第三の敵
 シュウの召還によりマサキ達はラ=ギアスに向かうことになった。まず彼等は王都ラングランに姿を現わした。
「遂に来たか」
 フェイルは彼等の姿を王都上空に見ても冷静であった。事前に情報を掴んでいたらしい。
「市民達に伝えよ」
 彼はすぐに指示を出した。
「彼等は友軍だとな。従って何の心配もいらないと」
「わかりました」
 側近達がそれに応える。そしてすぐに通達が出されロンド=ベルも軍事基地へと誘導された。
「何かすげえ久し振りに戻って来たって感じがするな」
「地上では色々とあったからね」
 リューネがマサキにそう声を返す。
「戦いばっかだったけれど」
「そうだったな。けれどこっちでも同じなんだよな」
「けれどそんなに嫌でもないでしょ。戻って来れたんだし」
「まあな」
 マサキはそれに頷いた。
「ここにもそれなりにいるしな。しかし問題は地上だな」
「シュウの奴、本当に守ってくれるのかね」
「しかも一機でな。どうもあいつだけは信用ならねえ」
「いや、そうでもないと思うよ」
 だがそれを万丈が否定した。
「何でそう言えるんだい?」
「彼の目を見たからさ」
「目を」
「今まで彼の目には何か別の存在が見えていた」
「別の存在が」
「そうさ。けれどあの時にはそれがなかった。純粋に彼の目だった」
「それであたしは信用ならないんだけれど」
「けれどそれじゃあわざわざ僕達をここに召還したりはしないね。そのゼツやヴォルクルスとやらを倒す為に」
「そりゃまあ」
「あいつにはあいつなりの考えがあるんだろうけれどな」
「それならそれに乗ってみるのも悪くはない。そうは思わないか」
「そういうものかね」
「まあここはそのバゴニアと戦おうよ。何を言ってもはじまらないしね」
「そうだね。じゃあそうするか」
「おいリューネ、いいのかよ」
「そういうマサキだって考えるのは苦手でしょ。ここはいっちょ派手にやればいいじゃない」
「・・・・・・ったくよお、いつもそうやって突っ走るけれどな」
「いや、マサキだってそうだし」
「へっ、わかったよ。じゃあ今回も派手にやらせてもらうか」
「そうそう」
「じゃあまずはフェイル殿下に話をしに行こう。もう来られているかな」
「はい」
 そこでシーラが声をかけてきた。
「今来られたそうです」
「流石に早いね」
「俺達も行くか」
「そうだね。殿下に会うのも久し振りだし」
「マサキ、失礼のないようにしないと駄目よ」
「わかってるって・・・・・・ってテュッティ、いたのかよ」
「さっきからいたわよ」
「あ、そうだったのか」
「僕もな」
 ヤンロンもいた。
「殿下もお忙しい中来られたのだ。是非共御会いしなければな」
「そうだよなあ。何か殿下にはいつも世話になってるしな」
「マサキは迷惑かけてばっかりだよね」
「ミオ、おめえもいたのかよ」
「あんたは言う資格ないと思うけれど」
「あたしはゲンちゃんといつも一緒に殿下を和ませているからいいのよ」
「呆れさせているの間違いじゃないの?」
「まさか」
「まあそれはいい。皆行くぞ」
「えっ、もう!?」
 リューネはヤンロンの言葉に驚きの声をあげた。
「早いんじゃないかしら」
「王族の方をお待たせするわけにはいかない。行くぞ」
「そういうことだね。じゃあ行くか」
「了解」
 皆万丈の言葉に従い艦を出た。そして大文字とシーラ、エレを代表としてフェイルと会見の場を設けた。
「はじめまして、フェイルロード殿下」
 まずは大文字が一同を代表して挨拶した。手を差し出す。
「大文字洋三と申します」
「はじめまして」
 フェイルも返礼して手を差し出した。
「ラングラン王家のフェイルロードと申します
「はい」
 二人は互いに握手をした。それから話をはじめた。
「お話は聞いております。地球でのお働き、見事です」
「いや、そのような」
 大文字は謙遜して言った。
「私は何もしておりません。彼等の働きです」
 そう言って後ろにいるロンド=ベルの者達を手で指し示した。
「彼等が戦ってくれたからこそです」
「左様ですか」
「ですから。私は何もしておりませんよ」
「しかし貴方の卓越した指導力がなければロンド=ベルは今まで戦ってはこれなかった」
「まさか」
「謙遜なさらずに。素直にご自身のことを認められることも必要です」
「有り難うございます」
「シーラ女王とエレ女王には以前もお世話になりましたね」
「はい」
 二人はそれに頷いた。
「あの時のことは深く感謝しております。おかげでラングランは平和を取り戻すことができました」
「有り難うございます」
「心に染み入ります」
「そして今こうして御会いすることになるとは。因果なものと言えば因果なものですね」
「兄さん、そうは言ってもいずれはこうなったと思うわよ」
「セニア」
 見ればセニアが前に出て来ていた。モニカも一緒である。
「モニカも。一緒だったのか」
「あたしはもうノルス=レイには乗っていないけれどね」
 セニアは笑いながら兄にそう答えた。
「モニカが乗っているわよ」
「モニカ、大丈夫なのか?」
「はい」
 モニカはにこやかな笑みで兄に応えた。
「おかげさまで。慎ましく生活させられて頂いてます」
「・・・・・・モニカ、文法が変だが」
「何かこっちはどうしようもないみたいね。まあいいわ」
 とりあえずは妹の文法は放置すrことにした。
「それで兄さん」
「うむ」
「あのゼツがバゴニアにいたことだけれど」
「御前の言いたいことはわかっている」
 フェイルは妹の言葉に顔を引き締めさせた。
「追放したのだが。まさかバゴニアにいるとはな」
「ところで一つ聞きたいんだけどよ」
「ん、豹馬どうしたの?」
