『仮面ライダー』
 第四部
 第八章             二匹の毒蛇
          
 死神博士がスペインで倒れたという話はすぐにバダンにも伝わった。流石にこれには多くの者が衝撃を受けた。
「それは本当か」
 首領も驚きを隠せなかった。エンブレムから思わず暗闇大使に問うた。
「ハ、残念ながら」
 彼は頭を垂れてそれに答えた。
「仮面ライダー二号との戦いにおいて。見事な最後だったといいます」
「そうか」
 彼はそれでようやく事態を認識できた。だがそれでも落ち着きは取り戻せなかった。
「あの男がか」
 死神博士はショッカーの時から首領に絶大な信頼を受けていた。それはこのバダンにおいても同じであった。
 ゾル大佐や地獄大使と共にその功を競い合った。この三人こそがショッカーの最大の切り札であったのだ。
 だがその三人が敗れた時ショッカーは終わった。首領はショッカーに見切りをつけ新たな組織であるゲルショッカーを設立したのであった。
「あの時と一緒だな」
 彼はふとその言葉を口にした。
「あの時とは」
 暗闇大使はその言葉に顔を向けた。
「いや」
 だが首領はそれを打ち消した。
「何でもない。気にする必要はない」
「ハッ」
 バダンにおいては首領の存在は絶対である。よってその言葉もまた絶対であった。暗闇大使はそれ以上は何も尋ねようとはしなかった。
「ところであの男はどうしている」
「一文字隼人でしょうか」
「うむ。スペインから何処へ行ったのだ。消息を知りたい」
「この日本に。立花藤兵衛や滝和也も一緒です」
「そうか。どうやら我等の計画に気付いているな」
「おそらく。やはりあの者達を動かしたのが少し早過ぎたようです」
「いや、早くはなかったな」
 だが首領はそれには賛同しなかった。
「どちらにしろライダー達はこの日本に集まって来る。それを考えるとあの者達を出すのに遅いということはない」
「左様ですか」
「うむ。ただ一文字隼人が来るとなるとやはりそれなりの警戒は必要だな」
「はい。あの男は何よりも幾多の戦いで培ってきた勘が備わっておりますから。それは他のライダー達を凌駕しております」
「そうだ。そしてもう一人の男も気になる」
「本郷猛ですか」
「その通り」
 首領はそれに対し険しい声で答えた。
「あの男は特に危険だ」
 バダンにとっては。
「あの男まで来るとかなり厄介なことになるだろうな」
「はい」
 それは暗闇大使もよくわかっていた。長崎や沖縄での戦いは彼もよく知っていた。
「何とか今のうちに倒しておきたいが。そうすればライダー達にとっても大きな痛手だ」
「それでしたら」
「何か手はあるのか?」
 首領は大使に問うた。
「私にはありませんが」
「何、では何もないではないか」
「いえ」
 不機嫌を露わにした首領に対しても冷静さを失ってはいなかった。
「他の者が動いてくれるでしょう」
「他の者か」
「はい。私に策があります」
 彼はそう言うと口の端を歪めて笑った。邪な笑みであった。
「本郷猛を倒すのにうってつけの者がおります」
「フフフ、わかったぞ」
 どうやら首領も理解したらしい。それに合わせて笑った。
「では今回も貴様に任せるとしようか」
「有り難き幸せ」
 彼は深々と頭を垂れた。
「おあつらえ向きに今あの男はベトナムにおります」
「そうか、ベトナムに」
 暗闇大使の故郷である。そしてあの男にとっても。
「必ずや本郷猛を狙って動き出すでしょう」
「そうだったな。あの男は東南アジア支部長でもあった」
 首領は思惑を含んだ声で言った。
「はい。将に適役です。色々な意味で」
「色々な意味でな」
 やはり企んでいる声であった。
「あの男も必死になって戦うであろうな」
「当然でしょう。奴にも意地があります故」
 暗闇大使はこれからの成り行きを予想していた。そしてそれだけで楽しくて仕方がなかった。
「面白いことになるでしょうな」
「うむ」
 それは首領も同じであった。邪悪な含み笑いが漏れた。
「それでは早速かかるがよい。そして見事あの男を使って本郷猛を始末せよ」
「ハッ!」
 それだけ言うと首領の気配は消えた。後に残った暗闇大使も気配が消えたのを確かめるとすぐにその場を後にした。

 地獄大使はこの時ラオスの奥地にいた。そこで訓練を行っていたのだ。
「状況はどうだ」
 彼は側にいた戦闘員の一人に問うた。
「ハッ、全て順調であります」
 その戦闘員は敬礼をして答えた。
「怪人も連度を急激に上げております。おそらくこのままいけば一週間後には目標の連度にまで達するかと」
「そうか」
 地獄大使はその言葉を聞き目を細めた。
「どうやらかなり上手くいっているようだな」
「その様です」
 戦闘員は答えた。
「我々戦闘員の動きも見違える程になりました」
「さらによいことだ」
 彼はそれを聞いてさらに目を細めた。
「戦力は確かな方がよいからな。これからのことを考えると」
「ハッ」
「これだけは覚えておくがよい。ライダーはおいそれとは勝てぬ相手だ」
「ハイ」
 それを聞いた戦闘員は言葉を深刻なものにさせた。
「これでいいという段階でも勝ては出来なかった。今まではな」
 戦闘員は表情を更に深刻なものにさせた。
「それ程手強い相手だ。だが今度は違う」
 地獄大使はここで言葉をキッと引き締めさせた。
「わしもいるからな」
「はい」
「今度はわしが先頭に立ってあの男を倒す。よいな」
「わかりました」
 今までは怪人や戦闘員が前面に出ていた。彼は確かに前線での指揮を好む実戦派であったがライダーと直接戦う機会は少なかった。彼はそれを見直したのである。
「わしが直接戦えば奴等もそうそう容易に戦いを進めはしまい」
「そうでしょうな。如何に奴等が強かろうとも大使を相手にしていてはそうそう力を集中させるわけには」
「そうだ。そこを衝けばよい」
 彼はニイ、と笑った。酷薄な笑みであった。
「問題はどのライダーが来るかだな」
「はい」
「その心配はない」
 ここで地獄大使と全く同じ声が聞こえてきた。
「その声は」
 地獄大使はその声を聞くと表情を一変させた。
「ふふふ、その通りだ」
 そこへ声の主が姿を現わしてきた。
「ダモンよ、暫くぶりだな。元気そうで何よりだ」
「その名を呼ぶなと言っただろうが」
 地獄大使は彼を睨みつけて言った。憎しみに満ちた声であった。
「水臭いことを言うな。たった二人の肉親だというのに」
 だが暗闇大使は皮肉を止めなかった。彼の声も憎しみで燃え盛っているというのにだ。
「我等は何時でも一緒であったではないか」
「・・・・・・ガモンよ、貴様死にたいのか」
「ガモンとな」
 その名を聞いた彼の顔が一瞬憤怒で歪んだ。
「一つ言っておく。私の今の名は暗闇大使という。ガモンではない」
「それはわしも同じだ。二度とあの名で呼ぶな」
 彼等は互いに憎しみを隠そうとはしなかった。激しく睨み合っていた。
「やるつもりか」
 暗闇大使には普段の冷静さは全くなかった。
「貴様が望むのならばな」
 地獄大使はその気性を露わにしていた。少なくとも彼は引くつもりは一切なかった。
「何ならライダーを倒す前にまず貴様を血祭りにしてもよいのだぞ。出陣前の祭りにな」
「ライダー」
 それを聞いた暗闇大使の顔に急激に落ち着きが戻ってきていた。
「ふ、そうであったな」
 彼は急に口の端だけで微笑んだ。
「大切なことを忘れておったわ。今は貴様の相手をしている時ではないのだ」
「喧嘩を売ってきたのは貴様であろうが」
「ふふふ、そうだったかな」
 暗闇大使はそれに対してはとぼけてみせた。そして話をはぐらかした後で話を移した。
「ここにライダーが向かっているのは知っているな」
「やはりな」
 それは地獄大使もわかっていた。やはりその程度は察知していた。伊達にショッカーとバダンで大幹部を勤めてきているわけではないのだ。
「だがそれが誰であるかまではわかるまい」
「残念だがな。だが誰であろうが関係はない」
 地獄大使は強い声で言った。
「倒すだけだ。この手でな」
 そして右手に持つ鞭を掲げてみせた。鞭は鈍い黄金色の光を放っている。
「だができるだけ因縁のある相手と戦いたいであろう」
「因縁のある相手」
「そうだ。貴様が最も憎む男だ」
「何が言いたい」
 地獄大使は従兄弟の顔を見据えた。暗闇大使はそれを見て内心ほくそ笑んだ。
(よし)
 彼は従兄弟が術中にかかったのを確信した。
「銀の拳を忘れたわけではあるまい」
「忘れると思っているのか」
 あの男だけは忘れられる筈がなかった。今までの多くの戦いが彼の頭の中に甦った。
「この地獄大使、受けた恨みは決して忘れはせぬからな」
「ふふふ、ならば話は早い」
 暗闇大使はニヤリ、と笑って彼に言った。
「その男が今ベトナムに向かっている」
「まことか」
 地獄大使はそれを聞き表情をまた一変させた。それは驚きのものであった。
「わしは嘘は言わぬ。どうして今それを言う必要があるか」
「むう」
 彼等は互いに全く信用してはいない。だがその手のうちはよくわかっている。だからこそわかった。
「そうだな。貴様の言葉、今は信じよう」
「それでいい」
 暗闇大使はそれを聞きまたもや口の端を歪めて笑った。
「では今後どうするべきかわかっておろうな」
「無論だ」
 地獄大使は即答した。
「すぐにベトナムに向かう。そしてあの男の首を首領に献上しようぞ」
「うむ」
 暗闇大使はそれを聞きながらほくそ笑んでいた。
(これでいい)
 最早彼はその術中に完全にかかっていた。それを確信したのだ。
「では健闘を祈る。わしは日本に戻るとしよう」
「待て」
 ここでマントに身体を包み姿を消そうとする彼を地獄大使が呼び止めた。
「一つ言っておくことがある」
「何だ」
 暗闇大使はマントを一旦下した。そして地獄大使に向き直った。
「ライダーの次は貴様だ。わかっていような」
 そう言う地獄大使の目にはやはり憎悪がたたえられていた。それを見た暗闇大使の目も同じであった。
「無論だ」
 彼はそれに対して応えた。そして言葉を返した。
「だが勝つのはわしだ。それだけは覚えておけ」
「フン」
 暗闇大使はそう言うと再びその身体をマントに包んだ。そして今度こそ完全に姿を消した。
 後には地獄大使が残った。彼は部下の戦闘員達に向き直った。
「聞いておったな」
「は、はい」
 戦闘員達は先程までの激しい睨み合いにいささか驚いていた。そして咄嗟に問われて狼狽してしまったのだ。
「すぐにベトナムに戻るぞ。よいな」
「はい」
 有無を言わせぬ声であった。それに従わざるを得なかった。
 こうして彼等はラオスの奥地からベトナムに向かった。そして戦いに挑むのであった。

