二つの顔を持つ男
 アクシズはネオ=ジオンの本拠地である。かって一年戦争の終結によりその身を隠したジオンの残党達はこの惑星に潜み再起の時を待っていた。そして先のバルマー戦役において突如として姿を現わし戦いに参加したのであった。
 バルマー戦役の折にはジオンにおいて総帥を務め実質的にジオンの独裁者として君臨していたギレン=ザビが指導者となっていた。冷徹かつ知的でカリスマ性も併せ持つ彼は優れた指導者であったが兄弟間の確執により滅んだ。そして彼を滅ぼした妹のキシリア=ザビもまた事故によりこの世を去っていた。これを不慮の事故とするか何かしらの謀略とするかは見解が分かれている。
 だがこれによりネオ=ジオンに有力な指導者がいなくなったのは事実であった。これを危惧したネオ=ジオンの高官達はドズル=ザビの忘れ形見ミネバ=ザビを名目的な指導者としハマーン=カーンやエギーユ=デラーズが実質的に取り仕切るという体裁になった。彼等は宇宙においてはティターンズ、ギガノスに次ぐ第三の勢力としてアクシズを中心に展開していた。
「ティターンズが敗れたか」
 その中の一室で漆黒の軍服に身を纏った女が報告に来た褐色の肌の派手な服の女にそう問うていた。
「はっ」
 その女イリア=パゾムは静かな声でそれに応えた。
「彼等は今北欧に向けて撤退中です。ロンド=ベルはその追撃にかかっております」
「正道だな」
「といいますと」
 イリアは漆黒の服を着た赤紫の髪の女の言葉に反応した。
「どういった意味でしょうか」
「戦略において正道だという意味だ」
「正道ですか」
「そうだ。イリア、御前ならどうするか」
「私ですか」
「攻めるのではないのか、彼等を」
「仰る通りです」
 答えは決まっていた。イリアはそう言葉を返した。
「今ティターンズもドレイク軍もその力を弱めております」
「うむ」
「叩くのは今が好機です。崩壊させるのは無理でしょうがかなりの痛手を与えることはできます」
「そういうことだ」
 それこそがこの女の考えであった。
「だが我々はそれを見ているだけでは駄目だ」
「では」
「そうだ。動くつもりだ」
 女はそう言った。
「ミリアルド=ピースクラフトはどうしているか」
「今シロッコのジュピトリスと対峙しております」
「ジュピトリスとか。では動かすわけにはいかぬな」
 シロッコのジュピトリスは主立った戦力の殆どを地球に降下させているティターンズにとって宇宙の要ともいえる存在となっていた。シロッコの能力とその戦力はネオ=ジオンも侮れないものがあった。
「それでは他の者を動かすとするか」
「デラーズ閣下の軍はギガノス軍と対峙しているので動かせないそうです」
「それもわかっている」
 女の答えは迅速でかつ冷徹なものであった。
「あの軍にはアナベル=ガトーやシーマ=ガラハウもいる。そうおいそれとは敗れはしないだろう。如何にギガノスといえどな」
「実はそのギガノスのことですが」
「どうした」
「ギガノスを代表する若手の将校の一人であるマイヨ=プラートが今地球にいるそうです」
「地球にか」
「はい。これは一体どういうことでしょうか」
「わからぬな」
 女は元々険のある顔をさらに険しくさせた。
「マイヨ=プラートはギガノスにおいて最高のパイロットと言ってもいい」
「はい」
「ロンド=ベルがいるとしてもだ。グン=ジェム隊に任せておればいいものを」
「それにつきましてはギガノスで何かあるのではないかと言われております」
「それは何だ」
「内部の権力争いではないかというのがもっぱらの噂です」
「権力争いか」
 それを聞いた女の目が光った。
「確かマイヨ=プラートはギルトール元帥の派閥だったな」
「その通りです」
 イリアはそう答えた。
「それどころか元帥の信奉者であるとも言われております。若手将校がギルトール元帥を崇拝しているのも若手将校の間で人望の高い彼が元帥を崇拝しているからだとも言われております」
「そうか。ならば答えが出たな」
 女はそれを聞いてそう呟いた。
「若手はそうだな。だが老人達はどうだ」
「あっ」
 イリアはそう言われてハッとした。
「彼等はまた違う考えだな。違うか」
「そうなります」
 イリアも事情がわかった。
「ハマーン様の仰る通りです」
「これは当然のことだ」
 赤紫の髪の女ハマーン=カーンは不敵に笑いながらそう答えた。
「人は全ての者が一つの考えを持っているわけではないのだからな」
「そうなのですか」
「そうならばどれだけやりやすいか」
 ここでハマーンの言葉の色が微妙に変わった。
「私とてそう思う」
 その言葉は何かしら苦渋が込められていた。しかもその苦渋の色は一色ではなかった。複雑に混ざり合っているようであった。
「人とはわかりあえない時があるのだ」
「!?」
 それを聞いたイリアは首を傾げた。だがハマーンはそれを素早く見抜き言葉を変えた。
「いや、何でもない。気にするな」
「左様ですか」
「そうだ。だがそれでもまだギガノスを滅ぼせるわけではない」
「はい」
「ギガノスに関してはまだ均衡状態を続けるべきだ。ティターンズに対してもな」
「それでは今後は現状維持になるのでしょうか」
「宇宙ではそうなる」
 ハマーンは横を見ながらそう答えた。
「宇宙ではな」
「ですが今後は」
「イリア」
 ハマーンはここで彼女の名を呼んだ。
「はい」
「時が来れば動くぞ。デラーズ提督に伝えよ」
「何と」
「アナベル=ガトーとシーマ=ガラハウの部隊を借りたいとな。提督にも協力してもらいたい。そしてかわりの者をギガノスに回すことにしたい」
「一体何を為さるおつもりで」
「あれをやる」
 そう言ったハマーンの顔が邪なものに覆われた。
「コロニー落としだ。かってギレン閣下がやられたな」
「コロニー落としを」
「我々に相応しい作戦ではないか。地上にいる敵を一掃できるまたとない好機だ」
「はい」
「そして連邦への警告にもなる。我がネオ=ジオンを侮るな、とな」
「ですが一つ問題があります」
「何だ」
「それだけの作戦となるとおそらくガトー少佐やシーマ中佐の部隊だけでは足りないかと思われます」
「それはわかっている」
「では如何為されるのですか」
「マシュマーやグレミーにも行ってもらおう。総力戦を挑む」
「では私も」
「頼む。さもないと成功はしないだろう。おそらくロンド=ベルも出て来るからな」
「ですね。では」
「ギガノスへの備えだな」
「はい」
「それは私が行く」
