『仮面ライダー』
第五章        青き江の妖花
 生ある者にとって水はなくてはならぬものである。水あるところに生物は棲みそこを中心に生物の社会が形成される。
 これは人間も同じである。むしろ人間の社会程水を必要とする社会はないのではなかろうか。
 古来より人の社会は水なくしては成り立たなかった。とりわけ川というものの存在は人の社会、文明を形成したといって
過言ではない。
 インダス河、チグリス=ユーフラテス河、ナイル河、そして黄河。古代文明は全て河に支えられてきた。『エジプトはナイルの
賜物』と古来より謳われてきた。その言葉通り河は人々に多くの恵みをもたらしてきた。
 今もそれは変わらない。ミシシッピー、アマゾン、ドナウ、ライン、ボルガ。多くの河がそれぞれの国々の生命線となっている。
 その一つとして長江がある。中国南部を象徴する大河であり世界第四位の流域面積を持つ。この大河は何千年もの長きに
渡って人々に豊かな恵みをもたらしてきた。北部を流れる黄河が暴れ河なのに対してその流れは比較的穏やかであり
水墨画の如き幻想的な景色である。
 古、東周時代の屈原の頃よりその美しく幻想的な風景は詩人達により詠われてきた。とりわけ盛唐期の詩人李白はこの
風景を愛し多くの詩を残している。
 青く対岸すら見えない海の様な江を多くの船が行き来している。大きな貨物船もあれば木製の小さな小舟もある。その小さな
舟の中の一艘に彼はいた。名を神啓介、またの名をカイゾーグ仮面ライダー]という。
 その大柄な身体は特に肩が発達しまるで水泳選手のようである。その身体を水色のセーターと白いシャツ、黒のスラックスで
包んでいる。
 やや細く収まりの悪い髪に黒い瞳と男らしい形の眉を持っている。その瞳からは強く澄んだ光が放たれている。
 城北大学教授であり人間工学及び海洋生物学の権威であった神啓太郎の子として生まれた。母は彼が幼い頃に亡くなって
おり男手一つで育てられた。頑固で偏屈な父であったが同時に思いやりも兼ね備えており口では互いに罵り合いながらも
信頼し合う父子の関係であった。
 長じて沖縄の水産大学に入った。また父の助手でもあり恋人でもあった水城涼子と婚約しその前途は揚々たるものと
思われた。しかし悪の魔の手が彼の運命を狂わせた。
 デストロンが潰えた後またしても仮身の姿をライダー達に倒された首領は神教授の親友にして悪魔的な天才と謳われ
ていた仮身の姿の一つ呪博士を使い当時の超大国達を唆し新たなる組織を結成した。その名はガバメント=オブ=
ダークネス。略してゴッド、日本征服その実世界制覇を企む第四の組織であった。
 そのゴッドが神教授の頭脳に目をつけ協力を迫ったのだ。教授がそれを断るとゴッドは教授を息子である神啓介共々抹殺
する事を決定した。きょうじゅの助手である水城涼子を取り込み執拗に襲撃をかけた。そして遂に神教授を息子共々暗殺
する事に成功したのだ。
 だがこの時止めを刺さなかった事がゴッドにとって後々の災いとなった。かろうじて一命をとりとめた教授はその最後の力
を振り絞り息絶えた息子を救うべく改造手術を施した。そしてその手術を終えるととある小島に密かに建造していた秘密基地
『神ステーション』に自身の意識と人格を移動させて息絶えた。目が覚めた息子神啓介は通信機からの父の声に告げられる。
海と陸を自由に動く事の出来る深海用改造人間=カイゾーグ、仮面ライダー]として生まれ変わったのだと。
 父の残したカイゾーグ用マシンクルーザーに乗りライドルスティックを手に彼は父を殺し世界を闇に覆わんとするゴッドと
戦い続けた。謎の協力者水城霧子とかっての恋人涼子の暗躍、二人の真の想いと死。ゴッド第一室長アポロガイストとの
死闘、巨人キングダークとのRS装置を巡る攻防、X3によるマーキュリー回路セット等を経て彼は遂にゴッドを倒した。ゴッド
壊滅後彼は他のライダー達とおなじく日本を離れ表向きは水生生物学者として世界を回り悪と戦い続けた。
 「武漢までどの位だい?」
 神は長江の雄大な景色を眺めつつ舟を操る船頭に尋ねた。
 「そうですねぇ、この分だと昼過ぎには着きますよ」
 船頭が漕ぎながら答えた。小柄ながらよく締まり日に焼けた肌を持つ初老の男性だ。何処か飄々として好い印象を受ける。
 「そうか、思ったより早く着くな」
 「近頃江の流れが速いですからね。旦那は確か日本から来なすったんですよね。こう言っちゃ何ですけれど旦那のお国
じゃあこんなにおっきな江はないでしょう」
 「うん。これだけの江はねえ。やっぱり長江は凄いね」
 「そうでしょう。まあこの江があるからあっし等も飯が食えるってもんです」
 「ははは、そうだね」
 船頭と朗らかに談笑するうちに波止場に着いた。
 「楽しい旅を有り難う。ちょっと寄ってみたいところがあるんだ」
 神はお金を渡しつつ船頭に言った。
 「というと黄鶴楼ですかい?」
 「う〜〜ん、それもいいけれどこの辺りの景色が気に入ってね。ちょっと見て回りたいんだ」
 二人は手を振って別れを告げ途を別にする。小舟が遠く水平線に消え神の目には幻想的な景色が映し出されていた。
 青く海の如き江の左右に霞を漂わせた山々が連なる。その木々は遠目からは限りなく黒に近い紫である。小舟が静かに
