真の自由
「ねえ」
 ゴラオンの控え室でヒメがふと口を開いた。
「どうしたの、ヒメ」
「シュウさんだけれど」
 それに応じてきたカナンに顔を向けて言った。
「ええ、彼が何か」
「どうしてマサキ君達はあんなに彼を警戒してるのかなあ」
「何か色々あったらしいわね」
 カナンはその言葉にこう返してきた。
「未来とかで。以前のあの人のことは私も聞いているだけだけれど」
「それでも今のあの人とは関係ないよね」
「いや、そうもばかりは言えないだろう」
 勇がそれに対してこう述べた。
「あの人がしたことは。やはり信用できないものがあるよ」
「けれど一度死んだんだよね」
「そうらしいわね」
「だったらそれで終わりじゃないかな。死んだのなら生まれ変わって心も生まれ変わったんだし」
「ヒメはそう考えるのね」
「うん。それに」
「それに」
「あの人、少なくとも悪い人じゃないよ。私達を騙したりもしていない」
「まさか」
「ううん、私にはわかる」
 ヒメは言った。
「隠してることはあるかも知れないけれど。少なくとも騙したりとかはしていないよ」
「そうかな」
「そうだよ。だから安心していいよ」
「どちらにしろそれももうすぐわかることね」
 カナンは一言こう述べた。
「もうすぐ到着らしいから。ヴォルクルスの神殿に」
「ヴォルクルス、か」
 勇がふと呟く。
「一体どんな敵だろうな」
「かなり手強いのは予想できるけれど」
「どのみち碌な相手じゃないのはわかるな」
 それまで黙っていたヒギンズも口を開いた。
「おそらく。ここで負けるとラ=ギアスが大変なことになる程にな」
「厄介なことね」
「何か俺達はそうした戦いばかりやっているような気がするな」
 ラッセが口を開いた。
「難儀なことにな。それがロンド=ベルらしい」
 ナンガがそれに応じる。
「やれやれだ。まあ長い人生だ。そうした時があってもいい」
「いいのか」
「そうさ。少なくとも退屈はしないしな」
「クールだな」
「まあそう言えばそうだな。どのみち戦うしかないしな」
「ああ」
「しかし。今度は神様だとはな」
「邪神なんだよね、けど」
「それでも神様は神様だろ。何者かまではわからないがな」
「そういうことだな。さて、と」
 ナンガは立ち上がった。
「そろそろ出撃だろう。用意しておくか」
「ああ」
 他のブレンのパイロット達もまた立ち上がった。そして彼等も戦場に向かうのであった。
「シュウ様」
「おや」
 サフィーネのヴィーゾルがシュウのネオ=グランゾンの側にまでやって来た。
「まだ早いですが」
「少しでもシュウ様のお側にいたくて」 
 サフィーネは思わせぶりな笑みを浮かべながらこう答えた。
「だって長い間ずっとロンド=ベルにおりましたから。ご無事かどうか心配だったのですよ」
「御主人様がそう簡単にやられるとは思えないんですけどね」
「チカ、あんたは黙ってなさい」
「あら」
「いつもいつもそうやってシュウ様のお側にいられるんだから」
「当然でしょ、ファミリアなんだから」
「だからなのよ。羨ましいったらありゃしない」
「そうかなあ」
「そうなのよ。全く、シュウ様に御迷惑はかけていないでしょうね」
「御迷惑って」
「サフィーネ、心配はいりませんよ」
 シュウは穏やかに笑ってこう返した。
「シュウ様」
「チカはよくやってくれていますよ、何事にもね」
「そういうことです」
 チカはここで胸を張った。
「御主人様の活躍は。このチカちゃんあってのものなのですから」
「それでも調子に乗らないようにね」
「はい」
 シュウに窘められて一瞬引っ込む。
「まあそういうことです。チカはよく私を助けてくれていますよ」
「それならば宜しいのですが」
「まだ何かあるのですか」
「いえ、まあ別にないですけれど」
「あっ、やはりこちらにおらしていたのですね」
「この妙な言葉使いは」
 サフィーネにはそれが誰のものかすぐにわかった。
「シュウ様、お慕い申し伝えております」
「モニカ、ですから言葉使いが変ですよ」
 ノルス=レイがやって来た。今回はセニアではなくモニカが乗っていた。
「いいのかよ」
 マサキがグランガランの艦橋にいるセニアに問うた。
「今回も御前さんが出撃するつもりだったんだろう」
「今回は特別よ」
 セニアはやれやれといった顔でそう返す。
「あの娘の強引さには負けたわ、本当に」
「強引ねえ」
「いざとなったらね。絶対意地を通そうとするのよ、子供の頃から」
「それは意外だね」
 シモーヌがそれを聞いて声をあげる。
「どっちかっていうとセニア姫の方がそう見えるけれど」
「よくそう言われるけどね。けれど実は違うのよ」
「ふむふむ」
「喧嘩した時でも。いつも絶対引かないのよ、モニカは」
「そうだったのか」
「ええ、そうよ。だからロンド=ベルにも参加したし」
「クリストフにも同行していたしね」
「案外あれで頑固なのよ。おしとやかに見えてもね」
「そうしたところは似てるんだな」
「何か言った?」
 マサキに言葉に顔を向けてきた。
「いや、何にも」
「そう。だったらいいけれど。頑固な妹を持つと苦労するわ」
「それは言う人が違うと思うけれどね」
 最後にベッキーの言葉が締めとなった。モニカとサフィーネはその間もやりとりを続けていた。