 ベトナムの近代の歴史は戦乱の歴史であると言っても過言ではない。これは帝国主義と冷戦の影響であったのは歴史が教える通りである。
 まずは清朝とフランスが争った。その結果インドシナ半島の東はフランス領となった。フランス領インドシナである。
 第二次世界大戦でフランスがドイツに降伏するとここにドイツの同盟国である日本が入った。彼等はまずベトナムの者に教育を施した。
「アジアは一つだ」
 と。これは多くの者に多大な影響を与えた。
 無論ここには日本の考えもあった。彼等はベトナムを自国の勢力圏に置くことを考えていたのだ。
 だがそれと同時にベトナム人の国を建国させるつもりであった。当時の日本がアジアの自立を掲げている以上これは必ず達成すべきことであった。そして彼等はそうしたのであった。
 この時代の日本程その理想に獲り憑かれ現実を見えなくなっていた国はなかった。彼等は帝国主義的であった反面こうした理想主義にも心を奪われていたのだ。
 だがこの考えがベトナムの者に光を見出したことは事実であった。
 彼等は立ち上がった。そこには今までの様なただ主人に従うだけの使用人の姿も心もなかった。
 戦いが終わり日本は去った。そこにフランスがまたやって来たのだ。彼等にしてみれば当然であった。
 だがベトナムの民衆はそれまでとは違っていた。彼等は自分達の国を勝ち取るべく戦う決意を固めていたのであった。
 彼等は果敢に戦った。裸足の軍隊とまで言われ、その装備は貧弱なものであった。だがそれでも彼等は戦ったのであった。
 相手は近代装備の軍隊である。しかし彼等は次々と勝利を収めた。
 遂には難攻不落を呼ばれたフランス軍の本拠地ディエンビエンフー要塞を陥落させた。それからの和平交渉の末彼等は遂に独立を勝ち取った。
 だがそれで終わりではなかった。問題は彼等を指導しているのが共産党であったことだ。
 厳密に言うとベトナム共産党は共産党ではない。指導者であるホー・チミン自身がナショナリストであり共産主義ではなかったのだ。彼は共産主義は独立を勝ち取る為の看板に過ぎないと完全に認識していた。必要とあれば外す看板であり、状況によっては日本と組んでも一向に構わなかったし、ナチスでも良かった。実際に彼はソ連と組んだ。これはあくまで独立を勝ち取る為だ。また彼等が何かした場合はすぐに手を切るつもりであった。恐るべき現実的な思考を持った優れた戦略家であり知的なナショナリストであった。
 彼がいたことはベトナムにとって幸運であった。何故なら戦いはこれで終わりではなかったからだ。
 アメリカが介入してきたのだ。共産主義を標榜する彼等を無視できなかったのだ。
「このままではインドシナだけでなく東南アジア全体が共産主義の手に落ちる」
 そう考えたアメリカはまず軍事顧問団を派遣した。そして南ベトナムに傀儡政権を樹立した。そしてトンキン湾事件を引き起こし本格的に介入を開始した。
 アメリカは空から大規模な空爆を行った。大軍を送り込み共産勢力を掃討しにかかった。
 だがこれは上手くいかなかった。ベトコンはジャングルに隠れ彼等を奇襲したのだ。アメリカはこれに対して執拗な掃滅戦と枯葉剤やナパームによる焦土戦術を実行した。
 それでもベトナムは屈しなかった。アメリカ軍に消耗を強いると共に外交戦略に訴えアメリカを逆に追い詰めていった。そして遂にアメリカの撤退という勝利を勝ち取ったのだ。
 それから統一を果した。ベトナムの長年の苦労が報われたかに思われた。だが歴史の神というのは極めて残酷な存在である。彼はベトナムにさらなる戦いを用意した。
 その頃隣のカンボジアには恐ろしい狂気の政権が蠢いていた。
 ポルポト政権である。異常な共産主義に支配されたこの政権は自国民を次々に殺戮していった。
 知識人、いや中には眼鏡をかけているというだけで殺された者もいた。文化も芸術も根絶し経済を完全に壊滅させた。国民は皆農業に強制的に従事させられた。
 厳格というよりは異常な刑罰で国民を殺していった。そしてその犠牲者は一説によると国民の半数近くに及んだという。
 この存在を危惧したベトナムはカンボジアに侵攻した。彼等がベトナムに影響を及ぼすのを警戒したのだ。
 しかしこれに神経を尖らせた国があった。北の大国中国である。
 カンボジアは中国と友好関係にあった。これは外交戦略においてベトナムを牽制する為であった。
 そのカンボジアが攻められ親越政権が樹立されたのである。しかも彼等はソ連とも友好を深めていた。ソ連は中国にとって不倶戴天の敵であった。これは中国の北にあるからだ。彼等にとってソ連とは北方の遊牧民族に他ならなかった。万里の長城の向こうにいる何よりも憎い存在に他ならなかった。
 ベトナムもソ連と友好関係にあった。ソ連海軍の基地すらあった程だ。これをアメリカも許す筈がなかった。 
 中国はアメリカに話をつけたうえでベトナムに侵攻した。名分は懲罰であったがその実はこれ以上の勢力伸張を放ってはおけなかったのだ。これに対してベトナムも反撃し両国は国境付近で激突した。
 大方の予想は中国有利であった。国力差を考えると当然であった。だが彼等はまたもや勝利を収めたのだ。
 やはり彼等は強かった。中国軍は圧倒的な物量を誇りながら敗れてしまったのだ。
 これを機にベトナムはソ連との関係をさらに強めた。そしてアメリカ中国、ASEAN諸国と睨み合った。太平洋の情勢はそうした一触即発の状況であった。
 だがソ連の崩壊と共に情勢は変わった。ベトナムは経済においては共産主義を躊躇いもなく放棄し資本主義を導入した。所謂ドイモイ政策である。
 そしてASEANやAPECにも参加したこうして見事冷戦を乗り切り新たな道を歩んでいる。卓越した外交と粘り強い戦いぶりは世界に知られている。
 今この国は発展途上にある。中でも南部の中心地ホー・チミンは特にそれが著しい。
 かってこの街はサイゴンといった。南ベトナムの首都でありメコン川の河口に位置している。
 統一と共にこの名となった。言うまでもなく独立の指導者ホー・チミンの名を冠したのである。
 今この街に一人の男がいた。彼は市街を歩いていた。
「やっぱり暑いな」
 見れば太い眉に精悍な顔立ちをしている。本郷猛であった。
「この街にも何度か来たことはあるがこの暑さには中々慣れないな」
「あら、そう」
 隣にはルリ子がいた。彼女は本郷を見上げて言った。
「私は結構平気だけれど。この街はそんなに暑くはないわよ」
「そうかな」
 彼はそれを聞き考える顔をした。
「かなり暑いと思うけれど」
「インドネシアやポリネシアよりは涼しいと思うけれど」
「ううむ」
 そう言われてみればそうかも知れない。本郷は考える顔をそのままにしていた。
「アマゾンよりはまだ快適じゃないかしら」
「あそこはまた特別だ。そうそうおいそれと暮らしていけるところじゃない」
「アマゾン以外はね」
「アマゾンはまた特別だ。あれだけ環境適応能力が高いのはライダーでもいない」
 アマゾンの身体の強靭さと適応能力はまた特別であった。彼はアマゾンの密林での生活で他の者とは比較にならない程逞しい生命力を身に着けていたのだ。
「そうなの」
「うん。確かにライダーは元々常人とはかけ離れた身体能力を持っている」
 本郷は頭脳だけでなくその運動神経も超人的であった。
「だがやはり本来住んでいた環境に一番適応しているんだ。この場合は日本だ」
「そうだったの」
 これは少し意外だった。ルリ子はライダーはどの様な環境でも問題ないと思っていたからだ。
「だから日本の環境一番適応しているんだ。これは個人差があるけれどね」
「けれど私はここでもそんなに辛くはないけれど」
「それが個人差なんだ」
 本郷はそこで彼女に対して言った。
「例えば一文字はロンドンで快適そうだっただろ」
「ええ」
「あいつはロンドンで生まれ育ったから霧の中でも平気なんだ」
「そういうものなの」
「ルリ子さんは幼い頃は沖縄にいたね」
「ええ。御父様が沖縄の大学にいたから」
「幼い頃にそこで暮らしているとその場に適応する。だからこのホー・チミンの暑さも苦にならないんだ」
「そうだったの」
 これは実際にある。例えば九州に生まれた者は東北の寒さが堪える。そして東北の者にとっては九州はあまりにも暑い。日本でもこれだけの差があるのだ。
「俺にとってはベトナムは暑いね。どうも慣れない」
「大丈夫なの、猛さん」
「ああ、戦いは任せてくれ」
 だが本郷はそれに対しては気を抜いてはいなかった。
「バダンに対しては別さ。必ず倒す」
「それを聞いて安心したわ」
 ルリ子はすっと笑った。
「流石はライダーのリーダーね。猛さんがいるだけで安心できるわ」
「おっと、それは買い被りだよ」
 本郷は苦笑して言った。
「俺はそんなに立派じゃない。ただの改造人間だ。ただのね」
 そこで一瞬表情が曇った。やはり改造人間であるということは変わらないのだ。
 実際は暑くとも普通の者とはまた感覚が異なる。汗もそれ程かきはしない。何故なら身体のつくりがもう普通の者とは全く異なっているからだ。
「ええ」
 ルリ子は何と言ってよいかわからなかった。だが本郷は自分ですぐに気をとりなおしていた。
「それでも生きていくしかない。改造人間として、いやライダーとして。それはわかっているつもりさ」
「そう」
 ルリ子はその言葉を聞いて顔を明るくさせた。そう思っているのなら安心だった。
「猛さん」
 そしてあらためて本郷に言った。
「何処か食べに行きましょ。ベトナムは美味しいものが多いし」
「うん」
 本郷もそれに頷いた。
「ねえ、何処に行く?」
「そうだな」
 本郷はまた別の問題で考えはじめた。
「ベトナムといえば屋台だしな」
 タイと同じでこの国は屋台が多い。これも東南アジア独特の文化である。
「麺類なんてどうかしら」
「悪くないね」
「あとご飯もいいわね」
「そうだな、ベトナムは本当に美味い料理が多い。蛙も食べられるし」
「あら、蛙も」
 蛙を食べる国は案外多い。中国でもそうだしアメリカでも食べる。東南アジアではわりかしポピュラーな料理だ。
 ルリ子も蛙は嫌いではない。欧州においてもフランスやドイツでは昔から食べられている。神聖ローマ帝国皇帝でありスペイン国王であったハプスブルグ家のカール五世は蛙の足を好んだことで有名である。彼は質素な生活を好み他には鰻やビールを好んだ。余談であるがこれはハプスブルグ家の伝統でありこの家は欧州随一の名門でありながらその生活は質素な者が多かった。これは宿敵であったブルボン家のそれとは大きな違いであった。
「それはいいわね」
「おや、ルリ子さんも変わったね」
 本郷はそこでからかうようにして言った。
「あの時はあんなに気味悪がっていたのに」
「昔の話は止めてよ」
 ルリ子はそれに対して口を尖らせた。かっては彼女も蛙が苦手であった。最初蛙の足を見た時は飛び上がった位である。
 実は本郷はそれを意外に思ったのだ。
 何故なら彼は科学者でもある。動物の解剖も行ったことがある。だからこれ位では驚かないのである。
 だがルリ子は違う。元々文学部の学生である。そうしたことに慣れている筈もなかった。しかし本郷がそれを知るよしもない。
「あの時は驚いたなあ」
「猛さんとは違うわ」
 彼は元々動揺することのない冷静な男である。時としてそれが浮世離れしたものに思われる時もある。
 だが彼はそれに中々気付かないのである。これも彼の生真面目さゆえんであろうか。
「まあ今は腹ごしらえといこう。本当にお腹がすいてきた」
「そうね」
 それはルリ子も同じであった。同意して頷いた。
「じゃあすぐに行きましょう。本当にお腹が鳴りそうだわ」
「ははは、確かに」
「あっちね」
 二人は屋台が立ち並ぶ場所に歩いていった。そしてそこで米の汁ビーフンや蛙を楽しむのであった。