行き来し水面に波紋を形づくる。フゥッと吹いてきた風が水の香りを運んで来る。神はその景色と香りに完全に魅せられて
いる。
 「噂には聞いていたけれど凄いな。水質調査の依頼できたけれど呼ばれてラッキーだったな」
 古来より多くの詩人や画家にその美を謳われただけはある。そう感じた。ふと彼ののうりにある詩人の事が浮かんだ。
 「この長江に浮かんでいる月を取ろうとした詩人がいたな。確か・・・・・・李白だったな」
 「その通り。あんたもその李白と同じ様に溺れ死ぬのさ」
 「何っ!?」
 女の声だった。声のした方を振り向いた。そこには数名の戦闘員がいた。
 「ギィッ」
 棒を手に神を取り囲んだ。そして一斉に襲い掛かる。
 「ムッ」
 振り下ろされる棒をかわしそのみぞおちに拳を入れる。右から来る戦闘員の顎に蹴りを入れる。
 左の戦闘員を掴みすぐ後ろの一人に投げ付ける。残る二人のうち一人を手刀で倒すと最後の一人をチャージで水の中へ
突き落とした。
 「ギヒヒヒヒヒ、やるねえ。ライダーの一人だけはあるよ」
 先程の声が聞こえてきた。
 「クッ、何処だ」
 「ここだよ」
 水面から鞭が飛び出してきた。そして神の左足首に絡みつくとそのまま水中へと引き擦り込んだ。
 「ウワッ!」
 神はそのまま水中へ引き込まれた。激しい水飛沫が立った。
 「いくらライダーといえども水中でのうごきは鈍る筈さ。さあどうやって料理してやろうかねえ」
 水面の上から声がした。それを合図に三体の怪人が姿を現わした。
 鞭の無視はネオショッカーの酒豪怪人サンショウジンだった。左右にはゲドンの人喰い怪人ワニ獣人とブラックサタンの
トゲ怪人奇械人トラフグンもいる。
 「こちらは水生怪人ばかり。さて、楽しませてもらおうかねえ」
 サンショウジンが鞭を引き寄せようとする。だがその鞭は途中で断ち切られていた。
 「何っ!?」
 そこへ何者かが来た。サンショウジンと交差する。
 サンショウジンの下半身が水底へ落ちていく。暫くして上半身も落ちていき水底で爆発した。
 「甘く見てもらっては困る。俺はカイゾーグ、水の中での戦いは専門分野だ」
 「アゥッ!?」
 「エェヒィッ!?」
 先程サンショウジンを真っ二つにした何者かが残る二体の怪人達に言った。怪人達も声の方へ身体を向けた。
 「ギッ!?」
 「俺は]、仮面ライダー]。行くぞ!」
 横に赤い線の入った銀のバトルボディに黒の手袋と赤い胸、腰のベルトは黒と銀、その中央に赤い風車がある。マフラーは
黒に横の線と赤い]の字が入った柄であり、そのマスクは銀と黒が基調で何処か髑髏を思わせるフォルムであるがその紅
の両眼と額にある黒と赤の大小のアンテナ、口の部分のパーフェクターといったものが機械的な印象を与える。第五の
仮面ライダー、カイゾーグ仮面ライダー]である。
 「アゥアゥアゥーーーーッ」
 ワニ獣人がその巨大な顎を以って]ライダーの胴体を食い千切らんとする。しかし]ライダーはそれを上に泳いでかわす。
 「エェヒィーーーン」
 奇械人トラフグンが腰の棘を発射する。]ライダーはその棘をライドルで全て叩き落とした。
 後ろに回ったワニ獣人がその尾を振り回してきた。ライドルホイップが一閃する。獣人の尾は両断されてしまった。
 ]ライダーは水中で後ろに宙返りした。そしてホイップをワニ獣人の眉間へ切り付けた。獣人はドス黒い血を流しつつ水底
へと沈んでいった。
 のおった最後の怪人であるトラフグンは両手の刃を派手に振り回しつつ迫る。当初はそれを右に左にマンタの如き優雅な
動きでもってかわしていた]ライダーだったが頃合い良しと見たのか反撃に転じた。
 右から来るトラフグンの刃を両断すると返す刀で怪人の喉を刺し貫いた。
 怪人の腰に蹴りを入れその力でもって引き抜く。既に息絶えていた怪人はそのまま落ちて行き四散した。
 三体の怪人を倒し終えた]ライダーは波止場に上がり敵がいないのを確かめた後変身を解いた。バトルボディが服に
戻っていき仮面の左半分が顔に戻り、そして右半分も戻っていく。やがて神啓介へと戻っていた。
 「先輩達から話を聞いていたがやはり中国にもいたか。だとすればここにいる大幹部は誰だ」
 長江は先程の水中での死闘が嘘のように静まり返っている。戦闘員達の死骸も爆発してしまったらしく消えてしまっている。
調べられ得る物がなくなってしまっている事を残念に思いつつも彼はその場を後にして武漢へ向かった。
 
 

「作戦は失敗だ。神啓介は無事武漢に到着した」
 薄暗い基地の一室で一人の女がテーブルの上に置かれた水晶玉を覗き込んで言った。かのじょの言葉通り水晶には
バイクを折り現地の要人達に迎えられる神の姿が映し出されていた。
 この女の名を魔女参謀という。波がかった長い黒髪に巨大な金属の襟を持つ身体にピッシリと着くレオタードの様な服で
全身を包みその上から黒マントを羽織っている。レオタードの様な服で包まれた脚には銀のメタリックなブーツを履いている。
その整った顔立ちは下半分をベールで覆っているとはいえ妖艶さが漂っている。ジンドグマの四幹部としてその名を知られた
女である。
 トルコの黒海沿岸トラブゾン近郊のある裕福な家に生まれた。彼女の家は表向きは古い血筋を誇る名家であったがその真
