『仮面ライダー』
 第四部
 第三章             魔都の攻防


 上海は現代の中国を語るうえで欠かせない街である。
 この街が発達したのは宋代からである。港町に適していることに目を着けられ、ここに貿易の監督庁が置かれたのだ。
 それから歴史がはじまった。元代には綿花の栽培が行われ、ここから運び出された。そして明代には綿織物の中心地の一つとなったのだ。
 だがこの街が知られるようになったのは清代末期からである。この時清は康煕、雍正、乾隆の三人の皇帝による長い黄金時代を終え下り坂に達していた。そこでアヘン戦争が起こったのだ。
 ことの発端は貿易からであった。当時清は茶の貿易で巨万の富を得ていた。主な貿易相手はイギリスである。彼等にとって紅茶は欠かせないものであった。
 これによりイギリスは大幅な貿易赤字となった。これを解消する為にイギリスは決して手をつけてはいけない禁じ手に走った。阿片である。
 阿片の貿易は巨額の富をもたらした。インドで作らせたものを清に売る。清からはこれまでどおり茶を購入するが阿片はインドを通じて行われる。所謂三角貿易だ。
 これにより清では阿片中毒患者が急増する。これに困った清朝は林則徐を送り込む。
 彼は何とかして阿片に浸る民衆を救おうと考えた。そして阿片を片っ端から押収し、処分した。
 これに怒ったイギリスは清朝に宣戦を布告した。これがアヘン戦争である。これに敗れた清は南京条約を結びイギリスに屈服する。こうした時代であった。今現在イギリスが麻薬に悩まされているのはこれの因果応報であろうか。
 この条約で上海に租借地ができた。これがこの街の運命を変えたのだ。
 外国人がやってきたことはこの街に大きな影響を与えた。国際意識を持つようになり、文化にも影響を与えた。そしてこの街に人が集まるようになった。
 清朝が滅んでもこの街の状況は変わらなかった。相変わらず外国人が出入りし、商人達が活発に動き回っていた。国民党の時代には浙江財閥の本拠地となっていた。南京に首都を置いた国民党政府にとっては南京と並ぶ重要な都市であったのだ。
 共産党の時代でもこの都市は重要であった。文化大革命のはじまりはこの街からであった。十年に及ぶ無意味な内乱もここからはじまったのだ。
 そして今は中国の経済の中心である。中国は昔から経済の中心は長江流域であった。その長江のはじまりであり終わりであるこの街は今も眠ることなく動いているのだ。
「噂には聞いていたが凄いな」
 風見志郎はその上海の街中にいた。
「北京や重慶も凄かったが。ここはまた別格だな」
「そうですね」
 隣にいた役が頷いた。
「何といってもここは中国で最も活気に満ちた街だと言われていますからね」
「中国のか」
「はい、それだけにその動きも激しいです」
「確かに。止まっていたら飲み込まれそうだ」
 人々だけではない。車やバイクも滝のように走っている。
「気をつけて下さいよ、ちょっと油断したらあの中に消えてしまいますから」
「そうだな。何か東京よりもこっちの方が動きが速いな」
「中国人の動きは速いですからね」
 実際に彼等は日本人よりもやや歩くのが速いようだ。
「それに結構物騒ですよ」
「それは知っている」
 風見は役に顔を向けて答えた。
「魔都と呼ばれている位だからな」
 上海には黒社会も多い。チャイニーズ=マフィアと呼ばれる連中だ。
「しかし俺にはあまり関係ないな、連中は」
 ライダーである彼にとってそのような組織は幾らあっても敵ではない。
「何かしているようなら容赦はしないが」
「そうですね。まあ黒社会は今回は敵ではないです」
 役は落ち着いた声で言った。
「おそらく何もしてこないでしょう。不意の強盗等を除いては」
「その時は容赦しないさ」
 風見は鋭い目で言った。
「まあまあ。今この街にはそんな連中より遥かに危険な者達が蠢いていますし」
「ああ」
 風見はそこで頷いた。
「この魔都の何処かにいる。そしてこの中国を死の国変えようとしている奴等がいる」
「その者達を倒すことが我々の仕事です。黒社会も何とかしなければいけませんが今はバダンの方が先です」
「うん」
 二人は頷き合うと街の中へ消えた。それをビルの屋上から見る影があった。
「来たか、風見志郎」
 それはドクトル=ゲーであった。
「この上海が貴様の墓場となる」
 彼はその暗い顔で風見達を見ていた。
「最早逃げることはできん。そして」
 右手を横にスッと挙げた。彼の後ろに無数の黒い影が姿をあらわした。
「この者達に追い詰められ死んでいくがいい。我々が中国を黒い光に覆うのを見ながらな」
 そう言うと彼は姿を消した。影達も彼に続き姿を消していった。

 アポロガイストはギリシアのある島にいた。
「さてと」
 白いスーツに身を包んだ彼はボートを岸に着けるとすぐに上陸した。共に数人の戦闘員がいる。
「お待ちしておりました」
 そこへ別の戦闘員達が姿を現わした。敬礼して彼を出迎える。
「ご苦労」
 彼も敬礼してそれに応えた。そしてすぐに言葉をかけた。
「建造している場所は何処だ」
「こちらです」
 戦闘員達は彼を案内して島の奥へ入って行った。
 見れば岩山の上に草原が広がっている。彼等はそこを歩いていく。
「随分見晴らしのいい島だな」
 アポロガイストは周りを見回しながら戦闘員達に対して言った。
「ですが人は住んでおりません。航路も空路も近くにはありません」
「ものを隠すには絶好の場所というわけか」
「はい」
 戦闘員達は答えた。
「しかし念には念を入れました。地下で建造しています」
「正解だな。ライダー達に見つかりでもしたらことだ」
「はい、それが一番の問題です。連中は勘がいいですから」
「だからこそ奴等とは戦いがいがあるがな」
 アポロガイストはここで不敵な笑みを浮かべた。
「ではそこに案内しろ」
「はい」
 戦闘員達は彼をある大きな岩の前に連れて来た。
「ここです」
 その岩の横を押す。すると岩が左から右に開いた。
「どうぞ」
「うむ」
 アポロガイストは頷いてその中へ入った。戦闘員達もそれに続く。彼等が全員入ると岩は自然に閉じていった。
 その中は地下基地であった。一行はその中を歩いていく。
「随分深いな」
「何しろ大きいですから」
 戦闘員の一人がアポロガイストの問いに答えた。
「確かにな」
 アポロガイストはその言葉に納得した。
「だがあれをまた改造するとは思わなかったな」
「はい、あれだけで充分な戦力になりますし」
 彼等はその建造中のものについて話しているのだろうか。
「しかしあれを付けることでさらに戦力があがったな」
「ええ。最初聞いた時は何かと思いましたが」
 やがて基地の最深部に辿り着いた。
「こちらです」
 先頭をいく戦闘員が階段を降り終えるとアポロガイストに言った。
「ここにあれがあるのだな」
「はい、あちらです」
 戦闘員達は前方を指差した。アポロガイストはそこへ顔を向けた。
「ほお」
 アポロガイストはそれを見て一声あげた。
「順調に進んでいるようだな」
 彼は満足した笑みを浮かべた。
「まだまだやるべきことはありますが」
 戦闘員の一人がそう答えた。
「そうだな。だがこれだけ進んでいるとは思わなかった。上出来だ」
「有り難うございます」
 人を滅多に褒めることのないアポロガイストの言葉に彼等は思わず頭を垂れた。
「見ているがいい、]ライダー」
 彼は不敵な笑みを浮かべた。
「貴様はこの巨大な亡霊により滅びるのだ」
 白いスーツが黒い光に包まれた。それはまるで闇の世界に輝く暗黒の太陽のようであった。

 風見と役は上海の夜のビル街を歩いていた。
 上海のビルは独特な感じがある。それは東京やニューヨークとはまた違う。
「これが中国なのかな」
 風見は派手なネオンの光を見ながら呟いた。
「いや、これは上海独特のものですよ」
 役が言った。
