『仮面ライダー』
 第四部
 第七章             スペインに死す
          
「ゼネラルシャドウと百目タイタンもか」
 死神博士は海が見える古城にて部下達からの報告を聞いていた。
「あれだけの猛者達まで敗れるとはな」
「超電子の力でしょうか」
「違うな」
 だが死神博士はそれを否定した。
「彼等が敗れたのは時空破断システムの使い方にあったのだ」
「時空破断システムのですか」
「そうだ。その使い方さえ間違えていなければ勝てただろう」
「そうですか」
「そうだ。私の言葉に間違いはあるか!?」
 彼はここでそのスーツにサングラスの部下をジロリ、と見据えた。
「い、いえ」
 その部下は慌ててそれを否定した。
「そんなこと滅相もありません。死神博士のお言葉に間違いなぞ」
「そうだ。私の考えることに誤りはない」
 彼は言った。
「ショッカーにおいても随一の頭脳だった私にはな」
 自負があった。ショッカーの頃から、いやその遥か前から彼には揺るぎない自負があった。己の頭脳に対する絶対的なものが。
「私が為したことは常に完璧でなければならないのだ」
「はい」
 彼は完璧主義者であった。どの様な些細なミスも許されなかった。
 その為絶対的な畏怖と恐怖を同時に持たれていた。部下にとっては実に仕えづらい男であった。
 バダンにおいてもそれは変わらない。むしろそれはさらに強まっていた。
 そんな彼には誰にも反論はできなかった。反論したからといって何をされるわけでもない。彼はそれ程度量の狭い男ではない。
 言えないのだ。そのオーラが他の者を寄せ付けなかった。彼はそれ程までに絶対的な存在であるのだ。
「一文字隼人が来たそうだな」
 彼は話題を変えた。
「は、はい」
 部下は敬礼をし、姿勢を正して答えた。
「どうやらセヴィーリアに向かっているようです」
「そうか」
 彼は窓を見ていた。ガラスに映るその顔がニヤリ、と笑った。
「ならば好都合だ。すぐにセヴィーリアに向かうぞ」
「すぐにですか」
「そうだ。そこであの男を討つ。よいな」
「わかりました」
 男は再び敬礼をした。
「ではすぐ準備に取り掛かれ。怪人達も総動員しろ」
「ハッ」
 男はすぐにその場から立ち去った。後には死神博士だけが残った。
「一文字隼人か」
 彼と一文字は深い因縁があった。
「必ずこの手で倒す。日本と南米の雪辱の為にもな」
 彼はショッカーにいた頃スイスにて他を寄せ付けぬ功績をあげた。そしてそれを高く評価され戦死したゾル大佐の後を受け日本支部長に就任したのであった。
「その御言葉は日本征服作戦完了まで保留して頂きたい」
 その時彼は首領に対してこう言った。日本と仮面ライダーを攻略する絶対の自信があったからである。
 だが彼の作戦と自ら改造手術を施した強力な怪人達は破られていった。そして人口重力装置の争奪戦でダブルライダーに敗北するに及び南米支部に更迭された。その多くは一文字との戦いの敗北によるものであった。
 彼にとっては生涯でも最大の屈辱の一つであった。もう一つの屈辱は日本にて本郷猛との戦いに敗れたことであるが。彼にとってダブルライダーは不倶戴天の敵であった。
「まずは一文字だ」
 彼は言った。その声に憎悪が篭っている。
「私の手で倒さなければならない、必ずな」
 そして窓に背を向けた。まるで悪鬼の様な形相をしていた。
「この時の為に備えていた。私は行く」
 彼は前に進んだ。そして部屋の扉を開けた。
「ライダーを倒す為にな」
 そして部屋を後にした。彼はこうして戦場に向かっていった。

「フフフ、死神博士が遂に動いたか」
 暗闇大使はそれを暗黒の中で聞いていた。
「ハッ、既にセヴィーリアまで移動された模様です」
 戦闘員の一人が報告を追え敬礼した。
「面白くなってきたな。確かあの地には仮面ライダー二号が向かっていたな」
「はい」
 戦闘員は答えた。
「運命の対決だな、まさしく」
「はい・・・・・・」
 戦闘員は力のない声で答えた。
「ん、お主どうやらあまり知らぬようだな」
 大使は戦闘員の声のトーンでそれに気付いた。
「申し訳ありません」
 彼はうなだれてそれを認めた。
「謝る必要はない。何しろかなり昔のことだ」
 大使は彼を慰めるようにして言った。
「一号と二号が伝説とまで言われていたことも知らないのだろう」
「それは本当ですか!?」
 これにはその戦闘員も驚いた。何しろ実際に今戦っている敵なのだから。
「ああ、かってはな」
 大使は答えた。
「今思えば不思議なことだが」
 彼は戦闘員に対し語りはじめた。
「デルザーの頃は伝説とされていたのだ」
「何故でしょうか」
「それは彼等があまりにも強かったからだ」
 彼は戦闘員に語った。
「その為一度出会った者は必ず倒されていた。これでは情報が入らず伝説とさえ言われるのも無理はないだろう」
「そうだったのですか。しかし」
「しかし!?」
 暗闇大使はその言場に反応した。
「それ程強かったのですか、あの二人は」
「うむ」
 彼は頷いた。
「一人一人でもかなりの強さを持つ。今までの無数の戦いがあの二人を作り上げていった」
「技の一号、力の二号ですね」
「よくそう言われるな。それも戦いで身に着けていったのだ」
 彼は言った。
「一号は技で、二号は力でショッカーと戦っていった。それは欧州と南米で身に着けたのだ」
「日本ではないのですね」
「そうだ。どちらも死神博士の配下との戦いだったな」
「死神博士と」
「彼の作る改造人間の性能は知っているだろう」
「はい」
 バダンにおいては今更言うまでもないことであった。死神博士は改造人間の開発の権威でもあるのだ。
「その強力な改造人間達に対抗する為に力と技を磨いていった。今では二人共両方を身に着けているがな」
「改造手術と特訓で」
「っそれと同じ位の効果が戦いの経験になったのだ。だからこそ彼等は強くなった」
「そうだったのですか。それで伝説と呼ばれるまでに」
「そうだ。だが彼等の力はそれだけではない。ダブルライダーと呼ばれるな」
「はい」
「それは何故だと思う?」
「ショッカーに対し二人で戦ったからでしょうか」
「おおまかな意味では正解だ。だが細かく言うと不正解だ」
「はあ」
 戦闘員は言葉の意味がよくわからなかった。思わず首を傾げた。
「まあそういう顔をするな。わしが言いたいのはあの二人の戦い方だ」
「戦い方ですか」
「そうだ。あの二人は元々同じタイプの改造人間だった」
「ショッカーにおいてバッタを基として作られた」
「そうだ。改造された時期こそ異なるがな」
「確か二号は一号を倒す為に作られたのでしたね」
「その通りだ」
 本郷は恩師でもある緑川博士により改造手術を受けた。ショッカーはそのデータから一文字を仮面ライダーにしたのだ。目的は本郷猛の打倒であった。
 だが脳手術の直前に彼は本郷に救い出された。そして第二の仮面ライダーとして生まれ変わったのだ。
「同じタイプの改造人間だからだけではない。彼等は共に幾多の死闘を潜り抜けてきた」
「無二の盟友なのですね」
「そうだ。だからこそ彼等の動きは合う。そして力を最大限に引き出すのだ」
「互いの力を」
 それは二倍しただけに留まらない。何乗にもなり強化されるのだ。
「ダブルライダーの真の力はそこにあるのだ。それにより多くの強力な怪人達が敗れた」
「ショッカーライダーをはじめとして」
「ショッカーライダーはゲルショッカーの切り札だったのだがな。それでもあの二人には勝てなかった」
「それだけ二人合わさった時の力が強大だということですね」
「一言で言えばそうなる」
 大使はその言葉を認めた。
「だからこそ彼等は伝説になった」
「一人一人でも強力だというのに」
「そう、一人一人でもな。彼等はライダー達のリーダーでもある」
 これは誰もが認めることであった。仮面ライダー一号と二号、本郷猛と一文字隼人はライダー達をまとめる重要なライダーであった。
「だからこそスペインの戦いは激しいものになるだろう」
「死神博士を以ってしても」
「死神博士だからこそ、だ。彼でもだ」
「そうですか」
「だがかなり面白い戦いになりそうだな」
 暗闇大使はそう言うと凄みのある笑みを浮かべた。
「ゆっくりと観させてもらうか」
「はっ!?」
 小さい声だったのでこれは戦闘員には聞き取れなかった。
「暗闇大使、今何と」
 彼はすぐに聞きなおした。
「何でもない」
 だが大使はそれを打ち消した。
「ところで今ライダー達が日本に続々と戻って来ているそうだな」
「はい」
「どうやら決戦の時が近付いてきているようだな」
 彼の笑みが凄みのあるものになった。
「その準備にも取り掛かれ。まだ時間はあるがな」
「わかりました」
 戦闘員は敬礼をして応えた。
「それで全てが決まる。バダンの世界がな」
「はい」
「よいな、我々は必ず勝つ。それは既に決められたことなのだ」
 彼は確固たる自信をもってそう言った。
「行くぞ、勝利は我等と共にある」
「はい」
 暗闇大使は戦闘員を連れその部屋を後にした。そして彼もまた戦いに備えるのであった。
 