の姿は呪術でもって人を殺していく魔術師の家であった。
 彼女も幼い頃より呪術を教えられ、成人する頃には稀代の呪術師としてアラブの裏の世界に知られるようになった。
 彼女に呪いをかけられ生き長らえた者はおらず多くの者が不可解な、そして無惨な死を遂げていった。同時に彼女は悪魔的に切れる頭脳でもってテロ活動も請け負いその怖ろしさはさらに知られるようになった。
 その呪術と頭脳をテラーマクロに買われドグマに入り大幹部の一人となった。だが悪魔元帥がテラーマクロとドグマの
在り方を巡り衝突し袂を分かつと悪魔元帥についた。ジンドグマにおいては悪魔元帥の片腕として辣腕を振るった。冷徹
にしてプライドが高く残忍な作戦を立案、指揮する事で知られている。
 「それ見た事か。所詮三体程度では]ライダーを倒す事など出来んのだ」
 側に立つ白スーツの青年が言った。ネクタイと手袋がスーツとは対照的に黒なのが印象的である。黒い髪と瞳を持つホリの
深い顔はギリシア彫刻の様だがそれ以上に冷酷さと傲慢さを漂わせている。
 「あいつはそうそう楽には倒せん。奴を倒すのはこの俺の仕事だ」
 「言ってくれるねえ。流石はゴッド第一室長だっただけはあるよ。けどあんたの仕事はあいつの相手をすることじゃあない筈
なんだけどねえ」
 やけにカン高く耳に障る気味の悪い声が聞こえてきた。
 「何?」
 「あんたの仕事は今までどおりライダーのデータを集める事。違ったかい?」
 嫌らしい笑い声と共に赤い服の女が暗闇からスーーーッ、と現われてきた。
 赤い服の上に裏地が緑がかった黒いマントを羽織っている。頭は巨大なケイトウの花そのものでありそこに両眼がある。
デルザーで最も細菌戦及び毒等を使用した作戦を得意とする改造魔人ドクターケイトである。
 古来より処刑場では多くの血が流れた。その血には刑死した囚人達の様々な思いが混ざっている。
 無実の罪を着せられた者、信頼していた主君や友人に裏切られた者、野望を未だ諦められぬ者、不仁不義の罪により
死ぬ者、生への執着を捨ててはいない者、他の者への憎悪で燃え盛っている者ーーーー。実に多くの様々な思念が刑場の
血にはある。
 こうした刑場の血を吸って花が咲いた。毒々しいまでの緑の蔦が伸び茂りその蔦に咲いた花であった。
 その花は非常に整った姿形をしていた。しかしその色はドス黒く濁った赤であり看守達も気味悪がり近寄ろうとは
しなかった。誰も近寄らなかったが花は相も変わらず咲いていた。
 ある夜のことだった。その日は何時にも増して処刑された者の多い日であった。花の一つから白い肌を持つ女が現われた。
その女は白い肌と紅の唇、緑の眼、黒い髪を持つ妖艶な美女であった。この世のものとは思えぬ美しさを持つこの女を
見た者は男であれ女であれ忽ち虜となってしまった。まるで引き寄せられるかのように皆この女に歩み寄った。歩み寄った者
は皆この世から去ってしまった。刑場の死刑囚達の最後の血を吸って生まれたこの女は人ではなく魔性の者だった。足の
つま先から髪の毛の一本に至るまで毒に満たされた魔物であった。刑場に咲く妖花の化身、人々はこの女をアルラウネと
呼んだ。
 アルラウネが生まれたのはフランス南部であった。アルビジョワ十字軍によるフランスカタリ派への弾圧やフランス革命に
よるジャコバン派の弾圧と血生臭い惨劇が絶えなかった地である。旧教徒と新教徒の対立もあった。アルラウネはこの地に
根を下ろし人々の血を吸い毒を撒き続けた。この女の行く所生ある者は皆死に絶えドス黒く変色した屍が累々と転がって
いた。長きに渡ってこの地は魔物が君臨する地となった。
 事態を憂慮したローマ=カトリック教会は退魔師を送った。炎の術を得意とするバチカンでも名うての退魔師の一人だった。
彼はアルラウネを追い続けボルドーに近いある十字路で遂にこの女を捕らえた。
 闘いは壮絶なものであり長きに渡った。しかし遂に退魔師の炎術が妖女を捕らえ焼き払った。ここに妖女アルラウネは
滅び去り南フランスは魔性の者の忌まわしきくびきから解き放たれた。
 このアルラウネの子孫こそドクターケイトである。奸智に長け残忍な気象の女であり卑劣な作戦で恐れられている。
 「ドクターケイトか。わざわざ持ち場を離れて御苦労なことだな」
 ケイトの皮肉に対し男も皮肉で返した。
 「ゲヒヒヒヒヒ、あたしの方は順調なんでねえ。あんたの顔を見に来てやったのさ」
 「ほう、それは有り難い。それにしてもかなりはかどっているようだな」
 「あたしを誰だと思っているんだい?あのアルラウネの子孫さよ」
 「侮蔑していた人間風情に負けたあのアルラウネ、だな」
 男の言葉にケイトは眉をピクリ、と動かした。
 「・・・・・・あたしを馬鹿にするつもりかい!?」
 「馬鹿にするつもりは無い。ただ事実を述べたまでだ」
 「クッ・・・・・・」
 ケイトは手にした杖を向けた。先がケイトウの花になった奇妙な杖だ。
 「ほう、やるつもりか?言っておくが俺は伊達にゴッド秘密警察取り仕切っていたわけではないぞ」
 余裕綽々といった口調で言う。その口調がケイトの神経をさらに逆撫でした。
 「止めよ、両人共」
 そこへ魔女参謀が間に入った。
 「今は互いに争っている場合ではない。]ライダーを倒し中国おける我等が作戦を成功させねばならんのだ」
