『仮面ライダー』
 第二部
 第十四章             失われた記憶

「私は確かに飛行機事故に遭った。だがそれだけではなかったのだ」
 伊藤博士は言った。
「あの事故は元々単なる事故ではなかった。私を狙う者達が仕組んだ事だったのだ」
「バダンか」
 一文字がその話を聞いて言った。
「そうだ。バダンは私を拉致する為にわざと飛行機のエンジンに細工をしたのだ」
 博士はそれに答えた。
「飛行機はアマゾンの奥地に不時着した。程無く救援を要請する通信が発せられたがそれが来るまでには数日かかるとのことだった。私は他の乗客達と同じくそれを待っていた」
「その時にさらわれたのですね」
 神が問うた。
「ああ。私が一人になった時を見計らい彼等は来た。そして私をバダンの基地に拉致したのだ」
「それはペルーにあった基地ですか?」 
 筑波が尋ねた。
「いや、私が連れて行かれたのはギアナ高原の奥地の基地だ。暗闇大使がいたな」
「ギアナにも基地があったのか。これは意外ですね」
「ああ、他にも多くの基地がありそうだな」
 筑波は話を聞いて城と話した。
「私は基地に入ると暗闇大使の前に連れて行かれた。そしてバダンへの協力を要請されたのだ」
「緑川博士の時と同じか。そして断れば命は無い」
 本郷はその話を聞いて呟いた。
「そうだった。そして私は止むを得ず彼等に協力した。そして彼の改造手術を依頼されたのだ」
 そう言って改造室に横たわる村雨を見た。
「彼は村雨良。かってはバダンの幹部候補生だった」
「かっては・・・・・・?」
 風見はその言葉に疑念を抱いた。
「そうだ。彼は訓練中に致命傷を負い改造手術を受ける事になったのだ」
「そして改造手術を受けて改造人間になったのですね」
「ああ。その時彼を庇ったもう一人の者も改造手術を受けたようだがそれは私がやったのではないのでよくは知らない」
 結城に答えるように言った。
「その手術は誰が?」
 アマゾンが尋ねた。
「死神博士や幽霊博士、ドクトル=ゲー達が関わっていたようだが。他にも恐ろしい人物が執り行なったと聞いている」
「死神博士にドクトル=ゲーか。こりゃあとんでもない改造人間になってるぞ」 彼は
 立花はその話を聞いて吐き捨てる様に言った。
「私はアポロガイストが収集した君達九人のライダーのデータを基に改造手術を行なった。そして独自に隠密的行動が可能なように改造したのだ」
「俺達の!?ということは・・・・・・」
 沖はそれを聞いて眉を顰めた。
「そうだ。彼がゼクロスだ。奇巖山で君達と戦った」
「あのゼクロスが・・・・・・」
「まさかここにいるとは・・・・・・」
 ライダー達はそれを聞いて村雨の方を見た。彼は目を閉じ静かに眠っている。
「彼は改造手術を受ける際全ての記憶及び感情を消去された。完璧な兵器となる為にな」
「人を兵器にする、か。それは幾ら組織が変わっても変わらないな」
 谷はそれを聞いて忌々しげに言った。
「そうだ。それが彼等の本質なんだ」
 志度博士は深刻な表情で言った。
「人を兵器に作り変え自らの野心に利用する。ショッカーの時からそれは変わっていない」
 伊藤博士は暗い顔のまま唇を噛み締める様に言った。
「彼はバダンの最強の兵器として作られたライダーを倒す為のな」
「俺達を・・・・・・」
「そうだ。それはバダン結成の時から考えられていたのだ。そのボディとなったのが彼なのだ」
 伊藤博士はゼクロス、いや村雨に顔を向けた。
「元々彼を改造する予定だったらしいが事故に遭いそれが早まった。そして私が改造手術を行なったのだ」
「そして俺達の前に現われた」
「俺達のデータを生かして。だからあんなに強かったのか」
 ライダー達はゼクロスを見て言った。