 その頃日本ではいよいよ事態が急転しようとしていた。
「隼人さんはもう行ったのね」
 りつ子がアミーゴのカウンターで立花に尋ねていた。
「ああ」
 立花は答えた。その顔は晴れやかなものではなかった。
「あいつも行っちまったよ」
「そう」
「戦場にな。それがあいつ等のやらなきゃいけないことだってわかってはいるんだが」
 それでも心苦しくない筈もなかった。立花はそれを思うとどうしても顔が晴れないのだ。
「わしよりもあいつ等の方が余程辛いだろう。しかしな」
「それがあいつ等の宿命ですからね」
 そこで店に滝が入って来た。
「帰ってたのか」
「ええ。川崎の方は何とかしてきました」
 滝は立花に対して答えた。
「バダンの攻勢はかなり激しかったですけれどね」
「そうだろうな。奴等も必死だ」
 立花は表情を険しくしたままであった。
「川崎にもライダーが行ったんだよな」
「ええ、志郎の奴が」
「そうか、あいつも日本中駆け回ってるな」
「そうですね。本当に頭が下がりますよ。あれだけ傷を負っているのに」
 ライダー達も幾度もの激しい戦いで深い傷を負っていtだ。だがそれでも彼等は立ち上がらなくてはならないのだ。それがライダーだからだ。
「他の連中もな。隼人も行ったぞ」
「そうですか」
「新潟にな。そこに出たらしい」
「新潟ですか」
「そっちには佐久間も向かった。役君も向かうそうだ」
「役もですか」
「ああ。今ここに残っているのはわし等だけしかない」
「苦しいですね」
「苦しくない戦いなんてあるものか」
 立花は苦い顔でそう言った。
「苦しいから戦いなんだ。それは向こうも同じだ」
「はい」
 それは滝もわかっているつもりであった。だがそれでも思わざるをえなかったのだ。
「ここが耐え時だ」
 立花はまた言った。
「わし等もな。それを乗り切ったら一気にいくぞ」
「一気にですか」
「そうだ。まだわし等には力がない。本郷もいない」
「それに村雨も」
 滝の言葉は何やら深い意味があるようであった。
「ああ。まだわし等は我慢する時だ。ライダー達もそれはわかっているだろう」
「そうでしょうね。いや、それが一番よくわかっているのはあいつ等でしょうね」
「そうだったな。あいつ等が一番わかっていることだった」
 立花の顔はやはり苦しいものであった。
「何故それがわからんのだ、わしは」
「それは違いますよ」
 ここでりつ子が言った。
「おじさんはライダー達のことを思い過ぎなんですよ。だから色々考えてしまうのだと思うわ」
「谷さんもですね」
 滝も言った。
「あの人もいつもライダー達のことを考えていますよ」
「同じなんだよ、わしとあの人は」
 立花は言った。
「あいつ等といつも一緒で共に戦い寝食を共にしてきたからな。どうしても色々と考えてしまう」
「でしょうね。おやっさんも谷さんもあいつ等といつも一緒だったから」
「最初はどいつも色々と癖があったよ。隼人の奴なんていきなり出て来たからな」
「あの時は驚きましたね」
 滝はその時のことを思い出して微かな笑みを作った。
「本郷がいないと思ったらあいつが出て来ましたから」
「それでわし等の前で変身してな。けれどあいつもよくやってくれたよ」
「ええ。あいつも本郷もどちらかがいなかったらショッカーもゲルショッカーも倒せなかったでしょうね」
「だろうな。あいつ等がいてくれて本当によかった」
 だがその彼等は言う。立花や滝がいなくてはとてもショッカーもゲルショッカーも倒すことはできなかったと。彼等は互いに助け合って悪を倒したのである。
「今もな。本郷も隼人も本当によくやってくれているよ」
「他のライダー達も」
「ああ。アマゾンは今千葉にいる。敬介は和歌山だ」
「茂は名古屋らしいですね」
「そうだ、琵琶湖には洋が向かった」
「あとは和也が松山ですか」
「丈二が稚内でな。戻って来たらすぐに戦いに向かったよ」
「風の様に戻って来て風の様に戦場に向かうのね」
「そうだ」
 立花はりつ子の言葉に頷いた
「あいつ等は風だ。悪を吹き飛ばす正義の風だ」
 それがライダーであった。彼等は悪を倒す為に常に吹き続ける風なのであった。
 風だから常にさすらわなくてはならない。だが彼等はそれを苦しみとしてはいけないのだ。 
 何故ならそれがライダーだからだ。常に悪のあるところに向かい、それを倒す。それがライダーなのである。
 苦しみも悲しみも心の奥底に秘めて戦う。それは決して表に出ることはない。仮面の下の顔は決して見せてはならないのである。
 だが彼等はそれでも悪に立ち向かう。そして戦う。この世にいる多くの人々の為に。
「あいつ等の中には憎しみに心を奪われていた奴もいたさ」
 風見がそうであった。彼は両親と妹をデストロンに殺されていた。神も父を殺された。他の者達も師や友人を悪の手で殺されている。その怒りと憎しみは忘れられない。
 だが彼等はそれを乗り越えたのだ。そして本当の意味で正義の戦士となった。その心を消し去り正義を胸に抱いて。
「だからこそあいつ等は凄いんだ」
 それは立花も認めていた。だが彼等は人間である。悩み、苦しむ人間なのだ。
 そんな彼等を支え、時には厳しく、時には優しく育ててきた。立花は彼等が人間だからこそそうしてきたのである。
「人間は身体がどうとかいうんじゃない、心なんだ」
 彼はそれを知った。例えどの様な身体でも彼等は人間なのである。ライダーは人間なのだ。
 人間だから人の為に戦う。そして護る。それは人でなくては出来ないことであった。
 それを誰よりもわかっているのが立花であり谷であり滝であった。彼等はだからこそライダーと共にいるのだ。
「ところでだ」
 立花はここで話題を変えた。
「谷さんは今何処にいるんだ」
「あの人は今自分の店にいますよ。またこっちに来るそうです」
「そうか」
 立花はそれを聞いて頷いた。
「てっきり良のところに行ってると思ったんだがな」
「あっちには博士達が行ってます。全員で」
「全員でか」
「ええ。何でも奴の身体にはまだまだ潜在能力が眠っているそうで。伊藤博士も一緒ですよ」
「そうか」
「どうやらかなり凄い奴のようですね」
「そうでなくちゃあ困るしな」
 立花の声は険しかった。
「あいつはまだまだライダーになって間もない。経験は浅いんだ」
 ライダーも多くの戦いによる経験が必要なのは言うまでもないことであった。
「けれどアメリカとカナダじゃあ」
「ヘビ女とマシーン大元帥だな」
「ええ」
「確かにあれはいい勝負だったらしいな」
 それは立花も聞いていた。
「だがそれだけじゃまだまだ経験不足なんだ」
「そういうものですか」
「滝」
 立花はここで滝に顔を向けた。
「御前もわかるだろう、何で本郷と隼人があそこまで強くなったかを」
「はい」
 常に彼等と共に戦ってきた。それがわからない筈がなかった。
「そういうことだ。経験も必要なんだ、奴にはまだそれがない」
「このバダンとの戦いだけじゃまだ足りないですか」
「ああ、確かに最初の頃よりはずっといいだろう」
「その最初でライダー達をまとめて相手したのにですか」
「それからあいつ等は再改造を受けて特訓もした。あの頃とは比較にならん」
「それはわかります」
 確かにライダー達は強くなっていた。それは事実だ。
「わしはな、あいつ等の特訓の時に念頭に入れていたことがあるんだ」
「それは何ですか」
「あいつ等に今までの戦いを思い出させる様な特訓をしたんだ。谷さんと話し合ってな」
「そうだったんですか」
「ああ、それまでの戦いを思い出させ、そこからあいつ等を鍛えるつもりだったんだ。そしてそれは成功した」
 だからこそ彼等はバダンと戦うことができたのである。立花はそれが誰よりもよくわかったいた。いや、彼でなくてはわからなかったであろう。
「皆戦いを経て成長していったんだ。良にはまだそれがない」
「それを補う為に力を引き出すんですか」
「そうだ。あいつにはかなり苦しいことだと思う。だがな」
 立花の顔は更に深刻なものになっていく。
「その苦しいことを乗り越えて悪と戦うのがライダーなんだ」
「ええ」
 それは滝も嫌という程よくわかっていた。
「あいつにも苦労をかける。だがそれは乗り越えなくちゃならないんだ」
「この世界の為に」
「そしてあいつの為に。あいつもライダーなんだからな」 
 二人の話は険しいものであった。だが彼等は誰よりもライダー達を愛していた。
 それだからこそ出る言葉であった。二人はあくまで村雨のことを思っていた。
「おやっさん」
 滝が言った。
「俺も行きましょうか、あいつのところへ」
「行くのか」
 立花は顔を上げた。
「ええ、練習相手も必要でしょう。博士達にはそれは辛いでしょうし」
「そうか、じゃあ行って来い」
 彼はそれを認めた。
「わかってるとは思うが手加減はするなよ」
「おっと、さるのはこっちですよ。相手はライダーですよ」
「おっと、そうだったな」
 ここで立花はようやく笑った。
「ライダーが相手なら御前も悪ふざけはできないだろうしな」
「おやっさん、俺はそんなことしませんよ」
「何言ってやがる、しょっちゅうしやがったくせに」
「あれ、そうでしたっけ」
「この野郎、とぼけるつもりか」
 二人は笑顔になった。こうした明るさがなくては戦えないのもまた事実であった。
 そんな光景をりつ子は笑顔で見ていた。彼女もそうした二人を見るのが好きであった。
 翌日滝はすぐに村雨の元へ向かった。東京の守りは立花と谷、そしてアミーゴの面々が担うことになった。
「またやらなくちゃいけないんですかあ」
 史郎は情ない声で言った。
「何言ってやがる、それがわし等の仕事だろうが」
 立花はそんな彼を叱り飛ばすようにして言った。
「けれど俺」
「何だ」
 顔を顰める立花に怯えつつも怖る怖す声を出した。
「只の喫茶店のお兄さんですよ。そんなバダンと戦うなんて」
「何言ってやがる、ショッカーとも戦っていただろうが」
「けど」 
「まあまあ」
 そこへ谷が入って来た。
「ここは私達だけでやりましょうよ。彼はアミーゴさえ守ってもらえばそれでいいですし」
「谷さんがそう言うんなら」
 立花もそう言われようやく納得した。
「戦い方は幾らでもありますよ」
「成程、確かに」
 言われてみればそうである。立花は大いに頷いた。
「今はここにいるのは私達と彼、それに女の子達だけですし」
 今東京に残っている者は少なかった。純子とチコ、マコ、りつ子、そして史郎と立花、谷だけである。戦力になりそうなのは二人だけであった。
 チョロやがんがんじい、竜はライダーのサポートに向かっている。役は役で調査に当たっているという。
「役君がいてくれたら楽なんですがね」
「彼にも彼の事情があるのでしょう、仕方ありませんよ」
 谷はそれに対しては何も言うつもりはなかった。
「それよりも今私達だけでやれることをやりましょう」
「ええ」
 結局そうするしかない。立花は頷いた。
「丁度少年ライダー隊もいますし。彼等には情報収集なんかをしてもらって」
「危険な任務からは外して」
「はい。後は赤心少林拳の人達にも協力を頼みましょう」
 かってドグマに壊滅させられたが生き残った僅かな者達によって復興されていたのである。再び道場を構え日々修業に励んでいる。
「それだけでかなりの戦力になりますね」
「そうですね。少年ライダー隊を後方に回してわし等と赤心少林拳で戦うと」
「そうなりますね。アミーゴを基地として」
「はい」
 立花はここでアミーゴを見回した。
「何かと色々と役に立ってくれるなあ」
「本当に。ここがなくては今頃どうなっていたことか」
 谷もそれに同意した。
「うちじゃあこうはいきませんよ」
「そうなんですか」
「ええ、通信設備もマシンの整備も出来ませんから」
 やはりそうした設備は不可欠なのは言うまでもないことであった。
 立花はマシンの整備を得意としていた。かってサイクロン改から研究して新たなマシン新サイクロンを開発したこともある。その腕は確かであった。
「それに気のいい面々もいますし」
 谷はそこで史郎達に顔を向けた。
「俺ですか」
 史郎は顔を向けられ少し嬉しそうな顔をした。
「ああ、頼りにしているよ」
 谷の顔は温かかった。彼もまた立花と同じくライダー達にとって父親の様な存在であった。
「いいなあ、俺谷さんのところへ行こうかな」
「勝手にしろ」
 立花はそれを聞き冗談混じりに言った。
「おやっさん、それはないですよ」
 しかし彼はそれに対して悲しそうな声を出した。
「俺はここしか居場所がないんですから」
「そうか、だったら今月から給料は半分だ」
「そ、そんなあ」
 彼はまた情ない声を出した。谷はそれを笑いながら聞いていた。
 こうして話し合いは終わった。彼等もまた戦いに赴くのであった。

