『仮面ライダー』
 第四部
 第十章             嵐の前
            
「おやっさん、お帰りなさい」
 村雨の特訓を終え、アミーゴに帰ってきた立花に後ろから声をかける者がいた。
「その声は」
 立花は後ろを振り返った。そこに彼はいた。
「暫くです」
 それは神だった。彼はにこやかに微笑んでいた。
「おう、何か大分会っていなかった感じだな。元気そうで何よりだ」
 立花も笑顔になった。彼の顔を見ることができてやはり嬉しいのだ。
「ところで向こうはどうなったんだ?まあ終わったからこっちに来たんだろうが」
「ええ、まあ」
 だが彼の顔は浮かなかった。
「何かあったな」
 立花はそれを素早く見抜いた。そして問うた。
「わかりますか」
「わからない筈ないだろう、わしを誰だと思っているんだ」
「おやっさんです」
「そうだろう、御前等のことなら何でもわかるんだ。で」
 立花はそう言いながら神を見上げた。
「何があったんだ?」
「いえね」
 彼は浮かない顔のまま答えた。
「奴等急に姿を消したんですよ。どういうわけかわかりませんけれど」
「急にか」
「ええ。おかしいと思いませんか?」
「確かにな。奴等はとにかくしつこいからな」
 立花も彼等のことはよく知っていた。だからこそわかった。
「御前の行ったところだけか?それは」
「いや、そこまでは」
 神もそこまではわからなかった。だがここでもう一人やって来た。
「こっちもそうでしたよ」
 城が姿を現わした。
「茂か」
「俺だけじゃありませんよ、ほら」
 親指で後ろを指し示した。そこには筑波もいた。
「洋の奴のところもらしいですよ。奴等は急に姿を消した。一週間前にね」
「一週間前か」
 神はそれを聞いて右目を顰めさせた。
「ええ」
 城はそれを見て少し驚いた顔をして答えた。
「俺の方もだ。丁度一週間前に姿を消した」
「神さんのところもですか」
 筑波が彼等のところに来て言った。
「こっちもです。どういうわけか奴等は急に姿を消しまして」
「御前のところもか。一体どういうことだ」
「わかりません。けれどこれは何かありますよ」
「だろうな。何かない方がおかしい」
 神と筑波はそう言って考え込んだ。城もである。ここで立花の携帯が鳴った。
「はい。お、谷さんか」
 立花は彼の声が普段と違うことに気付いた。
「・・・・・・そっちもですか」
 そして急に深刻な顔になった。
「おい」
 携帯の電話を切った後で三人に顔を向けた。そして言った。
「谷さんのところに志郎と一也が来たらしい」
「そして何と?」
「一緒だ。やっぱり一週間前に奴等は姿を消したらしい」
「やはり」
 三人はそれを聞いて頷いた。
「そうだと思いましたよ」
「とりあえずは中に入ろう。谷さんと二人もすぐにこっちへ来るらしいしな」
「わかりました」
 三人は立花に従いアミーゴの中に入った。そこには結城がいた。
「どうも」
 彼は立花と三人に挨拶をした。
「御前のところもか」
「ええ」
 彼は立花の質問の意味がわかっていた。真摯な顔で頷いた。
「どういうことだろうな」
「まさか奴等がびびって逃げたとか?」
 カウンターにいた史郎が言った。
「馬鹿言え、そんな筈があるか」
 立花はそれを一笑に伏した。
「御前も奴等のことはわかってるだろうが。そんな連中か」
「やっぱり」
「しかし問題は奴等がどうして姿を消したかですね」
 結城がそこで言った。
「やっぱり何かあるでしょうね」
「ああ」
 立花は頷いた。そこに谷が入って来た。
「どうも」
「おお」
 立花とライダー達が彼に顔を向けた。
 谷が中に入って来た。風見と沖も一緒である。
「立花さん、さっきお話したことですが」
「ええ。わかってます」
 立花は答えた。
「一体どういうことなんでしょうな、これは」
「わかりません。ただ奴等が何も企んでいないとは考えられません」
「ですね。絶対何かありますよ」
 立花は目を細めて考えながら言った。
「問題は何をしてくるかです」
「それなら大体わかってますよ」
 入口であの声がした。
「おお」
 一同そちらに再び顔を向ける。そこには本郷と一文字がいた。
「やっぱり御前等のところもか」
「ええ、それで今まで二人で調べていたんです」
 本郷が答えた。
「それがこれです」
 一文字が懐から何か取り出した。それは一枚の写真であった。
「これは・・・・・・」
