細い月を背に、フレキは俺をその真っ赤な瞳で睨みつけている…俺は言葉も無しに、腰を抜かしてしまった。
「智也さん、いけませんよ…人の部屋に勝手に入るなんて……」
 何時もと口調が全く違う…不気味な笑みを浮かべながら、俺を威圧する。目を放したら絶対に、首が落ちる…フレキはそれくらいの殺気を俺に放ってるんだ。
「ふ、フレキ…」
「…これは、少々解ってもらわないとダメみたいですね……う、…く、がぁ!だ…ダメだ、やめろ!まだそんな時ではない!」
 急に、フレキの目が紫になったと思ったら頭を抱えてもがき始めた。しばらく頭を抱えながら動かなくなったが、その内、息を荒げながら…頭を上げた。
「!?」
「はぁ…はぁ…新月期が…近いと…こうも…」
 フレキ…何時ものフレキなのか?
「……フレキ?」
「良かった、目が覚めたんですね…智也さん」
「あ、ああ…ってフレキ!?なぜ自分がああなったのに、俺の事を…」
 フレキのあの状態はどう考えても異常でしかない、赤かった目…まえに夢で見たフレキも、あの化け物を倒した時は赤い目だったが…俺に向けられた殺気は尋常じゃない物だった。
「フレキ…お前は、いったい…」
「自分を偽るのは…もう限界のようですね…」
 フレキは自分が持っていた棒や血で汚れたワイシャツを見て、悲しげに俯きながらそう呟いた。
「入ってきて良いですよ、真知子さん…」
「え!?」
 フレキがそう、俺の後ろに声をやると突然部屋の電気がついて、部屋のドアを開けた真知子さんの姿があった。


鍵爪
 第九話『秘密』



「そう…ですね、フレキさん」
 真知子さんは、新しいワイシャツを手に持って…フレキに渡した。まさか真知子さんは毎日夜な夜な出かけて、戦って帰ってくるフレキのワイシャツが血で汚れる事を知ってて。
「ありがとう、真知子さん…」
 それをフレキは、無言で着替えて…血で真っ赤になったワイシャツを真知子さんに渡した。
「…話す時には、まだ早いんですが……」
 自分のベッドの上に腰をかけて、俺を見る。さっきの真っ赤な目とは違い…何時もの澄み切った青い色をしている。
「……いえ、むしろ今話しておかないといけない事もあります」
「そうですね…」
 確かに、…フレキはとも角として、真知子さんが事件の真相知ってても可笑しくは無く、妙に納得してしまった。以前に宮子ちゃんの口から、分家筋の佐倉家にも僅かながら俺達の血を分けている為か、不思議な能力があるって言ってた。
 吸血鬼ではないものの、宮子ちゃんが俺の吸血鬼状態を止めたあの能力がいい証拠だ…
 そして、真知子さんなら叔父さんや親父とも、関係が深い故に…俺が吸血鬼だということも知ってても…なんらおかしくは無い。
「最初から、知ってて…」
「知っていて話せなかったのは誤ります…申し訳ありません」
「いや、真知子さんが…話せなかった事を責めたいんじゃない。なんか、考えたら納得できるよ」
 納得というより諦めに感じは似ていた。
もしかして、これは運命なのかもしれない…親父達も、浅倉の家系に生まれた者。
 真知子さんは話せなかったんじゃない、これは浅倉の血筋である俺や、親父達は共通の運命を背負って生きて行かなければならない。
真知子さんは話したくても話しちゃいけないんだ…これは俺自身で克服する運命だってこと知ってるから。
「真知子さんが誤る必要は無いよ…」
「普通なら半狂乱になるくらいの事実を…」
「本当ならそうなってるさ、友達を一人殺したんだから」
 そう…本当なら、泣き叫びたい情況の中…落ち着いてる自分を、何とか保ってるのがやっとだった…もう色々の事がありすぎて、一つの脳みそじゃ制御できない情況だからな。
「日向亮二…さん、ですか……ですが、彼が死んだのは貴方の…」
「いいよ、フレキ…俺の中の吸血鬼が殺した……どちらにせよ亮二は俺が殺した事に代わりは無い…」
「……」
 フレキや真知子さんの慰めの言葉を貰っても、亮二は戻ってくるわけでもなし、俺の罪が裁かれるか報われるわけでもない。
「それより、教えてくれ二人とも…。具体的に、俺の…浅倉の血って何なんだ?」
 今、俺が話したいのは亮二のことや、秘密を隠していた事を責めたいんじゃない……自分とは何か、そしてあの化け物の正体、そして…フレキの正体って…
 