「ハマーン様が」
 イリアはそれを聞いて思わず声をうわずらせた。
「宜しいのですか。ハマーン様御自身が」
「私とてモビルスーツのパイロットだ」
 ハマーンはその落ち着いた声に笑みを微かに入れてそう返した。
「出撃すべき時は出る。相手が誰であろうとな」
「しかし」
「ミネバ様のことか」
「怖れながら」
 イリアは頭を垂れてそう答えた。
「それについての心配はない」
「といいますと」
「ランス=ギーレンとニー=ギーレンの二人がいる。彼等なら大丈夫だ」
「ですがハマーン様」
「御前の言いたいことはわかっている」
 ハマーンの声に今度は戸惑いが混ざった。
「私とてミネバ様のもとは離れたくはない」
「では」
「だがミネバ様はいずれザビ家、いや人類を統べられるお方」
「はい」
「ではいずれ私から離れられるであろう。私は所詮その程度の存在なのだ」
 その声には自嘲も込められていた。実に複雑な声であった。
「私はミネバ様にとってかりそめの相手でしかないのだからな」
「そう思われているのですか」
「私はそれでいい」
 ハマーンはまた言った。
「ミネバ様さえ幸せになられればな。この身を喜んで捧げよう」
「そうなのですか」
「だがそれはまだ先のことだ」
 ハマーンは言葉を続けた。
「ミネバ様が人類を統べられるまではな。死ぬわけにはいかぬ」
「ミネバ様がそれを望まれている限り」
「ああ」
 ハマーンは最後にそう頷いた。そして彼等もまた彼等自身の動きに備えるのであった。

「ぬうう」
 ハマーンとはまた別の澄んだ少女の声が闇の中に響いていた。
「シ=アエンとシ=タウまで敗れたというのか」
「残念ながら」
 仮面の男葎がそれに答える。
「ゼオライマーのメイオウ攻撃の前に敗れ去ったようです」
「そうか」
 その少女幽羅帝はそれを聞いて落胆した声を漏らした。
「またしてもか。惜しい者達だったが」
「はっ」
「葎」
 ここで幽羅帝は彼の名を呼んだ。
「どう思うか」
「といいますと」
「とぼけるでない。そなたはあの木原マサキについてどう思うか」
「木原マサキに」
 その冷静な声が急激に変わっていく。
「言うまでもありません」
 その声は憎悪に覆われていた。先程までの冷静さは何処にもなかった。
「そうか。それではわかるな」
「はい」
「そなたに次の出撃を命じる。木原マサキの首を所望する」
「おおせのままに」
 葎はそれに頷いた。
「では」
 そして姿を消した。遠くで何かが動く音が聞こえてきた。
「シ=アエン、シ=タウ」
 幽羅帝は彼女の前から姿を消した二人の名を呟いた。
「そなた達も行ってしまったか。また私の愛する者達が」
「フン」
 それを聞いて遠くから哂う者がいた。だが彼女はそれには気付かない。
「葎、必ず帰って来て。私は貴方まで失いたくはないの」
「また甘いことを」
「・・・・・・・・・」
 その哂う者とは別に彼女を見る者がいた。だがやはり彼女はそれには気付かない。
「お願いだから。もう誰も失いたくはない」
「甘いものだな。皇帝だというのに」
「・・・・・・・・・」
 二人は正反対の顔をしているようだ。だがそれは陰に隠れ見えはしない。それを知ってか知らずか二人は帝を見続けるのであった。
 確かに顔は正反対であっただろう。だが目の色は同じであった。それは何故か。それは当の本人達ですら気付いてはいなかった。それに気付くには彼等もまた不完全であるということであろうか。人とは不完全なものでしかないのだ。例えどのように生まれ出たとしても。そしてそれに気付いても気付かなくても時として残酷な運命が待っているものなのである。そう、気付いても気付かなくても。それは神のみが決めることである。
 帝は部屋に下がった。それを見て二人も何処かへと消えた。だが彼等もまた俳優達の一人である。それには気付いてはいないようであったが。

「木原マサキか」
「そうだ」
 ラストガーディアンの司令室で沖はマサキを問い詰めていた。
「では聞きたいことがある」
「秋津マサトではなくてもか」
「無論」
 沖はそう答えた。
「私は木原マサキに聞いているのだ」
「ククク」
 マサキはそれを聞いて不敵に笑った。
「わかった。では聞いてやろう。何だ?」
「御前は一体何を考えているのだ?」
「何を!?」
 マサキは笑ったまま目を動かした。
「おかしなことを言う。それは御前もわかっているのではないのか」
「私がわかっているだと」
「そうだ。だから御前はあの時俺を殺したのだろう」
「クッ」
 沖はそれを聞いて舌打ちした。
「御前は自分の為に俺を殺した。違うのではないのか」
「・・・・・・・・・」
「答えぬか。まあいい。言葉を続けよう」
 マサキはまた言った。
「沖、御前はまだそれを捨ててはいないな」
「否定はしない」
 沖の返答はそれであった。
「そして御前に言いたい」
「何をだ?」
「鉄甲龍、バウ=ドラゴンを倒せ。これは命令だ」
「命令か」
 マサキはまた不敵に笑った。
「俺に命令するというのか。この俺に」
「それがどうした」
「御前は俺のやり方を知っている筈だ。俺は誰の指図も受けん」
「ではどうするのだ」
「好きなようにやらせてもらう」
 そう答えた。
「俺のやりたいようにな。この世界も」
「そうか」
 沖はそれ以上言うのを止めたようであった。
「ならばいい」
「いや、御前はいいとは思ってはいない」
 マサキはそれに対してそう言った。
「ついでだ。言っておくぞ、沖」
 また言葉を出す。
「俺に命令するな、俺を操ろうなどと思うな。好きなようにやらせてもらうからな」
「・・・・・・・・・」
「わかったな。俺は俺だ。木原マサキなのだ」
「そうか。ところでだ」
「どうした?」
「美久の姿が見えないが。何処へ行ったのだ?」
「フン、あの女か」
 マサキはまた嫌な笑みを浮かべた。
「あの女なら逃げて行ったぞ」
「逃げた!?」
「俺が少し言ってやっただけでな。女とは脆いものだ」
「一体何を言ったのだ」
「事実を言ったまでだ」
「事実を」
「そうだ。御前は俺の、そしてゼオライマーの道具に過ぎないとな」
「な・・・・・・」
 それを聞いてさしもの沖も絶句した。
「マサキ、御前は」
「事実を言ってやって悪いのか?」
 だがマサキは全く悪いとは思っていなかった。
「いずれわかることなのだぞ。このゼオライマーの道具だということがな。そして俺の計画の為の手駒だと。駒は駒だ」
「しかし」
