第一章      無名の戦士達の死闘
「監督・・・・・・」
 藤井寺球場の一塁側ベンチに陣取る西本幸雄に声をかける男がいた。
「どないした」
 西本は声のした方を振り向いた。
 近鉄バファローズを率いる闘将西本幸雄。かって大毎、阪急を率い両チームを優勝に導いた男である。立教大学時代には
主将を務め戦争中は高射砲部隊の将校であった。戦争後アマ球界を転々とし選手達の食べ物を必死に調達しながら野球を続けていた。そしてプロ野球界に入り毎日の一塁手となった。
 それからコーチを経て毎日が大映と合併し太毎となると昭和三五年監督となった。そして就任一年目にしてチームを優勝させた。だが日本シリーズでは魔術師三原脩の知略の前に一敗地にまみれ監督を解任された。
「全力で走ったがアンパイアはアウトを宣告しおったわ」
 彼は解任された時そう言った。第二戦でのスクイズ失敗をオーナーである永田雅一に責められたのだ。
 そして阪急のコーチになり監督となった。弱小であった阪急を一から鍛えなおし五度の優勝に導いた。
 だがその時球界に君臨していたのはあの巨人であった。王や長嶋を擁し圧倒的な戦力を誇る巨人の前に常に破れ続けた。
 とりわけ昭和四六年のシリーズは今でも語り草になっている。阪急の若きエース山田久志。彼は第三戦で九回まで好投を続けていた。
「今日は阪急の勝ちやな」
 誰もがそう思った。だがそこに魔物が潜んでいた。
 エラー等でランナーを二人背負った。そしえ左打席に王が入った。
 山田は投げた。王のバットが一閃した。
「あの時の打球はとても忘れられるもんじゃない」
 この試合でライトを守っていた阪急のスラッガー長池徳士は言った。王の打球は後楽園のライトスタンドに突き刺さっていったのである。
 そして勝負は決した。試合だけではなかった。シリーズ全体も決めた一打であった。
 山田は立てなかった。数多くの本塁打を浴びてきた彼だがこの時は流石に立てなかった。
 そんな彼を迎えに来たのが西本であった。彼は鉄拳制裁で知られる厳しい人物であったが同時に温かい心も持っていたのである。
「写真でセーフでも選手達がアウトと言うからアウトなんだよ」
 昭和四四年のシリーズではこういう発言もした。巨人の土井正三のホームを阪急の捕手岡村浩二がブロックした。
土井は後ろに吹き飛ばされた。誰が見てもアウトであった。
 だが審判はセーフと判定した。これに球場は騒然となった。
 とりわけ岡村は激昂した。何しろ自分がブロックしたのだから。審判に暴行を働き退場となった。シリーズ唯一の退場である。
 このブロックが決め手となった。巨人は攻勢に出て試合を決めた。そしてシリーズの流れも決まった。
「あの審判を叩き殺せ!」
 阪急ファン達は激怒した。彼等の多くは関西人である。ただでさえ巨人を忌み嫌う土地柄である。しかも当時は今よりも遥かに巨人寄りと言われる審判が多かった。その代表として昭和三六年のシリーズでの円城寺である。彼はその試合で今尚疑惑と言われる判定を行なっている。
 だが翌日の新聞では土井の足は岡村のブロックをかいくぐりホームを陥れていた。土井の見事なかいくぐりであったのだ。
「だがね、選手達はそう言ったんだよ」
 彼はそれを見てもあくまでそう言った。彼は選手達を心から信頼していたのだ。
 阪急はこうして五度のシリーズ全てに敗れた。西本は昭和四八年プレーオフで野村克也率いる南海の奇計の前に敗れると阪急の監督を退いた。そして今度は近鉄の監督になった。 
 近鉄はこの時弱小球団に過ぎなかった。阪急と同じく人気もなく誰も振り向くことはなかった。
「御前等のことはよう知っとる。だから来たんやからな」
 西本は選手達を前にしてそう言った。そして再び拳骨と熱い心をもって選手達を一から鍛えなおした。
 それから五年経った。近鉄は今この試合に勝てば三年振りにプレーオフに進出することが出来る。
 思えば長かった。前回の昭和五〇年は敗れている。今度こそは勝ちたかった。しかし
「鈴木の身体がカチカチです」
 そこにいたのは近鉄のトレーナーであった。彼は西本に対し青い顔をして報告した。
「そうか」
 西本はそれを聞いて一言そう言うと静かに頷いた。
 鈴木啓示。近鉄、いや球界を代表する左腕である。彼はこの試合の先発であった。
 『草魂』これは彼が作った言葉である。彼は自宅のベランダにコンクリートを突き破って生える草を見てその言葉を作ったと言われている。
 昭和四一年に入団した。常に走り遊びもせず己が身体を鍛えた。そして弱小球団であった近鉄において投げ抜きチームを支えていた。速球と抜群のコントロールが武器であった。
 だがその速球も次第に翳りが見られるようになった。それと共に勝ち星も奪三振数も減っていった。
 その時に近鉄の監督となったのが西本であった。彼は鈴木をことあるごとに怒鳴りつけた。
「あの阪神の若い奴を見習わんかい!」
 オープン戦で打ち込まれた鈴木に対しこう怒鳴りつけたこともある。その若手とは当時デヴューして間もない山本和行であった。出て間もない若手と比べられて鈴木は怒った。そして遂にはフロントにトレードを直訴したのである。
 だが彼はやがて気付いた。西本は本当に彼の将来を考えて怒鳴っていたのだと。
 彼はやがて速球を捨てた。そしてそれまで変化球はカーブとフォークだけだったがスライダーとシュートも覚えた。そして彼は速球派から技巧派に転身して復活したのだ。
 この年鈴木は投げ抜いた。まるで鬼神の様に投げた。25勝を挙げ奪三振数も防御率もリーグトップであった。この年彼は恩師が急逝し夫人も事故で入院している。それでも投げ続けたのだ。
「苦しい時こそ耐えるんや」
 彼は歯を食いしばって投げた。その日も先発を任されていたのだ。だが。
 鈴木はプレッシャーに必死に耐えていた。前日は自宅で休みをとった。彼は明日に備えすぐに眠るつもりだった。
 しかし寝付けない。明日のことが気になりどうしても眠れないのだ。時は無常に過ぎていく。
 次第にデジタル時計の音までわずらわしくなってきた。彼はたまらずそのコンセントを引き抜いた。
「何でいつもは聞こえんような音がこんなにやかましいんや」
 彼は顔を顰めてそう言った。そして夜が明けた。
 彼は自宅を出た。そして車を自分で動かし二時間後藤井寺球場に入った。
 強靭な身体を持つことで知られている彼でも疲労は限界に達していた。彼の身体は異様に固くなっていたのだ。
 彼だけではなかった。見れば近鉄の選手は皆そうであった。
「この試合に勝てばプレーオフだ」
「そして日本シリーズだ」
 そう思うだけで彼等は緊張してしまっていた。弱小球団と蔑まれてきた彼等にとってそれは夢のような話であったのだ。
「これは誰もが経験することやけれどな」
 西本はそれを見て一人呟いた。
「あいつ等もそうやったし」
 そこにこの日の相手である阪急ブレーブスの選手達がやって来た。
