ロザリーの真実
「ねえ」
 ふとレミーが真吾達に対して口を開いた。
「どうしたんだ?」
 真吾がそんな彼女に問い返した。
「最近気になっていることがあるんだけれど」
「お肌の荒れかい?それはゆっくり寝るに限るぜ」
「そんなのじゃないわよ」
 キリーの言葉に少しムッとしながらもそう返した。
「いつも手入れしているんだから。珠の肌よ」
「おやおや」
「それじゃあ一度確認させてもらいたいものだね」
「言っておくけれど高いわよ、レディーのお肌は」
「これはまた手厳しい」
「それで気になることって何なんだ」
「あのロザリーって娘よ」
 レミーは言った。
「ロザリー」
「何かね、引っ掛かるのよ」
「それは一体」
「あの娘の目よ。何か妙な感じがするのよね」
「妙な感じ、ねえ」
「あんた達も何か感じない?変だって」
「俺はそうは思わないが」
「綺麗な目だとは思うね。純真そうで」
「それはまああたし達とは違って・・・・・・って何言わせるのよ」
「自分で言ったんじゃないか」
「今度はレミーの負けだな」
「もう。ふざけるのもいい加減にしてよ。真面目な話をしたいんだから」
「わかったわかった。それで目がどうしたんだい?」
「恋をする目じゃないのよ」
「恋を」
「ええ。あたしはこうした経験が豊富だからわかるんだけれどね」
「流石にベテランだけはある」
「キリー、それが余計なんだ」
「おやおや。どうやらいつもの軽い調子は似合わない状況のようで」
「あんたはちょっと軽過ぎるのよ。それでね」
「ああ」 
 真吾がそれに頷き返した。
「あのシュメルさんを見る目がね、何か憎しみがあるのよ」
「憎しみが」
「それだけじゃないけれど。けれど押し掛けフィアンセってわりには何かおかしいのよね」
「そうだったのか」
「そういや何か殺気めいたものも感じないわけじゃないな」
「やっとブロンクスでの勘が戻ってきたようね」
「まあ最近何かとドタバタしていてそっちの勘は使うことがなかったからな」
「俺はよく使っているよ」
「あんたはメインパイロットだからね。頑張ってもらわないと困るのよ」
「何か貧乏くじだな」
「リーダーは文句を言わない」
「それもそうだ」
「意外。納得するのね」
「たまには意表をつかなくちゃな。兵法の基本さ」
「いつも行き当たりバッタリだけれどね」
「ドクーガに合わせているとな。どうしてもこうなる」
「それはそれで一興」
「舞台即興ってやつね」
「クナッパーツブッシュが得意としたやつだな」
 ドイツの有名な指揮者の一人である。とかく変人であり練習をことの他嫌ったことで知られている。知っている曲の練習は皆知っているからその必要はないと練習に顔を出した時点で言いそのまま帰ったこともある程である。当時ドイツはフルトヴェングラーやワルター、クレンペラー等多くの優れた指揮者がいたがその中でも異彩を放っていた。
「それはおいといてね。やっぱり妙なのよ」
「ふむ」
「何かあるわよ、絶対に。それが何かまではわからないけれどね」
「監視が必要ってところかな」
「そこまでいくかどうかはわからないけれどね。けれど覚えておいた方がいいかも」
「了解。それじゃあ」
「レディーの身辺チェックといきますか」
「それはレディーにするものじゃないわよ、キリー」
「細かいことは言いっこなしってね」
「全く」
 グッドサンダーチームの面々もロザリーに対して何か妙なものを感じていた。そして魔装機のパイロット達はこの時彼等だけで何かと話をしていた。
「何ちゅうかなあ」
 その中心にはロドニーがいた。彼はいつもの訛りの強いトロイア弁で話していた。
「エリスがフェンターちゅうのに乗っててわいがガディフォールっていうのが納得いかへんのや」
「また贅沢なこと言うな」
 マサキがそれを聞いて呆れていた。
「おっさんはそれでいいって言ってたじゃねえか。何が不満なんだよ」
「いや、わいもええ魔装機に乗ってみたいんや」
「そうは言ってもなあ」
「何かあらへんか?ええのは」
「といっても今は何も空いてないんだよ」
「そうなんか」
「ノルス=レイもセニアが乗っているしな。悪いが当分我慢してくれよ」
「寂しいのお、それは」
「まあちょっとの間だけだからね」
「それはホンマでっか、姫さん」 
 セニアのその言葉に思わず身を乗り出してきた。
「ええ。実は今新しいマシンを何機か開発しているのよ。それをタダナオとオザワに乗ってもらいたくてね。その時に空くと思うわ」
「それじゃあわいギオラストを」
「まだ決まったわけじゃないけれどね。今やっと一機めが完成したところだし」
「何だ、それは」
「ダイゼンガーよ」
「ダイゼンガー」
「ええ。接近戦用の特殊なマシンよ。丁度今ゼンガーが乗っているわ」
「ゼンガーが」
「彼に相性がいいと思ったから。それで乗ってもらったのよ」
「何かすげえマシンみてえだな」
「そうだね。あの人が乗るんだから」
 マサキの言葉にリューネも頷いた。
「あたしとウェンディで開発しているのよ。二機目と三機目が開発したらあの二人にも乗ってもらうわ。あれ、その二人は?」
「ああ、丁度哨戒中さ」
 マサキがそう言った。
「ゼンガーも一緒なんじゃねえかな。最近あの三人一緒にいることが多いし」
「そうだね。何か妙な顔触れだけれど」
「クスハさんとブリットさんがいつも一緒だからね。はぐれ者同士ってやつかな」
「こら、ミオ」
 マサキがミオに注意した。
「どうしておめえはそう」
「気にしない気にしない」
「・・・・・・ったくよお。何でゲンナジーはこんなのとコンビ組んでるんだか」
「ゲンちゃんはいい相方だよ。よく気が利くしね」
「その前に最近何処が存在感薄いのかわからなくなってきたぞ」
「元々目立つ外見だしな」
 ヤンロンも言った。
「しかも力も強い」
「けれどこの前あたしに腕相撲で負けたよ」
「おめえはまた特別だよ」
「何よ、その言い方」
「パワーアンクルなんていつもつけてりゃ誰でも強くなるってもんだ。っていうかそんなの着けてどうするつもりなんだよ」
「力が強いってのは便利だよ」
「そうかも知れねえけどよ。オリンピックの金メダリストに勝てるなんて普通じゃねえぞ」
「あれには僕も驚いた」
「細かいことは気にしないってね」
「それじゃあミオと同じだろうが」
「あれっ、そうだっけ」
「ったくよお、何でこううちの女ってのはこうガサツなんだよ」
「あらマサキ、言ってくれるわね」
「誰がガサツだってえ!?」
「お兄ちゃんに言われたくはないわよ」
「ゲッ」
 シモーヌ、ベッキー、プレセアの登場にタジタジとなってしまった。やはりマサキには女難が似合うのであった。
 
 ゼンガーはこの時新たなマシンダイゼンガーに乗っていた。まるで鎧を身に纏った侍の様なそのマシンはその手に巨大な刀を持っていた。そして彼はその刀を黙々と振っていた。
「ふう」
 彼は何百回か振り終えた後で大きく息を吐き出した。
「ようやく馴染みはじめてきたか」
「そこにおられたのですか」
 そこへザッシュがやって来た。彼はガルガードに乗っていた。
「ザシュフォード殿か」
「はい」
 ザッシュはそれに頷いた。
「最近何かと修行に励んでおられるようですが」
「それは貴殿とて同じだろう」
 ゼンガーは彼にそう言葉を返した。
「シュメル殿の剣はどうだ」
「知っておられたのですか」
「知らない筈もない」
 ゼンガーは言った。
「あそこまで熱心にやっていると。そしてどうなったのだ」
「はい。何とか技を一つ身につけることができました」
「そうか」
「冥皇活殺法。これなら今までよりも遥かに皆の役に立つことができます」
「ガルガードは長距離戦用の魔装機だったな」
