第二章              秋雨の下で
 七九年一一月四日、大阪には雨が降っていた。
 時間はもう夕方であった。もう肌寒い季節である。それだけにこの雨はこたえる。その中で戦う戦士達がいた。
 近鉄バファローズと広島東洋カープ。両球団は日本一の座を巡って死闘を繰り返していた。
 三勝三敗となり遂に最後の第七戦となった。泣いても笑ってもこれが最後である。
 試合は僅かに広島が有利に進めていた。四対三。そして九回裏、最後のイニングを迎えた。
 広島はこの回を抑えれば日本一である。近鉄はこの回で二点を取ればいい。一点だと延長だ。
 そうした場面である。広島の指揮官古歯竹職は七回から切り札を投入し万全を期していた。
 江夏豊。阪神にて黄金の左腕の名を欲しいままにし幾多の強打者をその剛速球で捻じ伏せてきた男である。
 剛速球だけが彼の武器ではなかった。独特の曲がりをするカーブとスライダーの中間の様な『スラーブ』という変化球も持っていた。シュートや速くキレの鋭いフォークも持っていた。しかしそれだけで多くの強打者を抑えられるものではない。
 威圧感。江夏がバッターに与えるプレッシャーは相当なものであった。彼がマウンドにいると独特の世界が球場を支配した。阪神ファン達は今でもそれをよく覚えている。そして彼を村山実と並ぶ阪神の長い歴史でも最高のピッチャーとして挙げるのである。
 そしてその驚異的な勘のよさ。相手の心を見抜き投げて来る。人間離れしたその勘の良さに王も長嶋も打てなかった。
「南海にいた頃よりさらにすごうなっとるわ」
 近鉄の監督である西本幸雄はマウンドにいる江夏を見てそう呟いた。
「あんだけの球をほうれるのは左やトうちのスズだけや」
 そう言って自軍の左の大黒柱鈴木啓示を引き合いに出した。
「おまけにあれだけの勘の良さと威圧感や。そうそうなことでは打てんわ」
 彼は腕を組みながらそう言った。
「そやけどな」
 ここで西本の目が強い光を放った。
「うちも負けるわけにはいかんのや。ここで打ったら日本一やからな」
 そして彼はナインに顔を向けた。
「ええか、この回で決める。度胸据えて思いきり振って行けや!」
「はい!」
 ナインは一斉に頷いた。そしてバッターボックスに六番の羽田耕一が入る。
 羽田は西本が手塩にかけて育て上げた男である。そのスイングを見て近鉄に入るのを決めた程である。
 しかし彼は不器用な男であった。必死に努力はするが成長は遅かった。時には高めの速球につられ情ない空振りをしたこともある。
「高めのボールに手を出すなというのがわからんか!」
 西本はその羽田を殴った。憎くて殴ったのではない。あくまで羽田のことを想い、羽田の成長を願って拳を振るったのである。
 羽田はその西本の熱意にようやく応えてきた。このシーズンでは数多くのホームランを打ちチームの優勝に貢献している。西本はその彼に対して言った。
「初球から行け」
「わかりました」
 羽田は頷いた。そしてゆっくりと右打席に入った。
「まずは様子見やな」
 江夏は初球は軽く見ていた。確かに羽田は強打者だ。しかしだからといって臆する江夏ではない。彼はこれまで多くの強打者を屠ってきたのだから。
 長嶋茂雄、王貞治。巨人の黄金時代を支えた二人の男に正面から立ち向かっていたのである。
「御前は王をやれ、長嶋は俺がやる」
 かって阪神のマウンドをその凄まじい闘志と気迫で支えた伝説の大投手村山は彼に対してこう言った。村山はあくまで長嶋を終生の敵をみなし闘ってきた。だがあえて江夏に王を任せたのである。
 左対左、という意味もあった。だがそれ以上に村山は江夏のピッチャーとしての卓越した力を見抜いていたのである。
「この男ならやれる、絶対にあの怪物を抑えられる」
 村山は確信していた。そして江夏はそれに応えた。彼は村山と共に甲子園のマウンドに仁王立ちし巨人の前に立ちはだかり続けた。だがそれも昔の話である。
「まさかまたこの球場で投げるとはな」
 シリーズでこの球場に来た時江夏はふとそう思った。彼は愛する阪神から南海に南海のエース江本孟起との交換トレードで南海に入ったのである。
「ずっと甲子園で投げたかったんやけれどな」
 彼のその想いは現役終了まで変わることはなかった。引退の時には阪神のユニフォームを着て記者達の前に姿を現わした。それこそが彼の常に変わらぬ心であった。
 だが南海で彼は変わった。当時南海の監督を務めていた野村克也にストッパー転向を命じられたのだ。
「わしは先発や、先発で投げな何処で投げるねん!」
「まあ聞けや」
 野村はそんな江夏を丹念に教え諭した。その陰気そうな外見とマスコミの前での嫌味な口調から彼を誤解する者は多い。だがその実は繊細で人の苦労をよくわあkる人物なのである。
「わしは嫌味を言うのが好きで好きでしょうがないんや」
 世間に対してはこう言う。だがその内面はまるで違っているのが野村であった。
 それは彼の生い立ちに関係があった。野村の父は彼が母のお腹の中にいる時に日中戦争で戦病死している。当時の戦争ではよくあったことである。そしてそういう時代であった。
 野村の母は病弱で寝たきりであった。兄が働いて彼を養っていた。
「母ちゃんや兄ちゃんに迷惑かけるわけにはいかんわ」
 彼はそう思い南海にテスト入団した。彼の身体を見た当時の南海監督鶴岡一人が壁に丁度いいという理由で採用したのだ。当時キャッチャーとはピッチャーの球を受けることだけが仕事だと考えられていた。
 はじめてのキャンプで彼はハヤシライスというものをはじめて食べた。そして多いに驚いた。
「美味い」
 彼はそんなもの食べたことがなかった。貧しかった。食べることだけで精一杯だったのである。
「どうや美味いか、プロはこんなものが腹一杯食べられるんやぞ」
 それを見た鶴岡は彼に対して笑顔でそう言った。
「ほんまでっか!?」
 野村は思わずそう尋ねた。
「嘘なんか言うか。ええか、グラウンドには銭が落ちとるんや」
 これは鶴岡の持論であった。彼は関西球界の首領として長い間大きな発言力を持っていたがその言葉には独特の重みがあった。
「銭がですか」
「そうや。活躍せい、そうしたらもっと銭が貰えて美味いもんが食えるぞ」
「はい!」
 野村はそのハヤイシライスを三杯食べた。涙すら流していた。そして何かあった時はいつもそのハヤシライスを食べて初心を思い出していた。
「野村はほんまはええ奴なんや」
 今一塁ベンチで羽田を送り出した西本もよくそう言った。彼は選手として、監督としての野村と十年以上に渡って戦ってきたが野村を嫌いではなかった。
 それは彼が如何に苦労を重ねてきて裏方に甘んじてきたかを知っていたからだ。
 野村は一度は解雇されかけた。だが何とかそこで踏み止まり頭角を現わした。まずはバッティングで。そして相手のチームの投手やバッターを研究していくうちにリードも覚えた。彼は次第に南海の柱となっていった。
 だが評価は上がらなかった。当時の南海は鶴岡が率いる強豪チームであった。鶴岡は法政大学から鳴り物入りで南海に入団した男であり最初から幹部候補生として期待されていた。
 戦争中は陸軍将校であった。そしてそこでもその絶大な指導力を発揮した。
