潰えた理想
 宇宙へ出たロンド=ベルの者達はマイヨが守る防衛ラインを突破しそのまま月にあるマスドライバーに向かった。そしてそこでマスドライバーを破壊する予定であった。
「目標まであと一時間です」
 ルリの声が四隻の戦艦に響く。
「皆さんそろそろ準備をお願いします」
「よし」
 ブライトはそれを聞いて頷いた。
「総員スタンバれ。いいな」
「了解」
 アムロが皆を代表するようにそれに頷く。
「いよいよだな」
「ああ」
 ブライトは友の声に頷いた。
「何か戦ってばかりだが」
「お互いな」
「御前の方が辛いだろうが宜しく頼むぞ。モビルスーツ部隊はやはり御前が中心だからな」
「おいおい、これはいつものことだぞ。俺が前線に出るのは」
「それでもだ。御前には昔から何かと助けられているしな」
「それで今回もだな」
「戦いが終わるまで御前には何かと負担をかけることになるが。頼むぞ」
「御前も艦長として宜しく頼むぞ」
「ああ、わかった」
 アムロはブライトと艦橋で軽くやりとりをした後で格納庫に向かった。するとそこには既に他のパイロット達が集まっていた。
「何だ、今回は早いな」
「あ、アムロ中佐」
 そこにいた者達がアムロの声を聞き顔を上げる。ビルギットが声をあげた。
「今度でギガノスとの決戦ですよね」
「まあそうだな」
 アムロはそれに頷いた。
「敵の本拠地を叩くわけじゃないがこの作戦が成功すればギガノスは地球への攻撃手段をなくす」
「重要ですね」
「そうだ。だからこそ皆には活躍を期待するよ」
「任せて下さいって」
 ジュドーが胸を叩いて言う。
「俺とダブルゼータがいる限りギガノスの奴等に大きな顔はさせませんよ」
「随分自信があるんだな」
「勿論。ニュータイプの戦いを見せてやりますって」
「そうい言っていつもみたいにエネルギー切れにはなるなよ」
 シーブックが調子に乗るジュドーをそう言って窘めた。
「この前それで大変だったんだからな」
「全くですよ。コロニーを防いだと思ったらダブルゼータが動けなくなってるなんて」
 ウッソもそれに参戦した。
「ラー=カイラムまで持って行くの大変でしたよ」
「悪い悪い」
「後先考えずにハイメガキャノンを使うから。今回はそんなことがないようにして下さいよ」
「そうでなくてもダブルゼータはエネルギー消費が激しいしな」
 カミーユが冷静に述べる。
「慎重に戦わなくちゃいけないんだ」
「カミーユさんが言うと説得力あるわね」
「俺もゼータツーにはじめて乗った時はそうだったからな」
 ルーにそう応える。
「だからわかるんだ」
「そうだったんだ」
「そういえばカミーユさんマークツーにも乗ってましたよね」
 エルが彼に尋ねてきた。
「最初の頃だったかな。少し乗っていたよ」
「あれはそれ程でもないですよね、エネルギー消費は」
「ああ。何かと使い易くていい機体だよ、あれは」
「そうそう」
「エルのはそうかもしれないけど俺のは違うよ」
「モンドのはフルアーマーだからね」
「最初は困ったよ。今までのマークツーとは動きが全然違うんだから」
「そのわりに巧く扱ってるじゃない」
「慣れたからね、何度も乗ってると」
「俺のフルアーマー百式改も曲者だしな」
 ビーチャも言った。
「火力がでかいのはいいけれどその分操縦が難しいぜ」
「僕のメタス改も今までのメタスとは違うしね」
「何だ、イーノのもかよ」
「うん。だから結構困ったよ、最初は」
「そうなんだ」
「最初だけだったけれどね。けれどやっぱり慣れるよね」
「ブライトから聞いたが何か君達はまた変な方法でロンド=ベルに入ったそうだな」
 アムロは話の途中で彼等にそう尋ねてきた。ガンダムチームの面々はそれに答える。
「まあシャングリラに敵が来て」
「それであれよころよという間でしたから」
「何か君達はそういうパターンが多いな」
「成り行きってやつですかね」
「これも運命かな」
「けれどそれでまたキュベレィに乗れるとは思わなかったな」
「プルツーはキュベレィが一番好きだからね」
「まあな」
 彼女はプルの言葉に頷いてみせた。
「あれが一番いい。あたしにとっては一番いい機体だ」
「あたしも。何か乗り易い」
「一緒にいられるしな。今度も頼むよプル」
「うん」
「まあ乗り易い機体が一番だな」
「アムロ中佐はやっぱりニューガンダムですか」
「そうだな」
 アムロは彼等の言葉に頷いた。
「俺が設計したせいもあるが。やっぱりガンダムが合っている」
「それはいいですね」
「もう前のバルマー戦役だからな。長い付き合いになるな」
「俺のダブルゼータもそうですけれどね」
「どうだ、やはり付き合いが長いとわかり易いだろう」
「はい」
「機体の癖がな。よくわかるようになる」
「そうですね」
「フォッカー少佐も言っていたよ。今乗っている機体が一番いいってな」
「そういえばバルキリーもかなりの種類が開発されていますね」
 オデロがここで気がついたように言った。
「三角形のやつとか。他にも色々と」
「目的に合わせて開発しているらしい」
「目的に」
「そうだ。例えばVF−17はステルス機能を重視した」
「はい」
「サイレーンは重装備。それぞれ目的に応じて開発されているらしい」
「何かモビルスーツと同じですね、それでは」
「そうだな。その点では近いのかもな」
 アムロは今度はマーベットの言葉に頷いた。
「あちらは変形機能がかなり複雑だけれどな」
「ただ戦いだけの為に開発されているわけじゃないみたいですよ」
「ウッソ、それはどういうことだ?」
「いえ、月にいた時に聞いた話ですけれど」
「ああ」
「何か月ではファイアーボンバーのメンバーがバルキリー買って自分で改造しているらしいんですよ。自分の歌を聴かせる為だけに」
「ああ、熱気バサラのことね」
 そこにはモビルスーツ乗りだけがいるのではなかった。見ればアヤ達もいた。
「アヤさん」
「彼ならそれ位はやってくれるわね。熱いから」
「いや、それは熱いというよりは」