「その時君達に受けたダメージが思わぬ方向へ向かったのだ。彼はそのショックでほんの僅かだが感情を取り戻した」
 彼は暗い表情を消して真摯なものにして言った。
「私はそれにかけた。彼と共に基地を脱出した。これ以上バダンに手を貸すのは耐えられなかったのだ」
 彼は言葉を続けた。
「そして・・・・・・」
 一呼吸置いて言った。
「彼の消された心と記憶を取り戻す為に。私はここまで来たんだ」
 彼は言葉を続ける。
「バダンの改造人間達に取り囲まれもした。そしてここに来るまで色々とあった。彼の消えた感情を再び取り戻しながらな」
 その目にふと温かい光が宿った。
「彼を改造したのは私だ。その罪はわかっている。だからこそ彼の心と記憶を取り戻したいんだ。そして・・・・・・」
 一瞬言葉を詰まらせた。
「彼が正義を知りその為に戦うならば私は喜んでそれに協力したい」
 そう言って村雨を再び見た。
 村雨はまだ眠っている。博士達が何を話しているのか知らない。だが博士は話を続ける。
「記憶を取り戻した時彼はそれにより絶望したり憎悪に震えたりするだろう。しかしそれを乗り越えて欲しい。かって君達がそうであったように」
 そう言ってライダー達を見た。彼等はそれに対して頷いた。
「つまり貴方はバダンと戦うつもりなんですね」
 風見が彼に問うた。
「ああ、そのつもりだ。彼等を放っておいては世界は恐ろしい事になる」
 博士は真摯な顔で言った。
「彼だけじゃない。他にも恐ろしいものを作ろうとしている様だしな」
「恐ろしいもの・・・・・・!?」
 一同それを聞いて眉を動かした。
「それは一体何ですか?」
 本郷が尋ねた。博士はそれに対して首を横に振った。
「残念だがそれは私にもわからない。だが暗闇大使が私に語った事があるんだ。バダンは究極の兵器を生み出す、とな」
「究極の兵器・・・・・・」
 皆それを聞き考え込んだ。
「核兵器や細菌兵器より恐ろしいものか?だとしたら何だ?」
「ゼクロスと同じ改造人間じゃないのか?それが何かまではわからないが」
 彼等は自分の考えを出してみた。だが結論は出ない。
「どちらにしろ絶対に開発を許してはいけないものなのは確かだ。それに彼等には強力な改造人間達がいる」
 九人のライダー達はそれに対し頷いた。事実彼等は日本各地で彼等と戦っていたからだ。
「しかも連中は再び生き返るとか言っていたな。再生してくるみたいだな」
 一文字が言った。
「それもかなりの技術があるみたいですね。今までを見ていると」
 結城が言った。事実彼等は世界各地でこれまでの組織の怪人達を相手にしているのだ。
「今までの組織よりも遥かに高度な技術を持ち強大な戦力を持っている・・・・・・。ゼクロスもその一つに過ぎなかったというのか・・・・・・」
 筑波は村雨を見て言った。
「俺達が相手をしたのは連中の戦力のほんの一部だけのようだな」 
 城が顔を暗くさせて言った。それは普段の彼からは想像で出来ないものだった。
「そうだ。彼等は今までの組織の大幹部や改造魔人達を蘇らせている程だ。おそらく彼等もすぐに行動を移す。恐ろしい事になるぞ」
「あの連中が・・・・・・。厄介だな」
 神が表情を険しくさせて言った。
「ええ。一人でも一筋縄じゃいかない連中だというのに」
 沖はメガール将軍を思い出して言った。アメリカでの彼の言葉が脳裏から離れない。
「そして今は彼をどうするかという問題もあるな」
 志度博士は村雨を見下ろして言った。
「そうだな。それは彼が目を覚ましてから話し合おう」
 海堂博士もそれに同意した。ライダーも立花達もそれに頷く。場は深刻な空気に支配され続けていた。 

 その城南大学のある建物の屋上である。ここに一人の男が立っていた。