「ちょっとお、離れなさいよ」
「嫌でしてよ」
 サフィーネはモニカにシュウの側から離れるように言うがそれでも離れようとはしない。
「ずっと御会いでしませんでしたから」
「最近は一緒にいることが多いじゃない」
「それは貴女もそうではなくて?」
「フン、口の減らない姫さんだね」
「口は減らなくても他のものは減りますからいいのでしてよ」
「それは一体どういう意味なんだい」
「体重でしてよ。貴女またお太りになられたようですよ」
「なっ、気にしていることを」
 サフィーネの顔が嫌悪に歪む。
「まるで達磨のようでしてよ、本当に」
「達磨あ!?」
「ええ。コロコロして。可愛らしいですけれど」
「コロコロですってぇ!?」
「あ〜〜あ、完全に怒っちゃったよ」
 チカが横で呟く。
「甘い顔をしれてばこの小娘!」
「何ですのこの大年増!」
「大年増ですってえ!?あたくしを捕まえて!」
 急所を衝かれたのであろうか。さらに激昂してきた。
「あたくしはまだ二十一歳よ!」
「わたくしなんかまだほんの十八歳ですわよ」
「何でこのお姫様こんなに文法が変なのだろう」
「ところで二人共」
「はい」
「何でございましょうか、シュウ様」
「だから文法が変ですよ、モニカ」
 シュウはそんな彼女を嗜めながら言った。
「そろそろですが」
「そろそろ」
「はい。神殿までね。宜しいですか」
「わかりました」
「それでは」
 二人はそれぞれシュウの横についた。しかし彼はそれをよしとしなかった。
「いえ、今は待って下さい」
「どういうことですの?」
「今回私は単独で行動をとらせて頂きます」
「お一人で、ですか」
「ええ。何かとやることがありましてね」
 そう言いながら思わせぶりに笑う。
「貴女達はマサキと小隊を組んで下さい。サフィーネにとってはいつものことですが」
「あの憎たらしいガキとですか」
「おい、聞こえてるぜ」
 そこにマサキのサイバスターがやって来た。
「相変わらずだな、あんたも」
「フン」
 サフィーネは彼から顔を背ける。
「あたくしは生憎年下は好みじゃありませんの」
「あっ、そういえばそうだったニャ」
 それを聞いてクロが気付いた。
「マサキってまだ十七だったニャ」
「じゃあシュウとは四つ違いか」
 シロがそれを聞いて言う。
「シュウは確か二十一だったから。サフィーネと同じ歳の筈ニャ」
「そうしてよ、華の二十一歳美貌も盛り」
「といってもあのファッションじゃあなあ」
「普通の男は逃げていくだけニャ」
「おーーーーほっほっほっほっほっほ、所詮子猫にはわかりませんわね、この崇高なファッションは」
「崇高かな」
「どう見ても怪しいお店の人だニャ」
 シロとクロの言葉は続く。どうやらこの二匹とサフィーネのセンスにはかなりの差があるらしい。
「それでよ」
「あら、まだいたんですの」
「まだってなあ」
 マサキはサフィーネのその言葉に呆れながらも返す。
「今回も小隊を組むんだからな、何訳のわかんねえこと言ってやがんだよ」
「仕方ないですわね」
「こっちだっておめえみてえな訳のわかんねえ女と組むのは引けるんだよ。けれどまあ何かと都合があってな」
「申し訳ありませんね、マサキ」
「へっ、よしてくれよ」
 だがシュウの言葉には別の顔を見せた。
「おめえに謝られちゃ何かあるんじゃねえかって思っちまうからな。それだけは勘弁してくれよ」
「おやおや」
「それよりもな。ヴォルクルスを倒す策はあるんだろうな」
「勿論ですよ」
 シュウは特に匂わすことなくこう答えた。
「さもなければ。ここまで来ませんよ」
「まあ信じさせてもらうぜ」
 マサキは内心いぶかりながらもこう述べた。
「けれどよ、何かあった時はわかってるんだろうな」
「その時はどうぞ好きなようになさって下さい」
 シュウはそう返した。
「もっともそんなことをして私にどういった利益があるか、ですが」
「御前だけはわからねえからな」
 ここでマサキはその疑念を見せてきた。
「おめえはどうも信用できねえ。バルマーの時からな」
「また昔のことを持ち出しちゃって」
 チカはそれを聞いて呟く。
「また何か企んでいるだろうかな、って思ってな」
「信用がないのですね」
「正直に言わせてもらうとな」
 マサキはそれに応えた。
「まだ完全には信用できねえ。今度はどうするつもりだ」
「さて」
 シュウはそれにはとぼけてみせた。
「少なくともヴォルクルスを倒すつもりはありますよ」
「信じていいんだな」
「信じていなければ貴方達はここには来なかった。違いますか」
「・・・・・・いや」
 それは事実であった。心の何処かでシュウを信用していたからこそここまで来た。それもまた事実であった。
「着きましたよ」
「遂にかよ」
 見れば目の前には一際巨大な黒い山がそびえ立っていた。
「ここです。ヴォルクルスがいるのは」
「ここか」
 マサキはその山を見上げて大きく息を吐き出した。そして言った。
「こんなでけえ山ははじめて見るな。何て高さだ」
「ラ=ギアスで最も高い山でしょうね」
 シュウがそれに答える。
「標高は。あのチョモランマ以上でしょうか」
「そこにヴォルクルスがいるんだな」
「そうです。では覚悟はいいですね」
「ああ」
 マサキは頷いた。見れば三隻の戦艦からもうマシンが出ていた。そして戦闘態勢に入っていた。