「北京や香港はまた違います」
「香港は知っているつもりだが。それにしてもシンガポールとは違って何か猥雑な感じがするな」
「シンガポールはまた特別ですよ」
 シンガポールの風紀の厳しさは有名である。ニューヨークやこの上海はおろか他のどの都市と比べてもそれは際立っているのだ。
「あそこはまた厳し過ぎるという意見もある位です」
「しかしあそこまでしたほうがいいと思う時もあるな」
 風見はそれに対して言った。
「太平洋への玄関口だからな。あそこまでしないとかえって困る」
「バダンも狙う程でしたしね」
「ああ、あの時あの基地を潰して本当によかった」
 彼はシンガポールでの戦いを思いだして言った。
「もしシンガポールの基地が完成してあの場所を拠点にされていたら」
「おそらく今頃環太平洋地域はバダンの思うがままでしたね」
 シンガポールはそれ程までに重要な地であるのだ。げんにバダンはシンガポールでの敗戦を今も悔やんでいる。
「この上海も今よりずっと大変なことになっていたな」
「そうですね。おそらく既にバダンの手に落ちていたでしょう」
「この上海がか」
「ええ」
 風見は役の言葉を聞き戦慄を感じた。
「風見さんがあの時シンガポールにいなかったら・・・・・・。そう思うと私も恐ろしいですね」
「有り難う」
 風見は彼に対して礼を言った。
「いえ、本当に思ったことを言ったまでです」
 役はそれに対して謹んで言葉を返した。
「もしライダーがいなかったらこの世界は」
「いや、俺達は必ずこの世にいたと思いますよ」
 風見は顔を暗くさせた役に言った。
「それが運命ですから」
「運命ですか」
「ええ、俺達は悪と戦う為にこうして改造人間になったんです。げんに」
 彼は言葉を続けた。
「悪の組織が、あの首領が再び動く度に新たなライダーが誕生しています」
 そうであった。首領が闇から身を起こす時、その時に新たなライダーがいつも誕生したのである。
「俺もそうでした。家族をデストロンに殺された俺はダブルライダーに改造人間にしてくれるよう頼み込んだ」
 だが彼等はその時は断った。自分達のような境遇の者をこれ以上作りたくない為だった。
「そして二人を守って死に瀕した時俺は生まれ変わった」
 自分達を守る為に瀕死の重傷を負った風見を救う為に彼等は改造手術を施したのだった。
「そして俺は悪と戦う三人目のライダー、仮面ライダーX3となった」
 その時より彼は悪との絶えることなき戦いに身を投じたのである。
「あの首領が何度でも甦り、そして世界を狙うのなら俺達もそれを阻止する。そして」
 その目に強い光が宿っていた。
「その度に光は強くなる。新たな光と共に」
「その新たな光がゼクロスですか」
「そうなりますね」
 風見はそれを否定しなかった。
「彼の力は絶大です。それに」
「それに・・・・・・!?」
「彼もまた悲しみを知っています。ライダーは悲しみを知ってはじめて本当の意味でのライダーなのです」
「本当の意味で、ですか」
 役にはその言葉の意味がわからなかった・
「悲しみを知ることにより本当の意味での優しさを知る、そしてその優しさを持ってこそ真実の強さを身に着けることができるのです」
「真実の強さ・・・・・・」
 役はそれを聞き考え込んだ。
(では私が今まで思っていた強さは何だったのか)
 彼はそう考え込んだのだ。
(長きに渡って、気の遠くなるような放浪を経て身に着けたこの力は真実の強さではないのか)
 風見は役のそうした思考には気付かなかった。だが言った。
「ライダーだけがそれを持っているのではありません」
「といいますと」
 役は顔を上げた。
「人が持つ強さですから」
「人が持つ強さ」
 彼はそれにハッとした。そうであった。彼等は機械の身体を持っていてもその心は人間のものなのである。
 だから彼等は人間なのだ。その彼等の持つ力もまた人間のものである。それは当然のことであった。
(何故今まで気付かなかったのか) 
 そう悔やまざるにいられなかった。
「風見さん」
 彼は風見に声をかけた。
「はい」
「どうやら私はまた大切なことを教わったようです」
「よして下さいよ、そんな大袈裟な」
 彼は笑って言った。
「いえ、大袈裟ではありません」
 役はそれでも言った。
「また一つライダーに教えられました。ライダーは常にその心を胸に戦っているんですね」
「俺にも難しいことは言えませんが」 
 風見はそう断った。
「大切なのは人としての心ですよ、それを忘れないことです」
「そうなのですか」
「ええ。ライダーといっても心は人間です。それに」
「それに・・・・・・?」
「それがあるから人間なのだと思います。忘れたらそれこそバダンと同じです」
「それは人としての身体を持っていても、ですね」
「そうです、バダンの魂を売った者もいますから」
 そうした者がバダンを支えている一因なのだ。もっともその中には騙され、純粋に正義を信じている者もいる。かっての結城丈二のように。
「俺はそう思うんですよ。人としての心があれば例えどのような身体であってもそれでいいと」
「・・・・・・・・・」
 役はそれを聞いて沈黙した。
「俺も他のライダーも皆悩んだと思いますよ。茂なんかは自分から志願したにしろ最初はかなり悩んだと思いますし」
「そうですね」
 城は親友の仇をとる為にライダーとなった。だがブラックサタンに入るまでにどれだけの覚悟と苦悩があったか。彼はそれを決して語ろうとしないが心の奥底にそれを秘めている。
「けれどそれで思い悩むのも人間だからなんです。皆そうやってその苦悩を乗り越えていくんです」
「辛いんですね」
「ええ。けれどそれに勝てないと悪には勝てない。まずは自分に打ち勝てないと」
 自分に勝てなくて悪に勝てる筈もないのだ。
「厳しいですね」
「それがライダーの運命です」
 風見はそう言うと前を向いた。
「この街にもバダンが潜んでいます」
「はい」
「奴等を一人残らずこの街から消す為にも俺は負けるわけにはいかないんです」
 そう言うと歩きはじめた。そして繁華街へ入って行った。

 繁華街に入るとすぎに数人の男が二人を取り囲んだ。
「ゴロツキか!?」
 風見は彼等を見回した。どの者も卑しい顔をしている。
「いや、違う」
 風見はすぐに察した。
「バダンか」
 彼等は答えなかった。無言で一斉にナイフを放ってきた。
「ムッ!」 
 風見と役は上に跳んだ。男達は上を見上げた。
「逃げたか!」
 見れば彼等の姿は戦闘員のそれに変わっていた。その中央にいる無気味なシルエットの男が言った。
「追うぞ」
 見れば怪人であった。ネオショッカーの毒針怪人アブンガーである。
「はい」
 戦闘員達は彼の言葉に従い間近のビルに登った。そしてそこから周りを見回す。
「何処だ」
 だが気配はしない。上海の人々の夜を知らぬかのような猥雑な声と湿った風があるだけである。
「ここだ」
 そこで声がした。彼等が声がした方に顔を向けた。
 そこに探している男がいた。X3と役であった。二人は隣のビルの上にいた。そのビルはバダンの者達がいるビルより少し高かった。
「来ると思っていたぞ」
 X3は彼等を指差して言った。
「貴様等が欲しいのは俺の首だな」
「そうだ」
 アブンガーが答えた。
「仮面ライダーX3、この上海を貴様の墓としてやる!」
「面白い」
 X3はそれを聞いて言った。
「やれるものならやってみよ」
「望むところだ!」
 戦闘員はX3と役のいるビルに跳び移ってきた。アブンガーもそれに続く。
 彼等はすぐにX3と役を取り囲んだ。そして攻撃を仕掛けてきた。
「戦闘員は私が」
 役がX3の前に出て言った。
「お願いします」
 X3はそう言うと怪人に向かった。
「アブーーーーーーーッ!」
 怪人は奇声を発するとX3に向かってきた。右手のその毒針を突き立ててくる。
「ムッ」