 一文字隼人は今セヴィーリアの街中にいた。
「中々面白い街だな。美人も多いし」
 それが彼のこの街を見た最初の感想であった。
 このセヴィーリアはメリメの小説、ビゼーのオペラ『カルメン』の舞台として名高い。自らを自由なジプシーの女と呼ぶ奔放な女性カルメンは生真面目な田舎出身の騎兵伍長ドン=ホセに惚れる。彼の整った顔が気に入ったのだ。それから話がはじまる。
 やがて二人は愛し合うようになる。だがカルメンは自由な女だ。次第にホセに飽き他の男に惚れるようになる。捨てられたホセは彼女に寄りを戻すよう詰め寄る。だがカルメンはそれを断り逆上したホセは彼女を刺殺してしまう。世界各国のオペラハウスで上演されるのであまりにも有名なセヴィーリアを舞台として悲劇である。
 カルメンだけでなくこの街は多くのオペラの舞台となっている。
 ロッシーニの『セヴィーリアの理髪師』。頭の回転の速い散髪屋フィガロが伯爵と元気のいい娘の恋愛を成就させる話である。
 その続編にあたるのがモーツァルトの『フィガロの結婚』だ。今度はそのフィガロが結婚するのだがそれを巡る一夜のドタバタ劇である。ロッシーニもモーツァルトもボーマルシェ原作のこの作品に素晴らしい音楽を与えている。特にモーツァルトのそれは彼が何故天才とまで呼ばれたかということを雄弁に語っている。
 モーツァルトは他にもこの街を舞台とした作品を作曲している。
 デーモニッシュな魅力を漂わせた『ドン=ジョバンニ』、奇妙な恋愛劇である『コシ=ファン=トゥッテ』、どれもモーツァルトの名作である。端役なし、駄作なしとまで言われる彼の作品においてもとりわけ有名な作品達である。
 またこの街はイタリアの作曲家ヴェルディも舞台にしている。
 不可思議なジプシーの女アズチェーナの復讐とその息子マンリーコと実は彼の兄であるルーナ伯爵の美少女レオノーラを巡る争いを描いた『トロヴァトーレ』。これは炎が支配するヴェルディの作品の中でも最も情熱的であり、かつ最も暗い炎が味わえる傑作である。ヴェルディは男の暗い情念の炎を曲にした男であるがこの作品においてはそれが爆発していた。それが為にこのトロヴァトーレは不滅の名作となっている。
「ロンドンにいた頃は親父やお袋に連れられていたっけ」
 ロンドンにもオペラハウスはある。イギリスはどちらかというとオペラの消費地であるが。
「カルメンも何回か観たな。音楽はいい。けれど」
 彼は少し首を傾げた。
「ああいったストーリーはなあ。やっぱり明るいのがいいよ」
 彼は失恋の話等は好まない。ハッピーエンドの話を好むのだ。
「スペインは陽気な国なんだしそうした音楽を楽しみたいな。とりあえずお昼はフラメンコが聴ける店に行くか」
 そう言って市場に向かった。そしてそこで食事を採るのであった。
 食事は鶏肉のパエリアであった。特によく知られた料理である。
 スペインの料理は日本のそれよりも多い。これは殆どの国で言えることである。
 実は日本人は少食であるらしい。例えばイタリアでパスタだけ食べるので奇妙に思われたりしている。
「俺はそんなことは言われたことはないな」
 一文字はわりかし大食な方である。彼やアマゾン、城などはライダーの中では大食の方である。彼等がそれについて言われるといつもこう言う。
「腹が減っては戦ができぬ」
 その通りであった。彼等はその激しいエネルギーを養う為にも食べなければならなかった。たとえ改造人間であってもエネルギーは必要なのであった。
「全く飯ばかり食いやがって」
 立花は彼等に対しよくこう言った。城には丼一杯の白い御飯と何杯ものラーメンをよくおごった。
「そんなもんでいいのかよ」
「ええ、俺はこれだけで」
 こんなやりとりもあった。立花はとりあえず金の心配はなかった。必要とあらば手に持っている技で幾らでも手に入った。
伊達にマスターをしたり本郷達のマシンノメンテナンスをしていたわけではないのだ。
 風見や純子には河豚をおごったこともある。戦いの間のささやかな贅沢であった。
「おやっさんには食い物のことでも世話になったな」
 一文字もそれは同じであった。彼はそうしたことからもライダー達の父親であったのだ。
 彼は市場を進んでいた。そこでなにやら小柄な男性が店を見て歩いていた。
「ん」
 よく見ればアジア系である。スペイン人はどちらかというと小柄な方である。欧州ではラテン系はそれ程背は高くない。北欧やゲルマン系に比べると小柄だ。小柄といっても日本人と同じ位だが。
「何処の国の人だろう」
 よくいるのは日本人か中国人だ。たまにアジア系アメリカ人だったり韓国人だったりする。大体海外にいるアジア系といえば彼等である。
「お、この魚いいな」
 そうやら店の品物の品定めをしているようだ。言葉は日本語である。
「この声は」
 一文字はその声を聞きすぐに誰だかわかった。見ればそのアジア系の男性は野菜や果物にも目を通してる。
「物価はスペインの方が安いな。まあ東京はちょっと変なんだが」
 彼は赤いパプリカを手にしていた。そしえそれをまじまじと見ながら語っていた。
「まあ日本のやつが決して悪いってわけじゃねえけれどな。ただもう少し安かったらなあ」
 これといって日本を批判したりはしない人物のようだ。日本には他国を引き合いに出して日本を何かと批判する者が多い。物価にしろ食べ物にしろ風習にしろ文化にしろ、だ。
 だが彼等を振り返ってみればいい。彼等は日本にいて日本の生活にどっぷりと浸かっている。中には税金逃れの為に海外に移住してそこで日本を批判する輩もいるがこうした連中は論外である。何処ぞの自称美食漫画原作者は生半可で愚劣で浅墓な知識でもって食べ物を騙っているだけに過ぎない。その実は文化や文明を解さない猿に過ぎない。この男は料理はわからない。文化もわからない。七十年代に流行った反文明的思考を今も何一つ変わらずに背負っているだけだ。言うならば原始人である。料理を騙るよりも石斧を持って太鼓を叩いている方が余程似合う。そもそもこの男は口では日本や日本人に謝罪を強要する。しかし本人は贅沢な食事をしている。なおかつテロ支援国家とも癒着している。滑稽な現実がそこにはある。
 こうした輩は他にもいる。下品な笑いと英語だけで芸能界に君臨した醜く肥満した老人である。この男はその中途半端な知識と教養をひけらかすのだけが脳であった。そして自分は他の誰よりも偉いと思い上がっていた。
 オーストラリアに移住したが何でも日本の危機だと言って選挙に立候補した。当選したがそこで急に辞める。あげくにテロ支援国家により日本国民の拉致は疑問だの徴兵制度が復活するなど寝言を連発した。見事に馬脚を露わした。この男は何の識見も持たなかったのだ。
 こうしたことを見てもわかるように他国を引き合いに出して自国を批判したり貶めたりするのは自分が勉強していないからだ。自信がないからだ。批判するのならまず自国のことを学ぶべきだ。そしてそこから何処が悪く、何処がよいか検証する。そしてそれを正していくにはどうすればよいか、それを考えるべきなのである。それが出来ない者は知識人として失格である。当然日本にも悪い点は多々ある。だがそれは全ての国に言えることであるのだ。
 光があれば陰がある。そういうことだ。それがわからない者は愚か者と言って過言ではない。
「肉もあるな」
 今度は肉屋を見ている。色々と見回っているようだ。
「ふんふん、羊か」
 日本ではメジャーとは言い難いが海外ではポピュラーである。魚が主体の日本人ではこれは仕方がない。匂いが苦手という人が多いのだ。
「おやっさん」
 一文字はその男の背中から声をかけた。
「お、その声は」
 男の方でも声でわかっているようだ。
「おう、意外なところで合ったな」
 男は後ろを振り向いてニカッと笑った。やはり立花藤兵衛その人であった。
「意外なところって」
 面食らったのは一文字であった。
「まさかこんなところにいるなんて。一体どうしたんですか」
「スペインにいる、って聞いてな。それで来たんだ」
「よくセヴィーリアにいるってわかりましたね」
「本郷に聞いたのさ。あいつなら御前の居場所がわかるからな」
「そうだったのですか」
 本郷と一文字は互いの脳波を感じることで互いに何処にいるかがわかるのだ。それも彼等の絆の深さの一つとなっているのだ。
「それでもこんなに早く出会えるとは思わんかったぞ。それもこんなところで」
「俺もビックリしていますよ」
「ははは、実はわしもだ」
 二人はそう言って笑い合った。
「そもそもこんなスペインの南の街で日本人が会うことも珍しいからな」
「ええ。確かに」
 彼は歩きはじめた。立花もその横にいく。
「案外日本人は少ないんですよね、この街」
「確かにな。皆バルセロナとかに行っちまうからな」
「そういえばそうですね。しかしこの街って結構有名なんですよね」
「フラメンコでか?」
「いえ、オペラで」
「そっちでか」
 立花はそれを聞いて意外そうな顔をした。
「わしはオペラはあまり知らないんだ、悪いが」
「そうなんですか」
「どっちかというとフラメンコかな。あれは結構好きだ」
「スペインといえばあれですからね」
「ああ。どっかで見られるかな」
「そうですね」
 一文字は立花に問われ辺りを見回した。既に酒場の並ぶ場所に来ている。
 見たところ何件かある。だがどれも昼なのでまだ閉まっている。
「夜に行きますか」
「そうだな。酒は夜飲むのがいい」
「ここじゃ違いますけれどね」
 欧州では昼からワインを飲むことが多い。水が悪くそうせざるを得ないからだ。
「じゃあまずは宿でも探すか」
「はい」
 こうして二人は市場と酒場をあとにした。そして宿を探しに行った。
 
「そうか、市場にいるか」
 死神博士はそれを基地の指令室で聞いていた。
「ハッ、既に我々の存在は察知しているものと思われます」
 報告をした傍らに立つ戦闘員が敬礼して答えた。
「そうか」
 博士はそれを聞いて頷いた。暗い基地の中で赤い円卓に一人座っている。座っているのは車椅子だ。
「ならばこちらも動くとするか」
 彼は顔をいささか俯けたまま言った。
「はい」
 戦闘員は頷いた。そして彼の背後に回ろうとする。
「よい」
 だが彼はそれを手で制止した。マントが微かに翻る。
「一人で充分だ」
 すると車椅子はひとりでに進みだした。誰も手を出していないのに、である。
「行くぞ、他の者にも伝えるがよい」
「わかりました」
 彼はその後に従った。
 博士が前に来ると扉が開いた。そして彼はそこをくぐる。そこには怪人と戦闘員達が横に整列して並んでいた。
「用意はいいな」
「ハッ」
「既に整っております」
 彼等は答えた。
「よし」
 彼は進んだ。その後に悪の使徒達が続くのであった。