「御前がそのようなことを言うとはな」
 それでもマサキは言った。
「俺を自分の野心の為に殺した御前がな。何時の間にそんなに優しくなったのだ」
「だが美久がいなければ」
「わかっている」
 マサキは焦ってはいなかった。
「人形は何時でも俺の手の中に帰って来る。安心しておけ」
「美久は人形か」
「俺にとってはな。そして」
 そして言葉を続ける。
「御前も、あの者達もな。全て俺の手の中で踊っているに過ぎん。いや、俺が踊らせてやっているのだ。俺の楽しみの為にな」
 その言葉には何の温かみもなかった。冷酷な、氷の悪魔の様な言葉であった。
「捨てておく、今はな。だがゼオライマーには乗ろう」
「何故だ」
「奴が来ているからだ」
「奴が」
「そうだ。俺を憎くて仕方がない男だ」
 その黒い目が禍々しく光った。
「俺を殺そうと考えている。今もその憎しみを感じる」
「そしてゼオライマーでその男を倒すのか」
「言うまでもないことだな。その時に御前は見る」
「何をだ」
「人形が俺の手に戻る瞬間をだ。その時を楽しみにしていろ」
「何をするつもりなのかは知らないが」
「楽しみにしておけ。では行こう」
 そう言って前に出た。そして部屋を出る。
「鬱陶しい蚊を退治しにな。所詮は奴等は蚊だ」
 マサキは部屋を後にした。そこには沖だけが残っていた。
「私は恐ろしい男を殺したのかもしれないな」
 一言そう呟いた。だが時間は戻りはしない。彼もまたその中にいるのである。それは逃れられぬことであった。
 その頃美久は一人駐車場にいた。ラストガーディアンの地下駐車場である。そこには車は一台もなくただ暗闇が広がっているだけであった。美久はその暗闇の中に一人立っていた。そして泣いていた。
「酷いわ、マサト君」
 彼女は先程のマサキの言葉に傷ついていたのだ。彼女もその心は一人の少女なのである。
「何で。何でいきなり」
 涙がとどめもなく流れていた。さめざめと泣いていた。
「人形だなんて。私達はパートナーじゃなかったの」
 少なくともマサトはそう思っているだろう。だがマサキは違う。彼女はそれに気付いてはいないのである。
 そのまま泣き続けていた。そうして最後まで泣き心を静めようとする。だがそれは適わなかった。
「きゃっ」
 後ろから漆黒の服の女達が近付いてきた。そして彼女を後ろから取り押さえた。そして彼女を何処かへと運び去った。こうして美久は姿を消したのであった。
 それとほぼ同じ時間にマサキはゼオライマーで出撃していた。彼は一人でも余裕の態度であった。
「フン、八卦共が」
 彼は敵を嘲笑していた。
「懲りもせずに」
 そして何処かへと去って行った。日本を離れ西へと消え去っていった。

 ロンド=ベルはオデッサでの戦いの後北へ向けて進んでいた。敗走するティターンズとドレイク軍を追撃しているのであった。
「敵は今何処にいる」
 カワッセはグランガランの艦橋で周りの者にそう問うた。
「レーダーに反応はないか」
「はっ」
 それに対し部下の一人が応えた。
「今のところはありません」
「そうか」
「ですが油断は禁物です」
 だが後ろに控えるシーラがここでこう言った。
「シーラ様」
「強いオーラを感じます。気をつけて下さい」
「オーラをか」
「はい」
 艦橋にいたマサキ達にそう答える。
「月が来ています」
「月!?」
「そして天が。月は非常に強い憎しみをその心に抱いているようです」
「憎しみをか」
「まるでバーンね」
「あの兄ちゃんもしつこいよね」
 それを聞いてエルとベルがそう言った。
「似ているかもな」
 だがショウはそれを聞いても笑わなかった。笑えなかったと言っても過言ではない。
「憎しみというものは無限に増大するからな」
「あんたが言うとわかりやすいな」
「ああ。だが敵が近付いているのは事実だ。そろそろ出るか」
「全機出撃だな。それでいいな」
「ああ」
 皆マサキの問いにそう言葉を返した。
「何時でもいい」
「じゃあ行くよ」
「ちょっと待って」
 しかしここでセニアが一同を止めた。
「セニア、何かあるのかよ」
「タダナオのフェイファーだけれど」
「僕のですか」
 タダナオはセニアに声をかけられ急に顔を赤くさせた。
「うん。あんたそれで合ってるかな、って思って」
「も、勿論ですよ」
 彼は顔を赤くさせたままそれに答える。
「それでどうしたんですか」
「あ、ちょっとね」
 セニアはここで少し考える顔を作った。
「最近考えててね。新型の魔装機を作ろうと思って」
「新型を」
「うん。よかったらタダナオにそれに乗ってもらおうかなって。今のところ考えているだけだけれど」
「宜しいのですか?」
「今は考えてるだけよ」 
 セニアは前もってそう答えた。
「それが一機になるか二機になるかはまだわからないし。どんなの作るのか本当にわからないしね」
「殿下」
 ここでウェンディも出て来た。
「宜しければ私も協力させてもらいますが」
「頼めるかしら」
「ええ」
 ウェンディはにこりと笑ってそれに応えた。
「私でよければ。興味もありますし」
「それじゃあ一緒に考える?二人でね」
「ええ」
「そういうこと。タダナオ」
「は、はい」
 また声をかけられドキリとする。
「できたら言うからね。楽しみに待ってて」
「できたらですけれど」
「楽しみに待っております」
「なあ」
 真っ赤な顔のタダナオを横目で見ながらマサキがモハマドに囁いた。
「何であいつあんなに顔を赤くさせてるんだ?」
「風邪ではないのか?養生が必要だな」
「・・・・・・お兄ちゃんもモハマドさんも本気なのかしら」
「多分な」
 呆れるプレシアにゲンナジーがそう答える。そんな話をしながら彼等は出撃した。そして戦艦の前に展開する。
「さて、と」
 マサキはサイバスターのコクピットの精霊レーダーのスイッチを入れた。
「月が出るか、天が出るか、だな。何が出てきやがるか」
「とりあえずは別の人達が来たよ」
「ん!?」
 ミオの言葉を受け顔を前に向ける。するとそこには黒い小型のモビルスーツの部隊がいた。ティターンズのクロスボーン=バンガードの部隊であった。
「奴等か」
 シーブックがそれを見て身構えた。
「セシリー」
「わかってるわ」
 セシリーはシーブックに声をかけられても冷静であった。
「私はいいわ。行きましょう」
「うん」
 それならば問題はなかった。二人は頷き合って隣同士になって構える。銀色の二体の美しいマシンが並んでいた。
