『仮面ライダー』
 第二部
 第八章      魔虫の潜む街

 「はい、こちら喫茶アミーゴ。あ、志郎さん」
 通信を受け取った純子が朗らかな声を出した。
 「あ、はいわかりました。それじゃあおじさんにはそうお伝えします」
 純子はそう受け答えると通信を切った。
 「ん、志郎の奴からの連絡か?」
 そこに立花が入って来た。彼が部屋に入った丁度その時通信が切れたのだ。
 「はい。小樽でのバダンの作戦を阻止したらしいです。今から東京に戻られると」
 「そうか。これで小樽での奴等の作戦も見事叩き潰したんだな」
 立花は会心の笑みを浮かべて言った。
 「はい。これで九州と沖縄、北海道は救われましたね」
 「ああ。けれどまだ奴等は滅んじゃいないぞ。何せゴキブリみたいにしぶとい奴等だからな」
 「おじさん、幾ら何でもゴキブリだなんて」
 純子はバダンをゴキブリと評した立花の言葉に笑った。
 「おい、笑っちゃいかんぞ。ゴキブリは人類の宿敵と言われているからな。何しろあの連中はわし等がこの世に現われるよりずっと前からこの世にいるんだからな」
 「はいはい」
 純子は笑いながら受け答えた。
 「まだわかっとらんな。まあいい。客商売してたら嫌でも解かるさ」
 立花はしょうがないな、といった感じで言った。
 「現に今もチコとマコに店の中を掃除させているところだ。そうだ純子、御前も行け。あのおっちょこちょい共だけじゃ少し心配だ」
 「わかりました。それじゃあ通信お願いしますね」
 「おう、わかった」
 純子が部屋を出る。立花は彼女に替わって通信室の前に座った。
 「全く何時まで経ってもあの怖さがわかっとらんな。あいつが出る事が店にとってどれだけ怖ろしい事か」
 立花はブツブツ言いながらヘッドホンを着けた。そして通信のスイッチを入れた。
 「ん、金沢からか。金沢というと・・・・・・丈二の奴か」
 立花は壁に掛けてある地図を見ながら言った。
 「さてと・・・何の連絡かな。怪人でも見つけたか」
 立花はそう言いながら通信に出た。結城の声が聞こえて来る。
 この時彼は気付かなかった。自分の足下にゴキブリがいた事を。そしてそのゴキブリが蜘蛛に捕らえられている事を。

 織田信長の配下の武将の一人に前田利家という者がいた。若い頃より男伊達で武勇に優れた男であった。信長の側近である赤母衣衆の一人となり勇名を馳せた。戦にあっては敵の首級を次々と挙げる武辺者であり『槍の又左』と言われ敵味方問わずその強さを知られる猛者であった。
 又彼は主の信長と同じく傾奇者として知られ義理とはいえ甥に当たる前田慶次とは同じく傾奇者としてよく衝突したという。慶次も有名な武辺者であり風流人としても知られたが利家はその慶次にも引けを取らない激しい気性と個性の持ち主であった。尚この二人は歳も近くそれでいて叔父と甥の関係にあり何かと感情的なもつれもあったようだ。
 利家は信長の下で勲功を挙げていった。そして織田家筆頭家老柴田勝家の下で上杉家との戦いに参加した。そして上杉を越後の国境まで追い詰めた。丁度その時だった。
 本能寺の変が起こった。腹心の一人明智光秀のあまりにも不可解なクーデターにより織田信長は炎の中に消えた。そしてその光秀も羽柴秀吉に天王山の戦いで破れ敗死した。
 信長の実質的な後継者争いが始まったがここで柴田勝家と羽柴秀吉が対立した。利家は最初能登に領地を持ち勝家の下にいた事から勝家についた。だがここで彼の人間関係が影響した。
 実は彼は秀吉とは若い頃より付き合いがあった。お互い貧しい頃より交流がありそれぞれの夫人達も仲が良かった。
 それに加え秀吉は天下無双の人たらしであった。彼はその人たらしの才能と彼との古くからの付き合いを表に出した。その上で彼を自分の傘下に収めようとしたのである。
 彼の軍と秀吉の軍が対峙した時の事であった。秀吉は自分の陣から出て来た。そして彼に自分の下へ来るよう説得したのだ。
 これには彼も驚いた。そして秀吉との古くからの交流を思い出した。だが勝家との事もある。彼は迷った末秀吉についた。
 それを勝家は咎めようとはしなかった。織田家きっての武の持ち主であり男気で知られる彼は黙ってそれを許したのである。これは利家と秀吉の仲を知っており最初からそれを覚悟していた事もあった。
 結果として勝家は秀吉との戦いに敗れた。そして北ノ庄城で主君信長の妹であり夫人である絶世の美女お市の方と共に自害し炎の中に消えて果てた。
 彼はその後秀吉の側近、いや盟友としてその側にあった。かっての豪胆さだけではなく常に算盤を持ち歩き考え込む思慮深さも備えるようになりその人望は徳川家康のそれに匹敵するものであった。事実五大老の一人となった時は天下を望もうとしていた家康と対立を深めていた。戦国、安土桃山にその名を残す武将の一人である。
 その彼により開かれたのが金沢である。古くより加賀百万石の城下町として栄え武家屋敷が立ち並んでいる。その街並みは美しく整然としており見る者の心を楽しませる。北陸の地にその繁栄を偲ばせる美しい街である。
 今この街に一人の男がいた。結城丈二、ライダーマンである。
 結城は金沢東別院にいた。ここは東本願寺の金沢の別院でありその歴史は戦国時代にまでさかのぼる事が出来る。かっては一向一揆の拠点にもなった。加賀はかっては一向一揆に支配され織田信長と激しく争った歴史がある。
 その門の天井には龍の絵が描かれている。木村杏園の描いたものである。
 「見事な絵だな」
 結城はその絵を見上げて呟いた。彼は科学畑を歩いてきたがこうした絵画も嫌いではない。
 「それにしてもこんなところで待ち合わせとはな。一体誰なんだ」
 結城は絵から顔を離し辺りを見回して言った。辺りには観光客が大勢いる。
 「まあすぐにわかるか。そろそろ来る頃だろうし」
 そう言って顔を再び絵の方へ向けた。そうすると門の外の方から彼を呼ぶ声がした。
 「貴方は」
 結城は目の前にいる男に声を掛けた。今結城を呼んだ男である。黒いジャケットにスラックスを着た細身の男である。
その顔は中世的であり整っている。髪は黒くくせがある。何やらスポーツをしていたらしい。その細身の身体は引き締まりしなやかな身のこなしである。
 「はじめまして。滝竜介といいます」
 「滝?インターポールの滝さんのご親戚か何かで」
 結城は目を少し開けて聞いた。
 「はい。親戚です。といっても遠い親戚ですけれどね。日本人ですよ」
 その男は微笑んで言った。
 「成程、滝さんの。そして私に何か御用ですか?」
 「ええ。バダンの事で」
 その名を聞いて結城の目が光った。
 「詳しい事は場所を変えて。店を予約してありますので」
 「わかりました」
 結城は固い表情で頷いた。そして二人は東別院を後にした。
 