 「ク・・・・・・そうだったね。あたしが軽率だったよ」
 「ふむ」
 二人は構えを解いた。
 「あたしは自分の持ち場へ帰るとするよ。これからの準備もあるしね。魔女参謀、]ライダーはあんたに頼んだよ」 
 「うむ」
 ドクターケイトはそう言うと闇の中へ消えていった。後には二人が残された。
 「ケイトめ、帰っていったか。シンガポールへ出向いたり何かと忙しい奴だ」
 「うむ。ところで貴公はどうするつもりだ?私と共に]ライダーと戦うか?」
 「それも良いな。奴の今の力を知るには刃を交えるのが一番だ。それに」
 「それに?」
 男が口の端だけで笑った。
 「奴を倒すのはこの俺だ。この俺以外の者が]ライダーを倒す事は許さん」
 「そうか」
 「だからといって作戦を妨害する気は無い。然るべき場で]ライダーと戦いその地を奴の墓標にしてくれる」
 「成程、ではその地はここでどうか?」
 右手に持つキセルで壁に掛けられている地図のある地を指し示した。男はその地を見てニヤリ、と笑った。
 「そこか。成程、奴と雌雄を決するにはうってつけの地だ」
 男は不敵に笑った。そして暗闇の中二人はそれぞれ部屋から消えていった。



 武漢に到着した神啓介はこの地の学者や役人と今後の打ち合わせをした後ホテルへ行きそおで一晩休んだ。次の日は
午前に水質調査を終え昼食となった。武漢で獲れた鯉を油で揚げたものをメインに江の幸と野菜をメインにした中々豪勢な
ものであった。
 昼食の後神は一人観光に出た。目的地はこの武漢の名物黄鶴楼である。
 赤く幾層にも重ねられたこの楼は蛇山にある。優雅な庭園もありその屋根は全て見事なまでに反り返っている。遠く唐の
時代よりありここから見下ろす景色は実に美しい。何度も焼失しており今の楼は一九八五年に建てられたものである。幾度
となく甦りその美しい威容を世の者達に見せ続けている。
 神は楼の最上層に登った。そしてそこから武漢、そして長江を見下ろした。
 「凄いな、わざわざ一番上まで登ったかいがあったもんだ」
 思わず感嘆の声を漏らした。それ程までにここから見られる景色は素晴らしかった。
 「縁があったらまた来たいな。今度は仕事抜きで」
 「そう、仕事なのが生憎だよ」
 「それはお互い様だろう」
 後ろから日に焼けた肌のアジア系の男が出て来た。引き締まった顔と身体に白の上着、青いシャツ、黒ズボンという
いでたちである。
 「インターポールから派遣されてきた滝和也だ。よろしくな」
 スッと右手を差し出した。
 「神啓介です。こちらこそ宜しく。お話は本郷さんと一文字さんから窺っています」
 そう言うと滝の右手を握り返した。
 「だったら話は早いな。俺がここへ来た意味も聞いてるな」
 「ええ、市長の方から内密に。俺にここへ来てもらった本当の理由と一緒ですね」
 「そうだ。俺達とは別にここへ来ている連中をどうにかする為だ」
 滝も神と並んで武漢と長江を見下ろせる場所に出た。
 「死んだ筈の奴等が棺桶から出て来て何やらおっぱじめようとしている。あんたもそれは本郷とかから聞いているだろう」
 「ええ。それに昨日会いましたし」
 「何っ、もう攻撃を仕掛けてきたっていうのか!?」
 滝は思わず声を上ずらせた。
 「はい。怪人もいましたよ。それも三体」
 「怪人までか・・・・・・。どうやらここでも相当派手な事をしでかそうと考えてるな」
 でしょうね。現に今ここにも来ていますよ」
 神が上半身を後ろへ反らすとそこへ槍が突き出されてきた。神はその槍を掴むと思いきり引っ張った。槍の持ち主である
戦闘員がバランスを崩しそのまま楼から落ちていった。
 「岸辺の奴等の仲間かっ!?」
 「どうやらあんたもこいつ等と付き合いがあるらしいな。じゃあやるか」
 「こんな目立つ所で戦いたくはなかったけれど仕方ないな。どうやらどうしても相手をして欲しいらしい」
 後ろから、左右から戦闘員達が現われてきた。それぞれ手に得物を持ち十重二十重に取り囲んでいる。
 神は右、滝は左へ移った。そして迫り来る戦闘員達を次々と倒す。ある者は手摺りにもたれる様にして倒れある者は最初の
者と同じく楼から投げ飛ばされる。
 やがて全ての戦闘員が倒された時だった。辺りを警戒する神に対し何者かが吹き矢を放ってきた。
 「誰だっ!」
 吹き矢が飛んで来たのは楼の下からだった。そこへ目をやると十名程の戦闘員達と魔女参謀がいた。
 「女の幹部か」
 「その通り、ジンドグマきっての妖術の使い手魔女参謀、以後憶えてもらおう」
 神と滝は魔女参謀達へ向けて飛び降りた。たちまち数人の戦闘員が襲い来る。
 「そうはさせないっ!」
 「行くぞっ、魔女参謀!」
 剣を手に襲い来る戦闘員を肘で倒し投げ飛ばす。投げ飛ばされた戦闘員の一人が庭園の池へ落ち家鴨が逃げ飛び亀が
水の中へ潜っていく。
 二人は退く魔女参謀を追う。だがその前に新手の戦闘員達が得物を手に次から次へと現われて来る。
 戦闘員達を倒しつつ二人は魔女参謀を追い詰めんとする。やがて二人は蛇山を出麓の誰もいない広場に出た。
 「ここで戦うつもりか?」
 二人はこちらへ向き直ってきた魔女参謀と対峙している。かってジンドグマでその知略を知られた者を前にしているだけに
二人は紀を張り詰めている。