 その通りであった。ガルガードはリニアレールガンやハイパーリニアレールガンを装備しており、遠距離での戦闘を主眼に置いた設定となっているのである。
「はい」
「それでも剣を身に着けたのか」
「何があるかわかりませんから」
 ザッシュはそう答えた。
「これからは。ゼンガーさんもそう思っておられるから今こうして修業に励んでおられるのでしょう」
「否定はしない」
 それがゼンガーの答えであった。
「俺は常に戦場に身を置いている。常にな」
「そうなのですか」
「いつ何時敵が来るかも知れぬ。その時動けないのであれば死ぬだけだ」
「ですね」
「無駄に死ぬつもりはない」
 彼は言った。
「それだけだ」
「そして今は」
「あの邪魔大王国の女のことか」
「はい。彼女は一体」
「かって俺と剣を交えた」
 彼は静かにそう語った。
「その時右腕を斬り落とされた。それからだ」
「因縁というやつですか」
「少なくとも向こうはそう思っているだろう」
「ではこの前の戦いのことも」
「そうだろうな。また来るだろう」
 そう語りながらもその目は決して怯えたものではなかった。
「それに備える。何時来てもいいようにな」
「それが武士道でしょうか」
「そうされている」
 ゼンガーは言った。
「貴殿のそれは騎士道か」
「ええ、まあ」
「道は違えど志は同じだ。大事にするがいい」
「はい」
「人は武器によってのみ戦うのではない」
 そしてこうも言った。
「心によって戦っている。それを忘れぬようにな」
「はい」
 こうして彼等は修業を続けた。この時バゴニアでは新たな動きがあった。
「バレンシア少佐」
 ギンシャスに乗るバゴニア軍のパイロットが指揮官であるジノに対して声をかけていた。
「どうした」
 ジノはそれに応えた。そして彼に顔を向けた。
「今回の作戦ですが」
「うむ」
「一体何の目的で我等をこのような場所に派遣しているのでしょうか」
「・・・・・・わからん」
 ジノはそう答えた。彼等は今戦闘が行われているバゴニアの国境からも、そしてシュメルの邸宅からも遠く離れたバゴニア西の山岳地帯に派遣されていたのである。そしてそこで哨戒行動を命じられていたのであう。
「この様な場所にラングラン軍が来るとは到底思えません」
「ましてやシュメル師の邸宅からも離れています。これは一体」
「気持ちはわかる」
 ジノはまずは彼等の心を汲んだ。
「だがな」
「はい」
「我々は軍人だ。余計なkとに口を挟んだり詮索したりするのは止めておけ」
「は、はい」
「そうしたことは軍服を脱いで言った方がいい。よいな」
「は、はい」
「現にシュテドニアスではそうしている」
 ロボトニーのことを言っているのである。
「それでいいのではないか」
「そうですね」
「ではそうするとしよう」
「あんた中々良識派だな、おい」
 ここで知った声がした。ジノはそれを受けて上を見上げた。
「貴殿か」
「よう、あんたもこっちに派遣されていたんだな」
 トーマスはジノ達を見下ろしながらそう声をかけてきた。
「どうだい、気分は」
「悪くはない」
「おや」
 トーマスはそれを聞いて意外そうな顔をした。
「さっきの話を聞く限りとてもそうは思えないけれどな」
「聞いていたのか」
「盗み聞きする気はなかったがな。けどそれがいいと思うぜ」
「そうか」
「俺達は軍人なんだからな。命をチップにして金を稼ぐ」
「そういうものか」
「俺はそういう考えさ。あんたとは大分違うようだがな」
「そのようだな」
「まあそれはどでもいいことさ。俺は軍人の仕事だけする。それ以外は何もするつもりはないぜ」
「シビアなのだな」
「当たり前さ、何で給料の分以外のことをしなくちゃならねえんだ」
 トーマスはこう言った。
「俺は金の分だけしか仕事はしねえ。後は知ったことじゃねえな」
「貴殿にとって戦争はそういうものか」
「だからそれについての議論はしねえって言ったろ」
 トーマスはまた言った。
「だからお互い詮索なしだ。けど一つ聞きたいことがある」
「それは何だ」
「あんたさっき気分は悪くないと言ったな」
「うむ」
「それはまたどうしてだい?何か特別な事情があるのか?」
「この景色を見たまえ」
 ジノはそう言ってギンシャスプラスの右腕で下を指し示した。
「見事なものだと思わないか」
 眼下には青い谷と緑の山が連なっていた。そしてそれは何処までも続いているようであった。
「まあ確かにな」
 トーマスもそれは認めた。
「ロッキーとタメを張れるな。見事なモンだ」
「ロッキーか」
「知ってるのか」
「地上の世界にあると聞いたことがある。だが私はそれよりもアルプスの方に興味を感じる」
「またどうして」
「あの少女の話を聞いたのでな」
 ジノは急に優しい顔になった。
「親友の励みで立ち上がる麗しき少女の話・・・・・・。何と素晴らしいことだろうか」
「またえらくロマンチストだな」
「いや、違うんじゃないのか」
 素直に感動を述べるトーマスに対して部下達は少し違っていた。
「俺その話知ってるんだけれどよ」
「どうなんだ」
 彼等はヒソヒソと話をしていた。
「可愛い女の子が主人公なんだよ」
「本当か!?」
「ああ。ハイジっていう元気な女の子でな。そしてその友達はクララっていうんだ」
「ふむ」
「立ち上がるのはその女の子なんだ」
「そうなのか」
「それがまた可憐な少女なんだよ。そっちの趣味の奴にはたまらないようなな」
「おい、それはもしかして」
「ああ」
 彼等の声はさらに小さくなった。
「あの鬼のバレンシア少佐が」
「まさかな・・・・・・」
「そこの二人」
「は、はい」
「何でしょうか」
 二人はその当人の声を聞きビクッと背筋を伸ばした。
「何か見えたか、そちらでは」
「い、いえ何も」
「異常なしであります」
「そうか」
 ジノはそれを聞いて頷いた。
「貴殿の方は」
「こっちも何ともねえぜ」
 トーマスはそう答えた。
「のどかなもんさ。このまま何時までも飛んでいたいものだぜ」
「そうも言ってはいられないがな」
「わかてるさ。まあこれが仕事ってやつだ」
 トーマスはそうぼやきながらも哨戒を続けていた。だが彼等自体は何も見つけ出すことはできなかった。だが彼等はある者達に見られていたのであった。
「人間共か」
「はい」
 ミマシがククルに対してそう述べた。
「まさかとは思いますが」
「そうじゃな」
 そしてククルは頷いた。
「我等の隠れ家が見つかった。こうしてはおれぬぞ」
「ではすぐに兵を送りますか」
「いや、送るだけでは駄目じゃ」
 ククルはそれには首を横に振った。
「では」
「先程の戦の傷は癒えておるか」
「ハッ」
 イキマがそれに頷いた。
「皆ククル様の御声を今か今かと待ち望んでおります」
「ならばよい。では行くとしよう」
「皆でですか」
「あの者達が尖兵であったならどうする」
 ククルはそうミマソとイキマに対して問うた。
「そしてその後ろに本軍がいたならば。悠長なことは言ってはおれぬ」
「それでは」
「うむ、行くぞ」
 こうして邪魔大王国の者達は総力を挙げてジノとトーマス達に向かって行った。ジノ達はすぐにその大軍を察知した。
「敵か!?」
「ラングランか」
「いや、違う」
 だがジノはラングラン軍である可能性を即座に否定した。
「精霊レーダーの反応が普段とは違う」
「言われてみればそうだな」
 トーマスもそれに頷いた。
「だがこりゃ一体何だ?見たことのねえ反応だが」
「それは私にもわからん」
 ジノは首を傾げてそう答えた。
「これは一体・・・・・・何者だ」
「何者でも構うことはねえぜ。やっちまうとするか」
「いや、待て」
 だがジノはそれに反対した。
「何だ、怖気付いたのか?」
「違う。命令を忘れたか」
「ああ、あれか」 
 それを言われて思い出した。
