俺のすぐ近くに、俺の中に…それは息を潜めていた。
 ずっと昔から、血の中で息づいてきた、異端の血…人の生き血を吸いながら、その力を維持してきた…吸血鬼…
 それが……俺の本当の姿…吸血鬼…それが、本当の俺。

『君はどうやって死者を殺したと思う?死者を爪で散々切り刻んだ挙句、首筋に噛み付いて、血といわず全ての水分を吸ってミイラにしたんだ!』
 
亮二の言葉が、頭に蘇ってくる…宮子ちゃんが攫われた時、俺は一度あの化け物のやられて死んで、亮二にやられるだけやられて…生き返って…

 そして、亮二を殺して……

 俺はもう、吸血鬼に…人の血を吸う、化け物…吸血鬼に…

「はははははは、ふははははは!」

 血で真っ赤に塗られた、両手の指についた血を舐め取っていく…背中にある蝙蝠の翼をマントのように折りたたんだ……今まで見た事の無い化け物。

 ああ、こいつ……俺なんだ。吸血鬼である…俺の本性…





鍵爪
 第八話『悪夢』





 暗い、真っ暗だ…どこまでも続く、深い闇だ…

夢……?
いや、現実か? 前にも見た事のあるような情景…あ、あの時の夜だ……

 真知子さんに買い物を頼まれた、宮子ちゃんと一緒に買い物に行って…
その帰り道、人気の無いあの場所であの化け物に…連続通り魔殺人の犯人に遭遇した。

狙いが宮子ちゃんの心臓、だって事が解って、俺は…宮子ちゃんを逃がしたまでは良かった…
残った俺は、結局、奴に噛まれ…食い殺された…それから後…それが今俺が見てる情景だ。あの時、あの後どうなったかは意識を失っていたのか、まったく記憶に無い……
 瀕死の重傷…死んだって当然の傷を負ったんだ…
 奴に噛まれた右肩から胸にかけて焼けるような熱い痛みが、走って…灰色のアスファルトの地面を真っ赤に染める、俺の血…血…血…血…血…血…血…ち…チ…

ドクン、ドクン、ドクン、
瀕死の傷を負っているのに、なぜか心臓の音が止まらない…止まらない……
ドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドク!
トマラ……ナ…イ…


『獣人の人狼か…イヌっころが俺の体に牙を向くか…』
 この声は……頭の中に一面真っ赤な血のイメージが浮んできて、その奥…血の海から声の主は浮かび上がってくる。
『……牙をむいた罪…死んで償ってもらうぜ!下等種族!』

………

急に身体が軽くなったような気がして、俺は前を見る…目の前には血の海に倒れる、俺の姿、え?なぜ…俺が…、声がした後に、俺は幽体離脱でもしてしまったのか?
 なぜか、俺は…目の前に倒れている俺を、客観的に見ていた。

その倒れた俺は、ゆっくりと体を弓なりに…反らしながら立ち上がる。え、何故…何故立ち上がれるんだ?!
俺はあいつに、殺されるほどの傷を受けて……。
だけど、俺はゾンビのようなゆらりとした不気味な動きで、身体を前傾姿勢に落として、額に手の平を当てた。
『かぁぁ…』
 この唸り声、俺が発してる物じゃない!明らかに俺とは別の何者かが発してる唸り声だ。唸り声と共に、その俺の体から…地上の生物や空の鳥達を震撼させる程の、恐ろしい戦慄を放った。そして、その戦慄は今さっき俺を仕留めた、獣の化け物に一点に向けられた。

俺は額に押し当てた手の指の間から、奴を睨みつけて……
『カッ!』
ブワァ!!
カッと目を見開いた俺の瞳は鋭い線のように尖り、血を思わせる赤い白目と黒目が金色になって、人間の物とは程遠い化け物の目つきへと変わり、口から鋭い牙が突き出て…表情が今の俺とは、別人の如く凶暴化した。

その同じ瞬間…俺の周りに立ちこめていた戦慄が、竜巻のような旋風となって…体の周りから一気に全て放出された。
『ギャオーーーーーーー!!!!』
 両腕を広げ、けたたましい咆哮を上げる俺……
 髪の毛が、逆立って…奴に付けられた傷がだんだんと治っていった…それでも完全に治らなく牙の痕が肩には痛々しく残っている。
手の平から伸びた5本のしなやかな指からは…長く鋭利なナイフのような爪が伸びて、背中から蝙蝠のような大きな翼が生え……そして俺は俺でないものに変わった。
 翼を折りたたみ、マントのように背中に翻したその姿は…本物の吸血鬼…。