 一文字は夕刻もセヴィーリアの街中を歩いていた。立花は店で酒とフラメンコを楽しんでいる。
「おやっさんも好きだなあ」
 彼は思わず苦笑した。立花は実際に歳よりも遥かに活動的な男である。
「まあだからあの歳でバダンと戦えるんだろうけれど」
 彼の戦いもまた長かった。ショッカーからデルザーまで多くの組織と戦ってきた。そして今もバダンと戦っている。
 一文字も本郷も長い戦いを経ていた。立花はそれとほぼ同じ時間を戦ってきているのだ。
 二人はそれを忘れたことはなかった。やはり立花は決して忘れることのできない存在なのだ。
 急に雨が降ってきた。激しい雨であった。
「おっとと」
 慌てて物陰に入ろうとする。だがその前に一人の男が立ちはだかった。
「ん!?」
 その男は急に拳を繰り出して来た。
「ムッ!」
 一文字は後ろに反転した。手をつきバク転で態勢を立て直す。
 そして身構える。その周りを戦闘員達が取り囲んだ。
「バダンか」
「その通り!」
 彼等は一斉に斧を投げてきた。しかし一文字はそれを跳んでかわした。
「甘い!」
 そしてそのまま姿を隠した。
「クッ、何処だ!」
 戦闘員達は辺りを探る。すると上の方から声がした。
「ここだ!」
 建物の屋上から声がした。そこにライダーがいた。
 赤い拳のライダー、仮面ライダー二号であった。彼は跳躍し戦闘員の一人を蹴りで倒した。
「さあ、次は誰だ」
 そして戦闘員達の中に踊り込む。戦闘員達は斧を手に立ち向かうがやはりライダーの敵ではない。為す術もなく倒されていく。
「待て、ライダー二号!」
 戦闘員達をあらかた倒したところで何者かの声がした。
「誰だ!」
 二号はその声に振り向いた。
「貴様の相手はこの俺がしよう」
 ゴッド悪人軍団の策略怪人クモナポレオンであった。彼は右手から蜘蛛の糸を放ってきた。
「キシャーーーーーーーーッ!」
 奇声と共に蜘蛛の糸が飛ぶ。それはライダーの左腕を捉えた。
「ムッ!」
 それは完全に絡み付いていた。そして徐々に彼の左腕を締め付けていく。
「これだけではないぞ」
 彼はさらに攻撃を続けた。今度は毒蜘蛛を放ってきた。
「フフフフフ」
 蜘蛛達は二号に近付いてくる。彼はそれから逃れられないように思われた。
「さあ、どうする」
「知れたこと」
 二号はそれに対しすぐに言い返した。
「突破するだけだ」
「ほう、どうやってだ」
 クモナポレオンはそれを聞き嘲笑した。
「逃げられぬというのに」
「逃げる!?」
「そうだ、俺のこの糸からな」
 そう言って二号の左腕を締めつける糸を指差した。
「これか」
 二号はそれを無感情に見た。
「そうだ、逃れられるかな、果たして」
 彼は自身の糸に絶対の自信を持っていた。だが二号はそれでも尚余裕を隠さなかった。
「この程度」
 そしてその糸に右手をかけた。
「ムッ!?」
 思いきり引いた。その糸を引き千切ろうというのだ。
「フン、馬鹿なことを」
 クモナポレオンはそれを見て更に嘲笑した。
「俺のこの糸は決して切れはしないのだ!」
「それはどうかな!」
 二号はさらに力を入れた。すると糸がブチブチ、と激しい音を立てて引き千切られた。
「何っ!」
 これにはさしものクモナポレオンも驚愕の色を顔に浮かべた。
「俺が力の二号と呼ばれているのはわかっていた筈だ」
「し、しかし」
 それでも自分の糸が敗れるとは夢にも思わなかったのだ。
 怪人はたじろいだ。それが命取りとなった。
「今だ!」
 二号は前に出た。そして拳を繰り出す。
「グフッ!」
 それは怪人の腹を撃った。それで怯んだところにさらに攻撃を仕掛ける。
「トオッ!」
 怪人の身体を掴んだ。そしてそのまま上に跳ぶ。
「喰らえ!」
 怪人の頭を両足で抱え込んだ。そしてそれを地面に叩き付ける。
「ライダァーーーーヘッドクラッシャーーーーーッ!」
 怪人は脳天を地面に叩き付けられた。すぐに跳び退いた二号を追う様に立ち上がるがそれが限界であった。
 クモナポレオンは倒れた。そしてそのまま爆死して果てた。
「死んだか」 
 二号はその爆発を見送って呟いた。だがそこに新たな敵が来た。
「ミミンガーーーーーーーッ!」
 デストロンの熱風怪人ヒーターゼミであった。怪人はまず両腕の機関砲を放ってきた。
「ムッ!」
 二号はそれを左に動いてかわした。そしてすぐに間合いを詰めていく。
「来たな」
 怪人はそれを読んでいた。すぐに機関砲を引っ込める。
 そして両目から熱風を出す。それで二号を焼き殺すつもりだ。
「死ねぇ、ライダー二号!」
 だが二号はそれに対して身を屈めた。そして柔道でいう大外刈りを仕掛けた。
「ウオッ!」
 怪人はそれでバランスを崩した。二号はそこに間髪入れず肘を入れた。
 さらに攻撃を続ける。身体を掴んで投げた。怪人は地面に叩き付けられた。
「まだだ!」
 しかしそれでも立ち上がってきた。だがその時既に二号は跳んでいた。
「トゥッ!」
 空中で激しく回転する。そして蹴りを放ってきた。
「ライダァーーーー回転キィーーーーーーック!」
 胸を打たれた怪人は大きく吹き飛ばされた。そしてその場で爆死して果てた。
「これで終わりか」
 二号は辺りを見回した。残るは怪人の残骸と戦闘員達の屍ばかりである。
「フン、見事にやってくれたものだ」
 ここで一人の大柄な老人が姿を現わしてきた。
「来たな」
 二号は彼に目を向けて言った。
「死神博士」
「如何にも」
 死神博士は二号を見据えたまま言った。
「このセヴィーリアは貴様の故郷だったな」
「そうだ」
 彼はそれを認めた。
「その故郷で貴様は何をするつもりだ」
「何をするつもり、か」
 彼はそれを聞き不敵に笑った。
「我等が為すことといえば一つしかなかろう」
「むっ」
 二号は彼の言葉にただならぬ殺気を感じた。そして再び構えをとった。
「案ずるな。今は戦わぬ」
 博士は二号を制して言った。
「貴様には一つ教えておくことがある。だからここに来たのだ」
「何だ」
 だが油断はできない。二号は構えをとったまま死神博士に問うた。
「この街は星屑と暗闇により崩壊する。それだけだ」
「星屑と暗闇」
「そうだ、これだけ言えば貴様にはわかるだろう」
「・・・・・・・・・」
 星屑はわかった。彼も博士の力はよくわかっていた。
「そして暗闇というのはあれか」
 各地でのライダー達の戦いのことは聞いている。彼はそれを問うた。
「答えるつもりはない」
 それが何にも増す答えであった。
「私から言うことはそれだけだ」
 彼はそう言うと踵を返した。そしてそこから去ろうとする。
「待て!」
 二号は彼を追おうとする。だがその前に一体の怪人が姿を現わした。
「ガブガブガブゥーーーーーーッ!」
 ショッカーの殺戮怪人ギリザメスであった。怪人は出て来るなり左腕の刃を振るってきた。
「クッ!」
 博士を追うどころではなかった。まずはこの怪人を倒さなければならなかった。
「それにしてもこいつが出て来るとは」
 二号は怪人の攻撃をかわしながら思った。
「死神博士の正体はやはり」
 博士の影は雨の為日が翳り見えない。だがその足下は雨で水溜りとなっていた。
 そこに彼の姿が映っていた。白い悪魔の様な姿であった。
「・・・・・・やはりな」
 二号はそれを見て妙に納得した。そしてギリザメスに顔を戻した。
「来い!」
「ガブガブーーーーーーーッ!」 
 怪人の攻撃は続く。頭部の鋸も使ってきた。
「フンッ!」
 それをかわす。そして逆に怪人の腹を膝で蹴った。
「ゲフッ!」
 蹴りを受けて怪人は怯んだ。そこに立て続けに攻撃を仕掛ける。
 拳を繰り出す。その連打を受けてさしものギリザメスも弱ってきた。
「今だ!」
 怪人を掴んだ。そして空中に跳ぶ。
「ライダァーーーー空中ハンマァーーーーーッ!」
 空中でジャイアントスイングを仕掛ける。そして怪人を渾身の力で放り投げた。
「ガブーーーーーーッ!」
 怪人は断末魔の叫びをあげながら地面に叩き付けられた。そして無残に爆死した。
「死神博士、何処だ!」
 二号は着地するとすぐに死神博士を探した。だが彼の姿は既にそこにはなかった。
「消えたか」
 その通りであった。彼は二号が怪人と戦っている間に既に姿を消していた。
「だが次は逃さん」
 彼も諦めるわけにはいかなかった。死神博士はショッカーの頃から悪魔の心を持つ天才科学者として知られている危険な男だからだ。
 彼は雨の中決意した。この街で死神博士との長年の戦いを終わらせることを。

「死神博士よ」
 基地で首領の声が木霊する。
「仮面ライダー二号との初戦はどうであった」
 彼は前に控える死神博士に語り掛けていた。
「ハッ」
 彼は壁にあるバダンの紋章の前に立っていた。首領の声はそこから聞こえていた。
「やはり手強い相手です。ですが今のあの男の戦闘能力はよくわかりました」
「フフフ、そうか」
「私に全てお任せ下さい。必ずやあの男をこのセヴィーリア共々灰燼に帰して差し上げましょう」
「期待してよいな」
「必ずや」
 博士はその言葉に対し不敵に笑って答えた。
「この死神の名にかけて」
「そうか」
 首領はその声に満足したようであった。
「ではこの作戦は貴様に全て委任するとしよう。報告は全てが終わってからでよい」
「ハッ」
 彼は頭を垂れた。
「朗報を期待している。それでは私はここから去るとしよう」
「御機嫌よう」
 首領の気配が消えた。そしてあとには死神博士だけが残った。
「誰かいるか」
 彼は前を向いたまま周りに問うた。
「はっつ、ここに」
 すぐさま数人の戦闘員達が姿を現わした。
「作戦の第二段だ。用意はいいな」
「わかりました」
 その戦闘員はそれを受けて敬礼した。
「すぐに送れ。そしてライダーを倒せ」
「ハッ!」
 戦闘員達は敬礼した。そして一斉にその場から離れた。
「さあ一文字隼人、いや仮面ライダー二号よ」
 やはり彼はそのままの姿勢であった。そして言った。
「貴様の力が勝つか、私の頭脳が勝つか勝負だ」
 彼は勝負に出ていた。その目が強く光った。