 それは奇巌山の写真であった。だが只の写真ではない。
 そこにはバダンの者達が映っていた。暗闇大使の姿もある。
「ちょっとあの山に細工をしておきまして。それから手に入れた写真です」
「そうか」
 立花はそれを受け取って見た。谷も一緒である。
「見たところあの山を去っているようだな」
「ええ」
 本郷が答えた。
「やはり何か考えているようですね」
「ああ。問題はそれが何かだ」
 立花は考え込んだ。
「奴等のことだ。とんでもないことを考えているぞ」
「そうでしょうね」
「何をしやがるかな、本当に」
「あの時空破断システムは絶対に使ってくるでしょうね」
「ああ、そうだろうな」
 一文字に答えた。
「それは間違いない。ただ奴等はそれで終わるような連中じゃない。あの首領だぞ」
「はい」
 本郷と一文字だけではない。そこにいる九人のライダー達が頷いた。
「今までの大幹部や改造魔人まで復活させてきたような連中だ。多分とんでもないことを考えているに違いない」 
「一体何を企んでいるか、ですね。今度は」
「隼人」
 立花は一文字に顔を向けた。
「御前はどう考える?」
「俺ですか」
「ああ。他の皆もだ。御前等はこれについてどう考える」
「そうですね」
 ライダー達は立花の言葉を受けて考え込んだ。
「わしは正直奇巌山に基地をまだ置いていること事態に驚いた。一度日本から撤退していたからな」
「ええ。多分俺達が世界に散ったバダンの相手をしているうちに戻って来たのでしょう」
 城がそれに答えた。
「しかしその基地も放棄した」
 神がそれを受けて言った。
「ということは別に基地を置いているということですね」
 沖も考えながらそれを受けて言った。
「だとしたら何処にその基地があるかだ。その場所によって奴等の次の作戦が大体わかる」
 風見は席から立ち上がった。そして歩き回りながらそう言った。
「まずは今奴等が持っている戦力だが」
 本郷がここで他のライダーと立花に対して話した。
「大幹部も改造魔人も皆倒れた。怪人達も俺達によって相当数が失われている」
「ということは今バダンには戦力はあまり残ってはいない」
 筑波が言った。
「それはどうかな。その割には奴等には余裕がある。おそらくまだ切り札があるんだろう」
 だがここで一文字がそれを否定した。
「だが問題はその切り札が何かだ」
 立花が言った。
「今奴等が持っているのは」
「あの改造人間と時空破断システムですね」
 結城がそれに答えた。
「ああ。今のところわかっているのはその二つだ」
「しかしそれだけじゃない」
 ここでアマゾンが言った。
「アマゾンわかる。バダン絶対に他にも何か持っている」
「だろうな。アマゾンの言う通りだ」
 立花がそれを受けた。
「とりあえず今それを良と役君が調べに行っているけれどな」
「あ、そういえば」
 彼等はここでようやく村雨がいないことに気付いた。
「あの二人がですか」
「ああ」
 立花はライダー達に頷いた。
「あの二人ならやってくれるだろう。ここは任せてみることにした」
「そうですか」
「それで御前達だが」
 ここで滝が入って来た。
「おっ、皆揃っているな」
 彼はライダー達の顔を見てその顔を綻ばせた。
「おお、いいところに来た」
 立花は彼に対して言った。
「滝御前に頼みたいことがあるんだ」
「何ですか?」
「これから暫くこいつ等のアシストに回ってくれないか」
 ライダー達を親指で指し示しながら言う。
「ライダー達のですか」
「ああ。他にもチョロやモグラ、竜君にも頼みたいんだが」
「一体何をするつもりですか?」
「陽動だ」
 立花はここで不敵に笑った。
「陽動」
「そうだ、陽動だ」
「おやっさん」
 ここでライダー達も話に加わった。
「また何か企んでいますね」
「当たり前だ、奴等はそうしたことが何よりも得意だ。それならな」
「それなら」
 ライダー達は問うた。
「こっちもやってやるんだ。まずは御前達はあえて目立つ様に動き回れ」
「はい」
「そして滝達も一緒だ。関東を中心に動くんだ」
「わかりました」
 滝もそれに頷いた。
「そうすればバダンが動くな。こっちに目がどうしてもいく」
「はい」
「それが狙いだ。奴等が何処から出て来ているのかわかるだろう。そうでなくても戦力がこちらに向く。良達には目がいかない」
「成程」
 ライダー達も滝をそれを聞いて会心の顔で頷いた。