「行きますよ」
 シュウはそう言うと前に出た。そして山のある部分にネオ=グランゾンの右手で触れた。
「開きなさい」
 その一言で山が開いた。そして大きな洞窟が顔を覗かせた。
「ここです」
「そこから入るんだな」
「はい」
 シュウはマサキの言葉に頷いた。
「ここから中に。そして行く先には」
「ヴォルクルスだな」
 皆マサキのその言葉に無言で応えた。そして静かに洞窟の中に入っていくのであった。
 
 洞窟はほんの一瞬のように感じられた。気付くと彼等は広い神殿の中にいた。
 不思議と峻厳さは感じられなかった。そのかわりに中には禍々しい邪気に満ちていた。
「これがヴォルクルスの気かい」
 ベッキーがそれを周りに感じながら呟いた。
「あんまりいいもんじゃないね。身体に纏わりつくみたいだ」
「それだけ邪悪だということでしょうね」
 デメクサも珍しく真面目な顔になっていた。
「これだけの妖気は。拙僧も今まで感じたことはない」
 ティアンもであった。普段の破天荒さは何処にもなかった。
「ヴォルクルス、一体どれだけ邪悪な存在なのか」
「ようこそ、シュウ様」
 ここで低い男の声がした。
「お待ちしておりましたぞ」
 長い法衣を着た波がかった髪の男が出て来た。まるで悪霊の様な外見である。
「久し振りですね、ルオゾール」
「ルオゾールだと」
 ヤンロンがその名に反応する。
「ルオゾールって!?誰だそりゃ」
「おい甲児君、前聞かなかったか」
 大介が甲児の言葉を聞いて呆れた声を出した。
「あれっ、そうだったっけ」
「ヴォルクルスに仕える神官だ。前マサキ君達から聞いていただろう」
「悪い、完全に忘れてた」
「やれやれ。全く」
「何か兄さん最近年寄り臭くなってきたね」
「まあね。何かと苦労が多くて」
 そう言いながら苦笑をする。
「おかげで。ベガ軍団と戦っていた時より肩が凝るよ」
「そういう時はサロンパスだぜ、大介さん」
「甲児、あんたのせいでしょ」
「まあまあ」
「実はマリアちゃんもその肩凝りの一旦を担っていたりして」
「もう、ひかるさんたら」
 ひかるの言葉に口を尖らせる。そう話している間にも話は動いていた。
「この者達ですな」
「ええ」
 シュウはルオゾールの言葉に頷いていた。
「でははじめますか」
「はじめる・・・・・・一体何をだ」
 ショウがそれを聞いて眉を顰めさせる。
「まさかねえ」
 アスカの目に疑惑の光が宿る。
「邪神の復活なんて生け贄がつきものだし」
「何っ、それじゃあ」
「そうよ、トウジ」
「人違いだぞ」
「ゲッ、ドモンさんじゃない。どうしてこんなところに」
「今まで一緒にいたが。何故そんなに驚く」
「いや、ちょっとね。何か声がそっくりだったから」
「そうか」
「いやあ、間違えちゃった。御免なさい」
「アスカもせっかちやなあ」
「ってあんたがドモンさんと声が似てるからでしょ」
 アスカはそれを聞いて噛み付いてきた。
「全く。何でこんなに声が似てる人ばかりなのよ」
「分かれる前は僕とリンさんも間違えてたよね」
「全然似てないけどね。何故かしら」
「アスカは耳がいいから」
 レイがいつもの感情も抑制もない声で言う。
「だから。聞き間違えるのだと思うわ」
「けど。僕とリンさんは全然似ていないよ」
「いえ、似ているわ」
「そうかなあ」
「私もクリスさんと似ているし。そういうものよ」
「そういうものか」
「ええ」
「まあドモンさんっていったらあの思い出したくもない変態爺さんがいるけれど」
「ここにも急に出て来たりしたらおもろいな」
「おもろくはないわよ!何処の世界に使徒を素手で破壊できる人がいるのよ!」
「あれはね。びっくりしたよ」
 シンジもその時のことを思い出していた。
「正直。あんなことができるなんて」
「人間力を極限まで出せれば。可能よ」
「・・・・・・その前に人間なの、あの人」
「そう言われると凄い疑問なんだけれど」
「多分人間よ」
「・・・・・・多分ね」
 さしものアスカも言葉がなかった。
「また戦うことになったら。会いたくはないわね」
「そうかなあ。僕は敵だけれど格好いいと思うよ」
「あんた、あんな人間か何かさえわからないのが格好いいって言うの?」
「あれだけ強いと。何か憧れない?」
「憧れないわよ!あたしは人間がいいのよ!人間が!」
「生物的には同じよ。これは保障するわ」
「そういう問題じゃないわよ!ニュータイプとかそういうのじゃないでしょ、あれは!もう完全にBF団とかそういう感じじゃない
のよ!」
「また懐かしい名前出したなあ、おい」
「大作君、元気かなあ」
「元気らしいわよ」
 レイがトウジとシンジに答える。
「そうなの」
「BF団も壊滅したそうだし。安心していいわ」
「そう、それはよかったよ」
「やっぱ幸せにならへんとな。不幸な子供は」
「その前にあたし達が不幸になりそうなんだけれど」
「不幸!?何があったの」
「皆。動けないんだけれど」
「えっ」
 気が付けばその通りであった。全てのマシンが動けなくなってしまっていた。
「おい、こりゃどういうことだ」
 マサキがシュウとルオゾールに対して問う。
「一体何をしやがった」
「影縛りです」
 ルオゾールは一言こう答えた。
「影縛りだと」
