『仮面ライダー』
 第四部
 第九章             秘められた力
          
「さて同志達よ」
 暗闇大使は闇の中の一室で影達に対し語り掛けていた。
「遂に全てのライダーが日本に集結した」
 それを聞いた影達の気が蠢いた。
「驚くことはない。これは予定されていたことだ」
 暗闇大使はそれを宥めるように言った。
「諸君等もそれはわかっている筈だ」
「しかし暗闇大使」
 影の一つが口を開いた。
「何だ」
 大使はそちらに顔を向けた。
「十人のライダーを一度に相手にすることはいささか困難であると考えますが」
「それについては今まで何度も議論が為されてきた筈だが」
 だが大使はそれに動揺してはいなかった。
「案ずることはない。諸君等も私も心配することはないのだ」
 見れば彼は軍服であった。あの戦闘用の服ではない。
「全てはここにある」
 そう言って自分の頭を指差した。
「ライダーを倒す方法は幾らでもある。それは君もわかっている筈だが」
「はい」
 その影は項垂れた声で答えた。
「私の不明でした、お許し下さい」
「わかればいい」
 大使はそんな同志を慰める言葉をかけた。
「さて今我々が為さなければならないことは」
 彼はあらためて同志達に顔を向けた。
「二つある」
 声は急に峻厳なものとなった。
「まずはこの日本を占領しバダンの世界征服の一大拠点とすること。そして」
 言葉を続けた。
「ライダー達を一人残らず倒すことだ。これは並行して同時に進めていく」
「ハッ」
 影達はそれに頷いた。
「その為の戦力は充分にある。それもわかっていると思う」
「黒い光を持つ戦士達ですね」
「その通り」
 彼はそれを聞きニイ、と笑った。恐ろしい笑みであった。
「そして時空破断システムもある。力は有り余る程ある」
「それでこの日本に我がバダンの最初の領土を置く」
「そこから世界へ」
「そう、時空破断システムにより世界を灰燼に帰してからな」
 暗闇大使は話す度に機嫌をよくしていった。
「その為には諸君等には十二分に働いてもらいたい」
「それはもう」
 影達はその言葉に頭を垂れた。
「ご期待下さい、暗闇大使」
「必ずや我等の手でバダンの理想郷を築きましょうぞ」
「うむ、頼むぞ」
 大使はそれを聞き頷いた。
「全ては諸君等の手にかかっているからな」
「いや、それは買い被りというものでは」
「いや」
 謙遜に対して首を横に振った。
「我等は選ばれた者達だ、必ずや事は成就する」
「選ばれた者」
 ある種の人間にとってはこのうえなく甘美な響きを持つ言葉である。それが今彼等の心を溶かした。
「わかりました、暗闇大使」
「必ずや我等の理想を達成しましょうぞ」
「頼むぞ、同志達よ」
 再び言った。彼は自分の言葉に彼等が心を支配されていくのを感じていた。
「では行こうぞ、愛する同志達よ。ライダー達を倒し我がバダンの世界を作り上げる為に」
「ハッ!」
 影は一斉に散った。そして彼等は己が戦いに場に向かった。
「同志達も行ったか」
 彼はそれを見届けて呟いた。
「ではわしも動くとしよう、バダンの理想を成し遂げる為に」
 そして姿を消した。後には闇だけが残っていた。

 村雨は富士にて特訓を受けていた。それはまるで戦場の様であった。
「まだだ!遅いぞ!」
 立花の叱咤が飛ぶ。巨大な岩石が上から降り注ぐ。
「それを全て叩き潰せ!そしてここまで来い!」
「はい!」
 村雨はそれに答える。そしてその岩石を全て叩き壊し立花のところまで跳んで来た。
 その前に滝が出た。いきなり村雨に襲い掛かる。
「くっ!」
 村雨は滝の拳を防いだ。そしてすぐさま反撃を繰り出す。
「なんのっ!」
 だが滝も負けてはいない。それをかわし村雨の腕を掴んだ。
「でやあっ!」
 彼を後ろに投げ飛ばす。だが村雨は両足で踏ん張りブリッジをする形でこらえた。
 そこから跳ね飛ぶ。両膝で滝の頭を狙う。
 だが滝はそれを身を捻ってかわした。そして村雨から腕を放し彼から離れた。
「よし、そこまでだ」
 立花はそこで二人を止めた。そして二人を側に寄せて言った。
「昼飯を食ったらすぐにまたはじめるぞ、いいな」
「はい」
「わかりました」
 二人は頷いた。そして少し離れたところにあるテントに入って行った。
 それを離れた場所から白衣の男達が見ていた。志度博士や海堂博士達である。
「どう思う、彼の動きを」
 志度は海堂に対して問うた。
「そうだな、かなり動きはよくなった」
 海堂は先程まで村雨がいた場所に目をやりながら答えた。
「確かにな。今回の特訓でさらに動きはよくなった」
 それは志度もわかっていた。海堂の言葉に頷いた。
「だがまだ足りないな」
「足りないか」
「うん。おそらく彼の力はまだまだ秘められている筈だ。それを引き出せてはいないと思う」
「そうか」
「それを引き出すにはまだ時間が必要だ。我々も彼の動きを見守ろう」
「そうだな、そして力にならなければ」
「うむ」
 志度は頷いた。
「おおい二人共」
 ここで伊藤が出て来た。
「村雨君の様子はどうだい」
「おっ、来たか」
 二人は彼に顔を向けた。
「あっちの状況はどうだい」
「いいね。特訓には持って来いの場所だよ」
 伊藤は満足したように笑って答えた。
「ならいい。では立花さんには言おうか。午後の特訓は場所を変えてみてはどうかと」
「そうだな。ではすぐに言おう」
 海堂と志度もそれに賛成した。
「よし。では我々もまずは腹ごしらえといこう。腹が減っては何もできない」
「そうだな」
 二人は伊藤の言葉に従った。そして彼等のテントに入って行った。
 彼等はこうして特訓を続けていた。それを遠くから見る者がいた。
 サングラスをかけたリーゼントの男である。黒いジャケットと皮のズボンに身を包んでいる。
「やはりここにいたか」
 男は村雨達のテントを見下ろして呟いた。
「今なら確実に殺せる」
 見れば彼等のテントは丸見えである。攻撃を仕掛けるならば絶好の位置である。
「やるか」
 彼は攻撃を仕掛けようかと思った。だがそこで胸の携帯に電話がかかった。
「チッ」
 彼は舌打ちした。そしてその電話を手にとった。
「俺だ」
 そして不承不承それに出た。
「同志よ」
 それは暗闇大使の声であった。
「・・・・・・あんたか」
 男はその声を聞きさらに不機嫌になった。
「一体何の用だ。この任務は俺に一任されている筈だが」
「フフフ、そう不機嫌になるな」
 暗闇大使は電話の向こうで笑っていた。
「貴様にいいことを教えてやろうと思ってな」
「いい情報だと!?」
 彼はそれを聞きサングラスの奥の目の色を変えた。
「そうだ、聞きたいか」
「聞きたくないと言っても言うだろう」
「まあな」
 大使はそれを否定しなかった。
「わしの性格を実によく知っているな、流石だ」
「からかわないでくれ」
 男はまた不機嫌な声に戻った。
「話があるなら早くしてくれ。俺は気が短いのは知っているだろう」
「やれやれ」
 大使はあえて呆れたような声を出した。
「ではすぐに言うとしよう」
「頼む」
 男は言った。焦っているわけでもないが何故かイライラしている様な感じがある。眼下のテントを異様に気にしている。
「早くあいつをこの手で殺したいからな」
 サングラスの瞳が憎悪に燃えていた。
「それだ」
 暗闇大使は彼に言った。
「村雨良のことだが」
「あいつのことだったのか」
 男のサングラスの奥の色がまた変わった。
「一体何だ、教えてくれ」
 彼は急かした。
「待て、先程とは言葉が違うではないか」
 暗闇大使はそれを楽しむような声で言った。
「どうしたのだ」
「訳はわかっているだろう」
 男はそれだけを言った。
「だから教えてくれ、一体何なのだ」
「うむ」
 暗闇大使は一呼吸置いた。そして電話の向こうで口を開いた。
「今何故ああした特訓をしていると思う」
「強化の為だろう」
 男はすげない声で言った。
「それは俺でもわかるぞ」
「それも確かにある」
 暗闇大使はそれを認めた。
「しかしそれだけではない」
「どういうことだ」
 男はそれに問うた。
「あの男の力は知っているな」
「無論」
 男は答えた。
「伊達に一度負けたわけではない」
 そこで男の目に憤怒の炎が宿った。サングラスを照らし爛々と燃え盛っていた。
「だがそれで全てでないとしたら」
「何!?」
「あの男にはまだまだ秘められた力があるということだ」
「・・・・・・・・・」
 男はそれを聞き沈黙した。暫し静寂がその場を支配した。
「それは何だ、黒い光か」
「残念だが違う」
 大使は答えた。
「ゼクロスの能力は隠密行動に重点が置かれたものであることは知っているな」
「うむ」
 その武器も身体も全て闇に潜み、闇から攻める忍のそれであるからだ。
「それだけではなかったのだ。あの男には他にも恐るべきものがあった」
「それが秘められた力か」
「そういうことだ。それが何かまではわしは知らぬがな」
「何故だ、あんたはバダンの最高幹部だろう、知らないことはない筈じゃないのか」
 男は問い詰めた。本来ならば処刑されても文句は言えない言葉であった。だが暗闇大使はそれについてはとやかくは言わなかった。それ程器の小さい男ではないのである。
「わしとて知らないことはあるということだ。僅かだがな」
「それがあいつの力だったということか」
「そうだ、あの男は伊藤博士が改造した。彼しか知らないこともある」
「俺達とあいつは同じではなかったのか」
「貴様等の改造は確かにあの男をベースにした」
 暗闇大使は言った。
「だがその根幹が違ったのだ。貴様等には黒い光を宿らせた」
「ああ」
「あの男には別の力が宿らされているようなのだ」
「それが秘められた力だというのは」