「そのゼツっておっさん何者なんだ?とりあえずとんでもねえ奴だってことはわかるけどよ」
「かってはラングランの王立アカデミーにいる錬金術士だった」
 フェイルがそう語った。
「だが禁断の秘術・・・・・・。人を使ったものに手を出してしまったんだ。そしてその罪によりラングランを追放されてしまった」
「つまりよくあるマッドサイエンティストってやつだな」
「まあわかり易く言うとそうなるわね」
「で、そのおっさんがバゴニアに潜り込んで復讐の為にラングランに攻め入ろうってことだな」
「その通りよ。よくわかってるじゃない」
「というかすぐわかるぜ。あんまりにもお決まりのパターンだからな」
「何かドクターヘルを思い出すわね」
「あいつにも手こずったしな」
 甲児はさやかの言葉に苦い顔をした。
「今度こそくたばったみたいだけどな」
「生きてちゃ怖いわよ、あんな見事に死んだのに」
「地獄から甦ったとかいうのはなしにして欲しいいな、全く」
「ホント」
「けれどゼツは実際にここに攻め入ろうとしているのよね」
 セニアは溜息混じりにそう述べた。
「昔から本当に執念深かったし」
「何か性格的には最悪みてえだな」
「それで頭だけはいいからね。厄介なのよ」
「何ちゅうかホンマわかり易いやっちゃな」
「所謂狂気の天才というものですね」
「何かいい方向に頭を使えないものでごわすか」
「それができたらあたし達はここにいないわよ、残念だけれど」
「ちずる、わかってるじゃない」
「嫌でもわかるわ。もうコンバトラーチームに入って大分経つし」
「その間いかれた奴も何度も見てきたからな。で、そのゼツっておっさんはどんなマシンを作ってるんだ?マグマ獣とかそんなモンじゃねえよな」
「魔装機よ」
「ああ、そっちなのか」
 豹馬はセニアのその言葉を聞いて頷いた。
「で、ジャオームとかそんなのか?だったら厄介なんだけどな」
「何か変な形をしたのが多いわね」
 眉を顰めさせながら答える。
「動物みたいな。趣味が悪いと言えばそうなるけれど」
「よく知ってるじゃねえか」
「一回バゴニアの魔装機見たことがあるから。あれが彼の開発だとしたら納得がいくから」
「ふうん」
「性能はよくわからないけれどね。けれど覚悟しておくことは変わらないわ」
「何かあるのか?向こうの魔装機に」
「ゼツはね、人の脳を錬金術に使おうとしたのよ」
「またえらく気色の悪いやっちゃな」
「酷いことをするものでごわす」
「意識を持つ兵器を作ろうしたのよ。けれどその為に追放された」
「まさかバゴニアの魔装機もそうやって」
「いや、それはなかった」
 小介の危惧をフェイルが打ち消した。
「今のところでしかないがバゴニアの魔装機は我々のものと同じだ。人間が操縦している」
「そうですか、よかった」
「しかし問題はある。どうやら彼は剣聖シュメルを狙っているらしい」
「シュメル!?誰だそりゃ」
「バゴニアの剣の達人なのよ。不易久遠流の使い手なのよ」
「何か凄そうだな」
 セニアの言葉に皆妙に納得したように頷く。
「ラ=ギアス剣術大会三連覇を達成しててね。ゼオルートのライバルだったのよ」
「ああ、マサキの義理の親父さんだった」
「よく覚えていたな、おい」
 マサキがそれに声をかける。
「当たり前だろ、プレシアちゃんにいつも話してもらっていたからな」
「そうだったのかよ」
「何でも凄い人だったらしいじゃねか」
「まあ剣の腕は凄かったな」
「けれどそれ以外はあれだったけれどね」
 セニアが笑いながら言う。
「プレシアちゃんがいなかったら生きていられない人だったから」
「・・・・・・何かそういう意味でも凄い人だったらしいな。まあいいや、それでそのゼオルートさんのライバルだったんだな」
「ええ、そうよ」
 セニアはまた頷いた。
「剣術大会では凄かったらしわよ。互いに相譲らず」
「おう、それで」
「試合場では稲妻が舞うようだったらしいから。その中で認め合ったライバル同士だったそうよ」
「パパってそんなに凄かったんだ」
「あたしもよくは知らないけれどね。昔のことだから」
「そうなんですか」
「ええ。けれどかなりの腕前だったことは確かね」
「それでゼツはそのシュメルさんを狙っているんだな」
「おそらく」
「だとしたら大変なことになるぜ。若しその人の脳味噌か何か使って魔装機でも作られた日にゃ」
「だからこそ君達はシュウにここに召還されたと思う」
 フェイルは静かにそう述べた。
「我々としてもバゴニアを迎撃しなくてはならない。だが君達にも協力を要請したいのだ。申し訳ないが頼めるだろうか」
「喜んで」
 まずはそれに大文字が応えた。
「その為にこちらに呼び出されたのですから。喜んでお引き受け致しましょう」
「お願いできますか」
「はい。では早速御聞きしたいのですが」
「はい」
「そのシュメル氏は何処におられるのでしょうか」
「それは」
 彼等は話し合いに入った。そしてロンド=ベルはそれが終わるとすぐにバゴニアとの国境に向かうのであった。
「では殿下、私も」
「うむ、頼む」
 カークスも出撃する。フェイルはかれを見送っていた。
「おそらく卿にはバゴニア軍の主力が向かって来ると思うが。耐えてくれよ」
「少なくともそれでいいかと思います」
 カークスは主のその言葉に頷いた。
「我々の目的はバゴニアへの侵攻ではありませんからな」
「そうだな。だがバゴニアの上層部は一体どうしたのだろう」
「バゴニアのですか」
「彼等もそれ程愚かではなかった筈だが。ましてやゾラウシャルドのような野心家でもなかった」
「それですが一つ奇怪な情報が入っております」
「奇怪な情報」
「はい。どうやら今のバゴニア上層部は彼に操られているようなのです」
「洗脳か」