 本郷とルリ子は食事を終えホー=チミンの街中を歩いていた。
「美味しかったわね」
「ああ」
 二人は今しがた食べ終えたばかりの昼食について話していた。
「ベトナムの料理ってタイのとはまた違うわね」
「そうだな、タイのもの程辛くはない」
 タイの料理はまた特別である。
「あの青い唐辛子は一度食べたら忘れられない」
「沖さんが好きらしいわね」
「一度タイへ行ってからだったな。それ以来病みつきになったらしい」
 人の舌というのも不思議である。気に入るとそれをずっと食べたくなったりするのだ。
 日本人にとってはそれが醤油や味噌、白米等である。その白米もジャポニカ米という独特のものだ。
 だがこれは他の国の人々には人気がない。ベチャベチャしているというのだ。
 日本人にはこれが不思議でならない。逆に日本人やタイ米やカルフォルニア米はパサパサしているといった好まない。
「日本人の味覚はよくわからない」
 タイの人はよくこう言う。米だけでなく生の魚を好んで食べることも理解できないというのだ。
「あんな奇妙な魚をどうやって食べるのだろう」
 フィリピンの人達は日本に向けて輸出される魚を見て首を傾げる。彼等は日本で食べられるような魚はあまり口にはしないのである。
 これは逆のことにもなる。日本人がタイに行くとその辛い料理に驚く。だがタイ人にとっては普通だ。
「こんな辛い料理平気なんですか」
「何がですか」
 逆にこう不思議がられるのだ。フィリピンでもだ。とかく料理というものは難しく、かつ面白いものだ。ここからもそれぞれの国の違いが出て来るのだ。
「一文字はロンドンの料理がまずいと言っていたな」
「私はそんなに感じなかったけれど」
「最近はね。昔はそれこそ凄いものだったらしい」
 彼が日本に来てまず驚いたことは料理の美味さだったという。それ程までにイギリスの料理はまずいとまで言っていた。
「隼人さんが言うと何だかオーバーに聞こえるわね」
「いや、それは本当だ」
 本郷はそれに対して注釈を入れた。
「俺も一度ゴッドとの戦いの時イギリスにいたことがあってね」
「ええ」
 その時ルリ子はユーゴスラビアで別行動をとっていたのだ。
「あの料理は酷いものだった。どうしたらあそこまでできるのか不思議な程だ」
「アメリカよりも凄いの?」
「アメリカは量が多いだけで味はそれ程だとは思わないけれどね」
 実際アメリカはその差が大きい。だが量は異常に多いのが特色だ。
「ベトナムの料理はそんなに脂っこくないわね」
「そうだね、生野菜も多いし」
 それがベトナム料理の特色の一つであった。
「食べ易くて値段も手頃で。何か家庭料理が多いわ」
「それがこの国の特徴なんだ」
 本郷はここで感慨に耽る顔をした。
「今まで長い間苦難の歴史を歩んできたからね」
 ここで旧アメリカ大使館の前を横切った。その苦難の歴史の象徴の一つだ。
「アメリカだけじゃない、中国もフランスも」
「どの国もベトナムを狙って戦争をした」
「それに打ち勝つのは大変だっただろう。多くの犠牲者が出た」
 長い戦いにより夥しい人命が失われた。そして国土は荒廃した。
 それを戦い抜いたのは民衆の力もあった。ベトナムは民衆の力で大国に勝ってきた国なのだ。
「ホー=チミンという素晴らしい指導者がいたことも事実だ」
「けれど民衆の力がなければ到底勝つことはできなかった」
「そう思う、彼等は命を賭けて侵略者に戦いを挑んだ」
「そして遂に独立を勝ち取った」
「夥しい犠牲を払いながらね」
 その象徴がこの旧アメリカ大使館であった。彼等の苦難の歴史の中の一ページもであるのだ。
「そう、ベトナムの二十世紀の歴史は戦いの歴史だった」
 ここで声がした。
「その声は」
 本郷とルリ子はその声に聞き覚えがあった。忘れることのできない声であった。
 二人は振り向いた。そこにあの男がいた。
「久し振りだな、本郷猛よ」
 地獄大使は彼を見据えて言った。
「貴様か」
「そうだ、ベトナムの歴史をよく知っているな」
「知らない筈がないだろう」
 本郷は彼に対して言葉を返した。
「貴様の祖国でもあるからな」
「それも知っていたか」
「三度のインドシナ戦争」
 フランスとの独立戦争、ベトナム戦争、中越戦争の三つのことである。
「その全ての戦いにおいて獅子奮迅の活躍をした名将ダモン」