「敵を見つけたならばシュメル師範の邸宅の方に一旦退却しろってことだったな」
「そうだ。命令は絶対だ。では退くとしよう」
「了解」
 そう言いながらも内心面白くはなかった。
「今日のラッキーナンバーはセブンだったか」
 不意にそう呟いた。
「どっかに書いて置いておきゃよかったかもな。残念なことをした」
「どうしました、隊長」
 それを聞いて部下の一人が声をかけてきた。
「ラッキーがどうしたとか。何かあったのですか?」
「いや、何でもねえ」
 彼はそれには答えずそう言って誤魔化した。
「独り言だ。気にするな」
「わかりました。それでは」
「ああ」
(何なら手の平にでも書いておくとするか)
 内心そんなことを考えながらシュメルの邸宅に向かっていた。何故向かわなければならないのかはこの時は特に疑問には思ってはいなかった。
「何だと、また邪魔大王国が」
「はい。どうやらこちらに向かっているようです」
 大文字に対してシーラとエレがそう話していた。
「先程ニーとキーンの小隊から連絡がありました」
「こちらに全軍を挙げて向かって来ているそうです」
「全軍で」
「ヘッ、遂に出て来やがったか」 
 宙が彼等の会話を聞いてそう言った。
「邪魔大王国、今度こそぶっ潰してやらあ」
 そう言っていきまく。だがそこにいつものように美和がやって来た。
「駄目よ宙さん、無理をしちゃ」
「何だ、またかよ」
「邪魔大王国の強さを忘れたの?ヒミカだって大変な強さだったじゃない」
「今の俺はあの時の俺とは違うさ」
 だが宙は自信に満ちた声でそう返した。
「やってやらあ。ミッチー、フォローを頼むぜ」
「もう、人の話は聞きなさいよ」
「生憎そんな暇もなくてな。じゃあ行くぞ」
「待ってよ、宙さん」
 こうして宙は格納庫に向かって行った。その後を美和が追う。大文字達はそれを見届けた後でまた話に戻った。
「鋼鉄ジーグはもう出撃しますが」
「はい」
「我等も出なければならないようですな」
「そうですね。しかし問題があります」
「それは」
「ここの防衛のことです」 
 エレの側にいるエイブがそう答えた。
「防衛」
「言わずとも知れたことですが。シュメル氏の護衛はどうされますか」
「そうでしたな」
 大文字はその言葉を聞いて考え込んだ。
「どうしたものでしょうか」
「魔装機を何機か置いては」
「いや、それも」
 ミドリの言葉にも首を傾げさせた。
「今は少しでも戦力が必要だ。迂闊に彼等を置くことは」
「敗北に繋がるということですね」
「はい」
 今度はシーラの言葉に頷いた。
「ですがここに誰か置かないと」
「それもわかっている」
 またミドリの言葉に応えた。
「しかし」
「困ったものですな」
 カワッセが難しい顔を作った大文字の顔を見てそう呟いた。彼等は今どうするべきか深刻に悩んでいたのである。だがそこで思わぬ方向から助け舟が出て来た。
「ロンド=ベルの武人達よ」
「貴方は」
 みればシュメルであった。彼はロザリーを連れて大空魔竜の艦橋に来ていたのだ。
「どうしてここに」
「案内してくれた者がおりまして」
「大文字博士、申し訳ありません」
「シュメルさんがどうしても博士達にお話したいことがあるというので」
 大介と鉄也が大文字に対して申し訳なさそうにそう述べた。
「シュメルさんが」
「そうさ。まあ何を話すのかはちょっと見当がつかねえがな」
 見れば甲児も来ていた。どうやらマジンガーチームの三人が彼等を連れて来たようである。
「ふむ」
 大文字は彼等とシュメル達を見てから考え込んだ。
「ここにまでですか」
「はい。どうしてもお願いしておきたいことがありまして」
 シュメルは考え込む大文字の懐疑の念を打ち消すかのようにそう声をかけてきた。
「宜しいでしょうか」
「どうやら是非共聞かなければならないお話のようですな」
「そうかもしれません」
 シュメルはそれを否定しなかった。
「それでも宜しいでしょうか」
「そうですな」
 彼はそれを聞いてまた暫く考え込んだ。それから口をまた開いた。
「御聞きしましょう。してそのお話とは」
「ロザリーのことです」
 シュメルはそう答えた。
「そちらの方の」
「そうです。実は彼女のことで貴方達にお願いがありまして」
「先生、止めてよ」
 ロザリーはその横でシュメルに対してそう言っていた。
「いいのよ、私のことは」
「残念だがそういうわけにはいかない」
 シュメルは首を横に振ってそう返した。
「最早一刻の猶予もならないからな」
「けど」
「ロザリー」
 シュメルはその目でロザリーを見据えた。不思議と剣の使い手特有の鋭さはなかった。温かい目であった。
「私の頼みだ。聞いてはくれないか」
「先生の」
「そうだ。それでは駄目だろうか」
「・・・・・・わかったわ」
 ロザリーは溜息を吐き出してそう答えた。
「それじゃあ先生の言葉に従うことにするわ」
「済まないな。では」
 そしてあらためて大文字達に顔を向けた。
「ロザリーをロンド=ベルで預かって欲しいのですが」
「ロンド=ベルにですか」
「はい」
 シュメルは頷いた。
「最近何かと騒がしいですし。無闇に戦火に晒されるよりは戦場にいた方が身の危険も少ないだろうと思いまして」
「それでですか」
「木の枝を隠すには森の中で。そういうことです」
「そうですな」
 大文字はそれを聞いてあらためて考え込んだ。
「ただ、難点があります」
「それは」
「ロザリーさんの見の置き場ですが。どうされますか」
「それならば御心配なく」
 大文字の心配事にシュメルはあっさりとそう答えた。
「ロザリーは魔装機の腕もかなりのものですから」
「そうだったのですか」
「そうよ」
 ロザリーは得意そうな顔で言葉をかけてきた。
「私こう見えても魔装機も扱えるんだから。もっとも乗るのはもっぱら買い物用のルジャノール改だったけれど」
「だが今回は全く違うものに乗ってもらう」
「先生、今度は何なの?」
「ブローウェルだ」
「ブローウェルってあの」
「以前ゼオルート殿から譲られたものだが。ラングランの魔装機だ」
「魔装機ですか」
「ええ。それが何か」
「いえ、よく譲られたものだと思いまして」
「私とゼオルート殿の関係でしたから国家同士でも納得してくれたのです」 
 シュメルは率直に大文字にそう答えた。
「だから今こうして持っていたのです。これなら性能的にも問題はないと思いますが」
「確かに」
 大文字達はシュメルの言葉に頷いた。
「そういうことです。では宜しいでしょうか」
「はい」
 一同を代表して大文字が頷いた。
「ロザリーさんのこと、お任せ下さい」
「かたじけない」
 こうしてロザリーもロンド=ベルに入ることとなった。彼女はすぐにゴラオンの個室に案内された。
「へえ、個室なんだ」
 ロザリーは廊下を案内されながらそう言った。ゴラオンの軍艦然とした艦内を見回しながら。
「意外だった?」
 案内役を務めるセニアがそう言って彼女に顔を向けてきた。
「まあね」
 そしてロザリーはそれに頷いた。
「軍に協力してるから。タコ部屋かと思ってたのよ」
「それはないわよ」
 セニアは笑ってそう言った。
「軍に協力しているといってもここは軍隊じゃないから」
「そうなの」
「その証拠に兵器がバラバラでしょ?」
「そうらしいわね」
「地上の兵器もあればバイストンウェルの兵器もあるし。他の惑星からの兵器もあるわ」
「色々とあるのね」
「だから整備も大変だけれどね。けれど面白いわよ」
「面白いの」
「ええ。特に最近あたしが作ったマシンはね」
「あれ、マシン作れるの」
「そうよ。こう見えてもそっちには自信があるんだから」
 ウィンクしてそう述べた。
「任せておいて」
「そうなんだ」
「あんたのブローウェルもね」