「ようやく見つけましたよ」
 あの黒衣の男だ。ライダー達がいる建物を見下ろし微笑んでいる。
「丁度ライダー達も揃っているようですし」
 口の両端を吊り上げる。耳まで裂けた。
「同志達の仇、取らせてもらいますか」
 眼の色が変わった。赤く変色した。
「待て、ジェライント=ブリックよ」
 後ろから声がした。
「暗闇大使、今の私の名はヤマアラシロイドですよ。怪人軍団のリーダーのね」
 男は後ろを振り返らずに言った。
「そうだったな、これは申し訳ない」
 暗闇大使が現われた。軍服に身を包んでいる。
「いえ、謝れることはありません。人であった時の名もそれなりに気に入っておりますので」
 彼はそう言うと後ろへ向き直った。
「ただ今はヤマアラシロイドが私の名ですので。それは覚えておいて下さい」
「わかった。ところでヤマアラシロイドよ」
「ハッ」
 ヤマアラシロイドは改めて畏まった。
「今は攻撃は控えよ。いずれ時が来るまで待て」
「おや、まさか私がライダー達に遅れを取るとでも?」
 彼はそう言って微笑んだ。
「今彼等は一箇所に集まっております。一網打尽にする絶好の機会かと」
「それはそうだがそれではゼクロスまで傷付けてしまう。わしはあの男の身体が欲しいのだ」
「つまりバダンに連れ戻すと」
「そうだ。そして今もう一人呼んである。攻撃を仕掛けるのはその男と合流してからでも遅くあるまい」
「あの男ですか」
 ヤマアラシロイドの顔が一瞬ピクッ、と引き攣った。
「そうだ。それならば作戦はよりやり易くなるだろう」
「ええ」
 彼はあの男を快く思ってはいなかった。その為内心では不満があるのだ。
「不服か?」
 それは暗闇大使も察していた。
「いえ」
 彼はそれを否定した。だがそれは本心を隠しただけで不満を否定したものではなかった。
「安心しろ。作戦の指揮はそなたに委ねる。あの男にもそれは伝えてある」
「それならば」
 一応承諾してみせた。だがまだしこりは残っている。
「では良いな。ゼクロスの件はそなたとあの男に任せる」
「ハッ」
 暗闇大使は姿を消した。ヤマアラシロイドはそれを見届けると頭を上げた。
「あの男か・・・・・・」
 彼はふと呟いた。
「腹の読めない男です。一体何を考えているか」
 そう言うと彼も姿を消した。そして後には何も残らなかった。

 村雨は目を覚ました。そして改造室を出て海堂博士達のいる研究室へ入った。
 そこには三人の博士達がいた。ライダーや立花達は席を外している。
「村雨君、君の身体だが」
 伊藤博士が口を開いた。
「俺の身体?」
 村雨は尋ねた。
「そうだ。この写真を見てくれ」
 彼はそう言うと先程ライダー達に見せたレントゲン写真を今度は本人に見せた。
「これが君の身体だ」
 博士はそう言うと彼の顔を見た。
「そうか」
 村雨は表情を変えずそれに答えた。
「驚かないのだな」
 海堂博士が言った。
「ああ。改造手術を受けたことはもう伊藤博士から聞いている。今更驚きはしない」
「そうか」
 海堂博士はそれを聞くと再び尋ねた。
「私の事は覚えてないかな」
「貴方は・・・・・・海堂博士だな。確か伊藤博士の友人の」
 彼は答えた。
「そうか。やはり記憶は完全に消されているな」
 彼は悲しさを込めた声で言った。
「覚えていないか。君のお父さんの友人だったのだが」
「俺の・・・・・・父?俺にも家族がいたのか!?」 
 村雨は逆に彼に尋ねた。
「そうだ。君のご両親は早くに亡くなっている。そして君はお姉さんと一緒に暮らしていた」
「姉さん・・・・・・俺には姉がいたのか」
「そうだ。それは次第に思い出していけばいい」
 海堂博士は彼に言った。