「つまり良の行動の援護ですね」
「そういうことだ」
 立花はニヤリと笑って答えた。
「出来るだけ派手に動けよ。谷さんも協力をお願いしますよ」
「ええ」
 谷はそれを受けてにこやかに笑った。
「やりましょう。これは面白そうだ」
「そうでしょう。バダンの奴等にはショッカーの頃から色々と煮え湯を飲まされているんだ。今度はこっちが飲ましてやる番だ」
「おやっさんも結構根に持つタイプなんですね」
 ここで後ろにいた史郎が言った。
「おう、御前も参加しろよ」
 立花は彼の声を聞き思い出した様に言った。
「えっ、俺もですか!?」
「当たり前だろうが。ここは全員でやるんだ」
「け、けれど俺・・・・・・」
わかってるよ。御前には別の方法でやってもらう」
「別の方法」
「そうだ、通信でやってもらう。純子達と一緒に偽の情報を流しまくるんだ」
「そっちでもやるんですか」
「当たり前だ、やれることは何でもやる」
 立花は強い声でそう答えた。
「そうでなかったらバダンには勝てないからな」
「わかりました」
 とりあえず戦いに駆り出されるわけではないのでホッと胸を撫で下ろした。
「じゃあ早速取り掛かるか。他のメンバーも集めてな」
「はい」
 ライダー達はそれに頷いた。
「いいか、やるからには派手にやるぞ。そしてバダンの目を全部こっちに引き付けるんだ」
「ええ、任せて下さい」
 彼等は不敵に笑って言った。
「絶対にやりますよ。それもおやっさんが言うのよりもずっと派手にね」
「おう、その意気だ。どんどんやれ」
「はい!」
 彼等は力強く答えた。そしてすぐにアミーゴを出てそれぞれのマシンに飛び乗った。

 ライダー達の動きはすぐにバダンにも伝わった。
「何やら活発に動き回っているな」
 暗闇大使は指令室でライダー達の動向を見ながら言った。
「一体何をするつもりなのか」
「我々を探しているのでは?」
 ここで側に控える戦闘員が言った。
「おそらく我々が奇巌山を後にしたのを知っているでしょうし」
「うむ」
 彼はそれを聞いて考える顔をした。
「それは有り得るな」
「そういえばここは何度か戦いの場になっておりますし」
「一度撤収しているからといってマークが外れるとは考えにくいな」
「はい」
 戦闘員は答えた。
「今ライダー達は何処で動いているか」
 暗闇大使は他の戦闘員達に問うた。
「ハッ」
 右に控えていた戦闘員が敬礼した。そして答えた。
「関東で活動しております。こちらには一人も向かってはおりません」
「どうやら我々の所在は掴んではいないようだな」
「そのようですね」
「我々の基地が関東にあると思っているのだろうか」
 彼は話を聞きながら考え込んだ。
「そうではないでしょうか。実際に今までの組織は日本においては関東を狙うことが多かったですから」
「ふむ」
 大使は戦闘員の言葉を受け考え込んだ。
「ならば問題はないが」
「ただ関東に置いてある我等の支部を狙う可能性があります」
「それはあるな。奴等に関東の支部を叩かれては後々の作戦に支障が出る」
「ではやはり兵を向けますか」
「うむ。それもライダーがあれだけいるのだ。かなりの兵力を向けなくてはなるまい」
 そこで彼は後ろを見た。そこには影達がいた。
「いけるか」
「何時でも」
 影達は答えた。そしてすぐにその場から消え去った。
「流石だな。動きが速い」
「時空破断システムはどうしますか」
 戦闘員の一人が尋ねた。
「あれか」
「はい、ライダー達を倒すにはやはりあれがないと苦しいと思うのですが」
「今はいい」
 だが彼はそれを引っ込めた。
「あれはまだ調整段階だ。それに今使うのは得策ではない」
「何故でしょうか」
「あれは決戦の時に使う。今の戦いはほんの前哨戦だ。あの者達にも伝えておけ」
 そう言いながら戦闘員達を見渡した。
「今は無理をするな、と。何かあったらすぐに退くように、とな」
「わかりました」
 戦闘員達はそれに頷いた。
「では我々もすぐに向かいましょう」
「うむ、頼んだぞ」
 暗闇大使はそれを受けて言った。戦闘員達に一部がそれを受けてそこから姿を消していった。
 大使はそれを見送りながら顔をモニターに移した。
「ところであの男はどうしている」
「三影様ですか」
「そうだ」
 戦闘員に答えた。
「あの戦い以後どうやら自室に篭っているかトレーニングに励んでいるかのどちらかのようだが」
「はい」
 戦闘員の一人が答えた。