「はい。貴方達が動けないようにね。縛らせて頂きましたよ」
「何っ、それじゃあまさか」
「ええ、その通りです」
 ルオゾールはまた答えた。
「貴方達は。ヴォルクルス様の生け贄になる為にここにまで来たのですよ」
「何っ、それじゃあ」
「シュウ、手前騙しやがったな」
 だがシュウはそれには答えない。かわりにルオゾールが言う。
「ではシュウ様」
「はい」
 ここでシュウはやっと口を開いた。ルオゾールにも顔を向ける。
「断章の第四段を」
「わかりました。では」
 それを受けて暗誦をはじめた。
「全てに平等なるは、死と破壊……万物は無から生じ、無へと帰る」
「その言葉は」
 ファングが呻き声に似た声をあげる。
「ヴォルクルスの書の一部か」
「ええ。そしてそれが終わり生け贄を奉げた時にヴォルクルス様が甦られるのです」
「手前等、最初からそのつもりだったのかよ」
「騙される方が悪いのですよ。騙される方がね」
 ルオゾールはそう答えてうそぶいた。
「ではシュウ様、生け贄を」
「わかりました。では」
 暗誦を終えたシュウはマサキ達に顔を向けて来た。殆どの者が彼を怒りの目で睨み据えている。
「手前、許さねえからな」
「シュウ様、わたくしはシュウ様の御為ならこの命を放り投げても惜しくはありません」
「ですから文法が変ですよ、モニカ」
 シュウはそう答えながらまた言った。
「モニカ、ヴォルクルス様の復活には信頼していた者に裏切られた絶望と悲しみの感情が必要なのです」
「はい」
 モニカはその言葉に頷いた。
「そしてそれが強ければ強い程」
「ヘン、なら全く意味はねえな」
 甲児が悔し紛れのようにこう言った。
「俺達は最初から手前をあんまり信用してなかったんだ。それでどうして信頼していたなんて言えるんだよ」
「ですね。それは私もわかっています」
「それならとっとと解放しやがれ!今すぐぶちのめしてやっからよ!」
「まあ話は最後まで聞いて下さい」
 激昂する甲児に対して穏やかに言う。
「そう、信じていたものが崩れ去る時の絶望感。今の貴方達にはありません」
「シュウ様」
 ルオゾールが痺れを切らした様に声をかけてきた。
「わかっています。それでは」
 シュウはそれに応えてにこりと笑ったままネオ=グランゾンをルオゾールのナグツァートに向けた。そして言った。
「絶望よ・・・・・・今!」
 一条の雷が落ちた。そしてそれは何とルオゾールのナグツァートに落下したのであった。
「なっ!?」
 これには一同思わず息を飲んだ。
「どういうことだ一体」
「ナグツァートが。落雷に撃たれた」
「な、何が一体・・・・・・」
 落雷に撃たれたルオゾールはそれでも生きていた。だが全身、そしてナグツァートに大きなダメージを受けており最早幾許もないのは誰の目にも明らかであった。
「シュウ様、これは一体」
「ふふふ、ルオゾール、どうですか」
 彼は虫の息の彼に笑いながら声をかけてきた。
「信頼していた者に裏切られるというのは」
「シュウ様、これは」
 サフィーネも驚いて声をあげる。
「何もありませんよ、生け贄を捧げただけです」
「生け贄を」
「ええ」
 シュウはしれっとした態度で答える。
「言った筈です。信じていた者に裏切られた絶望と悲しみが大きければ大きい程いいとね」
「ではルオゾールは」
「そうです。どうですか、ルオゾール」
 再び彼に声をかける。
「今の気持ちは」
「あ、あががががががががが・・・・・・」
 だが彼は断末魔の中に呻くだけであった。何とか言葉を出そうとするがそれは容易ではなかった。
「何か苦しそうな顔ですね。おかしなことです」
 冷徹な笑みを浮かべて言う。
「あれだけ崇拝していたヴォルクルスの生け贄になれるというのに。もう少し嬉しそうな顔をしたらどうです?」
「い、今名を」
「ああ、呼び捨てにしたことですか」
 シュウはうそぶく。
「ヴォルクルス様と契約した以上そのようなことは」
「これも貴方のおかげですよ」
「私の・・・・・・」
「ええ、全てね。貴方の蘇生術が未熟だった為私とヴォルクルスの契約が消されてしまったのです。幸運と言えば幸運でしたね」
「そんな・・・・・・」
「まあ安心して下さい」
 今度はこう言った。
「ヴォルクルスはは復活させますよ、貴方の命でね」
「復活させてどうしようと・・・・・・」
「私の性格は知っているでしょう?」
 その声に冷笑を漂わせてきた。
「ヴォルクルスは私を利用しようとしました。自由を愛し、何者にも縛られない私をね」
 声に冷笑の他に凄みも混じってきた。
「それがあの忌まわしい契約で私の自由は奪われていたのです。許すことはできません。何故なら」
「何故なら・・・・・・」
「この世で私に命令できるのは私だけなのです!」
 そして言い切った。その顔をえも言われぬ威圧感が覆った。
「ヴォルクルス・・・・・・その代償としてこの手で葬って差し上げます。完全にね」
「あぐううううううう・・・・・・」
「もう碌に話もできないようですね。ですが楽には死ねませんよ」
 威圧感は消えた。だがその声を支配する冷徹さはまだ残っていた。
「貴方のその感情が。復活の力なのですからね」
「しゅ・・・・・・うう・・・・・・」