 かって西本が一から鍛え上げた戦士達である。彼が監督をしていた時は遂に日本一にはなれなかったが今はシリーズ三連覇を達成している最強の戦士達であった。
 昭和五〇年のプレーオフにも一度激突している。そこで近鉄は阪急の誇る恐るべき剛速球投手山口高志の前に敗れた。その恐るべき速球は西本をしてこう言わしめた。
「あんな速い球は見たことがないわ」
 西本はこれまで多くの速球投手を見てきた。杉浦忠しかり江夏豊しかり村山実しかり堀内修しかり。ペナントでシリーズでオールスターで多くの速球投手を見てきた。その彼をしてそう言わしめた山口の速球は見る者の目を驚かせた。五一年のシリーズでは彼の肩慣らしを見た後楽園の観客達が一瞬沈黙した程である。
 彼だけではなかった。後に盗塁の世界記録を達成する福本豊、西本の打撃の真髄を骨身にまで叩き込まれた左の主砲加藤秀司、右の主砲として活躍した長池徳士、そしてあのシリーズで王に打たれた山田久志。皆西本が鍛え上げた戦士達であった。
 しかもその他にもいた。ベネズエラからやって来た陽気な助っ人マルカーノ。恐るべき守備を誇るウイリアムス、先のシリーズで勝負を決定した走塁を見せた蓑田浩二。西本の頃よりも戦力は上がっていた。
 そして彼等を率いるのは温厚な知将上田利治。関西大学時代は球史に名を残す伝説的投手村山実とバッテリーを組みその頭脳を買われて広島に幹部候補生として入った男である。彼は選手としてはすぐに終わったがコーチとして活躍した。西本が自らの後継者に選んだ男である。長嶋巨人を破り日本一を達成した彼は今や名将の名を欲しいままにしていた。その彼が精鋭阪急を率いているのである。
「見事なもんやな」
 西本はベンチに入って来た阪急の選手達を見て言った。
「こんな大試合でも全く同じとらんわ。これはしんどい試合になりそうや」
 そして自軍のベンチにいる鈴木を彼に気付かれないようにチラリと見た。
(いつもやったらこいつをその気にさせてやれるんやけれどな)
 西本はあえて鈴木を怒らせてマウンドによく送った。彼の闘争心をこちらに向けさせその分相手には自分のピッチングをさせる為であった。だがそれにはもう時間がない。
 他の選手達を見る。彼等もまた皆西本が一から鍛えた戦士達である。しかし。
(やっぱり固いな。いつもの明るさはないわ)
 西本は彼等を見て思った。これにはこの時の両チームの事情もあった。
 阪急は既に前期優勝しプレーオフ進出を決めている。この試合勝とうが負けようがプレーオフには出られるのである。しかし近鉄は違っていた。
 この試合に勝てばプレーオフ進出である。しかし負ければ。
 近鉄は今日が最後の試合。今首位にある。勝ては優勝である。負ければ首位が入れ替わる。阪急は残り二試合ある。彼等はそれに連勝すれば後期も優勝である。当時のパリーグは前期と後期二期制でありプレーオフにはそれぞれの優勝チームがシリーズ進出をかけて戦うという制度になっていた。
 近鉄にとって重苦しい試合であった。対する阪急はいささか気分が楽である。この差は大きかった。
(だが負けるわけにはいかん)
 西本はそう思いなおした。これまで多くの死闘を選手達と共に潜り抜けてきた。今負ければ全てが水の泡になってしまう。
 そして試合は始まった。まずは一回表は先頭の福本を出したものの無難に抑えた。一回裏近鉄の攻撃である。
 山田は立ち上がりに苦しんだ。彼には左膝に爆弾があった。その心配もあった。制球難に苦しみ暴投でい近鉄に一点を与えてしまう。
「これはまずいかもしれんなあ」 
 三塁側ベンチにいる上田はそれを見て言った。山田は被本塁打も多い。制球に苦しんでいる時は失投が最も恐ろしいものである。
 近鉄の攻撃は続く。二死二、三塁の絶好のチャンスに打席にはこの日は指名打者となっていた有田修三が入った。
鈴木啓示とのバッテリーで知られる男でその強気のリードと勝負強い打撃はよく知られていた。この日マスクを被っていたのはもう一人の捕手梨田昌崇であったが彼はその打撃を期待され試合に参加していたのだ。
 有田は打った。打球は三遊間を抜けたと思われた。しかし。
 そこにあの男がいた。遊撃手大橋譲が横に跳んだのである。
「おおっ!」
 それを見た観客は皆驚きの声を挙げた。まさかあの打球を取るとは誰も思わなかったからだ。
 そして一塁へ矢の様な送球。恐るべきは投げるまでの速さとその強肩であった。
 有田も懸命に走る。だが白球はそれに対しあまりに無慈悲であった。
 白球が来る。有田が走る。ボールは一塁を守る高井保弘のファーストミットに収まった。ほぼ同時に有田は一塁ベースを踏んだ。判定は。
「アウト!」
 審判は大きく叫んだ。それを見た近鉄ファンは叫んだ。
「何で有田はこうも足が遅いんや!」
 確かに有田の足はお世辞にも速いとは言えなかった。だが今回は別であった。大橋の守備が、肩があまりにも凄過ぎたのであった。
 大橋譲。かっては東映の遊撃手であった。その守備は東映時代より定評があった。しかし打撃はからっきしであった。
 その大橋に注目したのが西本であった。あの四六年のシリーズ、九回の悪夢の伏線としてエラーがあった。
 当時阪急の遊撃手は阪本敏三であった。小柄ながらその俊足が売りでパワーもあった。しかし守備はこの時既に頭打ちとなっていた。
 あの敗因は守備である、そう確信した西本は思い切ったトレードを敢行したのである。
「えっ、本当か!?」
 この話を聞いた記者達は皆目をむいた。何と阪本と大橋の交換トレードなのである。
 同じリーグ内でしかも同じ守備位置の選手の交換トレード。これは皆の予想を大きく裏切っていた。
 阪本は阪急の主力打者である。それに対し大橋の打撃は比べ物にならない。幾ら何でも阪急にとってあまりに不利なトレードであった。
「よろしいのですか、監督」
 西本と親しい者は彼を何とか思い止まらせようとする。だが彼は首を横には振らなかった。
「まああの男がどう活躍するか見といてくれや」
 西本はそれだけ言った。そしてトレードを敢行した。
 このトレードは成功に終わった。大橋はその守備を生かし阪急の失点を防いでいった。山田や足立等当時の阪急の投手には打たせて取るのを得意とする者が多かった。そんな時に大橋の守備は頼りになったのである。
 守備力。野球を語るうえでこれは欠かせぬものである。幾ら打とうが投手が好投しようが守備がまずければ失点を抑えることが出来ない。平凡なゴロやフライを処理出来ずに無駄にピンチを作っては話にならない。大砲ばかりでは野球は出来ないのである。それを一切理解しようともせずに大金をはたいてもチームは強くはならないのである。西本はそれをよく理解していた。だからこそ彼は大橋を取ったのである。
 その大橋により近鉄の攻撃は抑えられた。この場面で抜けていれば立ち上がりに苦しむ山田は瞬く間に崩れていたであろう。
「牛若丸の再来とはよう言うたもんや」
 西本はベンチに引き揚げる大橋の背を見ながら言った。牛若丸、それはかって阪神でその芸術的な守備を称えられた吉田義男のことである。彼の守備はその域に達していると言われていたのだ。