「それはわからん。だが伊藤博士がそれを知っている可能性はある」
「そうか」
 男はそれに対して頷いた。
「じゃあ伊藤博士から聞き出せばいいのだな。ならば話は早い」
 彼は再び下を見下ろした。
「すぐにさらって来る。待っていろ」
「だから待てというのだ」
 暗闇大使は血気にはやろうとする男を宥めた。
「ここはまずは様子を見ろ」
「様子を見ろ、だと」
 男はそれを聞きサングラスの奥の眉を吊り上げさせた。
「今すぐ側にいるというのにか、この俺が」
「待つのも戦いの一つだ」
 大使はそんな彼を嗜めた。
「それがわからぬ貴様でもあるまいに」
「フン」
 男は渋々ながらもそれを認めた。
「ではわかったな」
「ああ、今は様子を見よう」
 彼は暗闇大使に従うことにした。
「だが俺の考えはわかっていると思う」
「それは承知している。あの男の首は貴様のものだ」
「よし」
 男はそれを聞き安心したように頷いた。
「ならばいい。それを保障してくれるのならな」
「それはこの暗闇大使の名にかけてな」
 彼にも誇りがあった。それを自ら捨てるつもりもなかった。
「ではよいな。ことは慎重に運ぶように」
「わかった。ではな」
「うむ」
 男はここで電話を切った。そして再び眼下のテントを見た。
「待っているがいい」
 彼は低い声で呻く様に言った。
「貴様の首が胴から離れる時をな。その時を楽しみにしていろ」
 男はそこから姿を消した。そして何処かに姿を消した。
 
 村雨の特訓は続いていた。今度は樹海の中で行われていた。
 彼は一人樹海の中を進んでいた。そこは深い木々の中であった。
 立花も滝もいなかった。だが彼等がこの密林の何処かに身を潜め彼を狙っているのは間違いない。
「何処から来るか、だ」
 これが特訓であった。彼は孤独と森林戦の訓練を受けていたのだ。
 生き物の気配は四方から伝わってくる。しかしそこに立花や滝の気があるか、というとどうもそうではない。人の気は今は感じない。
 それでも油断はできない。彼等も歴戦の戦士である自らの気配をある程度は消すこともできる。そして一瞬で側に近付いてくるだろう。
 村雨は慎重に辺りを探りつつ場所を移動する。そして木を背にして構えをとった。
 それを繰り返しながら場所を移っていく。一瞬たりとも気を抜くわけにはいかなかった。
 日の光すらささない。暗闇の中にも似ている。彼はその中を進んでいった。
「まだ来ないか」
 焦ってはいない。こうした戦いにおいては焦りは禁物である。気の乱れが生じるからだ。
 そうすればそこに付け込まれる。一瞬の乱れが死に直結する、密林での戦い、孤独との戦いはそれだからこそ辛いのであった。 
 後ろから突き刺す様な視線を感じる時もある。二人が村雨の隙を窺っているのは事実だ。決して殺すつもりではないにしろ本気であった。そうでなくては特訓の意味もなかった。
「何時か、だ」
 村雨はまた呟いた。
「何時来るかだ」
 彼もまた二人が来るのを待っていた。
「姿を見せれば対処し易い」
 彼が二人を待っているのはそういう理由からであった。
「そこを狙う。ゲリラに対しては待つのが一番だ」
 かってバダンにいた頃そう教えられてきたのを思い出した。彼にとっては決していい記憶ではなかったが。
 それでも今はそれが役に立っていた。今実際に彼はその時の経験を生かして動いていた。
「皮肉なものだな」
 彼はそれを思い呟いた。
「あのバダンの忌まわしい日々が今役に立っている」
 だがそれも運命なのだと思った。
「俺の運命か」
 彼はシニカルに笑った。
「ライダーとしての」
 姉を失い、記憶を奪われ改造人間となった。そしてライダー達との最初の戦いで心が動いた。そこから伊藤博士と共にバダンを脱出し、その道中で多くのことを学び、感じ取った。そしてヤマアラシロイド、タイガーロイドとの戦いで記憶を取り戻し、ライダーの一員となった。長いようであっという間の出来事であった。
 そして彼もバダンとの戦いに身を投じた。ライダー達との戦いがなければ今こうして特訓を受けてもいなかったであろう。
 それを思うと不思議だった。しかし同時にそれ等のことが全てあらかじめ予定されていたことのようにも思えるのだった。
「だからこそ運命なのかもな」
 彼は宗教めいたことにも思いを馳せた。ライダーは戦う神だとも言う者がいる。悪を打ち滅ぼす為に戦う神なのだと。だが彼等はあくまで人間なのである。
 身体が違っていてもその心は何処までも人間なのだ。人の痛み、優しさ、怒り、悲しみ、全てを知る人間なのだ。ライダーは人間なのである。
 彼もそれがようやくわかったのだ。多くの戦いと経験を経て。ライダーとなるにはまず人の心を持たなくてはならないということを。
「俺は人間なんだ」
 今では確かにそれを言う事が出来る。
「身体がどうなっていようと」
 もうこの機械の身体を悲しんだり、憎むこともなかった。心が人間なのだから。
「誰もが最初は苦しむんだ」
 先輩に当たる他のライダー達は口々にそう言う。自ら進んで改造手術を受けた白や沖にしろそれを決意するまでにはかなりの苦悩があったのかも知れない。彼等が口に出さないだけで。風見は家族を奪われた悲しみと憎しみからなろうとした。そうした重く暗いものが彼等にはあった。
 それを乗り越えていく。そこから本当の意味でのライダーに目覚めていく。彼も多くの戦いからそれを学んでいたのだ。
「俺もライダーになれたのだろうか」
 しかしそれはまだだと思った。本当のライダーとは何か、常に思うことである。
 十人のライダーがいれば十人の考えがあるだろう。答えは一つではない。ライダーそれぞれのタイプが違うように。
 彼には彼のライダーがある。ならばそれを目指していくしかないのだ。
「それは戦いの中で見極めていくしかない」
 彼はそうも考えていた。
「ならば」
 それがこのバダンとの戦いにおいて出るか、それはわからない。しかし戦わなくてはならないことに変わりはなかった。
 彼はまた動いた。この特訓もその戦いの一貫である。そう考えると身体が動いた。
 そこに何かが来た。村雨は咄嗟に首を右に動かした。
 今まで彼がいた場所にナイフがあった。それは木に突き刺さっていた。
「立花さんか!?」
 そう思いながら違う、と思った。彼はナイフを使うことはない。
 滝でもないようだ。彼はナイフを投げる術は身に着けてはいない。
 では誰か。彼はナイフが飛んできた方を見た。そこにナイフの主がいた。
「お見事です」
 それは役であった。彼はゆっくりと前に出て来た。
「貴方もここに」
 村雨は彼の姿を認めて言った。
「確か北陸かその辺りに言ったと聞いていましたが」
「事情が変わりましてね」
 彼は微笑んでそれに答えた。
「貴方がここで特訓を受けていると聞きまして。それで協力させてもらいに来たのですよ」
「そうだったのですか」 
 村雨はそれを聞いて納得した言葉を述べた。だが内心では腑に落ちないことがあった。
(何故ここがわかったのだろう)
 立花は今日ここで特訓をすることに決めたというのに。
 それに何故自分の場所がわかったか。彼には不思議なことであった。
 だがそれを問うことはできなかった。役は彼に話しかけてきたのだ。
「迷っておられるようですね」
 彼は優しい笑みと共に尋ねてきた。
「え!?」
 村雨はそう言われ思わず声をあげた。
「ライダーとして。これからどうあるべきか」
「え、ええ」
 答えずにはいられなかった。その通りであるからだ。
 だが何故彼の心までわかるのだろう。これもまた不思議なことであった。
(何故だ)
 村雨は異様にすら思った。役を見た。
 やはり優しげな笑みを浮かべている。だがその笑みにはえも言われぬ凄みがあるようであった。
(彼は一体何者なのだ)
 一旦起こった疑念は消えなかった。膨らむ一方であった。
(今俺が考えていることも読めているとすると)
 底知れぬ無気味ささえ感じていた。
 だが彼の考えはここで強制的に中断されてしまった。
「立花さん達は何処でしょうか」
 役は不意に尋ねてきた。
「立花さん!?」
「はい、折角来ましたから。挨拶をしておこうと思いまして」
「そうなのですか」
「どちらでしょうか」
 役は再び尋ねた。
「この樹海の何処かに。実は今その立花さんに特訓をつけてもらっているところなのです」
「そうだったのですか」
「はい。多分今も俺を探していますよ。そして攻撃を仕掛けようと狙っています」
「ほう」
 役はそれを聞き声をあげた。
「滝さんも一緒です。御二人共それぞれ別々に俺を狙っていますよ」
「それはいいですね。いい訓練になると思いますよ」
「はい」
 村雨は役の賛同の言葉に頷いた。
「では私もこれから協力させてもらいたいのですが。宜しいでしょうか」
「俺は別に構いませんよ。相手をしてくれる人が多いならそれにこしたことはありませんから」
「それを聞いて安心しました」
 役は微笑んで頷いた。
「では後程。流石に今は何かと不都合がありますから」
「はい」
 役は挨拶をした後でその場から姿を消した。そして村雨は特訓に戻った。
 それは日が落ちるまで続いた。そしてそれから役も入れての夕食となった。
「やっぱり良はああした場所での戦いが上手いな」
 立花はレトルトのカレーを飯盒に入れながら言った。
「こうした時にもライダーの時の適正が出るんだな、つくづくそう思ったよ」
「そういえばそうですね」
 滝もそれに同意した。彼もレトルトのカレーを食べている。
「本郷にしろ隼人にしろそうでしたからね。敬介も」
「アマゾンなんかは特にそうだな。あいつ位になると変身してもさ程変化があるようには思えねえな」
「ははは、確かに」
 滝はそれを聞いて笑った。茶色い米粒が頬についている。