 最後に何を言ったのか、もう誰も聞き取れはしなかった。しかし呪詛の言葉であるのは確かであった。ルオゾールは最後に恨みと憎しみ、そして絶望を感じながら滅んでしまった。
「サフィーネ」
 シュウは今度はサフィーネに声をかけてきた。
「は、はい」
「貴女は下がっていなさい」
「何故でしょうか」
「貴女も正式ではないとはいえかってヴォルクルスと契約を交あわしています。かなり魔力が高くないとヴォルクルスに取り込まれてしまいますよ」
「大丈夫です」
 だが彼女は言い切った。
「私は。サフィーネ=グレイスですから」
「宜しいのですね」
「はい」
 そして頷いた。
「シュウ様と共に。戦わせて下さい」
「わかりました」
 シュウはそれを受けて頷いた。
「ですが。わかっていますね」
「はい」
「ヴォルクルスに操られた時は」
「その時はシュウ様が私を」
「わかりました。では」
「おい、シュウ」
 気が付くとマサキが横にいた。ルオゾールが倒れた為その影縛りが解けたのである。
「おや、マサキ」
「またえれえこと企んでくれてたなあ、おい」
「隠していたのは申し訳ありません」
「まあどのみちこんなこったろうとは思ってたけどよ。で、ヴォルクルスが出て来て勝てるのかよ」
「勝算がなければわざわざ来ませんよ」
 シュウはすっと笑って答えた。
「確実にね」
「じゃあ勝てるんだな」
「ええ」
「相変わらずの自信だけどよ。何かあっても知らねえぞ」
「何かとは」
「サフィーネのこともあるしよ」
「彼女なら大丈夫ですよ」
「大丈夫なのかよ」
「ここまで来て異常はないのですから。心配いりません」
「それはもうわかっていたことなのか」
「ええ。ところでマサキ」
「何だ?」
「周りを見て下さい。そろそろ来ますよ」
「むっ」
 見ればその通りだった。デモンゴーレム達がその姿を現わしていた。
「おいおい」
「どうです、かなりの数でしょう」
「どれだけいるんだよ、こんな数のデモンゴーレム見たことねえぞ」
「これもまたヴォルクルスの力です」
「これ全部俺達で倒さなきゃいけねえのか」
「そうですね。けれど私は彼等の相手をするわけにはいきません」
「ヴォルクルスを倒すからか」
「はい。では用意はいいですね」
「ああ」
「出ますよ、いよいよ」
 マサキは息を飲んだ。目の前に実体化してきた巨大な影を見据えながら。
「とうとう出て来ましたね」
「ああ」
「ヴォルクルス。長かったですねえ」
「面白いな」
 アハマドが姿を現わした禍々しい怪物を見て楽しそうに呟く。
「口の中がアドレナリンで一杯だ。やはり俺は戦いが好きなのだな」
「コーヒーとどっちが好き?」
 ミオがそれを聞いて突っ込みを入れてきた。
「コーヒーだ」
 アハマドはあっさりと返す。
「それもブラックがいい。チョコレートケーキがあるともっといいな」
「アハマドさんも案外ノリがいいのね」
「だが漫才はやらないぞ。ゲンナジーと二人でやってくれ」
「了解」
「何か一気に緊張がほぐれたが。まあいい」
「いいの」
 今度はリューネが突っ込みを入れてきた。
「ああ。落ち着いてきたからな。ところでいいな」
「ああ、わかってるよ」
 リューネはアハマドの言葉に頷いた。
「来てるからね、やるよ」
「うむ」
 見ればヴォルクルスとデモンゴーレムだけではなかった。ヴォルクルスの上半身や下半身だけの存在も多数出現していた。そしてロンド=ベルを取り囲んでいた。
「グググ・・・・・・」
 地の底から響き渡る様な声がした。それがヴォルクルスのものであることは明らかだった。
「ワガ・・・・・・ネムリヲ・・・・・・サマタゲタノハ・・・・・・オマエタチカ」
「ええ」
 シュウはその言葉に応えた。
「それが何か」
「ワカッタ・・・・・・デハ・・・・・・ホウビヲ・・・・・・ヤロウ」
「いらねえつってもくれるんだろうな、こういう奴は」
「マサキも話がわかるようになってきましたね」
「まあな。長いからな、こんな戦いが」
「死だ。御前達に死をやろう」
「ほらな、やっぱりだ」
「で、どうしますか」
「そんなもんこっちでお断りだぜ。やってやるぜ」
「では行きますか。サフィーネ」
「ハ、ハァハァ・・・・・・」
 彼女はこの時肩で息をしていた。何かと戦っているようであった。
「大丈夫ですか?」
「な、何とか」
「無理なら下がっていなさい。まだ間に合いますよ」
「だ、大丈夫です。何故なら」
「何故なら」
「あ、あたくし、シュウ様と○○○するまで死ねませんものーーーーーーーーーっ!」
 そして叫んだ。どうやらそれで吹っ切れたようであった。
「その時まで、何があっても生き抜きますわ!」
「殺したって死にそうにもねえしな」
「お下品・・・・・・」
 モニカがそれを聞いて呟く。だがどうにかこうにか洗脳は取り払うことができた。
「何かサフィーネ様らしいなあ」
 チカも呟く。こうして彼女は何とか打ち勝った。
「さて」
 シュウはそれを確かめたうえでヴォルクルスと向き直った。
「では行きますよ。覚悟はいいですか」
「覚悟、何だそれは」
「貴方が滅び去るということを知ることですよ、これからね」
「馬鹿なことを」
 ヴォルクルスはそれを聞いて言う。
「我は破壊神。神が滅びることなぞ」
「神でも滅びますよ。ましてや貴方は神ですらない」
 シュウは言い返した。