 「さあ、どう来るつもりだ」
 「怪人か罠か、それとも貴様自身が相手してくれるか」
 少しずつ間合いを詰めようとする。だが魔女参謀はその二人に対し不敵に笑った。
 「心配するな、私は貴様等と戦うつもりは無い」
 「何っ、では何故黄鶴楼で襲撃を掛けて来たのだ」
 「あれはほんの小手調べ。二人共噂に違わぬ腕前。これからが楽しみな事。特に神啓介今回はそなたに伝言を伝えに
来た」
 「何、伝言!?」
 神はその言葉に顔を顰めた。
 「そうだ。アポロガイストからな」
 「アポロガイスト!?」
 彼はその名を聞いて表情を一変させた。
 「もうすぐそなたの前に現われるとな。その日を楽しみにしていると」
 魔女参謀はそう言うとマントを翻し姿を消した。
 「アポロガイストが・・・・・・」
 「知っている奴のようだな」
 滝は怪訝そうに聞いた。
 「ええ。俺との勝負に異常なこだわりを持っている奴でしてね。おそらく正々堂々と正面から闘って勝ちたいのでしょう」
 神はそう言いながらその男の姿を脳裏に思い浮かべた。
 「成程な。ライバルか。じゃああんたも全力で倒さないとな」
 「ええ」
 滝は神の横顔を見た。そこには対決を前に一人静かに燃える男の顔があった。

 暫くして二人は敵の作戦の意図を掴んだ。役から電話があったのだ。
 「どうした?」
 “滝さん、大変な事が解かりました”
 その声は普段と変わらず冷静なものであったがその口調から深刻かつ危機的な話が語られるであろうと彼は察した。
 「大変な事?一体何だ?」
 滝は覚悟を決め聞いた。
 話を聞くにつれ彼の顔から血の気が失せていった。瞳孔が開きだし身体が震える。
 「おい、その話は本当か、他の連中が故意にリークした偽情報とかじゃないのか!?」
 声まで震えている。
 “残念ながら。場所と配置されている怪人達の顔触れを見る限り。それに”
 「それに・・・・・・!?」
 滝は今から語られる事が決定打だと確信した。
 “指揮を執っているのはドクターケイトです”
 「あいつか、だとすれば間違い無いな」
 滝は窓を見た。長江の上流の方を。
 「すぐ行く。何としてもそれだけはさせん、絶対にな」
 “お願いします。今そちらで動けるのは滝さん達しかいません”
 「ああ、任せろ」
 携帯を切ると神を呼んだ。彼も話を聞き血相を変えた。そして二人は急いで部屋を出た。
 
 三峡ダムは長江最大のダムである。あの地に毒を流せばその犠牲は計り知れないものとなるのは火を見るより明らかだ。
 その地に彼等はいた。人目を忍ぶようにして蠢いている。
 「万事抜かりは無いね」
 ドクターケイトはダムの堤防の上で配下の戦闘員達に問うた。
 「ハッ、全て整いました。後は作戦を決行するだけです」
 先頭の戦闘員が敬礼をして答えた。
 「そうかい、ならいいんだよ」
 報告を受け杖を振りつつ不気味な笑いを出した。
 「そして御前達がそれぞれの毒を流す。これで長江流域の生物は全て死に絶えてしまうよ」
 後ろにいる怪人達を振り返って言う。ショッカーの毒花怪人ドクダリアン、デストロンの昆虫怪人ゴキブリスパイク、ゴッドの
予言怪人ユリシーズ、ドグマの毒泡怪人ガニガンニーの四体である。いずれも毒や化学兵器を使う怪人達である。
 「あの鬱陶しい]ライダーが来ないうちにやるんだよ。折角頭良く生まれたんだ、上手く使わなきゃねえ。さあもうすぐ
人や他の生物が悶え死ぬ姿が見れるよ。ゲヒヒヒヒヒヒ」
 またもや不気味な高笑いを発する。杖を振り上げ作戦決行の合図をしようとしたその時だった。
 「そうはさせんっ!」
 堤防の上を駈けて来るクルーザー。それに乗るは仮面ライダー]である。
 「な・・・・・・。]ライダー、どうしてここに!?」
 「貴様等の企みは全て白日の下に晒される運命にあるのだ、この世に人が、ライダーがいる限り悪の栄えた例は無い。
行くぞっ!」
 クルーザーから跳躍して降り立つ。腰からライドルを引き抜きそれを後ろに立てて構えを取った。
 「ぬうううううっ、こうなったら予定変更だ。作戦遂行の前に]ライダー、貴様から血祭りにしてやるよ!」
 ケイトの号令一下怪人と戦闘員達が]ライダーを取り囲む。三峡ダムを、多くの人々の命を守る為ここに決死の興亡が幕
を開けた。
 「ガニイイイイーーーーーッ!」
 ガニガンニーが左手の鋏を使い次々に突きを浴びせて来る。]ライダーはそれをライドルスティックで全て打ち払い逆に
怪人の眉間に突きを入れた。
 「ガギィッ」
 怪人は呻き声を漏らし倒れ込む。だがその左手の鋏で足下を薙ぎ払って来た。
 「させんっ!」
 ]ライダーはそれをジャンプしてかわす。そおれと同時にライドルを振り被った。
 「ライドル脳天割りっ!」
 振り下ろされたライドルがガニガンニーの固い甲羅も頭脳も全て撃ち砕いた。怪人は口から泡を噴き出し爆死した。
 「キヒヒヒヒヒ」
 笑い声を発しながらナイフを投げて来る戦闘員、しかしそのようなものが通用する筈もなく次々とライドルで打ち倒されていく。
 「スパーーーーィク」
 ゴキブリスパイクが奇妙な叫び声を発しつつ右腕のスパイクを降り回して来る。 
 ]ライダーはライドルをスティックからホイップへと切り換えた。