「筑波君もそうだな。ハングライダーをしていたせいだろうが」
 志度もそれを聞いて言った。
「やはり元々の地がライダーに影響しているのだろうな。村雨君はおそらくバダンでの訓練が大きく影響していると思う。こう言うと不愉快に思うかも知れないが」
「いえ」
 村雨は伊藤の言葉に首を横に振った。
「そのおかげで今のライダーとしての俺がありますから。それは別に何とも思ってはいません」
「そうか」
 皆それを聞き安心したように頷いた。
「じゃあその適正についてもよく考えてくれ。そこに答えがあるかも知れないからな」
「はい」
 海堂の言葉に対し頷いた。
「では今日はもう休もう。明日も早くから特訓だ」
「みっちりしごいてやるからな」
 こうした会話の後彼等は食事の後始末をしそれぞれのテントに入った。そしてすぐに眠りに入った。
「・・・・・・寝たか」
 それを遠くから見る一つの影があった。あの男であった。
 彼はやはり上から村雨達のいるテントを見下ろしていた。見下ろしながら懐から何かを取り出した。
 それは煙草であった。一本口に咥えるとライターを取り出した。
 火を点ける。煙が先から出た。
「ふう」
 その煙草を口から離す。そして口から白い煙を吐き出す。
 それは闇夜の中に浮かんだ。そしてすぐにその中に消えた。
「そろそろはじめるとするか」
 彼は煙草を吸い終えるとその場から立ち去った。そして下に降りて行った。
 
 村雨は起きていた。横になりながらも目を開けていた。
「・・・・・・・・・」
 目が冴えていた。どうしても眠りにつくことが出来ない。
 彼の隣では立花が大きな口を開けて眠っていた。彼を挟んで向こうには滝が横になっている。
 彼等は三人で一つのテントに入っていた。三人の博士と役は別のテントである。
 彼は姿勢を変えた。仰向けになった。だがやはり眠りにはつくことが出来ない。
「参ったな」
 眠れないことに少し苛立ちを覚えていた。
 それならば仕方がない。彼は外に出ることにした。
 靴を履きテントから出る。そして夜の空気を吸った。
 ふと空を見上げる。そこには無限の星の大海が拡がっていた。
「綺麗なものだな」
 彼はそれを見て呟いた。考えてみるとライダーになってから空を見上げたことはなかった。
 常に目の前の敵と対峙していた。そして激しい死闘を繰り返していた。
 それがライダーの宿命といえばそれまでである。だが言い換えるとこれは余裕がなかったことにもなるのだ。
「そういえば沖先輩が言っていたな」
 ここで彼は沖一也の言葉を思い出した。
 戦いの中にも一輪の花を愛する心も必要だ、と。彼が赤心少林拳で学んだことだという。
「戦いの中でもか」
 彼はそれについて思った。
 今までの彼は敵を倒し、人々を救うことのみで必死であった。花のことなぞ考えたこともなかった。
「いや」
 だが彼はここでふと気付いた。
 花とは単に一輪の花だけではないのだ。そこには多くの意味がある。
 人の命や平和もそれに入るのだ。ならば彼は既に戦いの中に一輪の花を愛する心を備わっているということになる。
「難しく考え過ぎても駄目か」
 その通りであった。真実は時として極めて単純なものなのである。
 よく言われることである。書において難解なものは無理をして読む必要がない。何故ならそれは実際には中身が全くないからだという。
 これを実証するような話もある。ある偉大な思想家と呼ばれていた男は何を書いているかわからない時は偉大な思想家であった。だが誰にでもわかる文章を書くようになるとただの思想家となってしまったのだ。
 否、彼は普通以下どころかまともな知性や常識すら備わっていなかったのであろう。馬脚を露にしたのはさる凶悪な宗教団体がテロに及んだ時であった。
 多くの者はこの宗教団体の教組を批判した。テロ行為を行ったのだから当然である。そしてその出鱈目な教義も明らかとなりそれも批判された。
 だが彼はこの愚かで卑しい教組を擁護した。曰く彼は偉大な思想家だという。そして最も浄土に近く、テロの犠牲者を踏み躙る発言を平然と続けた。
 この程度の男なのであった。何が偉大な思想家なのだろうか。小学生ですら普通にわかる理屈をこの男は全く理解できていないのだ。この様な愚かな男が戦後最大の思想家と言われてきたことは日本にとって実に不幸なことであった。何故ならこの男が知性の象徴なのだから。
 村雨は単純に考えてみることにした。そうすればそこから自ずと答えが出て来るように思えたからだ。
「とりあえずは特訓を続けるか。鍛えられもするし」
 目の前のことからはじめてみるのも解決方法の一つであった。
「そこから答えも出て来る筈だ」
 彼は決めた。これで気が楽になった。
 テントに戻ろうとした。しかしその前に何者かが姿を現わした。
「貴様は」
 村雨は暗闇の中に浮かぶその男の姿を認めた。
「久し振りだな」
 男はニヤリと笑って彼に語り掛けてきた。
「ナイアガラ以来か。元気そうで何よりだ」
「何の用だ」
 村雨は彼に問うた。
「何の用だ、か」
 その男、三影は不敵な空気を漂わせつつ村雨の言葉を繰り返した。
「わかっていると思うがな」
 村雨はそれには答えなかった。そのかわりに身構えた。
「用意がいいな」
 三影はそれを見て言った。
「確かに俺は貴様を殺しにここまで来た」
 そう言いながらサングラスを取り外した。
 あの機械の目が村雨を見た。光だけで魂のない目である。
 だがそこには憎悪が宿っていた。彼に対する底知れぬ憎悪の眼差しであった。
「この目が何よりの証拠だ」
 彼は冷たい声でそう言った。
「今ここで貴様を倒すこともできる」
「やるつもりか」
 村雨はその言葉を受けすぐに身構えた。だが三影はそんな彼に対して言った。
「だがそれは今ではない」
「!?どういうつもりだ」
 村雨は彼の真意が読めなかった。三影の性格とその目の光からすぐにでも襲い掛かってきそうであるというのに。
「気が変わったのだ。ここに来たのは貴様をこの手で殺す為だったがな」
「ではどうするつもりだ」
「また貴様の前に姿を現わす。その時だ」
 彼はまた冷たい言葉を返した。
「その時を楽しみにしているがいい。だが一つだけ言っておこう」
 三影は村雨に背を向けた。そして振り向いた。
「貴様を倒すのは俺以外にいないということをな。これだけは忘れるな」
 そして彼は闇の中に消えた。後には村雨だけが残った。
「三影・・・・・・」
 彼はかっての友が消えた場所を見ていた。そこにはもう影も形もなかった。
 この時彼はそこにいるのは自分だけだと思っていた。だがそれは間違いであった。
 それを見ている者がいた。役であった。
「全ては予定通りか」
 彼は何かを知っているような言葉を呟いた。その目も同じであった。
 そして彼は村雨が自分のテントに戻っていくのを確かめると自身もテントへ戻った。そして次の朝何食わぬ顔で村雨の前に出て来た。無論村雨はそれを知らない。

 村雨は朝食の後すぐに特訓を開始した。今度のメインの相手は役である。
「今回はこれを使いましょう」
 彼は愛用のライフルを取り出した。
「無論実弾は使いませんよ」
 笑って村雨に対し説明した。
「遠くからこれで貴方を狙撃します。それを察知し、かわして下さいね」
「はい」
 村雨はそれを了承して頷いた。
「この富士の何処からか貴方を狙います。それをかわし何処かにいる私を見つけその後ろに回り込んでその背中をとる。それができるまで特訓は続きます」
「というと場合によっては何日もか」
「ええ」
 役は立花の問いに答えた。
「戦闘にはそうしたケースもありますから」
「その間の食事は携帯だな」
「そうですね。それがなくなれば自分で調達するしかないでしょうね」 
 滝の問いにも答えた。
「何か話を聞くとレンジャーみたいだな、自衛隊の」
 立花はそれを聞いて言った。実際にこの富士では陸上自衛隊レンジャー部隊の訓練も行われている。彼等は自衛隊の中でもパイロットと並ぶ過酷な訓練を受けているのだ。そしてそこから真の精鋭を目指しているのである。
「確かに似ているかも知れませんね。ただ」
「ただ!?」
 立花と滝は問うた。

「相手が比較にならない程危険だということです。村雨さんはバダンが敵なのですから」
「・・・・・・そうだったな」
 二人は役のその言葉にあらためて表情を険しくさせた。
「バダンは常に村雨さんを狙っています。そして何をしてくるか全く予想がつきません。それに対処できなくては力を引き出すことなぞ夢物語です」
「厳しいな」
「そうでなくては勝てません」
 彼は博士達にも言った。
「そして世界を守ることも」
「そうだったな」
 彼等はそれに頷いた。
「では今回の特訓は役君に任せよう。村雨君、それでいいかね」
「はい」
 村雨は伊藤の言葉に頷いた。
「それではすぐにはじめよう。万が一の時は我々が責任をもって村雨君の治療にあたる」
 志度が強い声でそう言った。
「だから安心して受け給え。いざとなったら我々がいるからな」
「わかりました」
 海堂の言葉に頷いた。こうして村雨と役の特訓がはじまった。

 彼はまず富士山に登った。言うまでもなく日本で最も知られた霊峰である。
 険しい山道を登る。そしてそこで役の狙撃に備えた。
「確かにここは狙われ易い」
 富士には木はない。そして足場も極めて悪い。だが彼はそれを知りながらあえて登ったのである。
 それは何故か。周りがよく見えるからだ。
 見たところ役の姿はない。だが何処からか彼を狙い狙撃する隙を窺っているのだ。
「まずは彼が何処にいるのか見極めてからだ」
 彼は最初の攻撃は浴びる覚悟があった。
「そこからだ。それから動いてもいい」