「何だと」
「単なる悪霊です。本来破壊とはその後に創造、そして調和があるもの」
 インドサンスクリット哲学の考えであった。
「貴方はただ破壊するだけです。それでどうして神と言えましょうか」
「言わせておけば」
「貴方が破壊の神ならば。このネオ=グランゾンを破壊してみなさい」
 そして言う。
「できるものならばね」
「ならば」
 それを受けて巨大な爪が煌いた。
「死ぬがいい」
 しかしそれはあえなくかわされてしまった。ネオ=グランゾンは宙に浮かんでいた。
「その程度ですか」
「ぬうっ」
「それでは。私は倒せませんね」
 挑発するように言った。
「かって私は破壊神の名を持つ者を倒しました」
「そんなことあったか?」
「忘れてしまいましたか、マサキ」
 隣に来たマサキに対して顔を向けて問うた。
「シュテドニアスとの戦いの時ですよ」
「シュテドニアス」
「バイラヴァのことよ、マサキ」
 テュッティがここで彼に対して言った。
「バイラヴァ。あれかよ」
「そう、あれです」
 シュウはそれに頷いた。
「バイラヴァというのはシヴァの別の姿です。彼の破壊の心がそのまま出たものです」
「そうだったのかよ」
「思えば詰まらない相手でしたが」
 ラセツが乗っていたそのマシンはシュウにあえなく倒されていたのである。マシンが弱かったのではなくネオ=グランゾンがあまりに強かったせいだ。
「ヴォルクルスもまた。滅びることになります」
「戯れ言を」
 しかし下にいるヴォルクルスはそれを認めようとはしなかった。
「我が滅びる筈がない。神は滅びぬ」
「どうやら言っても無駄なようですね」
「そうだろうな。こういった奴はどうあがいても潰すしかねえよ」
「では」
 シュウはそれに応える形で動いた。そしてワームスマッシャーを放つ。
「容赦せずにいきますか」
「今回ばかりは手伝ってやるぜ」
「おや」
 そう言って動きを合わせてきたマサキに顔を向ける。
「珍しいですね。貴方が私にそのようなことを言うなんて」
「へっ、おめえを助けるわけじゃねえよ」
 マサキはそれに対してこう言い返した。
「こいつを何とかしなくちゃ世界がえらいことになっからな。魔装機神操者としての義務さ」
「そうですか」
「じゃあ行くぜ。倒すんだったら一気にやった方がいい」
「はい」
「共同作戦だ。俺はフォローに回る」
「メインは私ですか」
「おめえが呼び出したんだからな。当然だろ」
 マサキはそう言葉を返した。
「違うか。何なら替わってやってもいいがな」
「いえ、それは遠慮します」
 しかしそれはシュウの方で断られた。
「私のやったことですから。私が始末しましょう」
「そうか。じゃあやりな」
「はい。それでは」
 そしてシュウは攻撃に入った。ヴォルクルスの前に行きまずはグランワームソードを出した。
「これで」
 迫り来る爪を薙ぎ払った。そしてその腕も切り落とす。
 だがそれでもヴォルクルスは立っていた。それどころか腕が切られた側から生えてきていた。
「まるで化け物だな」
「再生能力に優れているということです」
 驚きを隠せないマサキに対してシュウは冷静なままであった。
「そうした意味で非常に厄介な存在です」
「やっぱり一気にやるしかねえか」
「ええ。それでは縮退砲で」
「待ちな。それだけじゃ駄目かも知れねえぜ」
「まさか」
 シュウはそれを否定しようとした。
「この縮退砲の威力は貴方も知っているでしょう」
「まあな。けどそれだけじゃ足りねえかも知れねえ」
「ではどうしろと」
「だからその時の為に俺がいるって言ったろ。いい考えがあるんだ」
「いい考え」
「そうだ。まずは俺がコスモ=ノヴァを撃つ」
「はい」
「おめえはそこで縮退砲を撃つんだ。それならいけるぜ」
「成程、同時攻撃ですか」
「これならあの化け物でも一撃でくたばるだろう。それでどうだ」
「面白いですね。やってみますか」
 シュウはそれに頷いた。そして銀色のマシンと青いマシンが同時に動きはじめた。
「何をしようと無駄なこと」
 ヴォルクルスはそれを見て言った。
「我を倒せはせぬ」
「何か同じことばかり言ってるな」
「実はあまり知能は高くはないのです」
「そうなのか」
「単なる悪霊の集合体ですからね。その思考にあるのは破壊への衝動だけです」
「つまり本能だけってことだな」
「ええ」
 シュウは頷いた。
「ですから。こっちは頭を使えばいいのです」
「その為の攻撃だな」
「そうです。では行きますか」
「おう」
 二人は攻撃に入る。まずは約束通りマサキが動いた。
「いっけえええええーーーーーーーーっ!」
 その銀色の身体がさらに輝きを増した。その両肩から白い光を放つ。
「コスモノヴァ!」
 二つの光が一つとなった。そしてヴォルクルスの腹を直撃した。
「グオオ・・・・・・」
 だがそれでもヴォルクルスは立っていた。しかしそれを見てもマサキ達は冷静なままであった。予想していたことであったからだ。
「次は私が」
「おう、頼むぜ」
 シュウが前に出た。そして胸から黒い光を放った。
「縮退砲・・・・・・発射!」
 今度は黒い光が伸びた。それで今しがたコスモノヴァが撃った部分を狙う。見ればそこには大きな穴が開いていた。
 しかしそれは今閉じようとしていた。驚くべき回復力であった。