 振り下ろされるその右腕をきり落とした。そして返す刀でライドルを真一文字に一閃させる。怪人は中央からゆっくりと左右に
分かれていきそれぞれ別に爆発した。
 これで怪人は残り二体となった。僅かに残った戦闘員達と共に前後から]ライダーを挟み撃ちにせんとする。
 まず後ろのドクダリアンが襲い掛かる。だが]ライダーの後ろ蹴りが腹を直撃し動きを止める。
 時間差でユリシーズが迫る。右手に持つ剣で]ライダーの首を断ち切らんとする。
 ]ライダーはその一撃を後ろに跳びかわす。そして手近の戦闘員を投げ付け動きを止める。その間に二怪人が自分の前に
来るように位置を変えた。
 ようやく起き上がってきたドクダリアンが来る。しかし]ライダーはその喉へ突きをいれライドルをロングポールへ切り換え
思いきり上へ振り上げる。
 「ヒィーーーーアーーーーッ」
 空を飛び対岸に激突し爆死して果てた。これで残るはユリシーズのみである。
 ]ライダーは一気に片をつけるべく跳躍した。そしてライドルスティックで大車輪をし更に力をつけ頂点においてその勢いを
付けた身体を大きく伸ばし全身で]の文字を形作った。その後急降下してきた。
 「]キィーーーーーック!」
 叫び声と共にユリシーズへ急降下し蹴りを浴びせる。直撃を受けたユリシーズはそのまま吹き飛ばされた。フラフラと
起き上がったが力尽き倒れ爆死した。
 「おのれ、よくもあたしの可愛い部下達を・・・・・・」
 「ドクターケイト、残るは貴様だけだ、行くぞ!」
 ライドルスティックを後ろに構え左手の平を前に突き出す。対するケイトも巨大な杖を両手に持ち構えた。
 「これでもお受け!」
 ケイトが右手から数本のナイフを投げる。]ライダーはライドルでそれを弾き返した。
 ナイフが全てコンクリートに突き刺さる。するとその突き刺さった場所がシュウシュウと白い煙を出して溶けていく。
 「なっ!?」
 「ギヒヒヒヒヒ、これがあたしの力さ」
 ケイトは気味の悪い笑い声を出した。
 「このドクターケイトは妖花アルラウネの末裔、身体には血の替わりに猛毒が流れているのさ。あたしに触れたものは皆
醜くただれて腐っちまうのさ」
 「ムウゥ・・・・・・」
 「貴様も腐らせてあげるよ、覚悟しな!」
 杖の先を]ライダーに向けた。
 「死ねぇいっ!」
 杖から毒々しい緑色の液体が噴き出る。]ライダーはそれをジャンプでかわす。
 「ムッ!」
 液が浴びせられた場所がドス黒く醜く変色し溶けていく。
 「成程ねえ、大した身のこなしだよ。けど何時までそれが続くかねえ」
 「何を・・・・・・」
 空中でライドルをロングポールに切り換え突きを入れる。突きがケイトの胸を貫いた。だがそこにケイトはいなかった。
 「何っ!」
 着地する]ライダー。後ろから声がした。
 「あたしはここだよ」
 再び液を吹き掛ける。それを横に動きかわす。状況はケイトのペースであった。
 「じゃあこれはどうだい?」
 サッとマントを翻した。
 「ケイト毒花吹雪!」
 ケイトの全身から血の様に赤い花びらが巻き起こる。ケイトが再びマントを翻すと花びらが吹雪となり]ライダーを
包み込んだ。
 「うおおっ!」
 花びらが]ライダーの身体に付着すると瘴気を出しつつ焼け爛れる。全身をその花びらが包んだ。
 「ぐうう・・・・・・」
 ガクリと膝を着く。かなりのダメージである事は明らかだった。
 「どうだい、毒花吹雪の味は。一度浴びると堪えられないだろう」
 残忍な、勝利を確信した声で言った。
 「この花びら一枚で象さえ殺してしまうんだよ。改造人間といえど立っていられるだけでもやっとの事だろうねえ」
 ナイフを取り出した。
 「すぎには殺さないよ。ゆっくりと時間をかけて殺してあげるからねえ」
 ナイフを放つ。だがそれはライドルによって弾かれてしまった。
 「ほお」
 ケイトは声を漏らした。そこには明らかに余裕があった。
 「粘るねえ。けれどそれは無駄な努力ってもんだよ」
 「・・・・・・無駄な努力だと」
 ]ライダーは両足だけで立ち上がった。
 「無駄な努力などというものはこの世には存在しない。努力は必ず報われる。・・・・・・そしてドクターケイト、貴様の邪な
計画、この仮面ライダー]が必ず砕く!」
 「言ってくれるねえ、満足に動かないその身体で。じゃあせいぜいあがいて死ぬがいいさ!」
 杖を振りかざし襲い掛かる。]ライダーもライドルで応戦する。激しい打ち合いがはじまった。
 打ち合いは百合を超えた。体力的には明らかにケイトに分があったが基の技量と気迫に勝るライダーがかろうじて勝負を
五分に持ち込んでいた。
 「やってくれるねえ、ゴッドを叩き潰しただけはあるよ」
 ケイトは肩で息をしながら言った。
 「言った筈だ、必ず勝つと」
 ]ライダーもよろめきかける身体で言葉を返した。
 「じゃあもう一回これを浴びるんだね。今度こそ確実に死ぬよ」
 間合いを話マントを翻した。再びあの赤い花びらが巻き起こる。
 ]ライダーはそれを落ち着いて見ていた。
 (奴は花の化身だ。だとすれば火には無力な筈)
 ケイトの姿を見て思った。
 (そこを衝けば勝てる。だがどうすれば)
 ケイトがもう一度マントを翻そうとする。時間が無い。その時ふと手に持つライドルに気が付いた。
 (・・・・・・これだ!)