 先に関西球界の首領と書いた。彼の力は南海だけには留まらず関西球界全体に影響を及ぼしていた。一説には裏の世界の住人ですら逆らえなかった程怖ろしかったという。
 こう書くと鶴岡がとんでもない人物に見えるがそれは違う。当時では選手の獲得や球団の運営にそうした筋の人間が関わるのはよくあった話である。当時大監督と言われた三原脩や水原茂もそうであった。彼等は裏の世界の者達をも黙らせる迫力を備えていただけである。そうでなくてはこの時代は監督なぞ務まらなかった。
 そして鶴岡には人徳もあった。没収試合の処分の際にもこれについて言及された位である。
 だが彼はエリートを好むところがあった。彼自身がそうであったように彼はエリート選手を愛する傾向があった。
『見出しの男』と呼ばれた岡本伊三美もそうであった。そして誰よりも鶴岡に愛された人物がいた。
 杉浦忠。立教大学エースであったこの男は長嶋と共に鶴岡が何としても獲得を欲した男である。
 アンダースローから繰り出される速球。変化球はカーブとシュートしかなかったがそのどちらも怖ろしく鋭かった。華麗な投球フォームであり、またスタミナ、コントロール、安定感も群を抜いていた。
 彼の外見は物静かな黒縁眼鏡の美男子であった。性格も静かで素直だった。そして誰からも好かれた。鶴岡は彼と長嶋を南海の看板にと考えていた。だが長嶋は巨人に獲られた。その時鶴岡は思わず杉浦に対してこう詰め寄ったという。
「長嶋は裏切ったぞ!杉浦君、君はどうなんや!」
 関西球界の首領がこう言ったということがどれだけ怖ろしいことか。
 これを聞いて長嶋は一時期心底怯えたという。野球ができなくなる、と真っ青になり鶴岡に謝ったこともある。裏の筋も何をするかわからない。相手は鶴岡である。本当に命の危険すら考えられた。
 これをあちこちに頭を下げてことを収めたのが二人の大学の先輩大沢啓二であった。以後長嶋は彼に頭が上がらない状況だという。
 話を戻そう。杉浦はそれに臆することなくこう言った。
「鶴岡さん、シゲのことは関係ありません。僕は男です、南海に行きます!」
 鶴岡を前にしてこう啖呵を切ったのである。その整った顔立ちからは予想もできない程肝も座っていた。
 鶴岡は彼に惚れ込んだ。そして彼を一年目から南海の看板とした。
 杉浦はそれに応えた。抜群の安定感でもってチームに貢献した。
 とりわけ二年目は驚異的な活躍をした。三八勝四敗。防御率一・四〇。シリーズでも四連投四連勝であった。文句なしの活躍であった。
「今は一人で泣きたい」
 だが彼は静かにこう言った。そうした杉浦を世間は余計に褒め称えた。
 そのボールを受けたのが野村である。だが彼に注目が集まることは少なかった。
「スギが、スギが」
 鶴岡は杉浦ばかり可愛がった。チームの四番であり正捕手である野村にはことあるごとにつらく当たった。
「スギは素直で繊細なやっちゃ。けれどノムはちゃう。あいつはふてぶてしいところがある」
 それが鶴岡の言葉であった。だがそれは違っていた。
「皆ノムについてどう思う?」
 西本は阪急の監督をしていた時記者達についてこう尋ねたことがある。
「どうと言われましても」
 丁度南海とのカードであった。向こうのベンチでは野村はいつもの通り何やらブツブツ言いながら試合の準備をしていた。
「そりゃあきまっていますよ」
 記者の一人が言った。
「陰気で嫌味で打たれ強い、と。悪口ばかりですけれど」
「おい、そりゃあ言い過ぎだろ」
 周りの同僚達が止めたが積極的ではなかった。
「そうか」
 西本はそれを聞くと寂しそうに頷いた。
「わしはあいつはほんまはええ奴なんやと思う。あれでもの凄い繊細な奴なんや」
「嘘でしょ!?」
「阪急だって野村さんにだいぶやられてるじゃないですか」
 それは事実であった。阪急の誇る強力打線は野村のささやき戦術に調子を狂わされトップバッターの福本豊は牽制球をぶつけられている。その時西本は烈火の如く怒った。
「それはそうやけれどな」
 西本は野村を見ながら言った。
「ああ見えて寂しがりなんや。そして困っている者を見棄ててはおけん奴なんや」
 それは事実であった。その時野村はその日の先発江本に何やら話していた。
 江本は野村に拾われた選手である。東映にテスト生で入ったが登板を増やすよう要求しチームを放り出された。野村は彼を南海に入れてこう言った。
「わしがキャッチャーやって御前が投げる。それで十五勝や」
 江本はその言葉に感激した。そして力投し南海の優勝にも貢献した。今でも江本は野村を慕っている。
 彼の他にも多くの選手が野村の手により復活している。ヤクルトの監督をしていた頃は『野村再生工場』とも呼ばれていた。
 こうした人物なのである。自らも苦労してきただけあり人を見捨ててはおけなかった。そして江夏も見捨てなかったのである。
 江夏はストッパーとして見事復活した。そして野村に最後までついて行こうと思った。
 だが野村はここで突如として解任される。理由は女性問題であった。
 江夏はそれを見てチームを出た。そして広島に移ったのである。
 広島でも彼はストッパーであった。そしてチームの優勝に貢献し今日本シリーズの最後のマウンドにいる。
 その江夏が投げた。羽田は振らない、様子を見ると思い甘い球を投げた。
 それが失敗であった。羽田はその打球をセンター前へ弾き返した。
「ヌッ!」
 江夏は打球を見た。打球はセンター前へ跳んでいた。
「最初から打って来たか」
 江夏は思わず一塁ベース上にいる羽田を見た。そして西本を見た。
「流石は西本さんの野球やな」
 彼も南海時代西本の近鉄と戦っていた。その時はまだ今のように強くはなかった。だが今はそこに荒削りな強さがはっきりとあった。
 実際にこのシリーズは両チームがぷり四つに組んだ戦いであった。互いに相譲らず最終戦に持ち込んだことからもそれが窺える。
「ここまで来るのにも一苦労やったしな」
 西本は言った。西本は今迄七回シリーズに監督として出場している。だが今までは敗れてばかりいた。それは彼のこうした言葉に現われえていると言っても過言ではないだろう。
 彼はよく選手達に拳を浴びせた。しかしそれは憎しみからくるものではなく愛情からくるものであった。彼は常に選手達のことを思いその成長を見守ってきた。
『西本さんの拳は鉄やり固く炎より熱い』
 これはよく言われることである。彼はその熱い心をもって選手達に向かっていた。それは大毎でも阪急でも近鉄でも変わらない。常に選手達にとって父親の様に厳しく、そして温かい男であった。
 その為こうした言葉が出るのだ。何処かにここまでやってくれた選手達を褒めたいという気持ちがあった。だからこそそう言うのだ。
 その西本が動いた。そして審判に何か告げた。

「代打か?」
 観客達は一瞬そう思った。だがそれはないだろうとすぐに思いなおした。
 次のバッターはクリス=アーノルド。あまり背は高くはないがパンチ力のある男だ。彼は右打者、替えるとは思えなかった。
「代走か」
 すぐにそう思いなおした。そう、西本は羽田の代走を告げたのであった。
「代走、藤瀬」
「遂に出てきおったか!」