 そう考えていた。役の最初の狙撃は何としてもかわすつもりであった。
 山を登り続ける。そして頂上に達した。
「さて」
 彼は下を見回した。
「どう来るかな」
 だが気配はしない。そして数時間が経った。
 村雨は気を抜くことなく狙撃を待っていた。だがまだ来ない。
 それでも村雨は待つことにした。恐るべき精神力であった。
 不意に何かが光った。斜め下からであった。
「来たか!」
 彼はすぐに跳んだ。すると今までいたところに銃弾が飛んできた。彼はそれをかわしたのだ。
 着地する。そして銃弾が来た方を見た。見れば樹海の中だ。
「そこか!」
 村雨は山を駆け下りた。そして樹海の中に入っていった。
 樹海の中を進むのは慣れていた。彼は一人その中を行く。
「何処にいる」
 この樹海は日本の秘境と呼ばれている。迷ったら最後出ては来れないとされている。
 だが彼はその中を平然と進んでいった。今までの経験と勘が彼を支えていた。
「この程度なら問題はない」
 彼にとって、いやライダーにとっては樹海は恐ろしくはなかった。アマゾンが特にそうだが皆密林での戦いを経験してきているからだ。
 彼もそれは同じであった。バダンにいた頃は一人アマゾンに放り出されたこともある。
「それに比べれば遙かにましだな」
 その時はジャガーや毒蛇等と死闘を繰り広げた。川に入れば鰐やピラニア、アナコンダがいる。電気ウナギもいれば血を吸う魚までいうのだ。
 彼はその中を進んできた。この樹海にはそうした猛獣や危険はない。それに広さも比べ物にならなかった。
 だからこそ特訓に使われているのだ。アマゾンで一人生き抜いたこともある彼にとってみれば本当に練習に過ぎなかったのだ。
 だからこそ落ち着いていた。そして役を探した。
「今度は何処から来る?」
 来るのは間違いない。そこを衝くつもりであった。
 木に登りその中に潜む。そしてそこから周りを見回した。
「ムッ」
 そして彼は遠くの木に一つの影を見た。
 見ればライフルを構えている。それが誰か、言うまでもなかった。
「いたか」
 村雨は彼を確認した。そしてすぐに行動に移った。すぐにそこから姿を消した。
 役はその時村雨を探していた。その手にはライフルがある。
「さて何処でしょうかね」
 彼もまた状況は同じであった。狙われているのも同じである。
 だからこそ緊張していた。そして木の上で息を顰めている。
 ライフルには銃弾が込められている。それで村雨を狙うのだ。無論本物ではないので殺傷能力はない。当たれば赤いインクが飛び散るだけである。
 しかしそれでも負けは負けだ。それは許されない。
 村雨は気配を消した。そして藪の中に隠れた。
 役は辺りを探り続けている。村雨を何としても撃つつもりであった。
「容赦はしませんよ」
 そうでなければ意味がなかった。それが彼の為でもあるからだ。
 不意に藪が動いた。
「狸か!?」
 違った。それより遙かに大きい。
「熊でもない」
 そこまでがっしりとしてはいなかった。日本、本州等に棲むツキノワグマは熊の中では比較的小型である。また大人しく人を襲うことはあってもそれはテリトリーを守る為だ。喰うようなことはない。
「ならば」
 それが何か見切った。引き金に指を当てる。
 出て来た。それに向けて発砲する。
「よし!」
 銃弾が当たった。役はそれを見て会心の笑みを浮かべた。
「村雨さん、私の勝ちですよ」
 そして村雨に対して言う。だが次の瞬間彼は会心の笑みを強張らせた。
「なっ!」
 藪から出て来たのは村雨ではなかった。何とそれは一本の丸太であった。
「まさか・・・・・・」
 彼は忍術でいううつせみの術を使ったのだ。忍者と呼ばれることもあるゼクロスだけはあった。
「しまった、あの人の特技を忘れていました」
 一旦発砲したからにはすぐに場所を移さなくてはならない。狙撃の鉄則である。さもないと死ぬ。
 彼は木から飛び降りた。そして別の木に移ろうとする。だがそこで動きが止まった。
「俺の勝ちですね」
 後ろから声がした。声の主はわかっていた。
「やられましたね」
 役は後ろを振り向いてそう言った。そこにはやはり彼がいた。
「報酬はジュース一本でいいですよ」
 村雨は役に微笑んでそう言った。
「安いものでしょう」
「ペットボトルででもいいですよ」
 役も笑顔で返した。こうして特訓は終わった。
 そして二人は立花達の待つテントへと戻って行った。その途中であった。
「!?」
 村雨は不意に立ち止まった。
「どうしました?」
 役はそんな彼に尋ねた。
「いえ」
 村雨は樹海の中の一点を見ていた。そこに何かを見ているようである。
「役さん、気付いているのでしょう」
 そしてこう言った。
「来ますよ、あの男が」
「・・・・・・・・・」
 役は答えなかった。そのかわりに懐から銃を取り出した。やはり彼は只者ではないようだ。
 村雨が見ている場所に影が姿を現わした。それはこちらに来る。
 次第に大きくなってきた。そして二人の前に姿を現わした。
「待ってくれるとはな。有り難い」
 三影は不敵な声で言った。
「自分の死をな」
 そしてニヤリ、と口の端で笑った。
「三影」
 村雨はそんな彼の名を呼んだ。
「あくまでそうして俺との戦いを望むか」
「当然だ」
 彼は即答した。
「俺はバダンの者だ。そして貴様はバダンを裏切った。そのうえ」
 彼はここで歯を噛み合わせた。唇から見えるそれは虎の牙であった。
「この俺を倒した。それで充分だろう」
「ふん」
 村雨はそれを聞くとすぐに身構えた。
「確かにな。俺の望みはバダンを倒すこと。世界の平和を脅かす貴様等をな」
「理想社会なぞどうでもいいのか」
「俺は多くの罪もない人々を殺し、その上に築かれる社会を理想社会とは呼ばん。それは」
「それは・・・・・・何だ?」
 三影は問うた。
「地獄だ。貴様等はこの世に地獄を築こうとしているだけだ」
「戯れ言を」
 三影はその言葉を一笑にふした。
「弱い者、役に立たない者なぞ不要だ。力のある者だけが正義だ」
「力のある者だけが、か」
「そうだ。力こそが正義だ。だからバダンは正義なのだ」
 彼は傲然とそう言い切った。
「他に何が必要だ。貴様が守ろうとしている人間共を見ろ」
 彼は権力欲と選民思想で濁りきった目で言った。それはバダンの者に特有の目であった。
「弱いからこそ互いに争う。疑い、殺し合う。実に醜いものだ」
「醜いか」
「そうだ。弱いからこそそうする。実に醜い。奴等は存在自体が悪なのだ」
 彼は言葉を続けた。
「人間共こそ悪だ。俺達はそんな奴等を粛清しているだけだ」
「粛清か」
「その通り、そして不要な存在を全て消し去り俺達はそこに今までとは全く違う世界を築くのだ。バダンによる理想郷をな」
「首領による暗黒の世界をな」
「貴様にわかるとは思ってはいない」
 三影は村雨に対して言い返した。
「裏切り者にはな。貴様は所詮その程度の器だったのだ」
「その程度か」
「そうだ、バダンの偉大な理想を理解できぬ愚か者だ。愚か者はこの世に生きている資格はない」
 彼はそう言うとサングラスを外した。
「この俺の手で倒してやる、覚悟しろ」
 身体が厚い毛に覆われる。爪が伸び顔が前に出ていく。背中に巨砲が姿を現わし牙が剥き出しになった。
「行くぞ」
 彼はタイガーロイドに変身した。その左右に戦闘員達が姿を現わした。
「ここが貴様の墓場だ」 
 戦闘員達と共に襲い掛かる。まずはその爪で切り裂かんとする。
「来るか」
 村雨はそれを冷静に見ていた。その一撃目はすんなりとかわした。
 そして攻撃を繰り出す。膝蹴りだ。それはタイガーロイドの腹を打った。
 だが効果はなかった。タイガーロイドはそれを受けニヤリと笑った。
「無駄だ」
 逆に彼を掴んだ。そして投げ飛ばした。
 投げ飛ばされた村雨は空中で回転した。そして木を両足で蹴ってその衝撃を殺した。
 その反動でタイガーロイドに再び襲い掛かる。頭から突っ込む。
「ならば」
 タイガーロイドはそれを見て構えをとった。
「その首、叩き飛ばしてくれる!」
 腕の一撃で彼の頭を潰すつもりであった。突攻しtけうる村雨を見る。
 村雨は空中でまた回転した。前転である。
 そして浴びせ蹴りを放つ。踵でタイガーロイドの脳天を砕こうとする。
 しかしそれもかわされた。タイガーロイドは恐るべき反射神経でそれをかわした。
「無駄だと言っただろう」
 彼は村雨の左手に移って言った。
「そのままで俺の相手をできると思っているのか」
 タイガーロイドは村雨に対して言った。
「変身しろ。そのままで戦ってもやはり面白くない」
「面白くないか」
「そうだ、ライダーとなった貴様を倒してやる」
 彼の目に炎が宿った。
「俺を倒したあの時の貴様をな」
 それは憎悪と復讐の炎であった。彼の心そのものが今目に浮かび上がっていたのだ。
「そうか」
 村雨はそれを受けても冷静なままであった。
「ならば俺も受けなくてはなるまい」
「当然だ」
 タイガーロイドはそれに対して言い放った。
「もっとも俺もまだ切り札があるがな」
 そう言ってニヤリ、と笑った。
「フン、あれか」
「それは言わないでおこう」
 彼はその邪さを含んだ笑みをたたえたまま返した。
「それを見たければ変身するがいい、今すぐにな」
「言われずとも」
 村雨は言葉を返すと変身に構えをとった。辺りを緊迫した空気が支配しはじめた。

 変・・・・・・
 まず右腕を真横にする。それから斜め上に持って行き左腕はそれと垂直に置く。
 それから左腕を斜め上に動かし右腕もそれと一直線になるように動かす。
 身体が赤と銀の機械のバトルボディに覆われていく。銀色の手袋とブーツで姿を現わした。
 ・・・・・・身!