「浅倉の血については、私が説明します…少々予定より早いですが、…いずれは話さなければならない事です」
 真知子さんが、フレキから座布団を借りてそこに座ってから、語り始めた。
「浅倉の血…それは智也さんもお気づきのように、人とは呼べぬ異端…人の生き血を吸う怪物、簡単に言って、『吸血鬼(ヴァンパイア)』の末裔です」
「それは、亮二から簡単に説明してもらったよ」
「智也さんは吸血鬼のことを、どの程度ご存知で?」
 真知子さんはいきなり、露天が外れたような質問をしてくる…だけど自分の体を知っておくにも、吸血鬼の事を知っておいたほうがいいな。
「い、いや…映画で見たような、人の血を吸ったり、傷つけてもたちまち傷がなおっちゃたりする、体を持ってて不老不死って言うけど、…太陽の光を浴びると灰になるから殆ど夜に活動して…弱点はにんにくや、十字架、銀とか」
「そうですね、確かにB級ホラーの世界での吸血鬼は実在する吸血鬼の点をある程度捉えています」
 大体はあっているって事か80点くらいって所か……
「吸血鬼の弱点として、太陽の光は代表的ですが…大抵、力が強い吸血鬼は日中でも活動可能です、けれどその力の半分も出せず…ある程度の生活は可能ですが、いずれ滅びます。人よりでなければ、智也さんは今死んでますよ。その点で、太陽に敗退する、ということは正しい」
 さらりと、すごい事を笑って話す真知子さんだが…確かに、もし日光に当たって死ぬなら今まで生きてきたのが不思議なくらいだ。
「加えて浅倉の人間には、半分から3分の1程度人間と混血してますから、日光の体制もついたりしてます」
 なんとまあ便利な吸血鬼だが、同時に日中でも活動できる危険な存在でもあるな。
「その他の弱点については、にんにくは除外します。特に効力もありませんし…ドラキュラ伯爵が嫌いな理由は、ただの好き嫌いでしょう。十字架は効力を発揮する者、しない者と分かれますがどんな吸血鬼が効力が無いのかはわかりません。最後に銀…銀は神域を意味する色として、混色では決してできない色です。故に銀は吸血鬼にとって絶大な効力を発揮すると言いますが、これも十字架同様効く者と効かない者と別れます。ですが武器としてその性質を変えれば、絶大な効果を得ます…」
「弱点も、それ自体は完全に弱点とは言いにくいってことか」
「はいそれその物が弱点となったりならなかったりします」
 そう言う事か、教訓になりました……
「それと…私もまだ、これに関しては勉強不足なんですが、これに関してはフレキさんにバトンタッチします」
 新しいワイシャツに着替えて、椅子に座り棒についていた血をふき取っていたフレキに真知子さんは何時も話すような口調で話を振った。
 フレキは、棒の手入れを一旦中断して俺のほうを向くと話し始めた。
「吸血鬼…いえ、あえて吸血種と位置づけると…それは大きく分けて、二種存在します。一つは元から居た吸血鬼の大元である『真祖』。一つはその『真祖』に血を吸われた、吸血鬼となった人間『死徒』つまりは、元々からそうである物と、それになってしまった者です。智也さん達…浅倉の血は、この『死徒』に分類されます」
「『真祖』…『死徒』…」
「……『真祖』は、俺が知るところでは1名を残し全滅したと伝えられています。『死徒』は、大元である27人を始めに世界各地に分布しています」
「っちょっとまった、死徒の大元って…その真祖って奴じゃないのか?」
「ええ、死徒は現存する吸血鬼達の一族の元となって、死徒自信は…真祖の食事めいた物から始まったと言われています。この先は結構複雑な話で訳がわかりませんが、そう言った経緯で、吸血鬼となった者が『死徒』です。中でも一番古い所に居る、現存する吸血鬼達の大元の27人を『死徒二十七祖』と言います。『教会』に封印・滅殺されているものもいますが。」
「なんだか、凄そうだな……その27人から世界に至ってるなんて」
 人間に紛れて生きてる吸血鬼って、まだ他にも実際に居るって言うのが驚いたな。