 これで近鉄の攻撃は終わった。西本の目にはマウンドに向かう鈴木の背が映っていた。
(これはほんまにまずいな・・・・・・)
 彼の背には疲労の色がはっきりと見てとれる。本調子でないのは明らかであった。
「この下手糞っ!」
 西本が吠えた。彼は阪急の六番打者島谷金二のハーフスイングに対して猛然と抗議したのだ。
 彼の隣には鈴木がいた。彼はその鈴木をチラリ、と見た。
 彼は鈴木の気持ちを鼓舞し、ウォームアップをさせる為に出て来たのだ。だが言葉がまずかった。審判もまた人間なのだから。
「こんな暴言受けてまでやってられるか!」
 球審を務めていた吉田審判員はこれで切れてしまった。そして審判控室に行ってしまった。彼は経験豊富な審判として知られ選手達からも信頼されていた。そんな彼ですら頭にきてしまったのだ。
 だが西本はそう言うしかなかった。彼は鈴木を何としても勝たせてやりたかったのだ。
「西本さんも必死やな」
 それを見た上田は言った。彼も西本の下にいた。だから彼のことがよくわかるのである。
「けれどこれも勝負や」
 しかし彼もまた西本の志を知る者である。相手を侮るような真似はしない。あくまで攻撃をかけていった。
 三回表、福本がタイムリーを放った。これで同点である。阪急は本調子ではない鈴木を攻め立てた。
 これに対して近鉄は山田を攻略出来ない。彼の速球とシンカーの前に凡打の山を築いていく。
 この時にはいてまえ打線はなかった。打線といえば阪急であった。このシーズン阪急の一試合平均得点は五・四、近鉄は四・四であった。この差は大きかった。
「うちはまだまだ若いのう」
 西本はベンチにいる選手達を見て内心そう呟いた。後にいてまえ打線という球史に名を残す彼等も今はまだ若かった。爆発するのはもう少し先のことであった。
 五回には蓑田のタイムリーで逆転した。これで流れは阪急のものになった。
「おい、こりゃ勝てるで」
 福本はベンチで上機嫌で言った。実は彼等は今日の試合は半分以上諦めていたのだ。
「あえて大騒ぎしてベンチに入ったんやけれどな。もうヤケクソで。そしたら近鉄の方はガチガチになっとりましたんや。それ見てこっちはかなり気が楽になりましたわ」
 彼は後にこの試合を振り返ってこう言った。阪急はその試合で勝ちをもらえそうだと思いさらに奮い立った。
 それに対し鈴木は必死に耐えていた。重苦しいマウンドであった。このエース同士の投げ合いで先に崩れるのはどう見ても彼であった。
「監督、もうすぐ鈴木の投球が百を越えます」
「ああ」
 西本はそれを黙って聞いていた。そして静かに頷いた。
 鈴木が肩で息をしだした。それに対し山田は相変わらずのポーカーフェイスである。
 八回、福本が出塁した。出すと危険な男であった。
「走るな、これは」
 観客席で誰かが言った。案の定彼は走った。そして三塁を陥れた。
 打席には四番マルカーノがいる。チャンスには無類の勝負強さを発揮する男である。
 鈴木は三塁にいる福本を見た。彼がホームを踏むと三対一、今日の山田の調子からすると絶望的な得点差である。二死とはいえ決して気が抜ける場面ではない。
(けど逃げるか、ここは絶対抑えたる)
 鈴木は意を決した。そして渾身のボールを投げた。
 だがそれは打ち砕かれた。マルカーノのバットが一閃した。
 打球は高く飛んでいく。そして藤井寺のレフトスタンドに消えていった。トドメとなる一打であった。
「終わったな・・・・・・」
 西本はそれを見て言った。そして次の長池に打たれたところで彼はマウンドに向かった。
「スズ、ご苦労さん・・・・・・」
 彼は鈴木に対して一言言った。その目には光るものがあった。
「・・・・・・・・・」
 鈴木は無言でマウンドを降りていく。そして彼はベンチに消えていった。
 鈴木はロッカーに向かった。その背に追いすがるようにグラウンドからの歓声が聞こえてくる。彼はロッカーに着くと一人で泣いた。
「また負けてもうた・・・・・・」
 彼は一人泣いていた。
「何で俺はいつもこういった時に勝てんのや・・・・・・」
 昭和四四年の最終戦でもそうであった。近鉄と阪急、奇しくもこの日と同じカード、この時の近鉄の監督は魔術師と謳われた三原脩、阪急は西本であった。かって昭和三五年のシリーズでぶつかり合った二人が再び刃を交えたのだ。
 鈴木はこの時も先発であった。しかし先程痛打された長池に決勝アーチを浴び敗れているのだ。
 それから大事な時には常に登板してもことごとく打たれた。彼は被本塁打の多いことでも知られていたのだ。
 試合は終わった。四対二で阪急が勝利した。山田の好投の前に近鉄は結局二点しか取れなかったのだ。
 この日の優勝は逃した。だが阪急が連敗すればまだ望みがある。しかし阪急は強い。これで誰もが終わったと思った。藤井寺は秋の夕闇の中に消えようとしていた。
 選手達は球場内の食堂に集まっていた。今シーズンの納会である。
 本来なら後期優勝の祝勝杯となる筈であった。しかしそれはならなかった。
 テーブルにはビールと寿司、そshちえオードブルが置かれている。選手達はそれを前に座っていた。
 西本が来た。彼は選手達を前にすると微笑んで言った。
「この一年、有り難う」
 そう言うと選手一人一人にビールを注いで回る。それを見た鈴木はハッとした。
「監督、辞めんといてくれ!」
 彼は席から立ち上がって叫んだ。
「俺達を見捨てんといてくれ!」
 彼は泣いていた。人目をはばからずに泣いていた。
 他の選手達も同じであった。皆西本以外の将など考えられなかったのだ。
 西本は彼等の顔を見た。そして一言言った。
「有り難う」
 彼は実は今シーズン限りで監督を辞めるつもりであった。春先から体調を崩していたのだ。胃潰瘍であった。彼はそれをおして指揮を執っていたのだ。
 西本はこの時辞めるつもりであった。だが彼を愛する者達がそれを引き留めた。
 選手達だけではなかった。ファンも球団も、そして親会社である近鉄本社までもが彼を説得した。皆彼を心から愛していた
のだ。
「・・・・・・・・・」
 西本は決意した。そして彼は再び指揮を執ることを決意した。
 次の試合阪急は勝った。こうして阪急は前期、後期共に優勝しパリーグを制した。日本シリーズではセリーグをはじめて制したヤクルトが相手だった。
 阪急有利、日本の声はそれに満ちていた。皆ヤクルトが勝つとは思っていなかった。しかし。
「上田君、わしが頭を下げても駄目だというのか!」
 金子鋭コミッショナーがグラウンドで顔を真っ赤にして叫ぶ。日本シリーズ第七戦、後楽園において大騒動が起こっていた。
「あんな審判では信用できませんわ、審判を代えてくれまへんか!」
 あの温厚な上田が激昂していた。彼は左翼のポール下で執拗に抗議を繰り返していた。
 ことのはじまりは六回裏であった。ヤクルトの攻撃である。打席にはヤクルトの主砲大杉勝男がいた。投手は足立光宏。彼はアンダースローから投げた。