 二人はとある料亭に入った。そして料理を食べながら話をしていた。
 「インターポールから来られたのですか」
 「はい。元々はサッカー選手をしていたのですが膝を痛めましてね。丁度いい歳だったので引退したんです」
 滝竜介は箸を動かしながら言った。
 「そしてコーチへの誘いを受けていたんですがね。ちょっとサッカーから離れてみようと思いまして」
 「ほお。何故ですか」
 「今までずっとサッカーばかりの日々でしたからね。少し違った事をしてみたいと思いまして。大学の先輩に紹介されて警備会社に入ったんです。それがまたえらくハードなところでしてね。暴漢と闘ってばかりでしたよ」
 「またえらく凄いところですね」
 結城は苦笑して言った。
 「それでそこで働いているうちにインターポールからスカウトされまして。捜査官になったのです」
 「成程。しかし滝さんや役君とは違う部署のようですが」
 「はい。私は本来は麻薬捜査が専門なんです。勤めていた警備会社がそういった関係の組織と仲が悪かったので」
 「麻薬ですか。我が国にも色々と入り込んでいますからね」
 結城は目を光らせた。デストロン等の組織では麻薬よりも遥かに恐ろしいものを使う事がある。かってゲルショッカーで使用されていたゲルパー薬がその代表だ。
 「今回は助っ人なんです。バダンが世界各地で暗躍を始めてインターポールも忙しくなって」
 「そうですか。奴等世界中で活動を始めたのですか」
 結城は暗い顔をした。
 「まだ表立っては動いていませんがね。動くのはもう少し後だと思われますが」
 「しかし油断してはいけませんよ。人々が安心した時に現われる、それが奴等なんです」
 「ええ、それはわかっているつもりです。現にインターポールも各国の特殊部隊も密かに警戒態勢に入っています」
 「ならいいのですが。ところでこの地のバダンについてお話を窺いたいのですが」
 結城は竜にバダンについて尋ねた。彼はそれに対し無言で頷いた。
 「これを御覧下さい」
 彼はそう言って懐から何かを取り出した。それは数枚の写真だった。
 写真は金沢市の風景のものであった。どれも実に美しい。
 「・・・・・・・・・」
 結城はそれ等の写真を見て眉を顰めた。その写真に隠れるようにして彼等が映っていたからだ。
 「やはり気付かれましたね。バダンがこの地である物を探しているようなのです」
 竜は結城を見つつ言った。
 「ある物とは?」
 結城は写真を卓の上に置き尋ねた。
 「前田家の秘宝です」
 「前田家の秘宝!?」
 結城は思わず声を上げた。
 「はい。前田家は百万石の権勢を誇りました。その栄華は江戸時代を通じて謳われるものでした」
 「それは私も知っています。この街並みを見ただけで」
 「前田家はそれだけに多くの家宝を所持していました。例えば大典太光世」
 大典太光世とは平安時代の刀鍛冶光世により作られた刀である。足利将軍家、豊臣秀吉を経て前田利家に与えられた天下五剣の一つに入れられる名刀の一つである。
 この刀は静御前の薙刀、宗近の短刀と並んで前田家の宝であった。その霊力により鳥を落としたとも病を治したとも言われる伝説の名刀である。
 「他にも多くの家宝がありますが代々の当主のみが知っていた家宝があったのです」
 「それは何ですか?」
 神剣の様な伝説を残す大典太よりも秘蔵とされた宝、それは一体何なのか。結城はゴクリ、と唾を鳴らした。
 「正一位国切」
 「国切!?」
 結城はその名を聞いて声をあげた。そのような名の剣は聞いた事も無かった。
 「ご存知無いのも無理はありません。これは歴史には出て来なかった剣なのですから」
 竜は言った。
 「しかし刀で正一位ですか。あの日本号でさえ三位だというのに」
 日本号は天下にその名を知られた名槍である。黒田節の唄でも知られている。
 「はい。ですがこの位はあくまでも公のものではありません。何故ならその力があまりにも大きいものだったからです」
 竜は顔を引き締めて言った。
 「この刀が何時誰によって作られたのかは誰も知りません。ですが保元の乱の頃には既にあったと思われます」
 「保元の乱ですか」
 「はい。その形は片刃の曲刀であると伝えられています。当時の権力者平清盛により時の帝に献上されたと伝えられています。ですが帝はそれを清盛入道にお戻しになられました。この様な素晴らしい刀を受け取るわけにはいかないとして」
 「時の帝までそう仰られたのですか」
 「はい。そして清盛はその刀を嫡男である重盛に渡しました。重盛は京の都に社を設けこの刀を収めました。ところがこの刀を狙う賊が現われたのです」
 「どうなりました?」
 「賊は皆その首を断ち切られ息絶えていました。その場には誰もいなかったというのに」 
 「という事は・・・・・・国切が・・・・・・」
 「はい。そう言われております。そして平家が滅びこの社は源氏が管理するようになりました」
 「そしてどうなりました?」
 「元寇はご存知ですね」
 「ええ」
 元寇とは当時ユーラシアの殆どを勢力下に収めていたモンゴル帝国の東部を治める元の皇帝フビライが属国である高麗国王の言葉に従い日本を攻めた戦争である。都合二回行なわれている。
 「その戦いの時です。不意に社から刀が飛び出したのです」
 「あの山賊達の時と同じように」
 「いえ、あの時よりも凄まじい話です。何しろ対馬まで飛んで行ったのですから」
 「何と・・・・・・」
 結城はその言葉を聞いて絶句した。
 「そして対馬で領民達に対して悪逆の限りを働いていた元と高麗の兵士共を斬り捨てていったそうです。まるで何者かが操っているかの様に。そしてその地にいた元、高麗の兵士達を全て斬り伏せたそうです」
 「そうですか・・・。対馬を救ったのですね」
 「そうです。しかしそれが国切の名の由来にはなったわけではいのです」
 「他にも逸話があるのですか?」
 「はい。その後我が国を乗っ取らんとした妖術師が十津川に現われたのです」
 「十津川ですか・・・・・・」
 十津川とは奈良にある深い木々に囲まれた地である。霊験あらたかな地として古来より修験者達の修業の場であった。南北朝時代は南朝の御所があった場所でもある。
「再び国切は動きました。そしてその恐るべき妖術師を死闘の末に斬り伏せたのです。そしてそれまでの功により帝から正一位の位を贈られたのです。そして『国を脅かす者を切り伏せる』という意味からこの名となったのです」
 「実に恐ろしい力ですね」
 「はい。その為戦国時代もこの刀は足利将軍家に護られていました。それだけ衰えようがこの刀の守護だけは怠らなかったと言われています」
 「それだけその刀の力を恐れていたのでしょうね。しかし何故その刀が前田家に?」
 「それには一つの取り引きがありました。関ヶ原の時です」
 竜の目が光った。
 「関ヶ原の時に前田利家は徳川家康と対立していました。しかし利家は間も無く亡くなってしまいます」
 「家康にとっては最大の政敵が亡くなったわけですね」
 「はい。そして彼はその息子利長を己が勢力に取り込もうと考えました」
 「そしてその見返りとして国切の管理権を与えたと」
 「はい。当時は豊臣家が管理していましたが秀吉は既に亡くその取り引きは順調に進みました」
 「そして彼は家康に就き国切の管理を任されるようになった、というわけですね」
 「はい。そして今もこの金沢の何処かに密かに納められているのです」
 「成程、実に興味深い話でした。それだけの刀ならバダンの者達が狙うのも無理はありませんね。しかし一つ気になる事
があります」
 「それは何ですか?」
 結城の言葉に今度は竜が尋ねた。
 「それだけの刀の管理を何故徳川家が行なわなかったのですか。皇室は清盛にお戻しになられましたからそれに倣っている
のでしょうが」
 「若しかするとそのあまりに強大な力を恐れたのかもしれません」
 「力を恐れるとは?」
 結城は声を上ずらせた。
 「国切の守護を任せられた者達は何れも永くは栄えませんでした。平家も源氏も執権家も。足利家もその栄えた時は短く戦国には既に名ばかりの存在でした」
 「そして信長、秀吉もその栄えた時は短かった」
 「はい。徳川幕府はそれに薄々気付いていたのかもしれません。だからこそ管理を他の家に預けた」
 「・・・・・・それによって前田家はこの地の雄藩として江戸時代を終えた。これも国切の力でしょうか」
 「そこまでは。ただこの金沢は火事の多い町でもありました。城の天守閣も燃えてしまった事もあります」
 「それも刀の力だと・・・・・・」
 「それは解かりませんが。ただそれにより金沢藩はその対応に追われ続けたのは事実です」
 「国を護る程の絶大な力を持った神刀、それだけに護る者の身にも危害を及ぼす妖刀ですか。厄介ですね」
 「はい、何としてもバダンから護らなければなりません。彼等にその力を悪用されない為にも」
 二人は話を終えると料亭を後にした。それを遠くから見る一つの影があった。