 カミーユが突っ込もうとするがアヤはそれを遮るようにして言う。
「いかしてるわよね。私彼のそうしたところがいいのよ」
「はあ」
「面白いと思わない?バルキリーを自分の為だけに改造しちゃうなんて」
「それはまあそうですけれど」
「面白いのとは少し違うような」
 さしものガンダムチームの面々もこれには賛同しかねていた。だがアヤはそれに構わずさらに言う。
「横紙破りでね。それがロック歌手らしくて」
「それでそのバルキリーに乗っているんですか?」
「今は乗ってはいないらしいわ。まだね」
「まだ」
「何でも調整中らしくて。けれど俺の歌で戦争を止めてみせる、ってやる気満々らしいわ」
「何かかなり凄い人みたいですね」
「だから注目されてるのよ」
「普通に注目されていないような」
「一度会ってみたくはあるけれど」
「皆さん」
 ここでまたルリの放送が響いた。
「そろそろです。お願いします」
「時間だ。行くぞ」
 アムロがそれを受けて他の者に対して言う。皆それに頷いた。
「はい」
「派手にやりましょう」
「攻撃目標はマスドライバー。これはザンボットにお任せします」
「俺達かよ」
 彼等はマクロスにいた。それを聞いて思わず声をあげた。
「先程ザンボットにイオン砲を装填しました。それで攻撃をお願いします」
「イオン砲!?何だそりゃ」
「馬鹿、知らないのか」
 とぼけた声を出す勝平を宇宙太が叱った。
「キングビアルの主砲だろうが」
「あれっ、そうだったのか」
「この前の補給でこちらに移されていました。それを装填しました」
「へえ」
「時間が来たならばそれでマスドライバーへの攻撃をお願いします」
「何か責任重大みたいだな」
「というかこの作戦は貴方達にかかっていますので。お願いします」
「へへっ、そりゃいいや」
「緊張しないの、そんなこと言われて」
「!?何で緊張するんだ!?」
 恵子に言われてもまだわかってはいなかった。勝平らしいと言えばらしかった。
「大任を任されたのに。ワクワクはするけどな」
「あっきれた」
「まあその糞度胸だけは認めてやるぜ」
 宇宙太も呆れてはいたがそれでも口が悪いのは変わらない。
「サポートはいつも通り俺と恵子でする。だから確実にやれよ」
「わかってるさ」
 勝平はそれに頷いた。
「一撃で決めてやるぜ」
「期待していますね」
「わかってるけど何か引っ掛かるなあ」
「何がでしょうか」
 ルリは勝平の声に応えた。
「いや、ルリさんって何か声に感情がねえから」
「これは前からですけど」
「綾波さんみてえにな。だから何か本当に期待してもらってるかどうか不安になる時があるんだ」
「本当に期待していますよ」
「いや、それでもな」
「贅沢言ってるときりがねえぞ」
「そうよ。声をかけられるだけましよ」
「そんなものかなあ」
「そうに決まってるだろ」
「それにザンボットはあんたがメインパイロットなんだから。期待しないわけにはいかないのよ」
「やれやれ」
 二人のいつもの突っ込みに頭を掻く。無論ヘルメットの上からであるが。
「まあそれでもいっか。じゃあ行くぜ」
「おう」
「ザンボット発進ね」
「ザンボットコンビネーションはできねえけれどな、もう合体しちまってるし」
 何だかんだと言いながらも三人はザンボットに乗り込んだ。そして出撃する。マクロスの前に出る。目の前には月がその殺伐とした白い姿を見せていた。ロンド=ベルとギガノスの決戦がはじまろうとしていた。

 ロンド=ベルは準備を整え終えていた。だがギガノスはそうはいってはいなかった。彼等は今戦場とは違った場所で深刻な対立を迎えていた。
「閣下、お願いです!」
 元帥の執務室にて白い髪に同じく白い口髭を生やした四角い顔の男がギルトールに詰め寄っていた。
「今こそ若手将校の武力鎮圧を!それしかありません!」
「ならん!」
 だがギルトールはそれを頑として認めようとはしなかった。頑なに首を横に振った。
「それはならんぞ!」
「マスドライバーの無差別使用もですか!」
「それもだ」
 ギルトールはそれも認めはしなかった。
「同志達をその手にかけて何が理想か!ドルチェノフ、貴様は自分の言っていることがわかっているのか!」
「しかし!」
「マスドライバーもだ!あれの無差別使用だけは断じて許されん!」
「ですが」
「ですがも何もない!我等はジオンとは違う」
 そしてこう言った。
「わしはギレン=ザビではない!無差別攻撃なぞして我等の理想が為すとでも思っているのか!」
「また理想ですか!そのようなものは」
「理想なくして何事もない!」
 また言った。
「それがわからぬのか、貴様は!」
「そんなことを言っていては軍の士気が・・・・・・」
「何を言っている。我が軍の士気は高い。統率もな」
 流石は連邦軍において随一の切れ者と言われていただけはあった。ドルチェノフの詭弁を適切に見抜いていた。
「それに若手将校達の言っていることにも一理ある。ある程度は彼等の意もくむつもりだ」
「お甘い!その甘さが全てを壊してしまうのですぞ!」
「そのようなことはない!この世は常に正しき方向に流れるものだ」
 ギルトールの難点としてはあまりにも純粋でありその理想を追い求め過ぎることであろうか。その為に汚い手段を好まず無意味な流血も嫌う。こうした人物は時としてその潔癖さ故にミスを犯したりする場合がある。本人が気付いていない場所においてである。
「大義は我等にある。それならば最後に勝つのは我等だ」
「ならば武力鎮圧もマスドライバーの全面使用も」
「くどいと言っている」
 彼はいい加減腹がたってきているのを自分でも感じていた。
「もういい。さがれ」
 そしてドルチェノフに対して下がるように言った。
「貴様は貴様の持ち場に戻るのだ。いいな」
「クッ・・・・・・!」
「これh命令だ。よいな」
「閣下」
「何だ」
 見ればドルチェノフのその顔は怒りと不満の為か真っ赤になっていた。そしてギルトールを見据えていた。
「何としてもお聞き入れ下さらないのですか」
「何度でも言う」