 大杉のバットが一閃した。打球は左翼スタンドに高々と上がった。
「入ったか!?」
 皆打球の行方を見守る。大杉もバッターボックスで見ている。
 ヤクルトベンチが一斉に出て来た。皆打球から目を離さない。
 足立は彼等の動きと打球の動きを見ていた。打球はレフトポールの上の辺りを越えてスタンドに入った。
 それを見たヤクルトのベンチは皆帰っていった。足立はそれとボールを見て顔を打席にいる大杉に戻した。
(ファールやな)
 彼はそう思っていた。だが線審の手が回ったのだ。

「え!?」
 足立は元々無表情な男である。彼は左翼側を見て少し驚いたような顔をしただけであった。
 しかし上田は違っていた。彼は左翼ポールの下に飛んでいって抗議をしはじめた。
「こっちのベンチからもよう見えとったわ!あれの何処がホームランなんじゃ!」
 彼は何時になく感情的になっていた。この試合で日本一、阪急の四連覇がかかっているのだから当然であろう。
「あれは入ってなかったか?」
「いや、ポールから少しそれてたぞ」
 観客達も口々に言う。阪急ナインも集まってきて話はこじれてきた。
「入っとらん!」
「いや、入っていた!」
 上田と審判の争いは続いた。試合は中断したままであった。
 遂にはコミッショナーまで出て来て仲裁に入ろうとした。だが上田はそれに応じない。審判を代えろとまで言いだした。そして流石に金子も切れたのだ。
 遂には阪急の渓間球団代表まで出てきた。そしてようやく試合は再開された。
「よし、はじめるぞ」
 それを聞いた広岡はベンチでナインに対し静かに言った。彼はその抗議の間ベンチから一歩も動かず冷静に一連の様子を見ていただけであった。
 巨人で名ショートとして知られていた時は時には頭に血が登ることもあった。普段は澄ましていても怒ると後先考えない行動に出ることがあった。これで彼は巨人を追放されたとも言われている。
 だが今ヤクルトの指揮を執る彼は常に冷静であった。どのような事態においても表情を変えず采配を続ける。彼はこの時においてもそうであった。
 勝負は我を忘れた方が敗れると言われる。この時がそうであったのだろうか。
 八回裏、大杉のバットが再び火を噴いた。今度は文句のつけようもないアーチであった。
 両手を大きく広げ三塁ベースを回る大杉。上田はそれを渋い顔で見ていた。
 試合はヤクルトの勝利に終わった。広岡が宙に舞う。上田はそれを見ると黙ってベンチを後にした。
 翌日上田は辞表を提出した。四連覇を達成出来なかったこと、そして抗議に対する責任をとったのだ。こうして阪急の黄金時代を築いた知将が去った。
 去る筈であった男が残り残る男が去ってしまった。パリーグは大きく変わろうとしていた。

 西本は鬼となりグラウンドに戻った。その熱い拳が選手達を引っ張っていった。そして近鉄を救う一人の男が姿を現わしたのである。
 チャーリー=マニエル。日本一を決めたヤクルトにおいて五番を打つ強打者である。
 かってはメジャーにいた。だがあまりにも守備が悪い為大成できず日本にやって来た。感情も激しく怒ると顔が真っ赤になることから『赤鬼』と仇名された。
 彼はヤクルトの日本一に貢献した。だが切られたのである。その守備の悪さを広岡が嫌ったのだ。
「守れない奴はいらない」
 広岡は言った。確実性を何よりも重視する彼は守備の悪い彼を不要と判断したのだ。
 それならば、と獲得に乗り出したのは近鉄であった。パリーグには指名打者がある。守る必要はなくマニエルにとっても渡りに舟であった。
「しかしあのマニエルが西本さんと上手くいくかのう」
 誰かが言った。マニエルは誇り高きメジャーリーガーであった。そんな彼が果たして西本に大人しく従うか。それに不安を覚える者もいたのである。
 しかしそれは杞憂であった。マニエルは彼の人柄に惚れ込んでしまったのだ。
「ミスターニシモトはメジャーでも通用するよ。素晴らしい人だ」
 彼は言った。冷静だがプライドの高い広岡とそりが合わなかった彼も西本の人柄には感じるものがあった。そして彼と共に優勝を目指すことを誓ったのだ。
 彼の存在は大きかった。四番に座り打って打って打ちまくった。そして近鉄は首位を走った。
 対する阪急は上田に代わった梶本隆夫が指揮を執る。西本が阪急の監督をしていた頃の左のエースだ。言うならば弟子である。こうして師弟対決が続いていた。
 五月二九日には近鉄に前期マジックが点灯した。これで優勝は間違いない、誰もがそう思った。
 しかし不運は突如として現われた。六月九日の日生球場でのロッテ戦である。ロッテの投手は八木沢壮六、かって完全試合も達成した男である。
 マニエルは左打席に入った。そして八木沢の手からボールが離れた。このボールがこのシーズンの近鉄の運命を決定付けてしまった。
 ボールはマニエルの顎を直撃した。怒り狂うマニエルはマウンドで呆然と立ち尽くす八木沢に挑みかかろうとする。しかし彼は口から血を噴いて倒れた。
 球場は騒然となった。観客達も皆色を失った。
 ロッテナインは八木沢と同じく呆然となっている。それに対して近鉄ナインの中には頭に血が登る者もいた。
「あの野郎、やりやがったな!」
 バットを手に八木沢に突進しようとする者までいた。皆それを止めるのに必死であった。最早試合どころではなかった。試合は一時中断された。
「ミスターニシモト、俺は絶対に戻って来る」
 マニエルは担架に担ぎ込まれながらニシモトに対して言った。
「すぐに戻る。それまで待っていてくれ」
 彼はそう言うと球場をあとにした。そして病室に八木沢の写真を貼り付け激しい闘志を保ちつつ復帰を誓った。
 マニエルは帰って来ると言った。だがこれによりチームは柱を失った。最早彼は打撃だけでなくチームの精神的な柱でもあったのだ。
 柱を失った近鉄は脆かった。途端に負けはじめた。助っ人一人いなくなっただけでこの有様であった。
 しかもこの時鈴木はいなかった。彼は背筋を痛め二軍で調整していたのだ。
「何でこんなに負けるんだ!これじゃあマニエルが泣いているぞ!」
 ファンは口々にそう言った。それに対して宿敵阪急は六月に入ると地力を見せだし驚異的な追い上げをかけてきた。
「やっぱり強いのう。あの連中には勝てる気がせんわ」
 西宮球場で阪急ナインを目にした近鉄ファンの一人が溜息まじりに言った。彼等はあまりに強かった。
 それに対して近鉄はあまりに強かった。西本もまた愕然としていた。
「仕方ないのう。マニエルおじさんしか頼るもんがおらんかったんや」
 彼は力なく言った。そしてこの試合近鉄は敗れた。あまりにも不甲斐無い敗北であった。
 近鉄ナインは力無く球場を後にする。その後ろから呼び止める声がした。
「おい」
 彼等は振り向いた。そこには加藤がいた。阪急の左の主砲である。
「御前等西本さんの顔に泥塗るつもりかあっ!」
 彼は顔を真っ赤にして怒っていた。
「あんなふざけた試合しとったらこっちが勝ってまうぞ!」
