戦士小話 ある日の鏑矢諸島
鏑矢諸島に空色と朱色の光玉が舞い降りる。空色の光玉は長い黒髪を束ね、黒のドレスに白のベストを纏う女に、朱色の光玉は長い黒髪を下ろし、黒いレザードレスを纏う女に姿を変えた。
「久しく訪れなんだが、この風景は変わっていないな」
「そうだな…いろいろあったが、彼は息災でいるだろうか」
美しい鏑矢諸島の風景に思いを馳せる黒髪を束ねた女の言葉に、黒髪を下ろした女が頷きながら言った。
地球の、そして宇宙の平和を願ってともに戦い、時には対立もした。その経験は今も心の糧として2人の記憶に残っている。その経験を共有する『彼』に会いたいというのも鏑矢諸島に降りた理由のひとつでもある。
2人の女は、獣たちに気づかれないように鏑矢諸島に属する島々を見て回る。リドリアスやモグルドンをはじめとする鏑矢諸島在住の獣たちが無邪気に遊ぶ様子を、2人の女は微笑ましく見守る。
「そこにいるのは、誰?」
不意に投げかけられた声に2人の女が振り向くと、ひとりの女が立っていた。
「何者か?」
「アヤノ…森本綾乃」
黒髪を下ろした女の問いに、アヤノは戸惑いつつも言った。
「アヤノ? ムサシの同僚だった人間か…ムサシは元気か?」
黒髪を束ねた女の言葉に、今度はアヤノが驚いた。
「ムサシのこと、知っているの?」
「古き知人といったところだが」
アヤノの問いに、黒髪を束ねた女は微笑む。
「お〜い、アヤノちゃん!」
遠くから聞こえてくる声。見ると、2人の男が駆けてくるところだった。休憩時間が重なって散策のために出てきたらしい。
「フブキさん、ムサシ! この2人がムサシに用があるって」
「へ?」
アヤノの言葉に、ムサシとフブキは顔を見合わせる。
「久しいな、ムサシ…いや、この姿では『初めまして』とでも言うべきか?」
「…はい?」
黒髪を束ねた女の言葉に、ムサシは唖然とした。
「わからぬか?」
そう言って、黒髪を束ねた女は胸元を飾るペンダントを示した。それを見たムサシが胸元を探り、黒髪を束ねた女がつけているのと同じペンダントを取り出した。
それは、『輝石』と便宜上呼ばれている地球上に存在しない不思議な力を秘めた結晶体だった。
「もしかして、コスモス?!」
ムサシの驚きの問いに、黒髪を束ねた女=コスモス人間体は頷いた。
「こちらはジャスティスだ。この姿のジャスティスには会ったことがあるだろう?」
「これを見たら、わかるかな?」
コスモス人間体の言葉にムサシ、フブキ、アヤノが頷くのを、黒髪を下ろした女=ジャスティス人間体は、コサージュ代わりにつけている結晶体つきの羽飾りを示す。
「それにしても、いきなりこの鏑矢諸島に来るなんて」
「どうせなら連絡入れろって言いたいけどな…連絡手段もへったくれもないもんな〜」
ムサシとフブキの言葉に、アヤノは何度も頷く。それもそのはず、地球からのコスモスとジャスティスへの連絡手段は鏑矢諸島どころか地球のどこにも存在しないのである。
コスモス人間体とジャスティス人間体には、ムサシたちに隠していたことがあった。それは、ジャスティスがかつてカオスヘッダーだったことである。
カオスヘッダーはひとつの意志で纏まって動く光の生命体で、あらゆる生命や物質に取りついて狂暴化させたり異様な能力を発揮させる力を持つためにその力を相殺させたり消滅させる力を有するコスモスと対立を繰り返し、コスモスと同化したムサシの『カオスヘッダーを救いたい』という願いもあってコスモスと鏑矢諸島に暮らす獣たちの力で優しさを知り、コスモスと和解した。
宇宙の片隅で平穏に過ごしていたカオスヘッダーは、宇宙の平和維持のために無理をして倒れた先代ジャスティスと出会い保護したが、先代ジャスティスの『これからは私として生きてほしい』との願いに応え、その能力と意志、記憶を受け継いで現在のジャスティスになり、先代ジャスティスの意志に導かれるようにコスモスを助け、対立もしたのである。
コスモス人間体とジャスティス人間体が鏑矢諸島を訪れたのは、この事情を伝えるためでもあった。
コスモス人間体とジャスティス人間体は、自分たちの関係をムサシ、フブキ、アヤノに語った。
「何で早く言ってくれなかったのさ!」
「立て続けに一大事が起ころうものなら、伝える機会を逸してしまうばかりだからな」
「地球の生命体全部のリセットを望んだ宇宙意志のことだ…その宇宙意志が再び望めば、宇宙意志に逆らった我ら2人もただでは済まされない。だから、平穏な時にと思ったのだ」