「はい、浅倉の血の元となった死徒は…その『二十七祖』に近い、歴史と能力を持っていた死徒でその気になれば、『二十七祖』にも君臨できる程の実力者であったそうです」
そこで息を継ぐ。
「・・・しかし、彼は「教会」に見つかる事はなかった。身を隠し、力を抑え・・・」
「……」
 フレキの説明に俺は息を押し殺した……あれは確かに強い力を持っていた。一瞬で、自分の体の数倍もある奴をいとも簡単に相殺したり…。
「智也さんも知ってる、あの神社に祀られてる『鬼の手』あれは、その貴方のご先祖である死徒の腕です」
「!?」
 ってことは、俺はその手の鬼の子孫だって事だったのか?
「親父様から聞いた話ですが、ご先祖が『二十七祖』にならなかった理由は…一つ、気まぐれな性格で放浪癖があったと言う事です、あと…全く好戦的ではないって事が…宝石と呼ばれた死徒に、衝動を抑えるすべを学んだから、とも」
「それだけか?!」
 そんな凄い奴等の中に、入らずにただ旅を続けて…待てよ、これって親父や叔父さんが若い頃ちょくちょく海外に旅行に行ったのと似ている。
「それと、なぜ浅倉の血族が誕生したかは色々な理由がありますが、大体は、永遠の命を求めた結果が浅倉の血族の誕生のきっかけとなったか」
「それってどういう事だかさっぱり解らないが?」
「吸血鬼と言えど、それが『死徒二十七祖』のような強い存在であったとしても…その命は必ずしも永遠とは言えません。ちゃんと弱点をついて殺せば死にますし…何より、血を吸わなくなったら……彼らの中にも、永遠を求めて自分からなった者もたくさんあります」
「吸わなくなったら?」
「…肉体を維持できず、吸血衝動に負けるか…あるいは、崩れ去るでしょう。」
 フレキはそう冷たく言い放った…なんだろう、この話をしているフレキの機嫌が何時もより斜めに思える。
「まあ血を摂取していれば、滅びは免れますが…」
「そんな…じゃあ、血を飲んで無ければ俺は…いつか」
「いえ、現在の浅倉の一族は…どちらかと言えば人間よりです、普通に食事を摂取しても大丈夫ですし…血を摂取しなくても生きていられます」
「そうか……良かった」
「……」
 フレキの表情が一向に晴れない…冷たい表情のまま黙々と話している。吸血鬼になにか特別な何か…恨みのような念を感じ取っていた。
「ですが、智也さん達…浅倉の一族はその人間よりな為か、吸血鬼である自分の制御は困難を極めます。つまり、吸血鬼としての自分を受け入れその力を制御する者、それと吸血衝動の果てに人間を襲い、血を吸うだけの化け物となる者…これを親父様達前者と後者と言ってます。智也さんは、浅倉の血の中でも吸血鬼としての力が強い方で、親父様達よりも、遥かに後者よりでした」
「!!…」
 息を呑んだ、あの凄まじいまでの、吸血鬼としての俺の戦いぶりは、あの人狼や亮二さえ軽がる倒せるくらい圧倒的過ぎて、それこそ制御不能のとめることの出来ない化け物だった。とすれば…俺は…
「けれど、智也さんはどちらかと言えば前者よりです」
「え?本当なのか?それ」
 フレキの言葉に耳を疑った、それじゃああの吸血鬼としての俺の姿は…言って見りゃ俺が望んで、俺自身が進んでなったような気がする。
 一度目は、自分の身を守る為…二度目は宮子ちゃんを守る為…
「…ええ、それも親父様以上に早いペースで自分の吸血鬼を制御してると見ています。浅倉の吸血鬼の血を制御するには、12〜25歳までの長い長い歳を経なければなりません…ですが、貴方はそれを10歳から今に対する6年でそれを制御しようとしている。親父様達より強い能力を持ちながらそれを短期の内に得る…言わば、貴方は天才です」
「天才…か、余り嬉しい響きじゃないけど」
「……自分としては、十分誇るべき物だと思います…」
 フレキも真知子さんも顔を伏せている、素直に喜ぶべきなのか?人間として無くなって行くのに、俺は素直に喜ぶべきなのか?