 ギルトールも言った。
「ならぬ。わかったな」
「ならば仕方ありませぬな」
 そう言って腰から何かを取り出した。
「!」
「閣下!」
 それは拳銃であった。ここでギルトールの寛容さが裏目に出てしまった。
 彼は部下を信頼し、寛容さと人柄、そして理想で導く男であった。その為その警護も極めて緩やかであり将兵達には拳銃を持ったままで会うことも認めていたのだ。それを危惧する声は前からあったが彼は同志達を信頼していた。今それが裏目に出てしまったのだ。
「閣下!何としても御聞き入れて頂きます」
「ドルチェノフ、何のつもりだ」
 銃を突きつけられる。だがそれでもギルトールは怯んだりはしなかった。
「それをわしに向けてどうするつもりだ」
「重ねて要請致します。武力鎮圧とマスドライバーの全面使用を」
「ならんと言っている」
 それでもギルトールはそれを認めようとはしなかった。
「いい加減にしろドルチェノフ、見苦しいぞ」
「ならば我々にも覚悟があるということを御理解下さい」
「馬鹿なことを」
 それでも彼はドルチェノフに理があるとは認めなかった。
「その様なことで我等が理想を実現できると思っているのか」
「理想という問題ではありませぬ」
 ドルチェノフは自分の考え以外を認めようとはしなかった。
「勝利の問題です」
 しかしこれは論理の摩り替えであった。この時点でもう彼は負けていた。それに気付いていないのは彼だけであった。自分が何を言っているのか、何をやっているのかわからなくなっていたのだ。ここで部屋の扉が開いた。
「失礼します、閣下」
 入って来たのはマイヨであった。
「これよりロンド=ベルの迎撃に・・・・・・何っ!?」
 その目にはギルトールに銃を突きつけるドルチェノフが映っていた。彼はそれを見てすぐにギルトールの側に向かった。
「ドルチェノフ中佐、これは一体」
「ええいプラート大尉、そこをどけ!」
 マイヨの突然の入室が彼をさらに狼狽させた。
「どけと言っているのだ!」
「何を馬鹿なことを!」
 だが彼は当然のようにそれに従おうとはしない。
「閣下に銃を向けるとは・・・・・・それでもギガノスの軍人か!恥を知られよ!」
「そんな悠長なことを言っている場合ではないのだ!」
「何故!」
「若手将校達の粛清とマスドライバーの全面使用をしなければギガノスは敗れてしまうのだ!そんなこともわからんのか!」
「それでギガノスが勝利を収めるわけではない!」
 マイヨは彼の言葉を完全に否定した。
「大義なくして勝利はない!そんなことでギガノスは勝てはしない!」
「青二才が!貴様に何がわかる!」
「戦い、そして大義がわかる!」
 毅然として言い返した。
「ギガノスの大義が!」
「妄言を!」
「妄言を言っているのは貴方だ!今すぐここから立ち去れ!」
「貴様上官に対して!」
「私はギルトール閣下直属だ!貴官の部下ではない!」
「まだ言うか!」
「いい加減にせぬか、ドルチェノフ!」
 そしてギルトールも動いた。ドルチェノフの銃を奪おうとする。
「そのようなもので我が理想は阻めぬ!」
「クッ!」
 ドルチェノフの指が動いた。そして銃声が響く。それがギガノスを崩壊させてしまった。
「グッ・・・・・・」
「閣下!」
 マイヨは叫んだ。その目には胸に銃弾を受け背中から倒れ込むギルトールが映っていた。まるでコマ送りのようにゆっくりと見えた。
「な・・・・・・」
 ドルチェノフは自分がしたことがわからなかった。あまりのことに呆然としていた。
 ギルトールは床に倒れた。そこにマイヨが駆け寄る。
「閣下!」
「マイヨ・・・・・・」
 その顔には既に死相が浮かんでいた。最早助かりはしないことは明らかであった。
「マスドライバーの地球への全面使用、そして同志達への粛清は・・・・・・」
「はい」
 マイヨは彼の言葉を一字一句聞き逃そうとはしないかのように耳を傾けていた。
「ならぬぞ」
 そう言いながらその手をゆっくりと掲げる。窓の外に見える青い地球に向けて。
「あの美しい地球は・・・・・・」
「はい」
 その手は地球を掴もうとしているかのようえあった。いや、護ろうとしているのかも知れない。いずれにしてもその手は彼の理想によって動いていた。
「汚してはならぬ・・・・・・」
 それが最後の言葉であった。彼はゆっくりと目を閉じその手を降ろした。そして息を引き取ったのであった。
「閣下ぁぁぁぁーーーーーーーーっ!」
 マイヨの沈痛な叫びが部屋に響く。だがそれに応える者はもういなかった。
 ドルチェノフはそれを見下ろしながら陰惨な笑みを浮かべていた。彼の脳裏に悪魔的な考えが宿っていたのだ。
「誰かいるか!」
 彼は叫んだ。
「ギルトール閣下が討たれた!マイヨ=プラート大尉に討たれたぞおっ!」
「何っ!?」
 マイヨはその言葉を聞いて思わず顔をあげた。そしてドルチェノフを見上げた。
「今何と!?」
 彼もまた純粋であった。あくまでギルトールの理想を絶対なものとして考えていたのだ。だが今その目に映っているのは醜い顔と心を持つ俗物であった。
「聞こえなかったのか、プラート大尉」
 ドルチェノフは笑ったままであった。その後ろに武装した兵士達がやって来る。
「貴様を元帥暗殺の現行犯として逮捕する。動くなよ」
「ドルチェノフ、貴様ぁっ!」
 最早叫んでもどうにもなるものではなかった。マイヨは左右を兵士達に抑えられながらもドルチェノフを睨み据えていた。その目には怒りと憎しみの光が宿っていた。そしてドルチェノフの目には狂気が宿っていた。

 程無くマイヨは連行されていった。処刑場にである。現行犯であり最早言い逃れできないというのがその理由であった。
 誰もがマイヨは終わったと思っていた。彼以外は。そして彼はここで動いた。
 彼を連行する兵士達は明らかに油断していた。マイヨが何も持っていないことに安心しきっていたのだ。だが彼は銃を持ってはいなくとも爪を持っていた。ギガノスの蒼き鷹としての爪を。
(今だ!)