「ダモン」
 ルリ子がその名を聞き思わず地獄大使に顔を向けた。
「あのゴー=ウェン=ザップと並び称された名将」
「そんなこともあったかな」
 地獄大使はその名を聞きとぼけてみせた。
「それを知らないとでも思ったか」
 だが本郷はそれに構わず言った。彼は地獄大使から目を離すことはなかった。
「おそらくここに来るのは貴様どろうと思っていた」
「ここがわしの祖国だからか」
「それもある。だが」
「だが!?」
「俺が来たのを知って動かない筈がないと思っていた」
「わしの考えを読んでいる、と言いたいのだな」
「そうは言わない」
「ほう」
 大使はそれを聞き左の眉を一瞬上がらせた。
「バダンの戦略自体を読んだのだ」
「我々の考えは全てお見通しというわけか」
「そうでなくてはライダーは務まらない」
 彼はそう言って身構えた。
「そして既にここには怪人達もいる」
「その通りだ」
 地獄大使の後ろに怪人達が姿を現わした。
「マダラマダラマダラーーーーーーーーッ!」
「ギローーーーーーーーーッ!」
「ミッミッミッミッミッミッ!」
 ネオショッカーの機銃怪人マダラカジン、ジンドグマの電気怪人イスギロチン、ショッカーの音波怪人セミミンガの三体の怪人が姿を現わした。怪人達は地獄大使を護る様に前に出て来た。
 そこに戦闘員達も姿を現わした。彼等はすぐに本郷とルリ子を取り囲んだ。
「では我等が何を考えているかもわかるであろう」
「無論」
 本郷は言い返した。
「俺の首を欲しいのだろう」
「その通り」
 地獄大使は酷薄な笑みを浮かべた。
「覚悟するがいい。このサイゴンが貴様の死に場所だ」
「サイゴン」
 本郷はその言葉に反応した。それはホー=チミンの旧名である。
 見れば地獄大使の顔は普段と違っていた。
 普段は血を好む残忍な顔をしている。だが今の彼はそれとは全く異なる顔をしていた。
 燃えていた。それでいて落ち着いている。まるで戦いを指揮する指揮官の様である。
「そういうことか」
 彼はあの時に戻っていたのだ。歴戦に勇将であったダモンの頃に。だからこそその街の名を呼んだのだ。
「やれい!」
 大使は命令を下した。すると怪人達はサッと上と左右に跳んだ。
 そこから攻撃を仕掛ける。狙うは本郷の首だ。
「死ねぃ!」
 一斉に攻撃を仕掛ける。怪人達の刃が本郷を襲う。
 だがその瞬間本郷は姿を消した。まるで煙の様に。
「何処だっ!」
 怪人達は辺りを探った。そこで上から声がした。
「ここだっ!」
「ムッ!」
 上を見上げる。丁度怪人達の真上の木の上からであった。
 そこにライダーがいた。彼は跳んだ瞬間に変身していたのだ。
「トォッ!」
 下に跳び降りて来た。そして怪人達と対峙する。
「さあ来い!」
 その横にルリ子が来た。
「ライダー、戦闘員は私が」
「わかった」
 一号は頷いた。ルリ子はすぐに戦闘員達に向かって行った。
「御前達の相手は俺だ!」
「小癪な!」
 一号と怪人達は対峙する。そこに地獄大使が割って入って来た。
「甘いな」
 彼は不敵な笑みを浮かべていた。
「貴様の相手は怪人達だけではない」
「どういうことだ」
 彼は地獄大使を見据えた。
「このわしもいるということだ」
 地獄大使は右手の鞭で彼を差した。
「わしの力、知っていような」
「フン」
 知らない筈がなかった。地獄大使とはショッカーにおいて数多くの死闘を繰り広げてきたのだから。
「では行くぞ」
 彼は音もなく近寄って来た。そして鞭を繰り出して来た。
「喰らえっ!」
 だがそれは上に跳びかわす。だがそこに怪人の攻撃が来る。
「シャーーーーーーッ!」
 イスギロチンが鞭を繰り出して来た。その鞭は地獄大使のものと違い高圧電流を宿していた。
 それでライダーを撃とうとする。だがライダーはそれに対して空中で身を右に捻ってかわした。
「ムンッ!」
 その動きで回転する。そして怪人に接近した。
 そして手刀を浴びせる。それは怪人の首を撃った。
「グオッ!」
 動きが怯んだ。そこに勝機を見た。
「今だ!」
 ライダーは怪人の身体を掴んだ。そしてその首を両足で掴んだ。
「ライダァーーーーヘッドクラッシャアアーーーーーーッ!」
 そのまま怪人の頭を地面に叩き付ける。激しい衝撃を受けた怪人はライダーが飛び退くと同時に爆発四散して果てた。
 そこに地獄大使が接近する。今度は左の爪で切り裂かんとする。
「これならどうじゃっ!」
 彼は他の大幹部達と比べて実戦に適した身体をしている。それは陣頭で指揮を執ることを好む彼の気性がそうさせていたのだ。
 だがライダーもさるものである。その攻撃を的確にかわしていく。
 しかしそこに新手が来た。マダラカジンだ。
「地獄大使、助太刀致します!」
「うむ!」
 彼は右のサーベルで一号を突き刺さんとする。それと大使の爪が一号に襲い掛かる。
 しかし一号はその二つの攻撃をかわす。そしてその間にも反撃の機会を窺う。
「どっちだ」
 彼は怪人と大使の両方を見た。そしてどちらかに隙が生じるのを待った。
 それはマダラカジンに出た。怪人はサーベルを横に振った。
「これでどうだっ!」
 それで一号の首を断ち切らんとしたのだ。だがそれが誤りであった。
 サーベルは本来突く為のものである。彼は咄嗟にそのことを忘れてしまった。
 それが命取りとなった。その時に生じた一瞬の隙を逃す一号ではなかった。
「ムンッ!」
 その腹に蹴りを入れた。それで怪人は動きを止めた。
「グフッ!」
 更に攻撃を続ける。拳を出す。
「ライダァーーーーパァーーーーーンチッ!」
 それで怪人の顔を激しく殴打する。続け様に繰り出す。
 それは致命傷となっていった。最後の一撃が怪人の顔を叩き潰した。
「グオオオオッ!」
 怪人は呻き声と共に後ろに吹き飛ばされた。そして壁に打ち付けられ倒れた。
 そして爆死した。さしもの怪人もライダーの強烈な拳の連打を浴びては生きてはいられなかった。
「クッ、力を使うとはな」
「驚いたか」
 一号は舌打ちした地獄大使に対して言った。
「ライダー二号の専売だと思っていたがな」
「今まではな」
 一号はそれに対して言った。
「だがこれからは違う。俺も二号も互いの力と技を学び合った。改造も経てな」
「それが今の強さの秘密か」
「そうだ。覚えておけ、ライダーは常に進化するのだと」
「進化か」
「その通り、戦う度に強くなる。それを忘れるな」
「フン、忘れるものか」
 だが地獄大使はその言葉を一笑に付した。
「わしがどれだけ貴様等と戦ってきたと思う」
 彼は言葉を続けた。
「それだけではない、わしがのこれまでの戦いを知らないと見える」
 その目には戦いに燃える激しい炎があった。
「この街を陥落させたのもわしだ。同志ホー=チミンの為にな」
 ホー=チミンはアメリカとの戦争の最中死んでいた。最後までベトナムの独立を目指した英傑の死であった。
「そのわしの長年の戦いを経て身に着けた力、今こそ見せてやろう」
 身構えた。その目が無気味に光った。
「ムッ」
 何かある、一号はすぐに悟った。そして彼も次の動きに備えた。
 だがそこで別の者が割って入って来た。
「地獄大使、それには及びません」
 残った最後の怪人セミミンガであった。
「ここは私にお任せを」
「いいか」
 彼は何やら少し残念そうであったが怪人の言葉に顔を向けた。
「ハッ、地獄大使の手を煩わせるまでもありません」
 そしてライダーを睨みつけた。
「ライダーの相手は私が。先の仲間達のこともありますので」
「そうか」
 それを出されると言いにくい。彼はここは怪人に任せることにした。
「では貴様に任せた。見事ライダーの首をとるがいい」
「ハッ、有り難き幸せ」
 セミミンガは頭を垂れた。そしてすぐに一号に顔を向けた。
「行くぞ」
「来い」
 一号も退くつもりは毛頭ない。彼は構えをとった。
「ミッミーーーーーッ!」
 顔から超音波を放ってきた。それはライダーに向けて襲い掛かる。
 ライダーはそれをはっきりと見ていた。常人それとは違うその紅い目で見ていたのだ。
「その程度!」
 一号は上に跳んだ。だがそれは怪人も読んでいた。
「やはりな!」
 怪人も跳んだ。彼はその背の羽根を使っていたのだ。
「俺が蝉の改造人間であるのを忘れていたな!」
「それはどうかな」
 だが一号は落ち着きを保っていた。
「俺もまた改造人間だ」
 彼は言った。
「そう、空での戦いも可能だ」
「フン、戯れ言を」
 だがセミミンガは余裕であった。
「バッタがセミに勝てると思っているのか!」
「当然だ」
 だがライダーは冷静さを失ってはいない。
「貴様はバッタのことを知らない」
 一号は言った。
「バッタも飛ぶことができるのだ」
 実際にイナゴ等はかなりの長い距離を飛ぶことができる。だが彼がここで言ったことはまた別の意味であった。
「ムン!」
 空中で後転した。それで怪人の顎を蹴る。
「グオッ!」
 不意を衝かれた怪人はそれに怯んだ。一号はさらに動く。
 怪人の腿に足をかけた。そしてそれを踏み台にして跳んだ。
「トォッ!」
 そして怪人の頭上をとった。そしてそこで攻撃に移った。
「空中戦にはこうした戦い方もある!」
 空中で激しい回転に移る。
「ライダァーーーーー回転キィーーーーーック!」
 本来は二号の技である。だが特訓により身に着けていたのだ。彼等はその地獄の様な特訓でお互いの技も学び合い身に着けていたのだ。
 そしてそれで怪人の胸を蹴った。その衝撃を受けたセミミンガは地面に叩き付けられた。そしてバウンドし空中に跳ね飛んだところで爆発して果てた。
「奢ったな、飛ぶことができるのはセミだけじゃない」
 一号は着地した。そしてその爆発を見上げて言った。
「フン、その様な戦い方があるとはな」
 そこで地獄大使の声がした。
「流石は仮面ライダー一号だと褒めておこう。見事な戦い方であった」
 彼は苦い顔でそう言った。
「だがこれで勝ったとは思わないことだ」
「どういうことだ」
 一号はその言葉に反応し顔を向けた。
「わしの攻撃はまだこれで終わりではないということだ」
 一号はその言葉に対してすぐに身構えた。
「ふふふ、だがそれは今ではない」
 だが大使は今の攻撃を否定した。
「今は怪人達ももういない。これで退いておこう」
「そうか」
 だがまだ安心したわけではない。
「この街はわしにとっては特に思い入れの強い街だ。楽しませてもらおう」
「楽しむだと」
「そうだ。貴様を狩ることをな」
 彼はここで残忍な笑みを浮かべた。
「思い出すな、かっての戦いを」
 彼はここで過去の自身の戦いのことを口にした。
「フランスもアメリカも中国も強大であった。それぞれ恐るべき戦士達がいた」
 彼はその時から自ら前線で指揮を執ることを好んだのだ。
「だが皆わしの前に敗れた。どの者もわしに勝つことはできなかった」
「貴様はその時から自らも戦っていたのか」
「そうだ。そうでなくては戦場に出る意味がなかろう」
 彼は戦場を愛していた。その火薬と血の匂いを何よりも愛していたのだ。
 これは当時のベトナムの事情もあった。戦力おいて圧倒的に劣る彼等は将といえども戦場においては自ら戦うしかなかったのである。
 だからこそ彼は戦った。そしてその中で生き抜いてきたのである。
「ライダーよ、楽しみにしておれ」
 大使は言った。
「この街で貴様は死ぬ。わしの手でな」
「それはどうかな」
 だがライダーも怯んではいなかった。
「俺もそうそう狩られるつもりはない」
 そう言って反撃した。
「貴様を倒す為に今ここにいるのだからな」
「フン」
 地獄大使はその言葉を鼻で笑った。
「わしが狙った獲物を逃したことはない」
 その瞬間両目が黄色く光った。
「戦場においては特にな」
「戦場か」
「そうだ、他に何と呼ぶのだ」
 彼はこの街を戦場と認識していたのだ。
「今はその命預けておこう。だが」
「だが?」
「それも僅かの間だ。貴様の命は我が牙の中にあるのだ」
 そう言うとマントで全身を覆った。
「それを忘れぬようにな」
 そして姿を消した。後には彼の高笑いだけが残った。
「ライダー」
 そこに戦闘員達を倒し終えたルリ子がそっと来た。
「大丈夫よね」
 彼を気遣って声をかける。見上げたその顔は不安に支配されていた。
「大丈夫だ」
 一号はそんな彼女の不安を取り払うようにして言った。
「ライダーは負けない。決して」
 そして地獄大使が消えた方を見た。そこには既に何者の影もなかった。

 戦いを終えた地獄大使は基地に戻っていた。そしてそこで早速次の作戦に備えていた。
「今度の作戦だが」
 彼は怪人や戦闘員達を会議室に集めて話をしていた。だがそこで何者かの声がした。
「柄に合わないことをしておるな」
 それを聞いた大使の表情が一変した。
「何の用だ」
 彼は見る見るうちに機嫌を悪くしていった。
「まあそう怒るな」
 だが声の主はそんな彼をからかうようにして言った。
「折角貴様にいい策を授けてやろうと思って来たのだからな」
「策だと」
 彼はそれを聞いて顔をいささか戻した。
「それは一体何だ」
「今ここでは話すことはできん」
「そうか」
 地獄大使はそれを受けて席にいた怪人や戦闘員達に対して顔を向けて言った。
「休んでよいぞ」
 そう言って下がらせた。
 彼等はそれに従い部屋を後にした。そして地獄大使だけが残った。
「これでよい」
 声の主は満足そうに笑った。
「我等はいつもこうして作戦を決めておったからな、二人で」
「戯れ言はいい」
 地獄大使は苛立たしげに言った。
「早く姿を現わすがいい」
「わかった」
 声の主はそれを受けて姿を現わした。壁から浮き出る様にして地獄大使の前に現われた。
「また来るとはな」
 地獄大使は彼の姿を見て不機嫌そのものの声を出した。
「ふふふ、まあそう言うな」
 暗闇大使はそれに対しやはり彼の応対を楽しむような声を出した。
「我等はこの世でたった二人の肉親ではないか」
「貴様が言うとはな」
「何を水臭いことを言う」
 おそらく心にもないことであろう。だが暗闇大使は言った。
「我等は常に共にあったではないか。あの時から」
「あの時か」
 彼等が物心ついた時には互いの両親はもういなかった。二人は孤児として育った。
 その中で必死に生きてきた。その時主であったフランス人に仕えて生きてきたのだ。
「あの者達の靴を舐めて暮らしてきた」
「忘れる筈がなかろう」
 地獄大使は従兄弟から背を向けた。忌まわしい過去であった。
 彼等は自分達を見下す主人達に時として殴られ虐待された。だがそれに耐えてきた。全ては生きる為であった。
「覚えているか、あの時を」
「貴様も覚えていよう」
 暗闇大使はそれに言葉を返した。
「我等があれを忘れる筈がないだろう」
 暗闇大使の言葉は心理であった。彼等はその時のことを今でもはっきりと覚えていた。
 日本軍の仏印進駐。国際社会から批判を浴びたこの行為だがそれにより彼等は目覚めたのだ。
 あのフランス人達を何なく蹴散らした自分達と同じ黄色い肌の者達。彼等は威風堂々とベトナムに入って来たのだ。
 彼等は厳格で規律正しかった。融通が効かなく押し付けがましいところがあったがそれでもフランス人達より余程公正であり親切であった。
 何よりも強かった。彼等はその強さに魅せられたのだ。
 日本軍が敗れ去っても彼等は残った。そして今度は自らが戦場に向かったのであった。
「あの頃から常に共にいたではないか」
「長い間だったな」
 地獄大使はそえには頷いた。彼としてもそれは認める。
「だがわしと貴様は最早あの時の従兄弟ではない筈だ」
 彼は暗闇大使を見据えて言った。
「あの時以来な」
「確かにな」
 暗闇大使はその言葉に頷いた。
「我等はもう暗闇大使と地獄大使になった。ガモンとダモンではない」
「わかりきったことであろうが」
「うむ。だが今一度わしは貴様に策を授けに来たのだ」
「どういうつもりだ」
 彼は従兄弟をキッと見据えた。
「貴様に授けられるものなぞないぞ」
「まあそう言うな」
 暗闇大使は笑ってそう言った。
「別に見返りは要求せぬ。それでよいだろう」
「・・・・・・わかった」
 地獄大使はとりあえず頷いた。
「では貴様の策を聞こうか」
「うむ」
 暗闇大使はここで頷いた。
「時空破断システムは整っているな」
「無論だ」
「そして怪人も戦闘員達もいる」
「今にでも全力出撃が可能だ」
「それならばよい」
 彼はそこまで聞いて頷いた。
「すぐにでもわしの策を実行に移せるな。やはり貴様は歴戦の将だけはある」
「褒め言葉はいい。話を続けろ」
「フフフ、わかった」
 彼は笑いながら応えた。
「その全てを同時に使うのだ」
「一斉攻撃か」
「そうだ。それならば仮面ライダー一号といえど人たまりもあるまい。どうだ、中々いい作戦だろう」
「わしのやり方にも合っているな」
「そう考えて提案したのだ。どうだ、やってみるか」
「うむ」
 地獄大使はそれに頷いた。
「では詳しいことを聞こうか」
「わかった」
 こうして二人は席についた。そして話を進めた。