 彼もまた西本に育てられた男である。西本に対する思いは誰にも負けないつもりである。だからそこ無様な試合など見たくはなかったのである。
 近鉄と阪急は西本が作り上げた球団である。言わば同門だ。その彼等が不甲斐無い試合をすることに到底耐えられなかったのだ。
 彼等は西本の志を受け継いでいた。決して卑劣な真似はしない。だからこそ同門である近鉄に対しても全力で立ち向かっていたのである。
 後に加藤は近鉄に入る。そして彼もまた近鉄のユニフォームに袖を通すとはこの時誰も知らなかった。
 二三日には遂に阪急が首位に立った。エース山田が抜群の安定感を発揮しそれを鉄壁の守備陣と強力な打線が援護する。近鉄は絶体絶命の危機に立たされた。
 だが近鉄にも意地があった。二四、二五日の南海戦に連勝したのである。対する阪急は日本ハムに敗れた。これで首位が僅差ながら入れ替わった。そして運命の日がやって来たのだ。
 この試合に勝つか引き分けだと近鉄は前期優勝である。だが負けると阪急が優勝する。戦力からいって後期に優勝するという確証は何もない。いや、阪急が圧倒的に有利になる。近鉄にとっては実に苦しい状況であった。
 それを見ている男がいた。南海の監督広瀬淑収である。
 彼は関西球界にその絶対的な存在感を示した鶴岡一人に見出された男である。それだけに野球に対する想いは強いものであった。そして万全の調子で敵と戦うことを欲していた。
 この三連戦の前に近鉄は後楽園で日本ハムと戦っていた。そして移動日なしで大阪球場にやって来た。近鉄の戦士達は心身共に疲れ果てていた。敗色濃厚であった。
 しかし彼等が大阪に戻って来たその日に雨が降った。だがそんなに大した雨量ではない。しかも試合前には止んでしまった。しかし広瀬は審判達に中止を要請し中止させてもらった。
「監督、何で中止してもらったんですか」
 選手の一人がベンチに戻った彼に対し問うた。
「そうですよ、お客さんも折角楽しみにしてたのに」
「確かにお客さんも大事や」
 広瀬はその言葉に対し言った。
「けれどな、今の近鉄は疲れきっとる。そんな相手に勝ってもそれはほんまに勝ったとは言えんやろ」
「あ・・・・・・」 
 選手達は近鉄側のベンチを見た。彼等の疲労の色は最早隠せない程であった。
「お客さんにはいい試合してこの借りは返す。わし等もプロや、決して手は抜かん」
 広瀬は選手達に対して言った。
「けれど戦うんやったらお互いにベストの状況でやらなあかんやろが」
「はい・・・・・・」
 選手達はその言葉に頷いた。西本は広瀬に無言で礼を言った。
 そして二六日、最後の戦いの幕が開けた。
 近鉄の先発は若手の村田辰美、対する南海はベテラン佐々木宏一郎であった。佐々木もまた近鉄にいた。大阪球場は三万二千の観客で埋まった。
「今日は絶対に勝たんかい!」
「そうや、今日負けたら承知せんぞ!」
 昔からの近鉄ファンが旗を振って叫ぶ。彼等もまた必死であった。
 試合はまず近鉄が先制した。二死二塁から梨田がタイムリーを打ったのである。しかし佐々木はここで踏ん張った。後が続かない。
 村田は持ち前の多彩な変化球を駆使し南海打線を寄せ付けない。しかし四回裏王天上にタイムリーを許す。これで同点となり試合は動かなくなった。
「おい、まずいんちゃうか」
 観客の一人が村田を見て言った。
「ああ。何かあの時の鈴木にそっくりやな」
 隣にいた男が相槌を打った。彼等の目には村田の姿が藤井寺での鈴木とだぶって見えたのだ。これは彼が左投手だったからであろうか。
 試合は終盤になった。ツーアウトながら一、二塁のピンチである。ここで広瀬は代打を告げた。
「ピンチヒッター、阪本」
 アナウンスが告げる。阪本敏三、そう西本が大橋と交換トレードに出したあの阪本であった。彼は東映から近鉄を経て今年南海に移籍していたのだ。
「よりによって阪本かい」
「西本さんもつくづく因果に悩まされるお人やな」
 彼は左打者攻略を得意としている。広瀬が満を持して投入した切り札である。
 村田の全身から汗がほとぼしり出る。絶対絶命のピンチであった。
 だがこの危機を乗り越えずして何が優勝か。近鉄は勝負に出た。
 しかしそれは裏目に出た。阪本のバットが村田のボールを捉えたのだ。
 打球は二遊間を抜けた。二塁ランナー定岡智秋は俊足だ。彼はツーアウトということもあり一目散に走った。
 打球は遅い。ゆっくりとセンター前に転がっていく。誰がどう見ても一点入る状況であった。
「終わった・・・・・・」
 皆そう思った。この点が入れば間違いなく決まる。球場は絶望に覆われた。
「これで終まいか・・・・・・」
 西本もがっくりと肩を落とした。彼は今までこうして幾度となく敗れ去ってきたのだ。
 だが一人諦めていない男がいた。彼は今鬼となった。
 平野光泰。不器用だが闘志に溢れる男であり西本はその心意気を気に入り切り込み隊長にしている。勝負強い打撃と広い守備範囲で知られていた。あのマニエルの死球の時八木沢にバットを持って殴りかかろうとして周りに止められたあの男である。
「させるかあっ!」
 その平野が吠えた。彼はボールめがけ突進しボールを捕った。
 そして投げる。速い。まるで流星の様であった。それが今ホームにいる梨田のミットにダイレクトで収まった。まるで地を這うようなボールであった。
「何っ!」
 それに驚いたのは定岡であった。だが止まるわけにはいかない。彼は猛然と滑り込んだ。
 しかし梨田も負けられない。彼も名キャッチャーとして知られる男である。それを身を挺して防いた。
 砂塵が巻き起こる。球場は完全に沈黙した。
「アウトか!?」
「セーフか!?」
 皆審判の動きに注目した。
 西本は喉を鳴らし唾を飲んだ。組まれた腕に指の力が強く加わる。
 審判の手がゆっくりと動いた。そして彼は口を開いた。
「アウトォッ!」
 彼は拳を突き出して叫んだ。その瞬間三万二千の観客は爆発に包まれたように騒ぎだした。
「なんちゅうバックホームや・・・・・・」
 定岡はホームの上で正座をする形で呆然となっていた。さしもの彼もこれ程凄い返球は見たことがなかったのである。
 試合はこれで決まった。引き分けとなり近鉄は前期優勝を決めた。
「マニエルおじさんの遺産をドラ息子共が食い潰してもうた」
 西本は優勝後のインタヴューでそう言った。ここまで来れたのは彼のおかげだったからだ。
「ミスターニシモト・・・・・・」
 マニエルはそれを病室で聞いていた。赤鬼の目に涙が浮かんだ。
「おい、近鉄が優勝しよったで」
 この話は阪急ナインにもすぐに伝わった。
「そうか、あいつ等藤井寺のお爺ちゃんを男にしたったんやなあ」
 彼等はそれを我がことのように喜んだ。チームは違えど彼等もまた西本の弟子達なのであった。
「ようやりおったわ。あの連中も成長したな」
 それを特に喜んだのは加藤であった。彼はあの時西宮で近鉄ナインを怒鳴りつけたことを昨日のように覚えていた。