これが、俺の吸血鬼である本来の姿……
『…ふぅ……心地よい、久々の外界だ…』
 その吸血鬼は俺の声を借りて、外の空気をいっぱい吸った感想を言った。
『……吸…血……鬼…吸血鬼…キュウケツキ…敵、敵…おれの敵…敵…獣の敵……殺す、殺す!食い殺す!』
『そうだな…獣の雑魚…俺はお前等下等種族にとっては宿敵、そして俺にとってお前は…最も取るに足らない雑魚!雑魚!ザコザコザコザコッ!雑魚!』
 鋭い爪の伸びた指で、奴を指差し何度も『雑魚』と言う言葉を連呼して奴を挑発する。
『ぐるぅがおぉぉ!!』
『おっと…』
吸血鬼は翼を広げて、奴が突進してくるより先に…空に高く飛び上がった。その翼は月を隠してしまう程に広く、ざっと見ても翼長は7メートルはあるだろう。
身体は自分のままなのに…こんなにも、違いがありすぎるのか…
『…流石に空は飛べないだろうなぁ……』
『ぐるるるるるる!!グオウ!!』
奴は挑発に怒り狂ったか、上空の吸血鬼に向かって足のバネを使って、跳躍した。
『……直線的なジャンプで、突進力を利用した爪の突貫攻撃…ふ、お前達雑魚には似合いすぎる必殺技だが……クオーーーーーーー!!』
吸血鬼はジャンプしてくる奴に対抗するかのごとく、翼を折り畳み…急降下した。
ズガ!!
『アグゥーーー』
吸血鬼の五本の爪が奴の顔面に突き刺さり、奴の右目は潰れた…吸血鬼は、それを待っていたかのごとく、奴の腕をつかみ上げて、再び翼を広げて空に飛び上がった。
『捕まえたぞ!』
吸血鬼は上空に上る力と遠心力を掛けて、力の限り奴を地面に向かって投げ飛ばした。
『落ちな!!』
ブチッ!
強い遠心力で奴の腕は体から引き千切れ…そのまま、地面へと落下した。
ドドーーン!
真下のアスファルトに叩きつけられ、アスファルトに自分の体をめり込ませて…口から大量の血を吹いた。
奴はその後、ぴくぴくと体を震わせている…既に虫の息だということは、ハッキリしている。
だが吸血鬼はそれを見て不敵に…にっと笑い、上空から再び翼を折り畳み、爪を突きたてて…急降下した。
『キエーーーー!!』
グサッ!!
奴の腹に突き刺さった爪は、腕まで突き刺さり…背中を突き抜けた。突き刺さった片腕に力を入れ、奴を持ち上げた…片腕だけで、俺の何倍もありそうな化け物を持ち上げてる。
吸血鬼は突き刺さってる片腕を…力任せに引き抜いた。
バシュゥゥーーー!!
『…くくくく…』
 腕が突き抜けた穴から大量の返り血が飛び、吸血鬼の顔にもつく……。
奴はその一撃で蹴りがついたのか…力尽きてゴトンと頭を落とした。
『所詮は雑魚……だがこれも慈悲として、お前の血を俺の糧としよう……』
吸血鬼は不気味に笑いながら、奴の死んだ顔を見て…両手をそいつの両肩に差し伸べて、鋭い牙を…そいつの首筋に突き立てた。
『くわぁー!』
ジュルルルル…ゴルルゥ
 首筋に噛み付いた瞬間、吸血鬼は死んで間もない奴の血を吸引機のように吸いだしている…。その瞬間俺の口の中に、鉄の味のような…どろっとした物が喉の奥へと流れ込んで行ってるのが解った…これは、血…あいつの化け物の…血…
 奴を通して俺は血を吸っている……こんなにも血が嫌な味と思った事は無い…凄まじい吐き気を覚えるが胃液がどんどん入ってくる血のせいで逆流もしない…その感じがたまらないほど、気持ち悪い。