 話が終わり暗闇大使は日本に引き揚げた。そして首領の下に来た。
「地獄大使に策を授けたそうだな」
 暗闇の中首領の声が響き渡る。
「ハッ」
 彼は頭を下げて答えた。彼は暗闇の中に跪いていた。
「それもかなり念入りな策と聞いているが」
「お言葉の通りです」
 彼はそれを認めた。
「あの男に合った策を授けました。これでライダー一号を倒すことができるでしょう」
「それは何よりだ」
 首領はそれを聞き明るい声を出した。
「だが一つ気になることがある」
「何でございましょう」
 彼はその言葉に顔を上げた。
「あれ程憎んでいたというのにそこまで策を授けたものだな」
「はい」
 彼の顔に一瞬だが陰が差した。
「最初は陥れ利用するつもりではなかったのか」
「私も最初はそのつもりでしたが」
 彼は謹んでそう言った。
「実際に会ってみると考えが変わりました。ここは策を授けるべきだと思いましたので」
「また急な心変わりだな。一体どうしたのだ」
「目を見まして」
「目か」
「はい。あの男の目は昔の目でした」
「人であった頃のか」
「それは」
 暗闇大使はそれには答えかねた。だがそれが他ならぬ答えとなってしまっていた。
「ふふふ、よい」
 首領はそれを見て笑った。
「それで仮面ライダーが倒せるのならな。私はそれで構わん」
「左様ですか」
「そうだ。それが世界征服への第一歩となるのだからな」
「そうなのですか」
「そうだ。今我々は勢力を大きく減らしている。これは事実だ」
「はい」
「ライダー達によってな。今残っているのは貴様と地獄大使だけだ」
 暗闇大使はそれには答えなかった。首領は言葉を続けた。
「今はライダーを一人でも減らしておきたい。そして日本での最後の決戦に備えるのだ」
「この日本でですな」
「そうだ。その為の手筈は整っているな」
「無論」
 暗闇大使は不敵に笑って答えた。
「間も無く我がバダンの大攻勢がはじまるでしょう」
「その為には奴等の力が少しでも減っておかねばならない。この世界を我が手に収める為にな」
「御意」
「その為の策ならば何をしてもよい。何としてもライダーを倒せ」
「わかりました」
「では下がるがよい。すぐにその準備に取り掛かるがよい」
「ハッ」
 こうして暗闇大使は闇を後にしたそして自室に戻った。
「さてダモンよ」
 彼は従兄弟のいるベトナムの方に顔を向けた。
「上手くやるがいい。そして見事ライダーの首を挙げるがいい」
 そこには憎悪はなかった。ただその作戦の成功を願う参謀の顔があるだけであった。
「フン」
 彼は自分でもそれに気付いた。そして自嘲するように笑った。
「因果なものだな。また奴に策を授けるとは」
 ふとベトナムでの戦いのことを思い出した。
「やるがいい、ダモンよ。そして見事勝つがいい」
 そして彼は棚からワインとグラスを取り出した。血の様に赤いワインであった。
「今は貴様に乾杯しよう。そして帰って来たならば」
 グラスに口をつける。そして飲んだ。
「二人でまた飲もうぞ。あの時のようにな」
 そして一人飲みはじめた。彼はそうして酒を楽しんだのであった。

 従兄弟から策を授けられた地獄大使はすぐに行動に出た。総力をあげてホー=チミンに攻撃を仕掛けて来たのだ。
「来たか!」
 本郷とルリ子はそれに対してすぐに出撃した。彼等はベンタン市場で激突した。観光名所としても知られているベトナムでも最も有名な市場である。
「フッフッフ、本郷猛よ」
 地獄大使は既にそこにいた。そして本郷を見て笑った。
「この前言った約束を果させてもらうぞ」
「何」
 彼はその言葉に目を向けた。
「貴様にはここで死んでもらう。言った筈だな」
「それがどうしたというのだ」
 彼はそれに対して言い返した。
「俺はそのような約束などはしていない。勝手に決めてもらっては困るな」
「フフフフフ」
 だが大使はそれに対して無気味な笑い声で応えた。
「わしはよく強引な男と呼ばれていてな」
 彼は笑いながら言った。
「約束も人に強要することが多いと言われてきた」
「誰が貴様の話なぞ聞いている」
「まあ聞け」
 だが彼は本郷を言葉で制して話を続けた。
「今もだ。貴様には約束を是非守ってもらいたいのだ」
「誰が!」
 本郷はそれを当然の様に拒絶した。
「死ぬのは貴様だ、その言葉そっくり返してやろう」
「それでいい」
 だが彼はその言葉を聞きさらに笑った。目に炎が宿った。
「さあ来い。そしてこの手で倒してやろう」
「言われずとも」
 本郷は変身に入った。腰にあのベルトが姿を現わす。

 ライダァーーーーー
 右腕を手刀の形にして左から右に大きく旋回させる。
 それと共に身体が黒いバトルボディに覆われる。そして銀色の手袋とブーツが姿を現わした。
 変身!
 右腕を拳にして脇に入れる。左手を斜め上に突き出す。その手もやはり手刀だ。
 それと共に顔の右半分がライトグリーンの仮面に覆われる。目は真紅だ。そして左もすぐに覆われる。