 獣…血に飢えた獣か、亮二の言葉が…頭を差すように思い出される。前者・後者…天才、天性の才能…今までの日常が壊れていく気がした。
 壊れていく…現実の夢を見たときからそれはもう始まっていたんじゃないか?あの狼の頭をした化け物、人狼に出会ってから…俺は…

 連続殺人を繰り返す人狼達…その人狼達を操っていたように見えた亮二…そして、それを倒すフレキ…
「…聞かせてくれないか?」
「ええ…なんでしょう?」
「あの化け物は一体なんだ?亮二は…なんだって、それにお前は何だってそいつ等をその棒で仕留めているんだ?」
「………」
 答えられない事なのか、フレキは顔を伏せたまま何も言わない…しばらく思い沈黙が続いた、自分の事を話したくないのか?それとも話したらまずいことでもあるのか?
「解りました、あれは…『獣人』と言う吸血鬼とは別の異端の種族、獣に変身できる能力を持った者。ホラー映画で出てくる狼男を思い浮かべてくれれば幸いです…それが、俺たち『獣人』です」
「俺たちって事は、フレキ…お前も」
 体と、血が一緒になってざわめいた気分だった、その言葉で俺の体中にある血液が沸騰するような感じだった。
「はい…俺が親父様達に引き取られる…いや助けられる前の名は…フレキスト・オーディン…」
「フレキスト・オーディン!?」
「そして、あの夜な夜な現われて、智也さんにあの夜襲いかかったのは…獣人の『死者』」
 死者?それはさっきフレキが話した吸血鬼の…
「獣人の死者と、吸血鬼の死者とでは全くの別物です…単純に読み方が同じなだけで意味は全く違う。吸血鬼の死者は…親となる吸血鬼が血を吸った奴に自らの血を送った後現世に留まってしまい、奴等が吸った血は全てその親の吸血鬼のエネルギーとなる…言わば、木偶です」
「……俺にもできるのか?」
「えっと、まあ浅倉も吸血鬼ですから、できない事はありません。ですが未だかつて、先祖代々試した事はないと親父様は言っておられましたし…」
 まあ、それもそうだな俺もそんなまねはしたくはないし。
「話を戻しますが、獣人の『死者』は…『死徒』に噛み付かれただけで、それと化してしまう、いわばたちの悪い狂犬病ウイルスです」
 死徒?また、吸血鬼と同じワードがフレキの口から出た。
「ですが、奴等は酷く短命で…死徒に噛まれてから、一ヶ月後に、突然餓死します。・・・いえ、餓死というよりは、死徒のそれと同じく『滅』・・・しかも、彼らの活動期間は満月期の夜しか活動できません、故に…一ヶ月前の満月の夜に死徒に噛まれ、死者となった人間は、次の満月の夜まで、何も摂取できず…その時を待ち、飢えと乾きに耐えながら、訪れた満月の夜に、その飢えと乾きをひたすら癒した後、やっと満たされたという思いの中、死んでいく……吸血鬼の死者を『既に死んでる者』とすれば、獣人の死者は逆に『死に逝く者』です」
「おい、フレキ…『死者』も『死徒』もさっき吸血鬼の中にもあったよな」
「確かに、同じようなキーワードで全く意味が違う、キーワード…」
 フレキは少ししまったーといった感じで頭の後ろをかいた。
「死徒と言うのは、俺のような獣祖に噛まれてしまい…その能力を得た人間の事です」
「俺のような獣祖って事は、フレキは…」
「ええ、オーディンの家系は数少ない獣祖の末裔です。仮に獣祖を『第一種』死徒を『第二種』死者を『第三種』と呼称しましょう。こうした方が、ややこしくなくていいでしょ?」
「ああ、そうしてくれると助かる」
「はい…第二種は、俺のような第一種に噛まれて、能力を得たのは聞きましたよね。第二種は、第三種ほどの…短命ではありますが、獣祖に支配されているわけではありません、故に第三種を増やしながら、操る事もできます。日向亮二もそんな第二種でした」
 亮二も、何体かの第三種を手懐けていたな…
「しかし、第二種でさえ満月の力無しでは変身できません。それまでは人間のまま、その飢えを制御する必要があり、死者と同じ飢えと苦しみは計り知れないでしょう」
 あのベジタリアンな亮二だ、何も食えないという苦しみは衝動に変わって、それがまた凶器となったに違いない。
「……」
「そして、俺のような第一種は、満月期以外の夜でも変身でる程、その力は強大で凄まじい。それに、食欲は第二種、三種より浅い物の…肉に対する執着は、まさに獣の如し」
 俺を食おうとしていた亮二も、それに手懐けられていた人狼達も、全員餌であった人間達を、肉を残らず食っていたな。