「しかし全てを思い出しても決して悲しみや怒りに心を奪われないでくれ」
 ここで伊藤博士が言った。
「悲しみ、怒り・・・・・・。伊藤博士、何故だ!?何故俺に記憶の話をする時いつもその言葉を出す!?」
 彼は尋ねた。
「それはいずれわかるよ。いずれ、ね」
 伊藤博士は悲しい顔で言った。
「けれどこれだけは覚えてくれ」
 そう言うと言葉を続ける
「前にも言ったがライダー達は皆最初は憎しみを心に抱いて戦ってきた。しかしそれを乗り越えて本当の意味での正義の為、人々の為に戦う戦士になったんだ」
「本当の意味、でか」
「そう、それもわかるだろう。君はそれを理解する宿命なんだ」
「宿命・・・・・・俺の宿命・・・・・・」
「宿命からは決して逃げられない。いや、君は逃げる事を許されていないんだ」
「それは俺が改造人間だからか。ゼクロスだからか」
「・・・・・・・・・そうだ」
 伊藤博士は顔を下に向けながらも毅然とした声で言った。
「君はバダンに兵器として改造された。そしてそのバダンから脱出してここまで来た。それも宿命なんだ」
「ここに来ているのもか」
「そうだ、辛い事を言っているのはわかっている。だがそれが君の歩むべき道なんだ」
 博士は顔を上げた。
「バダンと戦う事がか。それが俺の宿命だというのか」
 村雨の表情は変わらない。だがその声は次第に重くなっていく。
「残念だが。そして君が望まなくとも彼等は必ずやって来るだろう。君を連れ戻しに」
「俺を・・・・・・」
「もう一度兵器となるか、人間になるか。もし君が兵器となりたいのなら彼等に従えばいい」
「おい、伊藤君・・・・・・」
 海堂博士と志度博士はその発言を咎めようとした。
「だがそれが是が非かは君自身が最もよくわかっている筈だ。私とここまで来た旅で」
「・・・・・・・・・」
 村雨はそれを聞いて沈黙した。確かにここまでの道で多くの事があった。そして多くの事を知った。
「もしそれが惜しくないというのならそうしたまえ。だがそれがどういうことか君はもうわかっている」
「・・・・・・ああ」
 村雨はそれに対し答えた。
「ならば君は自分がどうすべきかわかっているな。ゼクロス、いや村雨良」
 博士は彼の名を呼んだ。
「バダンと戦うんだ。そして世界をその魔の手から救ってくれ、ライダー達と共に」
「・・・・・・・・・わかった」
 ゼクロスは静かに言った。
「そうか、そう言ってくれると思ったよ」
 三人の博士はその言葉を聞いて微笑んだ。
「だが一つだけ条件がある」
 彼は博士達を見据えて言った。
「俺に記憶を戻してくれ。俺は自分が何者かも知らないのだ。貴方達が俺を知っていると言っても正直実感が湧かない。記憶を取り戻してくれるのなら俺は喜んでバダンと戦う」
「・・・・・・・・・いいのだね」
 伊藤博士は彼に対して言った。
「ああ。出来るのか?」
「序々にね。少しずつだが」
「一度には出来ないのか」
「私はその技術を持ってはいない。無論彼等もライダー達も」
 伊藤博士は二人の友人の方を見て言った。彼等もそれに対して頷いた。
「あの技術はバダンしか持ってはいない。あれは悪魔の技術だ」
 伊藤博士はそう言って顔を曇らせた。
「人を人でなくする。そして君は一度は兵器になったのだ」
「そうか・・・・・・」
 村雨は頷いた。そこに抵抗や反発は無かった。
「記憶は必ず取り戻す。だが少しずつだ。そして君は一歩ずつ人間になっていくのだ」
「これまで通りか」
「そうだ、これまで通り。君は既に人間だ。しかし本当の意味でまだ人間ではないんだ」
「愛を知らないからか」
「そうだ」
 博士はその言葉に頷いた。
「ライダー達は愛を知っている。だからこそ本当の意味での戦士なんだ。彼等はどんな身体であろうとも人間だ。人間は身体や姿じゃないんだ。心を、慈しむ心を知っているからこそ人間なんだ」