「今のところはそのようです。ですが何やら考えておられるようです」
「何やら、か」
「はい。お伺いになられますか?」
「いや」
 だが大使はそれには首を横に振った。
「今は一人にしておけ。答えはおのずと出るだろう」
「ハッ」
「あの者にはわかっている筈だ。今後己が何をするべきか、をな」
「何をするべきか、ですか」
「そうだ、それは既に答えが出ている。ならばそれに向けて動くだけだ。今はその時ではないということだ」
「機が熟せば、ですか」
「うむ、急いては事を仕損じる。虎も牙や爪を養う時が必要なのだ」
「牙や爪を」
「そういうことだ。今はあの男は静かにしておけ。時が来れば自ら動く」
「わかりました」
 その戦闘員は敬礼をして答えた。
「では今後ライダー達から目を離すな。今この基地の存在を知られてはまずいからな」
「わかりました」
 戦闘員達がそれに応えた。
「そして準備を怠るな。我等も時が来れば動かなければならぬからな。その時はもう間近に迫っておるぞ」
「ハッ!」
 戦闘員達は一斉に敬礼をした。そして彼等は次の動きに備えて気を養うのであった。

 その頃村雨と役は名古屋にいた。中部日本でも随一の大都市である。
「名古屋はまた独特の街ですね」
 村雨はうどん屋できし麺を食べながら役に語りかけていた。
「ええ、何か食べ物も独特ですしね」
 役は海老を食べていた。名古屋では非常によく食べられるものである。
「この味噌と海老は欠かせないものですかね」
「まあそうでしょうね」
 見れば役も海老に味噌を付けている。それも赤味噌である。
「織田信長も好きだったそうですよ」
「本当ですか」
「ええ」
 これは事実である。信長は毎食焼き味噌を食べていた。当時味噌は非常に高価なものでありこの焼き味噌は金が落ちるとまで言われていた。だがこの戦国から安土桃山の時代にかけて生産力が大幅に上昇しこうした味噌も普通に食べられるようになっていくのである。弁当に味噌を入れるのはこの頃からであり、江戸時代には味噌汁も庶民の間で普通に飲まれるようになっていくのである。日本の食事は実はこの時代に下地があったのである。
「そう思うと何だが意味深ですね」
「実際に味噌は身体にいいですしね。うちの田舎でも結構食べますよ」
「そういえば役さんは長野県警におられたのですね」
「ええ、そうです」
 役はここで顔を崩した。
「長野といえば蕎麦ですけれどね。あと林檎でしょうか」
「あそこの蕎麦はいいですね」
「そうでしょう、一度来られるといいですよ。御馳走しますから」
「それは楽しみだ」
 二人はこんな会話を楽しみながら食事を採った。そして店を出ると市街に向かった。
「行きましょう」
「ええ」
 二人は顔を引き締めさせた。そして中に入って行った。
 二人は街中で何かを探し続けていた。時として散り、時として集まった。何かを必死に探していた。
「ありましたか?」
「いいえ」
 二人は集まる度にそう言い合って首を横に振ったりしていた。だがそこに焦りはなかった。
 彼等は探していた。明らかに何かを探していた。
 この名古屋にそれはあるのだろうか。それはわからない。だが彼等はそれでも探していた。
 名古屋城の前に来た。名古屋の者にとっては大阪人の大阪城のようなものである。
 この城は御三家筆頭尾張徳川家の城である。築城の名人加藤清正によって建てられたこの城は金の鯱で知られる名古屋の象徴であった。
 雄大な天守閣である。この天守閣は二代目だ。第二次世界大戦の空襲により焼け落ち建て直された。だがその心は今もなお健在である。
「いい城ですね」
「はい」
 役は城を見上げながら感嘆の言葉を漏らす村雨に答えた。
「これだけの城は我が国にもそうそうありませんね」
「そうですね。会津に大阪、姫路、広島、それに熊本がありますがこの城もその中に入りますね」
「ええ、本当に立派な城ですよ」
 彼はその中でもこの城が特に気に入っていた。彼の好みに合っているのだ。
「この城にあるかもしれませんね」
「ええ、ここにもバダンがうろついていたそうですし」
 バダンはあらゆるところに潜む。そしてそこから隙を窺うのである。
 彼等はそれがよくわかっていた。だからこそ慎重に動いているのだ。
 名古屋城に入る。そして入口で二手に別れた。
「それじゃあ」
「はい」
 左右に散った。そして何かの捜索を開始した。