 X3はそれを身体を左に捻ってかわした。そしてかわすと同時に蹴りを放つ。
 それは怪人の顎を撃った。怪人はたまりかねて思わず体勢を崩す。
 そこへ拳を繰り出す。怪人はそれを受け床に倒れた。
「止めだっ!」
 X3はそこで跳躍した。
「トォッ!」
 空中で回転する。赤い仮面が夜の闇の中に映える。
「X3きりもみキィーーーーーーーック!」
 そして蹴りを叩き込んだ。怪人はその直撃を受けビルから落ちた。そして空中で爆死した。
「やりましたね」
 そこへ戦闘員を全て倒し終えた役がやって来た。
「ええ」
 X3はそれに頷いた。
「あとは私の仕事だ」
 役はここで急に無気味な声を出した。
「仕事!?」
「そう、私の仕事は」
 見れば彼の顔が急に変わっていく。
「仮面ライダーX3、貴様を捕らえることだっ!」
 彼は既に役の姿をとってはいなかった。そこにはデストロンの磁石怪人ジシャクイノシシがいた。
「クッ、どういうことだ」
 X3は捕まりながらも怪人に顔を向けて問うた。
「フッフッフ、こういうことだ」
 そこで前から声がした。
「何」 
 するとそこに黒い一団が姿を現わした。
「貴様は」
「久し振りだな、仮面ラァーーーーイダX3」
 そこにはドクトル=ゲーもいた。
 見ればその後ろに役がいる。彼は戦闘員達に後ろ手で縛られている。
「すいません、X3.さっき捕まってしまいました」
「クッ・・・・・・」
 助けに行こうにも彼も捕らえられていた。
「観念するのだな。逃れられん」
 ドクトル=ゲーの声が夜の街に響いた。その顔は酷薄な笑みに満ちていた。

 捕らえられた二人は手を後ろに縛られ牢屋に入れられた。
「暫くそこで大人しくしているがいい」
 ドクトル=ゲーは牢屋に入れられた風見を見下ろして満足そうに言った。
「この中国が灰塵に帰するまでな」
「何、貴様やはり」
「フフフ、そうだ」
 ゲーはまた酷薄な笑みを浮かべた。
「我がバダンの秘密兵器によりこの中国は消え去るのだ。まずはてはじめにこの上海からな」
「馬鹿な、十三億の人々を殺すつもりか」
「十三億のゴミと言った方がよいな」
 ゲーはそううそぶいた。
「我がバダンに従わぬ者はゴミと同じ。違うのか」
「貴様、人をゴミと言うのか」
「私の考えはよく知っている筈だが」
 ドクトル=ゲーは風見を不思議そうに見て言った。
「バダンに従わぬ者は生きている価値すらない」
 それが彼の、そしてバダンの考えの全てであった。
「貴様も中国の次に消してやる。まずはこの大陸が滅ぶのを見るがいい」
「誰がっつ」
 風見は暴れようとする。だが手を後ろで縛られそれはできない。
「無駄だ、そのロープは特殊な繊維で作られている。力で引き千切ることはできん」
 ゲーはそんな彼に対して言った。
「観念するがいい。そしてことが終わり次第」
 彼はここでその手に持つ斧を風見に見せた。
「この斧で貴様の首を落としてやる。一撃でな」
 そう言うと彼はその場を去った。後には彼の無気味な笑い声だけが牢獄の中に響き渡った。
「やはり中国を滅ぼすつもりでしたね」
 憮然として床に座った風見に役が話しかけてきた。
「ええ、これは一大事です」
 彼は流石に深刻な顔をしていた。
「何とかしないと怖ろしいことになる」
 彼はその顔を険しくさせた。
「しかしこの状況では」
 縛られていては何もできない。しかもロープはドクトル=ゲーの言ったとおり力では駄目だった。
「まずいな、このままでは変身もできない」
「大丈夫です」
 焦りはじめた風見に役が言った。
「ここは私に任せて下さい。もとはといえば私の責任ですし」
「しかし」
 責任を問うつもりはなかった。だが役のその真摯な声に何かを感じずにはいられなかった。
「役さんも縛られていますし」
「これですか!?」
 役はそう言って微笑んだ。見れば彼の手は自由となっている。
「え・・・・・・」
 これには流石の風見も驚かざるにいられなかった。
「縄抜けですよ」
 役は風見を元気付けるような声で言った。
「私の特技の一つでして。私が古武術をしているのはご存知ですね」
「はい」
「その中に関節を外す技もありまして。それで抜けたのですよ」
「そうだったのですか」
「意外でしたか」
「いえ」
 風見はそれには首を横に振った。
「どうも貴方は多くの技能を身に着けておられるようですしそれ程には」
「そうですか」 
 役はここで風見が自分のことに何か察しをつけているのでは、と思った。だがそれを口に出すことはなかった。
「ではロープをほどきますので」
「お願いします」
 風見は身体の後ろを差し出した。役は素早い動きで彼の両手を縛るロープを解いた。
「これでよし」
 風見は自由になった両手首を動かしながら言った。
「じゃああとはここを出るだけですね」
「ええ」
 風見は頷くと鉄格子の前に来た。そして左右に引っ張った。
「ムン!」
 それで鉄格子は破壊された。人一人が通れる隙間が開いた。
「行きましょう」
「はい」
 二人はすぐにその間を通り抜けた。そして廊下に出た。
 角を曲がる。丁度そこに戦闘員が一人いた。
「ムッ」
 その戦闘員は慌てて身構えようとする。だが風見はそれより速く彼を手刀で倒した。
「今声を立てられたら困るのでな」
 二人はその戦闘員が息絶えたのを確認すると先へ進んだ。
 その時ドクトル=ゲーは基地の最深部にいた。
「開発は進んでいるか」
 そして白服に身を包んでいる戦闘員達に尋ねた。
「ハッ、あとは最終チェックだけです」
「そうか」
 戦闘員の言葉を聞き満足気に笑った。
「それが終わればあとは出撃させるだけだな」
「はい」
 戦闘員が答えた。
「これが起き上がった時まず上海が消える」
「それから中国全土が」
 戦闘員は言葉に合わせた。
「そうだ、長い歴史を誇るこの国が瞬時にして地球上から消え去るのだ。壮大な話だな」
「まことに。おそらくバダンの輝かしい歴史にこの偉業が残ることでしょう」
「私の名と共にな」
 ドクトル=ゲーは追従ともとれるその言葉に頬を緩めた。
「そしてその光景はあの男にじっくりと見せてやる。そして」
「絶望の中その首を落とすのですな」
「そうだ、この斧でな」
 そう言うと右手に持つ斧をゆっくりと上げた。
「待たせたな」 
 彼は自身の斧に語りかけた。
「だがもうすぐだ。無念を晴らす時はな」
 その顔にいつもの酷薄な笑みが宿っていた。
「あの時の恨み、忘れたことはない。だが」
 斧の向こうで何かが起き上がった。
「もう暫くの辛抱だ。待っておれよ」
 その起き上がったものの頂上が光った。
「この魔神が中国を滅ぼす。そして」
「この俺がバダンの野望を打ち砕く」
 ドクトル=ゲーの声に合わせるように何者かの声がした。
「ムッ!?」
 右だ。ドクトル=ゲーも戦闘員達もそちらに顔を向けた。
「何、貴様!」
 ゲーは荷物の上に立つその男を見て憤怒の声をあげた。
「どうしてここに、とは聞かないのか」
 だがX3はそんな彼にあえて余裕を含んだ声で言った。
「ヌヌヌ」
 それがかえってゲーを怒らせた。
「貴様等の企みは必ず破られる運命になる」
 X3は言った。
「たとえ捕らえられようともライダーはそれから必ず抜け出す、そして貴様等の野望をくじく!」
「ほざけ!」
 ドクトル=ゲーは怒りを爆発させた。そして斧を投げてきた。
「おっと」
 X3はそれを何なくかわした。
「では今度はこちらからだ」
 そう言うと荷物から降りた。そこを戦闘員達が取り囲む。
「やってしまえ!」
 ゲーの命令が下る。戦闘員達が一斉に襲い掛かる。
「フン」
 だが所詮ライダーの敵ではない。X3は彼等を埃を払うかのように何なく倒していく。
「ヌウウ、かくなるうえは」
 ゲーはそれを見て歯軋りした。そして右手を挙げた。
「出でよ、怪人達よ!」
 すると奥から三つの影が飛び出てきた。
「来たな」