「俺はまだ完全にそれを持ってはいないということか」
「残念だが。それを少しずつ手に入れていけばいい。記憶と共にな。それでいいかな」
「ああ。俺に異存は無い」
 村雨はそう言うと頷いた。
「よし、ならば私と共に行こう。そしてバダンと戦おう」
「ああ」
 村雨と博士はそう言うと立ち上がった。そして研究室を後にした。
「行って来るよ」
 博士は部屋を出る時二人に対して言った。
「ああ、何かあったらすぐに連絡してくれ」
 二人はそれに対し答えた。そして村雨と博士は新たに旅立った。

 二人は湘南にやって来た。そして海辺の洋館に辿り着いた。
「ここは」
 村雨は博士に問うた。
「かって君が住んでいた家だ。今は誰もいないが」
 中は誰もいなかった。だが綺麗に掃除され塵一つ無かった。
「事前に業者に掃除を頼んでおいたんだよ。すぐにここに暮らせるようにね」
「そうか、有り難う」
 彼は博士に対して言った。
「記憶を取り戻すには昔の家に住むのが一番いいと思ってね。ここにいると少しずつ思い出すだろう」
 村雨は屋敷の中を見た。何処かで見たような気がした。
「不思議だな。全く知らない場所なのに」
 村雨はポツリと言った。
「それはそうさ、前に住んでいた家なんだから」
 博士は微笑んで言った。
「暫くここに住んでいるといい。そうすれば記憶を取り戻して来る筈だ」
「そうか」
「君の部屋は上にある。一番いい部屋にしておいたよ」
「どんな部屋だ?」
「行ってみるといい」
「わかった」
 博士に促され村雨は二階へ上がった。そしてその部屋に入った。
 そこは海が見える広い部屋だった。広いベッドやソファーが置かれ下には絨毯が敷かれている。テレビもある。
「いい部屋だな」
 その時博士がやって来た。
「そう言うと思ったよ。もっとも君が以前使っていた部屋だが」
「そうか、俺はこの部屋にいたのか」
「うん、それも思い出していけばいいよ」
 博士は彼に対して言った。
「とりあえず私の連絡先を教えておこうか」
 彼はそう言うと携帯を取り出した。
「これだ。覚えておいてくれ」
「わかった」
 村雨は彼の番号を自分の携帯に記憶させた。
「よし。では私はこれで。また何かあったら連絡してくれ」
「ああ」
 博士は屋敷を後にした。後には村雨一人が残った。
「中を見回ってみるか」
 彼はふと部屋を出た。そして屋敷の中を見回った。
 古風ながら上品な造りの屋敷である。装飾品は無いが住むのに必要なものは全て揃っている。
「中々いい家だな」
 彼は屋敷の中を見終わり言った。そして応接間のソファーに腰を落とした。
 そして紅茶を入れる。口をつけ飲む。
「・・・・・・何処かでこんなことがあったかな」 
 ふと脳裏に何かが浮かんだ。彼はその時も紅茶を飲んでいた。
 だがその時は一人ではなかった。その茶も自分ではない別の誰かが入れてくれたのだ。
「誰だったかな」
 それは女性だった気がする。それも自分と親しい者だ。だがそれが誰かまではわからない。
 ティーカップを見る。見ればそれと同じものが棚に入っている。
「二つ、か」
 それは二人で使っていた。それも同じ女性だった筈だ。
「俺には姉さんがいたというが」
 村雨はふと考えた。
「その人なのか」
 名前はしずかというらしい。それは覚えた。
 懐から一枚の写真を取り出した。博士達から貰った写真だ。
 そこに自分と姉が写っている。二人共笑顔で写っている。
 黒い髪の美しい女性だ。自分と並んで立っている。
「これが俺の姉さんか」
 それはわかった。だが実感が無い。
「わからない。俺は本当にこの人と一緒にいたのか」