 腰のベルトが回転をはじめた。そして光が放たれる。彼はそれに包まれた。
 そして光の中からライダーが姿を現わした。多彩な技を誇るライダー達のリーダー仮面ライダー一号である。
「フフフ、変身したか」
 だが地獄大使はまだ余裕を保っていた。
「そうでなくては面白くはない」
 ここで後ろを振り向いた。
「あれを出せ」
「ハッ」
 後ろに控える戦闘員が敬礼して応えた。すると何やら地響きが聞こえてきた。
「これは一体」
「すぐにわかる」
 地獄大使は一号とルリ子に対して言った。やがて巨大な戦車が姿を現わした。
 砲塔はなく巨大な大砲があるだけであった。何やら自走砲のようである。
「それはまさか」
「そう、そのまさかだ」
 地獄大使は笑いながら答えた。そして鞭を持つその右手をゆっくりと上げた。
「撃て」
「はい」
 戦闘員の一人が答えた。すると戦車の砲身に何かが宿った。
 それは黒い光であった。それを徐々に増大させながら砲口を一号とルリ子に向けてきた。
「いかん!」
 すぐに危機を悟った一号はルリ子を抱えて跳んだ。その直後に二人がそれまでいた場所に黒い光が放たれた。
 それはその場を跡形もなく消し去った。後には巨大な穴だけが残った。
「ふむ、かわしたか」
 地獄大使はそれを見てまるで楽しむように言った。
「だが何時までかわせるかな」
「戯れ言を」
 一号も怯んではいない。
「ルリ子さん」
 まずはルリ子に顔を向けた。
「ここは安全な場所へ」
「けど」
「俺は大丈夫だ。いいね」
「・・・・・・はい」
 一号の強い言葉に従わざるを得なかった。ルリ子は黙って頷いた。
 そして後方へ下がる。地獄大使は戦闘員達に彼女を追わせようとするがそれが一号が阻んだ。
「貴様等の相手はこの俺だ」
 そして戦闘員達を次々と倒していく。
「ふむ」
 地獄大使はそれを見て頷いた。そして左右に控える怪人達に顔を向けた。
「行け」
「ハッ」
 怪人達は頷いた。そして左右に散った。
 それと同時に再び黒い光が放たれる。一号はそれをやはり跳んでかわした。
 そこへ怪人達が襲い掛かる。右からゲドンの変体怪人獣人ヘビトンボ、左からブラックサタンの吸血怪人奇械人ブブンガーが来た。
「死ね、ライダー一号!」
 彼等は空中から同時にライダーに攻撃を仕掛けてきた。まず獣人ヘビトンボの鎌が来た。
「ジャーーーーーーッ!」
 同時に口から緑色の液体を吐き出す。これで一号を溶かすつもりなのだ。
「クッ!」
 一号はそれを身を捻ってかわした。そしてそこで怪人の腹を蹴った。
「ゲハッ!」
 そしてそれを反動に後ろに跳ぶ。そこで叫んだ。
「サイクロン!」
 すぐにそこに新サイクロン改が来た。空を駆っていた。
 その機首を蹴った。その反動で獣人ヘビトンボに向かって跳ぶ。
「食らえ!」
 そして攻撃態勢に入った。
「ライダァーーーーー反転キィーーーーーーーーック!」
 蹴りを放った。それで怪人を大きく吹き飛ばす。
「ジャーーーーーーッ!」
 怪人は断末魔の叫びと共に後ろに吹き飛んだ。そして爆死して果てた。
 一号は空中で前転し態勢を立て直そうとする。だがそこにもう一体の怪人が来た。
「ビビビビビビビッ!」
 口の針を引き抜きそれを剣にする。それで切りつけてきた。
「甘い!」
 だが一号はその手を蹴った。そして剣を叩き落とし使えなくした。
 一瞬隙が生じた。一号はそれを逃さなかった。
「今だっ!」
 空中であるが怪人の身体を掴んだ。そして上に向けて投げた。
「トォッ!」
 そしてそこでまたマシンを踏み台にして跳んだ。上に飛ぶ怪人に対して攻撃を仕掛ける。
「ライダァーーーーーフライングチョーーーーーーップ!」
 顔の前で両手を交差させそれで怪人を撃った。奇械人ブブンガーも空中で爆死した。
 これで二体の怪人を倒した。一号はマシンに乗ろうとする。
 だがそこに再び黒い光が襲い掛かって来た。彼はそれを慌ててかわした。
「油断はできないか」
 時空破断システムに目をやった。どうやらこれを倒さなくては何にもならないようだ。一号は意を決した。
「よし」
 そして急降下する。二次大戦の時の爆撃機と同じ様にだ。
 ほぼ直角に下がる。丁度砲の死角にあい狙うことはできない。
「ほう」
 それを見た地獄大使は思わず口の端に笑みを零した。
「またいいものを見た。急降下爆撃か」
 急降下するマシンが今凄まじい唸り声をあげていた。
 これはかって東部戦線で死のサイレンと呼ばれていた。ドイツ軍がソ連軍の戦車を襲う時の音を評してこう呼んだのだ。
 ドイツ軍の急降下爆撃機シュツーカもまた多くの戦果をあげた。だがそれよりも怖るべき活躍をしたのが日本軍の急降下爆撃機であった。
 九九式艦上爆撃機。その攻撃で連合軍を恐怖のドン底に陥れた爆撃機であった。
 連合軍の夥しい艦船を海の藻屑にしてきた。その光景は地獄大使も砂浜で見たことがある。自分達に対する圧政の象徴の一つであった重厚な白人の船をいとも簡単に沈めていったのだ。
 急降下爆撃の命中率は本来低いものである。二桁に達すればそれで上出来だと思われていた。だが日本軍は信じられない程の訓練によりその命中率を九割近くにまでしていた。
 日本軍の急降下爆撃の怖ろしさは機体だけではなかったのだ。そのパイロットの技量もあったのだ。
 地獄大使は今ライダーにその姿を見ていた。それを思うと思わず笑みが零れたのだ。
「素晴らしい。あの伝説の攻撃を今見ることが出来るとはな」
 感嘆の言葉が漏れた。
「だがそうはいかぬ。生憎だがわしも敗れるわけにはいかぬからな」
 彼は今度は全く別の笑みを浮かべた。勝利を確信した笑みであった。
「わしが何の備えもしておらぬと思うか」
 急降下を続ける一号を見て言った。
「行け、そして見事ライダーを倒せ!」
 彼は叫んだ。すると時空破断システムから一体の怪人が飛び出て来た。
「ガーーーーーーーーッ!」
 デストロンツバサ一族の毒霧怪人殺人ドクガーラだ。怪人は一直線に一号に向かって来た。
「来たか!」
 一号はそれを確認しながらも急降下を続ける。怪人を体当たりを吹き飛ばそうというのか。
 怪人はそこに攻撃を仕掛けてきた。羽根から無数の蛾を放ってきたのだ。
「クッ!」
 それを見た一号はマシンから跳んだ。そして怪人に飛びかかった。
「そうくるならばっ!」
 そして怪人の腹を殴り動きを止める。続いて怪人の身体を掴んだ。
「ライダァーーーーハンマァーーーーーーーッ!」
 空中でスイングを仕掛けた。まるでコマの様に回転する。
 そして投げた。時空破断システムに向けてだ。
「クッ、そうくるか!」 
 地獄大使はそれを見て叫んだ。そしてシステムから離れるべき跳んだ。
「いかん!」
 マントで身を守った。その瞬間黒い光がその場を支配した。
 殺人ドクガーラはシステムに叩き付けられていた。そして同時に爆発したのだ。言わば怪人を爆弾にしたのだ。
 当然システムも無事で済む筈がなかった。怪人の爆発によりシステムもまた爆発した。それにより黒い光が出て来たのだ。
 それが通り過ぎると後には何も残ってはいなかった。一号はその場に着地しておりその後ろにはマシンがあった。
「ぬうう」
 地獄大使は彼を歯噛みした顔で見据えていた。
「まさか怪人を爆弾代わりにするとはな」
「あくまで咄嗟のことだ」
 一号はそれに対して言った。
「だがかなりの効果があったな。本来ならばマシンを犠牲にしてでも破壊するつもりだったが」
 彼は前に来たマシンを見ながら言った。
「そうしなくて済んだ。僥倖だな」
「フン」
 地獄大使はそれを聞き顔を歪めさせた。
「それで勝ったとは思わぬことだ」
「無論」
 一号はその言葉に合わせて身構えた。
「貴様を倒さなければ終わったことにはならないからな」
 そしてジリジリと前に出て来た。
「貴様にできるかな」
 大使もそれに合わせて前に出て来た。両者は互いの隙を窺いはじめた。その時であった。
「待て!」
 不意に声がした。一号の右手、地獄大使の左手にだ。
「貴様か」
 地獄大使はその声にすぐ反応した顔をそちらに向けた。
「貴様!?」
 一号はその言葉に疑念を抱きながらも右手に顔を向けた。するとそこにはもう一人地獄大使がいた。
「いや」
 違った。彼のことは一号もよく知っていた。
「暗闇大使か」
「如何にも」
 暗闇大使はニヤリと笑って一号に言葉を返した。
「やはりわしのことは知っているようだな」
「知らないとでも思っているのか」
 一号は彼に言葉を返した。
「一体何の用だ」
「わかっていると思うが」
 彼はその酷薄そうな笑みを浮かべたまま答えた。
「ダモンよ」 
 そして従兄弟に顔を向けた。
「苦戦しているようだな。助太刀に来たぞ」
「助太刀だと」
 だがその従兄弟がそれを聞いて更に顔を歪めさせた。
「誰が頼んだ、わしは貴様を呼んだ覚えはないぞ」
「水臭いことを言うな」
 だが彼はそれを聞いても尚笑っていた。
「実際に今窮地に追い込まれているではないか」
「馬鹿なことを言うな!」
 だが地獄大使はそれに対して激昂して叫んだ。
「わしはまだ負けてはおらぬ。この程度で窮地とは片腹痛いわ」
「ほう」
 暗闇大使はそれを聞いて眉を上げた。
「貴様も知っていよう。我等が今まで潜り抜けてきた戦場を」
「無論」
 暗闇大使もまた戦場を潜り抜けてきた。圧倒的な物量を誇る大国を前にしては指揮官もそうであるように参謀もまた自ら武器を手にとって戦うしかなかったのである。彼等の生き抜いてきた戦場はそれ程までに過酷であった。将校といえども自ら武器を手に戦わなくてはならない程だったのだ。
「それを思えばこの程度。それにわしは今勝機を掴んだのだ」
「勝機」
「わかっているだろう」
 そう言った地獄大使の目が黄色く光った。暗闇大使はそれを見て再び笑った。
「わかった」
 そしてこう言った。
「ならばここは貴様に全て任せるとしようか。かっては常にそうであったように」
「うむ」
「では見事武勲を挙げるがよい。わしはあの時の様に陰に潜むとしよう」
「好きにしろ」
「そうさせてもらおう」
 そう言うと背中のマントで全身を包んだ。
「日本で待っているぞ」
 そして彼は姿を消した。後には影も形も残ってはいなかった。
「さてライダーよ」
 地獄大使は従兄弟が消えたのを確認して一号に顔を戻した。
「いよいよ貴様の首を貰い受ける時が来た」
 その目がまた黄色く光った。
「行くぞ、わしの真の姿」
 そう言いながら背中のマントを被った。
「再び貴様に見せようぞ」
 マントの中の身体が変わっていく。脚が黒くなりマントの中の頭部の形も変化していく。そしてマントが剥ぎ取られた。
「ガァーーーーラッ!」
 毒蛇の頭と鱗を持つ怪人が姿を現わした。右手は鞭になっている。
「再びこの姿を貴様に見せるとは思わなかったな」
 彼は言った。
「ガラガランダ、わしの正体を二度も見たのは貴様がはじめてだ」
 彼はその黄色い目で一号を見据えながら言った。
「この姿を見た者はショッカーの者以外で誰一人として生きてはいないからだ、貴様等以外はな。いや」
「いや!?」
 一号はそれに反応した。
「今貴様も死ぬ。また一人わしの正体を知る者はいなくなるのだ」
「それはどうかな」
 だが一号はやはり言い返した。
「死ぬのは地獄大使、いや、ガラガランダ」
 ガラガランダを見据えた。
「貴様だ!」
 そして指差した。宣戦布告であった。
「フン」
 だがガラガランダはそれを鼻で笑った。
「貴様にできるのか、わしを倒すことが」
「無論」
 彼は身構えながら言った。
「今ここで倒してやる」
「フフフフフ」
 ガラガランダはそれを聞いて不敵に笑った。
「ならばやってみせるがいい。返り討ちにしてくれるわ」
「行くぞ」
「望むところだ!」
 二人は同時に前に出た。そして互いに攻撃を繰り出し合った。
 一号は拳と蹴りを繰り出す。それに対してガラガランダは右手の鞭を振るう。互いに一歩も引かない。
 そして暫くの間攻防を続けた。だが両者共隙は全く見せず闘いは膠着状態になりつつあった。
「クッ、このままでは埒があらぬわ」
 先に痺れを切らしたのはガラガランダであった。
「こうなっては」
 彼は地中に姿を消した。アスファルトであろうがその中に消えていった。
「消えたか」
 一号はそれに対して構えを一旦解いた。そして辺りを見回した。
「何処から来る」
 そしてガラガランダの気を探る。彼は必ず来ると予想しちえた。
 それは当たった。後ろから鞭が来た。
「やはり!」
 彼は跳んだ。そしてその鞭をかわした。
 だがそれを追って鞭が来る。それも一本ではなかった。
「何!?」
 前後左右から無数の鞭が来た。だがそれでも彼は慌ててはいなかった。
 目では無数の鞭が見えていても実は一本しかない。これはガラガランダの幻術であることを見抜いていたからだ。
「そらく本物は」
 一号はそこで後ろへ振り向いた。
「これだ!」
 そして最初に来た鞭を蹴った。それが本物だと見抜いていたからだ。
「おのれ!」
 地中から声がした。ガラガランダのものであるのは言うまでもない。
「よくぞわしの術を見破ったな」
「この程度、俺がわからないと思ったか」
 一号は着地して地中にいるガラガランダの対して言った。
「さあ来い、まだ終わりではないだろう」
「その通り」
 再び地中から声がした。
「わしを甘く見るな」
 そして気配を地の底に消した。
「またか」
 一号はそれを見て身を顰めた。そして敵の気を探った。
「何処にいる、そして何処から来る」
 それが問題であった。一瞬でもそれを見誤れば死に直結する。それは彼が最もよくわかっていることであった。
「どうする」
 彼は自分の動きについても考えた。下手に動くと全てが終わる。どうするべきか。
 まずは気配を消した。それで周りを見た。
 ガラガランダは動いてはいない。だがいずれ必ず動いてくる。一号は彼の性格をよく知っていた。
(奴の性格なら)
 地獄大使の気性の激しさは有名である。ショッカーでもそれはよく知られていた。バダンにおいても激情家として名が通っている。
(すぐに動く)
 そう読んでいた。おそらく長い間息を顰めていることは出来ないであろう。
 時が暫く流れた。両者はまだ動かない。
(まだか)
 一号は待った。次第に何者かの焦る様子が感じられてきた。
(来るか)
 来た。それもすぐ目の前に。
「ガァーーーーラァーーーーーーッ!」
 地の中から出て来た。そして一号に襲い掛かる。
「死ねぇっ!」
 鞭を振るおうとする。だが一号はそれより前に動いた。
「今だ!」
 彼の身体を掴んだ。そして空中に放り投げた。
「この程度で!」
 だがガラガランダもさるものである。空中で態勢を立て直し着地した。
「わしを倒せると思ったか!」
「俺の攻撃がこれで終わるとは思わないことだ!」
 だが一号もそれで終わりではなかった。ガラガランダに向けて突進していた。
「喰らえっ!」
 そして体当たりを浴びせた。それで怪人の態勢が崩れた。
「ウォッ!」
「トォッ!」
 一号はガラガランダを掴んだ。そして再び空中に投げ飛ばした。
 体当たりのダメージで今度は思うように動けない。一号はその隙を逃さずすかさず跳んだ。
「これならどうだっ!」
 空中で攻撃態勢に入る。そしてガラガランダに向かって行く。
「受けてみろ」
 蹴りを出して来た。
「電光ライダァーーーーーキィーーーーーーーック!」
 強烈な蹴りが空中のガラガランダの腹を直撃した。これを受け空中高くに跳ね飛ばされた。
 攻撃を終えた一号は着地した。ガラガランダはまだ宙を舞っている。だが彼も大地に落ちた。
「終わったか」
 激しい衝撃と音と共に落ちた怪人を見て呟く。だがガラガランダは最後の力を振り絞って立ち上がってきた。
「まだだ」
 彼は言った。そして地獄大使の姿に戻っていった。
「わしはまだ倒れぬぞ」
 そう言いながら一号に顔を向けた。
「生涯で最強の敵の顔を見るまではな」
 そして一号の顔を見る。そしてニヤリと笑った。
「二度もこのわしを倒すとはな。褒めてやろう」
「礼を言う」
 一号はそれに応えた。
「わしは今まで数多くの戦いを経てきた。だが一度として敗れたことはない」
 彼は言った。
「どれ程強大な敵にもな。フランスにもアメリカにも中国にも勝った」
「この国での戦いか」
「そうだ」
 彼はそれに答えた。
「ショッカーにおいてもだ。わしは東南アジアを支配していた」
 彼はその実績を買われ日本支部長となっていたのである。
「だが貴様に会ってからそれは全て変わった」
 ライダー達の前に全ての作戦が失敗に終わった。首領にも見捨てられ進退が極まった彼は最後の賭けに出た。自らを裏切り者にしてライダーを誘き寄せたのだ。
「あの時は上手くいったと思ったがな。まさか敗れるとは」
「あの時は俺も苦戦した」
 一号はそれに対して言った。
「それでも貴様は勝った。わしにな」
「ああ」
「あの時も見事であった」
 彼はそれを素直に称賛した。
「そして今も」
 そこでニヤリと笑った。そこには恨みも憎しみもなかった。
「わしを二度も倒す者がいるとは思わなかったわ。だが悔いはない」
 清々しい顔になっていた。
「力の限り闘うこともできた。これでもう思い残すことはない」
 そして日本の方へ顔を向けた。
「首領、世界をその手に納められることを心より願います。その時を見ずに逝くのをお許し下さい」
 言葉を続けた。
「ガモンよ、先に行っておく。待って折るぞ」
 そう言うと最後に叫んだ。
「バダン万歳!」
 前に倒れた。そして爆発の中に消えていった。こうしてショッカーでその勇名を馳せた大幹部地獄大使も死んだ。これでかっての大幹部、改造魔人達は暗闇大使を除いて全てこの世から去った。
「地獄大使」
 一号はその爆風の最後の風を浴びていた。
「見事だった。貴様が味方だったならどれ程頼もしかったことか」
 風も消えた。こうして地獄大使の名残もまたこの世から消えたのであった。
 ベトナムでの戦いも終わった。本郷とルリ子は残党のいないことを確認すると二人日本に向かった。こうして全てのライダーが日本に集結することとなった。
「ダモン、敗れたか」
 暗闇大使は報告を聞いた後自室で一人いた。
「わしの策を使いあ奴が敗れるのははじめてのことだ」
 彼は暗い部屋の中で呟いていた。
「ライダー、侮ることはできぬな。そして」
 ここで顔を上げた。
「ダモンよ、貴様の仇は取る。安心して地獄に行くがいい」
 その時心には憎しみはなかった。従兄弟への肉親としての気持ちだけがあった。
 かって彼等は激しく憎み合った。それは今後のベトナムのあり方を巡ってであった。
 中国との戦いに勝利したベトナムだったがその受けた傷は深かった。長い戦乱で疲弊しきっていたのだ。
 これを見たガモンは今後は内政に力を注ぐべきだと考えていた。その為周辺各国とは融和的な政策を執るべきであると考えていたのだ。
 だがダモンは違っていた。彼はまだ敵が来ると主張して軍備の充実、そして強硬策を主張した。これで両者の間に修復不可能な溝ができた。
 どちらも心からベトナムを思っていた。それだけに譲らなかったのだ。何時しかその対立は軍部を大きく割る事態となった。
 常勝将軍と天才軍師、どちらも力があった。そして従兄弟同士でもありその対立は日増しに強まっていった。
 やがて彼等はミャンマーで極秘に作戦にあたることとなった。ここで彼等の仲違いが思わぬ悲劇を招いた。
 それにより作戦に大きな支障をきたしているところを敵に襲われた。ガモンは戦死し、ダモンは行方不明となった。
ベトナムは陰の勝利とひきかえに二人の有能な軍人を失ったのだ。
 だがダモンは生きていた。川に落ちながらも何とか生きていた。そして鰐の牙をかいくぐり出て来たところをショッカーにスカウトされたのだ。祖国では既に彼は死んでいるということになっているということを教えて。
 こうして彼はショッカーの地獄大使となった。彼はガモンのことは忘れてはいなかった。だが最早彼もダモンではなくそれに固執することもなかった。やはり彼は以前の彼ではなくなていたからだ。
 ガモンは墓で眠っていた。ベトナム軍の将兵達が作った墓であった。密林の奥でありとても祖国まで持ち帰ることが出来なかったのだ。
 こうして彼はバダンにより甦らされるまでそこで眠っていた。長い眠りであった。
「眠りから醒めるとこの身体になっているとはな」
 やはり彼も帰るべき祖国はなかった。死んでいる身で帰っても場所は何処にもないからだ。
 彼は暗闇大使となった。それが今の彼であった。
「ダモンよ」
 彼は従兄弟の名を呟いた。
「今ここにいるのだろう」
 席を立った。そして棚から酒と杯を二つ出した。
「共に飲もうぞ。ベトナムの酒だ」
 ベトナムの酒は案外強い。熱い国であるがその気候によく合っている。甘く一度好きになると病みつきになる。
 彼は二つの杯にその酒を入れた。そしてそのうちの一つを手にとった。
「乾杯だ、貴様の戦いに」
 そして飲み干した。見ればもう一つの杯の酒も減っていく。
「今宵は久し振りに二人で飲み明かそうぞ、心ゆくまでな」
 そして彼は杯に酒を再び注いだ。また飲む。もう一つの杯も減っていく。
「地獄でも達者でな。よろしくやるがいい」
 彼等は飲み続けた。宴は何時果てるともなく続いていた。
 