声を荒げるムサシに、コスモス人間体とジャスティス人間体は平謝りした。
地球が有害な惑星になるのは、人類が存在するから…人類は宇宙を脅かす存在になると予測し、人類もろとも地球の生命体全部の消滅と再生を望んだ宇宙意志を最初は信じたジャスティスだったが、何事にも諦めずに勇気を振るって立ち向かう人類を理解しているコスモスとムサシの想いに完全に共鳴し、コスモス=ムサシとともに宇宙意志の差し金を倒した。
だが、宇宙意志に逆らったことでその怒りを買うのはジャスティスもコスモスも承知の上。再び宇宙意志が再び地球を『有害な惑星』と判断するなら、とことんまで逆らって判断を覆させてやろうという覚悟が2人にはあったのである。
「君たちは、自分の道を歩んでいるようだな」
コスモス人間体の言葉にフブキ、アヤノ、ムサシは気恥ずかしげに微笑む。フブキはヒウラの異動を機にチームEYESのキャップに昇格、アヤノは鏑矢諸島保護区管理員、ムサシはSRC宇宙開発センター職員をしている。
実は、コスモスとジャスティスは密かに地球上空に来ては地球の様子を見ていた。
「地球を空から見ていると、必死に生きようとする者たちの様子がよくわかる」
ある戦士≠フこの言葉がきっかけだったが、何度か訪れるうちに地球の素晴らしさが見えてきたのである。
突然、大地を揺るがす轟音が響いた。
「何だ?!」
轟音の方向を見ると、何とサンドロスが倒れ込んできたところだった。
「なぜ、サンドロスが?」
ジャスティス人間体は、コスモスと協力して倒したはずのサンドロスに驚いた。
コスモスとジャスティスが見たサンドロスはある事情から精神異常を起こし、やむなく倒した者だったが、このサンドロスは様子が違った。何かに戸惑っているようでもあり、怯えているようでもあった。
「泣いているようだ…」
サンドロスの様子に何かを感じたコスモス人間体は、戦士体になった。
ジャスティス人間体も、追いかけるように戦士体になった。
「コスモス、もしかしたら今度こそ救えるかもしれぬ」
ジャスティスの言葉に、コスモスは頷く。自分が気をつけて見守っていれば…同族を死なせたことの罪滅ぼしのためにもこのサンドロスは助けようという想いが、ジャスティスの心の中にあった。
「何があったのだ?」
コスモスの問いにサンドロスは上空を見つめ、悲しげな声を発する。
「いきなりここに落ちたから、動転しているのか…帰りたいのだな」
事故に巻き込まれたのかと、おちつかせるようにサンドロスの頭を撫でるジャスティス。
「EYESの皆に出動を見合わせるように言ってくる!」
「私、皆の様子を見てくる! 騒いでいるかもしれないから!」
「そうか…ムサシ、アヤノと一緒に行ってやってくれ」
フブキとアヤノの言葉に、コスモスはムサシに行くように促す。
突然、サンドロスの身体を何かが貫き、悲鳴が響き渡った。
「何?!」
コスモスとジャスティスが見ると、防衛軍の戦車がミサイルを発射してサンドロスに重傷を負わせたところだった。
「おのれ!」
激怒したジャスティスが足で大地を踏み鳴らすと、防衛軍の戦車数台がその衝撃で飛ばされ、別の戦車数台と衝突、爆発した。
「居場所を求めて泣いているこの者を傷つけるとは許せぬ! 今度このようなことをしたら、ただでは済まさぬぞ!」
防衛軍の行為に呆れ怒るコスモス。こんな暴挙に出る人間もいるという現実には、コスモスもジャスティスも困っている。
コスモスとジャスティスもろともサンドロスを抹殺しようと防衛軍が再びミサイルを向けようとした時、咆哮が響き渡った。
「皆…」
コスモスとジャスティスが顔を上げると、いつの間にか鏑矢諸島在住の獣たちが防衛軍を囲んで威嚇していた。
コスモスとジャスティス、鏑矢諸島在住の獣たちに睨まれてはどうすることもできないのか、防衛軍の戦車は引き上げていった。
コスモスとジャスティスの力でサンドロスの身体の傷は癒された。だが、心の傷が癒えるには長い時を要する。
「サンドロスを宇宙に帰してやって!」
「わかった。この者が安心して暮らせる場所を見つけたから、そこにつれて行く」
ムサシの言葉に、ジャスティスが頷いた。
「このものがおちつきを取り戻すまでは、暫く傍にいよう」
いつか、再び鏑矢諸島を訪ねる…そう言って、コスモスとジャスティスはサンドロスを連れて宇宙へ飛び立った。
ムサシ、フブキ、アヤノ、鏑矢諸島在住の獣たちは静かに見送った。
〈完〉