「おそらくは。今やバゴニアは彼の思うままです。だからこそ我々に攻め入っているのではないでしょうか」
「そこまでしているとは。何という男だ」
「それがゼツという男です。手段は選ばない」
「わかってはいるつもりだったが」
「ですから御気をつけ下さい。殿下の身辺にも」
「私もか」
「そうです。殿下に何かあってからでは手遅れですから。宜しいですね」
「わかった」
 フェイルは彼の言葉をよしとした。
「それでは少し身を慎もう。何かとありそうだからな」
「シュテドニアスは抑えましたがまだ彼等がいます。ですから御気をつけを」
「うむ」
 そう言い残してカークスもまた出撃した。フェイルはそれを見届けると王宮へと戻った。カークスの言葉を受け入れたからであった。

 その頃ラングランとバゴニアの国境では一機の魔装機が警戒にあたっていた。バゴニアの魔装機ギンシャスプラスであった。バゴニアの指揮官用魔装機である。
「ふむ」
 それに乗っているのは革命前のフランス貴族の髪形をしたバゴニアの軍服の男であった。細面で整った顔をしている。
「今のところラングラン軍は来てはいないな」
「ジノ=バレンシア少佐」
 後ろから声がした。そして数機の魔装機がやって来た見ればギンシャスであった。
「そちらには何もいませんか?」
「うむ。そちらはどうだ」
「何も。今のところはな」
「そうですか。ラングランはどうやらカークス将軍を差し向けて来るそうですが」
「カークス将軍をか」
「はい。既に出撃しているとの情報もあります」
「そうか」
 ジノはそれを聞いて少し思索に耽った。
「だとすれば少し厄介だな」
「はい」
「彼は名将だ。それにラングランはシュテドニアスとの戦いの後とはいえ力がある。少なくとも我々よりはな」
「勝利は難しいでしょうか」
「順当に考えたならばだ。だがゼツ博士は違うと言っておられる」
「ゼツ博士が」
 シュテドニアスのパイロット達は彼の名を聞いて顔を顰めさせた。
「あの人がですか」
「そうだ」
「また良からぬことを考えているのではないでしょうか」
「滅多なことは言うな」
 だがジノはそんな部下達を窘めた。
「確固たる証拠もないからな」
「わかりました」
「だが。何故ここに兵を派遣するのかがわからぬ」
「ここにですか」
「剣聖シュメル殿の邸宅近辺。一体ここに何があるというのだ」
 ジノはそう言って首を傾げさせた。
「戦略的には何の重要性もない筈だが。国境にあるとはいえ」
「それはそうですが」
「そういえばバレンシア少佐はシュメル殿の弟子であられましたな」
「知っているか」
「はい。不易久遠流免許皆伝だと御聞きしておりますので」
「確かにな。私はかってシュメル殿に剣を教わった」
「やはり」
「ああ見えても繊細で心優しい方でな。私は剣以外にも多くのものを教わった」
「人格者としても有名な方ですからね」
「だからこそだ。何故そのような方の場所に兵を向けるのだ」
「それがわからないので我々も困っているのです」
 彼等はそう言って首を傾げさせた。
「何故でしょうか」
「シュメル殿がラングランと通じる可能性があるというのなら愚かなことだ」
 ジノはその切れ長の目に嫌悪感を露わにさせた。
「そのような方ではない。かといって軍に協力もされないだろうが」
「それでではないでしょうか」
「幽閉するつもりだというのか」
「こうした状況ではよくあることです。どう思われるでしょうか」
「ふむ」
 ジノはそれを受けて再び考え込んだ。
「だとすれば愚かなことだ、実にな」
「そうなのですか」
「元々この戦いに大義があるとは思えない。それでそうした行動をとるとはな」
「幽閉、がですか」
「それにシュメル殿は一市民に過ぎない。市民に害を為してどうするというのだ」
「はい」
「我々が戦うのはあくまでラングラン軍に対してのみ。それは諸君等もわきまえておくようにな」
「はい」
「それはちょっと甘い考えだと思うぜ」
 ここでギンシャスプラスがまた一機やって来た。そこにはリーゼントにした白人の男がいた。かなりワイルドな雰囲気を漂わせた男であった。
「バレンシア少佐、だからあんたは甘いんだよ」
「トーマス=プラット少佐か」
「おうよ、暫く振りだな」
 彼は煙草をくわえながらジノに返礼した。
「元気そうで何よりだ」
「まさか貴官までここに来ているとはな」
「あの爺さんに命令されれば嫌とは言えねえさ」
 彼はシニカルに笑いながらそう答えた。
「それが軍人ってやつだろ。ビジネスには真面目でなくちゃな」
「それが貴官の考えか」
「気がついたらここにいてそれで少佐にまでしてくれたんだ。働かなきゃ名が廃るってもんだぜ」
「それはそうだが」
「まああんたはそっちを頼むぜ。俺はちょっと仕事があるんでな」
「仕事を」
「ああ。それじゃあな」
「うむ」
 別れを告げると彼はジノ達から離れた。そして遠くへ消えてしまった。
「プラット少佐の任務とは何でしょうか」
「余計な詮索は無用だ」
 ジノはそう言ってまた部下達を窘めた。
「よいな」
「は、はい」
「申し訳ありませんでした」
「だがあまりいい仕事ではなさそうだな」
 部下達にそう言いながらふとそう呟いた。
「あの目は・・・・・・汚れ仕事をしようとする目だ」
「?何か」
「あ、いや」
 部下の問いに言葉を濁した。
「何でもない。気にするな」
「わかりました」
「それでは哨戒を続けるか。これからは小隊ごとに行う」
「はい」
「ラングラン軍が来たならば無闇に迎撃しようとするな。まずは後方に連絡をとれ」
「了解」
 ジノ達は飛び上がり哨戒を再開した。そして彼等の任務を忠実に行なうのであった。

 この頃ロンド=ベルはバゴニア領に入っていた。三隻の戦艦は超低空飛行を続けバゴニア領を進んでいた。