 「そうか、この金沢には結城丈二が来たか」
 赤い照明に照らされた基地の指令室で一人の壮年の男が戦闘員からの報告を受けていた。
 「ハッ、既にインターポールの捜査官滝竜介と合流致しました。早速国切の捜査を開始しているようです」
 男の前に立つ戦闘員が敬礼をして報告した。
 「もう動いているか。やはり噂に違わぬ切れ者のようだな」
 男は顎に手を当てながら言った。
 髪は黒い。浅黒い日に焼けた肌をしている。見事な口髭を生やし白い服を着ている。顔立ちから察するにどうやらアラブ系のようだ。
 「だとすれば我々も早速動くか。兵を二手に分けるぞ」
 「ハッ」
 彼の言葉に部屋にいた戦闘員達が一斉に敬礼をした。
 「まずはこれまで通り国切を捜索する部隊。だが奇数の班はこの任務を解く」
 男は言葉を続けた。 
 「奇数の班はわしが直接指揮する。結城丈二と滝竜介の撹乱及び抹殺に当たる」
 「ハッ」
 戦闘員達が再び敬礼をした。
 「フフフフフ、相変わらず見事な作戦指揮ですね」
 その時部屋の扉から声がした。そして誰かが部屋に入って来た。 
 部屋に入って来たのはあの白人の中年の男だった。相変わらず慇懃な物腰で穏やかな笑みを浮かべている。
 「ほう、誰かと思えば貴様か。一体何の用だ」
 「ちょっといい物が手に入りましてね。どうです?」
 彼はそう言って何かを差し出した。それはワインのボトルであった。
 「トカイの年代物です。一杯やりませんか」
 だが男はそれに対し複雑な顔をした。
 「気持ちは有り難いが受け取るわけにはいかないな、残念だが」
 「あっ、そうでしたね。これは失礼」
 そのトカイをしまおうとする。
 「いや、それは戦闘員達に渡してくれ。わしはともかく戦闘員達は飲みたい者もいるだろうし」
 「そうですか。それではここに置いておきますよ」
 彼はそう言うとそのトカイのボトルをテーブルの上に置いた。
 「的確な指揮と部下への心遣い。流石は英雄イブン=サッドゥータです」
 「その名はよしてくれ。人減だった時の名だ」
 「そうですか。それではクモロイドとお呼びしましょうか」
 「そうしてくれ。今のわしにはその名しか必要無い」
 その男、クモロイドは静かな声で言った。
 「ところでここに来たのは単にわしと酒を飲みに来ただけではないだろう。何の用だ?」
 「はい、実は貴方にお伝えしたい事がありましてね」
 男の目が光った。穏やかな笑みはそのままに目だけが光った。
 「バラロイドが倒れました。北海道の作戦も失敗に終わりました」
 「・・・・・・そうか、惜しい者を失くしたな」
 クモロイドは残念そうに言った。
 「まだ完全に死んだわけではありません。また改造手術を受け復活するでしょう」
 「それならばいいが。今あの者の力なくして我がバダンの世界制覇はないからな」
 「それは当然です。それは貴方にも言えるのですよ」
 「・・・・・・わしもいざという時は再び改造してもらえるというのか」
 「それが我等が首領の御遺志です」
 男はその言葉を聞き感慨深げに呟いた。
 「有り難いな。それでこそ我等が神だ」
 「残念な事にその偉大なる神に逆らい続ける愚か者達もいますが」
 「わかっている。ライダーマンの首はこのわしが必ず持って帰る。国切と共にな」
 「その言葉を聞いて安心しました。それではご活躍を期待していますよ」
 男はそう言うとそれまで不気味に輝かせていた目を再び綻ばせた。そして右の親指と人差し指をパチン、と鳴らした。
 それを合図として男は姿を消した。フッとまるで影が消える様にその姿を消した。
 「我等が偉大なる首領の為に・・・・・・行くぞ!」
 「イイーーーーーッ!」
 戦闘員達が一斉に敬礼した。そして部屋を後にするクモロイドを見送った。

 結城と竜は犀川の大橋の上を渡っていた。
 この橋は文禄三年(一五九四年)に利家により造られたのが最初と言われている。その後洪水等で長され今の橋になった。ベンチが置かれ市民達の憩いの場所ともなっており国の重要文化財にも指定されている。
 かってこの橋の上で松雄芭蕉が句を詠んだと言われている。
 『あかあかと日はつれなくも秋の風』
 この句は今も残っている。
 「次は何処に行きますか」
 結城は竜に尋ねた。
 「そうですね。ひがし茶屋街に一つ怪しい蔵があります。そこへ行きましょう」
 「はい」
 二人は橋を後にした。
 