 その名を聞いた時観客達は思わず声をあげた。藤瀬史郎、近鉄が誇る代走の切り札であった。それを見た広島ベンチにも衝撃が走る。
「遂に出て来ましたね」
 コーチの一人が古葉に対して言った。
「ああ」
 古葉は苦い顔をして答えた。
 藤瀬は小柄だがその脚力は群を抜いていた。シーズン代走盗塁記録を持っており西本のここぞという時の隠し玉として他のチームに恐れられていた。
 このシリーズでもその恐ろしさは遺憾なく発揮されていた。
 第二戦。七回裏のことであった。
 無死一塁、終盤に入り広島は江夏を投入してきた。
「ここで点をとられたら負けだ」
 古葉は言った。彼は試合の流れを的確に見極めていたのだ。
 ここで西本も動いた。それは彼も見極めていたのだ。
 そして出て来たのが藤瀬だった。彼は江夏の前でしきりに動き回って見せた。
「目障りなやっちゃな」
 江夏は思った。左投手である彼はそれがよく見える。そしてそれに気をとられてしまった。
 近鉄の主砲チャーリー=マニエルに打たれた。藤瀬は瞬く間に二塁ベースを回った。
「なっ!」
 それを見た広島ナインも江夏も流石に驚いた。機動力野球を得意とする彼等でもここまでの俊足の持ち主はいなかったのだ。
 これで江夏はリズムを崩した。いつも冷静に相手の動きを見、そこで超人的な勘と優れた頭脳を以って打者だけでなく相手チーム全体を封じ込める彼にしては珍しいことであった。
 これこそ西本の一手であった。彼は江夏の前に藤瀬を出すことによって彼のリズムを崩すことを狙ったのであった。
 これで勝負は決まった。アーノルドの犠牲フライで藤瀬が帰り先制点。その後に羽田が打つ。そして有田修三にアーチを浴びた。あの江夏が呆気なく打ち崩されてしまったのだ。
「嘘じゃろが、これは」
「いや、ほんまじゃけえ」
 観客席にいた広島ファンも信じられなかった。あの江夏がこうも簡単に打たれるなど。かって彼等は阪神のエースである彼の剛速球に手も足も出なかった。村山と並ぶ恐るべき敵であった。
 広島に来てもそれは忘れられない。彼等はやはりあの時の江夏の方が鮮明だったらしい。
 今は広島の切り札である。その切り札が敗れたのだ。
「まずい」
 広島は思った。そしてそれを誰よりも感じたのは江夏本人であった。
 第三戦では盗塁を決められた。牽制球の名人でもある江夏から盗塁を奪ったのである。
「やってくれるのお」
 それを見た江夏は呟いた。そして藤瀬の名を深く心に刻み込んだ。
 その藤瀬が出て来た。江夏は彼を一瞥した。
 藤瀬は笑っていた。どうやら自分の脚には絶対の自信があるようだ。
「福本でもああはいかんな」
 彼は心の中でそう呟いた。だが今彼はバッターに注目していた。
「確かに藤瀬は速い。わしの癖も見抜いとるな」
 江夏はそこまでわかっていた。
「じゃあ走ったらええわ。そのかわりホームは絶対に踏まさへん」
 そしてアーノルドに集中することにした。
 西本はそれを冷静に見ていた。
「江夏は動じていないようですね」
 コーチの一人が西本に対して言った。
「そやな」
 彼はそう答えて頷いた。
「流石やな。ああでなくてはエース、そしてストッパーは務まらん」
 彼は江夏を見ながらそう言った。
「けれど藤瀬はやるで。伊達に脚だけで飯を食うとるわけやない」
 彼は藤瀬の脚に絶対の信頼を置いていた。
「羽田も足は遅くはない。けれどあいつの足は特別や。そうそう防げるもんやない」
 そう言うとサインを出した。
 何時走って来るか、何球目か、広島のベンチとキャッチャーである水沼四郎は藤瀬から目を離さなかった。彼等も藤瀬の足は知っていた。
「来るか」
 一球ごとに藤瀬を見る。だが中々動かない。
 西本はその都度サインを送る。それが広島ベンチをより一層不安にさせる。
 四球目であった。藤瀬がスタートを切った。
「来たか!」
 セカンドとショートが一斉に動いた。水沼が送球に備えた。
 この時西本はヒットエンドランを指示していた。だがアーノルドはそれを見落としていた。
 アーノルドは振らなかった。単独スチールの形になる。だがそれだけで広島にとっては脅威であった。
 水沼は焦っていた。それがボールにあらわれた。
「しまった!」
 彼は思わず叫んでしまった。送球のタイミングは微妙なところであった。だがボールはあらぬところにいってしまった。悪送球だった。それを見た藤瀬は一気に三塁に向かった。
「まずい・・・・・・」
 水沼はそれを見て舌打ちした。藤瀬は三塁に達していたのだ。
 これを見た広島はアーノルドを歩かせることにした。外野フライで同点である。止むを得なかった。
 西本はまた動いてきた。アーノルドに代走を送ってきたのだ。
 吹石徳一。彼も俊足であった。広島にこうしてプレッシャーを与えてきたのだ。
「こういう時になると手堅く攻めて来おるわ」
 江夏は西本を見て言った。西本はそれに気付かないのか気付いていてあえて無視しているのか江夏には顔を向けない。ただ自軍のランナー達と次のバッターを見ていた。
 打席に入るのは平野光泰。俊足強肩の外野手だがパンチ力と勝負強さも備えている。侮れないバッターであった。
 西本はここでも揺さぶりをかけてきた。伊達にそれぞれ全く異なる三つのチームをそれぞれ優勝に導いてきたわけではない。吹石にスチールを命じたのだ。
 これに対し広島ナインは動けなかった。下手に動けば三塁の藤瀬がホームに突入するだろう。そうすれば同点である。それだけは避けたかった。
「仕方ないな」
 古葉は顔を顰めてこう呟いた。そして平野を歩かせ満塁策をとることにした。
 長いシリーズの歴史においてもこのような場面はかってなかった。最後の場面でノーアウト満塁。さしもの江夏の顔からも脂汗が流れ落ちた。
「おい」
 古葉はブルペンに電話をかけた。
「いけそうか?」
 彼は慎重な男である。こうした時に備え既にブルペンにピッチャーを送っていたのである。
 この時ブルペンには池谷公二郎がいた。長年広島を支えてきたベテランである。
 だが古葉はそれでもまだ危ないと感じた。球場の流れは完全に近鉄のものであった。
「いけるか」
 そしてベンチに座っている北別府学に声をかけた。
「はい」
 後に名球界に入るこの男は抜群のコントロールと多彩な変化球で知られる。急成長中の若きエースであった。
 彼もブルペンに送った。そして古葉は元の場所に戻った。
 監督としては当然の行為である。だがブルペンにいるピッチャーにとってはそうではない。
 その一連の動きを見た江夏は顔を顰めた。彼はマウンドにいても常に球場全体を見るようにしていた。野球はマウンドだけでするものではない。グラウンド、そして両軍のベンチも含めた全体でするものだということをよく認識していたのである。
 江夏はベンチの動きはよく理解できた。監督としては当然の行動である。
 だがそれは監督としてであり選手、特にマウンドにいるピッチャーとしてはどうか。
 ピッチャーは特別な人間だと言われる。マウンドで投げる。それだけのように思えるがそうではない。野球においては特別な意味を持っている。