「精霊レーダーに反応は?」
「今のところは何もねえな」
 偵察に出ているマサキのサイバードからゴラオンに報告が入った。
「敵もいねえし。そろそろ目的地だけれどな」
「そうか」
 エイブはマサキの言葉に頷いた。
「今のところは、か。だがそれでもいい」
「いいのかよ」
「今はな。敵に発見されてはならぬ」
「そういうもんか」
「そうだ。御前もそれを心がけておいてくれよ」
「了解。しっかし敵の勢力圏に入ってこれはちと暇だな」
「まあそう言うな。そのうち嫌でも戦いが起こるだろうからな」
「期待しねえで待っておくぜ」
 そう言って通信を切った。エイブはマサキからの報告を聞き終えるとエレに顔を向けた。
「以上です」
「今のところ敵はいませんか」
「はい」
 エイブはそれに頷いた。
「今のところは。少なくとも周囲にはいないようです」
「わかりました。それでは今まで通り進みましょう」
「はい」
「何か思ったより平和に進んでいるな」
 勇が意外といったふうにそう言った。
「国境を越えたらすぐに敵が殺到してくると思っていたけれど」
「敵の主力はカークス将軍の軍の方に向かっているそうだから」
 それにカナンが答えた。
「だからじゃないかしら」
「そうだったのか」
「さっき聞いた話だとね。だからここは比較的平穏なのよ」
「何か意外だな」
「まあそのうち意外じゃなくなるわ。エイブ艦長の言われる通り」
 そう言って勇を宥めるか、窘めるように見た。
「ここが敵領なのは変わらないのだから」
「わかってるよ」
 勇は苦笑してそれに頷いた。
「その時になったら宜しくな、お嬢さん」
「お嬢さん?私が?」
「じゃあ言い換えようか。レディってね」
「ナンガやラッセみたいなことを言うようになったわね」
「おかげさまでね、影響を受けてるのさ」
「おう」
 ここでまたマサキから通信が入って来た。
「何かあったのか?」
「そろそろシュメルさんの家だぜ」
「もうか」
「サイバードだとな。先に行っておいていいか?」
「いや、それは駄目だ」
 だがエイブはそれを許可しなかった。
「何でだよ」
「御前は方向音痴だ。それを認めると何処に行くかわからん」
「ちぇっ、信用ねえな」
「エイブさんの言う通りだと思うけれど」
「今だって迷わないのが不思議な位だよ」
「おめえ等までそう言うのかよ」
「当たり前だニャ」
「おいら達は一番迷惑被るんだから」
「ちぇっ、忠誠心のないファミリアだぜ」
「だがその通りだ。今からそちらにもう一人派遣する」
「?誰だ」
「ショウ=ザマだ。あの者なら問題ないだろう」
「ショウかよ。まあいいぜ」
「ではすぐに合流するようにな。いいな」
「わかったぜ。それじゃあな」
「うむ」
 またマサキは姿を消した。グランガランからウィングキャリパーが発進していた。
「思ったより早かったですな」
「はい」
 エイブはまたエレに上申していた。エレは儀礼的にそれに頷く。
「剣聖シュメル。一体どのような方でしょうか」
「何かいかついおっさんじゃねえかな、って思うんだけれどな」
「武蔵、それはまたどうしてだ?」
「いや、リョウの親父さんがそうだろ」
「俺の」
「ああ。すっごい怖そうな顔の爺さんじゃないか。それでそうじゃねえかな、って思うんだけれどな」
「それは先入観だろ」
「確かに俺の親父はおっかないが」
「そうだろ?何か刀持ってる人ってそういうイメージがあるんだよな」
「おいおい、武蔵は人のこと言えないだろ」
「先輩だって柔道やってるじゃないですか」
「それはまあそうだけれどな」
「大丈夫ですよ。そんなに怖い人じゃないと思いますよ」
「そうかなあ」
「まあいざとなったら御前が相手をしてくれ。俺達は武道は知らないからな」
「おい、ラグビーなんて激しいのやっていてそれはないだろ」
「ははは、そうかもな」
 そんな話をしながらそのシュメルの家に辿り着いた。既にマサキのサイバードとショウのウィングキャリパーがあった。その前には小さいが綺麗に整った家があった。
「こんな人里離れた場所にか」
「らしいと言えばらしいが」
 地上に降り立ったロンド=ベルの面々は口々にそう言いながら家の前にやって来た。
「あのう」
 まずは美久が挨拶をする。
「シュメルさんはおられますか?」
「誰?」
 すると家の中から赤い髪の少女が出て来た。その髪は三つ編みで顔にはソバカスがある。だが可愛らしい顔立ちをしている。服はバゴニアの田舎の農民のものであった。
「あ、貴女は」
「私?私はシュメルさんのフィアンセよ」
 彼女はにこりと笑ってそう言った。
「フィアンセ」
「シュメルさんって独身だったの?」
「いや、初耳だぜ」
 マサキはヒメの言葉にそう返した。
「じゃあ若いとか」
「聞いた話によるといい歳したおっさんらしいが」
 今度はキーンに答える。
「おかしいな。何でこんな娘がいるんだ」
「おしかけなのよ。悪い?」
 その少女はマサキの言葉に少しむくれた。
「おしかけねえ」
「何だかなあ」
「細かいことは気にしないの。それであんた達は?」
「俺達?ロンド=ベルっていうんだけれど」
「聞いたことないわね」
「まあ色々あってな。それで御前さんは?」
「私はロザリーっていうの。ロザリー=セルエ」
「ロザリーか。いい名前ね」
「おや、ありがと」
 シモーヌにそう言って笑みを返す。
「それであんた達どうしてここに?」
「ちょっとシュメルさんに用があってな。何処にいるんだい?」
「先生なら家にいるけど。今はちょっと取り込み中でね」
「取り込み中」
「絵を描いているのよ。描きはいめたらもう他のことには目が入らなくなっちゃって」