 本郷とルリ子はアミーゴに入った。それを見て驚いた顔をしたのは史郎であった。
「猛さん、戻ったんですか」
「ああ」
 本郷は何故彼が驚いているのかよくわからなかった。だが気の小さい彼がそんな顔をするのはいつものことである。ここは冷静に応対することにした。
「一体何をそんなに驚いているんだい」
「いえ、まだベトナムにいるとばかり思ってまして」
「ははは、そんなことか」
 本郷はそれを聞いて安心したように笑った。
「ベトナムでの戦いは終わったよ。東南アジアのバダンは壊滅した」
「そうだったんですか」
「あの史郎さん」
 ここでルリ子が尋ねてきた。
「立花さんはいますか?」
「おやっさんですか?」
「ええ。やっと戻ってこれたしお顔を見たいのですけれど」
「生憎今はここにはいないんですよ。すいませんねえ」
「では今何処にいるんだい?」
 本郷も尋ねてきた。
「今ですか」
 問われた史郎は少しキョトンとしたような顔になった。
「村雨君と一緒ですよ」
「良とか」
「ええ、滝さんも一緒で」
「滝もか」
 彼はそれを聞いて少し考え込んだ。
「一体何をしているのだろう」
「何でも彼の潜在能力を引き出す為に協力しているとか。俺も詳しいことは知らないんですけれどね」
「潜在能力」
 本郷はそれを聞いてさらに考え込んだ。
「あいつにはまだ秘められた力があるというのか。だとしたらそれは一体」
 そう思うとさらに深く考えざるをえなかった。彼の頭脳がそうさせるのだ。
「猛さん、それも大事だけれど」 
 だがここでルリ子が言葉を入れてきた。
「今日本はバダンの総攻撃を受けているんでしょう。猛さんも落ち着いてはいられないわよ」
「おっと、そうだった」
 彼はルリ子のその言葉にハッとした。そして史郎に顔を向けた。
「今他のライダー達はどうしているんだい」
 彼に問うた。
「皆各地で戦っていますよ。ただ今のところこの東京には誰もいません」
「そうか」
 彼はそれを聞き頷いた。
「じゃあ今のところ東京の守りは俺が引き受けよう。やはりライダーがいないと危険だからな」
「お願いできますか」
「当然だ。それがライダーの仕事だからな」
 史郎に対して毅然とした声で言った。
「何でも言ってくれ、バダンは俺が全て引き受ける」 
 ここで後ろの通信室から誰かが出て来た。ハルミであった。
「あ、猛さん」
「ハルミ君がいたのか」
 いつもは谷のところにいるがどうやら応援で来ているらしい。
「お久し振りです」
「うん」
 本郷はそれに頷いた。
「ところで通信の内容は?」
 史郎が問うた。
「一文字さんからです」
「一文字からか」
「ええ、何でも今後のことでお話したいということですけれど。立花さんがおられるかどうか聞いていますけれど」
「ふむ」
 本郷はそれを聞いて暫し考え込んだ。そして口を開いた。
「俺が出てもいいかな」
「猛さんが!?」
 史郎もハルミもルリ子もそれを聞いて思わず声をあげた。
「隼人さんが驚かないかしら」
「いや、あいつにはいつもされていることだから今度はこちらが驚かせたいんだ」
 本郷はにやりと笑って言った。
「いいかな」
「まあ」
「俺達もいつも隼人さんの唐突さには驚かされていますし」
 こうして決まった。本郷は通信室に入った。
「一文字か」
 そして彼に語りかけた。通信機の向こうの一文字が驚いた声をあげる。
「ははは、驚いたようだな」
 本郷はそれを聞いて笑った。そして二人は話に入った。


 二匹の毒蛇   完


                                   2004・10・24



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