「信頼し合う関係だな」
 カトルがそれを見てそう呟いた。
「いいものですね」
「信頼できる仲間がいるというのはいいことだ」
「ま、そういうことだな」
 それにカトル、ウーヒェイ、デュオが合わせる。
「ちょっと熱いけれどな」
「あら、熱いのはいいことですよ」
「あ、つい」
 エステバリスの三人は相変わらずであるが。それでもシーブックとセシリーは互いに連携をとりながら前に出る。そして同時に攻撃を放った。
「セシリー!」
「シーブック!」
 ヴェスパーとビームランチャーが放たれる。二つの光が絡み合って進むように見えた。
 それにより敵が吹き飛ばされる。ビームシールドもまるで効果がなかった。
「見事と言うべきか」
 片目の男がそれを見てそう呟いた。ザビーネ=シャルであった。
「あの二人にはそうそう容易には勝てはしないな。だが」
 その左の目が光った。
「それは並のパイロットならばだ。私ではどうかな」
「待て、ザビーネ」
 しかしそれを若い士官が止めた。
「ドレル様」
「今は任務を優先させよとのジャミトフ閣下からの直々のご命令だ」
「ジャミトフ閣下の」
「そうだ」
 それを聞いたザビーネの顔が微妙に歪んだ。
「わかったな。今は撤退する友軍の援護に回る。いいな」
「わかりました」
 不満ではあったが従わないわけにはいかない。それを了承した。
「それではサンクトペテルスブルグまで友軍を援護致します」
「うむ」
 ドレルはそれを聞いて頷いた。
「無事な者達もこちらに参加するらしい。健闘を祈るぞ」
「わかりました。それではドレル様も」
 こうして彼等はそれぞれの任務に専念することにした。的確に動き撤退する友軍のフォローに回っていた。そこに比較的ダメージの低い者達も加わっていた。

「俺達にもやらせてもらうぜ!」
 ヤザンがいた。二人の部下も一緒である。
「ヤザン=ゲーブル大尉か」
「おう、そこの紫の髪のいかした兄ちゃんよ」
 ヤザンはドレルに対して声をかけてきた。
「何か」
「ここは大船に乗ったつもりでいな。俺もいるからな」
「それはいいが大丈夫なのか」
「何がだ!?」
「連戦でだ。オデッサからずっとではないのか」
「生憎俺もハンブラビも頑丈でな」
 ヤザンはその問いに対して不敵に笑って返した。
「あの程度の戦いじゃ何ともないのさ」
「そうか」
「それに俺だけじぇねえぜ。ジェリドもいる」
「ほう」
 見ればメッサーラが飛んでいた。撤退するティターンズ及びドレイク軍をフォローしていた。
「あのスキンヘッドの旦那のところの聖戦士とやらもな。だから安心しな」
「そうだな。では頼りにさせてもらおう」
「物分りはいいみてえだな」
「そういうわけでもないが」
「まあいいさ。それよりも気合入れてやろうぜ。獲物がこっちから向かって来るんだからな」
「わかっている。だが注意してくれ」
「どうしてだ?」
「戦いはこれで終わりではないからだ。それはわかっているな」
「ああ、勿論だ」
 ヤザンもそれはわかっていた。
「これから当分ロンド=ベルの奴等とやり合うことになるからな。この連中だけとは限らねえしな」
 ティターンズもまた敵の多い組織なのである。ロンド=ベル、そして連邦軍は言うまでもなくネオ=ジオンやギガノスとも対立していた。そしてバルマー帝国軍とも。これはネオ=ジオンやギガノスも同じであったが。まだドレイク軍という同盟軍がいるだけ彼等の方がましとも言える状況ではあるが。
「腕が鳴るがな。思う存分やらせてもらうか」
「ヤザン大尉」
 ここでラムサスとダンケルが声をかけてきた。
「行きましょう、前から来ています」
「おう、わかっている」
 ヤザンは二人に対しそう答えた。
「それじゃあな。御前さんも死なねえ程度に頑張りな」
「ああ」
 こうして彼等も戦いに入った。ロンド=ベルと彼等の戦いはさらに熾烈なものとなっていた。
「厄介なことになったか」 
 大文字は膠着しつつある戦場を見てそう呟いた。
「どうすべきかな」
 その間にもティターンズ及びドレイク軍は戦場を離脱していく。彼はそれを見て少しであるが焦りを感じていた。
「俺に一つ考えがありますが」
「何かね」
 ピートの言葉に顔を向けた。
「バルキリー隊を動かしましょう」
「彼等をか」
「はい」
 バルキリーはロンド=ベルの中でもとりわけ機動力、そして運動性に優れる者達である。
「一体どうするのかね、ピート君」
「彼等を一度戦線から外します」
 彼はそう答えた。
「それから彼等を右に回り込ませ敵の前に向かいます。そして挟み撃ちにします」
「いけるかね、それで」
「大丈夫です」
 ピートは大文字の疑問の声に対し自信を持ってそう答えた。
「彼等なら。絶対にいけます」
「そうか」
 大文字は彼の言葉を信じることにした。それに頷いた。
「ではすぐに向かわせよう。ロイ=フォッカー少佐に連絡をとってくれ」
「わかりました」
 ミドリがそれに答える。こうして作戦が決定された。
「聞いたか」
 フォッカーがバルキリーのパイロット全員に対してそう言った。
「行くぞ、一気にな」
「はい」
「何時でもいいですよ」
 輝とイサムが彼等を代表してそれに答える。
「よし、ならいい。では一気に仕掛けるぞ」
「はい!」
「バルキリーチーム、発進!」
 彼等が一斉に動いた。そして光の様な速さで敵の右を突き進む。
「ムッ!?」
 アレンとフェイが最初にそれに気付いた。だが気付いた時には手遅れであった。
「しまった!回り込むつもりか!」
 ドレルが気付いたがもう遅かった。バルキリー達は彼等の前に回り込んできていた。
「よし、今だ!」
「はい!」
 輝とイサムだけではなかった。ガルドもマックスもミリアも柿崎もそれに頷いた。そして一斉にミサイルを放った。
「全機突撃だ!前にいる奴から始末しろ。いいな!」
「ラジャー!」
 バルキリー達が突っ込む。まずミサイルで数機撃墜しガンポッドでさらに撃墜する。こうしてティターンズ、そしてドレイク軍の動きを止めた。
「クッ、何という速さだ!」
「ドレル様、私が行きます」
 ここでザビーネが出て来た。
「卿がか」
「はい。今彼等を止めなくては大変なことになります。ここは私が行きましょう」
「できるか!?」
 だがドレルはそれに対し眉を顰めさせて答えた。
「卿一人で」
「そうも言っていられないでしょう」
 ザビーネの言葉は簡潔であるが真実であった。
「実際に我々は危機に陥ろうとしております。迷っている暇はありません」