「ええ」
「改造しておくわ。名付けてブローウェル改」
「あまり変化がないみたいだけれど」
「それがおおありだから。まあ楽しみにしておいてね」
「わかったわ。それじゃあ」
「ええ」
 こうしてロザリーは個室に入ってセニアと別れた。そして彼女は個室に備え付けられていたベッドに横たわり天井を見上げたのであった。
「何か急に決まったわね」
 そして今までのことを思い出していた。不意にシュメルの顔が脳裏に浮かぶ。
「先生、何であたしをここに入れたんだろう」
 それが不思議であった。今まで共に暮らしてきたというのに。
「まさか」
 ここであることに気付いた。だがそれはすぐに否定した。
「そんなことはないわ。気付かれる筈が」
 だが相手はラ=ギアスにおいてその名を知られた剣の使い手である。気付かない筈もないとは言えなかった。
「けれど」
 考えても結論は出なかった。考えれば考える程心が乱れていった。彼女はそれに耐えられなくなってベッドから起き上がった。そして部屋を出ようとした。
「あっ」
 扉を開けるとそこに二人の少女がいた。黒髪の少女と紫の髪の少女である。
「あんた達は確か」
「キーンよ」
「リムルです」
 二人はそれぞれロザリーにそう名乗った。
「確かオーラバトラーの」
「そうよ。やっぱり知ってたのね」
「ロザリーさんですよね」
「ええ」
 ロザリーはリムルの問いに頷いた。
「そうだけれど。どうしてここに」
「少し御聞きしたいことがありまして」
 リムルはそうロザリーに答えた。
「ロザリーさんはシュメルさんのところで剣を学んでおられたんですよね」
「まあ多少は」
「それなら剣の腕にも自信はおありですね」
「少しはね。けれどそれがどうかしたの?」
「はい」
 リムルはそこまで聞いたうえであらためて頷いた。
「実はそれで」
「あたし達に剣を教えて欲しいんだけれど」
「あんた達に!?」
「そうです。駄目でしょうか」
「ううん」
 リムルにそう言われ難しい顔をした。
「そうは言われても人に教える程上手くはないわよ」
「それでも」
「一緒に稽古するだけでもいいから」
「稽古だけでいいの?」
「はい」
 リムルはそれに応えた。
「是非。お願いします」
「あたし達最近何か剣の腕が頭打ちで。悩んでいて」
「そうだったの」
 ロザリーはそれを聞いて考える顔になった。それからまた言った。
「それならいいわ。一緒にやりましょう」
「いいんですか!?」
「こっちの稽古にもなるしね。じゃあ何処でやろうかしら」
「トレーニングルームが一つ空いているけれど」
「じゃあそこでしようか。二人共用意はいい?」
「はい」
「そう言うと思って木刀は用意しておいたから」
「木刀」
「ショウが作ってくれたんです。日本の剣道の稽古に使う木の刀だって」
「それを振ったり互いに形をやったりして稽古をするのよ。ただこれは両刃だけれど」
「まあそうでしょうね」
 ロザリーはそれを聞いて苦笑した。
「オーラバトラーも魔装機も剣を使っているんだから」
「そうですね」
「まあ片刃でも面白いかもと思うけれど」
「もうキーンたら」
「片刃か」
 ロザリーはそれを聞いてふと呟いた。
「あれ、何か?」
「いや、あのね」
 リムルの怪訝そうな言葉に応えた。
「バゴニアじゃ片刃もよく使うから。こっちの魔装機の装備だってそうでしょ」
「そういえば」
「何か変わった形のディスカッターだと思ったけれど」
「あれはラ=ギアスでも珍しい形の刀なのよ」
「そうなんですか」
「ええ。やっぱりオーソドックスなのは剣だし。あんなのは珍しいわね」
「へえ」
「そうなんだあ」
「それについても教えておきたいことがあるし。じゃあ行きましょう」
「はい」
「稽古となったら手加減はしないわよ」
「あら、それはこっちの台詞と」
 ロザリーは笑ってキーンにそう返した。
「あたしの剣技、思う存分見せてあげるわね」
 そんな話をしながら三人はトレーニングルームに向かった。そして爽やかに汗を流すのであった。
 稽古が終わりシャワーを浴び終えるとロザリーの心はもう晴れていた。だが個室に戻ることはなくそのままブリーフィングルームに直行することになった。
「ああ、来たか」
 ニーがロザリー達三人の姿を認めると声をかけてきた。
「丁度いい。実は今後の作戦のことでな」
「邪魔大王国のことかしら」
「そうだ」
 彼はリムルの言葉に頷いた。
「こちらに全軍を挙げて来ている。これに対してどうするかだ」
「といってももう決まっているでしょ」
「どういうことだ」
 彼はキーンの言葉にも応えた。
「戦うしかないでしょ。やっぱり」
「まあな」
 彼もそれは認めた。
「だが問題はそれだけじゃない」
「どう戦うか、かしら」
「そうだ。それについて話し合いたい。いいか」
「といっても断れる状況でもないし」
「行きましょう」
「ええ」
 こうして三人は部屋に入った。そこではもう既に主立った者達が集まっていた。
「こんな時に、といった心境だな、本当に」
 ピートがまずそう口を開いた。
「バゴニアだけでも厄介だというのに。ここで邪魔大王国まで来るとは」
「そうか?俺にとっちゃ好都合だぜ」
 だが宙はそれとは全く正反対であった。
「ここで奴等の息の根を止められるからな。思いきりやってやらあ」
「相変わらずだな」
「当たり前だ。奴等を倒す為に俺はいるんだからな」
 隼人にもそう答える。
「邪魔はするなよ。邪魔をするのなら例え御前でも」
「おいおい、誰が御前さんの邪魔をすると言った」
「ははは、それはわかっているつもりさ」
「頼むぜ、あの連中との戦いは正直御前さんが頼りなんだからな」
「ああ」
 宙は隼人のその言葉に頷いた。
「このラ=ギアスを奴等の墓場にしてやるぜ、絶対にな」
「墓場か」
 ここでサコンがふと呟いた。
「そうだ。それがどうした?」
「あのククルという女も倒すつもりなのだな」
「当たり前だろ」
 宙は迷わずにそう言葉を返した。
「邪魔大王国の奴等は俺が一人残らずぶっ潰してやるぜ」
「そうか」
 サコンはそれには特に反論せずゼンガーの方をチラリと見た。だが彼は意図的にかどうかはわからないがそれに関しては一言も語ろうとはしなかった。
「どちらにしろ明日にでも邪魔大王国の主力と正面からの戦闘になるな」
「ああ」
 皆竜馬の言葉に頷いた。
「おそらく今度も激しい戦いになるだろう。それで考えたんだが」
「何をだ?」
「ここは地中から攻めてみようと思うんだ」
「地中からか」
「じゃあ俺の出番だな」
 それに応えるかのように隼人が声をあげた。
「そうじゃないのか、リョウ」
「半分は当たっているな」
「半分か」
「そうだ。それだけじゃない。ここは大介君にも頑張ってもらいたい」
「僕もか」
「ドリルスペイザーがあったな」
「ああ」
「それを使ってもらいたいんだ。いいかな」
「僕としては特に反対する理由はないな」
「ではそれで決まりだ。これで二人だな」
「ちょっと、三人でしょ」
「おっと、済まない」
 ここでマリアの突込みが入った。ドリルスペイザーは彼女が操縦しているのである。

「後はコンバトラーとボルテスだな」
「一旦分離しろってことだな」
「そうだ。苦労をかけるがそれでもいいか」
「おうよ」
 豹馬はそれを快諾した。
「たまにはそうしたことも面白いしな」
「中々面白そうでごわす」
 大作も乗り気であった。
「それでいいか、大次郎」
「はい」
 大次郎も健一の言葉に頷いた。
「別に断る理由も」
「そういうことだ。俺達もいいぞ」
「何か面白くなってきたな」
「そうだね。邪魔大王国はよく地底から出て来るし」
 万丈も言った。
「その裏をかくのも面白いね。是非やってみよう」
「よしきた」