(平野、ようやったな)
 西本は心の中でそう言った。彼ですら諦めたというのに平野は諦めてはいなかったのである。
(そして、すまんかったな)
 諦めたことが申し訳なかった。選手達は諦めていなかったというのに。
 こうして近鉄は前期優勝を成し遂げた。しかし戦いはまだ続いていたのである。

 後期。やはり近鉄と阪急の死闘であった。近鉄は八月にマニエルが戻り鈴木も復調していた。
「このまま後期もやってまえや!」
 ファンは大声で選手達にハッパをかける。近鉄は波に乗っていた。
 だが阪急も粘る。負けるわけにはいかなかった。
 これは運命であろうか。勝負の行方は前期と同じように最終戦にまでもつれ込んだ。
 阪急は追い詰められていた。最終戦、九回になってもまだ負けていたのである。
「おい、このまま負けていいんかい!」
 選手の中の誰かが激昂した。
「去年の雪辱晴らすんと違うんか!」
 彼等は去年のシリーズのことをよく覚えていた。だから何としてもあの悔しさを晴らしたかった。
「おい御前等、黙っとらんかい」
 そんな彼等に対し言う男がいた。
「俺が今から決めたるさかいな」
 加藤であった。彼はそう言うとゆっくりとバッターボックスに向かった。
 ここでホームランを打てば三点入る。彼はバットを握り締めた。
 そして打った。打球は見事にスタンドに突き刺さった。阪急はこれで後期の優勝を決めた。
「やっぱり勝ちおったか」
 西本は新聞を見ながら言った。
「プレーオフは阪急が相手や。おい、行くで」
 彼は選手達を促したそして練習をはじめた。
 プレーオフ第一戦は一〇月一三日大阪球場で開始された。阪急の先発は予想通りエース山田久志であった。
「相変わらずいい球投げよるわ」
 近鉄側のベンチのすぐ上に陣取る観客達は山田がアンダースローから放つ投球を見ながら言った。
「これは相当つらそうやな」
 対する近鉄の先発は井本隆、この年十五勝をあげた近鉄の新しいエースであった。ここぞという時に力投しチームを勝利に導いている。
 だがこの起用を批判する者も少なくなかった。
「おい、鈴木やないんか!?」
 殆どの者が鈴木の先発を予想していたのだ。
「幾ら何でも井本じゃ荷が重いやろ」
 この年井本は大活躍しているとはいえ山田とは比べようもない。だが西本は井本の持つその勝負強さにかけたのだ。
 この起用は当たった。井本は七回まで阪急打線を見事に抑えたのだ。
 打線も小刻みに点を入れ山田を攻略した。そして試合は終盤に入った。
 井本は好投を続ける。ホームランを打たれることの多い彼であったがこの時は打たれなかった。
 だが八回表、阪急はチャンスを作る。そして代打笹本信二がツーベースを放ち一点を返す。まだチャンスは続く。なんと満塁である。
 阪急のチャンスは近鉄にとってはピンチである。ここで打席に立つのは島谷金二、勝負強い男である。だが井本は彼には相性がいい。ここは難しいところであった。
 西本はここで動いた。そして審判にピッチャー交代を告げた。
「ピッチャー、山口」
 これを聞いた客席がどよめきに包まれる。山口の名を聞いたからであった。
 この時近鉄にも山口がいた。山口哲治、この年二年目の若手である。だがこの年大車輪の活躍をし防御率は一位であった。速球と抜群のマウンド度胸を持っていた。西本は彼のその気の強さを買ったのだった。
「おい、山口で大丈夫かいな」
 客席で誰かが言った。
「ああ、幾ら何でもこの場面はやばいやろ」
 そして別の者が相槌を打った。この絶体絶命の時には流石に荷が重いと思ったのだ。
 だが山口は踏ん張った。島谷を抑え九回も抑えた。こうしてこの試合は近鉄が勝利を収めた。
「監督、まずは一勝ですね」
 コーチの一人が西本に笑顔で言った。
「ああ」
 しかし西本はそれに対し口を引き締めたままである。
「今日は勝ったけれどな」
 彼はそう言いながら阪急のベンチを見ていた。
「だけれどあの時もそうやったんや」
 彼は昭和五〇年のことを思い出していた。その時はあの男に勝てなかった。
 西本は一人の男を見ていた。その男はそれには気付かず無言でベンチの奥に消えていった。
 次の試合、勝負は一対一で五回裏近鉄の攻撃の時に勝負が動いた。
 近鉄は阪急の先発白石静生を攻めていた。一点を取りツーアウトながらランナー二、三塁である。ここでバッターボックスには昨年の藤井寺で大橋のファインプレーを出させたあの有田である。
 彼は何ろいっても勝負強い。こういった場面では打つ男である。観客席は期待にどよめいた。
 それを誰よりも感じ取ったのは阪急ベンチであった。梶本はサッとベンチを出た。そして審判に告げる。
「ピッチャー交代」
 ここで観客達も両軍のベンチも沈黙した。
「ピッチャー、山口」
 球場が歓声に包まれた。マウンドに背番号一四が姿を現わした。
 山口高志、阪急の柱とも言える恐るべき速球投手であった。
 その速球は学生時代より知られていた。キューバとの試合でその剛速球を見たキューバ人達は彼を日本人の代名詞のように呼んだ。
 彼の入団は最早事件であった。七四年ドラフトにおいてはどの球団が彼を獲得するかが焦点であった。
 彼との交渉権を得たのは近鉄であった。だが近鉄、西本は彼との交渉を見送った。
 何故か、これについては色々と言われている。それまで近鉄はドラフト一位で獲得した選手が今一つ伸び悩んでいるところがあったのだ。そしてもう一つは彼がセリーグ希望だったので西本が嫌ったという話である。
 どちらが正しいのか今だによくわからない。ただ一つ言えることはこの選択は近鉄にとって失敗であったということだ。
 五〇年のシリーズ、近鉄は山口の前に沈んだ。彼は二勝を挙げ阪急を優勝に導いたのである。そして阪急の黄金時代は彼と共にあると言っても過言ではなかった。
 日本シリーズでも彼は活躍した。五〇年のシリーズでは山本浩二を力で捻じ伏せた。
 五一年のシリーズ、今まで江夏や村山、そして金田といった伝説的な速球投手達を見てきた後楽園の観客を沈黙させたのである。
 まず山口がマウンドにのぼった。そしてその身体全体を使ったフォームで投げる。
 見えない。ボールが見えないのだ。そしてミットにドスーーン、という重い音が響く。
「・・・・・・・・・」
 それを見た巨人ナインは沈黙した。当時監督をしていた長嶋も王も呆然とした。他の選手達も言うまでもなかった。悪太郎と呼ばれ全盛期は速球派で鳴らした堀内でさえ真っ青となった。
 観客達も沈黙した。そしてやがてザワザワ、という人の声が聞こえてきた。
「何だ今のは・・・・・・」
 かって江夏や村山といった恐ろしいまでの剛速球を武器に巨人に立ち向かってきた投手達を見てきた年老いた巨人ファンが思わず呟いた。彼の自慢の一つはあの沢村栄治をその目で見たことだ。
「あんな球投げる奴を今まで見たことがない」
 彼も呆然としていた。山口の球はそれ程までに速かったのだ。