「それと、なんであいつ等は…人間の女の心臓を食らうんだ?」
「獣人の『死徒』そして、『死者』は…実は元の人間に戻る方法があるんです、彼らが活動する本来の理由は、満たされぬの食欲を満たそうとするのと人間の体に戻る為」
 フレキが冷や汗を流しながら、そう言ってくれた…奴等は自分が人間に戻る為に、人を食った入りしていたのか?
「死者は…満月の夜に若い女の心臓を、死ぬ前に100人分食らう事…死徒に噛みつかれて、一ヵ月後に変身して死ぬ死者が、一晩で100人の人間の女性を襲う事など、無理極まりない」
「確かに、そんな都合よく100人女が集まるわけでもないし…」
「そして死徒はもっと困難です。自分を噛んだ獣祖の心臓を食らう事…そう自分を死徒にした奴を食う事……俺の敵は、そんな死徒の親となった獣祖…死者狩りをしていたのは、そもそも、その死徒に会い、敵に近づく為です」
 言葉が出なかった…フレキがここまで自分を話してくれるなんて思っても居なかった。フレキがあの化け物を生み出した奴と同じ種族だなんて…。
「名前はゲリアルト…俺と同じ獣祖でありながら、死徒を生み出し…死者を街に放つ、恐ろしい敵です」
「…ゲリアルト?」
 それが、フレキの敵の名前…俺の夢に出てきた、人狼や…亮二のような死徒を生み出した張本人。人狼…死者、死に行く運命の中、死徒に噛まれた後強烈な肉への欲求が一ヶ月続く…一ヶ月、彼らにとっては、果てし無い苦痛と飢え…哀れだ…そして、普通の人に戻りたいと願う願望…そして、訪れた満月の夜に…獣となり、食うだけ食って果てる。
 一ヶ月耐えた、彼らの腹も…人間に戻りたい願望も、かなうことなく…哀れだ。
「獣祖は第二種を生み出す事ができますが、元来…変身した獣祖とであった人間は、98%の確立で食い殺されます(内2%が死徒になる)が…ですが、ゲリアルトはわざと噛んだ人間を生かし第二種にして…後はご想像にお任せします」
 …いや、想像するまでも無く…俺は恐ろしい、事が頭の中に浮んだ…満月の夜、血肉に飢えた獣達が、人を襲う様が…生き残った人間も死者や死徒として、また次の満月の夜の悪夢となる。それが繰り返し…その内…
「……だけど、可笑しいぞ。俺は満月の夜じゃなくて、死者や死徒…亮二が変身した所を見た、お前の話とは食い違うぞ…」
「そうですね…それに関しては解らないことが多いです…この夏に入って俺の予想を反してる事が多いです」
 フレキでも解らないことが多いのか…ゲリアルト、一体何者で…どこに居て、どんな奴何が目的なんだろうな…
「……ゲリアルトを、俺はゲリと呼んでいます…」
 ゲリ…フレキの敵…この事件を起した張本人。あいつは、亮二は死徒になって死んでしまい…美村を攫ったのも多分そいつだろう。
 全て俺の周りで起こる獣人による事件…そして、吸血鬼である俺、浅倉の一族…二つの相違する存在が、何か関係する一本の線になっていこうとしていた。
「今のところは、話すのはここまでです……智也さん、一つ約束してくれますか?」
「え?なんだ?」
 ゲリの話で再び、厳しい表情となったフレキが俺に近づいた、深いブルーの瞳、こいつが外人であり、ましては獣人と呼ばれる…狼男だという事も…
 目を離したら殺される…そんな気持ちが過ぎる。
「ゲリに会わないでください…うすうす気づいてると思いますが、日向亮二も…これまでの事件の死者達もみんな、貴方に向けられていることを…貴方とゲリが鉢合わせすれば…、今の貴方に勝ち目なんてありません、吸血鬼化しても…100%貴方はゲリに食われます」
「……」
「たとえ、俺でも…」
 息を呑んだ……吸血鬼化した俺でも、圧倒的な強さを見せてもらったフレキでさえも勝てないってのに…
「ただ、ゲリの事で、智也さん達浅倉の人間を巻き込む気はありません。これは俺達獣人の問題ですから…」
 …距離間、って言うのかなこれは、吸血鬼と獣人…決して交わる事のない水と油のような存在…同じ言葉で相反する意味を持つ『死徒』『死者』…そして、浅倉とフレキ…ゲリ…
「解った、約束するよ…」
「……幸いです」
 そう、安心したように、呟いた…まだ何か、後ろめたい何かを感じる。フレキはまだ何かを隠しているのか、俺のことはあらかた聞いたし…ゲリが敵だって事も解った。
 ただ、俺にはどうも府に落ちない点が幾つも残ってるような気がしてならなかった、俺のことも、獣人のことも…