ジュル…ジュルル…ジュルジュル…ズズズズズズズ…
 奴の体中の血管から、血液…強いては体中にある水分を吸い取ってるのか、奴の身体がだんだんとミイラ化して行って、干乾びていった。
俺が…俺がしているのか?俺が…吸血鬼…そんな……
『くはぁ…、久々の血だ…もう少し美味い血が飲みたかったものだ…』
吸血鬼が奴の身体から一滴残らず血を絞り取ると…そのもう用済みと化したカラカラの身体をボロ雑巾のように捨て…、何かに気づいたかのように後ろを振り向こうとした。
バキッ!!
吸血鬼が振り向く前に頭を何者かに殴られ、血のついたアスファルトで…ゆっくりと俺の人間の姿に戻って行った。

俺は薄れいく意識の中、一人の人間を見た。
赤い瞳を持つ…棒みたいな武器を手にした…長身の青年の姿、フレキ……。

 やっぱり、俺はあの時…フレキに助けられたのか……

 俺はその後、再び闇の中から起き上がったら、今度は獣化した亮二の前に現われていた…吸血鬼としての記憶を俺は客観的に『夢』という形で見ていた。
 しかし、これは紛れも無い『現実』…
 俺が吸血鬼だという紛れも無い真実……俺が、この手で、亮二を殺したという事実…
『ふ……心配するな宮子、お前をさらったこの馬鹿を殺してから、お前をゆっくりと頂く』
 吸血鬼から放たれた、宮子ちゃんに投げかけたこの言葉……俺はいつか、宮子ちゃんも襲う恐ろしい吸血鬼と化してしまうのか…?
 亮二を殺したように…

 宮子ちゃんの力で、俺の体に戻っていく吸血鬼は、今の身体じゃ…智也の身体じゃ再生後の負担に耐えられないと言って消えた。
 今は吸血鬼を抑える制御があるってことか…もし…その制御が解けたら……

 俺は……


……
………

「はぁ!」
 頭に熱い鉛を注ぎ込んだような…不快で、吐き気がする。いやな感じだ…体が、熱い…

 あ、あんな夢……吸血鬼が蘇った時の記憶…一回目は俺が殺されかけた時、二回目は…亮二を殺した時…
 どちらとも、残忍な方法で殺している…あんな化け物が俺の中に…
「ぐ、うえ!」
 頭にあの惨状が思い出され溜まっていた胃液が逆流して、俺は部屋を出て洗面台まで走った。夢とは言え、血の味が口の中に残ってるような気がする。

「はぁ…はぁ…」
 洗面台…見慣れた場所…、ここは佐倉家か?俺は、帰ってこれたのか?今ここに居るだけなら、あの時の事が本当に長い悪夢を見ているような感じだった。
「包帯…」
 頭や、寝巻きの裾から見える胸には包帯が何十にもわたってグルグル巻きにされているのが解った。やっぱり、あの時の事はみんな…現実なんだ…


俺は洗面台を後にして自分の部屋に戻ることにした、佐倉家…俺のもう一つの家、何日ぶりのような気がした。俺はとりあえず、ベットに横になった、まだ頭の包帯が気になる。

 俺がここにいるという事は、あの後…フレキに助けられたのかな…それとも、事前に呼んだ警察に保護されたのかな……。

 まだ、頭の中に亮二が死ぬ前の事や、あの夜の事が思い浮かんでくる。恐ろしくも、どこか美しい…アンバランスな悪の形。
 それが…俺の本来の姿……あれは夢だと信じて…吸血鬼だったなんて信じたくない。

 俺は人間…人間でいたい…

「………」
 部屋の時計が、一秒ずつ時をつむいでいく…時刻は午前の2時…亮二を殺した夜からいったい、どれだけ時は経った?
 それとも、俺が考えてる程…時は経っていないのか?もしかしたら…助けられてから、まだ、そんなに経っていないのかも知れない。

助けられた?そうだ…俺を助けたのは…フレキだと思う。最後に見えたあの像…間違いなくフレキだった…
 それに宮子ちゃんが攫われた夜も、俺が吸血鬼となってあの化け物を血祭りに上げた後、後ろから殴り…俺を正気に戻したのも…フレキ…