 左手を拳にし脇に入れる。そして右腕を斜め前に突き出す。
 顔の右半分を赤い仮面が覆う。そして左半分も。眼は緑になっていく。
 
 光が全身を包んだ。村雨良は仮面ライダーゼクロスに変身した。
「遂に姿を現わしたな」
 タイガーロイドはその姿を認めて笑った。
「それでいい、そうでないと戦いがいがない」
 彼はまた笑った。そして背を丸めた。
「ゼクロス!」
 彼の名を叫んだ。砲身に光が込められていく。
「これが俺の挨拶だ、受け取れ!」
 そして砲撃を放ってきた。巨大な砲弾が彼を襲う。
「フン!」
 ゼクロスはそれを横に跳びかわした。砲弾はその後ろで派手に爆発した。
「ゼクロス!」
 役がそれを見て思わず叫んだ。しかしゼクロスは冷静さを失ってはいなかった。
「大丈夫です」
 彼は落ち着いた声で彼に言った。
「それよりも役さんは他の連中を頼みます」
「他の!?」
 彼はその言葉にハッとした。見れば戦闘員達が彼とゼクロスの周りを取り囲んでいた。それを見て彼は自分が何をするべきであるか悟った。
「わかりました」
 そしてゼクロスに対して言った。
「戦闘員は私がやります。ですからゼクロス、貴方は」
「はい」
 ゼクロスはそれに頷いた。言われるまでもなくタイガーロイドと対峙していた。
「今のをかわすとはな。流石だと褒めてやろう」
 タイガーロイドは砲撃を何なくかわしたゼクロスに対して言った。
「だがそれも何時まで続くかな。それに俺の力は砲撃だけではない」
「それは俺も同じことだ」
 ゼクロスは構えをとりながら言葉を返した。
「俺もやられてばかりでいるつもりはない」
「ふふふ、そうでなくてはな」
 タイガーロイドはそれを聞き満足そうに笑った。
「俺も面白くとも何ともない」
 腰の二丁の機関銃がうごいた。そしてゼクロスに向けられる。
「もっと楽しませてもらわなくてはな」
 その機関銃を放った。それはゼクロスに襲い掛かる。
「今度は機関銃か」
 ゼクロスはそれから目を離さなかった。
「ならばこれはどうだ」
 腕を前に突き出した。そして手の平から音波を出して来た。
 それは機銃弾の信管に当たった。そして全て爆発させてしまった。
「音波にはこうした使い方もある」
「フン」
 だがタイガーロイドはそれを見ても尚余裕を崩さなかった。
「その程度は計算済みだ。ならばこれはどうだ」
 そして今度は突進してきた。爪でゼクロスを引き裂こうとする。
 爪がゼクロスの頭上に襲い掛かる。そして脳を潰さんとしたその時だった。
 ゼクロスは姿を消した。そして何処かへ姿を消した。
「ムッ!」
 タイガーロイドは彼が姿を消した瞬間目を瞠った。爪は空しく空を切った。
「幻か」
 これもまた彼の能力であった。彼は幻を機械により作り出すことができるのだ。
 タイガーロイドはそこで動きを一旦止めた。そして辺りの気を探った。
 必ず近くにいる、彼は確信していた。だから慌てることはなかった。
「問題は何処にいるかだ。そして」
 横目で辺りを見回す。
「何時来るかだ。ゼクロスよ、どう出る!?」
 彼はゼクロスが来ると確信していた。そしてそれを待っていた。
 不意に頭上から何かが降り立って来た。それは赤と銀の影だった。
「来たか!」
 タイガーロイドはそれを両手で掴んだ。そして一気に挟み潰そうとする。
「死ね、ゼクロス!」
 激しい衝撃が両腕に伝わる。何かが砕ける音がした。
 だがそれはゼクロスではなかった。一本の丸太であった。
「なっ!」
 それを見たタイガーロイドは驚愕の色を顔に現わした。またしても彼の幻術であったのだ。
「クッ!」
 彼は丸太を粉砕してすぐに左右を見回した。彼の姿は何処にもなかった。
「一度ならず二度までも」
 彼は自分がたばかられたと感じた。
「この俺を舐めるとはな」
 屈辱が顔に浮き出る。彼は激しい憤りを感じていた。
 だがすぐに冷静さを取り戻す。そして再び冷静に辺りを探る。
「だがこの程度で俺が我を失うと思ってもらっては困るな」
 そう言いながら口の端を歪めて笑った。
「まだまだ、甘い」
「甘いというか」
 何処からかゼクロスの声がした。
「そうだ、俺を倒そうというのならな」
 タイガーロイドはゼクロスの気配を探り続けながら言った。
「貴様もわかっているだろう、俺の力は」
「確かにな」
 またゼクロスの声がした。
「あの時でそれはよくわかっている筈だ」
 ここでタイガーロイドは奇巌山での戦いのことを口にした。
「そして俺はその時よりも比較にならない程強くなっている。貴様よりもな」
「俺よりもか」
「それを確かめたいだろう。ならばこの程度の小細工に何時までも頼らないことだ。全力で来るがいい!」
「わかった」
 ゼクロスは声でそれに頷いた。
「ならばこれを受けてみろ」
 すると四方八方から十字手裏剣が飛んで来た。そしてタイガーロイドに襲い掛かる。
「フフフ」
 やはり彼は笑っていた。
「そうでなくては面白くないわ!」
 彼は両腕を振り回した。そしてそれで竜巻を作る。それは彼の身体を覆った。
 その竜巻で彼は己を守った。手裏剣は全てそれに巻き込まれてしまった。
「俺に手裏剣は効かぬぞ」
「ふむ」
 だがゼクロスの声は変わりがなかった。
「これは竜巻では防げまい」
 そして今度は爆弾を放ってきた。
「爆弾か」
 タイガーロイドはその無数の爆弾を何の感情を込めることもなく見ていた。
「今更その程度で俺が倒せると思っているのか」
 そしてやはり余裕に満ちた声を出した。4
 腰の機関砲が動いた。そしてそこからまだ銃弾が放たれた。
 そしてそれで爆弾を全て撃った。爆弾は彼に当たる前に空中で爆発した。
「俺の機関砲は強烈でな」
 彼は勝ち誇った様子で言った。
「竜巻にも負けることがないのだ」
「竜巻にもか」
「そうだ。そこまでは考えに至らなかったようだな」
 その竜巻が消えた。タイガーロイドは生身をゼクロスの前に晒した。
「さてゼクロスよ」
 彼はまたゼクロスに語り掛けた。
「次はどうするつもりだ?まだ手はあるのだろう」
「戯れ言を」
 ゼクロスはそれを受けて呟いた。そして腕から何かを放った。
「これはどうだ」
 それはチェーンであった。それでタイガーロイドの首を絡め取った。
「ふむ」
 だがタイガーロイドはそれにも慌てることがなかった。
「マイクロチェーンか」
「その通り」
 彼は答えた。
「これの力は知っているだろう」
 そう言うとグイ、と引いた。それでタイガーロイドの身体が動いた。
 だが彼はその力に抵抗しなかった。ただ引かれるだけであった。
「また力が強くなっているな」
「俺も今までの時を無駄に過ごしてきたわけではない」
 ゼクロスは言った。
「それを見せてやる」
 そして腕に力を込める。腕力とは全く別の力だ。
「喰らえ」
 それは電流であった。チェーンを伝ってタイガーロイドに襲い掛かる。
「今度は逃げられまい」
 ゼクロスは彼に対して言った。しかしタイガーロイドの態度は変わらない。
「無駄なことを」
「何!?」
 ゼクロスはその声に思わず自らも声をあげた。
「この程度の鎖で俺を縛れると思ったか」
 チェーンを高圧電流が伝う。だがタイガーロイドはそれに構わず両手でチェーンを掴んだ。
「俺を縛るつもりならば」
 彼は鎖を握る手に力を込めた。
「地獄の番犬を縛るチェーンを持って来い!」
 そして思い切り引いた。それでチェーンは断ち切られてしまった。
「クッ!」
 電流が彼を襲う直前であった。さしものゼクロスも舌打ちをせずにいられなかった。
「ゼクロスよ」
 タイガーロイドは首にかかる鎖を取り払いながらゼクロスに対して言った。
「俺を失望させるつもりか。この程度の攻撃ばかり繰り返すとは」
「クッ・・・・・・」
「この俺を一度は倒した男。この程度だったとは笑わせてくれる」
「誰が!」
 ゼクロスはその声に怒りを覚えた。声にも怒気がこもる。
「怒ったか」
 タイガーロイドはそれを見て口の端だけで笑った。
「それでいい。そうでなければな」
「まだそんな口を言えるのか!」
 ゼクロスの声がまた荒くなってきた。
「フフフ、怒っているな」
 タイガーロイドはそれをさも嬉しそうに見ていた。
「怒れ、もっとな。そして俺に打ちかかって来い」
「言われずとも!」
 ゼクロスは動いた。そして彼に拳を打ちつける。
 タイガーロイドはそれを己の手で受けた。そしてその拳を握り締める。
「それが貴様の拳か」
 挑発するように言った。
「まだまだだな」
 そしてそれを握り潰そうとする。指に力を込める。
「ウオオッ!」
 ゼクロスはその痛みを受けて絶叫する。その声はやはりタイガーロイドを喜ばせた。
「いい声だ、もっと叫べ」
「おのれっ!」
 だが彼はここでタイガーロイドの腹を蹴った。
「グッ!」
 タイガーロイドはそれに怯んだ。指の力が抜けた。76
 その隙に逃れた。ゼクロスは再び間合いをとった。
「ククククク」
 タイガーロイドは腹を抑えしゃがみ込んでいた。だがその声は笑っていた。
「少しは意地を見せてくれるな」
 そして顔を上げた。痛みは顔には出していない。
「安心したぞ、どうやら俺を楽しませてくれそうだ」
「楽しませるだと」
 ゼクロスはその声にキッとした。
「俺は貴様を楽しませるつもりはない」
 そして彼に対して言った。
「俺は貴様を倒すこと、それしかないのだ」
「バダンもか」
「無論だ。俺の望みだからな」
「ならばいい」
 タイガーロイドの声は何故か安堵したものであった。
「俺もこれで心おきなく変身できる」
「変身」
「そうだ、変身だ」
 タイガーロイドは答えた。
「見るがいい、ゼクロスよ」
 彼の眼は笑っていた。その光は邪悪に満ちていた。
「これが俺のもう一つの姿、あらたな身体だ」
「あれか」
「そうだ、あれだ」
 彼は笑いながらゼクロスに答えた。
「再び見せてやる、この俺のもう一つの姿を」
 そう言った瞬間にベルトの形が変わった。バダンの紋章からゼクロスのそれに酷似したものになった。
「解き放たれよ、暗黒の力よ」
 タイガーロイドは言った。
「そしてこの俺をそれで包み込め、全てを支配する偉大なる首領の力よ!」
 ベルトが開いた。そしてそこから黒い光が放たれた。
 黒い光はタイガーロイドを包み込んだ。そしてその中で彼の姿が変わっていく。
「フフフフフ」
 彼はその中で笑っていた。
「ハーーーーーッハッハッハッハッハッハ!」