「また難儀なことだな」
「それでよかったら後にしてくれない?折角来てもらって悪いんだけど」
「そうもいかないんだよな」
 だがマサキはそれには苦い顔をした。
「こっちも色々とあってな」
「また色々なんだね」
「仕方ねえさ。今そっちの国とラングランがどういう状況かわかってるだろ」
「テレビじゃ何か物騒なことになってるわね」
「そういうことだ。それでちょっとシュメルさんに言いたいことがあってな」
「さっきも言ったけれど今は無理よ」
「そこを何とかよお」
「だから後で来てよ。今はとても無理よ」
「ちぇっ。どうするよ皆」
 マサキはこう言って後ろにいる仲間達に声をかけてきた。
「どうするって言われてもねえ」
 まずリューネが困った顔をした。
「こっちにも事情があるし」
「それはわかってるつもりだけど後で来てよ」
「だからねえ」
「こっちも先生がああなると」
「一体何をそんなに話しているのだ?」
 すると家の奥から一人の赤茶色の髪と髭の男が姿を現わした。
「あ、先生」
「珍しいことだ。お客人か」
「あ、ああまあな」
 マサキがまず最初に言う。
「そんなところだ。あんたがシュメルさんか?」
「如何にも」
 彼はそう名乗った。
「私がシュメルだが」
「丁度よかった。実は話したいことがあるんだけれどよ」
「ふむ」
 彼はまずマサキの目を見た。それから言った。
「どうやら断るわけにはいかないようだな。いいだろう」
「おっ、悪いね」
「お茶を用意しよう。ロザリー」
「はい」
「おそらくこちらの方々にお茶をふるまったらもうなくなってしまうだろう。買出しに行っておいてくれ」
「わかりました。それじゃ」
「うむ。済まないな」
 ロザリーは家の後ろにある魔装機に乗った。どの国でも作業用等に使われているルジャノール改であった。彼女はそれに乗って何処かへと行ってしまった。
「あの娘は一体何なんだ?」
 マサキは彼女がいなくなるとあらためてシュメルに尋ねた。
「一応私の弟子ということになっている」
「弟子」
「フィアンセかどうかまではわからないが。とりあえず身の世話はしてもらっている。私はどうも世事のことには疎いものでな」
「へえ、いい娘だねえ」
「うむ。悪い娘ではない」
 それはシュメルも認めた。
「おかげで私も助かっている。それに剣の捌きもいい」
「へえ」
「素直でいい剣だ。きっと大成するだろう」
「それであんたのことだけどよ」
「君達が言いたいことはわかっている」
 シュメルは静かにそう答えた。
「ゼツ博士のことだな」
「ああ」
「今こちらにバゴニアの大軍が向かっている可能性もあるよ」
「そうであろう」
 リューネの言葉に頷いた。
「だが恐れることはない」
「いや、そうは言ってもよお」
「あんた狙われてるんだよ。用心した方がいいよ」
「それはわかっている。だが私にとっては彼等は恐れる程のものではない」
「馬鹿な。相手は狂人だというのに」
 ヤンロンが言った。
「剣聖シュメル、僕達は貴方をお救いする為にここに来たのです。是非我々と共に」
「私はそれよりも今の絵の方が重要だ」
「絵がどれだけ大事かわからねえけれどよ」
「このままだとあんたゼツに殺されちゃうよ」
「心配は無用。あの男に私は殺せない」
「何でだよ」
「その時になればわかること。心配は無用」
「・・・・・・わかったよ、じゃあ好きにしな」
 マサキはそう言って彼から背を向けた。
「もう知らねえ。勝手にゼツに利用されて殺されちまいな」
「あっ、マサキ待ちなよ」
 そんな彼をリューネが呼び止める。だがマサキは行く。それで話は中断となった。ロンド=ベルの面々は止むを得ず大空魔竜の中に入って話をはじめた。
「困ったことになったな」
 まずは大文字が口を開く。
「シュメル殿がああ言われるとは」
「いや、これは想定されたことです」
 だがサコンはこう述べた。
「予想されたことかね」
「はい。シュメルさんはどうやらかなりの剣の腕前のようですから。おそらく敵が来ても退けられると思っておられるのでしょう」
「しかし相手は魔装機だぞ」
 アハマドがそれに反論する。
「そうおいそれとできるものか」
「魔装機も技は使うことができるな」
「うむ、そうだが」
「それならば問題はないだろう。あの小さい魔装機でもな」
 そう言って窓の外に見えるルジャノールを指差した。丁度今帰ってきたところであった。
「だが問題はバゴニアだ。セニア姫」
「何?」
「そのゼツという男、人間的にはどうなのですか」
「はっきり言って頭がおかしいわね」
 彼女は率直にそう述べた。
「目的の為には手段を選ばないし」
「やはり」
「どんな汚いことだってするわよ。だから気をつけて」
「わかりました。やはりな」
「具体的には何をしてくるだろうな」
「そこまではわからん。だが用心するにこしたことはない」
「ここにも来るかな」
「おそらくな。それもそろそろだろう」
「そろそろか」
「そうだ。配置についておいた方がいいかもな」
「そうだな」
 大文字もそれに頷いた。
「ではすぐに配置につこう。いいな」
「了解」
 大文字の指令を受けてロンド=ベルはそれぞれの配置についた。そして敵を待つことにしたのである。そうするとすぐにシーラのグランガランから報告があがった。
「レーダーに反応です」
「来たか」
「ドンピシャってやつだな」
 ショウとトッドがそれを聞いて口々に言う。
「敵の数約百。魔装機です」
「バゴニアだな、絶対に」
「それ以外に何処があるニャ?」
「マサキ、幾ら何でもそれはボケだぜ」
「ええいうるせえ、御前等もささとハイ=ファミリアに入りやがれ!」
「やれやれ、人使いが荒いニャ」
「まあ猫なんだけどな」