 それはやはり怪人達であった。ジシャクイノシシの他にも二体いた。
 ショッカーの絞殺怪人ミミズ男とブラックサタンの電撃怪人奇械人電気エイだ。彼等は三方向からX3に迫ってきた。
「シャクーーーーーーーッ!」
 まずはジシャクイノシシが突進してきた。そしてその左腕で殴り掛かる。
 X3はそれをかわした。そして逆に蹴りを放つ。
 それはジシャクイノシシの左腕を撃った。それでジシャクが壊れた。
「よし!」
 X3はさらに攻撃を仕掛ける。パンチを三連発で繰り出した。
「X3トリプルパァーーーーーーンチッ!」
 それで決まりだった。怪人は顔にそれを続けて受け倒れた。そして爆死した。
「オフオゥゥーーーーーーーーッ!」
 今度はミミズ男がやって来た。怪人は手に持つリングを放ってきた。
 それはX3の首に引っ掛かった。
「これは」
 それはミミズに似せたリングであった。X3の首にかかるとすぐに締め付けにかかった。
「ググッ」
 何とか外そうとする。だが動けば動く程それは食い込んできた。
「まずい、このままでは」
 次第に息が苦しくなってくる。やがて倒れるのは時間の問題であった。
「その前に」
 X3は怪人を睨みつけた。
「奴を倒す!」
 そう叫ぶとまず体当たりを仕掛けた。
「オフッ!?」 
 そして次にはチョップを浴びせた。怪人はそれで怯んだ。
 それで攻撃を止めるX3ではなかった。彼は続けて渾身のチョップを繰り出した。
「X3チョーーーーップ!」
 普通のチョップとは違う。普段のそれよりも遥かに強力なチョップであった。
 それが怪人の首を直撃した。ボキリ、と鈍い音がした。首の骨が折れる音であった。
 ミミズ男もそれで倒れた。そして爆発の中に消えた。怪人が倒れると首のリングも力をなくし外れた。
 残るは奇械人電気エイだけだった。怪人は爆発を背にX3と対峙した。
「さあ来い」
 X3は身構えながら怪人と対峙した。
「エーーーーーーイッ!」
 怪人は奇声を発した。そしてX3に両手の鞭を振るってきた。
「甘いな」 
 だがX3はそれを後ろに跳びかわした。敵の攻撃は既に見切っていた。
 怪人の攻撃は執拗に続く。X3はそれでもそれを何なくかわす。
 怪人は今度は電撃を放ってきた。それは一直線にX3に向かってきた。
 X3はそれを全身で受け止めた。身体にバリアーを張ったのだ。
「これでどうだっ!」
 怪人の電撃はそのバリアーにより無効化された。怯む怪人にX3は突進した。
「喰らえっ!」
 飛び蹴りを放つ。そしてその反動で上に跳び上がった。
「X3ダブルキィーーーーーーーーック!」
 そして空中でもう一度反転し再び蹴りを放つ。これで怪人は爆死した。
「もういないようだな」
 彼は着地するとドクトル=ゲーに顔を向けた。
「ドクトル=ゲー」
 彼の名を呼んで身構えた。
「遂に決着をつける時が来たな」
「私はそうは思わん」
 彼はそれに対し不敵な言葉で返した。
「何!?」
「少し予定が変わったが」
 彼はそう言いながら次第に後ろに下がっていく。
「どのみち貴様は始末する予定だ。そう、この上海でな」
「その言葉、貴様にそっくり返そう」
「できるかな!?」
 ゲーは不敵に笑った。
「これを前にして」
「何!?」
 するとドクトル=ゲーの後ろにいた巨大なあの魔神が再び動き出したのだ。
「しまった、こいつのことを忘れていた!」
「ハハハ、迂闊だったな、仮面ラァーーーーイダX3!」
 ゲーの高笑いが響き渡る。
 魔神は身体中に繋がれていたコードを全て引き千切った。そして周りのコンピューターや機械を壊しながらX3に襲い掛かって来た。
 見れば三面六臂の巨大な、阿修羅の如き姿である。その顔は鬼にそっくりだった。そして赤く薄い光に照らされた基地の最深部で暴れはじめた。
 その目標は言うまでもない。X3である。
「クッ!」
 魔神の巨大な脚が来た。X3はそれを何とかかわした。
 そしてその巨体を昇りにかかった。素早く猿の様に駆け上がる。
 だがそれを六本の腕が襲い掛かる。そしてそのうちの一本がX3を叩き落とした。
「ガハッ!」
 床に叩き付けられ思わず呻き声をあげた。だがすぐに立ち上がる。
「フフフ、どうだ。そうそう容易にはいかんぞ」
 ゲーは後方から両者の戦いを見守りつつ彼に言った。
 X3は戦法を変えた。魔神の後方に回り込もうとする。
「無駄だと言っておろうに」
 ゲーはそんな彼を嘲笑する声を出した。顔は笑っていないが声は笑っていた。
 魔神の三つの顔のうち一つがX3を捉えた。そして目に何かが宿った。
「あれは!?」
 それは闇だった。いや、よく見るとそれは闇ではなかった。
 それは黒い光だった。それは二条の光線となりX3に襲い掛かってきた。
「何のっ!」
 X3はそれも何とかかわした。今さっきまでいた場所が黒い光を浴びその中に消えていた。
「何という光だ」
 その床の場所にはもう何もなかった。ただ黒い穴が開いているだけであった。
「さて、何時までそうやって逃げていられるかな」
 ゲーの声がまた響いた。
「三つの顔に六本の腕。そうそう容易には逃げられんぞ」
 魔神の攻撃は続いた。彼はその目から放つ黒い光と丸太の様な六本の腕でX3を追い詰めんとする。
 X3はそれに対して逃げるだけで手一杯であった。次第に部屋の隅にまで追い詰められてきた。
「まずいな、このままでは」
 背が壁についた。見れば魔神がすぐ側にまで迫ってきている。
「さあ、観念したか」
 ゲーは魔神を挟んで彼と正対した。
「誰が」
 X3に降伏の二文字はない。何故ならライダーだからだ。
「そうか、ならばそのまま死ね」
 魔神がその言葉と共にゆっくりと六つの目にあの黒い光を宿してきた。
「クッ、どうすれば」
 ここで彼の脳裏にあることが閃いた。
「そうだ、ここはあれしかない!」
 見れば黒い光が今にも放たれようとしている。もう戸惑っている時間はなかった。
「さあ、観念したか」
 ドクトル=ゲーはX3を見据えていた。
「止めは私がさしてやろうぞ」
 そして右手に持つ斧を煌かせた。
 だがX3はそれに構わなかった。腰を落とし構えた。
「喰らえ」
 そして腰のダブルタイフーンが光った。

「逆ダブルタイフーーーーーンッ!」
 腰のダブルタイフーンから二つの竜巻が発せられた。それは魔神を激しく打ち据えた。
「クッ、それがあったか!」
 ドクトル=ゲーも抜かりがあった。彼はダブルタイフーンの存在を忘れていたのだ。
 魔神は瞬く間にその全身を破壊されていく。そしてすぐに砂のようになり消えていった。
「これでどうだ」
 X3はそのうえでゲーに対峙した。
「おのれ、だが」
 彼はそのX3に向かって歩きだした。
「逆ダブルタイフーンのことを私が知らないと思ったか」
 そう言うと手に持つ斧を振り被ってきた。
 逆ダブルタイフーンには弱点がある。それは一度使用したら三時間は使えないのである。
 斧が振り下ろされる。丁度変身が解ける瞬間に、だ。
「死ねぇっ!」
 斧がX3の頭上を襲う。だがX3はそれを何なくかわした。
「何っ!?」
 変身も解けてはいなかった。X3はそれまでと変わらぬ動きでゲーの斧をかわしていたのだ。
「これは一体」
「ドクトル=ゲー、どうやら俺のことを詳しく調べていなかったな。若しくは忘れていたか」
「そういうことだ!?」
「俺は再改造を受けたのだ」
「それは知っている」
「その時に俺は弱点を克服した。そう、俺は逆ダブルタイフーンを使っても変身が解けないのだ」
「何っ!?」
 ここで弱体化するのはあえて口にしなかった。それは駆け引きであった。
「抜かったな。さあどうする」
「おのれ、こうなれば」
 彼は後ろに跳んだ。そしてその目に無気味な光を宿らせた。
「この私の手で」
 そこで基地が地震に遭ったかのように揺れた。
「ムッ!?」
 ゲーはこれに慌てて周りを見回した。