 だがその何かは中々見つからなかった。城内を隈なく探した二人は天守閣の前に集まった。
「やはりここしかないようですね」
 村雨はその天守閣を見上げながら役に対して言った。
「はい」

 役はそれに頷いた。そして二人はその中に入って行った。
 一段一段探し回りながら昇っていく。だがやはり見つかりはしない。そして遂に頂上に達した。役はまだ下の方にいる。
「ここにもないか」
 彼が諦めようとしたその時であった。
「御苦労なことだな」
 天守閣の外の廊下からサングラスの男が姿を現わした。
「三影」
 村雨は彼の姿を認めてすぐに身構えた。
「よせ、今は貴様と戦うつもりはない」
 だが彼は構えはとらなかった。村雨が構えをとらない相手を攻撃しないのを知ってのことであった。無論彼自身もそうである。
「では何故ここに来た」
 村雨は構えを解いて彼に問うた。
「一つ聞きたいことがある」
「何だ」
「あの役という男だ」
「役さんがどうかしたのか」
「貴様はあの男と今一緒に行動しているな」
「ああ」
 別に否定するつもりもなかった。
「では暫し見ている筈だ」
「何をだ」
「あの男の行動をだ」
「行動」
 村雨はそれを聞いて怪訝な顔をした。
「役さんの行動に何かあるのか」
「ふむ」
 だが三影はそれに対しては答えなかった。そのかわり考える言葉を発した。
「どうやら知らないようだな」
「何をだ」
「あの男のことをだ。一体あの男が何者かということをだ」
「おかしなことを聞くな」
 村雨はそれを聞いて首を傾げずにはいられなかった。
「おかしなことか」
「そうだ、そんなことは貴様等バダンも既に調べてある筈だが。貴様等の情報網を以ってすれば簡単にわかるだろう」
「確かにな」
 三影はそれについては認めた。
「長野県警に在籍する警官だな。階級は警部補、年齢は二十五歳だ」
「その通りだ」
 寸分の狂いもない。やはりバダンの情報網は恐るべきものであった。
「だがそれは表の話だけのことだ」
「表の」
「そうだ、全てにおいて表と裏が存在する。コインがそうであるようにな」
「何が言いたい」
 村雨は彼の言葉の真意がわかりかねなくなっていた。
「一つ言っておくが我がバダンはあの男とは関係はない。それは安心しろ」
「それはわかっている」
 三影の方から彼がバダンのダブルスパイであることを否定してきた。だがこれは既にわかっていることである。それは彼の行動でわかっている。
「しかしそれまでの経歴がわからない」
「経歴が」
「そうだ。何時何処にいたのか一切掴めないのだ」
「長野にいたのではないのか」
「いない。調べたが何も出てはこなかった。こんなことははじめてだ」
「バダンの情報網でもか」
「そうだ、悔しいことだがな」
 彼はそう言いながら顔を顰めさせた。
「それにあの射撃の腕だ。あれは一体何だ」
「警察で鍛錬を積んだのだろう」
「それであれだけの種類の銃を使えるか。あれは最早神業の領域だ」
「才能があったのではないのか」
「貴様はそう考えるか」
「それ以外にどう考えろというのだ」
「フン」
 三影はここで半ば舌打ち混じりに言った。
「どうやらあの時の言葉を覚えてはいないようだな」
「あの時の」
「そうだ、富士の樹海で俺が貴様を殺そうとした時のことだ」
「あの時か」
 村雨はそう言われ目を顰めた。
「あの時俺は秘められていた赤い光の力を開放することができたが」
「その時のあの男の言葉だ。どうやら聞こえてはいなかったようだな」
「残念だがな。それどころではなかった」
「ならば仕方ない。教えてやろう」
 彼はあらためてそう言った。
「あの時あの男は『予定通り』と言ったのだ」
「予定通り!?」
「そうだ、貴様がその力を開放するのをあらかじめ知っていたのだ。これは一体どういうことだ?」
「・・・・・・それは本当か」
「嘘を言ってどうするのだ。それに俺にも誇りがある。決して嘘はつかん」 
 それが彼の誇りであった。彼のプライドの高さは村雨もよく知っている。
「何故そう言える。奴は未来を知っているとでも言うのか」
「・・・・・・・・・」
 村雨にはわからなかった。だがそれが嘘ではないのもわかっている。
「はっきり言わせてもらおう。奴は只の警官ではない。おそらく遙かに恐るべき存在だ」
「恐るべき存在」
「そうだ。あの全てを知っているかの様な話し方。おそらく何か別の力を受けて動いている筈だ」
「またわからないことを言う」