 二号が雨の中の戦いを終えた翌日セヴィーリアに不穏な空気が流れていた。
「テロですって!?」
 一文字はホテルで朝食の後立花に問うた。
「ああ、何でも駅の方らしい。どうやらかなりの死者が出たようだ」
 彼はテレビに映るニュースを見ながら一文字に話した。テレビでは傷を負った者達が担架で担ぎ出されている。まだ煙や炎が見える。
「みたいですね」
 一文字は南米で戦っていた経験からスペイン語がわかる。放送によると夥しい犠牲者が報告されている。
 映像はさらに続く。犠牲者達が次々に運び出されていた。
「・・・・・・・・・」
 彼はそれを見ながら考えていた。そして立花に言った。
「ちょっと行って来ます」
「駅にか」
「はい、ちょっと匂いますんで」
「バダンだな」
 立花の問いに対して無言で頷いた。
「よしわかった、わしも行こう」
「おやっさんもですか」
「ああ、すぐに行くぞ」
「はい」
 こうして逆に立花に急かされるように駅に向かった。そこではまだ救助活動が行なわれていた。
「酷いな」
 駅は完全に崩壊していた。壁は無残に砕けその下からは犠牲者の血に塗れた手が姿を出していた。
「それがテロです」
 一文字は苦渋に満ちた声で言った。
「自分達の為なら他の者がどうなろうと知ったことじゃない。だからこんなことも平気でするんです」
「そうだな」
 それは立花も同意だった。
「主張があるのならそれを堂々と言えばいい。戦うのなら権力者に対してのみ戦えばいい」
 握り締める拳に力がこもっていた。
「俺はテロリストも許すことができない。しかしこれは奴等の仕業じゃない」
「何故だ」
「この爆発の規模を見て下さい」
 見ればかなりの広範囲に及んでいた。
「ここまでの威力を持つ爆弾は普通のテロリスト達に持てるものじゃない」
「ということはだ」
 立花もそれを聞いてすぐに悟った。
「ええ、バダンです。間違いありません」
「おい、隼人」
「わかってますよ、おやっさん」
 一文字は頷いた。そしてすぐに動いた。
 破壊し尽くされた駅の中に入って行く。そしてその中で走りながら変身した。あまりもの速さの為誰の目にも止まることはなかった。
「!?」
 ライダーの動きは速い。その為その動きは人の目に止まることはないのだ。
 彼はすぐに物陰に消えた。そしてOシグナルに集中した。
「ここにまだいる筈だ」
 シグナルが点滅した。彼の予想が当たった。
「では何処だ」
 その時無気味な叫び声が聞こえてきた。
「ビラビラビラビラーーーーーーーッ!」
「言っているそばから来たか!」
 二号はすぐに物陰から飛び出た。見れば廃墟の中に一体の無気味な怪人が立っていた。
 ネオショッカーの毒液怪人ヒルビランであった。怪人は負傷者を救助する人々に襲い掛かろうとしていた。
「無駄なことは止めろ、そいつ等は死ぬ運命にあるのだ!」
 怪人の後ろには戦闘員達もいた。何と戦車まである。
「化け物が出て来たぞ!」
「戦車まである!」
 人々は口々にそう叫び逃げようとする。そんな彼等に戦闘員達が襲い掛かる。
「そうはさせるか!」
 立花がその前に立ち塞がる。そして戦闘員達を倒していく。
 だが多勢に無勢だ。その上敵には戦車まであるのだ。
 戦車が機銃を掃射した。それは立花の足下を襲った。
「うわっ!」
 足をバタバタと動かして何とかそれをやりすごす。だがそれで劣勢は明らかとなった。
「無駄なことを」
 ヒルビランは動きを止めた立花に対して言った。
「貴様一人でどうでもできる筈がなかろう」
「言ってくれるな、おい」
 彼はその言葉に対し逆にくってかかった。
「貴様等なんぞ怖くとも何ともないぞ」
「相変わらず強気だな」
「わしは貴様等なんぞに屈したりはせん、それはわかっているだろう」
「フン、確かにな」
 バダンの方もそれは嫌という程わかっていた。
「だがこれには勝てまい」
 怪人の言葉を合図として戦車が砲身を立花に向けてきた。
「さ、、どうする」
「こうするのさ」
 不意に何処からか声がした。
「ムッ!?」
 ヒルビランがその言葉に顔を向けた時には声の主は跳んでいた。そして戦車に蹴りを入れた。
「トォッ!」
 その蹴りで戦車は完全に戦闘力を喪失した。そして間髪入れずその戦車を担ぎ上げた。
「ウオオオオオオオッ!」
 戦車を空中に放り投げる。既に大破していた戦車は空中で爆発四散した。
「やはりいたか」
「当然だ、既に貴様の配下の者達は全員俺が倒したぞ」
 戦車を破壊した二号が彼の前に出て言った。見れば周りの戦闘員達は二号の言葉通り全員倒れ伏している。
「クッ、何時の間に・・・・・・」
「ライダーのスピードを甘く見たな。ライダーの力はパワーと技だけじゃない」
「ぬかったわ」
 ヒルビランはそれを聞き悔しげな言葉を漏らした。
「あと貴様に聞きたいことがある」
「何だ」
 怪人は二号を睨みつけた。
「この駅のテロは貴様の仕業か」
「だとしたらどうする」
 怪人はそれを認めた。否定する必要も意思もなかったからだ。
「そうか」
 二号はそれを静かに聞いていた。そしてゆっくりと構えをとった。
「許さん、貴様だけは何があろうと倒す!」
 構えをとった。いつもの構えとは違う。ライダーファイトだ。
 変身の時の最後の構えだ。左腕を肩の高さで直角に上に向ける。右腕はそれに合わせるように胸に垂直にする。肘はやはり直角に曲げている。両手は拳だ。
「許さんか」
 ヒルビランはそれを聞き嘲笑の声を漏らした。
「戯れ言を。バダンにとっては不要な存在を消したに過ぎんというのに」
「不要な存在だと」
 二号はそれを聞きさらに激昂した。
「そうだ、どのみちこの者達は我等が世界を掌握した時に粛清されるのだ。ならば今のうちに少しでも減らしておいて損はあるまい」

「人の命を何だと思っている!人の未来を」
「そんなものは知らん。俺達にとっては一人一人の命なぞその辺りの石と同じものだ。それ位わかっていよう」
「ぬうう」
 それはわかっていた。ショッカー以来変わることのない思想であった。その思想が為にライダーは彼等と戦っているのだ。
「それ以上言う必要はない。仮面ライダー二号よ」
 怪人は話を打ち切ると構えをとった。
「貴様にはここで死んでもらう。喰らえ!」
 そう言うと両手を振り回した。そして小型の蛭を放ってきた。
「ムッ!」
 それは二号の身体にへばり付いた。そして血を吸っていく。
「フフフ、その蛭からは逃れられんぞ」
 ヒルビランはそれを見て勝ち誇った笑みを浮かべた。
「二号ライダーよ、そのまま全身の血を吸われて死ぬがいい」
 蛭は凄まじい勢いで二号の血を吸っていく。そしてその身体を急激に膨張させていく。
 かに見えた。だがそれは違っていた。
 蛭はまったく膨らまなかった。そして二号の手で呆気なく取り払われていく。
「何ッ!?」
 これに驚いたのはヒルビランであった。彼の切り札が全く通用しないから当然であった。
「これはどういうことだ」
「ヒルビラン、貴様はライダーのことを何も知らないようだな」
「それはどういう意味だ」
 彼にはその言葉の意味がわからなかった。ライダーのことならばくまなく研究した筈だからだ。
「俺は全身を瞬時に硬化させることができる。それを知らないわけではあるまい」
「ということは」
「そうだ、それにより蛭を防いだのだ。迂闊だったな」
「何と・・・・・・」
 彼はそれを聞き再び口惜しそうな声を漏らした。
「まさかそれをここで使うとは」
 それは彼も知らないわけではなかった。だがこの様な使い方があるとは夢にも思わなかった。
「話は終わりだ」
 二号は蛭を全て取り払うと怪人に対して言った。
「貴様だけは許さん!」
 そして前に跳んだ。怪人の身体を掴んだ。
「トォッ!」
 空中に高く放り投げた。そして自身も跳んだ。
 壁を蹴る。ヒルビランに破壊された駅の残された壁だ。
「貴様に殺された多くの罪のない人達の恨みだ!」
 二号は壁を蹴りながら叫んだ。その足に多くの人々の恨みと悲しみを宿らせて。
「ライダァーーーーー反転キィーーーーーーック!」
 これもまた一号の技であった。再改造と特訓により身に着けたのである。
 空中にある怪人を蹴った。そしてそのまま吹き飛ばした。
 ヒルビランは空中に吹き飛ばされた。そしてそこで先程の戦車と同じように爆発した。
「仇はとれただろうか」
 二号は着地して呟いた。怪人を倒したところで犠牲者は帰っては来ない。しかし。
 悪は倒した。人々の仇は取ったと言えば取ったことになる。
「だが」
 やはり二号は釈然としなかった。彼は死者を甦らすことはできないのだ。
 彼は立花のところに向かった。そして彼と共に生存者の救助に当たった。