「これはどういうことだ!」
「ドクトル=ゲー、大変です!」
 彼の前に戦闘員達が雪崩れ込んで来た。
「御前達、これはどういうことだ!」
 ゲーは彼等を問い詰めた。
「基地の各部で爆発が起こっております!」
「何、まさか!」
「そう、そのまさかだ」
 ここでX3が言った。
「もう一人いるということを忘れていたな」
「クッ、そうかあの男か」
 ゲーは思わず歯軋りした。そうであった。役がいたのだ。
「ヌウウ、どうやら全てにおいて私の負けのようだな」
 彼は屈辱に身を震わせながらもそれを認めた。
「仮面ラァーーーーイダX3よ」
 斧で彼を指し示した。
「今回は負けを認める。だがな」
 彼は言葉を続けた。
「この借りは必ず返す、この手でな」
 そう言うと踵を返した。
「すぐに会おう、その時が貴様の最後だ」
 そして戦闘員達と共にその場から立ち去った。
「これで上海はとりあえず救われたな」
 X3は呟いた。だが、それが一時的なものに過ぎないこともわかっていた。
「X3!」
 ここで後ろから役の声がした。
「ここにいましたか、捜しましたよ」
 彼はそう言って駆け寄って来た。
「行きましょう、もうすぐこの基地は完全に破壊されます」
「わかりました」
 X3は頷いた。そして役と共にその場を後にした。
 二人が出ると基地は大爆発を起こした。上海の海からそれは上がった。
「海中にあったのですね」
 二人は岸辺に板。役はその爆発を見ながら言った。
「ええ。どうやら海からあの魔神を出すつもりだったようです」
「魔神!?」
 役はそれに顔を向けた。
「ええ、ドクトル=ゲーが作らせていたものです。三面六臂の機械の巨人です」
「そうですか」
「怖ろしい奴でした、眼から黒い光を発していましたし」
「黒い光ですか!?」
 役はそれを聞き目の色を変えた。
「ええ。何かご存知ですか?」
「はい。トロントでゼクロスと一緒にいた時ですが」
 彼はその時の暗闇大使と十二人の闇の戦士達のことを話した。X3はそれを聞き終えると深刻な声で言った。
「そうでしたか。どうやら敵はまた新たな力を手に入れたようですね」
「はい」
 役はそれに頷いた。
「その力がどういうものか、まだ詳しくは知りませんが」
 役の顔は危惧のそれであった。
「どうやらこの世界を破壊し尽す程のものであることは間違いないようですね」
「ええ」
 二人はその爆発を見ていた。翌日の新聞には謎の爆発と報じられた。だがこれといって被害もなく、バダンの証拠も残っていなかったのでそれで話は終わった。

 魔神と基地を破壊されたドクトル=ゲーは上海郊外に設けてあった第二基地に移っていた。
「さてと」
 彼は指令室に入ると周りを見回した。
「魔神は破壊されてしまった。この失態をどうするか」
 彼は考えていた。
「こうなっては仮面ラァーーーーーイダX3を始末するしかないが」
 それは当初からの予定であった。だが今はそれよりも魔神を失った失態の方が気懸りであった。
「これが若し大首領のお耳に入れば」
 彼はX3を倒す前に首領により処刑されるだろう。それを考えると暗澹たる気持ちになった。
「それは心配ない」
 ここで何者かの声がした。
「首領にはわしがとりなしておこう」
 指令室おシャッターが左右に開いた。そしてそこから軍服の男が姿を現わした。
「お主か」
 それは暗闇大使であった。ゲーは彼に顔を向けた。
「ドクトル=ゲーよ」
 彼はゲーを見据えて言った。
「お主は何の心配もする必要はない」
 暗闇大使は彼を落ち着かせるようにして言った。
「フォローはわしに任せておけばよいからな」
「よいのか!?」
 思いもよらぬ好意にゲーは少し不安になった。
「よい、そなたにはこの中国と仮面ライダーX3を始末してもらわねばならんからな」
 大使はそう言うとニイ、と笑った。
「そうか」
 ゲーもそれを聞きようやく笑みを取り戻した。
「見返りは何だ」
「見返りか」
 大使はそれを聞き口の両端を吊り上げた。
「ダモンとのことだがな」
「ダモン!?」
「地獄大使のことだ」
「ああ、あの男か」
 ドクトル=ゲーは彼の本名を忘れていた。
「何かあれば牽制してくれぬか」
「牽制か」
「そうだ。わしにつけなどという虫のいいことは言わぬ」
 彼はドクトル=ゲーを見据えて言った。
「だが奴が下手なことをせぬようにしてもらいたいのだ」
「ふむ」
 ゲーはそれを聞き顎に手を当てて考えた。
「わかった」
 そして顔を上げた。
「今回のことを考えるとな。喜んでやらせてもらおう」
「恩に着る」
 暗闇大使は無気味な笑いを浮かべた。
「しかしだ」
 ドクトル=ゲーはここで眉を顰めさせた。
「お主とあの男のことだが」
「何だ」
 大使はそれについて尋ねられたのが内心面白くなかったのだろう。微かに顔を歪めさせた。
「確か従兄弟同士だった筈だが」
「その通りだ」
 かろうじてそれを心の中に押し込めて頷いた。
「どうしていがみ合うのだ。かっては共に祖国の為に戦っていたと聞いたが」
「それは認める」
 だが憎悪も認めていた。
「あの男が指揮官、わしが参謀だった」
 彼は苦虫を噛み潰した顔で答えた。
「思えば忌々しい話だ」
「何故だ?」
「わしがあの男の下にいたからだ。その他に理由があるか」
 彼はゲーを睨み付けて言った。半ば叫んでいた。
「そうか」
 だがゲーは落ち着いた物腰のままであった。
「それ程までにあの男が憎いか」
「否定はしない」
 彼は言った。
「色々とあったらしいな。戦場で」
「うむ」
「ベトナムにいたそうだが」
「長い戦いだった」
 彼は上を見上げた。そして虚空にその戦いの日々を浮かべた。
「我々はかってフランスに抑圧されていた」
 ベトナムはフランスの植民地であった。彼等はこの地で典型的な植民地統治を行なっていたのだ。
「どの者も無気力だった。だがそれが一変した」
 フランスがドイツに敗れたのだ。それに乗じて日本がこの地にやって来たのだ。
「日本人達は厳格だった。融通が利かず短気で何かあるとすぐに手をあげた」
 当時の日本軍の軍人達は確かにそうであった。
「だが同時に彼等は公正だった。規律に厳しく、我々に対してフランスのようなことはしなかった」
 彼と地獄大使は幼い時に日本軍と会ったのだ。
「わしもダモンも彼等に会い目覚めた」
 日本軍は彼等に武器を与えた。そして戦士になるよう教えたのだ。
「我々も日本軍のように戦った。彼等は確かに苛烈だったがそれだけに強かった」
 あれ程自分達に対して絶対的な強さを誇示し、威張り散らしていたフランス軍が呆気なく敗れていった。それを見た彼等の驚きはどれだけのものだっただろう。
「彼等は最後には敗れた。しかし」
 もう彼等は無力な植民地の民ではなかった。誇り高きベトナム人民だったのだ。
「わし等はホー=チ=ミンの軍に入った」
「人民軍だな」
「そうだ。そしてそこで我々は頭角を表わした」
 ベトナム人民軍は強かった。彼等にとってフランス軍は最早敵ではなかった。瞬く間に破っていった。
「だが戦いは終わりではなかった」
 その後はアメリカ軍が来た。南ベトナムにサイゴンを拠点として傀儡政権を作りそこから支配しようとした。
「我々は密林の中に潜み戦った」
 正規戦も行った。だがそれ以上にアメリカ軍を悩ませたのが彼等のゲリラ戦であったのだ。
「何とか勝った。そして遂に祖国は統一された」
「それで終わりでないのが我々の世界だな」
 ゲーはここで言った。
「そうだった」
 大使はまた虚空を見た。
「今度は中国だった。奴等もフランスやアメリカと同じだった」
 中国は歴史的にベトナムを自分達の領土とみなしていた。だから攻めて来るのは必然であった。
「それも破った。その頃にはホー=チ=ミンは既にこの世にはなかった」
「それからお主達はどうしたのだ?」
「カンボジアでの戦いに参戦した」
「そうだったな」