 ブツブツ言いながらもクロとシロもファミリアに入る。そしてサイバスターはグランガランから発艦した。
「サイバスター、行くぜ!」
 他の魔装機やマシンも次々と出撃する。そしてシュメルの家を守る様に布陣したのであった。
「何だ、ありゃあ」
 ロンド=ベルを見たトーマスは思わず声をあげた。このバゴニア軍の指揮官は彼であったのだ。
「何時の間にあんな大軍がいやがったんだ」
「どうやらラングラン軍のようですが」
「そういえばあの魔装機はそうだな」
「おそらく我々の行動を察知して先に動いたようですが」
「参ったな。こりゃ先を越されたか」
「どうしますか、少佐」
「どうするってやるしかねえだろ」
 彼はニヤリと笑ってそう答えた。
「全機攻撃用意だ」
「了解」
「一気に蹴散らすぞ。そして剣聖シュメルを保護するんだ」
「保護、ですか」
「あまり深く考えるな。戦争ではよくあることだ」
 彼は今度はシニカルに笑ってそう述べた。
「言葉を代えるってことはな」
「わかりました。それでは」
「おう、行くぞ」
「ヘッ、やるつもりらしいな」
 マサキはバゴニア軍が攻撃態勢に入るのを見て不敵に笑った。
「そうでなくちゃ面白くねえ。どのみちバゴニアも敵だからな」
「マサキ、無茶は駄目よ」
「わかってるぜ。そういうテュッティもフォロー宜しくな」
「私は前線に出るわ。マサキが何するかわからないから」
「信用ないんだな、俺って」
「日頃の行いだニャ」
「そうそう、だからおいら達がいつも言ってるだろ」
「何かこういう時に言われるな、いつも」
「ほら、その信用を取り返したければさっさと動く」
「敵は待ってくれないぜ」
「わかってるよ。じゃあ行くぜ」
「あいニャ」
「じゃあ出撃」
「頼んだぜ、クロ、シロ」
「あたし達にお任せニャ」
 早速ハイ=ファミリアを放ちバゴニア軍のギンシャスに攻撃を仕掛ける。これが攻撃の合図であった。
 戦い自体は比較的ロンド=ベルにとって有利な状況であった。彼等は的確に敵を攻撃し、撃墜していた。だがその中で一機だけ腕の立つ者がいた。
「フン、何だこんなものか」
 トーマスであった。彼のギンシャスプラスだけは敵からの攻撃を避けていた。そして反撃を加えてくる。その剣をヤンロンはグランヴェールのフレイムカッターで受け止めた。
「このプラーナは」
「ヤンロン、どうしたんだい!?」
「地上人のものだ」
 ベッキーにそう答える。ヤンロンの顔からは油断の色はなかった。
「手強いぞ、気をつけろ」
「へっ、どうやらわかったみたいだな」
 トーマスはヤンロンの言葉を聞いて不敵な笑みで返した。
「俺は地上から来たのさ。国はアメリカだ」
「あたしと同じかよ」
「その声はリューネのお嬢ちゃんだな」
「あたしを知ってるのかい?」
「当然だろ。俺はDCにいたんだ。まああんたとはかっての同僚ってわけだ」
「あたしはあんたなんか知らないよ」
「けれど俺は知ってるのさ。まあ下っ端だったから無理もねえか」
「トーマス=プラットっていうんだ。宜しくな」
「トーマス=プラット」
 ゼンガーがそれを聞いて顔を彼に向けさせた。
「DCのエースパイロットの一人か。名は聞いている」
「そういうあんたはゼンガー=ゾンボルトだな」
「うむ」
「あんたのことは聞いてるぜ。示現流の使い手だったな」
「如何にも」
「一度あんたと手合わせしたいと思ってたんだ。願えるか」
「来るのか」
「来ないって言えば嘘になるな。さあ行くぜ」
「ならば来い」
 ゼンガーはそう言ってその斬艦刀を構えた。
「このゼンガー=ゾンボルト、逃げも隠れもせぬ」
「いいねえ、武士道ってやつかい。俺はそういうの好きだぜ」
 そう言いながら自分の中のアドレナリンが上昇するのを感じていた。
「俺もオレゴンの生まれでな。ガンマンだったのさ」
「へえ、意外だね」
 ベッキーはそれを聞いて口を少し尖らせて言った。
「オレゴン生まれかい」
「おっ、あんたはどうやらネィティブみてえだな」
 ベッキーに気付き彼女にも声をかける。
「まあね。けれどハーフさ」
「へえ」
「半分はまああんたと同じ血さ」
「といっても俺も何処の血が混ざってるかわからねえぜ。親父はアイリッシュでお袋はジャーマンだからな」
「ややこしいね、お互い」
「それがアメリカってやつだろ。違うかい?」
「まあその通りさ。戦いじゃなかったら一緒に飲みたいね、あんたとは」
「おう。バーボンでな」
「あたしはバーボンには五月蝿いよ」
 話に乗ってきた。お互い上機嫌で話す。
「銘柄は選ぶよ」
「いいねえ、俺もだ」
 トーマスも彼女に合わせて笑う。
「じゃあ機会があったら飲もうね」
「おうよ。けれど今はな」
 ゼンガーに顔を戻す。
「あんたと戦わなくちゃな」
「来い!」
「言われなくてもなあっ!」
 すぐにリニアレールガンを放つ。そしてグルンガストを貫こうとする。
「これでどうだっ!」
「甘いっ!」
 しかしそれは通用しなかった。ゼンガーはそれを何なくかわす。残像だけが残った。
「見切りか!」
「その通り」
 ゼンガーはそれに答える。
「俺にこれを使わせた者はそうはいない」
「そうかい、光栄だね」
「だからこそ本気でかかる。覚悟!」
「やってやらあ!行くぜ!」
 今度はサーベルを抜きそれで切り掛かる。しかしそれも受け止められてしまった。
「チッ!」
「どうやら剣の裁きは銃程ではないようだな」
「言っただろ、ガンマンだってな」
「そうか」
「アメリカじゃなあ、銃こそが正義なんだよ」
「そうなのか」
「だがサーベルだって使えるんだがな。どうやらあんたには通用しないらしいな」
「どうするつもりだ?」
「知れたことさ。やり方を変える」
 そう言いながら間合いを離す。