「そうだな」
 ドレルもバルキリー達の動きを見てそれを悟った。そしてそれを認めた。
「わかった、すぐに行ってくれ」
「わかりました」
 ザビーネが動いた。そして前から攻撃を仕掛けるバルキリー達に向かう。他の者達は後ろの主力部隊に向かって行った。だがその時だった。
「ヌッ!」
 何かが戦場にやって来た。それは銀色のマシンであった。
「よりによってこんな時に出て来るなんてね」
 ミサトはその銀色のマシンを認めてそう言葉を漏らした。
「時と場所を選ばない男は嫌われるわよ」
「ミサトさん、そんなこと言ってる場合じゃないんじゃないかな」
「まあいいのよ」
 シンジのいつもの突っ込みをさらりとかわした。
「中にいるのは本当に男なんだから。美少年かどうかは知らないけれど」
「葛城三佐って何時から美少年好みになったのかしら」
「あまり考えない方がいいよ」
「アムロ中佐とも仲いいんだし」
「それって」
「そこ五月蝿い」
 ミサトはヒソヒソと話をするマヤ達三人にそう突っ込みを入れた。
「それよりゼオライマーの動きから目を離さないでね」
「あ、はい」
「そうでした」
 三人は慌ててゼオライマーに神経を集中させた。
「今のところ我が軍に攻撃を仕掛ける様子はありません」
「変ね」
「ティターンズにもドレイク軍にもです。これはどういうことでしょうか」
「そうね」
 ミサトはそれを受けてあらためてモニターに映るゼオライマーを見た。確かに動きはない。
「中のパイロットが違うのかしら」
「まさか」
「いえ、有り得るわ」
 リツ子がここで出て来た。
「先輩」
「ゼオライマーは色々と謎があると言われているわ。もしかすると中にいるのは一人じゃないのかも知れないわよ」
「コンバトラーやボルテスみたいに何人かで乗ってるってこと?」
「可能性はあるわね」
「そう」
 それはミサトにもよくわかった。
「じゃあ話が早いわ。今のゼオライマーは今までの戦力でない可能性があるわ」
「それじゃあ一気にやるの?」
「それは待って下さい」
 アスカが前に出ようとすると翡翠の髪の少女がそれを止めた。
「シーラ姫」
「今のあのマシンからは邪気を感じません。少し待って下さい」
「しかし」
「今までゼオライマーというあのマシンからは邪なオーラが感じられました。しかし今はそれがありません」
「どういうことなのかしら」
「そこまではわかりませんが。少なくとも今のゼオライマーは私達にとって脅威ではないでしょう」
「そうかしら」
「私もそう思います」
 エレもそう述べた。
「エレ様も」
「はい。それよりも別の憎しみのオーラを感じます」
「そこにいる赤い髪の人と灰色の髪の人!?」
「残念ですが違います」
 どういうわけかアスカの言葉は今回はどうも滑りが悪いようである。
「確かにあの二人も問題ですが」
「問題とかそういうレベルじゃないと思うけれど」
 シンジがそう言って首を捻っていた。
「それよりも大きな憎しみです。憎しみだけではありません」
 二人は言った。
「悲しみ、戸惑い、嫌悪・・・・・・。様々な負のオーラが感じられます」
「そしてその統括こそが憎しみなのです」
「よくわからないけれどとにかくイジイジと恨んでるわけね。暗い奴」
「アスカはまたいつも怒鳴りすぎやけれどな」
「あたしのことはいいのよ、今は」
「その憎しみが今ここに来ます」
 シーラとエレはアスカの声を聞きながらも話を続ける。
「今!?」
「はい」
 答えた時であった。赤紫の身体を持つマシンも姿を現わした。
「探したぞ、木原マサキ」
「またその名前を」
 ゼオライマーの中にいる少年がそれを聞いてそう呟いた。
「僕は秋津マサトだっていうのに」
「嘘をつく必要はない」
 赤紫のマシンに乗る仮面の男がそれに対してこう返した。
「それは俺が最も知っていることだからな」
「そういう貴方は」
「葎」
 男は名乗った。
「八卦衆の一人だ。先程言ったな」
「何故僕に名乗るんだ」
「とぼけるつもりか」
 それを聞いた葎の声に怒気がこもった。
「ここに来るまでの戦いで御前は言った筈だ」
「そんな」
「俺を倒すことなぞ造作もないことだとな。今それを見せてもらおう」
「あれは八卦衆のマシンみたいね」
 リツ子が葎のマシンを指差してそう言った。
「何なのかまではわからないけれど」
「この月のローズセラヴィーの力を見せてやろう」
「答えてくれたわよ」
「親切な人みたいね」
「・・・・・・一体何者だ、この連中は」
 突然の乱入者達により戦いは停止した状態になっていた。ドレルがまず我に返った。
「見たことも聞いたこともないマシンだが」
「それよりもドレル様」
 ザビーネが意見を具申してきた。
「何だ」
「今が好機だと思いますが」
「!?」
 一瞬戸惑いを見せたがそれが何を指しているのかすぐにわかった。ドレルは頷いた。
「わかった。では行くか」
「ハッ」
「全軍に告ぐ」
 ドレルはティターンズ、そしてドレイク軍のパイロット達に告げた。
「今すぐその場所から撤退する。そshちえサンクトペテルブルグへ向かう。いいな」
「了解」
「チッ、もうかよ」
 ジェリドはそれを聞いて舌打ちした。
「これからだというのにな」
「いや、今は退いた方がいい」
「カクリコン」
「あのマシン、一体何者かわからないが俺達にとってはいい潮時になってくれた」
「挟み撃ちにされているからか」
「それもある。だが戦いの流れが途絶えた。これを利用しない手はない」
「まあここはわかってやるか」
 カクリコンに言われてはジェリドもイエスと言うしかなかった。
「じゃあ撤退するぜ。行くか、カクリコン」
「おう」
 最後にメッサーラに搭載されているミサイルを全て放ち拡散ビーム砲も放った。それでロンド=ベルの動きを牽制しながら戦場を離脱したのであった。
 こうしてティターンズとドレイク軍は戦場を離脱していった。さらに損害を受けたとはいえその戦力はまだかなりのものであった。
「敵軍がレーダーの視界から消えました」
「今は仕方ない」
 ブライトはサエグサの報告にそう返した。
「それより今は目の前のことを何とかしなければな」
「ブライト大佐」
 ここで横にいるミサトが声をかけてきた。
「どうした、葛城三佐」
「ここはエヴァを中心に作戦を立てたいのですが」
「エヴァをか」
「はい。あのゼオライマーはかなりの攻撃力を持っております。通常のマシンではそれに耐えられない可能性が大きいと思われます」
