって事は…亮二、お前…本当に亮二なのか?」
「操られていたわけじゃないよ、あれは僕自身だ…なんて言うかな……『獣』になると今の自分が解らなくなるほど、ハイな気分になるんだよね…とってもお腹が空いて…どうしようもないくらい肉が欲しくなる…ほら、僕って元はベジタリアンだったじゃないか…それなのに、野菜が…不味いんだ」
 獣になると言う事は、血肉を欲する肉食獣となって…宮子ちゃんを襲う程…自分を失わせる力を持っているということか…?
「俺にも…そんな化け物の血を持って…それで、亮二を…」
 手についた大量の亮二の血を見て罪悪感と同時に、化け物になっていく自分に恐怖が浮上して来た。
「……多分、今のところは大丈夫だよ…僕にはよく解らないけど…元に戻ってるなら、望みは…ある…よ…」
 望みか…でも、やはり俺の体を少しずつながら、着実に吸血鬼へと変って行ってるのは事実か…
「今は、君達を襲ったことを…後悔してるよ…げは!」
バシャ!
 地面に大量に吐血をする…俺は亮二に近づこうとした。
「来ちゃダメだ…今度、『獣』になったら…今弱ってる君を道連れにするからさ…」
 口から血を吐く亮二の犬歯は鋭く尖って、目は先程のように鋭く尖っているが…光を全く映していない。
「今の浅倉君なら首元を噛み千切れば……ただじゃすまないから…」
「亮二、お前…もう目が…」
「うん……もう潮時って所かな?…」
「…亮二、俺は…とんでもない事を…」
「いいさ、浅倉君らしくないよ……僕自身…肉を食べてるなんて、それこそ似合わないし…どっかで止めて欲しかったんだんだ……浅倉君を呼んだのは正解だったよ」
 正解?これが、正解だと言っていいのか…?親友と呼んだ人間と殺しあって、それで…結果的に俺が殺した…
「宮子ちゃん、君には凄く悪い事をしたと思ってるよ……ごめん、こんな酷い事をするつもりじゃなかったんだけど…」
「亮二さん……」
 亮二は血を吐きながら、宮子ちゃんの頬を伝う涙をぬぐってやる。
「……最後に教えてやるよ、浅倉君…君は狙われている。現に僕達を新種に変えた奴や…彼女は、美村奈美を攫ったの奴は…き…君の…ち…近くに……」

 亮二の声が切れ切れになり、その瞼が完全に落ちたと同時に亮二の身体から力がぐっと抜けた。
「亮二…お前…」
「亮二さん…うう…」
 だんだんと、亮二の身体が灰へとなって行き……俺と宮子ちゃんの前から完全に消滅した。悲しい、悲しいのになぜか涙が出なかった…
 亮二は、俺に最後何かを告げようとして死んでいった…さっきの言葉が宮子ちゃんや俺にして来たことの罪滅ぼしのつもりなのか?
 死んだら意味無いだろうが…馬鹿野郎。
 俺はお前に生きていて欲しかった……俺はお前にどう、償えばいいんだ…
「教えてくれ、亮二…俺は、これからどんな顔をして生きてきゃいいんだ…」
 卑怯だろ? お前が死んで、俺がのうのうと生きてるなんて…

「智也君、行こう…」
 涙声の宮子ちゃんの泣き顔を直視できない。知人で、好きと言われた相手を俺が目の前で殺して、今灰となって消えたんだからな…
「……」
 俺は無言で頷いて宮子ちゃんに肩を貸してもらい、俺は亮二の居た場所から去ろうとした。
「う!」
 突然、吐き気と…目眩が襲い…体を支えきれなくなって、宮子ちゃんと折り重なるように倒れこんだ。
「きゃ!」
「…う……」
 さっきまで幾度も見た血の光景と、俺の手についた亮二の血が…頭に鮮明に思い出され、俺の胃液が逆流して、倒れこんでもがきながら嘔吐した。
「うが…」
「智也君!」
 ダメだ…身体の自由が意識が飛んでいこうとしている…目の前が……真っ白になって、宮子ちゃんの声が遠ざかっていく。
 今、今寝たら…また…俺は、吸血鬼に…俺じゃなくなっていくのか?

 虚ろになりかけてる俺の目に、誰かがこっちに向かって歩いてくるのが見えた。
「フ…レキ…」
 フレキのような像が、俺に近づいてくるのが見えたが、その時点で俺の意識は途切れて…深い闇の中へと放り込まれていった。


第八話……『悪夢』つづく。

楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] ECナビでポインと Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!


無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 解約手数料0円【あしたでんき】 海外旅行保険が無料! 海外ホテル