「今度は外さねえからな。覚悟しろよ」 
 再び攻撃に入ろうとする。だがそこで作戦自体が停止されてしまった。
「待て、プラット少佐」
「あんたか」
 出て来たのはジノであった。もう一機ギンシャスプラスが姿を現わした。
「ラングラン軍の主力が国境に集結している。そちらの迎撃に向かわなくてはならない」
 ジノは落ち着いた声でそう言った。
「しかし俺にはこっちの任務を優先するように言われてるんだがな」
「軍の上層部からだ。ここは一時退けとのことだ」
「あの爺さんじゃなくてか」
「ゼツ博士は今は別のことでお忙しいようだしな」
「ちっ、わかったよ」
 トーマスは舌打ちしながらもそれに従うことにした。
「じゃあ撤退だ。それでいいんだろ」
「うむ」
「そういうことだ。ロンド=ベルの兄ちゃん姉ちゃん達よ」
 彼等に顔を向けた。
「それじゃあな。また会おうぜ」
 こうして戦いは終わった。丁度その時にロザリーのルジャノールが姿を現した。
「何かあったみたいね」
「まあな」
 マサキがそれに応える。
「お客さんがいてな。パーティーをやったんだ」
「そうだったの。面白かった?」
「それなりにな。それでお茶なんだけれどな」
「待ってて、すぐ入れるから」
 そう言いながら魔装機のコクピットから出る。そして家の中に入って行った。
「さて、これからどうするかな」
「それですね」
 ピートが大文字の溜息混じりの言葉に応えた。
「何とかしなければならないのは事実ですが」
「それはそうだが」
「とりあえずはここに留まりますか。それで様子を見ましょう」
「だがそれではあまりにも無策ではないかね」
「いえ、俺はそうは思いません」
 サコンがそれに対して言った。
「待つのも一つの作戦です。今回はそれでいくべきです」
「そうか」
「はい。ですからここは待ちましょう。いいですね」
「わかった。そうするか」
「はい」
 こうして彼等はここに留まることになった。ただシュメルとの交流は続けられた。彼等の中にはその家の中に入る者もいた。
「ふうん」
 マサキ達はシュメルが描いたという絵を眺めていた。それ等はアトリエにそれぞれ飾られていた。描きかけのものまである。
「成程ねえ」
「こんなものか」
「どう、先生の絵は」
 ロザリーが彼等に尋ねる。
「気に入ってもらえた?」
「ううん、それはねえ」
 リューネが苦笑いを作った。
「どうかなあ」
「駄目かな」
「何というかね。あたしには合わないよ」
「あら、残念」
「俺もな。もうちょっとこうアニメチックじゃねえと」
 マサキも酷評していた。
「最近の絵はそうでなきゃな」
「僕は水墨画の方がいいがな」
 ヤンロンも話に加わってきた。
「どうも風景の描写に独創性が足りないようだが」
「何か今一つ評判がよくないね」
「いや、そうは思わない」
「ゲンナジー」
 見ればゲンナジーもいる。彼はシュメルの絵から目を離さないでいた。
「素晴らしい。これだけの名画はそうそう見られるものではない」
「へえ、ゲンナジーが気に入るなんて意外だね」
「ゲンちゃんこれでも芸術には造詣が深いからね」
「そういえばそうだね」
 シモーヌがそれに頷く。
「バレエや音楽にも詳しいし。暇があると文学書読んでるし」
「意外とインテリなんだ」
「拙僧と同じだな」
「あんたは格闘技の本ばかりでしょーーが」
「きついのう、ベッキーは」
 そう言いながらも全く反省していないのがティアンらしいと言えばらしかった。
「それにしてもゲンちゃんって本も好きなんだ。意外ね」
「ミオさんは漫画ばかり読み過ぎですよ」
「それが今時の女子高生なのよ。それでどんな本読んでるの?」
「ロシア文学とか哲学書とか」
「ふんふん」
「そうしたのが多いですよ」
「何だ、ゲンちゃんわかってるじゃない」
「わかってるってどういうことなんだ!?」
 マサキがその言葉に首を傾げさせる。
「自分のキャラクターがよ。ゲンちゃんはそうでなくちゃ」
「また変なことを考えてやがるな」
「さて、何のことでしょ」
「おめえは大介さんとこにでも言ってろ。それが一番お似合いだ」
「大介さんにはひかるさんがいるよ」
「そういう意味じゃねえ。声の問題だ」
「マサキ、そんなこと言ったらまた話がややこしくなるよ」
「そうだ。だから止めろ」
「うっ、そうだったな」
「そういうこと。言いっこなしね」
「わかったよ。何か変なことは迂闊に話せねえな」
「それにしてもこの色使いといい」
「気に入ってもらえたみたいね」
「天才だ。まさかこのような場所で出会うとはな」
「何かゲンナジーさんには気に入られたみたいね、あの人の絵」
「そうみたいだね」
 シンジがアスカの言葉に頷く。
「あんな絵の何処がいいんだか」
「そう?僕はいいと思うけれど」
「あんたねえ」
 アスカはそれを聞いて呆れた顔をした。
「おかしいんじゃないの!?あんなのの何処がいいのよ」
「いいじゃない。何かダイナミックで」
「絵の具塗りたくってるだけよ」
「派手な色彩で」
「色彩感覚がないだけよ」
「凄くいいじゃない。何でわからないのかな」
「元々あたしはああした絵は好きじゃないのは認めるわ」
「じゃあゴッホは嫌いね」
「まあね」
 レイの言葉に憮然として頷く。
「少なくともいいと思ったことはないわ」
「そうなの」
「じゃあ結局は好き嫌いの問題なのかな」
「あら、若いのにもうわかってきたじゃない」
「こりゃ将来有望な少年だね」
「少年の時はこうじゃないとな。色々と見ないと」
「そうそう」
「まあ一歩間違えればブンドルみたいになるけれど」
 レミーとキリー、そして真吾もいた。彼等は絵よりシンジ達を見ていた。
「少年、ああはなるなよ」
「なったら大変なことになるわよ」