「それじゃあ今からその準備をはじめるか」
「ちょっと待ったあ」
 しかしここでミオが話を強引に再開させた。
「ミオ」
 竜馬が彼女に少し驚いたような声をかけた。
「一体どうしたんだ」
「大事なことを忘れてないかしら」
「大事なこと」
「そうよ。あたしのザムジードは地中だって進めちゃうのよ」
「そうだったのか」
「おほほほほほほ、流石の竜馬さんも知らなかったようね」
「ってザムジードは空も飛べるだろうが」
 マサキがミオに突っ込みを入れた。
「そっちの方が重要なのに今更何言ってやがる」
「天才は忘れたころにやってくる」
「ミオ、字が違うよ」
「えっへん」
「何威張ってるんだか。全く」
 リューネの言葉にも動じるところはない。こうしたところはやはりミオであった。
「で、どうするんだリョウ」
 隼人はそんな中でも冷静に竜馬にそう声をかけていた。
「ザムジードも使うのか」
「そうだな」
 彼は暫し考えた後でそれに答えた。
「是非共といったところか」
「そうか」
「さっすがねえ。話がわかる」
「純粋に戦力として見れば非常に頼りになる」
 しかし竜馬の言葉は微妙なものであった。
「だから。ここは参加してもらいたい」
「何か引っ掛かる言葉ね」
「というか滅茶苦茶ストレートじゃない」
「どう曲解できるってんだよ」
 リューネとマサキの突っ込みにもへこたれない。ミオはそういう意味でやはりミオであった。
「けどいいわ。それじゃあお願いします」
「ああ、こちらこそ」
 竜馬はミオにそう言葉を返した。そして握手をする。
「この戦いは君の手にかかっているからな」
「まっかせて頂戴。大船に乗ったつもりでね」
「泥船にしか思えねえよ」 
 マサキは最後まで突っ込みを入れていた。だがそれをよそに戦いへの準備は着々と進められていったのであった。

 ロンド=ベルが邪魔大王国とまたもや戦いを繰り広げようとしていた頃シュメルの邸宅に二十機近い魔装機がやって来た。見れば皆バゴニアのものであった。
「ヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョ」
「やはり来たか」
 シュメルは彼等を見ても冷静なままであった。彼は邸宅の外でルジャノール改に乗っていた。そしてゼツの乗る魔装機と対峙していたのであった。
「ゼツ、それ程にまでこの私が必要なのか」
「誰も御前なぞ必要とはしておらぬわい」
 だがゼツの答えはいささか奇妙なものであった。
「何っ」
「わしが欲しいのは御前の技だけじゃ」
 彼はそう言った。
「その他には何もいりはせぬ。特に人の心なぞはな」
「愚かな」
 シュメルはそれを聞いて吐き捨てるように言った。
「人から心を抜いたら何になるというのだ。錬金術を学びながら人の道を踏み外したというのか」
「それも何の役にも立たぬのう」
 ゼツは何処までも狂っていた。
「わしは人にはそんなものは一切求めぬ。駒に求めるものではないわ」
「駒だと」
「それ以外に何と言うのじゃ」
 彼はまた言った。
「わし以外の存在は全て駒。この世の中にはわしだけがおればよい」
「何処までも腐っているというのか」
「腐っていようとどうしようとわしさえよければよいのじゃ。わしの研究が達成されることとラングランへの復讐が為されればのう」
「・・・・・・・・・」
 シュメルはもう何も語ろうとはしなかった。もう話しても無駄だと思ったからであった。
「ではどうしても私を連れて行くというのだな」
「そうじゃ」
 彼は言う。
「正確には御前の技をのう」
「断ると言ったら」
「決まっておろう」
 ゼツの言葉はシュメルにとっては何処までも予想されたことであった。
「意地でも来てもらう。行け」
 彼の指示に従い一機の魔装機が進み出てきた。見ればごく普通の一般のパイロットであった。
「シュメル殿」
 そのパイロットはかなりビクビクしながらシュメルに声をかけてきた。
「何だ、若者よ」
「申し訳ありません」
 彼はそう言ってシュメルに謝罪した。
「このようなことになってしまい」
「よい」
 だが彼はそれを咎めはしなかった。
「貴殿にも貴殿の事情があるのだからな」
「すいません」
「だが私も捕らえられるわけには行かない。行くぞ」
 そう言っただけであった。ルジャノールがギンシャスを一閃した。
「!?」
「若者よ」
 シュメルはバゴニアのパイロットに声を掛けてきた。
「逃げるがよい。その機体はもう駄目だ」
「は、はい」
 彼はそれに従い魔装機から脱出した。するとギンシャスは程なくして爆発してしまった。
「急所は外してある。無駄な血を流すことはない」
「な、何て技なんだ」
 バゴニアのパイロット達はそんな彼を見て思わず震えた声を出してしまった。
「あれが剣聖シュメル」
「話に聞いていた以上だ」
「まさかルジャノール改であんなことを」
「剣を極めれば魔装機の性能なぞ何の関係もない」
 シュメルは静かにそう述べた。
「今のが何よりの証拠だ。わかったならば」
「いいのう、さらに欲しくなったわ」
 しかしゼツだけは別であった。やはり笑っていた。
「貴様の技がのう。早く来るがいい」
「何度も言っているがそのつもりは毛頭ない」
 シュメルは毅然としてそう返した。
「私は貴様の様な輩を認めることはない。早く立ち去るがいい」
「立ち去れと言われてそうする愚か者がいるというのか、ヒョヒョヒョ」
 また不気味でけたたましい笑い声を出した。
「それではわしも奥の手を使うまでじゃ」
「何をするつもりだ」
「こうするのじゃ」
 そう言うといきなりゼツの乗る機以外の魔装機が急に動かなくなってしまった。
「!?」
「こ、これは」
「一体どうしちまったんだ」
「どういうことだ、これは」
「ゼツ、何をしたのだ」
「特に何もしてはおらんわ」
 そう言ってうそぶいた。
「ちょっとこの連中の機体に細工をしただけでのう」
「細工だと」
「皆わしの意のままに動くのじゃ」
 彼は楽しそうにそう述べた。
「全てな。もちろん自爆することも可能じゃ」
「何だと!?」
「ここまで言えば意味がわかるのう」
「おのれ・・・・・・」
 シュメルはそれを聞いて義憤を感じずにはいられなかった。キッとゼツを見据える。
「何処までも卑劣な」
「ヒョヒョヒョ、褒め言葉じゃ」
 だが狂気の世界に住む彼にそんな言葉が通用する筈もなかった。
「そしてどうするのじゃ?一緒に来るのか?」
「・・・・・・・・・」
 シュメルはそれに答えられなかった。沈黙してしまった。
「それとも来ぬのか。その場合はわかっておろうな」
「シュメル殿」
 パイロットの一人が彼に声をかけようとした。だがそれを途中で自ら止めてしまった。
「いえ」
 首を振って沈黙の世界に戻る。
「何でもありません。失礼しました」
「俺も」
 彼等はこれ以上何も語ろうとはしなかった。だがシュメルにとってはそれで充分であった。彼の心がそんな彼等を見て何も思わない筈がなかったのであった。
「さて、どうするのじゃ!?」
 それを見透かしたようにゼツがまた声をかけてきた。
「来るのか?それとも」
 彼は言葉を続けた。
「来ぬのか。どちらなのじゃ?」
「・・・・・・わかった」
 彼は苦渋に満ちた声でこう言った。そしてバゴニアの魔装機の前に進み出た。
「これでよいのだな」
「そうじゃ。素材はこれで全て揃った」
 ゼツはシュメルもまた素材の一つ、道具としてしか見てはいなかった。所詮その程度のものとしか認識していなかったのである。彼にとって命とはそうしたものでしかなかった。
「ヒョヒョヒョヒョヒョ、これでよし」
 ゼツはけたたましい、邪悪ささえ感じられる笑い声をたてながらその場を後にした。その後にはシュメルとバゴニア軍が続く。こうしてシュメルは道具として消えることになったのであった。