 マイヨはすぐに動いた。左右の兵士達に当て身を浴びせその銃を奪う。そしてそこから逃走したのだ。
「このままでは終わらん」
 彼は廊下を走りながら呟く。そして外に出る。
「このままでは・・・・・・」
 そこにたまたま停めてあった車に飛び乗った。それで基地に向かう。若手将校達がいる基地に。そこでギルトールの理想を受け継ぐつもりであったのだ。
「こうなっては私が閣下の・・・・・・」
 だがそれは適わなかった。ドルチェノフは既に動いていたのだ。自らに反対する者達を粛清する為に。
 マイヨは見た。同志達のいる基地が突如として燃え上がるのを。その上にはメタルアーマーが飛び交わっていた。
「まさか、ドルチェノフ・・・・・・」
 予想通りであった。ドルチェノフはすぐに反対派の粛清に取り掛かっていたのだ。マイヨの目の前で今何もかもが炎に包まれていっていた。
 基地に到着した時には何もかもが終わっていた。基地は炎に包まれ所々で爆発が起こっていた。彼はそれを見て愕然とするばかりであった。
「終わったのか、何もかも・・・・・・」
 それに答える者はいない。だがそうであるのはよくわかった。炎と光が彼の周りを覆っていた。宇宙においても。それがドルチェノフの粛清のせいであるのはもう言うまでもないことであった。
「あの光と共に私の理想も、望みも全て消えていく・・・・・・」
 泣いていた。男の涙であった。理想が消えていくのを感じる男の涙であった。
「閣下、私はこれからどうすれば・・・・・・」
 もう彼の中のギガノスはなかった。ギルトールの気高い理想とカリスマ、それがあってこそのギガノスであった。今それがなくなってはもう彼の拠り所はなかった。少なくとも今まではそうであった。
 しかし彼は覚えていた。ギルトールの最後の言葉を。それが彼を再び立ち上がらせたのだ。
「閣下、これが最後の私の戦いです」
 そう言って格納庫に向かった。
「マスドライバーを。あれだけは」
 格納庫はまだ炎が回ってはいなかった。幸運であった。マイヨはこれを幸いとして格納庫に向かう。だがその前に武装したギガノスの兵士達がいた。
「やはりここに来たな、プラートよ」
「貴様!」
 そこにはドルチェノフがいた。彼はマイヨがここに来ることを察知して先回りしていたのであった。
「ギルトール閣下の仇、とらせてもらうぞ」
「何を!」
 それはこちらの言葉だ、とは言わなかった。これが仇になったのか。
「討て!」
 ドルチェノフは兵士達にマイヨを撃つように命じる。だがここでその横から銃撃が起こった。
「ムッ!?」
「大尉殿!こちらでしたか!」
「御前達・・・・・・」
 そこにいるのは若手将校達であった。マイヨを慕う者達である。
「御無事でしたか!何よりです!」
「どうしてここに」
「貴様等、どういうつもりだ!」
 かろうじて銃撃を生き延びたドルチェノフは彼等を見据えて叫ぶ。その周りを兵士達で固めさせながら。
「この男はギルトール閣下を暗殺したのだぞ!そのような男を」
「黙れ!大尉殿がそのようなことを為されるか!」
 将校の一人が叫んだ。
「これは何かの間違いだ!どうせ貴様の差し金だろう!」
「クッ!」
 ドルチェノフは答えるかわりに歯噛みした。これが何よりの答えであると言えた。
「大尉殿、こちらへ!」
 彼等はその隙にマイヨを導く。
「早く格納庫へ!大尉のフぁルゲン=マッフがあります!」
「しかし御前達は」
「何、ここはお任せ下さい」
 彼等はにこりと笑ってこう言った。
「我等のことは御気遣いなく」
「しかし」
「しかしもこうしてもありません。どうかここは」
「我々にお任せを」
「・・・・・・わかった」
 彼等の心がわかった。ならば頷くしかなかった。
 マイヨはまた駆けはじめた。行く先は格納庫しかなかった。彼はそこで自らの理想、そして希望の全てに対して決着をつけるつもりだったのだ。
「閣下、お任せ下さい」
 そう言いながら窓に映る青い地球を見た。ギルトールが愛した地球を。
「マスドライバーは。この命にかえて必ず・・・・・・」
 遂に格納庫に着いた。そこでファルゲン=マッフが彼を待っていた。
「行くぞ」
 一言そう言うとそれに飛び乗った。そしてそのまま出撃した。
 マスドライバーに到着する。だがそこには護衛の部隊はいなかった。皆粛清に駆り出されているようであった。
 もう何の迷いもなかった。それの内部に入り込みファルゲン=マッフが持っていた爆弾を仕掛ける。そしてそれで全てを終わらせるつもりであったのだ。
 出て来たところで後ろから声がした。見ればそこにドルチェノフがいた。大勢のメタルアーマーを引き連れて。
「ふふふ、それまでだ」
「ドルチェノフ、動きだけは速いな」
「貴様の行動は全てわかっている。ここに来ると思っていた」
「そうか。そしてどうするつもりだ?」
 マイヨは問うた。
「私を倒すつもりか?」
「そうだ」
 彼は答えた。
「死ぬがいい。覚悟はできているな」
「フン・・・・・・」
 だがマイヨはその言葉を鼻で笑った。そしてその手に持っていたレールガンを放り投げた。
「な・・・・・・!?」
「ギガノスの蒼き鷹の最後にはここの方がより相応しいか」
「何!?」
「来い、ドルチェノフ中佐。私の最後の戦いを見せてやる」
「遂に覚悟を決めたか。ならばよい」
 彼はそう言いながら部下達に対して言う。
「斬り刻め!容赦はいらぬ!」
 それに従いメタルアーマー達が一斉に動く。本当にマイヨのファルゲン=マッフを斬り刻むつもりであった。だがそうはならなかった。
「無駄だ」
 マイヨは一言そう言った。そして風の様に動く。蒼い風だった。
「諸君等では私は倒せない」
 その手に持つレーザーソードが光った。そしてそれで次々と斬っていく。それで彼等は退けられた。
「逃げろ。急所は外してある」
 マイヨは言った。メタルアーマーのパイロット達はそれに従うかのように次々と脱出する。そしてマシンだけが爆発した。