 彼の笑い声が響いた。そしてその中から別の者が姿を現わした。
 黒い光が消えた。そして彼がそこに立っていた。
「遂にその姿となったか」
「ククク」
 彼はまだ笑っていた。
「どうだ、この姿、そしてこの力」
 そこにはゼクロスがいた。だが色が違っていた。
 虹色に輝くゼクロスであった。だがその輝きは本来の虹が持つ美しいものではなかった。
 何処か邪悪さが漂っていた。虹の美しさではなかった。邪な輝きであった。
「フフフ、どうだこの姿は」
 タイガーロイド、いや虹色のゼクロスは勝ち誇った声でゼクロスに言った。
「素晴らしいだろう。身体に力がみなぎるのがわかるぞ」
「力がか」
「そうだ、素晴らしい力だ」
 彼は恍惚とした声で言った。
「暗黒の力だ。ゼクロス、貴様が持っていない力だ」
「俺が持っていない力か」
「その通り。この黒い光は貴様の中にはあるまい」
「そのような邪な力」
 彼は毅然とした声を発した。
「欲しいとは思わない」
「フン」
 だが虹のゼクロスはその言葉を鼻で笑った。
「貴様は所詮その程度の器だということだ」
 彼は完全にゼクロスを見下していた。
「この力の素晴らしさを知らないのだからな」
「一つ言っておく」
 ゼクロスは勝ち誇る彼に対して言った。
「その力、この世にあるものではないな」
「それがどうした」
 それは肯定の言葉であった。
「この力はネクロノミコンの力だ」
「ネクロノミコンのか」
「そうだ。あの伝説の魔道書のな」
 狂えるアラブ人によって書かれたと言われる書である。『死者の書』という意味でありこれはイギリスで訳された時に名付けられた。本来は『アル=アジフ』という。夜の砂漠で囁く悪魔の声をあらわしたものだという。今までの魔道を集大成したと言われている書である。
 その実在は確かではない。幻の書とも呼ばれ空想の世界にのにあると言われていた。
「あの書が本当にあったというのか」
 ゼクロスもこの書のことは聞いていた。だが本当にあるとは思っていなかった。
「そうだ」
 虹のゼクロスは答えた。
「この世の闇にあるとされるその書のうちの一冊を」
 彼は語った。
「地獄大使が持っていたのだ」
「あの男が」
「そう、そしてそれを暗闇大使が借りた。そして」
「その中の力を使ったのか」
「その通りだ。それこそがこの暗黒の力なのだ」
 彼の眼が不気味に笑った。緑だがゼクロスのそれとは異なっていた。陰惨な色の緑であった。
「貴様が備えている筈もない。貴様が組織を裏切った後でこの力が解放されたのだからな。そう、貴様が脱走した後でな」
「何が言いたい」
「何が言いたい、だと!?」
 虹のゼクロスは彼の言葉を繰り返した。
「フフフ、俺は貴様より後でゼクロスに改造されたのだ」
「それがどうした」
「まあ焦るな。話は最後まで聞け」
 彼は余裕をもってゼクロスを制した。
「俺達は貴様のデータを基に改造されたのだ」

「それは知っている」
「フフフ、焦るなと言っているだろう」
「別に焦ってはいないが。ただ聞きたくはないだけだ」
「聞きたくないか。だが俺は話したい」
 優越感に浸った声であった。
「この俺の力をな」
 ゼクロスは答えなかった。虹のゼクロスはそれに構わず言葉を続ける。
「俺も他の者も皆それぞれ貴様の力を手に入れている。その証拠に見ろ」
 そこで彼は己の肘をゼクロスに見せつけた。
「これは十字手裏剣だ。先程貴様が俺に投げたものと同じだ」
「俺の手裏剣か」
「そうだ。貴様のそれと全く同じだ」
 ゼクロスはそれを聞いて違和感を感じずにはいられなかった。これは彼だけのものであると今まで思っていたからだ。
「そしてこれも」
 今度はチェーンを取り出した。
「貴様のものだったものだ。だが今では俺達も使える」
「所詮猿真似だ。それがどうした」
「それは否定しない」
 虹のゼクロスはそれに対して反論はしなかった。
「だがこの黒い光は備わってはいないだろう。ネクロノミコンのこの力は」
「俺にはその様なものは不要だ」
 ゼクロスは吐き捨てる様に答えた。
「俺にはライダーとしての心がある。それ以外のものは必要ない。暗黒の力などはな」
「そう言うと思っていた」
 虹のゼクロスはそれを予想していた。
「だがな」
 しかし次の言葉も用意していた。
「脳に秘められた力を極限まで引き出したうえで身に着けたこの力に勝てるか。この力に」
「当然だ」
 ゼクロスはそれに臆することなく答えた。
「必ず勝つ、それがライダーの宿命だ」
「宿命か」
「そうだ。貴様等バダン、いや悪は滅びる運命にあるのだ。俺達ライダーの手でな」
「それはどうかな」
 虹のゼクロスは再び不敵に笑った。
「俺のこの力を見てそれが言えるかな」
「無論」
 ゼクロスは躊躇することなく答えた。
「この俺がライダーでいる限り貴様等には負けない」
 そう言いながらナイフを取り出した。
「貴様もここで倒す」
「フフフ」
 虹のゼクロスもこれに応えナイフを取り出した。そしてそこに暗黒の光を宿す。
「ならば来い。そしてこの暗黒の力を味わうがよい」
「行くぞ」
 ゼクロスは前に出た。そしてナイフを横に振った。
 それは虹のゼクロスの首を掻き切らんとする。だが彼はそれを己のナイフで受けた。
 普通に受けたのではない。その暗黒の力で受けたのだ。
 ゼクロスのナイフはその力により溶けた。そして二つに分かれ刃の部分は地に落ちた。
「ククク」
 虹のゼクロスはそれを見て哄笑した。ゼクロスは危機を察し咄嗟に後ろに跳ぶ。
「クッ!」
 そして再び間合いを置いた。そこへ虹のゼクロスの手裏剣が来た。
 ゼクロスはそれを己も手裏剣を出し防いだ。双方の手裏剣が空中で激しくぶつかり合う。
 そして衝撃音と共に地に落ちる。どうやら武器の性能はそれ程変わらないようであった。
 両者は森の中を跳んだ。そして駆けながら互いの隙を窺う。体術もほぼ互角であった。
 だが虹のゼクロスの顔には焦りも危機もなかった。彼は単純に戦い、いや狩りを楽しんでいるように見えた。
「そうだ、もっと動け」
 彼はそれを証明するように言った。
「そして俺をもっと楽しませろ」
 彼はゼクロスから目を離すことなく言葉を続ける。
「そうでなくては倒す介がないからな」
 明らかにそれを狩りだと認識していた。彼はゼクロスを獲物だと認識していた。
 時折攻撃を放つ。それは彼を狙っていた。しかし殺す為のものではなかった。
 追い詰めていくようであった。彼はジリジリと間合いを詰めてきていた。
 駆けながらその脇に来た。それと同時にナイフを繰り出す。
「死ね!」
 そしてそれで首を落とそうとする。刃には黒い光が宿っている。
 だがゼクロスは紙一重でそれをかわした。走りながらバク転をする。
 そしてその力を使って下から蹴りを浴びせる。それは虹のゼクロスの顎を狙っていた。
「ヌッ!」 
 虹のゼクロスも後ろにのけぞった。そしてその蹴りをかわした。
「そうでなくてはな!」
 笑いながらバク転で態勢を整える。そして起き上がったところのゼクロスに攻撃を仕掛けた。
「喰らえっ!」
 それは拳であった。それでゼクロスの頭を砕こうとする。
「ガハッ!」
 ゼクロスの頬を直撃した。彼は後ろに弾き飛ばされた。
「アイディアはよかったが」
 虹のゼクロスは木に叩き付けられたゼクロスに歩み寄りながら言った。
「俺には通用しない。それが計算違いだったな」
「おのれ」
 ゼクロスは全身に鈍い痛みを感じていた。だがそれでも立ち上がろうとする。
 しかしダメージは思ったより大きかった。身体の動きが鈍い。
「俺の拳を受けたのだ、当然だな」
 虹のゼクロスはそれを見ながら笑った。
「そしてそれが命取りとなる」
「命取りか」
「その通り。これで終わりだ」
 彼はそう言いながらゼクロスの頭を掴んだ。
「このまま貴様の脳をこの指で潰してくれる」
 指を彼の頭に突きたててきた。
「もう逃れられぬ。観念するがいい」
「誰が」
 だがやはり立てなかった。彼の身体は思うように動けなかった。
「ククククク」 
 虹のゼクロスはそんな彼を見下ろし愉快そうに笑った。彼は勝利を確信していた。
「もう逃れられはせぬ。諦めるのだな」
 指が入っていく。頭を覆う護りがミシミシと音を立てていた。
「ゼクロス」
 そこに戦闘員達を倒し終えた役が来た。
「遅かったな」
 虹のゼクロスは彼の方を振り返り言った。
「今からこの男は死ぬ。この俺の手でな」
「ゼクロスが」
「そうだ。今からそこで見ているがいい。正義の戦士とやらが死ぬ光景をな」
 虹のゼクロスはやはり笑っていた。
「貴様は殺さぬから安心しろ」
 そして彼に対して言った。
「どのみち弱く愚かな人間共は我等の理想世界において淘汰されるのだ。それまでの命、精々楽しんでおくがいい」
「何を言うかと思えば」
 役は彼のそんな言葉を笑い飛ばした。
「実にありふれた言葉ですね。それでどうするつもりですか」
「何!?」
 虹のゼクロスは嘲笑を浴びて顔色を変えた。
「人間よ。俺を侮辱しているのか」
「侮辱、確かに」
 彼はまた笑った。
「愚かな存在を笑うのが侮辱というのなら。私が貴方を笑うのがそうでしたら」
「・・・・・・死にたいのか」
 虹のゼクロスの言葉に怒気が篭りだした。
「残り少ない命、折角おいてやろうというのに」
「生憎ですが」
 だが役はその言葉にも怯んではいなかった。
「私達人間はこれから大きく羽ばたく運命にあります。貴方達とは違ってね」
「戯れ言を」
「戯れ言ではありませんよ」
 ここで彼はまた言った。
「定められた運命です。人類の未来は」
 その目は真実を語っているという確信に満ちていた。曇りは全くなかった。
「未来か」
 だが虹のゼクロスは口の端を歪めて笑った。
「我等の糧となるだけの存在だというのに」
「糧」
 役はその言葉に対してシニカルな声を出した。
「そんなことはこれからの未来にはありませんが」
「また未来か」
 虹のゼクロスはそれを聞いてまた腹立たしさを憶えた。
「では貴様はこれからのことを全て知っているというのか」
「ええ」
 役は答えた。
「完全にね。虹のゼクロス」
「何故俺の名を」
「いえ、こう言いましょうか。三影英介」
 彼は不敵に笑いながら言った。
「貴方の運命も知っていますよ。貴方は敗れる」
「馬鹿なことを」
「いえ、事実です。貴方はゼクロスにより倒されます。それはもう既に決められていることなのです」