 シュメルが捕われたその時ロンド=ベルは邪魔大王国と激しい戦いを繰り広げていた。
「そこだっ!」
 ピートが大空魔竜の攻撃を放つ。そしてそれが終わるとすぐに突進させた。
「ジャアントカッターーーッ!」
 それで目の前にいるヤマタノオロチに攻撃を仕掛ける。そこにはアマソが乗っていた。
「ぬう、回避せよ!」
 アマソはそれを見てすぐに指示を下す。だがそれは間に合わなかった。
 ジャイアントカッターがアマソの乗るヤマタノオロチを両断した。そしてオロチは炎に包まれた。
「ぬう!」
「アマソ、無理をするでない」
 呪詛の声を漏らすアマソに対してククルが言った。
「ここは退くがよい」
「ククル様」
「わらわの命じゃ。よいな」
「わかりました。それでは」
「うむ」
 アマソはククルの言葉に従い戦場を離脱した。だが邪魔大王国のハニワ幻人達はまだその数を大きく減らしてはいなかったのであった。
「まだだ、数では負けてはおらぬ」
 ククルはそう言って部下達を鼓舞した。
「押すのだ、数を以ってな」
「はっ」
 物量で押し切ろうと仕掛けてきた。中央に兵を集結させる。そしてそれで一気に潰そうとした。だがここで伏兵達が動いた。
「今だ、隼人」
「よし!」
 隼人は竜馬の言葉に頷いた。そしてゲッターライガーのハンドルを大きく動かした。
「行くぞライガー!」
「何だとっ!」
 ゲッターライガーが地中から躍り出た。そして躍り出ると同時にすぐに攻撃に移ってきた。
「ライガーミサイル!」
 右腕からミサイルを放つ。それでまずは目の前にいる敵を一機屠った。
「次だっ!」
 しかし攻撃はそれで終わりではなかった。左腕のドリルで側にいる敵を貫くと跳んだ。そして眼下にいる敵を一体右腕のチェーンで絡め取った。
「チェーンアタック!」
 着地すると同時に敵を振り回す。それから地面に叩きつけた。それで敵がまた一機倒されたのであった。
「ぬうう、ここでゲッターライガーが出て来るとは」
「驚いたようだな」
 隼人は不敵な態度でククルに対して言った。
「だが所詮は一機。機先を制されたがまだ」
「誰が一機だと言った?」
 隼人は不敵な態度のままククルにまた言う。
「どういうことじゃ!?」
「地中にいることができるのはライガーだけじゃないってことだ」
「まさか」
 ククルはその言葉を聞いて眉を顰めさせた。その時だった。
「今よ、兄さん!」
「わかっている、マリア」
 マリアと大介の言葉が聞こえた。そして地中からドリルスペイザーが姿を現わした。
「ドリルミサイル!」
 それで敵を屠る。動揺しだした敵に対して更なる攻撃を繰り返すのであった。
「グレンダイザーまでおるとは」
「迂闊だったわね」
 マリアがククルに対して言う。
「グレンダイザーはどんな状況でも戦うことができるのよ。例え火の中水の中」
「おいおい、今は地面の下だろうが」
 甲児がマリアに突っ込みを入れる。
「あっ、そうだったかしら」
「しっかりしてくれよ、全く」
「御免御免。とにかくね」
 マリアはあらためてククルに顔を向けた・
「ダイザーを甘くみないってことね」
「おのれ」
「そしてあたし達だけじゃないんだから」
「まだおるのか」
「その通り!」
 地中から十機のマシンが姿を現わしてきた。そして豹馬と健一が叫んだ。
「レッツコンバイン!」
「レェッツ、ボルト=イィィィィィィン!」
 それに従いそれぞれのマシンが宙を飛ぶ。そして空中で合身した。
「まさか地中から!?」
「コンバトラーとボルテスの構造を忘れていたようだな」
「何っ!?」
「俺達のマシンの中にはなあ、地中を進めるものもあるんだ」
「それを忘れていたとは迂闊だったな」
「クッ、わらわを侮辱するというのか」
「悪いが侮辱じゃねえぜ」
 豹馬はまた言った。
「本当のことだ。観念するんだな」
「ククル、ここで貴様を倒す!」
「ほざけ、人間共が!」
 それでもククルは戦意を失ってはいなかった。
「わらわを倒せると思うか!邪魔大王国の女王を!」
「できる」
 それにゼンガーが返した。
「うぬはまたわらわの前に」
「ククル、貴様は人間だ」
「ほざけ、戯れ言を」
「その証拠に貴様には赤い血が流れている」
「わらわの血が赤いだと」
「そうだ、それを今」
 剣をかざした。
「見せてやろう!このダイゼンガーでな!」
「ダイゼンガーがどうしたというのじゃ!」
 ククルは叫んだ。
「貴様に受けた数々の侮辱、今返してくれる!」
「俺は決して負けはしない!」
「何故だ!」
「俺の剣は悪を断つ剣!その前に倒れぬ悪はなし!」
「悪は貴様等こそよ!」
「まだ言うか!」
「貴様等にかって奪われた邪魔大王国の繁栄」
 かって邪魔大王国が築いていた日本での王国のことに言及する。
「それを奪った貴様等こそ!悪でなくて何だというのじゃ!」
「栄枯盛衰は世の常」
 ゼンガーは急に冷静な声になった。そして言う。
「それがわからぬして何を言うか!ククル、貴様は逃げているだけだ!」
「わらわが逃げているだと!?」
「そうだ、現実から逃げていることに他ならない」
「言わせておけば」
 その白面の顔が紅潮してきた。憤怒の形相に変わる。まるで夜叉の様な顔であった。
「ここまでわらわを侮辱してくれるとは」
「侮辱と取られても構わぬ」
 剣を構えた態勢のまま続ける。
「だが俺の言っていることは真実だ。ククル、貴様は間違っている」
「言うな!」
 ククルは叫んだ。
「わらわの誇りまでも傷付けるとは・・・・・・。最早容赦ならぬ!」
「容赦なぞ最初から求めてはおらぬ!」
「ならば・・・・・・」
 ククルも身構えた。
「死ね!ここがうぬの墓場よ!」
「参る!」
 ククルの顔は最早鬼のそれとなっていた。ゼンガーも。だが二人の鬼の顔はそれぞれ違っていた。怒りで心を忘れた鬼と正義をその中に持つ鬼の差であった。今二人の鬼が激突した。
「よしっ!ミオちゃん只今参上!」
「師匠、まいど!」
「ここで真打ち登場でんな!」
「主役は遅れてやってくる!」
「エッヘン!」
 ファミリア達におだてられ胸を張る。そしてすぐに攻撃に移った。
「レゾナンスクエイク!」
 辺りにレゾナンスクエイクによる地震で攻める。これは空中にいる敵にも襲い掛かる。これで敵を一気に薙ぎ払いにかかったのであった。
 そしてこれは的中した。邪魔大王国の兵はその数を大きく減らした。戦いの趨勢はこれによりロンド=ベルの方に傾こうとしていた。そして彼等はこれを見逃さなかった。
「今だ」
 万丈が言った。
「皆、一気に畳みかけよう」
「よし!」
 まずはゼオライマーが前に出て来た。
「マサト君、あれをやるのね」
「ああ」
 マサトは美久の言葉に頷いた。
「ゼオライマー、御前の力を見せてくれ」
 そう言って両手の拳を打ち合わせた。メイオウ攻撃であった。
 広範囲にゼオライマーの光が襲い掛かる。これでミマシのヤマタノオロチも倒されてしまった。
「ヒミカ様ーーーーーーーーーーーーっ!」
「ミマシ」
 ククルはそれを聞いてハッとした。
「今ヒミカ様の名を」
「ククル様」
 それにミマシも気付いた。脱出しながら我に返る。
「も、申し訳ありません」
「いや、よい」
 頭を下げる彼に対してそう返した。
「今は下がれ、よいな」
「は、はい」
 そう言ってミマシを下がらせた。だがその心の中はかなり動揺していた。
 だがそれは表には見せない。やはりゼンガーとの死闘に明け暮れていた。
「これでどうじゃっ!」
「まだだっ!」
 ゼンガーは攻撃を受けてもそれに怯むということはなかった。まるで仁王の様に立ち続けている。
「この程度でっ!」
「まだ立つというのか」