「まああれはあれで個性があっていいかもな」
「あり過ぎって言うのよ、それは」
 アスカがそれに突っ込みを入れる。
「あんな人間が二人も三人もいてたまるものですか」
「まあそれはそうだけれど」
「最近そうした人が多いけれど」
「例えば東方不敗」
「最悪よ」
「そうかなあ。敵だけれど格好いいじゃない」
「使徒を素手で倒せる人間なんて何処がいいのよ!」
「憧れない?あそこまで強いと」
「強いとかそういう問題じゃないわよ!北斗の拳じゃないんだから!」
「おやおや、また懐かしいものを」
 真吾がそれを聞いてくすりと笑う。
「あんなことできたらそれこそ十二宮でも何処でもいけるわ!」
「また古いことを言うわね、アスカも」
「俺も興味出て来たな、何だか」
 キリーがそう言って笑う。
「あたしも。何か聖闘士っていう響きが好きなのよね。仮面被ってね」
「レミー、聖闘士ってのは女はなれないんじゃなかったのか?」
「だから仮面を被るのよ」
 真吾にそう言葉を返す。
「そうしたら女でも聖闘士になれるのよ」
「よく知ってるな」
「まあね。色々あったから」
「過去を持つ女ってのはミステリアスね」
「ブロンクスの獅子程じゃないわよ」
「俺は狼だぜ、そこんとこよろしくな」
「わかってて言ってるのよ。じゃああたしは蛇遣いね」
「俺は竜か」
「楯と拳を持ってね。期待してるわよ」
「宙がいないのがちょっと残念になってきたな」
「ははは、そうだな」
「とにかくあたしはあの金髪のキザ男もおさげの変態も認めないからね!それだけは言っておくわ!」
「変態だなんてあんまりじゃ」
「じゃあ妖怪にしておくわ。何処をどうやったらあれが人間に見えるのよ」
「超人とか」
「だからねえ、そうした存在が嫌なのよ!常識がない!」
「何かエキサイトしてるな」
「ナーバスな年頃なのよ」
 さらに感情的になっていくアスカを見ながらグッドサンダーチームは笑っていた。結局この時はシュメルとの交流は進んだが彼を保護するまでには至らなかった。ロンド=ベルは止むを得なくここはその場に駐屯するに留まり交渉を続けることにした。
「それにしても気になるわね」
「何が?」
 シュメルの家からグランガランに戻って来たミサトにリツコが尋ねた。二人もシンジ達と共にシュメルの家に行っていたのである。ちなみにリツコはシュメルの描いた猫の絵ばかり見ていた。
「あのロザリーって娘だけれどね」
「ええ」
「何かおかしいと思わない?」
「そういえばそうね」
 リツコは彼女の言葉に頷いてそう言葉を返した。
「何かね。引っ掛かるわね」
「普通フィアンセっていうのならもっといとおしそうな目をするじゃない」
「それはわかるわ」
「けれどあの娘は違ったわ。何か憎しみを感じる」
「そして同時に何かやすらぎも感じる。複雑ね」
「マサキ君もシンジ君もそれには気付いていないみたいね」
「案外グッドサンダーの面々はわからないけれど」
「確かなことはまだわからないからこれからどうなるかわからないけれど」
「何か妙なことにならなければいいね」
「ええ」
 そう話をしながらそれぞれの部屋に戻った。この日は戦いの他は何の進展もなかった。翌日バゴニアがラングランに対して正式に宣戦を布告したことを除けば。

 バゴニアとラングランはこうして戦闘状態に入った。だがその数日前からバゴニア軍のラングラン侵入があり戦闘も起こっていたからこれはあまり意味がなかった。だが話は別のところで問題となっていたのであった。
「キヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」
 バゴニアの首都バラスの国立アカデミーの奥深くから不気味な笑い声が聴こえる。暗い部屋の中で多くの実験器具に囲まれた男が笑っていたのであった。
「遂にはじまったわ。わしの宴が」
 見れば老人であった。白髪頭でその頭頂部は見事に禿げ上がっている。結果として河童、いや落ち武者の様な髪形になっている。
 白衣を着ておりその足はガニ股で猫背だ。痩せ細っており小柄な身体がより小柄に見える。そして何といってもその顔に特徴があった。
 眼鏡をかけたその顔もまた痩せていた。そしてその目は視点が定まらず狂気が明らかであった。彼こそがゼツ=ラアス=ブラギオである。
 かってはラングランの王立アカデミーに在籍しており、天才とも謳われていた。だがその心は頭脳程優秀ではなかった。卑劣で残忍な人物と知られ度々問題を起こしていた。そして人体実験を行ない追放されたのである。ラ=ギアスの錬金術士の間では札付きの男として知られている。
 だがバゴニアに潜り込み今まで生きてきた。バゴニア政府の上層部を洗脳し今ではこの国の実権を握っている。この度の戦争も彼が黒幕であることはもう言うまでもない。
「憎きラングランの者共よ、楽しみにしているがいい」
 彼はその手にある実験器具を操りながら笑っていた。
「貴様等全員地獄に送ってやる故な」
 その手にあるフラスコの中の液体は赤く輝いていた。明らかにまともなものではない。そしてそれを持っている者自身も。
「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」
 彼は笑っていた。
「ヒハハハハハハハハハハハハハ」
 不気味な笑いが暗い実験室に響いていた。それはまるで地の底の悪魔のそれのようであった。


第四十四話   完


                                        2005・9・14

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