 当時隣国カンボジアはポル=ポトという狂気の独裁者による異常な恐怖政治が行われていた。彼等は経済も文化も芸術も全て破壊し知識人や都市に住む者を虐殺していった。それはカンボジアの人口の半数近くに及んだという説もある程であった。バダンに比肩し得る狂人の集団であった。
「あの地に攻め込んだのは中国との戦いの前だった。だが我々がその地に向かったのはその後だった」
 中国に勝ってもベトナムに安息の時はなかったのだ。
「ダモンもわしも戦いを辛いと思ったことはなかった。我々は常に共に行動していた」
「指揮官と参謀としてだな」
「うむ」
 彼は頷いた。
「あの時もそうだった。激情的で力押しを得意とする奴に対してわしは策略を得意とした」
「あの男の性格はあの頃から変わってはおらんようだな」
「・・・・・・・・・」
 暗闇大使はそれには答えなかった。
「まあいい。話を続けてくれ」
 大使はそれには答えなかった。だがそのかわりにまた口を開いた。
「あの男を補佐してわしが作戦立案、計画する。奴が実際の指揮を執る。こうして長い間我々は常に勝ってきた。フランスにもアメリカにも中国にも。かって日本軍ですら成し得ぬことをやり遂げたのだ」
 それがベトナムの誇りであった。いかなる国にも屈しないという。
「あの時もそうだった。ダモンとわしは戦場で指揮を執っていた」
 カンボジアもまたジャングルである。アマゾンが戦ったアンコールワットもその中にあった。
「そこでわしは知ったのだ。あの男の真意を」
「それは何だ」
「あの男はわしを憎悪していたのだ。そう、自らの半身をな」
 彼等は見れば見る程似ている。まるで鏡のように。
「あの男は次第にわしを疎んじるようになっていた。以前から作戦については意見対立が多かったしな」
「当然だろうな。指揮官と参謀の意見が食い違うことはよくあることだ」
「それは最初からだった。だが我々は祖国の為に戦っていた。だから互いに我慢をすることもあった」
 彼の顔は次第い憎悪で歪んできた。
「あの時もそうであった筈だ。だがあの男はわしを陥れた」
「ほう」
 ゲーはここで眉を上げた。
「敵の中にいる時にあの男は逃げた。わしを見捨ててな。いや」
 その顔がさらに歪んできた。
「最初からそのつもりだったのだ。あの男、ダモンは敵にわしを殺させるつもりだったのだ」
 こういう話がある。木の枝を隠すには林の中に隠す。死体を隠すには戦場に隠す。
「今までの衝突からの怨恨もあった。いずれは互いにそうなる運命だったかも知れぬ。しかし」
 最早その顔は悪鬼のそれであった。
「殺すのはわしの方だった。あの男はわしを先に陥れたのだ」
「食うか、食われるか、か」
「そう言うかも知れんな」
 彼はいささか落ち着いた。そしてそううそぶいた。
「奴はその直後ショッカーには入った。おそらくそこでさらなる力を欲したのだろう。あるいは祖国に見切りをつけたか」
「両方だろうな」
「それはよい。わしはポル=ポトの兵士達の銃撃に倒れた。そして生き残った兵士達により埋葬された。それから長きに渡って眠っていた」
「それをマシーン大元帥により醒ませられた」
「うむ」
 彼はその言葉に頷いた。
「そして大首領のお力により復活した。暗闇大使としてな」
「そうだったのか」
 ゲーはそれを聞き息を吐いた。
「それだけのことがあったのか」
「済まんな、愚痴を言ってしまった」
「いや、構わん。わしはそのようなことを責めるつもりはない。だがお主に何かあれば牽制程度はしよう。今回のことは助かるしな」
「そうか」
「ではわしもすぐに動かなければな」
 そう言うと扉の方へ動いた。
「もう行くのか」
「そうだ。あの男は手強い。すぐに動かなければ機を逃してしまう。まずはあの男を倒す。中国はそのあとでどうにでもなる」
「早いな。戦力はあるのか」
「戦力か」
 ドクトル=ゲーは暗闇大使のその言葉に唇の右の端を一瞬だけ歪めさせた。
「わし自身だ。わかっているだろう」
「そういうことか」
 大使も口の両端だけで微かに笑った。
「では健闘を祈るぞ」
「うむ」
 ゲーは扉の前に立った。
「では待っているがいい。仮面ラァーーーーーイダX3の首をな」
「楽しみにしていよう」
 ゲーはそれを聞くと扉の中に消えた。
「さて、どうなるか」
 暗闇大使は彼が消えた扉を見て呟いた。
「あの男も死力を尽くすだろうが相手も手強い。行方はわからんな」
 それは彼の頭脳をもってしても不明であった。
「他にも手を打っておく必要があるな。狡猾な奴のことだ、そうそう罠にはかからぬだろうが」
 従兄弟の性質は誰よりもわかっていた。
「わしも動こう」
 そう言うとマントで全身を包んだ。そしてあの黒い光と共に姿を消した。

 基地を破壊した風見と役は上海の外灘にいた。
 ここはかっての租借地であった。今もここには当時を思わせる異国風の建物がある。
「何か不思議な感じだな」
 風見はそこを歩きながら言った。
「中国にいるようで何処かそんなん気がしない。まるで他の国にいるようだ」
「元々ここは中国にある外国でしたからね」
 隣にいる役が言った。
「ですからそうした感触を持たれます。私も何回かここに来ました」
「そうなのですか」
「ええ」
 役はそう言って微笑んだ。
「かなり変わりましたがね。この感触は変わりません」
 彼は懐かしむような顔で言った。
「街の外見は変わっても空気までは。色々とキナ臭さも漂いますが」
 この街は多くの騒乱のはじまりともなってきた。そして暗黒街の勢力も強い。
「それでもその中には言葉にできない魅力があります。実はそこに魅入られているのです」
「そんな不思議な魅力がこの街にはあるのですか」
「ええ」
 役は頷いた。
「危険な甘い毒のようなものです。確かに危ない、しかしその危険が何時しかたまらなくなるのです」
「そうですか」
 風見は普通の危険には驚かない。デストロン以降の悪の組織との戦いでは常に死と隣り合わせであった。だからそう簡単に驚いては務まらないのだ。
「もっとも私も何度も死線をくぐりましたが」
「よく生きていましたね」
「そうそう簡単には死なない身体ですから」
「そうなのですか。ん!?」
 風見はその言葉に引っ掛かるものを感じた。
「待って下さい、今何と」
「今ですか!?」
 役は先程の言葉をしまった、と悔やんだ。そして慌ててとぼけた。
「ええ、今確かそう簡単に死なない身体と」
「それですが」
 誤魔化そうとする。その時であった。
「風見志郎よ」
 彼等を黒服の男達が取り囲んだ。
「来たか。相変わらず芸のない」
 風見は彼等を見渡して言った。
「何とでも言え」
 そこで怪人が前に出て来た。
「我々は最早貴様を倒すしかないのだからな」
 デストロンの毒針怪人ドクバリグモであった。
「その通り」
 もう一体姿を現わした。
「この中国を焦土にする前にはまず貴様を除かねばならんのだ」
 ゴッドの催眠怪人パニックであった。
「風見志郎、いや仮面ライダーX3よ」
 彼等は前後から風見と役を取り囲んだ。
「覚悟するがいい」
「フン」
 だが風見はそれに対して不敵に笑った。
「面白い。ではこの中国ではもう貴様等を倒すだけでいいのだな」
「何!?」
 怪人達は彼の不敵な言葉に思わず声をあげた。
「何を驚いている、俺は難しいことは何一つ言っていないぞ」
 既に怪人達を呑んでいた。
「ここで貴様等を倒す、そして中国に平和を取り戻す」
 そう言いながら腰からベルトを取り出した。
「行くぞ」
 そしてゆっくりと構えに入った。

 変身
 両手に手刀を作り右の真横に置く。左手は肘を直角にし、右手と水平にさせる。
 そしてその両手をゆっくりと右から左に旋回させる。
 身体が緑のバトルボディに覆われ白い手袋と赤いブーツが現われる。そして胸が銀と赤になっていく。
 ブイ・・・・・・スリャーーーーーーーーッ!