 打てない。最早それは消える魔球であった。ボールがミットに収まった後でバットを振る。それ程までに凄かったのだ。七八年のシリーズの時には彼は怪我の為にいなかった。だが彼がいたならばヤクルトの日本一はなかっただろうと言われている。
「今まで見たなかで一番速い」
 多くの者が口を揃えてそう言った。その中には西本もいた。長い野球生活で多くの投手を見てきた彼ですらそう言ったのだ。
 近鉄が彼に苦しめられたのは五〇年だけではなかった。今まで山口を打つことが出来なかったのだ。
「あいつの高めの速球には絶対に手を出すな」
 西本は選手達に対して言った。どんな投手に対しても逃げることを嫌う彼をしてそう言わしめたのだ。それ程までに彼の剛速球は打てなかった。
 その彼がマウンドに来たのである。阪急が最強の切り札を出してきたのだ。
「梶本め、勝負にきおったわ」
 西本は山口と梶本を見て言った。
「だがここはあいつに任せるわ」
 彼はそう言って打席に立つ有田を見た。そして腕を組み直した。
 一球目、有田は打った。だがそれはファールだった。
 二球目、山口は投げた。あの高めの速球であった。
 かって有田はあのプレーオフで山口に手も足も出なかった。そのことが今脳裏に甦る。
「今日は負けへんぞ!」
 有田はバットを一閃させた。そして思いきり振り抜いたのである。
 打球はそのまま一直線に飛んでいく。皆ボールの行方を追う。皆ボールの行方を固唾を飲んで見守った。
 ボールは大阪球場のスタンド中段に叩き込まれた。有田の力が山口の力を押さえ込んだのだ。
 有田はダイアモンドを回る。さしもの山口も肩を落としている。
「ようやったな」
 西本は戻って来た有田に対して声をかけた。彼の顔には笑みがあった。それだけ価値のあるアーチだったのだ。
 しかし阪急も負けてはいない。追いすがり一点差まできた。得点は八回表で五対四、しかも一死満塁という状況であった。打席には昨年の藤井寺で鈴木に止めをさしたマルカーノである。
 マルカーノは打つ気満々であった。それを見た西本は動いた。
 ピッチャー交代である。彼は山口の名を告げた。
「おい、今日もいったらんかい!」 
 観客席から声がする。彼等も山口に全てを託した。
 まずはマルカーノである。彼は勝負にはやっていた。それが裏目に出た。
 浅いレフトフライであった。これではタッチアップも出来ない。山口は動ずることなく次のバッターを見た。
 代打である。昨日の試合でタイムリーを放っている笹本である。
 笹本はバットをゆっくりと構えた。彼もまた山口との勝負に燃えていた。
 山口の速球が唸った。笹本のバットは空しく空を切った。
 こうして阪急の攻撃は止まった。そしてその裏の近鉄の攻撃だ。
 ランナーが一人いる。ここで平野がバッターボックスに入ろうとする。
「おい」
 その時西本が彼を呼び止めた。
「思いきり振ってけ。高めがきてもな」
 平野はその言葉に少し驚いた顔をした。
「今の御前やったら打てる」
 西本は最後にそう言った。そして平野をバッターボックスに送り込んだ。
 見れば阪急ナインはいまだ闘志に燃えている。おそらく九回は決死の覚悟で挑んでくるだろう。まだ一点差、何としても勝ちにくる。
 だがここで点が入ればそれも変わる。ここで打てばこの試合、阪急の息の根は止まる。
 何よりもマウンドにいるのは阪急の切り札山口である。スリーランを浴びているとはいえその後は見事に抑えている。その彼を打つことは大きい。おそらくこのプレーオフの流れも決めるだろう。
「よし」
 平野はバットを強く握り締めた。そして構えた。
 バットが一閃した。打球は唸り声をあげスタンドに飛び込んだ。
 決まった。ダメ押しだった。これで山口は打ち砕かれた。
 山口は崩れ落ちた。さしもの速球王もこれで終わった。阪急黄金時代を支えた守護神が今ここに打ち砕かれたのだ。
 二勝。近鉄はこれで王手をかけた。しかも切り札山口を打ってである。
「けれどまだまだ油断はできへんな」
 観客達は大阪球場をあとにしながら話していた。
「ああ、何といっても阪急の打線は凄いからな」
 阪急を支えていたのは山口だけではなかった。その打線もまた凄かったのである。
「だけどここまで来たら勝ちたいな」
 その中の一人が言った。
「ああ、西本さんの久々の胴上げが見たいな」
 その中には阪急ファンもいた。皆西本が好きだったのである。
 第三戦は西宮球場で行なわれた。近鉄の先発はあの村田である。対する阪急は稲葉光雄である。
「安心して行って来い」
 梶本はマウンドに向かう稲葉に対してそう言った。
「今の御前やったらあの連中を抑えられる」
 彼は稲葉を落ち着かせる為にもそう言ったのである。
 この言葉は効いた。稲葉は好投し三回に一点を許しただけである。
 村田も好投した。六回に福本にホームランを打たれたのみであった。
 しかしその村田が七回に捕まった。ツーアウトをとったものの疲れが見えはじめたのである。
 これを逃す阪急打線ではなかった。攻勢を仕掛け満塁とする。またもや絶体絶命のピンチだ。
 ここでも西本は動いた。そして三度山口の名を告げた。
「ここまできたらもうあとは覚悟だけや」
 西本はベンチに帰ってそう言った。彼も腹をくくっていたのである。
「山口、任せたで」
 そして彼は腕を組みなおした。マウンドにいる山口を見る。
 阪急はここで笹本を出してきた。第一戦で唯一のタイムリーを放った男だ。
「さあ、どう出るかな」
 観客達は山口と笹本の勝負を息を飲んで見守った。
 山口に気負いはなかった。彼は力で押しにかかった。笹本はそれを合わせるのがやっとであった。打球はセンターフライとなった。これでこの回の阪急の攻撃は終わった。
 山口も稲葉も力投する。試合は延長戦に入った。
 十回表、近鉄の攻撃である。流石に疲れが顕著になってきた稲葉は近鉄打線に捕まってしまう。
「監督、どうしますか」
 阪急のベンチでコーチの一人が梶本に尋ねた。
「そうやな」
 山口は昨日使った。それにあの球威がない。ここで投入はできなかった。
 彼はブルペンに電話をかけた。
「おい、いけるか」
 彼はもう一人の切り札を呼んだのだ。
「お任せ下さい」
 彼は答えた。
「よし、頼むぞ」
 梶本はそれを聞くと彼に対し言った。そして電話を切りマウンドに向かった。
「ピッチャー交代」
 梶本は告げた。そしてマウンドには山田があがった。
「きおったな」
 西本は彼の姿を見て言った。西本が一から育て上げた阪急のエースである。ここは彼しかいなかった。
「おい」
 西本はバッターボックスに向かう小川亨を呼び止めた。通称モーやんと呼ばれる男であり選手達のまとめ役である。西本は彼の温厚で堅実な人柄に深い信頼を寄せていたのである。
「思いっきりいくんや。ええな」
「はい」
 小川は答えた。そしてバッターボックスに入った。
 山田は投げた。小川はそのボールを思いきり振った。西本の言うように。
 ここで梶本は一つのミスを犯していた。この時の阪急のショートは大橋ではなかったのである。