 浅野川沿いにあるひがし茶屋街は夜になると町の旦那衆が集まり酒をたしなみ芸者遊びに興じていた。その為か店の気位も高く所謂一見さんお断りの店も多かった。
 だが今は茶屋を改修した喫茶店等も多く、観光地としてにぎわっている。
 町並みは当時の情緒を今に伝え、風流の風が漂っている。夜になると艶やかな趣を漂わせる。見る物はその風流と艶やかさに心を奪われるのだ。
 「できれば夜来たかったですね」
 竜は微笑みながら言った。
 「今は芸者さんはいませんよ」
 結城はその言葉に苦笑した。
 「いえ、芸者さんではなく。こういった町は夜に行く方が味わいがあるのです」
 「そんなものですか?」
 結城はその言葉に眉を少し動かした。
 「ええ。時代劇なんかでもそうでしょう。昼に行くのと夜に行くのとでは感じが全く異なるのです。特にこうした遊びの町ではそうした感じが特に強いのです」
 「成程。確かにそれはありますね」
 結城はその言葉に同意した。
 「さてと、その蔵ですが」
 竜は町を見回した。
 「こちらです。少しわかりにくい場所にありますが」
 竜に案内され結城はその蔵へと向かった。
 蔵は何処かの豪商のものだったのであろうか。かなりの大きさだった。それがいくつか連なっている。
 「ここの何処かにあるのですね」
 結城はそれ等の蔵を見ながら言った。
 「はい。大体の目星はつけていますけれどね」
 竜はそう言うとそのうちの一つの扉の前に行った。
 「ここです。さあ入りましょう」
 竜は鍵を開けた。そして二人は蔵の中に入った。
 蔵の中は暗かった。そして葛籠が積み重ねられていた。
 「あれですね」
 結城はその葛籠の中に大切に飾られている一振りの刀を指差した。
 「はい」
 二人は刀に近付いた。その時だった。
 不意に後ろの蔵の扉が閉まった。そして二人の前に幾つかの謎の影が飛び降りて来た。
 「ムッ!?」
 それはバダンの戦闘員達だった。たちまち二人を取り囲んだ。
 「国切を狙ってか!」
 結城が問い詰める。だが彼等はそれに答えようとはせず刀に向かう。
 「渡さん!」
 竜がその戦闘員を蹴り飛ばした。そして刀の前に立ちはだかる。
 戦闘員達が竜に襲い掛からんとする。だが結城がそこに入る。
 戦闘員達は二人により全員倒されてしまった。刀は守られたのだ。
 「危ないところでしたね」
 竜は床に伏す戦闘員達を見下ろしながら言った。
 「ええ。では刀を調べましょう」
 竜は刀を手に取った。そしてそれを抜いた。
 白い光がその場を照らす。神々しいまでの光であった。
 「・・・・・・違いますね」
 竜はその刀を見て残念そうに呟いた。
 「これは江戸時代のものですね。かなりの業物だと思いますが国切ではありません」
 「そうですか」
 「はい。国切は平安期に造られたもの。当時のものはもっと反りも太さもあるのです」
 「あ、そうだったんですか。それは知りませんでした」
 我が国の刀がああいった形になるのにもかなりの時間を要している。当初は両刃の剣もあったのだ。
 「次は何処へ行きますか」
 「そうですね・・・・・・」
 竜は少し思案した。チラリ、と扉の方を見た。結城もそれに気付いた。
 「兼六園へ向かいましょう」
 「兼六園ですね」 
 結城もそれに頷いた。
 「では行きましょう」
 「はい」
 二人はそう言うと蔵を出た。そしてその場を後にする。
 二人が去ったその蔵の壁に誰かが浮き出てきた。バダンの戦闘員だった。
 「聞いたな、奴等は兼六園へ向かう」
 ある男が出て来た。クモロイドである。
 「ギイッ」
 その戦闘員の他にも何人かの戦闘員が出て来た。そしてクモロイドの言葉に頷く。
 「すぐにあの場へ向かうぞ。そして二人を消す」
 彼等はそれに頷くと姿を消した。クモロイドもそれに続いた。

 兼六園は日本三名園の一つに数えられている。金沢に来た者は殆どこの園に来る事でも知られている。
 その始まりは延宝四年(一六七六年)にまでさかのぼる。当時の藩主が自分の別荘を建て、その周りに庭園を作ったのが
始まりであるとされている。 
 その中は四季とりどりの花と澄んだ池や美しい木々により彩られている。四季折々の美しさが楽しめる庭園として金沢の人々からも深く愛されている。
 「噂には聞いていたが中々・・・・・・」
 竜は庭園の中を歩き回りながら満足そうに呟く。
 「私もここへ来たのは初めてですがいいですね。心が和みます」
 結城も彼に同意した。二人は花々と緑の中を進んでいく。
 「特にこの霞ヶ池がいいですね。奥に小さい庵が見えるところがまた何とも」
 まるで水の上に浮かんでいるような亭がそこに見えていた。
 「ええ。しかし」
 竜は結城に同意したところでその表情を引き締めた。
 「その美しい場所を荒らそうとする無粋な輩共がいるのが実に残念ですが」
 「それは我等の事かな?」
 不意に声がした。そして二人の前に髭を生やした男が現われた。
 「バダンか」
 結城は彼を睨みつけながら問うた。
 「いかにも。バダンの改造人間の一人クモロイドだ」