 翌日二人は街をパトロールしていた。昨日のことがあり警戒しているのだ。
「おやっさん、また派手なジープですね」
 一文字は隣でジープを駆る立花に対して言った。
「おかしいか、わしは気に入っているんだが」
 このジープは彼の愛車であった。かってブラックサタン、デルザーと戦っていた時以来のものだ。
「いえ、中々似合ってますよ」
「だったらいいがな。茂には最初結構冷やかされたもんだ」
「あいつもかなり派手ですけれどね」
「御前もそう思うか」
「ええ」
 城の派手好きはライダー達の間でも有名であった。薔薇の刺繍の入ったジーンズなぞ身に着けるのは彼位だと言ってよかった。
「まああいつにはあれが似合ってますけれどね」
「確かにな。不思議な位にな」
 それは認めた。城はそれが似合う不思議な男だった。
「そういう御前の服も結構独特だな」
「そうですか」
 一文字はイギリスの服を着ることが多い。やはり幼い頃のロンドンでの暮らしからか。
「まあどのライダーも皆それぞれ服には凝ってるな」
「アマゾンはどうですか」
「それがあいつもあれで結構洒落者だ」
「本当ですか。まあ普段の服も似合っていますけれどね」
 アマゾンは密林にいた時からの服であった。それが野生児である彼にはピッタリの服であった。
「一度白いスーツに身を包んでいたなあ」
「へえ」
「ガランダーを倒して日本を後にする時にな。まあすぐにあの服に戻ったが」
「そうだったんですか」
「まあ皆それぞれの服を着ていいさ。それがライダーの個性を現しているしな」
「確かに」
 十人のライダーはそれぞれ異なる能力、個性、戦い方を持っている。それが服装にも表れているのだ。
 一文字と本郷ですらその人格や戦い方は全く異なる。だからこそ彼等は無二の戦友であり、同志であり続けていると言っても過言ではない。
 人にはそれぞれ個性がある。改造人間であるライダー達も。だがバダンはそれを認めないのだ。
「だからこそ俺達は奴等を許せない」
 一文字、いやライダー達はこう思う時がある。バダンが求めているのは機械なのだ。人間ではないのだ。
 その考えから改造人間が生まれた。彼等はあくまで人はものと考えているのだ。
 だからこそ平然と殺すことが出来る。処分することが出来る。何とも思っていないからだ。
 ライダー達はその考えを許すことが出来ない。ライダーとバダンはそうした意味でも決して交わることのない関係にあると言ってよい。
 立花もそうであった。彼はかって七人のライダー達と共に戦った。いずれも個性豊かな者達であった。彼はその個性を決して消そうとしなかった。
 むしろその個性を伸ばした。それがライダー達の成長に繋がっていったのだ。
 彼はライダーを育てた。彼なくしてライダー達は悪に勝つことは出来なかったのだ。
「おやっさん」
 一文字は立花に話しかけた。
「何だ」
 立花は運転しながら彼に応えた。
「これが終わったら皆で遊びに行きませんか」
「いいな。何処へ行く」
「そうですね」
 一文字は暫し考え込んだ。
「富士山でも行きますか。それで皆で乾杯しましょう」
「いいな、この戦いが終わったらな」
「ええ、一杯おごりますよ」
「楽しみにしているぞ」
「はい」
 二人はこんなやりとりを続けながらセヴィーリアの街をパトロールしていた。その日は何事もなかった。
「何もなかったな」
 二人はホテルに戻って一息ついた。
「俺達を警戒しているんでしょう。すぐにまた動きだしますよ」
「そうだろうな」
 彼もバダンのやり口はよくわかっていた。
「今夜も危ないな」
「はい」
 二人は夕食をとりとりあえずはベッドに入った。だが一文字は一人ベッドから這い出た。
 そして部屋を後にする。立花は起こさず一人で出た。
 ライダーに変身する。そして夜の街を駆けて行った。
 闘技場の側に来た。そこでふとOシグナルが点滅した。
「ムッ」
 闘技場の中からだ。それを察した彼は闇に紛れるようにして闘技場の中に入った。
 闘技場の中心で何者かが蠢いていた。見れば戦闘員達である。
「どうだ、作業は進んでいるか」
 それを指揮する影があった。ドグマの蟷螂怪人カマギリガンであった。
「ハッ、全て順調であります」
 戦闘員の一人がそれに対して敬礼で返した。
「うむ、ならばよい」
 カマギリガンはそれを聞き満足したように頷いた。
「早く済ませなければな。二号ライダーに見つかったりしたら大変だ」
「そんなに大変か」
 後ろから声がした。
「当然だ、奴は手強い。こうしたことは見つからないうちに済ませるのが一番だ」
「そうか、確かにな」
「わかったら貴様も早く貴様の部署に行け。客席にも仕掛ける予定だろうが」
「そうだったのか」
「おい、とぼけるな」
 カマギリガンはそれを聞いて声を荒だたせた。
「貴様の仕事は死神博士からお聞きしているだろう、そんなことを言っているとあの方に何をされるかわからんぞ」
「その心配はない」
「何故だ」
 怪人は次第に苛立ちを感じていた。
「俺が貴様等の計画を全て叩き潰すからだ」
「何ッ!」
 怪人はそれを聞いて後ろを振り向いた。振り向き様に拳が来た。
「グハッ!」
 それを頬に受けたカマギリガンは吹き飛んだ。そして闘技場の土の上に叩き付けられた。
「貴様は」
 立ち上がりながら拳の主を見る。それは赤い拳を闇の中に浮かび上がらせていた。
「言わないとわからないか」
 二号は拳を構えなおして言った。
「クッ」
 カマギリガンは声に悔しさを滲ませながら立ち上がった。
「俺を甘く見るな」
 彼は両手に持つ鎌を投げてきた。そしてそれで二号を両断しようとする。
 だが彼はそれを素早い身のこなしでかわした。夜とはいえ動きは素早い。
「おのれ!」
 彼は腕をサッと上げた。それによりそれまで左右に散っていた戦闘員達が動いた。
「やれい!」
「イィーーーーーーッ!」
 彼等は奇声と共に二号に襲い掛かろうとする。だがそこに誰かが来た。
 それは一台のバイクであった。颯爽と闘技場を駆けて来た。
「誰だっ!」
 バイクの主は答えない。そのかわりにライダーに襲い掛かろうとしていた戦闘員達をバイクで一掃した。
「ライダー、助けに来たぞ!」
 バイクの主がヘルメットの中から叫んだ。
「その声は!」
 二号はその声に聞き覚えがあった。
「おう、俺だ!」
 彼はヘルメットを取った。それはライダー達の掛け替えのない盟友であった。
「滝、どうしてここに!」
「おっと、バダンのあるところライダーありだろ」
 滝は悪戯っぽく笑って言った。
「じゃあ俺もいるのさ。ライダーと一緒に戦うのが俺の仕事だからな」
 彼はインターポールの捜査網によりバダンの動向を掴んでいたのだ。そしてこのセヴィーリアに来たのだ。
 彼はバイクから飛び降りた。そして二号の横に来た。
「戦闘員はいつも通り俺に任せてくれ」
「わかった」
「御前は怪人をやれ、いいな」
「よし!」
 二号は頷くとすぐに動いた。カマギリガンに飛び掛かった。
「行くぞ!」
「チッ、小癪な!」
 怪人は両手の鎌を振るってきた。二号はそれをかわしつつ間合いを詰めて来た。
「おのれ、何とすばしっこい」
「ライダーの武器はパワーだけじゃないのがよくわかるだろう」
 見れば摺り足で動いている。武道の達人である彼ならではの技だ。
 最小限の動きで攻撃をかわしつつ間合いを詰めた。そしてその身体を掴んだ。
「喰らえっ!」
 そのまま投げた。柔道でいる肩車だ。
「グフッ!」
 肺から息が吐き出た。肋骨が砕ける音がした。
 それでも立ち上がろうとする。だがその時には二号は既に空を跳んでいた。
「受けてみろ!」
 彼は攻撃態勢に入っていた。
「ライダァーーーーパァーーーーーンチッ!」
 そして拳を繰り出した。それで怪人を撃った。
 カマギリガンは後ろに吹き飛んだ。そして闘技場の中央で倒れ爆死して果てた。
「終わったか」
 ライダーのもとへ戦闘員達を倒し終えた滝が来た。
「いや、まだだ」
 だが二号はそれに対し首を横に振った。
「今の怪人の話だと観客席にも向かったらしい。まだここにいる筈だ」
「その通り」
 そこで何者かの声がした。
「よくもカマギリガンを倒してくれたな」
 怪人が夜の闇の中から姿を現わした。
「仇はとらせてもらうぞ」
「貴様は」
 二号は彼に名を問うた。
「知りたいか」
 怪人は不敵な声で言った。
「まあよい。どのみち死ぬ身だ。教えてやろう」
 怪人はそう言うとその威容な姿を現わした。
「ゴッドの地獄怪人死神クロノス。よく覚えておくがいい」
「死神クロノスか」
「そうだ。俺のこの大鎌、受けて地獄に行くがいい」
 怪人は手に持つ巨大な鎌で二号を指し示しつつ言った。
「死ねい、仮面ライダー二号よ!」 
 鎌に炎を宿らせた。そしてそれで断ち切らんとする。
 しかし二号はそれをかわした。後ろに跳び退く。
「今のをかわすとはな。噂通りのことはある」
 二号はそれには答えなかった。
「だがこれはどうだ」
 怪人はさらに攻撃を繰り出してきた。それで二号を両断せんとする。
 しかし二号はフットワークだけでそれをかわす。焦っているところはなかった。
「落ち着いているな」
「当然だ。この程度で」
 彼は冷静にその鎌の動きを見ていた。そしてそれから目を離さなかった。
 死神クロノスは鎌を繰り出し続ける。二号はその軌跡を見ていた。
「見切った!」
 すぐに動いた。斬り掛かって来るその刃身を蹴った。
「ウオッ!」
 鎌は回転しながら天を舞う。炎が回転している様であった。
 地に落ちた。そして闘技場に突き刺さった。
「おのれ」
 怪人は呪詛の声を漏らした。二号はその間に一気に間合いを詰めた。
「炎を宿らせたのが貴様の敗因だ」
「そういうことだ!?」
「この闇の中に炎はよく映える」
 二号は怪人の腹に掌底を浴びせながら言った。
「グフッ!」
 それを受けた怪人は口から血を噴き出した。
「ならば見切るのは実にたやすいのだ」
「クッ、そうであったか」
 二号は怪人の身体を掴んだ。
「この死神クロノス一生の不覚」
「時と場所を選ぶべきだったな」
 彼は最後の言葉を漏らした。二号は怪人を放り投げた。
「ライダーーーー投げ!」
 ライダーの基本的な必殺技であった。それで怪人を思いきり投げた。
 怪人は闘技場のフェンスに叩き付けられた。そして崩れ落ちそのまま爆発した。
「これで終わりだ」
 二号は闇の中のその爆発を見届けて言った。
「やっとか」
「ああ、後はこの場所を調べよう。まだ爆弾が残っているかも知れない」
「おお」
 二人は爆弾の回収に当たった。観客席のそれを見つけると宙に放り投げ処分した。そしてバダンの邪な行動を見事阻止したのであった。