「中佐、これ以上部下を巻き添えにするな」
「ク・・・・・・!」
「無駄だ」
「何を!裏切り者が!」
「私が裏切り者かどうかはいずれわかる」
 彼はそう言いながら宙を駆った。
「この世がギルトール閣下の愛された美しい世界なら」
 そう言ってドルチェノフのメタルアーマーの腕を掴んだ。
「中佐、一緒に行ってもらうぞ!」
「ヌウウ!」
「ヴァルハラに!そこにな!」
 レーザーソードで肩を貫く。そしてマスドライバーに彼のマシンの背を押し付けた。そこで爆発が起こった。
「中佐!」
「プラート大尉!」
 ドルチェノフもマイヨも爆発に覆われた。マスドライバーは大爆発を起こしその場に四散した。これではドルチェノフもマイヨも命はないと思われた。だがヴァルハラの主ヴォータンは彼等をまだ導きはしなかった。
「ウググ・・・・・・」
 まずはドルチェノフが出て来た。全身から煙を出しながらもかろうじて動いていた。
「誰かおらぬか・・・・・・」
 彼は周りを見回しながら言った。
「脚をやられた。うまく動けぬ」
「は、はい」
 それに従い二機のメタルアーマーが出て来た。そして彼を両方から支える。だがドルチェノフはそんな彼等に対して礼を言うことはなくこう言った。
「プラート大尉は何処だ」
「大尉殿ですか」
「そうだ。奴は一体何処にいるのだ、奴は」
 その前に影が現われた。それは蒼い影であった。
「貴様は・・・・・・」
「閣下、貴方も運がお強いようで」
 それはファルゲン=マッフであった。マイヨは生きていた。
「ですがここで終わりです」
 そしてまたレーザーソードを構えた。
「覚悟!」
「ま、待て!」
 ドルチェノフはここにきて命乞いに入った。
「わしと共にこのギガノスを!」
「ギガノスはギルトール閣下の理想と共にあるもの!」
 彼は叫んだ。
「それなきギガノスは最早・・・・・・ギガノスではない!」
 言い切った。それが彼のギガノスであったのだ。
「最早問答無用、覚悟しろ!」
「うわああああっ!」
 ドルチェノフは最後に叫んだ。全てが終わったと思った。だがそうはならなかった。
 ファルゲン=マッフの右腕が撃ち落とされた。レーザーソードを持つ右腕が。そして右から声がした。
「プラート大尉、これまでだ!」
 ギガノスの将兵達であった。かっては共に同じ理想の下戦った同志達だった。
「潔く投降しろ!そして裁きを受けろ!」
「生憎だがそうはいかぬ」
「何!?」
「私もギガノスの蒼き鷹と呼ばれた男。引き際は心得ている」
「ではどうするつもりだ」
「こうするのだ」
 そう言って地球を見上げた。最後に呟いた。
「閣下、おさらばです」
 そして地球へ向けて飛んで行く。速度のリミッターを解除して。今の爆発により傷付いたのはファルゲン=マッフであり、それは命取りであるのはもう言うまでもなかった。
「貴様等何をしておるか!」
 ドルチェノフはそれを見て狂ったように叫ぶ。
「早く、早く撃ち落とさんかあっ!」
 だがギガノスの将兵達はすぐにはそれに従わなかった。まずはマイヨのファルゲン=マッフに対して敬礼した。
「さらばギガノスの蒼き鷹」
「貴方は永遠の我等の中に生きる」
 そしてレールガンを構えた。一斉射撃に移る。
 それは一直線にマイヨに向かう。まるで彼に対する祝砲の様に。
「閣下、お約束は果たしました」
 蒼き鷹は心の中で呟いていた。
「これでもう思い残すことは・・・・・・」
 そして青い流星となって消えた。最後に一筋の光を残して。ギガノスの蒼き鷹はこうして姿を消した。

「兄さん!?」
 ナデシコの艦橋でリンダが急に呟いた。
「!?どうしたのリンダさん」 
 その声に気付いたユリカが彼女に声をかけた。
「何かあったの?」
「あ、いえ」
 だが彼女はそれを誤魔化して首を横に振った。
「何もありません」
「そう。けれど何か月がおかしなことになってて」
「マスドライバー付近で大規模な爆発と戦闘が行われている模様です」
 ルリが報告する。
「戦闘が」
「はい。今マスドライバー付近にいる敵は当初の想定の半分以下のようです」
「何か急に減っちゃったわね」
「何かあったのでしょうか」
 ハルカとメグミが口々に疑問の声を呈する。
「詳しいことはわかりませんがもう部隊を出撃させましょう。そろそろ敵が迎撃に来る距離です」
「そうね」
 ユリカはそれに頷いて答えた。
「じゃあエステバリス隊も他のマシンも出撃して下さい」
「了解」
「攻撃目標はマスドライバー。総員攻撃用意」
「総員攻撃用意」
 メグミは復唱する。それに合わせてロンド=ベルが出撃した。そしてマスドライバーに向かう。だが彼等がそこで見たものは巨大な砲でも月を埋め尽くさんばかりのメタルアーマーの大軍でもなかった。ただ廃墟だけがそこにあった。
「な、何だこりゃあ!?」
 まずケーンが驚きの声をあげた。
「ゴジラでも来たのかよ、これ」
 マスドライバーは完全に破壊されていた。その大破した巨砲の無残な姿を曝しているだけであった。
「何が起こったんだよ、一体」
「ケーンそこでゴジラはないだろ」
 しかしライトはいつもと変わりなくそう突っ込みを入れた。
「ゴジラが月にいるか?」
「まあそれはそうだが」
「スーパーマンの仕業か」
「スーパーマンはまだ銀行で働いている時間だろ」
「おっと、そうか」
 タップにも突っ込みを入れる。そこに僅かに残っていたギガノスのメタルアーマー達が攻撃を仕掛ける。だがケーン達はそれを何なくかわした。
「おっと」
 そして反撃に転じる。それで敵を撃破した。
「けれど敵さんはまだ残ってるみたいだな」
「しぶとい奴等だぜ」
「それじゃあいてもらっても困るし」
「ちゃっちゃとやっちゃいますか」
「おう」
 こうして戦いがはじまったがそれは僅か数分で終了した。ギガノス軍は呆気無く撤退しその総司令部に向けて去って行った。後にはロンド=ベルと廃墟だけが残された。