 野球はまずピッチャー、とよく言われる。投手陣が悪いチームは負けると言われる。実際にそれはかなりの部分であっている。この広島がここまでこれたのもストッパー江夏の存在が大きいことは否定できない。近鉄も井本隆や山口哲治の頑張りがありここまでこれたのだ。
 その為にプライドが高い。我が儘で我が強いと称されることもある。
 江夏は特にそうであった。彼は長年阪神のエースであった。そして今はストッパーである。大投手としてその自信は絶対的なものがあった。
「わしを信用せんのか」
 江夏はそう思った。ここで広島ナインが彼のもとに集まった。
「監督のあれ見たか」
 江夏はナインに対して言った。
「ああ」
 彼等はそれに対して頷いた。古葉は表情を変えず彼等を見ている。
 古葉という男は外見は温和だが内面は違っていた。策士であり勝つ為には何でもするところがあった。相手の弱点を徹底的に探し出しそこに集中攻撃を仕掛ける。実際にこのシリーズをここまで進めたのは彼のその采配によるところが大きかった。
 近鉄の打の中心はマニエルである。確かにバッターとしてのマニエルは脅威である。抑えるのは容易なことではない。実際に江夏が第二戦で打たれ第四戦では先制アーチまで打たれている。だが彼にも弱点があった。
 それは何か。守備である。マニエルの守備は呆れる程酷いものであった。
 かって彼はヤクルトにいた。そして優勝に貢献した。だがそれでもヤクルトの監督広岡達郎は彼を放出することにした。
「守れない奴はいらない」
 広岡はそう言い切った。彼はマニエルの守備に対し失格の烙印を押したのである。
 それを受けたマニエルは近鉄に移った。近鉄はパリーグである。指名打者がある。マニエルはそこで打に専念し打ちまくったのである。
 そのマニエルの守備を古葉は突いた。そしてそれにより第五戦は勝利を収めた。その他にも彼はことあるごとにマニエルを狙った。近鉄はマニエルの守備がなければ第七戦を待たずに優勝を決めていただろう。
 その古葉である。切り捨てる時は容赦なく切り捨てる。江夏に対してもそうであった。
「わしは辞めるで」
 江夏はそう言った。ナインはこの時は何も言わなかった。
 そして別れた。だがこの時江夏に歩み寄る男がいた。
「おい」
「ん!?」
 それはファーストを守る衣笠祥雄であった。
 後に鉄人と呼ばれ連続試合出場記録を達成する男である。強打と堅守でチームを引っ張り山本浩二と並ぶチームの看板選手であった。
 だが彼は反主流派であった。二枚看板といっても広島のトップスターは地元出身であの鶴岡にも見込まれた山本であった。彼は江夏や遊撃手の高橋慶彦等と共に広島の中では外側にいた。
 その衣笠が江夏に声をかけてきたのである。
「辞める時はわしも一緒じゃ」
「なっ」
 それを聞いて恵熱は思わず小さな声をあげた。衣笠はもう背を向け一塁に戻って行った。
「・・・・・・・・・」
 江夏はそれを黙って見送っていた。そしてマウンドに戻った。
「有り難いな」
 心の中でそう言った。そしてバッターボックスへ目を向けた。
 この時西本は二人の男に話をしていた。一人はトップバッターの石渡茂である。地味ながら手堅い業師である。バントも巧い。
 そしてもう一人いた。打順は九番であるから投手である。九回に投げていた山口哲治の打順である。
 しかしこうした場面で代打を送るのはセオリーである。西本はそれに従った。
 当時の近鉄は言わずと知れた強打のチームであった。いてまえ打線。長きに渡って球界にその名を轟かす強力打線はこの時に誕生したのである。 
 だが最初は貧弱な打線であった。それを西本は一から鍛え上げたのであった。
 羽田に栗橋、平野、石渡、有田、梨田、小川に吹石、そしてマニエル、アーノルドと控えにまで打てる男が揃っていた。皆西本の愛弟子達である。
 その中でも最も西本の野球に心酔しそれを忠実に受け継いだ男がいた。佐々木恭介。この前の年には首位打者も獲得している男である。
 このシリーズでは身体を壊しており、またマニエルが守らなくてはならなかった為代打に回っていた。近鉄にとっては最後であると共に最強の切り札であった。
 その打撃は一見豪快であったがその実シャープであった。コンパクトに振り勝負強かった。特に左打者に対しては無類の強さを発揮する。そう、江夏のような左投手に対しててある。
「ええか」
 西本は石渡とその佐々木に対して言った。
「ストライクは全部振っていくんや。迷うんやないぞ」
「はい」
 二人はそれを聞いて頷いた。
「よし」
 西本はそれを聞いて首を縦に振った。
「行って来い」
 そう言うと代打を告げた。
「代打、佐々木!」
 そのアナウンスが響いた時球場にどよめきが起こった。
「遂に出て来たな」
「ああ、待ちに待った左殺しや」
 近鉄ファンは皆勝利を確信した。その気が広島ベンチ、そしてマウンドにいる江夏にまで伝わってきた。
「負けるか・・・・・・」
 古葉は向かいのベンチにいる西本を見て呟いた。
 西本は腕を組んで佐々木を見守っている。何も語ろうとしない。表情も変えない。ただ佐々木を見ているだけである。
「頼むで」
 西本は心の中でそう言っただけであった。
 古葉は江夏を見ながら考えていた。そして佐々木も見ていた。
「ここが勝負だな」
 それは彼にもよくわかっていた。
 佐々木は西本の一番弟子である。今まで出番がなかったとはいえその打撃には定評がある。前述の通り左には特に強い。江夏が打たれる危険が最も高いのはこの男である。
 だがそれを逆にして言えばこの男を抑えれば勝利が見える。両チームは今緊張の頂点にいたのである。
 近鉄ベンチからは凄まじいオーラが発せられる。勝利を掴まんとするオーラだ。
 それは江夏も感じていた。だがそれに動じる江夏ではない。
 彼は今まで後楽園で王、長嶋を向こうに回してきた。甲子園では熱狂的なファンの想いを一身に集め投げぬいた。その彼にしてみればプレッシャーなぞものの数ではなかった。
 逆に佐々木を睨みつける。そしてその目を見た。
(強振やな)
 その強い光を見て江夏はすぐに見抜いた。
 無死満塁である。スクイズも有り得る場面である。だが江夏はこの時スクイズは有り得ないと確信していた。
(西本さんは力で攻めるのを好む)
 まずは一塁ベンチにいる西本に目をやった。全身にその燃え盛る様な闘志をみなぎらせたこの男は積極的な攻撃をその身上とする。それにより優勝してきたのだ。
(そしてこの男や)
 次にバッターボックスにいる佐々木を見る。彼もまた攻撃的な性格である。西本を崇拝する彼はその野球を全て身に着けようとしていたのだ。
 その佐々木がバントをしてくるとは到底考えられなかった。絶対に振ってくる、そして江夏を打ち崩そうとしている、そういう確信があった。 
 江夏はここまでは見抜いていた。では次は投球だ。
 佐々木の身体を見る。全身で力を爆発させようとしている。
 まず大事なのは一球目である。これで攻め方が大体決まる。
 しかし下手なボールを投げては打たれる。ましてや相手は首位打者も獲得したことのある男である。いい加減な投球は許されない。
 ではどうするか。江夏はその灰色の脳細胞を働かせた。
(カーブや)
 江夏は結論を下した。彼の持ち球の中でも最も独特な所謂スラーブである。