「俺を倒すつもりならば本気で来るがいい」
 ククルを見据えてそう言う。
「この程度で俺を倒せるとは思わんことだ」
「おのれっ」
 ククルはそれを聞いてその顔をさらに怒りで燃え上がらせた。
「その舌、断ち切ってくれる」
「貴様にできるというのか」
「わらわに倒せぬ者はいない」
「ならば見せてみよ!」
「うぬに言われずとも!」
 二人の戦いはさらに激しさを増した。そしてその横では勇とヒメがイキマの乗るヤマタノオロチに二人で攻撃を仕掛けようとしていた。
「いくぞ、ヒメ!」
「うん!」
 ユウ=ブレンとヒメ=ブレンは共に歩調を合わせた。そして攻撃に移る。
「いけえーーーーっ!」
「シューーーーートォーーーーーーーッ!」
 そしてそのチャクラ=エクステンションでイキマを貫いた。イキマもまた愛機を撃墜され戦場を離脱するしかなかった。
「おのれ、またしても」
「よい、イキマ」
 ククルは彼にも声をかけた。
「お主達はよくやってくれている。案ずることはない」
「勿体なき御言葉」
「今は下がれ。そして次に備えよ」
「ハッ」
 イキマは一礼して下がった。こうしてまたしてもククルだけが戦場に残ることとなった。だがそれでも彼女は戦い続けていた。
「まだだっ!」
 彼女はゼンガーに向かった。
「貴様を倒すまでは!」
「我を失っているか」
 ゼンガーはそんな彼女の様子を見てポツリと呟いた。
「我を忘れては全てを忘れる」
 そしてこう言った。
「全てを忘れる者は最早何もできぬ!今それを見せてやろう!」
 だがそれはククルの耳には入っていなかった。夜叉と化した彼女にはゼンガーの姿しか見えなくなっていたのであった。逆にゼンガーには全てが見えていた。
「今だっ!」
 剣を下から上に一閃させた。それだけであった。
「どうだっ!」
「今何かしたというのか?」
 だが傷はなかった。ククルはそれを確かめたうえでゼンガーに対し侮蔑した笑みを向けた。
「わらわの前で素振りをするとは見上げた度胸じゃ」
「誰が素振りだと言った?」
「何!?」
「俺の技に気付かないとは。やはり我を失っていたか」
「何を言っておるのじゃ」
「見ろ」
 ゼンガーは一言言った。
「今の己の姿をな」
「むむっ」
 ククルは見た。すると胸から血が噴き出してきた。
「なっ」
「貴様のいる場所は見切っていた」
 ゼンガーは言った。
「気配でな。コクピットの位置もわかっている」
「ではそこに直接攻撃を仕掛けてきたというのか」
「そうだ。位置さえわかれば何とでもなる」
 ゼンガーは言葉を続ける。
「このようにな。気を使ったのだ」
「気を」
 武道の極意の一つである。気で斬るというものだ。これを使えるようになるには相当の修業が必要なのは言うまでもないことではあるが。
「迂闊だったな。俺は気も使うことができるのだ」
「おのれ・・・・・・」
 胸が次第に朱に染まっていく。かなりの傷であるのはもう言うまでもないことであった。
「見ろ、己の血を」
「これがどうしたというのじゃ」
「貴様の血の色・・・・・・。それは赤だ」
「クッ」
「それが何より物語っている。貴様のことをな」
「まだ言うか、戯言を」
 だがククルはそれを認めようとはしなかった。
「わらわは邪魔大王国の女王、それ以外の何者でもないわ」
「女王か」
「そうじゃ。貴様なぞに惑わされはせぬ。わらわは・・・・・・」
「ならば行くがいい」
「何!?」
「御前の王国に。だがわかっている筈だ」
 彼はまた言った。
「その王国を支配しているのが誰なのかな」
「・・・・・・・・・」
 反論できなかった。先程のイキマの言葉。今も耳に残っていた。
「俺は追いはせぬ。行くがいい」
「後悔するぞ」
 ククルは苦し紛れのように言い返した。
「何度もわらわを逃がしてはな」
「前にも言った筈だ、俺は後悔はしない」
 ゼンガーの言葉は毅然としたものであった。そこには一切の迷いがない。
「だからこそ御前を行かせるのだ」
「フン」
 ククルは朱に染まった身体のまま言った。
「覚悟しておれ」
 それが最後の言葉であった。マガルガは胸に激しいダメージを追いながらも戦場を離脱した。こうして邪魔大王国との戦いはまたしても幕を降ろしたのであった。
「なあゼンガーさん」
 トッドが彼に声をかけてきた。
「何だ」
「あの女を何度も逃がしてるけどよ。まずいんじゃねえのか」
「邪魔大王国のことか」
「いや、あの連中は正直楽な相手だからな。それは気にはならねえ」
 トッドはそれはよしとした。
「けどな、あの女は別だろ」
「ククルか」
「そうさ。半端な腕じゃねえ。倒せるうちに倒しておいた方がいいだろう」
「本来ならそうしていた」
 ゼンガーはそれに対して答えた。
「だがあえてそれはしない」
「何でだよ、また」
「それもいずれわかる」
 彼はそう言った。
「いずれかよ」
「そうだ。あの女も気付くだろう」
 ダイゼンガーもまた遠くを見ていた。
「その時でいい。その時でな」
「まああんたのことだからな」
 トッドはいつもの調子でそう述べた。
「好きにしてくれ。ただ死ぬなよ」
「わかっている」
「死なれたらこっちも後味が悪いからな」 
 何はともあれ戦いは終わった。だがここで一つ疑問があった。
「何であいつ等は俺達に向かって来たんだ?」
「何でって俺達を敵だと思っているからじゃないのか?」
 ナンガに対してラッセがこう返した。
「わざわざこんなところまで俺達を追ってきた程だしな。当然だろう」
「俺が言っているのはそんなことじゃない」
 だが彼はそれを否定した。
「じゃあ何なんだよ」
「最初奴等は俺達以外の連中を追っていたようだが」
「そういえば」
 ラッセもそれを言われて気付いた。
「確かバゴニア軍だったか」
「そうだ。だとしたら何故だ?」
 ナンガは言った。
「バゴニアの連中は。何故俺達のところにまで奴等を誘導したんだ」
「漁夫の利を狙ったんじゃないかしら」
 ヒギンズがそれに応えた。
「漁夫の利か」
「よくある話でしょ。ティターンズにしろドレイク軍にしろよくやってることだし」
「確かにな」
「連中も私達と邪魔大王国が共倒れになるのを狙ったんじゃないかしら」
「そうかもな。だったら納得がいく」
 ナンガは一旦はそれに頷いた。
「しかしな」
「まだ何かあるの?」
「引っ掛かるんだ」
 彼は一言こう言った。
「引っ掛かるって」
「俺の杞憂であればいいが」
 だがそれが杞憂に終わるとは思っていなかった。
「まさかな」
 嫌な予感がしていたのだ。そしてそれは不幸にして的中した。
「何だと!?」
 大文字はそれを聞いて驚愕の声を出した。
「それは本当か」
「はい、間違いないようです」
 ミドリが彼にそう答えた。
「シュメル先生は。さらわれました」
「クッ」
「最も怖れていたことが」
 ロンド=ベルの面々はそれを聞いて口々にこう言った。
「あの時誰か置いておけば」
「こんなことにはならなかったのに」
「過ぎたことを言っても仕方がない」
 ナンガがそんな彼等に対して言った。
「大事なのはこれからのことじゃないのか」
「そうは言ってもな」
 それでも彼等は中々前向きにはなれなかった。
「一体どうなるんだ、これから」
「ゼツの手に渡ったら。大変なことになるぞ」
「やるしかないだろ」
 だがそんな中でマサキが言った。
「マサキ」
「なっちまったモンは仕方ねえ。こうなりゃゼツの野郎が何をしてきてもぶっ潰す。それだけしかないだろ」
「そうだな。マサキが正しい」
 ヤンロンがそれに賛同した。
「今はそれを第一に考えよう。シュメル師の安全も気になるが」
「そうね」
 シモーヌがそれに頷いた。
「ヤンロンの言う通りね。ここはゼツを何とかすることを考えましょう」
「そうですね。あれこれ考えても仕方ないですし」