 彼の後ろから無数の戦闘員達が姿を現わしてきた。
 「目的は御前達と同じだ。そしてその為に貴様等には消えてもらう」
 その言葉に呼応するかのように戦闘員達が二人を取り囲んだ。
 「ほう。そして刀を手に入れどうするつもりだ」
 結城は戦闘員達に臆する事なくクモロイドを見据えて問うた。
 「知れた事。その力を我等の為に使うのだ。自身で飛び回り全てを斬るその力をな」
 クモロイドはニヤリと笑って彼に言った。
 「そう上手くいくかな。あの刀は悪を斬る為に動く刃。貴様等では首を刎ねられるのがオチだ」
 「我々の力を甘く見てもらっては困るな。刀の意思を抑える事など造作も無い事」
 「そう上手くいくかな」
 「残念だがそれを貴様に言うつもりは無い。何故なら貴様等はここで死ぬからな」
 そう言うと戦闘員達が襲い掛かって来た。二人は左右に散った。
 二人は襲い来る戦闘員達を倒していく。戦闘員の一人が吹き飛ばされ池に落ちる。
 結城が拳を繰り出してきた戦闘員の腕を取った。そして地面に叩き付けた。
 「ほう、情報通りだな。腕を上げている」
 クモロイドはそれを見て笑った。
 「だがそれが私に通用するかな。バダンの改造人間の力見せてやろう」
 そう言うと目が変わった。人の目から蜘蛛の目になった。
 そして口が蜘蛛の牙になる。全身が黒と黄の毛に覆われる。
 両手の甲から鋭い刃が生え脇から左右二本ずつ小さい足が生えてきた。その姿はまごうかたなく蜘蛛のものだった。
 「・・・・・・それが貴様の正体か」
 「そうだ。最後によく見ておくがいい。この姿をな」
 クモロイドはそう言うと口から何かを噴き出した。それは白い糸だった。
 「なっ!」
 糸は結城を包んだ。そして激しく締め付ける。
 「結城さん!」
 竜が叫んだ。だが結城の声は返ってこない。その代わりにギリギリと何かを締める音がする。
 「そろそろだな」
 クモロイドが笑った。勝利を感じた笑みだった。
 だがその糸が突如として破られた。中から結城が跳び出て来た。
 「ムッ!」
 それは結城ではなかった。結城が変身した姿、ライダーマンであった。
 「甘かったな。この程度の糸なら抜け出すのはわけない」
 右手を出す。そこにはパワーアームがあった。
 「そうか、アタッチメントを使ったか」
 クモロイドはそれを見て冷静に言葉を発した。
 「そうだ、如何に強い蜘蛛の糸でもこのパワーアームの前では無力な布と同じだ」
 「ほう、私の糸を布と同じと言うか」
 クモロイドは不敵に言った。
 「面白い事を言ってくれる。それではこれを受けてみるがいい」
 そう言うと口から再び糸を噴き出してきた。
 今度は針のように小さく細い糸だ。まるでマシンガンのように糸を出す。
 「ムッ」
 ライダーマンはそれを横に跳びかわす。糸は池に入り機銃掃射のように水面を波立てる。
 「どうだ、これでもまだ布だと言うか」
 クモロイドは自信に満ちた声で言った。ライダーマンはそれに答えようとしない。無言で右手のアタッチメントを換装する。
 「マシンガンアーム!」
 右手をマシンガンに換えた。そしてそれでクモロイドを撃つ。
 「ムッ」
 クモロイドはそれを跳躍でかわした。そして後ろの木の上に着地する。凄まじいジャンプ力だ。
 「成程な。噂に違わぬ強さだ。むしろデータより動きがいいな」
 クモロイドは木の上に立ちながら言った。その距離ではマシンガンで狙おうにも射程が定められない。
 「マシンガンアームで狙おうにも無駄だ。その距離では射程も定まらんだろう」
 「クッ・・・・・・」
 それは怪人も予想でぃていた。ライダーマンは歯噛みする。
 「ここは退こう。こちらも損害を出し過ぎた。戦力を立て直す必要がある。だが覚えていてもらおう」
 クモロイドはライダーマンを見下ろしながら言った。
 「国切を手に入れるのは我がバダンだ。そして貴様は我等の前に膝を屈することになる」
 そう言うと天高く跳躍した。
 「その日を楽しみにしているがいい。ハハハハハ・・・・・・」
 クモロイドはそう言い残して姿を消した。見れば他の戦闘員達も既に姿を消している。
 「行きましたね、連中は」
 竜はライダーマンの許に駆け寄ってきた。
 「ええ。それにしてかなり強力な奴ですね」
 ライダーマンはまだ先程まで怪人がいた木の上を見上げている。
 「バダンの怪人クモロイドか。今まで蜘蛛の改造人間は結構いましたけれど」
 竜の言う通りである。ショッカーの頃より歴代の組織の多くは蜘蛛の改造人間を作っている。ライダーマン自身もデストロンにおいて蜘蛛に毒針を取り付けた怪人ドクバリグモを開発している。
 「これまでのどの蜘蛛の怪人よりも強力なようですね。あの糸と跳躍力はかなりの脅威です。それに」
 「それに・・・・・・?」
 ライダーマンは言葉を続けた。竜はそれについて尋ねた。
 「蜘蛛の力はあれだけではありません。おそらくまだ隠している力がある筈です。油断は出来ませんよ」
 「・・・・・・はい」
 竜もそれは感じていた。これからの国切の捜索は彼等ろの命懸けの死闘になる事も覚悟した。