「意外と言えば意外なことだが」
 ブライトはラー=カイラムの艦橋からマスドライバーの残骸を見ながら呟いた。顎に手を当てている。
「まさかこのようなことになるとはな」
「どうやらギガノスで何かあったらしいな」
 モニターにクワトロが姿を現わした。
「そうでなければこうしたことにはならん。暫く情報を収集すべきだと思うが」
「そうだな」
 ブライトはそれに頷いた。
「じゃあそうするとしよう。全軍一時集結だ」
「了解」
 そしてドラグナー3やルリ等を中心として情報収集が行われた。戦いの最中捕虜としたギガノス軍の者達もいた。彼等にも話を聞くと意外なことがわかった。
「まさか、プラート大尉が」
 皆それを聞いて驚きを隠せなかった。
「ギルトール元帥を。そんな筈がない」
「だがどうやら本当らしい」
 直接尋問を行ったクワトロが皆に対してそう述べた。拷問は彼のやり方ではない。もっとも捕虜になった虚脱感かこちらが聞いてもいないことまで向こうから話したのであるが。
「そしてそれによりギガノスの若手将校達は粛清されたそうだ。ドルチェノフ中佐によってな」
「早いな」
 アムロはそれを聞いて眉を顰めさせた。
「どうやらプラート大尉のギルトール元帥暗殺は突発的なもののようだが。それにしては早過ぎないか」
「私もそう思う」
 クワトロもそれに同意した。
「以前から若手将校と将軍達の間で対立があったようだが」
「そのドルチェノフってのは将軍派なんだな」
「それもかなり急進派だったらしい」
 洸にそう答える。
「ギルトール元帥にも若手将校達に対して強硬策を取るよう執拗に言っていたらしい」
「あいつならそう言うだろうな」
 忍はそれを聞いて顔を顰めさせた。
「それしかねえ単純馬鹿だからな」
「忍が言っても説得力ないけれど」
 沙羅がそう言って笑う。
「けれどあいつに関しては同意だね。威張るだけで実力も何もないし」
「どうやらとんでもないおっさんみたいだな」
 神宮寺はそれを聞いただけでドルチェノフがどういう男かを的確に見抜いていた。
「そんなおっさんのやることだ。何か裏があるな」
「ミスター、それは深読みし過ぎては」
「いや、彼の言う通りだと思う」
 クワトロは今度は麗にそう返した。
「おそらく。彼は以前から計画していた。若手将校達の粛清を」
「そしてギルトール元帥暗殺も」
「そこまではわからないがな。だが可能性はある」
「ふむ」
 皆それを聞いてそれぞれの思索に入った。
「何か情報がまだ足りないな」
 まずフォッカーが言った。
「今の状況じゃな。即断はできないぞ」
「フォッカー少佐の言う通りですね」
 そしてルリがそれに賛同する。
「今はそれよりも今後のギガノスのことです」
「彼等か」
「どちらにしろこの粛清とマスドライバーの破壊で戦力はかなり落ちています」
「潰すのなら今、ということだな」
「はい」
 彼女はグローバルの言葉に頷いた。
「どうでしょうか」
「そうだな」
 グローバルはそれに答えた。
「ではそうするとしよう。全軍ギガノスの総司令部に向けて進撃だ」
「了解」
「おそらく敵はまだ落ち着いてはいない。衝くのなら今だ。それに」
「それに!?」
「あ、これは何でもない」
 一瞬ギルトールについて言及しようとしたがそれは止めた。
「気にしないでくれ」
「わかりました」
「それでは敵の戦力が整わないうちに叩くぞ。いいな」
「じゃあすぐにでも行動開始ですね」
「うむ」
「全軍挙げていきますか」
 こうして次の作戦が決定しようとしていた。だがそこで思わぬ横槍が入った。
「おお、丁度皆集まっていたな」
 モニターにミスマル司令が姿を現わした。
「御父様」
「おおユリカ、元気そうだな」
 彼は娘の顔を見るとその厳しい顔を急に崩れたものにさせた。
「本当に心配しているんだぞ、御父さんは毎日御前のことをだね」
「あの、司令」
 そんな彼にブライトが声をかけてきた。
「御用件は何でしょうか」
「あ、うむ」
 彼の言葉に我に返り顔を元に戻す。
「実はな。ネオ=ジオンがまた動こうとしているのだ」
「ネオ=ジオンが」
「そうだ。コロニー落としにこそ失敗したが彼等はまだ戦力がある。その戦力を地球に向けようとしているのだ」
「地球に」
「アフリカ大陸に向けて降下しようと計画しているそうだ。既にその主力がアクシズを発っている」
「もう」
「何と素早い」
「その部隊の中にはハマーン=カーンもいる。どうやら本気のようだ」
「ハマーン」
 クワトロはその名を聞いてサングラスの奥の目の光を強くさせた。
「彼女が陣頭指揮にあたっているらしい。すぐに対処したいのだが」
「しかし今我々はギガノスと」
「彼等の力は弱体化している。今は放っておいていいという判断だ」
「誰のですか?」
 グローバルはそこを衝いてきた。
「諸君等もわかっているとは思うが。彼だ」
「ああ、あの方ですか」
 グローバルにはそれが誰かすぐにわかった。
「成程な。相変わらず地球のことしか考えてはいないらしい」
 京四郎がシニカルにそう言葉を漏らした。
「今ここでギガノスを潰しておかないと禍根を残すというのにな」
「そのギガノスの動きも地球でまた活発化している」
「またですか」
「中央アジアでな。グン=ジェム大佐の部隊だ」
「またあの爺さんかよ」
 ケーンがそれを聞いてあからさまに嫌そうな顔をした。
「暫く見ねえと思ったら」
「生きていやがったのかよ」
「まあそう簡単に死ぬとも思えないけれどな」
 タップとライトがそれに合わせる。
「どっちにしろ迷惑だぜ。ただでさえティターンズやドレイクやらがいるってのによ」
「おまけにミケーネや邪魔大王国までいるしな。地球も大変だな」
「だからこそ君達に対処して欲しいというのだ。月は今は抑えるだけだ」
「勝手な話だな」
 亮はそれを聞いて呆れたような言葉を漏らした。
「都合のいい時だけ俺達を使うんだから」