 右手をまず脇に引く。その時手は拳にしている。
 次には左手を脇に入れる。そして右手を手刀にし、それを斜め上に突き出す。
 顔が赤い仮面に覆われる。右半分が、そして左半分が。眼は緑になっている。
 
 ダブルタイフーンが激しく回転する。そこから強い光が放たれた。
「トォッ!」
 X3は跳躍していた。そして怪人達と正対する位置に着地し身構えた。
「来いっ!」
「望むところだっ!」
 怪人達も彼に向かった。そして戦いがはじまった。
「グモーーーーーッ!」
 まずはドクバリグモが襲い掛かって来た。
「来たな」
 X3はそれを見つつススス、と前に進んだ。そこに毒針が襲い掛かる。
「甘い」
 だがそれを何なくかわした。そして反撃に転じる。
 腹に膝蹴りを入れた。そして怯んだところに背に肘を入れる。
「グオッ」
 思わず身を屈めた怪人に対してさらに攻撃を仕掛ける。
「喰らえっ!」 
 その身体を掴んだ。そして空中へ放り投げる。
「トオッ!」
 そして跳んだ。一直線に怪人に向けて跳ぶ。
「X3ドリルアターーーーーーーック!」
 そして激しくスクリューの様に回転しながら頭から突っ込んだ。そしてそのまま怪人に体当たりを敢行した。
「グモーーーーーーーッ!」
 X3は怪人を貫いた。腹に巨大な穴を空けられた怪人は海面に落ちつつ爆発した。
 X3は着地した。そしてパニックと対峙した。
「おのれ、よくもドクバリグモを」
 パニックはドクバリグモの爆発を見ていたが、すぐにX3に顔を向けた。
「今度は貴様だ」
 X3はそんな怪人に対して指差して言った。
 パニックもそれに怯むようなものではなかった。流石に怪人であるだけはあった。
 頭をX3に向けた。そしてそこからロケット弾を放った。
「ムッ!」
 だがX3はそれを上に跳んでかわした。しかしそれはパニックの計算のうちであった。
「かかったな!」
 パニックは上を見上げてニヤリ、と笑った。そしてまたロケット弾を放って来た。
「その程度っ!」
 だがX3もそれは読んでいた。空中で反転すると叫んだ。
「ハリケーーーーーーーーンッ!」
 すると青いマシンニューハリケーンが飛んで来た。
「よし!」
 X3は空中でマシンに乗った。それはまるで合体するようであった。
「糞っ、マシンの存在を忘れていたわ!」
 歯噛みするパニック。だがそんな彼に対しX3はマシンに乗ったまま特攻を掛けて来た。
「ハリケーーーーンアターーーーーーック!」
 マシンで空中から急降下体当たりを仕掛けた。これは流石に耐えられるものではなかった。
「クルーーーーーーーーーッ!」
 怪人は遥か彼方に吹き飛ばされた。そして空中で爆死した。
「これで怪人達は皆倒したな」
 X3は怪人の爆炎を見上げて言った。
「X3」
 そこへ役がやって来た。
「戦闘員は私が全て倒しました」
「そうですか。それは何より」
 X3はそれを聞くと明るい声で答えた。
「ですがまだここでの戦いは完全には終わっていません」
「ええ、最後の大物が残っていますからね」
 役はその言葉に頷いた。
「その通りだ」
 そこで声がした。空中からだ。
「出たなっ!」
 二人はそれを聞くと顔を上へ向けた。
「仮面ラァーーーーーーーイダX3よ」
 そこにはドクトル=ゲーがいた。ただし彼自身がそこにいるわけではない。
 巨大なホノグラフィーであった。彼の巨大な映像が浮かんでいた。
「ドクトル=ゲー、何の用だ」
「わかっている筈だ」
 ゲーはX3を見下ろして言った。
「遂に決着を着ける時が来た」
「そうか」
 X3はそれを聞き頷いた。
「私は今豫園にいる」
「豫園か」
 豫園は上海の名所の一つである。黄浦江の中央にあり狭い空間に芸術的な細かい造りが多数為されている。まるで迷宮のようになっている。
「そこに私はいる。勝負は明日の正午だ。いいな」
「よし」
 X3はそれに頷いた。
「ならばよい。仮面ラァーーーーーイダX3よ」
 下にいる彼を見据えた。
「今度こそ貴様をこの手で倒す」
「それはこちらの台詞だ」
「相変わらずだな。楽しみだ」
 ゲーは微かに笑った。
「貴様をこの手で葬るのを楽しみにしておこう」
 そして彼は空の中に消えた。後には何も残らなかった。
「役さん」
 X3は役に顔を向けた。
「はい」
「明日は俺一人で行きます」
「しかし」
「大丈夫です」
 X3は力強い声でそう言った。
「ドクトル=ゲーも一人です」
「確証はあるのですか?」
「ええ。奴はこうした時は必ず一人で勝負を挑むのです。デストロンの時もそうでした」
「そうですか」
「ええ。奴は汚い作戦をよく使いますが一騎打ちもまた好むんです。俺は過去それで奴を倒しました」
 三浦海岸での闘いの時である。
「あの時も奴は一対一で勝負を挑んできました。そして今度も」
「あの男の意地というやつですね」
「はい。ならば俺もそれにこたえるだけです。それが戦士です」
「ですね」
 役は戦士という言葉を聞き頷いた。
「ならば私は止めません。思う存分闘ってきて下さい」
「わかりました」
「ただ」
「ただ!?」
「必ず勝ってかえってきて下さいね。貴方は世の人々の為に必要なのですから」
「はい」
 風見は頷いた。そして決戦に思いを馳せるのであった。
 翌日X3は豫園に来た。入口に来るとマシンから降りた。
「よし」
 頷く。そしてその中へ入って行く。
 園の中には池もある。緑波池という。蓮で有名な池だ。この中にある建物を湖心亭という。
 その中央には橋がある。九曲橋という。ギザギザになった複雑なつくりをしている。こうしたつくりになったのは由来がある。
化け物よけだ。
「人間はギザギザにも歩けるが化け物にはそれができないからだ」
 という。中国独自の考え方だ。
 だが今その橋の上に魔人がいた。ドクトル=ゲーである。
「そろそろだな」
 彼は空を見上げた。太陽は中空にある。
「ドクトル=ゲー」
 そこで彼を呼ぶ声がした。
「来たな」
 彼は声がした方に顔をゆっくりと向けた。そこにあの男がいた。
「約束通り来たぞ」
 X3は彼を指差した。差されたゲーは不敵に笑った。
「よくぞ来てくれた。礼を言うぞ」
「そんなものはいい」
 X3は言い返した。
「貴様の望みはわかっている。俺と最後の闘いをしたいのだろう」
「そうだ」
 ゲーは不敵な笑みを浮かべたまま言った。
「この上海での作戦は水泡に帰した」 
 それはX3が魔神を破壊し、怪人達を全滅させたことによりそうなったのだ。
「だが私がまだいる。そう、中国は私一人により灰燼に帰すのだ。貴様が死んだ後でな」
「戯れ言を、そんなことを俺が許すと思っているのか」
「貴様が思う、思わないは関係ないのだ」
 ゲーは冷徹に言い放った。
「何故なら貴様はここで死ぬからだ」
 ゲーは左手に持つ盾を自身の顔の前に掲げた。するとその後ろに無気味な影が姿を現わした。
「遂に正体を現わすか」
「その通り」
 見ればゲーのシルエットが変わっていく。鎧が青い甲羅になっていく。金色の兜も青くなっていく。
「フフフフフ」
 ゲーは笑った。盾を下ろす。するとそこには無気味な蟹の顔をした怪人がいた。
「カニレーザー」
 X3は彼の姿を見て言った。
「そうだ、この姿に戻るのも久し振りだ」
 ドクトル=ゲー、いやカニレーザーは含み笑いを出したまま言った。
「私がこの姿をとるのはこれで二度目だ」
 彼はX3を右手に持つ斧で差しながら言った。
「一度は貴様に敗れた。だが二度目はない。仮面ラァーーーーーイダX3よ」
 彼は言葉を続けた。
「今度こそ貴様を倒す!」
「やらせるか!」
 X3は前に跳んだ。そshちえカニレーザーと正対する。そして上海での最後の闘いが幕を開けた。
「ムンッ!」
 ゲーは斧を振り下ろした。X3はそれを横にかわした。
「トオッ!」
 反撃に回る。右から拳を繰り出す。
 だがそれはカニレーザーの盾に防がれた。
「フフフ」
 攻撃を凌いだカニレーザーは余裕の笑みを出した。
「どうした、その程度か?」
「クッ」
 X3は彼の言葉に歯噛みした。
「甘い、甘いぞ仮面ラァーーーーーイダX3、私をこの程度で倒そうとはな」
 彼は再び斧を繰り出してきた。
 速い、そして重かった。それはドクトル=ゲーの時のそれとは比較にならなかった。
 X3はそれを何とかかわす。だがそれにも限度がある。次第に追い詰められていく。
「どうした、逃げてばかりいるつもりか!?」
「何をっ!」
 その言葉に挑発された。拳を繰り出す。だがそれはやはり盾に防がれる。
「その程度では無駄だ。先程も言ったがな」
「グググ」
「ではそろそろ本気を出すとしよう」
 彼の額が光った。そこに光が集まっていく。
 周りが暗闇に覆われた。そして彼の額が光った。