 二人はその後大乗寺に向かった。この寺は七〇〇年以上の歴史を誇り前田家の重臣本多家の菩提寺でもあった。その為何らかの手懸かりがあると思ったからだ。
 「ほう、国切の・・・・・・」
 竜のインターポールの身分証明書を見せた後この寺の住職に尋ねる。すると今まで温厚そのものだった老人の顔が急に険しくなった。
 「ご存知なのですね、国切の事を」
 結城はすかさず尋ねた。住職はその険しくなった顔を真摯なものにし頷いた。
 「はい。ですが・・・・・・」
 住職は言葉を濁らせた。
 「あの刀の存在をご存知とは。もしやあの刀を狙う者が出て来たのですか」
 二人は答えない。だが住職はそれで全てを察した。 
 「あの刀は心悪しき者には扱えませぬ。ですがもし邪なる者達の手に渡ればこの日本だけでなく世界が脅かされます。是非ともあの刀を御守り下さい」
 「はい」
 二人は頷いた。そして住職に案内され寺の奥に案内される。
 「こちらです」
 そこは仏殿であった。ここは重要文化財も置かれていることで有名である。
 「どうぞ」
 住職は仏殿の中を見回し彼等のほかに誰もいないのを確かめると本尊の後ろに入る。そしてそこの床を横に引いた。
 「なっ」
 竜が思わず声をあげた。何と床が横に開いたのだ。
 そしてその奥には階段が続いている。驚く事に隠し通路が造られていたのだ。
 「お気を付け下さい。暗いですから」
 住職は手に持っていた電灯で足下を照らしつつ最初に中に入った。二人はその後に続いて入っていく。
 最後に入った結城が頭上で床を横に引いた。そして通路を隠した。
 しかしそれを見ている者達がいた。こっそりとその隠し通路の入口へ近付いていく。
 階段を降りると廊下になっていた。木で造られた古い廊下だ。
 三人はやがて一つの部屋に入った。そこは倉庫だった。
 「ええと、確かここに・・・・・・」
 住職はつづらの中を電灯で照らしながら探している。そして一枚の古い文を取り出した。
 「あ、これです」
 それは絵図が描かれた文だった。どうやら城か何かの地図らしい。
 「それは・・・・・・金沢城の地図ですか?」
 竜がその地図を覗き込みながら問うた。住職はそれに対し頷いた。
 「はい。国切は金沢城にあります。歴代の藩主は自らの手元にあの刀を置いていたのです」
 住職は真摯な顔で言った。
 「目を離さない為ですね。刀の持つ力を知っているが為に」
 結城が言った。彼も地図に描かれた城の図面を見ている。
 「はい。そして藩主が参勤交代で国にいない時は城代家老筆頭が護っておりました。国切の存在はごく一部の者達しか知りませんでした」
 「随分厳重ですね。確かにそこまでしないと護る事は出来ませんが」
 結城は真剣な顔で言った。
 「この地図をお二人にお渡しします。どうか国切を御護り下さい」
 住職は国切の所在が書かれたその地図を二人に渡そうとする。だがその時何者かが襲い掛かって来た。
 「ムッ!?」
 結城はその影を手刀で倒した。竜が住職からその文を受け取り慌てて懐に入れる。
 結城に打たれた影が倒れる。それはやはりバダンの戦闘員であった。
 「奴等、ここまで・・・・・・」
 結城が舌打ちする。
 「どうやら我々をつけてきたようですね。他にもまだいますよ」
 役が言った。彼の言葉通り彼等が部屋に次々と入って来た。
 「この地図は渡さん!」
 二人は住職を護る様に戦闘員達を次々と倒していく。そして廊下へ出て階段を昇っていく。
 仏殿にも戦闘員達が待ち構えていた。そして彼等に襲い掛かる。
 二人はその戦闘員達に立ち向かう。一人また一人と倒してく。
 「どうやらこの連中は国切の捜索隊のようですね」
 結城が戦闘員の一人を蹴りで倒しながら言った。
 「ええ。その証拠に指揮官であるクモロイドもいませんし。けれど油断は禁物ですよ」
 竜が言った。
 「ええ、それはわかってますよ」
 結城が答えた。そこで意外な助っ人が現われた。
 「ムンッ」
 何と住職までが参戦してきた。老人とは思えぬ身のこなしで戦闘員達を拳法の技で倒していく。
 「お二人だけ戦われるは不平等。わしも協力させてもらいますぞ」
 「えっ、しかし・・・・・・」
 住職の意外な行動と思いもよらぬその強さに二人は呆気に取られている。
 「何、拳法は達磨法師の時代より禅の修練の一つ。それに悪しき心の者を調伏するのもまた御仏の教えです」
 住職はそう言うと戦闘員達を次々と倒していく。彼の活躍もあり戦闘員達は容易に退けられた。
 「お強いですね・・・・・・」
 横たわる戦闘員達を前に二人は住職に言った。
 「いえ、これしきの事。歳のせいか動きが鈍っておりました」
 住職は謙遜して言う。だがその強さは本物であった。
 「さてお二方」
 住職は二人に向き直って言う。
 「国切の事、しかと頼みましたぞ」
 「はい」
 二人は答えた。そして住職に別れを告げ大乗寺を後にした。
 