「・・・・・・貴様はどうやら冗談が過ぎるようだ」
 彼は怒りに満ちた声でそう言った。
「そこにいろ。ゼクロスの始末が終わったら次は貴様だ。本来ならば嬲り殺しにしてくれるところだが特別に苦しまずに殺してやる」
「それはどうも」
 だが役は尚も余裕を保っている。
「では存分にゼクロスの相手をして下さい」
「言われずともな」
 彼はそう言うと指に力を入れた。指が人口骨を砕き脳に近付いていく。
 灰色の脳漿が出て来た。それが指を染めていく。
 指は更に進んだ。そしてそれが脳に達した。
「いよいよですね」
 役はそれを見ながら笑っていた。今ゼクロスが死のうとしているというのに。
「さあ、ゼクロスよ今です」
 ゼクロスは今まで何も言わなかった。彼は何とかして逃れようとしていたが虹のゼクロスの指の圧力の前に抗することが出来ず呻いていたのだ。
「グググ・・・・・・」
 逃れることは出来なかった。そして指が脳を貫いた。
「死ね」
 虹のゼクロスはそれを感じて言った。彼はその顔に残忍な歓喜の色を浮かべた。
「これで最後だ」
 指がさらに深く入った。するとその瞬間光がそこから漏れてきた。
「何っ!?」
 虹のゼクロスはそれを見て思わず動きを止めた。光はすぐにゼクロスの全身を覆った。
「よし」
 役はそれを見て会心の笑みを浮かべた。
「全ては予定通りだ」
 光は彼を覆う。そしてそれはオーラの様に包み込んでいる。
「さあゼクロスよ、今こそ本当の力を発揮する時です」
 光は黄金色から赤に変わっていく。そしてそれと共にゼクロスの身体が動きはじめた。
「何ッ!?」
 虹のゼクロスはそれを見て驚きの声をあげた。
「まさか俺の圧力を受けても尚動けるとは・・・・・・」
「彼の力を侮っていましたね」
 役はそれに対して言った。
「今までの力は全てではなかった」
「俺が知らないとでも思っているのかっ」
 虹のゼクロスは語気を荒わげた。彼は怒りを抑えられなくなっていた。
「ええ」
 役はそんな彼を挑発するように言葉を放った。
「そう言わずして何と言いましょう」
「貴様・・・・・・」
「おや、怒っておられるのですか」
「調子に乗るなよ、人間が。貴様から始末してもいいのだぞ」
「それができればね。今貴方の手の中で何が起こっているか、御覧なさい」
「ぬうう」
 ゼクロスの身体は赤い光に覆われていた。そして動きが活発になってきた。
「俺は・・・・・・」
 彼は言った。その手をゆっくりと動かした。
「ここで負けるわけにはいかない」
 そして虹のゼクロスの腕を掴んだ。
「何・・・・・・」
 虹のゼクロスはその動きに戸惑った。力が緩む。
 隙も生じた。その隙を逃すゼクロスではなかった。
 ゼクロスは立ち上がった。そして掴んでいるその手を思い切り振り被った。
「うおおおおおおおっ!」
 そのまま投げた。虹のゼクロスは投げ飛ばされた。
「おのれっ!」
 だが彼は空中で回転して態勢を整えた。そして何なく着地した。
「まさか俺の力を退けるとはな。それが秘められた力だというのか」
「秘められた力」
 ゼクロスはその言葉にようやく己の身体の変化に気付いた。そして自分の身体を見回す。
「これは・・・・・・」
 ここでようやく己の身体を包む赤い光に気付いたのだ。
「それが貴方の力です、ゼクロス」
 役が彼に言った。
「役さん」
 ゼクロスは彼に顔を向けた。彼はその力がまだわかっていなかった。
「その力は貴方の奥底に秘められていたものです」
「奥底に」
「そう、今までは攻撃を放つ瞬間にのに現われていたものです」
「あれか」
 虹のゼクロスはその赤い光に気付いた。彼は一度その攻撃を奇巌山で受けているからだ。
「まさかあの時のあれがそうだったとは」
「今まで貴方はそれを攻撃の瞬間にしか出せませんでした」
「何故ですか」
「気だからです」
「気」
「はい。それが極限にまで達した時にその赤い光は現われるものでした。言うならば切り札です」
「切り札」
「そうです。簡単に言いますとそうなります」
 役は言った。
「それこそが貴方の秘められた力だったのです。それを自由自在に使いこなす力こそが」
「そして俺は今それを身に着けた」
「ええ。他ならぬバダンの手によってね」
 役はゼクロスににこやかにそう語りかけながらもう一人のゼクロスを見た。
「御苦労様です。感謝しますよ」
「感謝だと」
「ええ。わざわざ彼の力を引き出して下さって。これからの貴方達との戦いがぐっと楽になりましたよ」
「俺を馬鹿にしているのか」
 虹のゼクロスの身体が黒い光に覆われだした。
「言え。返答次第によっては容赦せんぞ」
 その黒い光は怒りに満ちたものであった。どうやら彼は黒い光を操るらしい。ゼクロスのそれとはまた違うようだ。
「そう聞こえなかったとしたら残念なことですね」
 彼はあくまで強気であった。その黒い光にも臆することはなかった。
「貴様!」
 彼は激昂した。黒い光を全身に纏ったまま役に襲い掛かった。
「ここは俺が」
 だがゼクロスがそこで出て来た。
「三影、貴様の相手は俺の筈だ」
「ぬかせ!」
 まるで獣の様な声であった。虹のゼクロスは黒い光を纏った拳を繰り出して来た。
「死ねっ!」
 その拳はそれまでのものとはまるで違っていた。怒りに任せた荒々しいものであった。
 ゼクロスはそれを何なくかわした。そして逆に膝蹴りを放った。
「この程度なら」
 それは虹のゼクロスの腹を打った。
「グブッ!」
「今の俺にとって問題はない」
 呻き声を挙げる敵を見下ろしながらそう言った。
 攻撃はそれだけでは終わらなかった。肘を下ろした。
 それが虹のゼクロスの背を打つ。彼はさらに声をあげた。
「グオッ!」
 だが彼もやられっぱなしで終わるような者ではなかった。反撃に転じることにした。
 上からアッパーを出す。それでゼクロスの顎を砕くつもりであった。
 ゼクロスは首を左に捻った。そしてその態勢のままそのアッパーを繰り出した腕を掴んだ。
 その掴んだ手を捻ろうとする。しかし虹のゼクロスはその瞬間何と腕の関節を外した。
「ぬっ!」
 そして彼は無理な態勢をとった。腕を極限まで伸ばして屈んだのだ。
 その下から蹴りを出した。それはゼクロスの腹を狙っていた。
 蹴りがゼクロスを打った。今度は彼がダメージに苦しむ番であった。
「ググッ」
 腕が離れた。虹のゼクロスは腕の関節を元に戻すとすぐに間合いを離した。そして仕切りなおしにかかった。
「どうだ、これは予想がつかなかっただろう」
 だが腕にはそれなりのダメージを受けたようだ。彼は腕を押さえていた。
「勝つ為には何でもする。勝利こそが正しいのだからな」
「まだ言うのか」
 ゼクロスはそれを聞いて小さな声で呟いた。
「フン、これだけは変わらん」
 虹のゼクロスの声は弱ってはいなかった。
「俺の信念は変わらんのだ。何があろうともな」
「何があろうともか」
「そうだ、ゼクロス」
 そして目の前の敵の名を呼んだ。
「貴様を倒すこともな。今ここで決着をつけてやる」
「それも変わらないのだな」
「無論、俺が正しいか、貴様が正しいか、今ここではっきりさせてやる」
「わかった」
 ゼクロスも身構えた。そして虹のゼクロスを見据えた。
「次で決める。覚悟はいいな」
「貴様こそな」
 二人は気を溜めた。二つの光がその場を覆った。
 それを見る役の顔が左右から照らし出されていた。赤い光と黒い光、その光により彼の顔は二つに別れていた。それはまるでヤヌスの様であった。
 彼は動かなかった。そして二人の戦いの行く末を注視していた。だがここで思わぬ参入者が姿を現わした。
「待つがいい」
 二人の間に別の影が姿を現わした。
「ムッ!」
「誰だ!」
 二人はほぼ同時にその影の方を向いた。影は急激に人の形をとっていった。
「二人共、落ち着くがいい」
 それは軍服を身に纏った男であった。暗闇大使である。
「それ程焦ることもあるまい」
「暗闇大使」
 二人だけでなく役も彼の姿を認めその名を呼んだ。
「一体何故ここに」
「ふふふふふ」
 役の問いには答えなかった。その替わりに無気味な含み笑いを出した。
「同志が心配になってな」
「同志だと」
「そうだ。三影、いや虹のゼクロスよ」
 彼は虹のゼクロスに顔を向けた。その顔が黒い光に覆われる。
「今は退け。時は来てはおらぬ」
「またか」
 彼はそれを聞いて不満を露にした。
「いつもそう言うがでは一体何時その時が来るというのだ」
「それは近い」
「今ではないのか、そしてそうやって俺を何時まで待たせるつもりだ」
「これは首領の御命令である」
 暗闇大使はここで峻厳に言い放った。
「首領の・・・・・・」
「わかったな。では大人しくさがるがいい」
「・・・・・・わかった」
 流石に不満があろうとも押し殺さざるを得なかった。バダンにおいて首領こそ唯一無二の存在であるからだ。
「ゼクロス」
 ゼクロスに顔を向けた。
「今は退く。だが忘れるな」
 その顔には憎悪が浮かび上がっていた。黒い光にそれは包まれている。
「貴様は俺が倒す。必ずな」
 そう言い残すと姿を消した。黒い光の中に消えていった。
「これでよし」
 暗闇大使はそれを見届けると満足気に笑った。
「ではわしも帰るとするか」
「待て」
 呼び止める声があった。ゼクロスのものであった。
「何だ」
 彼はそれに反応し顔を向けた。
「貴様はこの日本で一体何を企んでいるのだ」
「企んでいる」
「そうだ。何故この国に戦力を集結させている。どういうつもりだ」
「愚問だな」
 彼はそれを口の端だけで笑い飛ばした。
「何かと思えばそんなことか。詰まらぬ」
「詰まらないだと?」
「そうだ、そんなことはわかっているだろう、他ならぬ貴様達自身が」
「俺達が」
「そうだ。我々の行動は一切わかっているだろう」
「というとやはり」
「そういうことだ。ゼクロスよ」
 彼はゼクロスを見据えた。
「この日本で最後の決戦を挑む。貴様等とこのバダンの最後の戦いだ」
「最後の」
「そうだ、我等は必ずや貴様を倒す。そして」
「そして」
「ふふふふふ」
 彼は無気味な哄笑を発した。
「貴様等を倒しこのバダンの世界を築き上げるのだ。貴様等を一人残らず倒したうえでな」
「そんなことが出来るとおもっているのか」
 ゼクロスは少し感情を込めた声を発した。
「我がバダンに不可能はない」
 だが暗闇大使はあくまで強気であった。
「だからこそ言うのだ」
「むっ」