「確かにな」
 ブライトも先のシ=アエン、シ=タウとの戦いを見ていた。彼もゼオライマーの力は見ているのである。
「ではそうするか。エヴァチームを前に」
「はい」
「防御に力を入れて。エネルギーをATフィールドに集中させよ」
「了解。いい、皆」
 ミサトは四人に声をかけてきた。
「フィールド全開よ。そしてゼオライマーに向かって」
「ほいな」
「何か消極的でやなやり方だけれどね」
「待って」
 だがここで綾波が止めた。
「レイ、どうしたの?」
「あのマシンを見て下さい」
「!?」
 皆それを受けてゼオライマーに目を向けた。見ればローズセラヴィーと戦いを繰り広げている。
「今のゼオライマーは私達を見ていません」
「どういうことなの!?」
「おそらくあの中にいるのは木原博士ではないのです」
「ルリちゃん」
 ミサトはモニターに姿を現わしたルリを見上げた。
「それなら」
「あの中にいるのはごく普通の人と思われます。ただ」
「ただ!?」
「それでも身体は木原博士と同じものだと思われます」
「じゃあ二重人格者か何か?」
「はい」
 ルリはそれに答えた。
「詳しいことまではわかりませんが」
「そういえばそうだな」
 アムロがそれに頷いた。
「アムロ中佐」
「ゼオライマーの動き、あの時とはまるで違う。今のあれは素人のそれだ」
「素人」
 実際にゼオライマーはローズセラヴィーに為されるがままであった。一方的に攻撃を受けていた。
「どういうことだ」
 それに最も驚いていたのは他ならぬ葎であった。
「ゼオライマーの力、この程度だというのか」
「ううう・・・・・・」
 マサトはゼオライマーのコクピットで呻いていた。そして葎に対して問うた。
「答えてくれ」
「!?」
「何故僕を憎むんだ?」
 マサトはそう問うてきた。
「君のことは知らない筈だけれど」
「知らないのか」
「それに僕は秋津マサトだ」
「それは知っている」
 葎はそれに頷いた。
「だが同時に木原マサキでもある」
「やはりな」 
 ロンド=ベルの面々の中で何人かがそれを聞いて表情を変えた。
「それなら」
 マサトはまた問うた。
「君はどうして木原マサキを憎むんだ?彼が君に何をしたというんだ」
「俺という命を弄んだ」
「命を!?」
「そうだ。見ろ」
 葎はここで仮面を取り外した。そしてそこには群青色の髪をした美男子がいた。男というよりは女に近い顔であった。実に整った顔であった。
「!!」
 皆その顔を見て絶句した。
「何て綺麗な顔・・・・・・」
「それで何で嫌がるんだ。わからねえ」
「俺より少しだけ不細工なだけだってのに」
 さやかと甲児、そしてボスも唖然としていた。だが葎はそんな彼等に対して言った。
「美しいか。だが美とは価値観に過ぎん」
「価値観」
「そうだ。俺にとって美とは男らしさだ」
「男らしさ」
「俺は女ではない。男だ。だからこそ」
 さらに言う。
「この顔が俺の憎しみのもとなのだ」
「顔が」
「そうだ、木原マサキよ」
 彼はマサトではなくマサキに対して言っていた。
「我等八卦衆は貴様により作り出された」
「クローンか何かか」
 サコンはそれを聞いて呟いた。
「どちらにしろ人工的に作り出されたのだな」
「そうだ」
 葎はサコンの言葉に答えた。
「そしてその際貴様は我等に多くの傷を植えつけた」
「傷を」
「我等八卦衆はそれぞれ心に傷を持っている。他の者のことは詳しくは知らないが」
 葎は語っていた。
「俺はこの顔だ。この女の様な顔をどれだけ憎んできたか。俺はこの顔を持って生まれたが為に苦しまなくてはならなかった。どうして女の顔を持って生まれたのか」
「それが木原マサキの為してきたこと」
 リツ子はそれを聞いて絶句していた。
「色々と頭のおかしなのには会ってきたけれど」
「どうやら最低の奴だったみたいね」
「ええ」
 ミサトとそう話をした。話をしながらゼオライマーとローズセラヴィーから目を離さない。葎はまだ言っていた。
「木原マサキ、貴様により俺は苦しめられてきた。俺は貴様が憎い」
 また言った。
「心の奥底から憎い。貴様を殺す為に俺は今まで生きてきたのだ」
「僕を」
「そうだ」
 声が憎しみの血の色に滲んできた。
「貴様の為に俺は憎しみを持って生きてきた。今その憎しみを消すのだ!」
 そう言うとローズセラヴィーを動かした。
「ルナフラッシュ!」
 まずは両手の指先を集約させた。そしてそれで攻撃を仕掛ける。
「うわっ!」 
 それに揺れるマサト。だが葎はさらに攻撃を続ける。
「これで終わりではないぞ!」
 身構えた。そして叫ぶ。
「チャージ!」
 巨大な砲を出した。それでゼオライマーを狙う。光を放った。
「これでどうだっ、Jカイザー!」
 それでゼオライマーを完全に破壊しようとする。そしてそれがゼオライマーを包む。
「うわあああっ!」
 マサトは光の中でさらに打ち据えられた。だがそれでもゼオライマーは動いていた。そしてマサトも生きていた。だが彼はこの時にはもう彼ではなくなっていた。
「ククククク・・・・・・」
「!?」
 葎だけではなかった。他の者もその声を聞いて動きを止めた。
「何っ、まさか」
「そのまさかだ」 
 声に邪気が篭っていた。顔を上げるマサトは既にマサトではなくなっていた。
「ククク、それが貴様の最大の攻撃か」
「何っ」
「所詮は女の顔を持つことにすら耐えられない弱き者。俺の手の中で踊るだけだ」
「貴様まさか」
「そう、そのまさかだ」
 マサトは完全に顔を上げた。そして葎に顔を向けた。
「貴様が探していた木原マサキはここにいるぞ」
「おのれ」
 葎はそれを聞いてその整った顔を憎悪で歪ませた。
「遂に出て来たか。だがそれもここまでだ」
「ここまで?」
「そうだ」
 マサキは言った。
「貴様に勝利は有り得ん。まずはそれを言っておこう」
「ほざけ、今の状況でそれが言えるというのか」
「言えるとも」
 しかしマサキの態度は変わらなかった。
「今それを見せてやる。次元連結システムをな」
「えっ」
 それを聞いたリツ子が眉を顰めさせた。
「次元連結システムはゼオライマーの中にあるのじゃなかったの?」
「どうも違うようですね」
 サコンが彼女に対してそう答えた。
「彼の話しぶりからするとそれは外にあるようです」
「外に」
「ですね。今それがわかりますよ」
「その次元連結システムとは」
「今教えてやる」
 マサキはやはり邪悪な笑みを浮かべたままそう言った。