 死神博士はその一連の戦いを地下のモニターを通じて見ていた。
「やりおるな、やはり」
 彼は瞬き一つせずそれを見ていた。車椅子に座りながらである。
「並の怪人では相手にならぬか。ではいよいよ私が動く時だな」
 そう言って立ち上がった。
 ベルを鳴らす。そして戦闘員達を集めた。
「これで全てか」
「ハッ」
 見ればかなりの数がいる。おそらくこの基地にいる全ての戦闘員であろう。
「よし。ではかねてよりの最後の作戦を発動する」
「遂にですか」
 戦闘員達はその言葉にざわめきだった。
「うむ。怪人達は全て倒された。最早私が行くしかあの男を倒す方法はない」
「わかりました」
 戦闘員達は皆動作を合わせたかの様に首を縦に頷いた。
 博士は車椅子から立った。そして今まで戦闘員達に背を向けていたが彼等に向き直った。
「行くぞ。セヴィーリアを死の街に変える」
「ハッ」
 彼等は敬礼した。そして死神博士に続いて出撃していった。
 こうして彼等は基地を後にした。仮面ライダー二号の首を挙げるまでは決して帰るつもりはなかった。

 数日後セヴィーリアに戦闘員達が次々と姿を現わした。そして街に襲撃を仕掛けて来た。
「また来たか!」
 二号はニューサイクロン改に乗り出撃した。立花はジープで、滝はバイクでそれぞれ後に続く。
 戦闘員達は広場で市民達に攻撃を仕掛けている。皆手に刀や槍を持っている。
「逃げろ!」
 市民達は彼等を見て必死に逃げ惑う。戦闘員達は武器を手に彼等を追う。
「殺せ、一人も逃がすな!」
 戦闘員達の殺気走った声が飛ぶ。そして市民達を追い詰めていく。
 だがそこに銀のマシンがやって来た。今まさに刀を振り下ろさんとする戦闘員を吹き飛ばした。
「そうはさせるか!」
 二号はマシンから刃の翼を出し、運転を続けながら叫んだ。そしてそのまま戦闘員達に突入して行く。
 マシンだけで戦闘員達を倒して行く。そしてすぐに彼等を一掃した。
「終わったか」
 見れば他の戦闘員達も滝や立花に倒されていっている。だがそれで終わりではなかった。
 最後の戦闘員を倒し終えた滝の携帯に電話が入った。
「はい」
 それは現地の警察からであった。話を聞く滝の顔がみるみる強張っていく。
「・・・・・・わかりました」
 滝は頷くと電話を切った。そして二号と立花に対して言った。
「新手だ。今度は市場だ」
「わかった」
 二人はそれに頷き戦場に向かった。
 市場でもやはり戦闘員達が暴れていた。武器を手に襲い掛かろうとしている。警官達が彼等と戦っていた。
「性懲りもなく!」
 三人は変身を解いていた一文字を先頭に警官達の助っ人に入った。そして戦闘員達を次々と倒していく。
 警官達の力もあり市場の戦闘員達も全て倒した。警官達が彼等のところにやって来た。
「有り難うございます、おかげで助かりました」
「いえ、それ程のことは」
 三人は少し照れ臭そうにそう言った。礼を言われる様なことはしていないと言いたげであった。
 それも当然であった。彼等はバダンと戦うことが仕事なのだから。
「それにしてもこの連中は一体何者ですか?見たところテロリストの様ですが」
 警官達の先頭に立つ背広の男が一文字に問うた。どうやら刑事の様だ。
「まあそんなところです」
 一文字はあえてそれをはぐらかして答えた。バダンのことを普通の者に教えたくはなかった。混乱が起こりかねないからだ。
「実は俺達はインターポールの者でして」
 滝が身分証明書を見せながらその刑事に説明した。
「この連中を追っているんです。それでここに来ました。そちらの署長から連絡を受けて」
 先程の滝への電話が署長からのものであったようだ。
「おお、そうだったのですか」
「はい。この連中は世界的なテロリストでしてね。このセヴィーリアに大勢来ていると聞いてここに来たんです」
「この街にですか」
「はい」
 三人は深刻な表情で頷いた。
「ではこの前の駅での爆発事故も」
「そうです」
 一文字が答えた。
「全てこの連中の仕業です」
「何という連中だ」
「それがテロリストですよ。目的の為ならどのようなこともする。だからこそテロリストなんです」
「全くです。この連中だけは許してはならない」
 刑事は顔を歪めて強い声でそう言った。どうやらテロリストを激しく憎んでいる様だ。
「しかしインターポールの人がいるとは心強い。宜しければ協力して頂けますか」
「喜んで」
 滝は答えた。そして彼と刑事は固く手を握り合った。
 三人は署に向かおうとした。とりあえず詳しい話をする為だ。だがそこにまた電話が入った。
「またか」
 滝は電話に出た。そして苦い声で一文字と立花に言った。
「今度は教会らしいぞ」
「カテドラルですね」
 ここで刑事が言った。
「ここからすぐです。気をつけて入って下さい。すぐに我々も向かいます」
 彼等にはまだここでやらなければならないことがあった。まだ残党がいるかも知れないからだ。
「わかりました」
 一文字達は頷いた。そしてすぐにその場を立った。
「すぐに行きますから、お願いします」
「はい!」
 こうして三人はカテドラルに向かった。
 カテドラルは欧州で三番目に大きな寺院である。コロンブスの墓があることでも有名だ。 
 スペインは欧州の中でも特にカトリックの勢力が強いことで知られている。ハプスブルグ家が長い間王であったことも関係しているがこれにはスペインの歴史が深く関わっていた。
 スペインはかってはイスラムの勢力圏であった。その名残は今でも各地にある。
 それに対してキリスト教世界は反撃に出た。所謂レコンキスタである。
 この旗印となったのがカトリックであった。イスラムに対抗する為にそれは至極当然のことであった。これを通じてスペインでのカトリックへの信仰は深いものとなっていた。
 これはスペインが世界に進出する時でも重要な役割を果した。彼等は神父と共に世界へ出て行ったのだ。
 そして各地で布教した。その血生臭い歴史はつとに知られている。だがスペインの統治は実際はまだ緩やかであった。後のイギリスのインド支配に比べると遥かにましであった。
 今もスペインではカトリックの信仰は深い。ローマ=カトリック教会のお膝元であるイタリアよりも深い程だとも言われている。
 この寺院もそうした歴史を見てきている。歴史の生き証人でもあるのだ。今その寺院に悪しき者達が来ていた。
「壊せ!全て壊すのだ!」
 戦闘員達がいた。既に寺院の中に侵入してきていた。
「この跡地にバダンの基地を作るのだ!そして偉大なる我等は首領をお迎えしろ!」
 彼等は口々に叫んでいた。そして抵抗する僧侶や観光客に対して容赦なく攻撃を加える。
 だが彼等も負けてはいない。手に得物を持ち、そうでない者は素手て抵抗していた。
 僧侶達は古い倉庫から様々な武器を取り出していた。教会にも武器はある。彼等は刃物を持つことは許されていなかったが棍棒の類は許されていたのだ。その中にはかなり物騒なものもある。
「退きなさい、神のおわす場所を汚すことは許しませんよ!」
 彼等はそれを手にバダンと戦っていた。如何に彼等といえど寺院を汚すことは許せなかったのだ。
「フン、神が何だ!」
 バダンは神を信じてはいない。少なくともキリスト教の神は。
 彼等にとって神とは首領のみである。他には何もいないのだ。
 だからこそこの寺院を破壊しようと何とも思わなかった。当然僧侶達を攻撃するのにも躊躇いはなかった。
「死ね!」
 そう叫び攻撃を続ける。だが僧侶達も必死なので中々倒せない。両者は何時しか寺院の中で睨み合うこととなった。
「クソッ、しぶとい奴等だ」
 通路にバリケードまで出来ていた。一方には戦闘員、もう一方には僧侶と観光客達がいる。両者はそれで身を守りながら激しく睨み合っていた。
「だがそれもこれまでだ」
 戦闘員の一人が言った。
「もうすぐあの方が来られる。そうすればこんな連中」
 彼は笑った。そして攻勢の準備に入った。
 だがそれは出来なかった。突如僧侶達のところから一人の男が飛び出して来たのだ。
「何ッ!」
 それは一文字であった。彼は戦闘員達のバリケードを叩き潰すとその中に踊り込んできた。
 その後に滝と立花が続く。三人はそのまま戦闘員達を次々と倒していく。
「何故貴様等がここに」
「俺達の情報網を甘く見ていたな。警察から聞いたのさ」
 一文字は戦闘員の一人を手刀で倒しながら言った。
「貴様等の行動は全てわかる運命になっている。諦めるんだな」
「フン、戯れ言を。その言葉地獄で後悔させてやる!」
 だが形勢が変わったのは明らかだった。三人は次第に戦闘員達を押していく。
 その後ろから僧侶や観光客が続く。そして警官達もやって来た。
 バダンの者達は寺院の中から追い出された。そして外の庭園に追い詰められていく。
 そこで一人残らず倒された。やはり一文字達が来たことが大きかった。
「これで終わりではないな」
 しかし一文字はまだ油断していなかった。
「おそらく来るな」
 彼は予感していた。いよいよ決戦がはじまることを。
 そこで誰かが叫んだ。
「また来たぞ!」
「やはりな」
 彼は声がした方に顔を向けた。
 そこにあの男がいた。戦闘員達を後ろに従え立っていた。
「死神博士」
 一文字は彼の前に来た。そしてその名を呼んだ。
「やはりここに来たか」
「そうだ、この寺院を破壊する為にな」
「何故だ」
「この街を破壊し尽くす為だ。それだけでは説明は不足かな」
「クッ」 
 どれで充分であった。他に理由はなかった。
「だがその前に貴様も倒さなくてはならないようだな」
 彼は一文字を見て言った。冷たく、それでいて残忍な光が宿っていた。
「望むところだ」
 一文字もそのつもりだった。彼を見据えて構えをとった。
「だがそれはここではない」
 しかし死神博士は一文字を睨んだままそう言った。
「我等が雌雄を決すべき場所は他にある」
「どういうことだ」
「来い。貴様の死に場所に案内してやろう」
 そして踵を返した。その黒いマントが翻る。
「待て!」
 一文字は彼を追いはじめた。だがその前に戦闘員達が立ちはだかる。
「イィーーーーーーーッ!」
 だがそこに滝と立花が来た。
「雑魚は俺達に任せろ!」
「御前は死神博士を追うんだ!」
 そして戦闘員達と戦いはじめた。
「さあ、早く行け!」
 一文字はそんな二人の心遣いを有り難く思った。
「済まない。滝、おやっさん」
 そして彼は死神博士を追った。
 老齢とは思えぬ程の速さであった。車椅子に乗っているのはその独特のダンディズム故であろうか。だがそれは誰にもわからない。
 彼はただひたすら歩いていた。それでも走っている一文字が中々追いつくことができない。
「クッ、奇怪な」
 おそらく死神博士の時の身体の能力も上がっているのだろう。そうでなければ考えられない速さであった。
 やがて二人はカテドラルから離れた。そして荒野に来た。
 遠くからヒラルダの塔が見える。それはカテドラルにある鐘楼である。セヴィーリアの象徴とも言える塔である。
「ここでよいな」
 死神博士はようやく後ろを振り返った。そして一文字へ顔を向けた。
「一文字隼人よ、ここが貴様の死に場所だ」
「ほう、それはいい。あの塔が見えることだしな」
 彼は塔をチラリ、と見て答えた。
「だがその言葉少し訂正させてもらおう」
「何!?」
「ここで死ぬのは俺じゃない。死神博士、貴様自身だ」
「戯れ言を」
 彼はそれを聞いて口の端だけで笑った。
「では今からその減らず口を塞いでやろう」
「出来るものならな」
 博士はススス、と前に出た。やはり老人とは思えない動きである。
 その右手には鞭があった。乗馬用のそれに近いものであった。それで二号を打ち据えにかかった。
「そんなもの!」
 二号はそれをかわした。見れば鞭には電撃が宿っていた。
 博士は攻撃を続けた。しなやかでsれでいて強靭な動きであった。
 だが一文字も負けてはいない。攻撃の合間の一瞬の隙を衝き攻撃を仕掛ける。
「トォッ!」
 左足から蹴りを繰り出す。それで博士を吹き飛ばそうとする。
 だが博士の姿はそこにはなかった。気がつけば一文字のすぐ後ろにいた。
「テレポーテーションか!」
「如何にも」
 彼は答えた。そして一文字の背に鞭を振り下ろしてきた。
「グフッ!」
 身体中に電撃が走った。一文字はその瞬間身体を大きくのけぞらせた。
「どうだ、私の鞭は」
 かろうじて踏み止まり何とかこちらに向き直った一文字に対して言った。
「普通の鞭ではないぞ。立っているのがやっとであろう」
「それはどうかな」
 だが一文字はそれでも平気な顔をした。あえてそういう顔を作ってみせたのだ。
「おれを舐めてもらっては困るな。その証拠に見ろ、自分の胸を」
「何!?」
 一文字に言われて己が胸を見た。そこには拳の跡があった。
「グフッ」
 その途端胸に鈍い痛みが走った。どうやら先程の一文字の攻撃の際に受けていたらしい。
「これでお相子だな」
「クッ、確かに」
 それは認めざるを得なかった。胸を走る鈍い痛みがそれを教えていた。
 博士は間合いを離した。そして一文字に対して言った。
「ならば私も本気を出そう」
「本気か」
「そうだ。私の真の姿、よく見るがいい」
 そう言うと羽織っていたマントを取り外した。そしてそれを上からバッサリと被った。
 その中で死神博士の身体が変わっていった。白いタキシードが軟体動物を思わせる皮膚になり身体中に何やら無気味な触手の様なものが生えてきていた。そしてそれは彼の両手に絡んでいった。
「フフフフフフ」
 マントの中から死神博士の哄笑が聞こえてくる。そして彼はマントを取り払った。
「行くぞ、一文字隼人」
 そこには奇怪な姿をした怪人がいた。烏賊を思わせる白い怪人であった。
「イカデビルか」
「そうだ。私の真の姿は知っていよう」 
 ショッカーにおいてその名を恐怖と共に知られた怪人である。その力はショッカーの怪人達の中でも最強と噂だれていた。
「この姿を見た者は必ず死ぬ。例えそれがライダーだとしてもな」
「ライダーでもか」
「そうだ。さあ一文字隼人よ、早く変身するがいい」
 彼は一文字に対して言った。
「この手で完全に破壊してやる」
「そうか」
 一文字はそれを聞いて不敵な笑みで返した。
「では俺も変身するとしよう」
 そう言うと腰に風車のベルトを出した。
「行くぞ、死神博士、いやイカデビル」
 そして変身に入った。