 それを内角低めに投げた。だがそれはボールとなった。
「カーブか」
 それを見た佐々木は呟いた。彼はカーブが来るとは思わなかったのである。少し意外そうな顔をした。
 江夏の武器は速球や変化球、勘の他にもあった。それはコントロールである。
 よく左投手はコントロールが悪い者が多いと言われる。代表としてヤクルトからメジャーに進んだ石井一久である。彼はその荒れ球が最大の武器であった。
 だが江夏は違った。デビュー当時からコントロールが良かった。その為に頭脳的な投球が可能になったのである。
 中でも外角低めのストレートは絶品であった。そこに一五〇を超える速球を投げ込まれては誰も打てはしなかった。
 この時は速球派ではなかった。しかしそのコースへのストレートで数多くのバッターを倒してきたのだ。
 江夏は持っている球種もあまり多くはない。そのスラーブと称されるカーブとシュート、フォーク、そしてストレートだけである。だがその勘と頭脳が江夏を絶対的なストッパーにしていたのである。
 佐々木は意外に思ったが打つ気を殺がれたわけではなかった。相変わらず強い光で江夏を見ている。
(見事なもんやな。この状況でこれだけの気迫を出してるなんて)
 江夏は彼の目を見ながら思った。流石は西本の一番弟子だと感じた。
 江夏は投球モーションに入った。その間も佐々木から目を離さない。彼は常にバッターを見ていた。そしてボールを離すその瞬間までその心理を見抜こうとした。
 外角低めのストレートだった。少しシュート回転していた。
「!」

 佐々木は動けなかった。そしてそのボールを見送ってしまった。
「な・・・・・・」
 それを見た西本は一瞬呆然とした。
「あれを何で振らんのや・・・・・・」
 佐々木も驚いていた。彼はますで金縛りにあったように動けなかったのだ。
 時として動けない時がある。その時の彼がまさにそれであった。佐々木は一球目のカーブのあとで少し迷いが生じていたのだろうか。
 だが佐々木も名の知られた男である。すぐに気をとりなおしバットを握りなおした。
(今の見逃しはかなり効いた筈や)
 しかし心の奥底にある僅かな迷いを江夏は見抜いていた。そして次はあえて甘い球を投げることにした。そう、佐々木なら絶対に打てるものを。しかしそのボールには罠があった。
 真ん中高目へのカーブ。それを見た佐々木の目が光った。
 振った。打球はそのまま一直線に飛ぶ。高い。三塁線の上スレスレを飛ぶ。
「まずい!」
 古葉は顔が凍りついた。
「いったか!?」
 西本も思わず身を乗り出した。皆その打球から目を離さなかった。
 サード三村敏之が思いきり跳んだ。そして打球を捕ろうとする。
「いかせるかい!」
 だが届かなかった。僅かではあるが打球の方が高かった。
「クッ!」
 三村は歯噛みした。打球はそのまま上を飛んでいく。打球はグラブの端を掠めたか。三村はそれを感じた時一瞬その顔を蒼白にさせた。
 だが一人冷静な男がいた。投げた江夏本人である。
「大丈夫や」 
 彼はそう言わんばかりの目でその打球を見ていた。
 打球は落ちた。それを見た審判はファウルを宣告した。
「エッ!?」
 胸を撫で下ろす者といきり立つ者がいた。前者は広島であり後者は近鉄であった。
「あれは入っとるやろうが!」
 西本はベンチから出ようとした。だが行くことは出来なかった。
 それは何故か。どういうことか三塁ベースコーチである仰木彬が全く動こうとしないのだ。
「ファウルなんか!?もしかして」
 西本はいぶかしんだが思いなおした。そしてここはベンチにいることにした。
「危なかったな」
 広島ナインは全身から冷や汗を流した。それ程までに危ういボールであった。打った佐々木もまだ打球を名残り惜しそうに見ている。
「いったと思うたんやけどな」
 特に安堵していたのは三村であった。彼はボールがグラブに触れた、と一瞬思ったからだ。
「ふれたんじゃなかったのか」
 そういう感触があったように感じた。だが判定は覆らない。
 当の江夏は落ち着いたものであった。彼にはさっきのボールは絶対にファウルになるという確信があったのである。
「今の打球をフェアにできたら野球の神様や」
 江夏はそう思った。それ程自信のあるボールであった。
 ここでファーストの衣笠が歩み寄って来た。
「ん!?」
 江夏はふとそれに気付いた。
「まだ気にしとるか」
 彼は江夏に対しそう尋ねてきた。
「気にしとる、何をや」
「ブルペンのことじゃ」
 衣笠は率直に言った。視野の広い江夏である。彼はこの時もまだ自軍のベンチを見ていた。
「気付いとったか」
「そりゃな。ここからはよう見えるけえのお」
 衣笠は言った。そして雨を挟んで江夏に対して言った。
「気にすんなや。わしは御前と同じ考えじゃ」
 そしてこう言った。
「同じ考えか」
 江夏はそれを聞いてその言葉を繰り返した。
「そうじゃ。そんなもん気にする必要はない。投げることに専念せい」
「ああ」
 江夏は頷いた。そして打席にいる佐々木に顔を戻した。
「そうさせてもらうわ」
「よし」
 衣笠はそれを聞くと頷いて一塁に戻った。江夏は佐々木に神経を集中させた。
「行くで」
 四球目はストレート。しかしボールである。佐々木はその卓越した選球眼ではっきりと見ていた。
「やっぱりあれはわかるか」
 江夏は返球されたボールを受け取りながら呟いた。
「じゃあこれはどうや」
 そう言うと投球動作に入った。
 そして投げた。同じコースである。だが今度はカーブである。
「しもた、それか!」
 佐々木は別のコースにストレートがくると思っていたのである。若しくはボールになるシュート。だが何とフォークを投げてきたのである。
 実際に江夏はあまりフォークは投げない。ストレートにカーブを織り交ぜる。シュートはその次である。フォークは持ち球の中でも最も投げることの少ない球であった。しかし江夏はあくまでストレートを主体に投球を組み立てる男である。しかも今日は特にそうであった。それがここで投げてくるなどとは。
 佐々木は間に合わなかった。バットは空しく空を切った。
 三振であった。これで近鉄の切り札を退けた。
「やったな」
 古葉はそれを見て呟いた。
「あとは石渡か」
 そして打席に向かう石渡を見た。
「やってくるな」
「何をですか?」
 それを聞いたコーチの一人が彼に尋ねた。
「スクイズじゃ」
 古葉は短い言葉でそう言った。
「まさか」
 コーチはそれを聞いて首を横に振った。
「西本さんですよ。まさかこんな時にスクイズなんて。それに」
「御前の言いたいことはわかっとるけえ」
 古葉は彼に対して言った。
「あの時のことやろ」
「・・・・・・はい」
 コーチはその言葉を聞き頷いた。
 十九年前の日本シリーズ、大毎と大洋の戦いであった。この時西本は大毎の監督をしていた。
 このシリーズは今だに語り草となっている。三原マジックがその妙技を見せつけたシリーズであった。
 ターニングポイントは第二戦であった。
 八回表、大毎の攻撃であった。スコアは三対ニ、大洋一点リードであった。