 フレキは、この事件の裏に潜む、獣祖を自分だけで決着を付けようとしている、その理由さえ解らない。聞こうとして、フレキが俺達を巻き込みたくないと言う事を思い出し、聞こうにも聞けなかった。

 その後、フレキは疲れが溜まっていたらしく、寝るといい…俺と真知子さんはフレキの部屋から退散する事にした。
「解らないな」
「どうしたんですか?智也さん…」
 戦いの後の血みどろになってるフレキのワイシャツを手に持ってる真知子さんが隣で聞いてくる。
「…フレキはどうして、数少ない同族を追うのかな?」
「……智也さん…今は、彼をそっとしておきましょう…連戦で疲れてますし、新月も近くて…自分を保つだけでも彼は精一杯なんですから」
「え?それってどういうこと?フレキの話には無かったけど……」
「あえて、彼はあなたに余計な心配をかけさせない為に、このことは伏せておいたんでしょうね……。フレキさん達の獣祖は、胎児の時から獣の血を授かって生まれてくる存在です。獣人と言う種族は吸血鬼とは違い人間よりで寿命があります…それ故に遺伝と言う形で、子孫を繁栄してきたのです…ですが、純血の獣祖の家系であるオーディン家でさえ、幾度も人間と交わらない限り、その子孫を永らえさせるのは難しく、そのせいで…フレキさんも、始めて変身するまでかなり苦労したと…智弘様から聞いています」
 変身……獣祖の変身した後、相手は98%死亡率があった…あの屋敷の離れで暮らしていたフレキは多分、親父や叔父さんが立ち会って、変身を成功させたのかもしれないな…。
「……限りなく人間に近い存在となってしまった獣祖…フレキさんは自分の獣を制御したとは言え、今も尚…人と獣の境で苦しんでいるんです。本来、獣人の祖は『魔』を意味する赤い目を持っています、ですがフレキさんの代までで、その血は薄れて…獣と人の境である、赤と青の目を両方持ってしまいました」
 赤い目のフレキ…今までで一番印象的なフレキ…殺気立って全身の毛が逆立つ程の威圧感を放った…獣のフレキ。青い目のフレキ…一般的に見ていたフレキ、人当たりの良く、誰からも好かれ…夜とは対照的な別人を思わせる…人のフレキ。
「人の心を保ったまま、変身する時、もしくは感情の高ぶりがその二つを反発させて、彼の目を赤と青二つを合わせた色…つまり『紫』にする…獣から人に転ずる時もかなりの精神を削りますから…一瞬、コンマ秒の確立で紫の目になります。加えて、そろそろ新月…獣祖であるフレキさんには一番辛い時です」
「え、それってどういうこと?」
「新月期になると、人の部分が極端に弱くなります」
「それってつまり……」
「ええ、フレキさんがいつも戦闘態勢で行けると言う意味です」
「だけど可笑しくない?だって、獣人の死徒も死者も、満月期でないと変身できないっていうじゃないか、獣祖は満月でなくても変身が可能で…」
「確かに、獣祖であるフレキさんは月齢を関係なく変身は可能…実際満月の時、フレキさんは全開でいけます。それは人と獣として全開ですが…フレキさんの獣祖が月齢で左右されるのは、人としての心です……」
 どう解釈すればいいのか見当がつかない…
「獣と人と書いて獣人ですから、『人』の文字がなくなれば、ただの『獣』となります…見たでしょう、あなたも…彼の獣の時を」
 息を呑んだ、さっき俺を睨みつけていた赤い目のフレキ…それが新月の一日中、
「と言う事は、月がなくなると同時に…フレキの人は消え……」
「ええ、フレキさんもこの時だけは、全くお手上げらしく…自分の獣を抑えるのに、明日屋敷に戻らなければならないと言います」
「え、なぜ!?浅倉の屋敷に?」
「フレキさんは「獣を抑えるには…自分が育った離れへと行かないと無理です」なのだそうです」
 確かに、長年育てられ鍛えられてきた場所なら、心を静めさせて…気を楽にさせる。明鏡止水とはよく言ったもんだ。