「美久」
「美久!?」
 それを聞いたリツ子達の顔がまた変わった。
「来い。そしてゼオライマーに戻れ」
「まさか」
 そこにいた全ての者が最早マサキから目を離すことができなくなっていた。今やマサキの一挙手一投足に全ての神経を集中させていた。そしてマサキの動きに応じて何かが動いた。

 その頃鉄甲龍のキエフの基地で一人の老人がプールに浮かぶ全裸の美久を見て驚きの声をあげていた。
「まさかこの娘がな」
 ルーランであった。鉄甲龍の技術者である。
「木原マサキに味な真似をする」
「味な真似か」
 それを聞いた塞臥がルーランに声をかけてきた。
「それはどういうことだ」
「わかるのか」
 だがルーランはそれには答えずに逆にこう問うてきた。
「お主に」
「馬鹿なことを言う」
 彼はそれを聞いて薄い笑みを浮かべた。
「俺を誰だと思っているのだ。八卦衆の雷だぞ」
「それは知っている」
 ルーランも負けてはいなかった。表情を変えずにそう返す。
「だがこれを見てもまだわからないようだな」
「少なくとも興味はない」
 塞臥はその言葉に対してそう答えた。
「俺にはどうでもいいことだ」
「オムザックさえあればか」
「そうだな」
「あれは確かに強力だ」
 それを聞いてルーランが呟く。
「だがお主はそれを使って何をするつもりなのだ」
「さてな」
 塞臥はそこはとぼけた。
「何を言っているのかよくはわからないが。さて」
 彼はルーランに対して背を向けた。
「オムザックをなおしてくれたことの礼は言おう。これでゼオライマーも終わりだ。いや、葎が倒すか」
「そうだな」
 ルーランはそれに頷いた。
「この娘がここにいる限りはな」
「その娘に何があるかは知らないが」
 塞臥は振り向かなかった。
「俺には関係のないことだ。ではな」
 そして彼は姿を消した。後にはルーランとプールの中の美久だけが残った。美久は全裸であった。
 彼は塞臥が去った後も暫くプールの中の美久を見ていた。そして呟いた。
「木原マサキ、恐ろしい男だ」
 その顔には驚愕の色が浮かんでいた。
「まさかこの娘までとはな。そこまで考えていたか。ん!?」
 そこでプールの中の美久が突如として動きはじめた。
「なっ、何が起こったのだ」
 美久はそのまま宙に浮かんだ。そして何処かへ姿を消してしまった。
「消えた。まさか・・・・・・」
 彼は美久が何故姿を消したのかわかった。そして遠くを見据えた。
「木原マサキ、また動くか。何処までも恐ろしい男だ」
 彼の声にも顔にも憎悪はなかった。だがそこには怯えの色があった。己より力が上の者に対する怯えであった。

「ククククク」
 マサキは葎を前に笑っていた。
「もうすぐ貴様も死ぬ。覚悟はいいか」
「ほざけ!」 
 葎はその言葉を聞いて激昂した。
「貴様を倒すことこそが俺の唯一の望み。それを適えるまでは!」
「死なぬとでもいうのか」
「そうだ。見ろ!」
 彼はここで雲の中に衛星を放った。小さな衛星であった。
 その衛星から雷が落ちる。そしてそれが葎のローズセラヴィーを直撃した。
「チャージ!」
「ほう、エネルギーを充填したか」
「そうだ」
 彼は答えた。
「貴様を完全に倒す為に。行くぞ」
「来い。だがその前に余興を見せてやる」
「余興!?」
「そう、これだ」
 ゼオライマーの前に一人の少女が浮かび上がった。美久であった。
「その娘は」
「これこそがゼオライマーなのだ」
 マサキは葎に対してそう言った。
「ゼオライマー!?」
「何を言っているんだ!?」
 コウがそれを聞いて眉を顰めさせた。
「あの娘がゼオライマーだなんて。おかしくなったのか!?」
「おいコウ、それはないだろ」
 キースがそれに突っ込みを入れた。
「何かの隠語じゃないのか」
「いえ、どうやら違うわ」
 だがここでニナが二人に対してそう言った。
「多分ゼオライマーの秘密はあの娘にあると見て間違いないわ」
「!?どういうことなんだ」
「どうなってるんだよ」
「見ていればわかるかもね」
 だがニナは冷静なままであった。
「ここはじっくりと見せてもらうわ、ゼオライマーを」
「そうね」
 リツ子もそれに頷いた。
「じたばたしてもどうにもならないのなら。見るしかないわ」
「ええ」
「そうだな」
 二人に続いてコウも頷いた。
「ここは見るとするか」
「コウ、いいのかよ」
 キースがそれに疑問の声を呈した。
「黙って見ていて」
「そうするしかないだろ」
 コウはもう腹を括っていた。
「今は俺達にはどうしようもないんだからな」
「確かに」
 クリスがそれに頷いた。
「今はどうしようもありませんね。攻撃を仕掛けるには迂闊ですし」
「ああ」
「見とくしかないか。それじゃあとりあえず距離だけは置きましょう」
「わかった。そうするか」
「はい」
 コウはバーニィの言葉を取り入れて小隊を後ろに下がらせた。そしてそこで武器を構えるのであった。
 美久はゼオライマーの前に浮かんだままであった。だが突如として光に包まれた。
「!?」
「光に」
「フフフ」
 マサキはそれを見てまた笑った。やはり邪な感じのする笑みであった。
 美久は姿を変えた。何とそれは人間のものではなかった。
「なっ!」
 それを見た葎もロンド=ベルの面々も思わず表情を変えた。何とその美久は骨に似た外見のロボットだったのである。
「ロボット、まさか」
「いえ、有り得るわ」
 リツ子がマヤにそう答えた。
「木原博士ならね。アンドロイドを作る位簡単なことよ」
「けれど何故彼女を作ったのでしょう」
「それが今からわかるのよ」
 リツ子もまた腹を括っていた。
「鬼が出るか蛇が出るか」
「楽しみといえば楽しみね」
「ええ」
 ミサトも同じであった。皆美久とゼオライマーに視線を集中させていた。
 美久は次に変形した。蜘蛛に似た形となった。
「うっ・・・・・・」
 それを見て眉を顰める者もいる。だが美久は動き続けた。
「さあ来い」
 マサキはまた言った。
「そしてゼオライマーの力となるのだ」
 美久はゼオライマーの中に入った。そしてその中央に連結した。するとゼオライマーの力が急激に上がった。それは他の者からもわかった。
「な・・・・・・」
 まずは葎がそれに絶句した。
「まさか次元連結システムとは」
「その通りだ」
 マサキは不敵に笑ったまま彼に答えた。
「美久がそうだったのだ。これには気付かなかっただろう」
「ぬうう」
「さて、余興は終わりだ」