 彼は言葉を詰まらせた。だがそれは一瞬のことだった。
「この日本は貴様等の生まれ出た地。この地で貴様等を倒す為に我等は集結したのだ」
「俺達を」
「日本は貴様等と共に滅びる。そしてその跡地に我等の最初の帝国が誕生するのだ。貴様等十人の首を偉大なる首領の御前に出してな」
 彼はその光景を思い浮かべて笑っていた。その時のライダーの血に酔っているかのようであった。
「特にゼクロス。貴様の首を見るのを楽しみにしているぞ」
「戯れ言を」
「それが戯れ言かどうか」
 彼はその身を翻した。
「すぐにわかることだ。クククククク」
 そして闇の中に消えていった。後には何も残ってはいなかった。
「消えたか」
 ゼクロスは彼が消え去ったのを確かめて呟いた。
「いつもながら消えるのが早い奴だ」
「それだけあの黒い光の力を完全に我がものとしているのでしょう」
 隣にいた役が言った。
「そうでなければあそこまで素早く移動はできません」
「そうなのですか」
「ええ。そして彼の力はあれだけではありません」
「改造人間の姿の時以外にもですか」
「はい。恐らく彼もまたあれは仮の姿です。他の大幹部達がそうであるように」
「正体はまた別のもの」
「そうです」
 役はそれを深刻な表情で言った。
「その正体の姿は今の比ではありません。多くの大幹部達がそうであるように」
「デルザーの改造魔人達と同じ位でしょうか」
 彼は大幹部達とは戦ってはいない。改造魔人であるヘビ女、マシーン大元帥と戦ってはいるが。
「デルザーのですか」
「ええ。彼等も大幹部と同等に強さを持っていますし」
「そうですね」
 役は考えながら言った。
「彼等よりも遙かに強い可能性がありますね」
「マシーン大元帥よりもですか」
 マシーン大元帥はデルザーにおいても随一の強さを誇っていた。その圧倒的な戦闘力はゼネラルシャドウすらも凌駕し、彼から指揮権を何なく剥奪したことからもその強さがわかる。
「彼も確かに強かった。しかし」
「しかし!?」
「暗闇大使にはあの黒い光の強さがあるのです。侮ってはいけませんよ」
「・・・・・・そうでしたね」
 ゼクロスはその言葉に対して頷いた。
「油断はできませんね」
「そうです。おそらく彼もまた戦いにおいては決死の覚悟で挑んで来るでしょう」
「決死で」
「それが大幹部です。戦場においては常に最前線で立つ。それに彼は地獄大使の従兄弟です」
「あの地獄大使の」
 彼はベトナムの頃から常に前線に立っていた。そしてその参謀である暗闇大使もだ。
「戦いに無上の喜びを見出しているのです」
「無上の」
「そうです。だからこそ貴方に対しても並々ならぬ関心を向けているのでしょう。単にライダーとしてだけでなく」
「迷惑な話ですね」
「しかしそれが戦いです」
 役は冷然とそう言い切った。
「そして向かって来る敵は倒さなくてはならない」
「それはわかっています」
 ゼクロスはそれに対して反論した。
「いや、違うな」
 彼は言葉を訂正した。
「バダン、この世の平和を乱す存在を許すわけにはいかない。そうした存在は何があろうと倒す。それがライダーです」
「それを聞いて安心しました」
 役はスッと微笑んだ。
「では行きますか、皆のところへ」
「あ、はい」
 彼はここで立花達のことを思い出した。
「力を引き出すこともできましたしもうここには用がありません。帰りましょう」
「そうですね。何かあっという間でした」
「そういうものですよ、この世にある全てのことは」
 彼は何やら不可思議な言葉を発した。
「世界にある全ての事柄は一瞬のことに過ぎません。無限の時の中では」
「・・・・・・・・・」
 インド哲学の様な言葉であった。ゼクロスはそれを黙って聞いていた。
「しかしその中で何をするのかが重要なのです。違いますか」
「いえ」
 ゼクロスも大体同じ考えであった。否定するつもりはなかった。
「面白くないですかね。こんな話は」
「そうは思いません」
 彼もそうした話には興味のある方であった。
「俺達はつまり永遠の時間の中で戦っているのですね」
「はい。少なくとも人間にとっては永遠の時間の中で」
 役は答えた。
「人間の生きている時間は僅かなものです。この宇宙の時の中では」
「その宇宙もまた永遠の時の中の一つに過ぎない」
「はい。インドにおいてはそう考えられています」
 インド哲学は極めて独特の世界観を持つ。輪廻転生の思想があり人は死んでも転生するのだ。そして魂はその時の間を漂うようにして生きる。
 人も神々も魔族も同じである。彼等はその輪廻の中で生きているのだ。
「俺もそうなのかも知れないのですね」
「そうですね」
 役はそれを否定しなかった。
「中には輪廻から解き放たれた者もいますが」
「そんな者もいるのですか」
「ええ。ごく僅かですがね。確かにいます」
「そうなのですか」
「彼等は彼等でその輪廻の秩序を守っているのです。そうした意味で彼等もまた輪廻の中にいる」
「またややこしいですね」
「難しく考える必要はありません」
 だが役はここで断った。
「人は死んでまた生まれ変わる。宇宙もその宇宙を無数に置く世界全ても」
「何もかもがですか」
「そうです。宇宙にしろ大樹の木の葉の一つに過ぎません」
「面白いことを言いますね」
 ゼクロスはそれを聞いて笑った。
「それでは俺達が今生きているこの宇宙もその大樹の一葉に過ぎないのですか。そしてその葉が無数にある」
「はい」
「その中で戦っているに過ぎない。俺達は実にちっぽけな存在なのですね」
「それは違います」
 だが役はそれは否定した。
「そこに生きている者は全てそれぞれの世界を持っているのです」
「それぞれの世界を」
「はい。それは大きさも実は変わらないのです」
「同じなのですか」
「ええ。それは心そのものなのですから」
「心」
「そうです。ゼクロス、貴方の心もです」
 役はそこでゼクロスの目を見た。緑の機械の目だ。だがその目は人のものである。機械であってもそれはまごうかたなき彼の目であった。
「俺の心も」
「そう。貴方の悪と戦うその心もまた世界の一つ。ライダーは一人一人が世界そのものなのです」
「十の世界ですね」
「ええ。正義もまたそれぞれです。ライダーそれぞれが世界であるように。ただ」
「ただ!?」
「貴方達が目指すものは同じです。この世に平和をもたらすこと。それは貴方達が最もよくわかっている筈です」
「・・・・・・はい」
 ゼクロスはその言葉に対して頷いた。否定はしなかった。
「だからこそよく考えて下さい、世界を守るということを。そしてその大切さを」
「大切さを」
「最も貴方達ライダーは私なぞより遙かそれについておわかりですが」
「まさか」
 だが役の微笑みはそれを告げていた。彼が何よりも、誰よりも世界を守ることの意義と大切さを知っていることを。
「では行きましょう。お話はこれで終わりです」
「は、はい」
 ゼクロスはその言葉に我に返った。
「皆待っていますよ。貴方が生まれ変わったその姿を見ることを」
 それが最後の言葉であった。二人はその場を後にした。そして立花達の待つテントへと向かった。

「そうか、あの力を完全に我がものとしたか」
 無数のマネキンが置かれた無気味な一室があった。暗闇大使と三影はそこで首領の声を聞いていた。
 二人は恭しく頭を垂れていた。マネキンはその周りにまるで林の様に立っていた。
 その中のどれかからだろうか。首領の声はそこから聞こえていたのだ。
「ハッ、申し訳ありません」
 三影は頭を垂れたまま首領に対して言った。
「我を忘れてしまいました。この度の失態は万死を以って償います」
「まあ待て」
 だが首領はそんな彼を止めた。
「これは予定事項だ。貴様が今償う必要はない」
「予定事項と言いますと」
 三影はそれを聞いて顔を上げた。
「フフフ、あの男の力が開放されるのは予想していたということだ」
 首領は自信に満ちた声で答えた。
「それよりも三影よ」
「ハッ」
「今は休むがよい。そして次なる戦いに備え英気を養っておくがいい」
「わかりました」
 彼はそう答えると黒い光に覆われた。そして消えていった。
 後には暗闇大使だけが残った。彼は頭を垂れたままである。
「さて」
 首領は彼に言葉をかけてきた。
「どうやら貴様の方は極めて順調なようだな」
「ハッ」
 彼は頭を垂れたまま答えた。
「期待しているぞ。貴様のその力がライダーとの戦いの切り札となる」
「わかっております」
 彼は恭しい声で答えた。
「この暗闇大使偉大なるバダンの首領の為に全てをなげうってライダー達を全て倒して御覧に入れます」
「だが奴等の首は他の者も狙っているぞ」
「それはわかっております」
 彼は答えた。
「ですがそれが何だというのでありましょう。私が奴等の首を獲るというのは既に決まっていることです」
 そしてニイイ、と笑った。
「この力、思う存分お見せしましょう。その時は近付いております」
「フフフ、楽しみにしているぞ」
 首領はそれを聞き嬉しそうに答えた。
「貴様のその力を見るのが今から待ち遠しくて仕方がない程だ」
「お褒めに預かり光栄です」
「褒め言葉ではない」
 だが首領はそれを否定した。
「事実だ。それは褒め言葉にはならないだろう」
「ハッ」
「私の世界が遂に誕生するのだ、貴様がライダー達を一人残らず倒したその時に」
「はい」
 大使は答えた。
「それは約束致しましょう。必ずやその御前にライダーの首を持って参ります」
「うむ、頼むぞ」
 首領はやや鷹揚に言葉をかけた。
「貴様ならばできる」
「はい」
「そして暗黒の世界が誕生するのだ」
「我等が理想の世界が」
「そうだ、その時が遂に来る。今まで果たし得なかったその世界が」
 その声は喜びに満ちていた。
「フフフフフフ」
 首領は笑い声を発した。地の底から響く様な声であった。
「ハハハハハハ」
 暗闇大使も共に笑った。哄笑が無気味なマネキンの林の中に響き渡る。
 マネキンが消えていった。それと共に首領の気も。暗闇大使はそれを見届けるとゆっくりと立ち上がった。
「フフフ・・・・・・」
 そして彼も消えた。後には何も残ってはいなかった。


秘められた力   完



                                 2004・11・8



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