 金沢城は天正一一年(一五八三年)に前田利家が金沢に入ってから本格的な築城が始まった。キリシタン大名として知られる高山右近が招かれ彼の築城技術が使われたという。城の規模が拡大されていったのもこの頃からであった。だが当時は重臣達の屋敷が城内にあり決して広い城ではなかった。
 戦国後期から安土桃山時代の城の特徴として天守閣の存在があるがこの城にもそれはあった。しかし今は無い。
 それは何故か。それはこの金沢の地につきまとう災厄のせいである。
 前述だがこの金沢は火事が非常に多い街であった。幾度も町が焼け多くの人々が死んでいる。この城もその災厄からは逃れられなかったのだ。
 慶長七年(一六〇二年)の火事で天守閣が焼け落ちた。それ以後天守閣はもうけられなかった。その代わりになったのが本丸の三層の櫓である。これは江戸城に状況がよく似ている。またこの時二の丸に藩主の為の御殿が建てられた。
 この二の丸には当初家臣達の屋敷もあった。しかし寛永八年(一六三一年)の大火により城内が再び火に襲われると武家屋敷を城外に出した。そして二の丸を拡大し用水の確保も行なった。そして内堀を掘り土を盛り上げ、各曲輪を区面していった。だがそれでも火は襲って来る。
 宝暦九年(一七五九年)の火災で城内の殆どが焼失してしまったのである。その後の再建では城内の実用性を重んじ本丸の焼失した櫓は再建せず二の丸を中心に整備を行なった。現存する門の一つである石川門は天明八年(一七八八年)に再建されたものである。
 今の城の景観は明治十四年(一八八一年)の火災で焼失した安政期の景観を再現したものであり当時の面影を今に伝えている。
 「何かえらく火事に悩まされている城ですね」
 竜はその石川門をくぐりながら言った。
 「国切を持つ者はその多くが長く権勢を誇示出来ないようですが。それがもし国切の持つあまりにも強い力のせいだとすると」
 結城はそれに続きながら竜に話しかけた。
 「まさか。これは金沢の気候のせいでしょう。江戸がその乾燥した空気とからっ風の為に火に悩まされたように」
 竜が結城の疑念を打ち消すように言った。
 「そうでしょうか。まあ科学的にはそうですが・・・・・・」
 何処か自分に言い聞かせるように言う。彼も科学者である。その事はわきまえている。
 だが科学が万能ではない事も彼はよくわかっていた。それを彼に教えたのがこれまでの悪の組織との戦いであった。
 「結城さんの仰りたい事はわかります。私だって科学的に全てが説明出来るとは考えていませんよ。それは科学者の自惚れに過ぎませんからね」
 「良かった。もしここで科学で解明出来ない事なんて無い、とか言われれば困っていました」
 「それは言いませんよ。あの連中を見ているとね」
 彼もまたバダンとの戦いで多くの事を学んでいた。そして科学だけでは説明出来ない事があるのも実感していた。
 「確かに結城さんの説は私も否定しませんよ。何せひとりでに動き回り邪なる者を切る霊刀ですからね。火を起こす事もあるかもしれません」
 「はい・・・・・・・・・」
 結城は竜の言葉に頷いた。そして二人は城内を進んでいく。
 「国切は確か菱櫓の中にあるのでしたね」
 「ええ、この地図によりますと」
 竜は結城の言葉に対し懐から地図を取り出し確認した。菱櫓は金沢城の象徴とも言える建物である。平成十三年に復元されたもので菱型をしている事からこの名がついた。大手と摺手を見張る物見櫓である。
 「さてと、ここですね」
 二人は櫓の前に来た。城壁の側に高くそびえ立っている。天守閣とは比較にならないがそれでも威風堂々としている。
 まずは辺りを見回す。周りには誰もいない。
 「よし」
 そして櫓の下の石垣を調べる。そしてその端の城壁との境目に一つ奇妙な形の石を見つけた。
 それを押す。すると中へ入る通路が現われた。
 「何か妙に隠し通路が多いですね」
 結城が思わず呟いた。
 「城とか寺はどうしてもそうなってしまいますね。戦乱に備えて。さあ行きましょう」
 竜が言った。そして二人は中に入った。
 その中は古い木造りの廊下だった。どうやらこの城が築城された頃に造られたものらしい。
 「度重なる火事でも残っていたのですね」
 「その様ですね。それにしても長い廊下ですね」
 二人はその廊下を進んでいく。階段を降り奥へ奥へと進んでいく。
 その最深部には一つの玄室があった。扉には結界の札が貼られている。
 「この地図の通りですね。ここに国切があります」
 竜は地図を見て言った。そして懐から札を取り出した。
 「住職から頂いたこの札、効くといいのですが」
 その札を扉に貼り付ける。すると扉はゆっくりと開いた。
 「よし」
 二人は中に入った。そこに国切はあった。
 「これが国切・・・・・・」
 二人は思わず声を漏らした。玄室の中に刀差しにかけられ静かに保管されている。豪華な装飾が施された鞘には札が貼られ厳重な結界が施されている。
 「どうやら本物のようですね」
 結城がそれを見て言った。
 「ええ。その証拠がこの厳重な結界です」
 竜も言葉を発した。そしてその結果をまじまじと見た。
 「それにしても凄い結界ですね。この刀の力がどれだけ凄いかわかる」
 懐から札を再び取り出した。今度は何枚もある。そして一枚一枚貼っていき結界を少しずつ解いていく。
 「これで最後だ」
 遂に結界を解いた。そして国切を手に取った。
 「行きましょう、奴等が来ないうちに」
 「ええ。あの連中の事です。すぐに追いかけて来ますよ」
 二人は玄室を出た。そして廊下を駆けていく。
 「結城さん、この刀は貴方にお任せします」
 竜は駆けながらそう言うと結城に国切を手渡した。
 「何故ですか?」
 結城は刀を受け取りながら尋ねた。
 「この刀を奴等から護る事の出来る力を持っているのは貴方だけ。だからこそ貴方にお任せするのです」
 竜は真摯な表情で言った。
 「・・・・・・そうですか。わかりました、この刀、バダンから護ってみせます」
 結城は意を決して言った。
 「行きましょう」
 「はい」
 二人は外に出た。そして出入り口を元に戻しその場を後にした。
 五十間長屋のところを駆ける。その時上から何かが二人へ目掛け投げ付けられてきた。
 「ムッ!?」
 二人は横に跳んでそれをかわした。そして身構える。
 「待っていたぞ、二人共」
 城壁の上に何者かが姿を現わした。それはクモロイドであった。
 既に怪人の姿を取っている。周りには戦闘員達もいる。
 「それが国切が噂に違わぬ力を感じるな」
 クモロイドは結城と竜を見下ろしながら言った。
 「その力はこれからバダンが使わせてもらう。貴様等なぞには渡さん」
 そう言うと戦闘員達が何かを投げた。それはトリモチだった。
 「危ないっ!」
 二人はそれを咄嗟にかわした。だが結城に対する攻撃は執拗だった。かれはそれに捉われてしまった。
 「これで身動きは取れまい」
 クモロイドは余裕の笑みを漏らした。
 「クッ・・・・・・」
 結城は歯噛みした。トリモチを引き剥がそうとする。だが容易には取れそうもない。
 クモロイドはその間に口から糸を吐き出した。そしてそれで国切を奪った。
 「クソッ・・・・・・」
 二人は舌打ちした。だが何も出来なかった。
 「フフフ、これが国切か」
 クモロイドはそれを手に取りニヤリと笑った。
 「これさえあれば我がバダンの力は大いに飛躍する。そしてこの世を手中に収めるのだ」
 刀身を抜こうとする。だが抜けなかった。
 「!?」
 必死に力を入れる。だがどうにもならない。
 「国切は悪を断ち切る刀、邪な者には扱う事は出来ぬ」
 何処からか声がした。不意に誰かがその場に現われた。
 「貴方は・・・・・・」
 それは大乗寺の住職であった。その門下にある禅僧達も一緒である。
 「貴様はあの寺の・・・・・・」
 クモロイドは彼を見て言った。
 「ほう、拙僧を知っておるか。どうやら前より色々と寺の周りをうろうろしていたのはお主達のようだな」
 住職はクモロイドを見上げて言った。その顔には余裕笑みが浮かんでいる。
 「今の言葉、どういう意味だ」
 怪人は住職に問うた。
 「邪な者には使えぬという言葉か?その通りだ」
 住職は言った。
 「国切は我が国を守りそれを脅かさんとする邪な者を斬り伏せる霊刀。それがこの世を支配しその為にはどの様な手段も厭わぬ貴様等に従うと思ったか」
 「クッ・・・・・・」
 クモロイドは住職の言葉に舌打ちした。
 「その刀は抜けぬ。そこには札とはまた違った結界が張られているからのう」
 「クッ、だから抜けなかったのか・・・・・・」
 「安心せよ。刀が抜かれたならば国切は貴様等を討ち滅ぼすからのう」
 「つまり貴様等にとってその刀は無用の長物というわけか」
 結城は言った。既にトリモチは全て剥がしている。
 「フン、ならば貴様等を倒すだけだ」
 クモロイドは彼に対し吐き捨てる様に言った。 
 「望むところ、俺も今ここで貴様等を倒してやる」
 結城はクモロイドを見上げて言った。そしてゆっくりと両手を上げた。