 デメクサも言った。
「まずはシュメルさんのお家に戻りましょう。話はそれからです」
「そうね」
 こうして彼等は一先シュメルの邸宅に戻った。そこはやはりもぬけの空であった。
「やっぱり・・・・・・」
 ロザリーは誰もいない邸宅を見て寂しさと無念さ、そしてそれとは別の感情を入り混ぜた顔を作った。
「もう、いないのね」
「そうね」
 それにレミーが頷いた。
「残念だったかしら」
「残念って」
 ロザリーはその言葉にハッとした。
「それって・・・・・・。どういう意味よ」
「私を舐めてもらっちゃ困るわ。それ位お見通しよ」
 レミーはロザリーを少し斜に構えて見ながらそう答えた。
「あんた、あの人が憎かったんでしょ」
「え!?」
「隠してもわかるわ。目をみたらわかるから」
「おい、レミー」
 真吾が彼女を止めようとする。だがそれはできなかった。
「いいから。任せておいて」
「しかし」
「まあ待て真吾」
「キリー」
「ここはレミーに任せておこうぜ。男じゃできないこともある」
「・・・・・・わかった」
 真吾も納得した。そしてレミーはまた言った。
「調べたわ、色々とね」
「そうだったの」
「あんたのお父さんも剣の使い手だったのね」
「ええ」
 ロザリーはそれを認めた。
「バリー=ギムナスだったわね、確か」
「名前まで調べていたの」
「ちょっと時間がかかったけれどね。かってシュメルと勝負をしたことがある」
「そうよ」
 ロザリーはそれを認めた。
「けれど敗れた。そしてその傷がもとで命を落とした。間違いはないかしら」
「いえ、その通りよ」
「おい、それじゃあ」
 皆それを聞いて驚きの声をあげた。
「シュメルさんはロザリーにとって」
「親の仇だっていうの!?」
「そうよ、その通りよ」
 ロザリーは言った。
「私が先生に近付いたのはお父さんの仇を取る為だった」
「やっぱりね」
 レミーはそこまで聞いて頷いた。
「最初は隙を見てすぐに仇をとるつもりだったわ。けれど」
「会って変わったのね」
「ええ」
 それも認めた。
「実際に会ってみると先生は優しかった。剣を教える時でも」
「うちのパパとおんなじなんだね」
 プレセアがそれを聞いて呟いた。
「何か似てる」
「剣を極めるということは人としても極めるということだ」
 ゲンナジーがここで言った。
「その道を極めるということは容易ではない。だがそれができた時には」
「人としても一つの極みに達しているということになる」
「その通り」
 チェアンの言葉に応えた。
「何かゲンナジーもいいこと言うね」
「そうか」
 リューネの言葉に応えた。
「うん。何かゲンちゃんらしくていいや」
「ミオからは絶対に出ない言葉だしね」
「まあ気にしない気にしない」
「そんな先生の側にいるうちに変わってきたのよ。けれど」
「お父さんのことは忘れられなかったのね」
「ええ」
 ロザリーはまた頷いた。
「どうしたらいいのかわからなかった。シュメル先生はとても温かい人だったし」
「よくあることなのよ」
 レミーは一言こう言った。
「憎い筈の相手がね。本当がいい人だったってことは」
「どうしたらいいのかわからなかったのよ」
「そういう場合はね、素直になればいいのよ」
「素直に」
「そうよ。変に意地を張っても仕方ないから。素直になるのよ」
「どういう意味なのかしら」
「すぐにわかるわ」
 首を傾げるリューネに対してシモーヌが言った。
「すぐにね」
「ふうん」
「それでシュメルさんの人間性は好きになってたのよね」
「ええ」
 ロザリーはレミーの言葉に頷いた。
「本当に悪人だったら今頃は毒でも使ってでも」
「それよ。けれど貴女はそうはしなかった」
「えっ・・・・・・」
 ロザリーはその言葉にハッとした。
「それって」
「そうよ。貴女は先生を好きになりだしていたのだから。だから復讐を捨てていた」
「もう捨てていたの」
「そう。だからそれに従いなさい」
「いいの?それで」
「復讐だの仇討ちだのってね。終わっても空しいだけよ」
 レミーは笑ってこう言った。
「だから忘れた方がいいわ。女ってのはね、楽しく生きないと綺麗になれないわよ」
「綺麗に」
「折角可愛く生まれたんだから」
 いつもの調子で言う。
「楽しく生きなさいな。さしあたってはシュメルさんへの憎しみは忘れること。いいわね」
「はい」
 ロザリーは頷いた。
「じゃそうします」
「そういうこと。じゃあこれから飲む?」
「お酒ですか」
 それを聞いたロザリーの顔が明るくなった。
「私大好きなんですよ」
「あらあら、意外ね」
「先生は少しずつ飲んでいたけれど。私はもう幾らでも飲めて」
「おや、それは嬉しいねえ」
 ベッキーがそれを聞いて嬉しそうな声をあげた。
「じゃあ飲むかい?あたしも好きなんだよ」
「あたしも入れてもらおうかな」
 シモーヌも入ってきた。
「こう見えてもお酒には五月蝿くてね。カクテルとかね」
「あっ、いいですね」
 カクテルと聞いてロザリーの顔がさらに明るくなった。
「私もそれ好きで。じゃあ四人で」
「飲みましょう」
 こうしてロザリーの心は晴れた。彼女はとりあえずはシュメルへの憎しみの感情を消すことができたのであった。
 彼女はこれでよかった。だがバゴニアでは一つの異変が起こっていた。
「それは本当のことなのか!?」
 ジノは基地に帰投した後で整備兵達から話を聞いて思わずそう問い返した。
「はい」
 整備兵達は頷いた。そしてそのうえでまた言った。
「シュメル師はゼツ術士に身柄を拘束されました。そしてそのまま首都に連行されたそうです」
「それも自軍の兵士を人質にとってです」
「何ということだ」
 否定したかったがそれはできなかった。ゼツならやりかねない、ジノ自身もそう思っていたからであった。
「そしてシュメル師は」
「・・・・・・・・・」
 だが整備兵達はジノのこの問いには首を横に振った。
「残念ながら」
「あまりいいことにはならないかと思います」
「・・・・・・そうか」
 ジノはそれを聞いて顔を苦渋の色で覆った。
「何ということだ。我等は何だったのだ」
「囮だったというだけさ」
 後ろにやって来ていたトーマスがこう言った。
「何でもない、よくある話だろ」
「そうは言ってもな」
「俺達は軍人だぜ、そうした作戦もあるだろう」
「しかし」
「しかしもこうしたもねえさ」
 トーマスの言葉は醒めたものであった。
「それが仕事なのさ。違わないか?」
「・・・・・・・・・」
「まあ気持ちもわからないことはないがな。落ち着きな」
「しかし」
 それでもジノは不満を隠さなかった。
「しかしもこうしたもねえさ」
 だがそれに対するトーマスの言葉はやはり醒めたものであった。
「俺達は軍人だってことさ。どうしても不満なら軍を辞めるしかない」
「軍をか」
「あんたもそれは嫌だろう。冷静になるんだ」
 彼はそう言い続けた。
「いいな」
「わかった」
 ジノはとりあえずはこう言った。だがまだ不満は消えてはいなかった。
 トーマスも整備兵達も去った。ジノは一人格納庫にいた。そして今まで自分が乗っていたギンシャスプラスを見上げていた。
「辞める、か」
 彼は考えていた。シュメルは自分の武道の師範であった。剣術家だけでなく人間としても尊敬していた。その彼をこうした形で拘束するとは。しかも一人の狂気の人間によって。彼は決意しようとしていた。
「迷うことはないな」
 そう言ってギンシャスプラスに乗り込んだのであった。
 そして彼は姿を消した。何処かへ。ジノのまた何かに誘われていたのであろうか。


第五十話   完


                                      2005・10・21