 村雨の疑念は止まるところがなかった。
「その別の力とは一体何なのだ」
「それは俺にもわからん」
 三影もそう答えることしかできなかった。
「だがそれは俺達とはまた別の次元にある話だ」
「どういうことだ」
「強いて言うならば」
 三影の言葉が低いものになっていく。感情がこもってきていた。
「神か」
「神」
「そうだ。それはおそらくこの世の摂理を司る神だ」
 三影もまた神を崇拝しているからこそ言える言葉であった。彼の信じる神はあの首領であった。この世の摂理を破壊し、
そしてそこから新たな世界、己が全てを支配する世界を築かんとする邪なる神である。
「その中のどれかはわからないがな」
「では役さんは神の僕だということか」
「そこまではわからん。より高位の存在ではないかと思うがな」
「では神・・・・・・」
「さてな。そこまではわからん」
 三影はそれについては言葉を濁した。
「しかし少なくともその力は貴様等ライダーや俺達と同じ程度はあるだろう」
「俺達と」
「そうだ、種類こそ違えどな」
「生身だというのにか」
「確かに生身だろう。だがな」
「だが!?」
「人間だとは限らないのだ。それはわかるな」
「ああ」
 村雨はそれに対して頷くしかなかった。彼も三影もその身体はもう人間ではないのだ。だからこそわかる言葉であった。
「残念だがな」
 そしてこう言うしかなかった。
「今ではそれも誇りに思っているが」
「そういう考えになったか」
 三影はそれを受けて言った。
「だがそれはいい。問題はあの男だ」
「うむ」
「少なくとも改造人間ではない。そうした意味で俺達とは違う」
「わかるのか」
「わかるさ」 
 三影は答えた。
「俺達とはあきらかに気配が違うからな。それは御前も感じているだろう」
「うむ」
「しかし普通の人間のそれとも違う。それもわかるな」
「確かに」
 それは以前より薄々ながら感じていた。村雨もライダーである。その勘は普通の人間のそれとは比較にならない。
「俺はそういったことから言っているのだ。あの男の謎をな」
「生身であるが人間ではない、と」
「そういうことだ。では何者か」
「神かそれに近いもの」
「あくまで仮定だがな」
 三影はそう断った。だがそのサングラスの奥の目はそれを仮定だとはみなしていなかった。
「俺にとってはあの男も敵だ。そういった意味であいつもライダーと同じ存在だ」
「同じか」
「違うか。バダンの世界を築くのを防ごうとしているのだからな」
「確かにな。だが一つ言っておこう」
「何だ」
「それは俺達だけじゃない。この世界の心ある人全ての願いだ」
「つまり俺達は世界の敵ということか」
「そう言わずして何と言うのだ」
「フン、それは否定しない」
 三影はそれを笑いながらも認めた。
「何しろ俺達バダンは真の理想世界を築こうとしているのだからな。弱い者や愚かな者にはそれがわからないのだ」
「三影」
 村雨は不敵な調子でそう言った三影を見据えて言った。
「どうやら貴様はあくまでわかろうとしないようだな」
「わかる?」
 だが三影はそれには口の左端を歪めて返すだけであった。
「一体何をわかるというのだ。弱い者や愚かな者はそれだけで罪だというのに」
「それがバダンなのはわかっている、そして貴様も」
 村雨はそれを聞いて言葉を出した。
「それ故に貴様等を許すことはできん」
「許す、か」
 三影はその言葉も笑い飛ばした。
「バダンにはない言葉だな」
「バダンにはか」
「そうだ。そんな女々しい言葉には興味がない。俺が好きな言葉は」
 口の端を歪めたまま言った。
「力こそ正義、だ。これは不変の真理だ」
「不変の真理か」
「そうだ。一度は俺は貴様に敗れた。だがな」
 ここでサングラスを取り外した。その目が無気味に光っていた。
「最後に貴様を倒せばいいのだ。それで俺の正義が確かになる」
「では貴様にとってはバダンが正義なのだな」
「それ以外の何だというのだ」
「わかった。ではいい」
 村雨はそれ以上話をする気にはなれなかった。
「近いうちにそれははっきりするだろう。その時にわかることだ」
「そうだな、俺が貴様を倒す時だ」
 三影はサングラスをかけた。そして表情を元に戻した。
「その時に備えて精々強くなっておけ。今以上に強くないと俺は認めん」
「言われずともそのつもりだ」
「では期待しておこう」
 そう言い終えた三影の身体を黒い光が包み込んだ。