 マウンドにいるのは大洋の誇るエース秋山登、バッテリーを組むのは盟友土井淳である。当時このバッテリーは難攻不落と呼ばれ怖れられていた。
 だが一死満塁、大毎の逆転のチャンスである。
 当時大毎は強打のチームであった。いよいよそれが爆発するものだと誰もが思っていた。
 打席に立つのは五番の谷本稔。西本はここでスクイズを命じたのである。
「なっ!」
 それを見た観客達は思わず唖然とした。まさかここでスクイズとは。
 だがそれは失敗した。ダブルプレーに終わりその回の攻撃は終わった。
 結局それが流れを完全に大洋のものとした。大毎は圧倒的な戦力を誇りながらも三原の奇策の為に一敗地にまみれたのであった。
 これに激怒したのが大毎のオーナー永田雅一である。彼はまず西本に電話で怒鳴りつけた。
「何であの場面でスクイズだ!うちは打線のチームだぞ!」
「このチームのことは私が最もよくわかっています!だからスクイズを命じたんです!」
 西本も引き下がらない。彼は相手がオーナーであろうと臆する男ではなかった。
「その御前に任せてこういうことになっただろうが!これはどういうことだ、このバカヤローーーッ!」
 永田も頭に血が登っていた。思わず罵声を浴びせてしまった。
「バカヤローーとは何だ、取り消して頂きたい!」
 永田は取り消さなかった。かわりに電話を叩き切った。これで西本の解任が決定した。
 そうしたことがあった。だからこそ誰もがこの場面でスクイズなど考えられもしなかった。このコーチもそうであった。
「信じられんか」
「そりゃまあ」
 そのコーチは古葉の言葉にまだ首を横に振っている。
「まあ見とけ。西本さんは絶対にやってくる」
 彼はそう言ってキャッチャーの水沼にサインを送った。水沼はそれを横目で見ていた。
「そじゃろな」
 水沼もそれはわかっていた。そしてバッターボックスに入った石渡を見た。
「おい」
 そして彼に声をかけた。
 石渡は答えない。だが二人は実は古い知り合いであった。
 二人は同じ中央大学出身である。水沼が先輩、石渡が後輩である。しかも同じ部屋に住んでいたこともある。
「何球目で仕掛けてくるんじゃ」
 水沼は彼に対して言った。それを聞いた石渡の顔色が変わった。
 彼にも何を言っているかわかった。だがこの時彼にそのサインは出ていなかった。
「何のことだか」
 石渡はそう言った。実際にこの時彼にはスクイズのサインは出ていなかった。西本はストライクを思いきり振れ、としか言っていない。
「そうか」
 水沼はそう言うと彼から視線を外した。だが彼はスクイズがある、と確信していた。
 この時西本はスクイズは全く考えていなかった。ただ石渡に振れ、とだけしか言っていない。
「監督、どうしますか」
 その証拠にこの時コーチの一人が尋ねてきてもこう言った。
「あいつのバットに全部任せた」
 西本も腹をくくっていた。石渡に絶対の信頼があった。彼もまた西本が一から育て上げた男なのだから。弟子を信頼しないような西本ではなかった。
 だが。自分の考えが伝わっていないとしたら。それは有り得ることであった。だが西本はこの時はそう考えてはいなかった。
 江夏は石渡を見ていた。そして何かを感じていた。
(スクイズだ)
 彼の脳裏に咄嗟に浮かんだ。
(絶対スクイズで来る)
 古葉や水沼は戦術として見た。だが彼は勘でそれを感じたのである。
 石渡はミートの上手い男である。右に流すのも得意だ。
 それは広島もわかっていた。一塁の衣笠と二塁の木下富雄は既に併殺の用意をしている。
 だがそれはない。江夏はそう確信していた。
 どうやら今サインは出ていないようだ。広島ベンチにいる古葉も水沼も緊張をもって西本を見る。
「連中はどうやらわしの動きに注目してくれとるようやな」
 それは西本も感じていた。だからこそ軽率な動きは出来なかった。彼は慎重にサインを送った。
「来るか」
 古葉は身構えた。だがそれはなかった。
 江夏は一球目を投げた。それはカーブであった。
「しめた!」
 それを見た西本は思わず心の中で叫んだ。それは打ちごろの絶好球であった。
「石渡なら打てる」
 彼は確信した。だが石渡のバットは動かなかった。
「うう・・・・・・」
 見送ってしまった石渡は思わず呻いた。どうやら振ろうとして振れなかったようだ。
「打ってくるつもりか」
 ボールを受けた水沼はそれを見ながら思った。だが石渡の表情からそれは読み取れない。
 石渡はこの時思いきり振るつもりであった。だが江夏のカーブの鋭さに手が出なかったのだ。それを見た西本は思った。
「わしの言葉が上手く伝わってなかったか!?」
 そう思うとその疑念は急激に膨らんでいく。彼の疑念は不安となった。
「まずいかもな」
 三振や内野フライならまだいい。だが得意の右打ちを下手に失敗して併殺打を打ったなら全てが終わる。広島ナインはそれを予想してか既に前進守備である。
「外野フライでも難しいかもな」
 広島は外野守備も固かった。センターの山本浩二もそうであったが特にライトを守る助っ人ライトルの強肩と守備範囲の広さは脅威であった。如何に藤瀬といえどこれは危なかった。
「どうするかや」
 西本は考えた。まずは三人のランナーを見る。
 三塁から藤瀬、吹石、平野。三人共俊足である。おそらくヒット一本で二人確実に帰る。
 だが広島の外野は先に見たように固い。レフトにいる水谷実雄にしても普通の守備は出来る。ましてや狭い大阪球場である。外野へ飛ばすのはあまり期待できない。
 では内野を狙ってはどうか。だが広島内野陣はセリーグ一の守備力を誇っている。強肩俊足のショート高橋だけでなく三村も木下もその守備は堅実である。衣笠もそれは同じであった。余程上手く打たないと抜けそうにない。抜けなければお終いである。
 ましてやピッチャーは江夏である。そうそう余裕をもって打てる男ではない。西本は広島ナインを見回して腕を組み替えた。
 石渡はパンチ力もある。ここは振らせてみてもいい。狭いこの球場だとスタンドに入るかも知れない。だがそれはヒットや外野フライを狙うより可能性は低かった。
「やっぱり江夏をどうするかや」 
 そう呟き江夏を見る。そこで彼はあることに気付いた。
「江夏か」
 そう、江夏である。彼の特徴はその太った体型である。
 今では太ったピッチャーも珍しくない。だが当時太ったピッチャーというのはそれだけで失格の烙印を押されることも多かった。実際に江夏はその体型を嫌われて阪神を追い出されたところがあった。当時阪神は田淵幸一等太った選手が目立ち『阪神部屋』等と揶揄されていたのだ。
「そうや、ここに穴があったわ」
 西本は広島の堅固な守備の穴を遂に見つけ出した。彼は江夏を攻めることにした。
 そしてサインを出した。それを見た石渡の目が光った。
(わかりました)
 石渡は目で西本に頷いた。誰にも気付かれることのないようにそっと。
 だがこの時顔が僅かに白くなった。しかしそれは誰も気付かなかった。そう、広島の者は。
 一塁にいた平野は石渡の顔が白くなったのを見た。だがすぐにそれが元に戻ったのを見て思った。
(そうや、それでええ)
 彼はそれを見て勝利を確信したのだ。
 だが三塁にいた藤瀬は違っていた。
(ほんまか!?)