そうか…俺は、フレキに二度も助けられたんだな…。フレキ…フレキ・O・浅倉…叔父さん、浅倉智弘の養子。
俺が病院から退院するとき、フレキはあの夜俺を助けてないと言った…そんな事、嘘だって解っている。
「十分に気をつけてください、貴方が言うように彼は何かを隠している」
「時が来たら貴方に全てを話しましょう」
井上とフレキの言葉が、一度に蘇ってくる…フレキは隠してはいるが、危険な奴じゃないって事は解る。二度も俺を助けてくれた…俺が吸血鬼として覚醒しようとしている事も、知ってるかもしれない。あの狼の頭をした人狼(ワーウルフ)達や…亮二が獣化してしまった事も…フレキは全て知ってて、時が来たら全てを話す
今度聞いてみよう。いや、今…聞かなきゃいけない…俺自身の為、そして…
「俺は……」
 そう思って、俺は立ち上がってフレキの居ると思われる部屋へと向かった。

フレキの部屋の扉を俺はノックする。自分が、あの残忍な吸血鬼に変わっていくのにこれ以上、隠されているのは…嫌だ。あいつになってしまえば、俺は宮子ちゃんや真知子さん、大切な人たちを殺してしまうかもしれない。
 そんなの絶対に嫌だ…だから、俺は!
「フレキ、いるか?」
 ノックを数回しても返事は無い…こんな深夜だ、絶対寝ているかと思う…だけど、今聞かないと、俺は!?
「フレキ、入るぞ」
 俺は、フレキの部屋のドアを開けて強引に入った。

 室内は、夏だというのに風通しが良く…熱くない、むしろ肌寒いくらいだ。電気はつけていなく…窓から覗く細い月が、僅かな明かりであった。
「フレキ?」
 部屋の中にはフレキの姿が居ない…ベッドの中にも誰も居ない…
 特に怪しい所も無く新入社員よろしく、ハンガーにはスーツ一式がかけられている。
「どこに行ったんだ?」
 午前2時の深夜だぞ、普通は誰だって寝てていいはずだが……そこで、今まで夢で出てきた事を思い出した。
 フレキは確か、あの化け物を殺す為…夜な夜な外へと出ていたっけ……
「今日もフレキは…」
 あの化け物は、今夜も出るって事か…あの惨劇は、まだ終わったわけじゃないのか。亮二のように、人としての自我を失って…血肉を貪るだけの獣と…なってしまうのか。
 亮二はそれを苦しんで死んでいった、あいつもある意味では被害者だ……

 フレキは今日も、そんな奴等を…殺して回っているのか?

ストン
 俺の耳に、外から何かが降り立ったような音が聞こえた。フレキの部屋にある窓の外からは、玄関がちょうど見えるはずだ。
「…フレキだ……」
 あの時と同じ格好だ、フレキは…何時ものように、夏用の半そでワイシャツを着てその白いワイシャツを返り血か、真っ赤に染まった所があり、右手にもたれた長い鉄の棒には血が滴り落ちて、戦いの後だと言う事が十二分にわかる。
 実際見て、あんなに不気味に見えるフレキは初めてだ…
「ふぅ…ふぅ…」
 フレキは、疲れてるのか息を切らして玄関の前で止まっている。戦いでダメージでも負ってるのか?
「…!?」
 一瞬、フレキと目が合った。その瞬間、ドクリと心臓が高鳴って腰が抜けてしまった。あんなに、強い恐怖を感じるほど…フレキの瞳は真っ赤に染まっていた。
 殺されるかと、一瞬思った…いや、今殺されそうな雰囲気なのだ…
「……智也さん、何故俺の…部屋に?」
「……」
 一瞬、俺が腰が抜けて…玄関口から目が離れた、その一瞬の出来事だった。玄関からこの窓への高さは、4メートルくらいあるかもしれない…それを、フレキは俺が目を離した隙をついて駆け上がってきた、もしくはジャンプして来たとでも…言うのか?
 窓枠に左手を置いて、足をだらんと部屋の中に放り投げて…逆光で見えなくなった顔にある二つの目は…血のように真っ赤に染まっている。
 そして、この凍りつくような恐ろしい殺気……亮二の時とは全然違うこの、感じ。

 俺は…フレキに殺されるのか?


第九話……『秘密』つづく。


テレワークならECナビ Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!
無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 海外旅行保険が無料! 海外ホテル