「貴様と拳を交える時をな」
 彼は黒い光の中に消えた。村雨はそれを見届けるとその階を調べはじめた。
「ここにあるかな」
「村雨さん」
 ここで下から役の声がした。
「ありましたよ、バダンの手懸かりが」
「本当ですか」
 彼は顔を下に向けて役に問うた。
「ええ、ちょっと来て下さい」
「はい」
 彼はそれに従い下に降りた。そこでは役が手に何かを持っていた。
「これです」
 それは一枚の地図であった。
「地図ですか」
「ええ、最初はディスクメモリーか何かだと思ったのですが」
「それは俺もです」
 村雨は先程の三影との言葉を心の奥にしまって彼に応えた。
「まさかそれが出て来るとは思いませんでしたね」
「はい」
 役はそれに答えた。
「ですが何やら罠の可能性もあります」
「罠」
「はい、肝心の地図を見て下さい」
 役に地図を手渡された。それは日本アルプスの地図であった。
「ここは」
「以前ここでスカイライダーとタカロイドが死闘を繰り広げたのは御存知ですね」
「はい」
「そしてスカイライダーが勝った。その時の作戦は核爆弾を使ったテロでした」
「そうらしいですね、それは筑波先輩からお聞きしています」
「一度破壊しようとしたところに本拠地を置くでしょうか。普通は有り得ないでしょう」
「そうですね」
 それは村雨も同じ考えであった。
「ではこれは罠ですか」
「はい、間違いなくそうでしょう」
 役は村雨に対して言った。
「おそらく事前に我々がここに来ることを察知してバダンが置いたものです。これは信用できません」
「そうですか」
 三影がここに来た理由の一つがわかった。彼はそこに自分達を誘き寄せるつもりなのだ。
「ではどうしますか。この地図は破棄しますか」
「そうですね、何の役にも立ちませんし」
 役はそれに同意し、その地図を破り捨てようとした。その時だった。不意に村雨の携帯が鳴った。
「はい」
「おう、わしだ」
「立花さんですか」
「んっ」
 役はそれに耳を立てさせた。
「実はな」
 立花は今の彼等の行動について話をした。話を聞き終えた村雨は顔を少し綻ばせていた。
「そうですか、有り難うございます」
「何、これも奴等との戦いだ」
 立花は明るい声でそう返した。
「今こっちにはバダンのかなりの戦力が来ている。あいつ等もいるぞ」
「ロイドですね」
 村雨はそれを聞いて顔を真剣なものにした。
「おう、かなり来ているな。わしも全員見たわけじゃないが」
「確か先輩達は全員そちらでしたよね」
「ああ、皆こっちにいるぞ」
 立花はそれに答えた。
「だからこっちの方は心配するな。どうにでもなるからな」
「わかりました」
「だから御前は役君と調査をしっかりやれ。わかったな」
「はい」
「そういうことだ。じゃあな」
「はい、お元気で」
 こうして電話は終わった。携帯をしまった村雨を役が見た。
「立花さんからですね」
「はい。何でも向こうにバダンの戦力がかなり向かっているようです。どうやら関東で陽動作戦を展開していてそれで引き付けたようです」
「そうみたいですね」
 それは電話の声からも伝わった。
「ではこちらには殆どノーマークですね」
「それはどうでしょうか」
 三影のことを言おうとした。だが急にそれを言ってはならない気がした。
(何故だ)
 それは村雨にもわからない。しかし彼はそれを受けて話をするのを止めることにした。
「何かあるのですか?」
「あ、いえ」
 彼はそれを打ち消した。役の問いに対して首を横に振った。
「何でもありません。ただ警戒は怠ってはならないかと」
「それはわかっています」
 役は答えた。
「それでこの地図ですが」
「はい」
 話は地図に戻った。
「やはり罠だと思います」
「やはりそう思われますか」
「ええ。敵はおそらく別の場所に本拠地を置いていると思われます」
「それは何処だと思われますか」
「今まで彼等はこの日本だけでも実に多くの場所で活動してきました」
「はい。どうやらこの国に一時は最大の戦力を配置していたようです」
 それが日本における各ライダーとバダンの改造人間達の戦いであった。その後彼等は日本から撤収していたがまた舞い戻ってきているのである。
「その中には多くの霊力の強い場所もありました」
「霊力」
「そうです。彼等は霊力も利用しているのです。いえ」
 ここで彼は目の光を強くさせた。一瞬それは緑に光ったように見えた。
(!?)