「受けてみよっ!」
 そして光を放った。それはレーザーだった。
「ウオッ!」
 上に跳んだ。そしてそれを何とかかわした。
 レーザーは後ろの石に当たった。それは瞬時に飴の様に溶けた。
「チ、かわしたか」
 カニレーザーは口惜しそうに言った。
「だがそれで逃げたことにはならん」
 今度は上に放つ。それは空中にいるX3に襲い掛かる。
「何のっ!」
 空中でキリモミ回転をしてそれをかわした。カニレーザーは続けてレーザーを放つが当たらない。
「おのれ」
 彼は着地したX3を見て歯噛みした。
「こちらもそうそう簡単にやられるわけにはいかん」
 X3は言った。
「やれるものならな」
 だがカニレーザーは余裕であった。
「やってやる」
「ではやってみるがいい。できるものならな」
 彼は自身が揺るぎない程の優勢にあると感じていた。だからこそここまでの余裕があった。
 実際に斧と盾、そしてレーザーでX3を追い詰めていた。彼は接近し、また斧で切り掛かった。
「ムッ」
 X3はそれを受けた。そして斧の柄を握った。
「まずはこれだっ!」
 そう叫ぶと斧を奪った。そしてそれで逆に切りつけた。
「フン!」
 カニレーザーはそれを盾で受けた。激しい激突音が響いた。
 両者の腕に衝撃が走る。まずは盾が割れた。
 続いて斧が。これで斧と盾は破壊された。
「どうだっ!」
 斧と盾を破壊したX3は叫んだ。
「甘いな」
 だがカニレーザーはまだ余裕があった。間合いを離す。そしてレーザーを放たんとする。
 X3はそれを冷静に見ていた。カニレーザーの動きの細部まで見ていた。
(やはりな) 
 X3はあることを確信した。
 カニレーザーの動きはあまり速くはなかった。少なくともX3のそれよりは。
(甲羅に覆われているせいか。動き自体は速くはない)
 ドクトル=ゲーの時からそうであった。攻撃は激しいがフットワークは今一つであった。
 蟹は全身を硬い甲羅で覆われている。その為動きはあまり速くはない。
 ドクトル=ゲー、いやかにレーザーは攻撃自体は速い。だが、その甲羅のせいか身のこなしはあまり速くはなかった。
(ならばこちらにも戦い方がある」
 既に斧と盾は破壊している。彼の武器はレーザーだけだ。
「死ねぇっ!」
 カニレーザーがそのレーザーを放ってきた。X3は横に跳びそれをかわした。
「甘いな」
 X3は言った。だがそこにカニレーザーは続けざまにレーザーを放って来る。
 X3はそれを左右にかわす。かわしながら間合いを次第に縮めていく。
「今の奴なら近寄れば大丈夫だ」
 懐に飛び込んだ。カニレーザーは間合いを離そうとする。だが動きが遅く追いつかれる。
「ヌウウ」
「今度はこちらの番だ」
 X3は腕を出した。そしてそれを叩きつける。
「ムッ」
 それは拳ではなかった。掌底であった。
「グッ」
 思ったより効いた。カニレーザーは呻き声を出した。
「よし」
 二号から聞いた。硬い鎧に覆われた相手には拳よりもこうした攻撃の方が効果があると。
「どうやらその通りだな」
 X3はそれを見て確信した。どうやら拳よりも効果があるようだ。
「ならば」
 続けて出す。それはカニレーザーの胸を激しく撃った。
「ガハッ」
 血を吐いた。赤黒い血だ。その動きがさらに鈍くなった。
「よし!」
 X3は勝機を見た。今こそ決着を着ける時であった。
「喰らえっ!」
 怯むカニレーザーを掴んだ。そして空中へ放り投げた。
 カニレーザーは宙に舞った。X3はそれに続いて飛翔した。
「最後だ、カニレーザー!」
 叫んだ。そしてそのままカニレーザーに頭から一直線に突き進む。
「X3空中回転ドリルアターーーーーーーーック!」
 激しくキリモミ回転しながら体当たりを敢行した。それはカニレーザーの腹を直撃した。
「グオオオオッ!」
 カニレーザーは激しい呻き声を発した。そしてさらに天高く弾かれる。
 X3は着地した。その前に暫くしてカニレーザーが落ちて来た。
「グググ・・・・・・」
 何とか立ち上がる。だが所々傷を負い、全身から血を流していた。
「まさか衝撃を私の中に浴びせてくるとはな」
 立ち上がった。そしてドクトル=ゲーの姿に戻っていく。
「如何に貴様の鎧が厚くとも衝撃は浸透する。俺はそれを思い出したのだ」
 X3は彼に対し言い放った。
「そして貴様の脚の動きは遅い、その鎧故にな」
「フフフ、そこまで見ていたか」
 ドクトル=ゲーはそれを聞いて笑った。
「どうやら私は自らの護りの故に敗れたようだな」
「そうだ、だが斧と盾を破壊しなければ俺も危なかった」
「あそこで勝負が決していたか」
「そうかも知れん。だが」
 X3はさらに言った。
「俺は必ず勝つ運命だ。何故なら仮面ライダーだからだ」 
「フン、言ってくれるな」
 ドクトル=ゲーはそれを聞いて笑った。だがそれは冷笑ではなかった。
「だが見事だ。そうまで言える者は貴様の他にはおらん。そして」
 血を吐いた。だがまだ言葉を続ける。
「その貴様と戦えたことを誇りとしよう。地獄でな」
「ドクトル=ゲー・・・・・・」
「ではそろそろ楽にならせてもらおう」
 彼は毅然とした姿勢になった。
「私は悪に殉じよう、喜んでな。さらばだ仮面ラァーーーーーイダX3!」
 それが最後の言葉だった。ドクトル=ゲーはゆっくりと前に倒れると爆死した。
「ドクトル=ゲー」
 X3はそれを最後まで見送っていた。
「敵ながら見事な最後だ」
 彼は敬意を覚えた。強敵に対する純粋な敬意であった。
 これで上海の戦いは終わった。風見は役のもとへ戻った。
「そうですか、ドクトル=ゲーも遂に」
「ああ、見事な最後だった」
 二人は朝焼けの港にいた。今船がやって来た。
「手強い奴だった。流石にデストロンで大幹部だっただけはある」
「そうでしょうね。しかし彼も本望でしょう」
「何故だい」
 二人は桟橋に足を踏み入れた。そしてそのままゆっくりと昇っていく。
「思う存分最後まで戦えたからですよ。それもライダーとね。それならば悔いはないでしょう」
「そうですか」
 二人は船に入った。あとから続々と人が船に入る。
「彼等もまた戦士です。戦う旗印は違いますが」
「はい」
 それは風見にもわかっていた。
「戦士は戦場での死を願うもの。彼もまた戦場で倒れました」
「それこそがあの男の願いだったのですか」
「少なくとも最後は」
 役は意味ありげに言った。
「ですがその最後にこそ出るものです、その真の姿が」
「ええ」
 X3も多くの敵と戦ってきた。ドクロ少佐も幽霊博士もそれぞれ勇敢で潔い最後であった。
「敵とはいえ敬意を払うべき時には払わなければなりません。たとえ敵であっても」
「はい」
 風見は頷いた。その通りだと思った。
「では行きましょう」
 桟橋が取り外された。汽笛が鳴る。船はゆっくりと出港した。
「次の戦場へ」
「はい」
 船は次第に船足を速めていく。そして上海をあとにする。そして次の戦場に向かうのであった。

「ドクトル=ゲーも倒れたか」
 暗闇の中であの首領の声がする。
「はい」
 その前に暗闇大使が控えていた。あの軍服姿である。
「見事な最後だったそうです」
「惜しい男だったが」
 彼もまた首領の腹心であった。仮面ライダーX3の前に作戦失敗を重ねていたとはいえ頼りになることに違いはなかった。
「だが惜しんでいてもはじまらぬ」
「はい」
 首領は冷徹にそう言った。
「次の戦場は何処だ」
「アメリカです」
「誰がいるのだ」
「メガール将軍です」
「ほう、またアメリカに戻ったのか」
「はい、強く志願いたしまして」
「そうであろうな。あの国は奴にとっては複雑な思いがある」
 首領は含み笑いと共に言った。
「希望を胸にして入り、そして絶望と共に人でなくなった地だ。さぞかし思うところも多いだろう」
「それに加えまして」
「まだ何かあるというのか」
「はい、あの国には」
 大使はここでニイ、と笑った。
「あの男がおります」
「ほう、そうだったのか」
「東南アジアから転戦したようでして」
「それはいい。益々面白いことになった」
 首領はさらに上機嫌になった。
「よし、メガール将軍に伝えよ。あの男とアメリカを見事完全に叩き潰せとな」
「それには及ばないかと。あの男は既にそのつもりです」
「そうであったな、ではここは奴に全てを任せるとしよう」
「わかりました」
 首領と暗闇大使の笑いが闇の中に響く。そしてそれは次第に地の底へ沈んでいった。

魔都の攻防    完
                                          2004・8・16


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