 ライドルを両手に持つと胸の前で風車の様に激しく旋回させはじめた。
 「フン、そんな事しても無駄だよ!」
 マントが翻った。吹雪が襲い来る。
 「死になぁっ!」
 だが]ライダーはそれに対しライドルを回し続ける。その速さは何時しか音を越え何やら赤いものまで見えはじめていた。
 「よし、今だ!」
 ライドルを放った。凄まじい唸り声をあげつつケイトへ迫る。
 毒花の吹雪を吹き飛ばす。
 「クッ、それが狙いかい!」
 舌打ちするケイト、だがそれで終わりではなかった。
 激しく旋回するライドルに炎が宿った。ライドルは燃え盛る火車と化しケイトに襲い掛かる。
 「ギェエエエエエエエエッ!」
 この世のものとは思えぬ叫び声が沸き起こる。火車はそのままケイトの胸を直撃したのだ。
 「・・・・・・上手くいったな」
 ]ライダーは全身を焼き尽くさんとする炎を床を転がりつつ必死に消そうとするドクターケイトを見て言った。
 「ライドル火炎地獄、我ながら怖ろしい威力だな」
 「クッ、ライドル火炎地獄だって・・・・・・!?」
 まだくすぶり続ける炎に身を焦がさせ苦しんでいるケイトが顔を上げた。
 「ライドルを旋回させその摩擦熱で火を生じさせたのだ。ケイトウの化身である貴様には炎が最も効くと思ったのでな」
 「クッ・・・・・・」
 「その通りだったな。最早貴様には闘う力は残っていない」
 「おのれ・・・・・・」
 止めを刺さんと跳躍しようとする。その時だった。
 「止めろドクターケイト、貴様の負けだ」
 ケイトの後ろから声がした。そこにはあの白服の男が立っていた。
 「アポロガイスト!」 
 ]ライダーは彼を見て叫んだ。
 「加勢でもするつもりかい!?いらぬお世話だよ。]ライダーはあたし一人で倒してやるよ」
 「その様でか?」
 アポロガイストはケイトの強がりに対し冷たく言い放った。
 「切り札を破られ火で重傷を負った貴様に]ライダーを倒す力は残っていない。悪い事は言わぬ。この場は退け」
 「うう・・・・・・」
 だが言い返す事は出来なかった。これ以上の戦闘が不可能である事は自分自身がよく解かっていた。
 「早く撤退しろ。後は俺が引き受ける」
 「クッ、じゃあそうさせてもらうよ」
 ドクターケイトは忌々しそうにマントで身を包んだ。そしてその中に消えていった。
 「クッ、アポロガイスト・・・・・・」
 ]ライダーはライドルを手に取り宿敵と対峙せんとする。だが力が足りない。ガクッ、と片膝を着いた。
 「今の貴様では俺は倒せん。万全の状態でない貴様の相手なぞするつもりは無い」
 「クッ・・・・・・」
 「くれてやる。これを飲み毒を癒すがいい」
 そう言って一つの瓶を]ライダーに投げ与えた。
 「これは・・・・・・」
 「解毒剤だ。そrを飲んだなら二日後には毒が完全に癒えているだろう。洞庭湖で待っている」
 そう言うと踵を返した。
 「それまでその身体預けておく。傷を癒し力と技を磨いておけ」
 アポロガイストは立ち去っていった。後ろから自分の名を呼ぶ滝の声が聞こえて来た。彼は別の場所で戦闘員達の別働隊
と戦っていたのだ。



 二日後の朝早く神啓介はマシンで武漢を発った。遠ざかりみえなくなっていくマシンを滝はホテルの自室の窓から見送っていた。
 「決闘か。健闘を祈るぜ」
 滝はもう見えなくなってしまった神の背に言葉を掛けた。
 「ライダーってのは因果なものだな。何時でも戦いから避ける事は出来ない。そして人々の為、世界の為に死ぬ事すら
許されないしな」
 滝は今まで共に戦ってきた二人のライダー、そしてライダーマンに想いを馳せた。どのライダーも素晴らしい戦士達だった。
改造人間としての悲しみと悪への怒りを仮面の下に秘めただ平和の為、人々の為、そして世界の為に戦い続ける。その
姿をいつも見てきたのが立花藤兵衛であり彼であるのだ。
 「必ず勝って帰って来いよ」
 滝はそう言うと部屋を出た。そして彼の任務に向かった。

 中国の長い歴史においては分裂と動乱の時代も長い。五胡十六国然り五代十国時代然り。その中でも後漢末からの
三国時代は有名であり古来より小説や演劇の題材として取り扱われてきた。我が国においても小説や漫画にされる事
が多い。
 多くの魅力ある人物が登場するが特に有名な人物の一人として曹操がいる。中原を制圧した彼が次に江南の支配を
狙って南下した時にそれを迎え撃つ孫権の軍と対峙したのがこの赤壁である。ここでの戦いは『三国志演義』において前半
最大の見せ場となっておりこの戦い以後時代は三国鼎立へ大きく進む事になる。
 江が横に広がり湖となっている。水は土の為か赤くなっており何処かその名を彷彿とさせる。古戦場だけあり物々しい
雰囲気を漂わせている。
 神啓介はその東岸を進んでいた。やがて目の前に一人の男が見えてきた。
 「よくぞ来た、神敬介」
 赤く中央に銀の線が入り両脇に羽飾りを付けた仮面を被っている。胸を赤く太陽の光の様に彩った黒いバトルボディを
身に纏い腰には赤と黒のベルトを巻いている。羽織っているマントは白である。右手は注射針に良く似た形状になっており
フェシング状のサーベルを中心に三つの銃口がある。左手には太陽の形を模した盾がある。縦の外側には無数の小刃が
備えられている。彼こそアポロガイストの戦闘態である。
 ギリシアのオリンポス山の近くに広大な所有地を持つ貴族の家の嫡男に生まれた。彼の家は代々多くの有能な軍人を
輩出した名家であり彼も軍人となるべく育てられた。士官学校を優秀な成績で卒業した後に軍において華々しい武勲を
挙げ続けた。戦禍により彼の家の者は皆死んでしまったが鉄の如き冷徹な心を持つよう育てられた彼は悲しむ事は無かった。その軍人としての有能さと冷徹さに注目したゴッド総司令は彼を組織に勧誘した。祖国への忠誠はもとより希薄な彼で
あったが素性の知れぬ組織への不安もあり当初は断っていた。しかし総司令の再三の勧誘と何よりもこれまで以上の
力と戦いを得られるという事に魅せられゴッドに入った。殺人マシーンとの異名をとりゴッドにとって邪魔となる者を次々と
排除し作戦を遂行していく彼はその非常な性質もあり見方からも怖れられる存在であった。
 「アポロガイスト、二度もこの世に甦って来るとはな」
 マシンから飛び降りアポロガイストの方へ歩み寄りつつ言った。
 「全ては貴様をこの手で倒す事。偉大なる我等が神の力により甦ったのだ」
 「俺を倒す事か・・・・・・。ならば復活したその力、どれだけ強くなっているか確かめさせてもらおう」
 「それはこちらの台詞だ。さあ来い神啓介、っ仮面ライダー]となってこの俺と闘うのだ!」
 「それはこちらも望む所・・・・・・。行くぞ!」
 神はヘルメットをマシンの上に投げ両腕を大きく動かしはじめた。
 
 大変身
 両腕を真上に上げそこから真横へゆっくりと動かしていく。腕の動作と共に腰に風車のベルトが現われ手首と足首が黒の
手袋とブーツに覆われ身体も銀のバトルボディに覆われていく。
 エーーーーーックス!