 村雨はその緑の光に不意に気付いたがそれは一瞬のことであった。すぐにそれは消えたのでやはり一瞬の幻だと思った。
「首領自身が霊力を欲しているというべきでしょうか」
「首領が」
 村雨はそれを聞いて不思議に思わずにいられなかった。
「何故必要とするのです!?」
「これは単なる仮定です」
 役はそう断ったうえで話をはじめた。
「今まで首領は数多くの戦いで傷を受けてきました」
「はい」
 ネオショッカーの時などは最後にその実体すら崩壊している。だがそれでも彼は生きていたのだ。それ自体が信じられないことであった。
「そのダメージがまだ完全に回復してはいないのではないでしょうか」
「そうなのですか」
「あくまで仮定ですよ」
 役はここでまた断った。
「別の理由かも知れません。ただ」
「ただ!?」
「今までの作戦を見るかぎり彼が霊力を欲する傾向にあるのは間違いないでしょう」
「そういえば」
 村雨はその言葉を受け考えた。確かに多くのテロ作戦がバダンにより命じられてきた。だがその時の基地とする場所にはいわくつきの場所が実に多かった。
 日本においても霊山の多い日本アルプスや桜島、大阪城、金沢城。長崎の様に宗教的な色彩のある都市において活動することも多かった。
 それを考えてみると役の言葉にも納得がいく。そしてこの辺りでそうした地域といえば。彼はすぐにわかった。
「伊勢ですか」
「可能性はあると思います」
 役もそれに頷いた。どうやら彼も同じ考えであったらしい。
「それにあの場所は何かと隠密行動に向いています」
「山が多く海岸線も複雑ですからね」
 そうした場所は彼等の好む場所であることは言うまでもなかった。それに彼等は一度この辺りに基地を造ろうとしたこともある。正反対の場所であるが紀伊半島である。ショッカーの地獄大使がここに基地を建設しようとしてダブルライダーと激戦を展開したのである。
「彼等にとっては王者の地かと」
「王者の地」
 村雨はそれを聞いて眉を顰めさせた。
「確かに王者ですね」
 思わせぶりな言葉を口にした。
「しかしそれは邪悪の王者だ」
 首領を指しているのは言うまでもない。
「それが今伊勢にいるとしたら大変なことです」
「ええ」
 伊勢は古来より日本の聖地とされている。その地に首領がいるということはその冒涜だけではない。その力を彼のもの
にされる恐れもあるのだ。
「行きましょう、それで何もなければいいですが」
「あれば」
「戦うだけです」
 村雨は強い声で言った。
「そして倒す。それ以外に何がありますか」
「それを聞いて安心しましたよ」
 役は彼の言葉を受けて微笑んでそう言った。
「では行きますか。伊勢へ」
「はい」
 二人はここで頂上に登った。そしてそこから外を眺めた。
「伊勢はここからだと見えませんね」
「ええ、残念ながら」
 だが村雨にも役にも見えていた。そこに潜む悪の影が。
 迷うことはなかった。彼等は互いの顔を見て頷き合った。
「行きましょう」
「はい」
 それだけで充分であった。二人は天守閣を降りた。そして城を後にするとすぐに伊勢へ向けて発った。
 後には爆音だけが残った。それは戦いへと向かうワルキューレの雄叫びにも似ていた。

 それを遠くから見る男がいた。三影であった。
「伊勢に来るか。やはりな」
 彼は山の上からそれを見ていた。
「ならばいい。俺が思う存分相手をしてやろう」
 彼にとってはそれは予想されたことであった。村雨を見ながら懐から煙草を取り出した。
 それに火を点ける。そしておもむろに吸った。
 吸うと口から離した。口から煙を吐いた。
「ふうう」
 美味そうに味わっている。そしてそれを手に村雨から役に視線を移した。
「今度は貴様も相手にしてやろう」
 彼は役も標的に入れていた。
「最早容赦はせん」
 その目が光った。まるで刃の光であった。
 煙草を吸い終えると彼はそれを放り捨てた。天高く飛ぶ。
「フン」
 懐から拳銃を取り出す。そしてそれで煙草を撃ち抜いた。
 小さな煙草はそれで粉々になった。そして葉を撒き散らしながら落ちていった。
「貴様等もこうしてやろう」
 そして彼はその場から姿を消した。後には獣の気だけが残っていた。

嵐の前   完


                               2004・11・15

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