 先程の笹本の代打、それは大橋に送った代打なのであった。大橋はバッティングはそれ程でもない。だから代打を送ったのだ。
 この時ショートに入っていたのは井上修。やはり大橋と比べると守備は見劣りする。
 井上は小川の当たりが強かったことに慌てた。そしてこの大一番で身体が堅くなっていた。
 エラーである。それを見た山田のポーカーフェイスが歪んだ。こうして近鉄は遂に勝ち越した。
「けれどたった一点やぞ」
 観客席に座る中年の太った男が顔を顰めて言った。
「あの阪急の打線相手には心細いもんや」
 そうであった。阪急も負けるわけにはいかなかった。彼等は決死の覚悟で山口に向かっていった。
 だが簡単にツーアウトを取られた。あと一人、近鉄ベンチ及び観客席から沸き起こるような気が感じられた。
「御前等このまま負けてもいいんか!」
 この試合四番に座る加藤が言った。
「ここで逆転して一気に優勝するつもりでやらんかい!」
 彼は拳を振り回して叫んでいた。
「俺まで回せ、そうしたらあの若い奴からホームラン打って試合決めたるわ!」
「おいヒデ」
 ここで隣から誰かが口を挟んだ。
「悪いが御前には回らん」
「何っ、誰じゃそんなこと言う奴は」
 加藤は声がした方に顔を向けた。
「俺がホームを踏んだるわ。安心せい」
 そこには福本がいた。彼はわざわざネクストバッターサークルから戻ってきていたのだ。
「そしてあとはこいつがやってくれる。島谷が打ってな」
 そう言って彼は蓑田を指差した。彼の俊足は有名であった。昭和五二年のシリーズは彼のホーム突入が勝負を決めたと言われている。
 島谷の勝負強さも有名であった。阪急打線は西本が育てた最強の打線であった。それはこの年、そして翌年一世を風靡した近鉄の『いてまえ打線』にも匹敵するものであった。
「御前が怒ることはあらへん。御前はそこでうちの勝ちをよお見とくんや」
「ああ」
 加藤はその言葉に頷いた。福本はそれを聞くとゆっくりとバッターボックスに入った。
 山口は投げた。ボールを見た福本の目が光った。
 ヒットだった。山口はこのプレーオフではじめてヒットを許したのである。
「まずいのが出よったな」
「ああ、よりによって福本かい」
 福本の脚は最早誰もが知っている。山口もバッテリーを組む梨田もそれは警戒している。だが打席には蓑田がいる。彼にも注意を払わなくてはならない。
「こうなったら意地でも勝ったるわい」
 蓑田は意を決した。そして打球に必死に喰らいつく。
 一球、二球、山口は力を込めて投げる。だが蓑田も粘る。
 投球は進む。七球目、蓑田はそのボールをファールにした。
「しぶといの。やっぱり阪急の二番だけはあるわ」
 近鉄側の観客席からそんな声がした。
 福本は一塁ベース上でバッテリーの動きから目を離さなかった。特に山口を注意深く見ていた。
 山口も福本を見る。だがそれには限度がある。それは何故か。
 山口は右ピッチャーである。従って一塁ランナーには背を向ける。だから見るには限度があるのである。
 福本はススス、とリードを取る。そして山口が投げた瞬間走った。
「!」
 それを感じ取った山口の動きに狂いが生じた。コントロールが乱れたのだ。
「ボール!」
 審判は告げた。梨田は素早くボールを二塁に投げる。速い、まるで弾丸の様に一直線に進む。
 しかし福本の脚の方が速かった。彼は二塁を落としていた。
「おおーーーーーっ!」
 阪急ナインと観客達がその盗塁に歓声を送る。これで同点のランナーが得点圏に入ったのだ。
 山口は二塁にいる福本を見た。彼はユニフォームの砂を払いながらニコリとしている。
 それを見た山口の顔が青くなっていく。さしもの彼もこの状況では動揺せずにはいられなかった。
「タイム」
 それを見た梨田はタイムをとった。そしてマウンドに向かった。
「おい」
 そしてマウンドにいる山口に声をかけた。
「御前はシュートが得意やな」
 梨田は彼に問うた。
「はい」
 山口はその青い顔のままで頷いた。
「そしたらそれを思いっきり投げるんじゃ。そして優勝や」
 彼はそう言うと戻っていった。それを見た西本は唇を強く噛んだ。
 山口は投げた。梨田の指示通りシュートである。
 蓑田はそのシュートを打ち返そうとする。福本は走った。これを打てば同点であった。
 しかしそれはならなかった。ボールは蓑田のバットをかいくぐり梨田のミットに収まった。三振であった。
「ストラーーーーイクバッターーーーアーーーウトッ!」
 審判の声が響く。
「ゲーーーームセェーーーーーット!」
 この言葉で全てが決まった。近鉄は遂に優勝したのだ。
「おい、やったでえ!」
 観客達がテープや花吹雪をグラウンドに投げ込む。ガッツポーズをする山口のところにナインが駆け寄る。
 西本がマウンドに迎えられる。そして皆彼を高々と胴上げした。
「西本さん、遂にやりおったわ」
 観客達は天高く舞う彼を見ながら言った。
「ああ、あの近鉄まで優勝させてもうたわ」
 西本を胴上げする中にはマニエルもいた。彼は約束通り戻ってきていたのだ。
「負けてもうたな」
 加藤はその胴上げを阪急のベンチから見ていた。
「ああ、残念やけどな」
 そこに福本が戻ってきた。
「そやけど良かったわ。西本さんがああやってまた胴上げされたんやからな」
 加藤は温かい声で言った。
「あの連中、遂に西本さんをまた男にしたな」
 近鉄の三色のユニフォームが乱舞している。西本はその中央で選手達に囲まれている。
「五連覇もシリーズに出ることも出来んかったけれどな、ええもん見させてもうたわ」
「ああ、来年はあの連中を倒さなあかんな」
 阪急ナインは口々に言う。
「そういう時はレンシュー、レンシュー!ゲンキ出していけばダイジョーブッ!」
 マルカーノがナインに対して言った。彼はこういった時に雰囲気を盛り上げる貴重な人材であった。
「そういうことや、今から来年に向けて練習や、皆覚悟はええな!」
「おおっ!」
 皆梶本の言葉に頷いた。そして球場をあとにした。
 近鉄ナインは勝利の美酒を味わっていた。それは彼等がはじめて味わうものであった。
「長かったな」
 誰かが言った。
「ああ、けれどわし等かてやったらできるんやな」
 選手達はビールを浴びながら口々に言う。
「そうや、御前等は努力してここまで来たんや」
 彼等の声をかける者がいた。
「監督・・・・・・」
 彼等は皆西本の顔を見た。その顔は頑固でありかつ熱く優しいものであった。
「しかし勝負はまだまだこれからや。今度は日本シリーズに勝って日本一や!」
「おお!」
 彼等は雄叫びをあげた。そして次の戦いに思いを馳せつつ今ははじめての勝利の美酒に酔いしれるのであった。



無名の戦士達の死闘   完



                               2004・4・16


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