「だがそれが戦争だからな」
 アランがそう言って雅人を窘めた。
「仕方ないと言えば仕方のないことだ」
「どうやら君は納得してくれているようだな」
「納得も何もハマーン=カーンを放っておくわけにはいかないでしょう」
 それがアランの答えであった。
「あの女は危険です」
「危険、か」
 クワトロがそれに対して思わせぶりな言葉を漏らした。
「確かにな」
 しかしそれは誰にも聞こえなかった。彼等は言葉を続けた。
「それではすぐにネオ=ジオンの迎撃に向かってくれるか。他にもまたバルマーが動いているらしいしな」
「バルマーまで」
「ポセイダル軍との戦闘の結果捕虜を得てな。三輪長官が直々に詰問した」
 そう語るミスマルの厳しい顔に一瞬嫌悪の情が走る。皆それに気付いたがあえて言おうとはしなかった。
「そしてわかったことだが。バルマーの本軍が地球圏に向かって来ているそうだ。方面軍ごとな」
「方面軍が」
「その司令も一緒だ。ヘルモーズに乗艦し、多くの将兵達を引き連れて来ているという」
「よりによってこんな時に」
「次から次へと」
「正直に言うと彼等に対処できるのは君達しかいないのが現状だ。今地球にいるロンド=ベルは行方不明だ」
「行方不明!?」
 それを聞いて驚きの声があがった。
「では彼等は今一体何処に」
「シュウ=シラカワ博士が教えてくれたのだが」
「彼が」
 何やら得体の知れない不気味さを感じずにはいられなかった。その名にはやはり何かがあった。
「彼等は今ラ=ギアスにいるらしい。そしてそこで活動しているそうだ」
「ラ=ギアスですか」
「地下でも騒乱があるそうでな。それに参加しているらしい」
「ふむ」
「地上は今はシラカワ博士が防衛にあたってくれている。ネオ=グランゾンでな」
「ネオ=グランゾンでですか」
「圧倒的な力を持つあのマシンなら当分は大丈夫だと思うのだが。三輪長官はそれも信用していないらしい」
「あのおっさんには人を信用するってことがねえのかね」
 イサムはそれを聞いて口の端を歪めさせた。
「そんなんだから周りに人がいねえんだよ」
「だがそれは彼だけではない。連邦政府も連邦軍も彼に対しては不審の目で見ているのが現状だ」
「当然だよな」
 リュウセイがそれに頷いた。
「俺達もあの人にはとんでもねえ目に遭ったし」
「そうおいそれと信じるって方が無理だよ」
 ジュドーも同じであった。彼等は未来の戦いで彼と実際に剣を交えているから言えるのであった。
「けれど守ってくれてるんならそれに頼るしかないかな」
「シラカワ博士については私が責任をもって当たっている」
「司令が」
「今の彼は信用できる。だから地上のことは任せてくれ」
「わかりました」
「それでは我々はハマーン=カーン、そしてバルマー帝国にあたるということですね」
「うむ。頼めるか」
「それが任務とあれば」
 ブライトが最初に応えた。
「喜んで行きましょう」
「済まないな、君達にばかり負担をかけてしまっている」
「いえ、そのような」
「そちらにまたラビアン=ローズを向かわせる。補給を整えた後すぐに行動にあたってくれ」
「はい」
 こうして彼等の作戦行動は変更された。ギガノスからネオ=ジオン、そしてバルマーにあたることとなった。彼等はそれに対処する為にすぐにマスドライバーから離れ宇宙に出たのであった。

 リンダはナデシコにある自分の部屋で一人いた。そしてその部屋の窓から見える銀河をただ眺めていた。
「リンダ」 
 そこにレッシィやフォウ達が入って来た。
「見ないと思ったら。ここにいたんだね」
「ええ」 
 リンダは力ない声でそれに頷いた。
「御免なさい、今は」
「言わなくてもわかるよ」
 レッシィはにこりと笑ってそれに応えた。
「お兄さんのことだろ」
「ええ」
「やっぱり気になるんだね」
「そうね。ずっと一緒に暮らしてきたし」
 リンダは力ない声で答えた。
「それに兄さんがそんなことするとは思えないし。話を聞くと」
「大丈夫よ、リンダ」
 だがここでフォウが言った。
「あの人は生きているわ」
「えっ・・・・・・!?」
 それを聞いて思わず顔を上げた。
「私にはわかるの。あの人が生きているって。プレッシャーを感じたから」
「そうなの」
「私にもそれはわかりました」
「麗さん」
 そこには麗もいた。彼女はにこやかに笑ってリンダにそう言った。
「彼は生きていますよ。そして地球に辿り着きました」
「地球に」
「ファルゲン=マッフは大気圏突入能力があったわよね」
「ええ、確か」
「それに助かったみたいよ。あの人は今地球にいるわ。生きてね」
「そうなの」
 それを聞いて気持ちが落ち着くのがわかった。
「だったら安心していいのね」
「とりあえずはね」
「これからどうなるのかまではわかりませんが」
「そう」
 フォウと麗の言葉にも頷いた。
「じゃあ私も元気でいることにするわ。そうじゃないと心配かけるし」
「あたし達はそうでもないけれどね」
 ここでレッシィは笑ってそう言った。
「えっ!?」
「一人ね。凄く心配するのがいるから」
「彼ね」
 フォウにもそれが誰だかわかった。
「そうでしょうね。あの人なら」
「誰のことなの、それって」 
 麗にもわかった。だがリンダにはそれが誰かまだわからなかった。
「すぐにわかるよ」
「すぐに」
「そうさ」
「おうい、リンダ」
 そしてここでケーンの声がした。
「ほら」
「噂をすれば影ね」
 フォウも彼の声を聞いてくすりと笑った。それを知ってか知らずかケーンがリンダの部屋に入って来た。
「おろ!?」
 だが彼は部屋の中を見て声をあげた。
「何でレッシィさん達がここに?」
「あたし達がいたら何か不都合なことでもあるのかい?ケーン」
「いや、そうじゃねえけど」
 彼は嘘をつくのが下手である。それは明らかに不都合がある顔であった。
「ちょっとね。まあ何ていうか」
「わかってるさ。お邪魔虫達は消えろってことだろ」