「それだけ、獣として制御するのに苦労をしたんです。今日だって、自分と戦いながら死者と戦っていたのですから、3日の間は…屋敷の方でゆっくりさせてあげましょう」
 まあ、そうだよな…フレキがここに着てからずっと心から休んだ事って無いかもしれない。元は俺の家だけど…フレキにとっても自分が育った場所なんだから……羽を伸ばしてもらいたい。だけど気になる事があった。
「…でも、フレキが居ない夜はどうするんです?それでこそ、もう満月でなくても動ける死者がうろついてるんですから…」
「ええ、私もそれが心配なのですが……フレキさんは大丈夫と言ってました」
「………」
 大丈夫なのか?本当に……
「ねえ、真知子さん…フレキが行った後でいいから、俺…屋敷に戻ってみたいんだけど」
「いけません、フレキさんはこの問題は浅倉の人間には関係ないと……」
「いや……ゲリって奴が俺を狙っている以上、それを他人事のように放っておくなんて…俺にはできないよ」
「ですが…貴方は無茶しすぎです。それで私は…とても…」
 …真知子さんは、恐れている、あの夜の事件からいやもっと前からこうなる事は予想はできていたはずなんだ。だけど、帰ってくるのは決まって…俺が死んだ後…
 今は生きているが、次出て行ってもし帰ってこなかったら…真知子さんも…宮子ちゃんも…真知子さんが少し泣きそうな顔なのを見てしまった。
「本当に大丈夫かどうかは俺にも解らないけど…でもこのまま居ても後悔すると思うんだ…これが自分に課された、運命だと思うからさ……それに、どうせ俺は、この後叔父さんにも用があるし…」
「智弘様にですか?」
「ああ…叔父さんに聞きたいんだ…どうやって克服したのかって……」
 今、聞ける浅倉の人物といえば叔父さんしか思い当たらない…
「安心してくれなんて、そんな言葉…真知子さんたちをまた心配させるだけだけど…俺、後悔したくないんだ……いいでしょ?真知子さん…」
 自分に蹴りをつけるため…俺は真知子さんの手をとって頭を下げた。
「……まったく、お父様に似て…無鉄砲でわがままなんだから…」
「…え?」
 顔を上げると、何時もの調子で微笑んでいる真知子さんの顔が目の前にあった。
「でも、真知子を泣かせるような事があったら…私が許しませんからね」
 ピシッと母親が子供を叱り付けるように、俺の額に指をあてて、真知子さんは俺に念を押しておいた。はは、そういわれると…絶対無理はしたくなくなるよな…
「じゃあ、明日に向けて眠ります。明日でいいんですよね…新月は…」
「ええ…智弘様にご連絡はしますか?」
「いいよ…自分の足で行くから…どうせ、明日は会社も休みで、叔父さんも屋敷でくつろいでるだろうさ」
 浅倉の屋敷か…忘年会で真知子さん達と行って以来だな…フレキが隠れて育った離れも一度見てみたいし…叔父さんなら、何かヒントを与えてくれるだろう。

「じゃあ、今日は遅いですし…私はこれを洗っておきます」
「真知子さん、フレキが戦いから帰ってくる時はいつもそうなの?」
「ええ…フレキさんも、養子であれ浅倉の人間ですので、浅倉に仕えるのが佐倉の務めですから」
 そう言った真知子さんの表情に、またしても何かはかなげなものを感じずには居られなかった。
「じゃあ、おやすみなさい。智也さん」
「ああ……真知子さんも余り無理しないでよ」
「はいはいでは…」

「おやすみ…」


 別れた後、真知子は一人フレキの部屋の前で…
「フレキさん…何も、ゲリさんがあなたと弟だということは……隠さなくても良かったんじゃ…ありませんか?」
 フレキに聞こえないくらい小さな声でそう呟いた…。そしてフレキの部屋の前を通り過ぎていく…

 ドア越しで聞いていたフレキは…
「もう、弟とも思ってませんよ…」

 彼の目は紫に光っていた…哀愁と怨みの混じった、紫の…目に…

第十話……『浅倉』つづく。


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