 掛け声と共に右手を左斜め上へ突き出し左手は拳を作り脇へ入れる。顔の右半分が仮面に覆われ左半分も覆われる。
腰のベルトが強い光を発しその光が全身を覆う。

 「行くぞっ、アポロガイスト!」
 腰からライドルホイップを抜き前で]の文字を描き宣言した。
 「喰らぇい!」
 まず攻撃を仕掛けてきたのはアポロガイストだった。右手を]ライダーへ向け三連発の銃を発射する。
 「トォッ!」
 ]ライダーはそれを跳躍でかわした。ライドルをスティックにしてその脳天を叩き割らんとする。
 「甘いぞっ!」
 アポロガイストはあおれをサーベルで受け止めた。そして鍔迫り合いに移る。
 両者跳び退き斬撃を繰り出し合う。上に下に縦横無尽に撃ち合い火花を散らし合う。
 剣撃破]ライダーの方がやや有利だった。状況を悟ったアポロガイストは間合いを離すと左手の盾を]ライダー目掛け
思いきり投げ付けた。
 「ガイストカッターーーッ!」
 盾が唸り声を叫びつつ]ライダーへ向かって来る。小刃が激しく回転し乾いた地に砂埃を巻き起こさせる。
 「やらせん!」
 ]ライダーはそれを横にかわす。反転し後ろから背を切り裂かんとする。
 そこへアポロガイストが銃口を向ける。かわしたところを狙い撃ちするつもりなのだ。
 それに対し]ライダーは一気に間合いを詰めてきた。これならばアポロガイストも射撃出来ない。止むを得ずサーベルで
切り払わんとするがそれをホイップで受け止めつつ横へ滑る様に跳んだ。
 ]ライダーを狙ったガイストカッターが今度は主を両断せんと迫る。激しい衝撃音が辺りに響いた。
 しかしアポロガイストは死んではいなかった。盾を左手で受け止めていたのだ。
 「成程な。あの頃とは比較にならぬ程腕を上げているな」
 アポロガイストは盾を元の形に持ち直しつつ余裕を含んだ声で言った。
 「それはこちらの台詞だ。本当に今まであの世で眠っていたのか」
 ]ライダーも言葉を返した。
 「地獄で亡者や悪魔共を相手に腕を磨いていたのだ。全ては貴様との決着を満足のいく形で着ける為にな」
 「そうか。ならばその決着今ここで着けてやる」 
 「当然だ。その為にこの場に貴様を呼んだのだからな」
 構えをとりつつゆっくりと時計回りに回り互いの隙を窺い合う両者。そこへ何者かの声がした。
 「待てアポロガイスト、その勝負はお預けだ」
 影が現われた。魔女参謀だ。
 「魔女参謀か。手出しは無用だ」
 アポロガイストは素っ気無く言った。
 「本部からの指示だ。今すぐこの地から撤退せよとの事だ」
 「・・・・・・・・・本部からか」
 アポロガイストは多少忌々しげに言った。その声には明らかに未練があった。
 「まあいい。]ライダーよ、この勝負は預けておく」
 「・・・・・・そうか」
 ]ライダーも退いた。アポロガイストは間合いを離した。だが攻撃を仕掛ける気配は無い。
 「いずれこの続きをしよう。さらばだ」
 そう言うとマントを上から被った。そして白いスーツの青年に戻った。
 「マシーーーン!」
 そして一声叫んだ。すると黒いマシンが]ライダーの左手から姿を現わしてきた。無人であった。
 マシンはアポロガイストの前で止まった。そしてアポロガイストはそれに乗った。
 アポロガイストはそのままその場を去った。]ライダーの方を振り向こうとはしなかった。ただ無言で去って行った。
 「・・・・・・行ったか」
 ]ライダーはその後ろ姿を見送った。彼も好敵手を後ろから狙うつもりは無かった。真正面からぶつかり合い、全力を
尽くして勝ちたかったからだ。
 ]ライダーは変身を解いた。そして神敬介の姿に戻るとその場を後にした。
 


「おい、もう行くのか」
 「ええ、アポロガイストとの闘いではさしてダメージを受けていませんし」
 武漢のホテルの前で滝はマシンに乗る神敬介を見送っていた。
 「つっても昨日闘ったばかりじゃないか。疲れもあるだろう」
 「これ位何でもありませんよ、ライダーなら」
 「ライダー・・・・・・。そうだったな」
 神がにこやかに笑って言った。滝もそれに対し笑みを返した。
 滝が良く知る二人のライダーは度重なる死闘により常に傷を負っていた。しかしそれを決して人に見せる事は無く自らの
命を賭して戦ってきたのだ。
 「次へ行くのは上海だったな」
 「はい、魔女参謀達はおそらく残った戦力を引き連れ長江を下っていると思われますので」
 「あそこは厄介だぞ。何せ潜り込むにはうってつけの場所だからな」
 「それでも構いませんよ。見つけ出すだけです」
 「そうか。じゃあここで一先お別れだな」
 そう言ってスッと右腕を差し出す。
 「はい」
 神も手を出した。
 二人は手を固く握り合った。それは力強い戦死の握手だった。
 神敬介はマシンのエンジンをかけた。爆音を立ててエンジンが動きはじめる。
 滝は上海の方へ向けて駆けていくマシンをその姿が完全に見えなくなるまで見送っていた。そして一言言った。
 「俺も行くか」
 滝はホテルへ向かった。暫くして地下の駐車場からジープのエンジンの音が聞こえてきた。

 
 青き江の妖花   完


                                  2003・12・27
 

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