 マサキはここで話を打ち切りにかかった。
「これで決めてやる」
 まずは上に次元連結砲を放った。それで衛星を破壊した。
「これでエネルギーを充填することはできないな」
「クッ・・・・・・」
「そして」
 ゼオライマーはまた動いた。
「これで全てが終わる。行くぞ」
 ゼオライマーはゆっくりと浮かび上がった。そして拳を合わせた。
「死ね」
 それだけであった。それでメイオウ攻撃が葎に襲い掛かった。彼は光にその身を包まれた。
「この力・・・・・・」
 葎はローズセラヴィーと共に光に包まれながらゼオライマーを見ていた。もうすぐ全てが終わる。だがその時になってようやく気付いたのであった。
「秋津マサトではない」
「今更何を言っている」
 マサキは壊れていくローズセラヴィーと葎を見て笑っていた。
「俺は木原マサキだ」
「いや、違う」
 だが葎はその言葉に対してそう返した。
「貴方は俺、いや我々の」
 そして最後にこう言った。
「おとうさん・・・・・・」
 消えた。葎もローズセラヴィーも光の中に消えてしまった。一瞬のことであった。
「馬鹿が」
 マサキは勝ち誇りながらそう呟いていた。
「俺は御前の父なぞではない。戯れ言を」
「何て奴だ」
 それを見てバーニィが顔を顰めさせていた。
「あそこまでするなんて。いや、それだけじゃない」
「わかっている」
 コウがそれを制止しながら応える。
「あいつは・・・・・・俺達の味方じゃない」
「ええ」
「むしろ・・・・・・」
「ほう、観客がいたか」
 マサキはここでようやくロンド=ベルの面々に気がついた。
「面白い。では次の舞台を用意しよう」
「次の舞台?」
「ついて来い、フフフ」
 こう言って彼は姿を消した。完全に消え去ってしまっていた。
「レーダーに反応です」
 ナデシコの艦橋でメグミが報告した。
「北です。ゼオライマーのものです」
「誘ってるのかしら」
「おそらくは」
「大佐、どうしますか?」
 ユリカはここでブライトに問うた。
「何か北にいますけれど」
「北か」
 ブライトはそれを受けて考え込んだ。
「ティターンズやドレイク軍もまだいるな」
「はい」
「丁度いいと言えばそうなるが。罠の可能性が高いな」
「どうする、ブライト」
 アムロも問うてきた。
「リスクが大きいぞ」
「そうだな。どうするべきか」
「何とろ臭いこと言ってるんだよ」
 リュウセイも話に入って来た。
「敵が誘っているなら乗る、それで叩き潰してやりゃいいじゃねえか」
「おいリュウセイ」
 ライが彼に注意した。
「そんな簡単にいくと思っているのか」
「簡単にいっちゃあ面白くはねえな。しかし誘いに乗る価値はあるぜ」
「馬鹿なことを」
「いや、待て」
 だがブライトがそれを制止した。そしてメグミに対して問うた。
「レイナード中尉」
「はい」
「ゼオライマーは確かに北にいるのだな」
「レーダーに反応があります」
「そうか」
「ラー=カイラムのレーダーでもそうです」
「アルビオンも」
 トーレスとシモンもそう報告した。間違いはなかった。
「リュウセイはそう言っているが。どうすべきかな」
「乗ってもいいんじゃないかな」
 万丈がブライトにそう述べた。
「万丈もか」
「条件付だけれどね。ティターンズのこともある」
「ああ」
「ここは北に言ってもいんじゃないかな。僕はそう思うよ」
「そうか」
 ブライトはそれを受けてあらためて考え込んだ。
「では北に行くか」
「うん」
「よし、全軍このまま北に向かう」
 意を決した。他の者にもそう伝える。
「ティターンズ及びドレイク軍、そしてゼオライマーを目標とする。いいな」
「了解」
 彼等は再び北へ進みはじめた。北の大地は雪に覆われはじめていた。ロシアの冬であった。

「そうか、葎まで」
 幽羅帝は基地の奥深くで報告を受けていた。
「これで四人。全てゼオライマーと木原マサキに倒されてしまった」
「はっ・・・・・・」
 報告をする大男が跪いたまま頷いた。祗鎗である。
「見事な最後だったそうです」
「八卦衆らしいか。ならばせめてもの救いか」
「・・・・・・・・・」
 祗鎗はそれには答えなかった。俯いて沈黙していた。
「祗鎗」
 帝はここで彼の名を呼んだ。
「次はそなたに行ってもらいたい。よいか」
「喜んで」
「そしてロクフェルにも行ってもらいたいのだが」
「ロクフェルもですか」
「何か不服なことでもあるのか?」
「いえ」
 祗鎗はそれには沈黙した。
「何もありません」
「ゼオライマーの力は強大だ。二人がかりでなければ相手にならぬかも知れぬ。いや、シ=アエンとシ=タウが既に敗れているな」
「はい」
「油断はできぬ。二人で連携して相手をせよ。よいな」
「御意」
 こうして祗鎗の出撃が決まった。彼はそれを受けた後退室した。その後ろに一人の男が現われた。
「貴様か」
「うむ」
 それは塞臥であった。彼は不敵な笑みを浮かべていた。
「次の出撃が決まったそうだな」
「それが何かあるのか」
「一つ提案がるのだが」
 塞臥はここでこう言った。
「提案?」
「そうだ。俺と手を組むつもりはないか」
「一体どういうことだ」
「そのままだ。俺と手を組めばいいことがある」
「貴様の言っていることがわからぬのだが」
「とぼけられるとはな。ではあらためて言おう」
 塞臥は言葉をあらためた。そのうえでまた言った。
「俺につけ。これならわかるな」
「・・・・・・・・・」
 祗鎗は黙ってそれを聞いていた。
「帝よりいい目を見せてやるぞ。どうだ」
「塞臥」
 祗鎗は彼の名を呼んだ。
「何だ」
「貴様、まさか謀反を企んでいるのではないのか」
「謀反?」
 彼はそれを聞いてうそぶくような顔を作った。
「俺がか。どうしてそう思う」
「貴様については前から怪しいと思っていた」
「ほう」
「それならば俺はゼオライマーと木原マサキより御前を先に倒す。わかったな」
「さてな」
 彼はこれにはとぼけてきた。
「だが貴様の心はわかった。今はそれでよしとしよう」
「それでいいのか」
「貴様についてはな。ではな」
「・・・・・・・・・」
 祗鎗を尻目に彼は姿を消した。その口の端に邪な笑みを浮かべたまま。
 彼等もまたそれぞれの思惑があった。それが複雑に混ざり合ったまま戦場に向かう。戦いは一つの色で染められているものではなかった。


第二十九話   完


                                     2005・6・28