 トォーーーーーッ
 叫んだ。するとその両手に青いマスクが現われる。結城はそれを被った。
 すると手袋とブーツが銀のものに包まれる。そこから全身が黒いばとるぼディに覆われる。
 ライダーーーマンッ
 胸が赤くなる。そして腰の小さな四つの風車が回転する。首が黄色のマフラーに覆われ風車の光が彼の全身を包む。

 ライダーマンに変身した。そして素早く右手にアタッチメントを取り付けるとそこから何かを発射した。
 「ムッ!?」
 それはロープアームであった。クモロイドが手にする国切へ向けて伸びていく。
 そしてその鞘に絡み付いた。クモロイドが取り戻そうとするより速くロープアームはライダーマンの手に戻っていた。
 「国切、獲り返させてもらったぞ。どの道貴様達には扱えないものだ」
 「クッ・・・・・・」
 クモロイドは舌打ちした。例え自分達が使えなくとも奪い返されるのは不快だった。
 「これを」
 ライダーマンは国切を住職に手渡した。
 「はい」
 住職はそれを受け取った。そして背に負った。
 「さて、どうするバダンの改造人間よ」
 竜がクモロイドを指差しながら言った。彼はそれに対して答えた。
 「こうなれば貴様等全てあの世に送ってやる。覚悟するがいい!」
 それが合図だった。戦闘員達が飛び降りて来る。左右からも現われた。
 「多いな」
 ライダーマンは戦闘員達を見て言った。声は冷静である。
 「ええ。ですがこちらには正しき心があります。悪を討ち滅ぼす正しき心が」
 住職が言った。禅僧達が身構える。拳法の構えだ。見れば彼等も相当な腕の持ち主のようだ。
 「そうですね。正しき心。それがある限り」
 竜も構える。そして戦闘員達を睨み付ける。
 「負けることはありません!」
 襲い掛かって来た戦闘員を拳で打ち倒した。
 「そうでしたね。正義は必ず勝つ。クモロイド、今から貴様にそれを教えてやる!」
 ライダーマンはクモロイドと対峙した。その前に数名の戦闘員が立ちはだかる。
 「戯言を。ならば見事打ち倒してみよ!」
 それが合図であった。ライダーマン達とバダンの金沢城における決戦がはじまった。
 数はバダンの方が圧倒的に優勢であった。彼等は短剣等の得物を手に数人一組で襲い掛かる。ライダーマン達はたちまち一人一人が彼等に取り囲まれてしまった。
 だが個々の強さの差は歴然としていた。禅僧達はその武術で戦闘員達の囲みを次々と打ち破っていく。
 特に竜と住職の強さが際立っていた。禅僧達のフォローをもしつつ戦闘員達を的確な動きで倒していく。
 ライダーマンは右手のアタッチメントをパワーアームに変換した。そしてそれで戦闘員達を切り裂いていく。
 戦局は瞬く間にライダーマン達の優勢に傾いていった。ライダーマンは戦闘員を左右に切り払いクモロイドの前に出た。
 「行くぞ」
 構えを取る。クモロイドもそれに対して構えを取った。
 「部下達の仇、取らせてもらうぞ」
 そう言うと両手の爪を振り回してくる。ライダーマンはそれをパワーアームで受け止めた。
 「クッ・・・・・・」
 その衝撃が右手を伝う。思わず呻き声を出した。
 そこへ再び爪を振り下ろす。今度はそれを払った。
 「・・・・・・やるな」
 リーチは向こうのほうがある。下手な間合いではこちらが不利であった。
 だがアタッチメントを換装する暇は無い。クモロイドの攻撃は速く間合いを離す余裕も無かった。
 パワーアームを繰り出す。怪人の顔を狙う。だがそれは牙で防がれてしまった。
 「何ィッ!?」
 何とパワーアームを噛み砕いてきた。三日月のアームの半分が砕け下に落ちた。
 「まだだっ!」
 間髪入れず毒霧を噴いて来る。ライダーマンはそれを咄嗟に左に跳びかわした。
 「パワーアームを・・・・・・」
 ライダーマンは砕けたパワーアームを見て驚きがこもった声で呟いた。素早くカギ爪アームに換装する。
 「どうだ私の牙は。中々のものだろう」
 クモロイドは後ろに跳躍し誇らしげに言った。その場所は橋爪門続櫓の門の前であった。
 「確かにな。パワーアームを砕いたのは貴様がはじめてだ」
 ライダーマンはそう言いながら怪人の方へ進んだ。両者は橋の上で向かい合った。
 「だがこれで終わりではない。私にはまだ糸がある」
 クモロイドは自信に満ちた声で言った。
 「もうパワーアームは使えない。糸を防ぐ手立てはもう無いぞ」
 「それはどうかな」
 ライダーマンはその言葉に対しニヤリと笑って反論した。
 「戯れ言を。まあいい」
 クモロイドはそう言うと口に手を当てた。
 「心配は無用だ。私は他の者を嬲り殺すのは好まぬ。一気に潰してやる。苦しむ間もない程にな」
 口から手を離した。その口がカッと開かれた。
 「喰らえぃっ!」
 糸を噴き出した。それは一直線にライダーマンに向かっていく。
 ライダーマンはそれを冷静に見ていた。そしてアタッチメントを換装し右手を前に構えた。それはマシンガンアームに似ていた。
 「させんっ!」
 ライダーマンはそれを糸に向けて放った。それは何やら巨大な爆弾のようであった。
 それは糸を直撃した。糸は四方に乱れ散った。
 「なっ・・・・・・!」
 クモロイドは驚愕したその様なアタッチメントがあるとは聞いていなかった。
 「それで終わりではないぞっ!」
 ライダーマンは素早くアタッチメントを換装した。そして今度はクモロイドへ向けてそれを放った。
 それは炸裂弾だった。クモロイドの胸を直撃し飛び散った。
 「グオオッ!」
 クモロイドは吹き飛んだ。そして後ろの門にその背を激しく打ちつけた。
 「グググ・・・・・・」
 全身が血塗れであった。胸から血を噴き出し肉がぐちゃぐちゃになっている。腹からは機械の内臓が見えている。
 致命傷であった。だがそれでもなお立ち上がった。
 「無駄だ、最早貴様にこれ以上の戦闘は無理だ」
 ライダーマンは言った。尚も右腕をクモロイドへ向けて構えている。
 「確かにな。私の負けだ。だが一つ聞きたい事がある」 
 「何だ?」
 怪人の問いにライダーマンは尋ね返した。
 「今貴様が使ったアタッチメント、それは一体何だ?」
 「これか・・・・・・」
 ライダーマンは静かに言った。
 「最初のがグレネード・アーム。そして次がショットガン・アームだ。両方共神経断裂弾を放つ。ただ弾の種類が違うだけだ」
 「そうか・・・・・・強化改造で新たに身に着けたものだな」
 「そうだ。それで満足か?」 
 ライダーマンは再びショットガン・アームを放とうとする。だが怪人はそれを制した。
 「待て、私はもう終わりだ。介錯は無用」
 「何!?」
 ライダーマンは怪人の意外な言葉に戸惑った。
 「私は自分の屍を敵に晒すのは好まない。これで失礼させてもらおう」
 「何ッ!?」
 その一瞬だった。怪人は天高く跳んだ。
 「さらばだ、ライダーマン・・・・・・」
 怪人の声は遠くへ消えていった。その気配がブツッと消えた。それが何を意味しているか彼はわかっていた。
 「怪人ながら見事な奴だったな」
 ライダーマンは怪人が飛んでいった方へ顔を向けながら言った。
 「バダン、あれ程の男を取り組んでいるとはな。恐ろしい組織だ」
 そう言いながら変身を解いた。そこへ竜や住職達がやってきた。
 
 国切は住職の手によって金沢の然るべき場所に収められる事となった。これで神刀を巡るライダーマン達とバダンの戦いはようやく終わりを告げた。
 「さあ、行きますか」
 竜が結城に言った。
 「ええ」
 結城はそれに答える。二人は大乗寺で住職に別れを告げると金沢を後にした。二人は寺の門の下にある石造りの階段を降りその下に止めてあったマシンに乗った。そして金沢を後にした。
 「ここにいたか」
 金沢のとある山に黒服の男が現われた。サングラスをしている。三影であった。
 彼は足下を見た。そこには人間態のクモロイドがいた。既に事切れている。
 「見事な戦いだったな。敗れはしたが」
 そう言うと右手の親指と人差し指を合わせて音を出した。すると彼の後ろから戦闘員達が現われた。
 「だがもう一度チャンスが与えられた。あのお方に感謝するのだな」
 戦闘員達はクモロイドの遺体を担ぎ上げた。三影は彼等を促しその場を後にした。

 村雨と伊藤博士は高速道路を進んでいる。車の量は相変わらず多い。
 「車に乗っている人間が多いな」
 村雨はポツリ、と言った。
 「まあね。もうすぐ東京に入るしね」
 博士は口に煙草をくゆらせながら言った。
 「東京・・・・・・何処だそこは」
 村雨は博士に問うた。
 「この日本で一番大きな都市さ。首都でもあるよ」
 「首都・・・・・・」
 「あ、知らなかったか、済まない。まあこの日本の中心だよ、中心。わかりやすく言うとね」
 博士は顔を崩して言った。
 「そうか、中心なのか。この日本の」
 村雨は頷いて言った。
 「そうだよ。人も大勢いてね。賑やかな街だよ」
 「そうか。だとするとバダンにもよく狙われそうだな」
 村雨は道の向こうに見える空を見ながら言った。その空は白い。
 「まあね。そのせいでライダー達も東京でよく戦ったよ」
 博士は感慨を込めて言った。
 「そして今度は俺が東京へ入るのか。バダンと戦う為に」
 村雨は言った。そこにはまだ感情に乏しいながらも決意の色があった。
 「そうだ、村雨君。しかしそれだけではないぞ」
 博士は彼の方に顔を向けて言った。その顔は真摯なものになっていた。
 「君が失ったものを全て取り戻す為に。人として再び歩き出す為に東京に行くんだ。もうすぐ君の新生の時がやって来るぞ」
 「新生の時・・・・・・」
 村雨はその言葉を反芻するように呟いた。
 「そうだ。行こう、東京へ」
 「ああ」
 トラックは進んだ。そして東京へ入ったことを示す看板の横を通り抜けた。


 魔虫の潜む街   完



                                     2004・1・5
 

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