 彼はそのサインを見て蒼白になった。そしてゴクリ、と喉を鳴らした。
(確かにわしは脚には自信はあるが)
 彼は西本を見て思った。西本はその彼に対して目で言った。
(御前ならやれる、安心せい)
 彼は藤瀬の脚にも絶対の信頼を置いていたのだ。
 だが藤瀬は狼狽していた。彼にもあの大毎でのことが脳裏にあった。
(もしここで失敗したら・・・・・・)
 そういう不安があった。石渡の方を見た。
 それに対して石渡は冷静だった。彼は自信があった。それで定評があったからだ。
(あいつ、何でああまで冷静でいられるんや)
 藤瀬はそう思った。それがつい顔に出てしまいそうになる。そしてそれを抑えるのに必死になる。
 江夏は左である。従ってそれを見ることはできない。だから藤瀬の動作はよくわからない。
 石渡はさっきと変わらなく見える。だが外見上そう見えるだけだ。内面は見ようとしたが見抜けない。どうやらあえて隠しているようだ。
 江夏に藤瀬は見えなかった。だが彼は広島ベンチからはよく見えた。
「あいつの様子、どう思う?」
 古葉は隣にいたコーチに対して囁いた。
「藤瀬ですね」
「ああ」
 古葉はそれに対して頷いた。
「怪しいと思うじゃろが」
「ええ、確かに」
 そのコーチは頷いた。
「来るな」
 彼はそう言うとベンチにメモを送った。
「ええか」
 それを見た者達が目だけで頷く。
「よし」
 古葉は口の中で了承した。そしていつも通りベンチの奥に陣どった。
 江夏は藤瀬にはチラリ、と見るだけしかできない。だが一塁にいる平野はよく見える。
 平野を見た。すると彼の顔がニヤリ、と笑ったように見えた。
「!?」
 江夏は一瞬我が目を疑った。だがそれは一瞬のことでありもう確かめることは出来ない。平野は無表情のまま一塁にいた。
『貴方の手には乗りませんよ、江夏さん』
 江夏はその時平野のその声を聞いたように感じた。
(まさかな)
 だが彼はその時直感で感じていた。来る、と。
 次に二塁の吹石を見る。彼には何の変化もない。二塁ランナーはこうした場合比較的楽なポジションにいるせいだろうか。
 三塁の藤瀬はあまりよく見えないがどうやら普通に見える。だがその普通さが怪しいといえばそうなる。
 だが彼は確信していた。しかしそれが何時なのかはわからない。
 西本はベンチで選手達を見守っていた。彼はもう決断した。その決断を覆すつもりはない。
「迷ったら負けや」
 それを彼は今までの野球人生で嫌になる程よくわかっていた。
 かって七度シリーズに出た。シリーズにおいては勝ったことがない。
 大毎の時は三原の智略に敗れた。それは将に魔術であった。
 阪急においては巨人の圧倒的な戦力の前に敗れ続けた。こちらが幾ら新しい戦力を持って来ても敗れた。
 それは何故か。西本には迷いがあったからだ。
 巨人のヘッドコーチ牧野茂が西宮のグラウンドにボールを転がす。西本はそれだけで気が気でなくなる。
「何をしとるんや・・・・・・」
 おそらく西宮の芝生を調べていたのだろう。だがそれだけで気が気でなくなるのだ。
「気にしたらいかん」
 当時阪急のヘッドコーチを務めていた青田昇はそんな西本に対して言って彼を落ち着かせようとした。
「しかし・・・・・・」
 青田は巨人のことなら誰よりもよく知っている。彼は巨人の黄金時代川上哲治と共に打の主力であった。ジャジャ馬と呼ばれ暴れ回っていたのだ。
 その彼の言うことである。何とかその場は落ち着いた。だがそれでも試合がはじまるとそれを思い出す。そしてそれは采配にも影響が出る。
「西本さんはどうもシリーズとペナントで様子が違うな」
 巨人の監督であった川上は言った。
「何かシリーズでの野球は何処か他人行儀だな。まるで余所行きの野球だ」
『余所行きの野球はするな、うちはうちの野球をやればいい』
 西本は常に選手達に対してそう言った。だが当の本人が相手の些細な行動に悩まされ余所行きの野球をしてしまったのだ。
 王を警戒し外野を四人置く特殊なシフトを組んだりもした。だがそこで打撃優先で組んだオーダーの為守備で負けた。
 望みを託した足立光宏が力尽きて敗れた。その時事前にセカンドを守り阪急の主砲であり知恵袋であったスペンサーが彼の降板を進言していたにも関わらず足立の言葉を信じ投げさせたうえでだ。
 スペンサーは降板する足立に握手を求めた。その時スペンサーは心の中で言った。
「足立、確かに君はよくやった」
 しかしそのあとでこう思った。
「だが一人では勝てないのだ」
 だが西本は後悔はしなかった。足立もスペンサーも素晴らしいプレイを見せてくれた。そのうえで負けたのならば西本に悔いはなかった。
 山田久志が王に逆転サヨナラスリーランを浴び敗れ去ったことがあった。マウンドに崩れ落ちる山田。西本はそんな彼を一人迎えに行った。
 確かに余所行きの野球だったかも知れない。しかしそれ以上に西本はその心を見せた。そして多くの者の心をとらえたのであった。後に阪急のトップバッター福本豊は広島とのシリーズを制し日本一になった時にこう言った。
「巨人や!巨人に勝って藤井寺のお爺ちゃん喜ばしたるんや!」
 それは阪急ナインの総意であった。最早敵将であっても西本は多くの選手に慕われていたのだ。
 阪急はその翌年巨人を死闘の末に倒す。その時阪急の将上田利治は言った。
「これで藤井寺のお爺ちゃんも喜んでくれますことやろ」
 彼が果たせなかった悲願を弟子達が果たした。それを聞いた西本の胸中は如何なものだっただろうか。
 そして今。西本は己が悲願を達成させようとしていた。
「これで全てが決まるで」
 彼は心の中でそう呟いた。そしてグラウンドを見た。
 雨は次第に強くなろうとしている。だがそんな中でも戦士達は激しく戦っていた。
 江夏はセットポジションに入った。そして石渡を見る。
 水沼がサインを出す。それはカーブだった。
「よし」
 江夏は頷いた。そして投球動作に入ろうとする。
 ゴクリ
 それを見た藤瀬が喉を鳴らした。
(行くか)
 彼は思った。
(いや)
 しかし逡巡した。
 これで全てが決まる。もし遅れたらどうなる。それで終わりだ。
 だが行かなくてはならない。さもないと結果は同じだ。
 江夏を見る。こちらに目はいっていない。左ピッチャーであるせいだろうか。どうもこちらへの注意は薄いようだ。
(今やな)
 江夏が投球動作に入ろうとする。藤瀬は意を決した。
 普段の藤瀬ならタイミングを完全に見極めていただろう。だがこの時の彼は明らかに焦っていた。タイミングを見誤ったのだ。