 写真を見ながら呟いた。感覚が湧かない。
「姉さんか」
 一体どういう人だったのかさえもわからない。それが残念だとも思わなかった。
「それも俺の感情がまだ完全ではないせいか」
 村雨はふと思った。
「姉さん、貴女はどういう人だったんだ」
 再び写真の中の姉を見る。彼女は何も語らずただ微笑んでいるだけである。

「あそこか」
 その村雨がいる洋館を一人の男が遠く離れた崖の上から見ていた。
「かってはあいつの家だったらしいが」
 黒いジャケットの男である。三影だった。
「記憶を取り戻そうとしているようだな。無駄な事を」
 そう言うとサングラスを取り外した。そして機械の右目でその屋敷を見る。
 機械の目は何かを合わせていた。冷たい光がそこに宿る。
「いっそ一思いに・・・・・・」
 心の無い右目とは対照的に左目に憤怒の光が宿った。その時だった。
「お待ちなさい」
 後ろから誰かがやって来た。
「あんたか」
 三影は後ろを振り返って言った。そこにはヤマアラシロイドがいた。
「暗闇大使からのご命令は生かして連れ戻せ、とのことです。無闇に攻撃をしてはいけませんよ」
「ほう、であんたは俺にそれを命令する権限があるのか?生憎俺はあんたの仲間じゃないぜ」
 三影は右目で彼を見て言った。
「今回の作戦は私が責任者です。そして貴方は私の指揮下に入ることとなりました」
「それは暗闇大使からの指示か?」
「はい。何なら直接確かめますか?」
 ヤマアラシロイドは三影に微笑みながら言った。
「いや、いい。ならばそれに従おう」
 彼はそれに対し素直に従った。
「その方が作戦もスムーズにいくしな」
「感謝します、素直に従って頂いて」
「フン、だからといって俺があんたを嫌っていないというわけではないがな」
 そう言ってサングラスを再びかけた。
「おやおや、それはそれは」
 だがヤマアラシロイドはそれを笑って聞き流した。
「そして俺は何をすればいいいんだ。別働隊を率いるのかそれともあんたを支援するのか」
「いえ、貴方はまずは待機しておいて下さい」
 ヤマアラシロイドは彼の顔を見て言った。
「何、どういう事だ!?」
 これには三影も眉を顰めた。
「ゼクロスの相手は私一人で大丈夫だからです」
「大した自信だな。九人のライダー達もこの近くにいるというのに」
「ライダー?それがどうしたというのです?」 
 彼はそう言うと口を開けて笑った。尖った歯が見えた。
「バダン怪人軍団のリーダーであるこの私が彼等に遅れをとるとでも。口は慎んで頂きたいですね」
 彼は口を閉じた。
「それに」
 そして再び語りはじめた。
「彼等には既に手を打ってあります。当分動けないでしょうね」
「一体何をした!?」
 三影はそれに対して問うた。
「いや何、城南大学にいる海堂博士達に戦闘員達を送り込んだのですよ。陽動にね」
「そしてライダー達の目をそちらに向けさせたのか」
「はい。数だけは大量に送り込みましたからね。おそらくそちらに気を取られこちらには当分来ないでしょう」
「だが戦闘員なぞ精々数日も引き付けられれば上出来だぞ。そんなものが通用するのか」
「数日あれば充分ですよ」
 彼は笑って言った。
「そう、数日あればね。その間にゼクロスは我が手に落ちます」
「そうか、ではその作戦を高見の見物とさせてもらおうか」
「どうぞ。私は止めませんよ」
 ヤマアラシロイドはそう言うとその場から姿を消した。三影はそれを無言で見送った。
「数日でか」
 そう言うと煙草を取り出しそれに火を点けた。そして煙をくゆらせながら屋敷を見る。
「どうするつもりか知らんが拝見させてもらうか。怪人軍団長の戦い方をな」
 彼も煙草を吸い終わるとその場から消え去った。後には誰もいなかった。