 だが回復するより前に黒い光がそれを防いだ。さしものヴォルクルスもその動きを止めてしまった。
「もう一撃だ!」
「はい」
 だがコスモノヴァは一発しかない。どうするかと思われた。
 しかしそれは問題にならなかった。マサキはそれを驚くべきことでカバーしたのだ。
「アカシック=バスター!」 
 アカシック=バスターを放つ。しかしそれは一撃ではなかった。
 もう一撃放った。それは今しがた攻撃が加えられた場所にまたしても命中した。
 立て続けの攻撃にヴォルクルスは為す術もなかった。そのまま動きを止めていた。
「シュウ、最後は手前でつけやがれ!」
 マサキはそれを見てシュウに対して言った。
「自分のことは自分でするんだろ!だったらやりな」
「やれやれですね」
 シュウはそう言いながらも前に出て来た。
「貴方は。どうしてそう言葉遣いが乱暴なのか」
「それが俺の売りなんだよ」
「売りと乱暴なのはまた違いますが。ですがそれをここで言っても仕方ありませんね」
「早くしな」
「まあ話していても何ですし。ここは決めますか」
「御主人様、ドカンとやっちゃって下さい」
「わかりました。それでは」
 また攻撃態勢に入った。その胸が黒く光る。
「縮退砲・・・・・・発射!」
 それで全てが終わった。ヴォルクルスは闇の中に消えた。最後の断末魔の言葉すらなかった。
『グオオオオオオオ・・・・・・』
 だがそれは違った。残留思念が最後の呻き声をあげていた。シュウはそれを聞き逃さなかった。
「どうですか、滅んだ気持ちは」
 そして涼しげな笑みを浮かべてこう問うた。
「自分が滅ぼされる気持ちは。また違うでしょう」
『おのれ・・・・・・』
 その声は呪詛であった。
『人間が・・・・・・神を滅ぼすなぞと・・・・・・』
「先程も言いましたが貴方は神なぞではありませんよ」
 シュウは涼しげな笑みのままこう返した。
「貴方は悪霊に過ぎません。悪霊は所詮神にはなれません」
『まだ言うのか』
「ええ、何度でも言いますよ。悪霊は神にはなれないと」
 そして顔を引き締めてから言う。
「神になれるのは人間ですから」
「人間が!?」
 その言葉にシンジが反応した。
「人間が神に」
「はい、その通りです」
 シュウはシンジの言葉に頷いてみせた。
「使徒もまた。そうした意味では同じだったのですけれどね」
「カヲル君も」
「そう。彼もそれはわかっているでしょうね」
 ここで彼は過去形を使わなかった。
「だからこそ一度は貴方の前から姿を消したのです」
「あの、シュウさん」
 アスカが彼の口調に気になり問うた。
「何か彼が生きているみたいな口調ですけれど」
「ええ、彼は生きていますよ」
 そしてシュウはそれを認めた。
「嘘・・・・・・」
「使徒もまた復活していましたね」
「はい」
 その通りであった。エヴァが再び起動させられたのはその為であったからだ。
「あの変態爺さんにやられてしまいましたけど」
「ふふふ、変態ですか」
 シュウは当然のようにマスターアジアも知っていた。
「これはまた手厳しい」
「あれを変態って言わなくて何で言うのよ。本当に人間なのかしら」
「ホンマアスカはあの人嫌いなんやな」
「嫌いって言うか常識外れ過ぎるから。使徒を素手で破壊するなんて流石に思いもよらなかったわ」
「まあそやけどな」
「あの人もあの人で人類の可能性の一つなのですよ」
「つまり修業を積めばなれるということですね」
「その通りです」
「どんな修業やったらああなるのかすっごく疑問なんだけれどね」
「けど。何か憧れるよね、あんなに強いと」
「素手でマシンを叩き潰すシンジっちゅうわけやな」
「もうそれじゃあ漫画ね」
「勿論シンジ君もそうなれる可能性はあります」
「本当ですか!?」
「って目輝かせてるし」
 アスカはもう完全に呆れていた。
「どうなってるのよ、最近」
「けれど碇君が前向きになれたらいいと思うわ」 
 レイはここで静かに言った。
「違うかしら」
「まあそう思えるならそれでいいけれど」
「けど不満やっちゅうわけやな」
「前向きどころか未熟、未熟!とか叫んで暴れ回るシンジなんて想像できないわよ」
「そらまた」
「まあ人間が神様になれる可能性があるっていうのは興味深いわね」
「それもまたおいおいわかってきますよ」
「そうなんですか」
「はい。これから戦いはより激しさを増すでしょう。敵はバルマーだけではありません」
「はい」
「地球にもいます。そう、地球にも」
「ミケーネ、そして使徒ですか」
「はい」
 ここで彼は言外にあるものを言わなかった。これもまた彼の考えであった。
「それを通じて色々とおわかりになるでしょう。人間とは何なのかも」
「人間までも」
「少なくとも今消えた悪霊なぞではありません」
『ウオオオオオオオーーーーーーーー・・・・・・』
 最後の思念が消えた。こうしてヴォルクルスは完全に消え去ってしまったのであった。
「それはわかりますね」
「はい」
「ではそれを確かめる為に貴方達はこのラ=ギアスを後にしなくてはなりません」
「地上に」
「そうです。戻るつもりはありますね」
「当然です。何か名残惜しいですけれど」
「胞子の谷にも行けなかったしね」
「胞子の谷?」
 シンジはリューネの言葉に反応した。