 藤瀬はスタートを切った。一気にホーム目掛けて走った。
「早い!」
 それを見た西本は思った。口に出しかけたがそれは言わなかった。
「!」
 それを見た水沼の身体が一瞬硬直した。だがそれは一瞬であった。
「きたか!」
 古葉はそれを見て思わず叫んだ。そしてベンチに向かって叫んだ。
「今じゃ!」
 ベンチは彼の言葉に即座に動いた。
「外せ!」
 ベンチが一斉に叫んだ。その中には古葉もいた。
「よし!」
 石渡がバントの構えに入った。彼はこの時を待っていたのだ。
 江夏は既に投球動作に入っている。そこでベンチの声と藤瀬の突入が目に入った。
「ここで来るか!」
 ベンチの声は彼の耳にも届いていた。咄嗟に行動に移す。
 しかしどうしてそれをするか。もう腕は振り下ろされようとしている。
「これしかないわ!」
 江夏はすぐにボールを外した。カーブの握りのままボールをウエストさせたのだ。
 水沼が立ち上がった。彼もすぐに江夏がボールをウエストさせると直感で感じていたのだ。
「させるかい!」
 だが石渡が必死にバットを出す。彼もこの一瞬にかけていたのだ。
 石渡のバント技術はチームでも屈指である。西本がこの作戦を実行に移したのもそれがあるからだ。
 だがボールは石渡のバットを避けた。信じられないことにカーブの握りのままボールは逸らされた。
 しかしそれを捕るのは容易ではない。水沼は懸命にボールを追った。
「落とすかあ!」
 彼はそれを必死に見る。そしてミットをボールに合わせる。 
 時が止まったように感じられた。ボールはゆっくりと水沼のミットに入った。
「ゲッ!」
 それを見た藤瀬は思わず叫んだ。何とバントが失敗したのだ。
 こうなれば彼は袋の鼠である。既に三塁ベースには吹石がいる。
 水沼が迫る。そして藤瀬はそこで殺された。
「しもうた・・・・・・」
 一瞬、そうほんの一瞬であった。走り出すのが早かった為に彼は見抜かれた。そして失敗した。
「わしのせいや・・・・・・」
 ベンチに戻りながらそう呟いた。
 同じくそう呟いた者がいた。バッターボックスにいる石渡である。
 彼はバントには自信があった。だからこそ成功させねばならなかった。だが失敗に終わった。
 西本は戻って来た藤瀬に対してあえて何も言わなかった。今言ってもかえって彼の心を傷付けるだけだとわかっていたのである。
(ご苦労さん・・・・・・)
 ただ心の中で藤瀬に対し礼を言った。彼は懸命にやった。そこには一切の手抜きも不真面目さもなかった。そうしたプレイをした選手を責めるような西本ではなかった。
 だがこれで覚悟を決めた。最早彼には戦局が見えていた。
「これで終いやな」
 彼は腹をくくった。そしてバッターボックスの石渡を見た。
 三球目はファウルであった。だが既に彼は負けていた。その顔に生気はなかった。
 四球目、石渡はカーブを空しく空振りした。これで全てが終わった。
 爆発的な歓喜に包まれる広島ナイン。江夏と水沼はマウンドで抱き合った。
「やったでえ!」
「ああ、日本一や!」
 彼等だけではなかった。広島ナインがその中に次々と加わっていく。そこには衣笠もいた。
 そして古葉が胴上げされる。広島東洋カープははじめての日本一に輝いたのだ。
「短い戦いやったな」
 西本はそれを見ながら呟いた。そこに雨が降って来た。
 先程からしとしとと降っていた雨が強くなった。そしてそれが西本の、近鉄ナインの肩を濡らした。
 こういう人がいる。勝負はそれを長いと感じた方が負けだと。何故か。早く終わらせたい、楽になりたいという気持ちがあるからそう思うらしい。
 だがこの時西本は言った。短かった、と。
 彼は確かに敗れた。だが実力で、そして気持ちでは決して負けてはいなかった。
 選手もコーチ達も肩を落とそうとする。だが西本は彼等に対して言った。
「ようやってくれた」
「え・・・・・・」
 彼等はその言葉を聞き思わず顔をあげた。
「また来年や」
「・・・・・・・・・」
 その言葉に誰もが絶句した。しかし次第に西本の真意がわかってきた。
「はい・・・・・・」
 誰かが頷いた。そして皆がそれに続く。
「勝負はこれで終いやない。また来年もあるんや。ずっとな」
「はい!」
 近鉄ナインはその言葉に一斉に声をあげた。それは敗者の姿ではなかった。
 広島ナインはまだ歓喜に包まれている。古葉のインタビューの準備も進められている。
 だが江夏はそれから離れた。広島においても彼はやはり外様であった。
(わしの心はここにはあらへんわ)
 口にこそ出さないが彼はそう思っていた。彼の心は常に甲子園にあったのだ。
 そして後ろを振り返った。そこには西本と近鉄ナインが立っている。
(確かにわしは勝った)
 江夏は彼等を見て思った。
(だがほんの少しでも運が向こうにあったらわからんかったかもな)
 勝負の世界に住む男である。運の重要性はよくわかっていた。
(そういう意味ではわしもまだまだや。そして)
 もう一度西本を見た。
(一度あの人の下で野球がしたいな)
 かって江夏は周りの者にこう漏らしたことがあるという。
 外見は確かに強面である。しかし江夏は案外繊細なところがある。そして彼も西本の持つ温かさに魅せられていたのだ。
 そう思った者が他にもいた。野村であった。
 彼もまた西本の言葉には素直に耳を傾けた。偏屈だの底意地が悪いだの言われているがその実は寂しがり屋で心優しいのである。
「私なぞよりこのチームのことはご存知ですから何かとアドバイスを頂けたらいいと思っております」
 後に阪神の監督になった時彼は取材に来た西本に対して言った。これは本心からくる言葉であった。彼は南海にありながらも西本の心をよく感じていた。そして彼を深く敬愛していたのだ。
 敵にも慕われる男であった。その男の肩は落ちてはいなかった。
「帰るで。明日からまた練習や」
 彼はそう言うとベンチに姿を消した。
「はい!」
 ナインはその言葉に頷いた。そしてそのあとについて行った。
 あれから長い年月が経った。戦場となった大阪球場はもうなく死闘を繰り広げた戦士達も全て現役を退いている。西本も引退した。だがその想いや志はまだ大阪に残っている。そして彼等の志を受け継ぐ戦士達を永遠に見守っているのだ。


秋雨の下で     完



                                      2004・6・26



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