 変・・・・・・
 両手を右から上へゆっくりと旋回させる。手は手刀の形である。
 次第に身体が黒いバトルボディに覆われていく。その手袋とブーツが真紅のそれになっていく。
 ・・・・・・身!
 左で両手を止めた。
 左腕は肩の高さで肘を直角に上に向けている。
 右腕はそれに合わせて胸に水平にしている。やはり肘は直角だ。手は両方共拳にしている。
 顔が深緑の仮面に覆われていく。右から、そして左から。その目が紅に光った。

 激しい光がベルトから放たれる。そして光が全身を覆った。
 そしてライダーが姿を現わした。紅い戦いの心を持つライダーが現われた。
「行くぞ!」
 そして身構えた。こうして遂にスペインでの最後の戦いの幕が開けた。
 まずはイカデビルが来た。両手の烏賊の鞭で二号を打ち据えに来た。
 だがそれはかわされる。二号は左に動いた。
「喰らえっ!」
 そして拳を繰り出す。だがそれはイカデビルの奇妙な皮膚に防がれてしまった。
「フフフフフ」
 イカデビルはそれを見て奇妙な笑い声を出した。
「攻撃は何も硬い鎧で防ぐだけではない」
 彼は言った。
「吸収し、無効化することもできるのだ」
「ではその皮膚は」
「そうだ、私のこの身体を甘く見てもらっては困るな」
 そしてライダーを掴んだ。そのまま投げ飛ばした。
「フン!」
 だが彼は上手く着地した。この程度の攻撃では楽に防ぐことができた。
 しかしイカデビルの攻撃は続く。今度は口から墨を吐いてきた。
 それでもって辺りを覆う。イカデビルの姿は完全に見えなくなった。
「考えたな、今度は目くらましか」
 二号はその中でイカデビルの気配を探った。
 二号は動きを止めた。そして半ばしゃがんで身構えた。そして四方八方に気を張り巡らせる。
「来い」
 この闇の中にいるのは間違いない。そして彼を狙っていることも。そう考えると対処が楽であった。
(必ず来る。ならば)
 彼はその時を狙っているのだ。問題は何時、何処から来るかだ。それが問題なのだ。
(勝負は一瞬、それを逃したら終わりだ)
 それはよくわかっていた。だからこそ息を潜めている。そして待っているのだ。
 不意に左斜め後ろから何かを感じた。殺気だ。
(来たな!) 
 彼はすぐにわかった。そこに烏賊の鞭が飛んで来た。
「喰らえ!」
 イカデビルの声がした。それが何よりの証拠であった。
「よし!」
 二号はそれをかわした。そしてすぐに鞭が来た方へ跳んだ。
 そこには彼がいた。気配が何よりもそれを教えてくれている。彼は掌底を繰り出した。
「これならどうだっ!」
 かって鋼鉄参謀にダメージを与えた技である。これならば衝撃は伝わる。そしてダメージを与えられると読んだのだ。
 だがそれは適わなかった。確かに掌底は当たった。だがそれは効いてはいないようであった。
「フフフフフ」
 黒い霧は晴れた。そしてイカデビルが姿を現わした。彼は二号の掌底を浴びながらも立っていた。
 笑っていた。余裕の笑みであった。それだけで彼がダメージを受けてはいないことがわかった。
「まさか鋼鉄参謀との戦いを私が知らないとでも思っているのか」
「クッ」
 そうであった。彼は二号と鋼鉄参謀との最初の戦いの時インドに共にいたのだ。基地の中で戦ったことすらある。
「貴様の攻撃は全て研究済みだ。当然他のライダー達もな」
「俺達のことは全て知っているということだ」
「無論だ。私を誰だと思っている」
 そう言いながら攻撃を浴びせてきた。二号はそれをかわしながら間合いをとった。
「私はイカデビルだ。ショッカーで最大の頭脳を謳われたな」
「そうだったな」
 死神博士は若い頃から不世出の天才と言われていた。その悪魔的な頭脳を買われてショッカーに入っているのだ。
 それだけに彼は鋭かった。二号のことも全て研究しているのも道理であった。
「私が研究したのは防御だけではない」
 イカデビルはまた言った。
「攻撃も研究している」
 そう言いながら手を大きく振った。すると空が急に暗くなりだした。
「ムッ!」
 二号は上を見上げた。するとそこから何かが降り注いできた。
 それは隕石であった。無数の隕石が二号めがけて降り注いで来たのだ。
「おのれっ!」
 二号はそれを驚異的な運動能力でかわした。だがそれは絶え間なく二号に襲い掛かって来る。
「私のこ力は知っているだろう」
「知らないとでも思っているのか」
 本郷から聞いていた。イカデビルの本当の恐ろしさは何にあるかを。
 それは流れ星を操る能力だ。彼はこれで日本を壊滅状態に陥れるつもりであったのだ。
 それは今もなお健在であった。彼は今それを二号に向けて使ったのだ。
「だが私の力はこれだけでない」
「何!?」
 イカデビルの自信に満ちた声に再び身構えた。
「黒い光は聞いていよう」
「それがどうした」
 キングダークや巨人達に備わっていたあの黒い光。二号もそれは各ライダー達から聞いていた。
 全てを消し去る程の力があるという。だがこのセヴィーリアの戦いにおいてはまだ影も形も見てはいなかった。
「私が出して来ないのを不審に思っているだろう」
「フン」
 その通りであった。それを否定するつもりもなかった。
「今それを見せてやろう。有り難く思うのだな」
「別に見たくはないがな」
「フフフ、遠慮することはない」
 イカデビルはそう言いながら両腕をゆっくりと上げてきた。
 そして掌を二号に向けた。そこに黒い光が宿った。
 それは一直線に二号に向かって飛んで来た。そして二号を消し去らんとする。
「クッ!」
 咄嗟に上に跳んだ。光は後ろの岩に当たった。
 見れば岩は瞬時にして消えていた。後には何もなかった。
「ふむ、よけたか」
 イカデビルは落ち着いた声でそれを見て言った。
「そうそう簡単には当たらぬか」
「当然だ、俺を誰だと思っている」
 着地した二号はイカデビルに対して反論した。
「ライダーがそう簡単に倒されるとでも思っているのか。いや」
 二号は言葉を変えた。
「ライダーは決して敗れはしない。貴様等の悪しき野望にはな」
「フフフ、どの様な状況でも威勢がいいのは変わらないな」
 イカデビルはそれを聞きかえって楽しそうな声をあげた。
「だがそうでなくては面白くない。私も戦いを楽しみたい」
 彼にしては意外な言葉であった。彼は本来は武器をとることは少ないからだ。
 しかしそこには別の意味があった。戦いを欲するのとは別の意味が。
「血がそれだけ流れるからな」
 彼ももう一つの顔が姿を現わしていたのだ。酷薄な顔が。
「そうか」
 二号はその声を聞いて呟いた。彼のことはよく知っているつもりだ。当然この酷薄な顔も。
(ならば)
 彼はここで何かを決意した。その酷薄な顔が出ると何かが起こるのを知っているかの様に。
「しかしそうそう戦ってばかりもいられない。そろそろ終わりにするとしよう」
 イカデビルはそう言いながら再び両手を上げた。
「隕石と光、二つ同時ではどうかな」
 彼の酷薄な顔にはそれがあったのだ。同時攻撃で二号を葬り去るつもりだったのだ。
 空が再び暗くなった。また隕石が降り注いで来る。
「死ぬがいい、仮面ライダー二号よ」
 イカデビルは暗い声で言った。
「跡形もなく消し去ってくれる」
 そして両手からまたもや黒い光を放って来た。
 それは一直線に二号に襲い掛かる。同時に上から隕石が降り注いで来た。
 上と前からだ。逃げ道はないように思われた。
「死ねぇ!」
 イカデビルは叫んでいた。勝ち誇った声であった。
 だが彼は気付いていなかった。自身が完全に無防備になっていることに。
 そこに二号は目を付けていた。残忍さが前に出るあまり彼は普段の慎重さをなくしていたのだ。
「今だ!」
 二号は跳んだ。隕石の方にである。
「馬鹿な、わざわざ死ぬつもりか!」
 だがそれは違っていた。何と二号は隕石を蹴っていたのだ。
 そして上に上がって行く。隕石を蹴りながらその反動で次々と上に上がって行く。
 まるで滝を昇る龍の様であった。凄まじいその脚力がなければ出来ないことであった。
 そうして遂に隕石を全てかいくぐった。そのまま急降下する。