 村雨はベッドから起きた。見ると海から朝日が昇ろうとしている。
「朝か」
 彼はベッドから出た。そしてトランクスの上にジーンズを履き上にシャツを着た。
 下に降りキッチンに入る。そしてパンを取り出しそれにマーガリンを塗って口に入れる。
 ゆで卵があった。それも食べた。
 そして最後に紅茶を飲む。あのティーカップでだ。
「これからどうするかだな」
 紅茶を飲み終え彼は考えた。とりあえず屋敷から出た。
 庭を歩き回った後ガレージに入る。特に何かがあってのことではない。気が向いたからである。
 そこにはヘルダイバーが置かれていた。どうやら伊藤博士が運び入れてくれていたらしい。
「相変わらず気の利く人だな」
 無論変身前であるからその形状は普通のバイクと変わらない。村雨はガレージを開けるとそれに乗った。
「少し外に出るか」
 ヘルメットを被りエンジンを入れた。そして走りはじめた。
 道はまだ誰もいない。しずかな朝の道に彼のバイクだけがある。
 左手には海が見える。朝日に青い海が照らされている。
「綺麗だな」
 村雨はそれを見てふと呟いた。そこに見える海がとても美しく思えた。
 街に出る。人々は活動を今はじめようとしている。
 海には漁船がある。店ではおじさんやおばちゃんが品物を出している。その側を新聞配達の兄ちゃんが自転車で走り抜けていく。
 そして学生やジョギングをするおじさん、犬を連れる老人がいる。皆それぞれの表情で街の中を歩いている。
「・・・・・・・・・」
 村雨はそれを黙って見ていた。見ていると何故か心が和んだ。
「不思議だな」
 村雨はポツリ、と呟いた。
「この人達を見ていると穏やかな気持ちになれる。丁度子犬を抱いた時もそうだったかな」
 ふとあの時のことを思い出す。
「こうした風景を見るのはいいものだな。また明日もここに来るか」
 そう言ってバイクのエンジンを入れた。
 道を一台のバイクと擦れ違う。その時乗っている者が手で挨拶をしてきた。
「?あ、ああ」
 村雨もそれに返した。これも悪い気はしなかった。
「これから朝はこうして街に出てみるか」
 家に帰るとそう思った。そしてバイクをガレージに入れると屋敷に入った。
「?」
 中に入って妙な気を感じた。中に誰かいるのだ。
「博士か!?」
 違った。博士にしては気が禍々しい。何処か刺す様な気だ。
「お邪魔していますよ」
 そこへ一人の男が出て来た。
「御前は・・・・・・」
 見覚えがあった。博士と共にバダンを脱出する時に二人を取り囲んだ一団の中心人物である。
「お久し振りですね。あの時以来ですか」
 それは向こうもわかっている。穏やかな笑みを浮かべ彼に話しかけてきた。
「ヤマアラシロイド。これが今の私の名です」
 そう言うと一礼した。
「・・・・・・バダンの改造人間か」
「ええ。貴方に用件があってこちらに参りました」
「・・・・・・何だ」
 彼はヤマアラシロイドから視線を反らさずに問うた。
「単刀直入に言いましょうか。バダンに帰られませんか」
 ヤマアラシロイドは村雨に視線を返して言った。
「何故だ」
 村雨は再び問うた。
「貴方の力を必要としております故」
 彼は答えた。
「バダンはその崇高な理想の為に貴方の力を必要としているのです。戻って来て下さい。そして共に理想社会を築こうではありませんか」
 美辞麗句をもって言う。だが村雨はそれに対し簡潔に答えた。
「道具としてか」
 だがヤマアラシロイドはそれに対しても顔色を変えない。
「それは違いますね。誰に吹き込まれたのかは知りませんが」
「では俺はバダンにとって何なのだ?」
「同志です」
 彼は一言で言った。
「我がバダンにおいて偉大なる首領の下理想を実現する為に働く同志です。それ以上でもそれ以外でもありません」