「どうやら私もいても意味がないようだし」
「帰りますか。後はケーンさんにお任せします」
「お任せしますって」
 フォウと麗のわざとらしい態度にかえって面食らってしまっていた。
「そんなこと言われてもなあ」
「あんたは三銃士なんだろ」
 だがレッシィがそんな彼に対して言った。
「地球の小説読んだよ。中々面白いじゃない」
「あら、レッシィさんって読書家なんですね」
「麗、あんたが薦めたんじゃないか。暇潰しにって」
「そうでしたっけ」
「いいね、あれ。あの三人だけでなくダルタニャンもいてさ」
「気に入って頂けましたか」
「ああ。まだまだ続きがあるんだろ。読ませてくれよ」
「いいですけれど長いですよ」
「長くてもいいさ。早く続き読ませてよ」
「わかりました。それでは」
「頼むよ。何か病み付きになっちゃったよ、あれ」
 デュマの小説はかなり長いが登場人物が個性的で生き生きとしており、かつ歴史とも合わさっており非常に読み応えがあるのである。なおこの三銃士は主人公の四人はおろかその脇役達の殆どが実在人物である。もっともデュマの脚色がかなり入っているのであるが。
「それでレッシィさん」
「おっと、いけない」
 ケーンに言われて話を元に戻すことにした。
「それで三銃士ですけど」
「あれにはコンスタンスっていう恋人がいたね」
「はい」
「ダルタニャンも恋人を大事にしたんだ。あんたもそうしな」
「!?」
「少なくともミレディーとは違うんだからね。いいね」
「俺はミレディーみたいなのは嫌いですよ」
 どうやらわかったようである。もう普段のケーンに戻っていた。
「けどリンダはコンスタンスじゃないですよ」
「じゃあ何なんだい?」
 レッシィも乗ってきた。ニヤリと笑っている。
「リンダはリンダですよ。コンスタンスじゃないですよ」
「そうかい」
 それを聞いて笑みをさらに深くさせた。
「安心したよ。じゃあ任せたよ」
「はい」
 こうして三人は席を立った。後にはケーンとリンダが部屋に残った。二人は向かい合って立っていた。
「ケーン」
「なあリンダ」
 深刻そうな顔になるリンダに対して言った。
「何かしら」
「ちょっとナデシコのプールに行かねえか?戦闘は数日後だって話だし」
「プールに?」
「そうさ。丁度タップやライトから誘われてるんだ。ユリカ艦長からもな」
「あの人からも」
「そうさ。それで一緒に来て欲しいんだけど。いいかな」
「ええ、いいわ」
 リンダはにこりと笑ってそれに頷いた。
「それじゃあ水着用意しておいてくれよ」
「えっ!?」
 いきなりそう言われて戸惑わずにはいられなかった。
「プールつったら水着だろ、何言ってるんだよ」
「けど、私」
「頼むよ、もう皆にリンダも来るって言ってあるしよ」
「何時の間にそんなこと言ったの?」
「さっき。ナデシコのメンバーにも言ったしさ。もう後戻りはできないから。な!?」
「強引ね」
 思わず苦笑してしまった。
「いつもそうなんだから。勝手に話を進めて」
「嫌かい?」
「いいえ」
 だがそれには首を横に振った。
「いいわ。じゃあ行きましょう」
「そうこなくっちゃ。それじゃあ俺先に行ってるから」
「あ、ちょっと」
 呼び止めようとするが彼の方が早かった。ケーンはウキウキした足取りで部屋から消えていた。後に残ったリンダは一人先程の苦笑いを続けていた。
「ホントに。困ったものね」
 口ではそう言っても悪い気はしなかった。箪笥を空けそこにある服の中から水着を取り出す。そしてそれを確かめた。
「これでいいわね」
 合格であった。白と緑の縦のストライブのワンピース。それを着ていくつもりだった。
「けれどユリカさんやハルカさんもプロポーションいいから。心配ね」
 ふと他の女性のことも考える。何時の間にか気がかなり楽になっていた。
「けれどケーンはそれは心配ないわね。あんなのだし」
 そう言いながら身支度を整える。そして部屋を出る。
 部屋を出る時に窓を見た。そこには地球が見えていた。
「兄さん、またね」
 そう言い残して部屋を後にした。そしてナデシコのプールに向かうのであった。

 その地球に蒼い流星が降り注いだ。そしてある島の海岸に一機のマシンが横たわっていた。
「父ちゃん、あれ」
 そこに一人の少年が通り掛かった。その父親も一緒である。
「モビルスーツかな」
「いや、似ているが違うぞ」
 父親は息子に対してそう答えた。
「あれはメタルアーマーだ」
「メタルアーマー?」
「ああ。モビルスーツとは別のマシンだ」
「そうなの」
「珍しいな、こんなところに」
「そうだね。こんなところにマシンが来るなんて」
「道にでも迷ったのかのう」
「まさか。コンピューターも付いている筈なのに。あっ」
 そして少年はここで気付いた。
「父ちゃん、あれ」
 今度はそのマシンの側に倒れている男を見つけた。金色の髪の若い男である。
「兵隊さんだよ。倒れてる」
「死んでいるかな」
「どうかな」
 二人はそんな話をしながらその軍人に近付いて行った。見れば気を失ってはいるが死んではいないようだ。
「生きてるみたいだな」
「うん」
 少年はそれを確かめたうえで父親に尋ねた。
「それでどうするの?」
「どうするって?」
「この人だよ。怪我してるみたいだけれど」
「そうだな」
 彼は一呼吸置いたうえでそれに答えた。
「怪我してるのなら仕方ないな。家に連れて帰って手当てしよう」
「助けるんだね」
「いつも言ってるだろう?傷付いてる人は絶対に助けろって」
「うん」
「それなら助けなきゃな。よいしょっと」
 そしてその軍人を肩に担いだ。
「帰るぞ。ベッドを用意しておけ」
「わかったよ」
 その親子はそんな話をしながら家に戻った。そしてその軍人は命をとりとめようとしていたのであった。


第四十五話   完


                                       2005・9・18