「トォッ!」
 そしてイカデビルの懐に入った。彼を掴むとまた跳んだ。
「これならどうだ!」
 そしてイカデビルを頭上で激しく回転させはじめた。
「ライダァーーーーーー・・・・・・」
 ダブルライダーがライダーキックと同じ程得意としている大技である。
「きりもみシューーーーーーートォッ!」
 それは普段のものより遥かに威力が大きかった。彼は隕石を蹴った力をそのまま技に溜め込んでいたのだ。
 激しく回転させた。それから渾身の力で地面に叩き付けた。
 それで決まりであった。イカデビルは頭から叩き付けられた。
 それからバウンドする。それで全身を打ち据えられていた。
 二号は着地した。その前でイカデビルは倒れ伏していた。
「終わったか」
 どう見ても致命傷であった。勝負が決したのは明らかであった。
「ウググ・・・・・・」
 だが彼は立ち上がって来た。恐るべき生命力であった。
「見事だ、仮面ライダー二号よ」
 彼は何とか立ち上がった。そしてライダーの方に顔を向けた。
「まさかあの様なやり方で私の攻撃を破るとはな」
 そして死神博士の姿に戻っていく。
 博士は手を震えながらも動かした。そうすると先程脱ぎ捨てたマントが動いた。
 マントはふわふわと飛び博士の背についた。彼はそれを再び羽織った。
「流石だと褒めておこう」
 あらためてそう言った。
「まさか貴様が俺を褒めるとはな」
 これは意外であった。自信の塊である彼が他者を褒めることなぞ考えられないことだからだ。ましてや宿敵である仮面ライダーを。
「ふ、素直に貴様の力を認めただけだ」
 彼はそれに対して言った。
「貴様はこの私を倒した。それも力だけでなく頭脳でもな」
「頭脳でもか」
「そうだ。あの戦い方は見事だった。咄嗟によくぞあれ程までのことをしてくれた」
「隕石を昇ったことか」
「左様。まさかあの様な技を出すとはな。見事な機転だ」
「俺は特訓で得た体術を使っただけだ。驚くことじゃない」
 だが二号はそれについては誇ることはなかった。
「俺は身体で覚えている技を使っただけだ。頭脳を使ったわけじゃない」
「いや、それは違う」
 だが博士はそれを否定した。
「どう違うのだ?」
「それは無意識にそうした考えがないとできはせぬ」
「無意識にか」
「そうだ。それを使うのもまた頭脳なのだ」
 博士の話はかなり困難なものであった。だが二号はその言わんとしていることが容易に理解できた。
「ないものを使うことはできはしないのだからな」
「つまり俺の中にあの戦い方が最初からあったというのか」
「そうだ」
 博士は言った。
「それをあの場面で使うとは思わなかった。実に見事だった」
 二号はそれには答えなかった。だが博士は言葉を続けた。
「ダブルライダー、私が唯一勝てなかった存在」
 彼は今まで数多くの戦いを経てきた。欧州でのショッカーでの活動の成功は彼の手によることが大きかった。
「それは褒めてやろう。私は最後まで貴様等に勝つことはできなかった。だがな」
 彼は言葉を続けた。
「貴様等と戦えたことについては恥とは思ってはいない。それは確かだ」
「そうか」
「その誇りを胸に抱いて私は死のう。さらばだ仮面ライダーよ」
 彼はそう言うとゆっくりと前に倒れていった。
「偉大なるバダン首領の手に世界が渡らんことを!」
 それが最後の言葉だった。彼は爆発の中に消えた。これがショッカーが誇った最高の頭脳死神博士の最後であった。
「死神博士も死んだか」
 二号はそれを感慨を込めて見ていた。
「だが戦いは終わってはいない」
 そうであった。バダンにはまだ戦力があるのだ。彼もそれはわかっていた。
「行くか」
 爆発が消えると踵を返した。
「日本へ」
 そしてその場を後にした。スペインの戦いはこれで終わった。死神博士の死と共に全てが終わった。

 一文字はすぐに日本へ発つことになった。
「じゃあこれで」
 一文字は復興作業の中のセヴィーリアの駅で立花と滝に対して言った。
「おう」
「またな」
 駅から空港に向かう。そして日本へ行くのだ。
「おやっさんと滝はどうするんですか」
 彼はここで二人に尋ねてきた。
「わし等か」
 立花がそれに答えた。
「大体決まっている。今度はベトナムへ行くつもりだ」
「ベトナムですか」
「ああ、あそこに本郷がいる。そこであいつと一緒に戦うつもりだ」
 滝も答えた。どうやら二人は一緒にベトナムに行くつもりらしい。
「俺も行きたいですけれどね。けれどここはあいつに任せるか」
 今日本では不穏な空気が渦巻いている。それが気になって仕方がないのだ。
 一文字はその空気を感づいていた。だからこそベトナムに向かうわけにはいかなかったのだ。
「本郷ならやってくれるでしょうね」
「ああ」
 二人は一文字の言葉に頷いた。
「だがあいつだけだと何かと大変だろうからな」
「俺達の力も必要な筈だ」
「でしょうね」
 一文字は二人の気持ちが誰よりもよくわかった。だからこそここは二人に任せるつもりだった。だが。
 ここで立花の携帯が鳴った。見ればアミーゴからだ。
「何だ」
 彼はすぐに電話に出た。それは純子の声であった。
「何だ、御前か。どうしたんだ」
 立花は純子の声を聞き少し安堵を感じた。これがチコやマコなら何かと騒がしいからだ。
「おじさん、大変です。すぐに日本に戻って下さい」
 純子の声はかなり狼狽したものであった。
「おい、どうしたんだそんなに慌てて」
 一文字と滝もその様子に唯ならぬものを感じていた。
「暗闇大使が動き出したんです。ゼクロスにそっくりの改造人間を出してきて」
「何っ、それは本当か!?」
 それを聞いてさしもの立花も血相を変えた。
「本当です。今日本にいるライダーは皆その改造人間達との戦いに出ているんです。けれど神出鬼没でして」
「で、あいつ等は無事なんだろうな」
 立花は不安そうに問うた。一文字も滝も不安の色を隠せない。
「はい、何とか。けれど今手が一杯で」
「そうか」
 立花も日本の危機がよくわかった。今戻らなくてはおそらく大変なことになるだろう。
「すぐに日本へ戻って来て下さい。滝さんにも伝えて下さい」
「わかった、すぐに戻る」
 立花はそう答えた。そして電話を切って懐に収めた。そして二人に顔を向けた。
「聞いたか」
「ええ」
 二人はそれに対して頷いた。
「どうやらベトナムどころじゃないようだ。日本にバダンの主力が集結している」
「そのゼクロスそっくりの改造人間というのは」
「わからん。だがかなりの力を持っている奴だろうな」
 立花の顔は深刻なものであった。彼は長年の戦いの勘から危機を確信していた。
「隼人、滝」
 そして二人に対して言った。
「予定変更だ。わし等三人で日本へ向かうぞ」
「はい」
「わかりました」
 二人はそれに対して頷いた。
「ベトナムは本郷に任せる。だがサポートする奴がいないな」
「それならルリ子さんがいますよ」
 一文字が答えた。
「ああ、彼女がいたか」
 滝はその名を聞いて少し安心したような声を出した。
「彼女なら大丈夫です。俺から連絡をしておきます」
「そうか、頼む」
 一文字はすぐに電話を入れた。事情を聞いたルリ子はそれを了承した。
「これでよし」
 一文字は頷いた。あとの二人もそれを見てとりあえずは安心した。
「あとはあの二人次第だな」
「はい」
 ここは任せるしかなかった。だが不安はなかった。
「あの二人ならきっとやってくれますよ」
 一文字はまた言った。やはり彼等を心から信頼しているからこその言葉だった。
「ああ」
「そうだな」
 二人もそれに頷いた。
「では行きましょうか。ほら、来ましたよ」
 そこに電車が来た。丁度空港へ直行する便だ。
「よし」
 三人はそれに乗った。そして遠い日本へ向かうのであった。日本を守る為に。


スペインに死す   完


                   
                                 2004・10・9


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