「つまりバダンの歯車か」
 村雨はそれを聞いて言った。
「それは貴方の勘違いです。我々は自分の意思でバダンの為に活動しているのです」
「ならば何故俺の記憶を消した?」
 村雨はヤマアラシロイドを見る目の光を強めて言った。
「不用だからです」
「不用!?」
「そうです。そんなものが必要なのですか?」
 ヤマアラシロイドはそう言うと口の片端を吊り上らせた。
「人でなくなるのですから。人などという愚かなものを超越している我々には人の持つものなど一切不用なのです」
 彼は言葉を続けた。
「人は弱く愚かなものです。そしてその為に憎しみ合い奪い合い殺し合う・・・・・・。そんなものが持っていたものなど必要があると思うのですか?」
「・・・・・・・・・」
 村雨はその言葉に沈黙した。その時先程見たあの街の姿が脳裏に浮かんだ。
 それを見た彼は彼等を別に弱いおのだとも愚かだとも思わなかった。それは今までの旅でもわかっていた。人間には多くの感情がある。それは確かに良くない部分もある。しかしそれ以上に素晴らしいものがあった。
 彼は自分の見たものを信じていた。そして博士の言葉も。だからこそヤマアラシロイドに対して言った。
「それは違う。御前は間違っている」
「・・・・・何ですと」
 彼はそれを聞いて片目をピクリ、と動かした。
「俺はここに来るまでに多くの人に会い多くのものを見てきた。人間は確かに愚かな部分もあるだろう。しかしそれは一部分に過ぎない。御前は一部分だけを見てそう言っているだけだ」
「・・・・・・ほお」
 ヤマアラシロイドの目の光が冷たくなった。
「俺は人間を信じる。そして俺もまた人間になりたい。御前の誘いを受けるわけにはいかない」
「ではバダンには戻られないのですね?」
「そうだ。そして俺は記憶を取り戻し人間になる」
「・・・・・・そうですか」
 ヤマアラシロイドはそれを聞いて目をゆっくりと閉じた。そして再び開いた。
「ムッ」
 その目は真っ赤になっていた。その目で村雨を見る。
「なら仕方ありませんね。バダンに仇をなす者は消えてもらわねばなりません」
 全身を邪悪な気が包む。それは刺す様な刺々しい気であった。
 村雨も身構える。闘いがはじまろうとしていた。
 だがヤマアラシロイドはその気を急に鎮めた。そして目も元の色に戻った。
「・・・・・・ここでは止めておきましょう」
 彼は微笑みを顔に浮かべて言った。
「どういう事だ?」 
 村雨は彼に対して問うた。
「貴方と戦うにはより相応しい場所があるからです」
 彼は静かに言った。
「相応しい場所!?」
「ええ。貴方のその薄っぺらい人への思いがすぐに剥がれる場所がね」
 彼はそう言うとニヤリ、と笑った。
「剥がれる場所・・・・・・」
「そうです。まあそれはすぐにわかりますよ」
 彼はそう言うと踵を返した。そして屋敷の出口へ向かった。
「すぐにまたお会いすることになるでしょう。その時を楽しみにしておいて下さい」
 屋敷を出た。そして姿を消した。
「行ったか」
 村雨は気配が遠くへ去って行くのを感じた。今からでは負い付く事は無理だろう。
「それにしても俺の思いが剥がれる場所か」
 ヤマアラシロイドが言った言葉を思い出した。
「一体どういう意味だ。そして何を考えているのだ」
 彼は怪人が去った屋敷の出口の方へ顔を向けた。そこからは太陽の淡い黄金色の光が差し込めていた。


失われた記憶    完



                                  2004・2・16


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