「それって何ですか?地名みたいですけど」
「ラングランにある観光名所の一つなんですよ」
 シュウがそう説明した。
「巨大な茸の胞子が舞っていましてね。綺麗な場所ですよ」
「そうだったんですか」
「残念ながら時間がありそうにもないですが」
「今度来た時でいいです」
「今度って何時あるのよ」
 アスカがすかさず突っ込みを入れる。
「何時来れるかわかんないわよ」
「心配するなよ、戦いが終わったら連れて行ってやるよ」
 マサキが言った。
「終わったらな。それでいいだろ」
「はい」
「アスカも一緒にどうだ?」
「フン、あたしはそんな子供っぽい場所には行きたくなんかないわよ」
「おやおや」
「けれどバカシンジが心配だからね。保護者同伴ってことで行ってあげてもいいわよ」
「つまり行きたいんだな」
「不本意だけれどね」
「何でこの人こんなに素直じゃないのかね」
「チカ、女の子は色々と複雑なんですよ」
「そういうこと。わかったわね」
「それじゃあそれはそれでいいな」
「はい」
「じゃあまあ戦いも終わったし。地上に戻るか」
「ダカールでいいですか」
「ダカール?何かあんのか、あそこで」
「今ダカールに向けてネオ=ジオンが降下作戦を行っているのですよ」
「ゲッ、やばいなそりゃ」
 サンシローがそれを聞いて声をあげる。
「早く行かねえと。まずいぜ」
「ええ。既に宇宙に向かった貴方の仲間達は地上に戻ろうとしております。どうされますか」
「決まってるだろ、すぐに助けに行くぜ」
「ダカールをハマーンなんかに渡しちまったら大変なことにならあ。それにあいつ等が心配だぜ」
 マサキだけでなく甲児までもが言った。
「すぐに行かねえと。シュウ、すぐに道を開きやがれ」
「言われなくともすぐに開きますよ」
「よしきた」
「待ってくれ、甲児君」
 しかしここで鉄也が呼び止めた。
「どうしたんだよ、鉄也さん」
「俺達だけ言っても仕方が無い。戦艦も一緒でないと」
「おっと、そうか」
「一旦外に出よう。そして戦艦と一緒に地上に戻ろう。それでいいな」
「了解」
「じゃあすぐに外に出るか」
「よし」 
 こうして彼等は皆神殿から出て戦艦の中に入った。その前にネオ=グランゾンが立つ。
「それでは宜しいですね」
「はい」
「よくありませんわ」
 しかしそれに異議を唱える者がいた。サフィーネであった。
「どうかしたのですか?」
「シュウ様、ここでお別れなのですか?」
「はい」
 シュウはつれなくともとれる様子でそれに頷いた。
「また御会いできますよ」
「いえ、そうではなくて」
「何かあるのですか?」
「おおありですわ!あたくしも御一緒に」
「どうするつもりなんだよ」
「シュウ様とラ=ギアスに残って。そして」
「ああ、そっから先はもう言わなくてもわからあ」
 マサキはこう言って話を打ち切った。
「一応本人の希望だけどよ、どうすんだ、シュウ」
「サフィーネ、できるなら貴女とモニカはロンド=ベルに残って下さい」
「何故ですの!?」
「今の私は単独行動に専念したいので。それに彼等にとって貴女達は貴重な戦力です」
「ですが」
「私のことは心配いりません。それに貴女には期待していますから」
「期待」
「はい。私の願いに応えてくれることをね。今は彼等のサポートをお願いします」
「シュウ様の御言葉でしたら」
「こういう時シュウって上手いニャ」
「本当だね」
「まあ今は静かにしてな、クロ、シロ」
「了解ニャ」
「それじゃ」
 二匹はマサキの影の中に戻った。
「このサフィーネ、喜んで」
「わたくしもシュウ様の御言葉に従わさせて頂たく存じますわ」
「何でこの姫さん文法が変なのかなあ」
「これもう子供の頃からなのよ」
「セニアはおかしかないのにな」
「顔以外全然似てないってよく言われるわ」
「だろうな」
「それではそれで宜しいですね」
「了解させて頂きました」
「不本意ですけれど」
「ではそれではそろそろはじめますよ」
「はい」
 こうして地上への道が開かれた。巨大な黒い穴がそこに開いた。
「ではまた会う日まで」
「シーユーアゲイン」
「最後は決めたな、レミー」
「最後に格好つけるのがいい女の条件だからね」
 こうして彼等は地上に戻っていった。シュウはそれを一人見送っていた。
「長かったようであっという間でしたね」
「ええ」
 チカの言葉に頷いた。
「それでは我々も次の行動に移りますか」
「そうですね」
「彼もそろそろ地球に来ますし」
「案外遅かったですね」
「色々あったようですからね、彼等も」
「一枚板じゃないってことですか」
「そう。それに司令官は」
「これからも何かありそうですね」
「はい」
 彼等はそんな話をしながらヴォルクルスの神殿を後にした。この時シュウですら気付いてはいないことがあった。
 白いスーツにボルサリーノの男がそれを見ていたのである。彼は雪の中に立つようにしてシュウ達を見ていた。
「ヴォルクルスも倒しましたか」
 にこやかな笑みをたたえてネオ=グランゾンを見ていた。
「どうやら時がはじまったようですね。我等の主が降臨する時が」
 そして一言こう言うとその場を後にした。彼が何処から来て何処に消えたのか誰も知らなかった。


第六十話   完


                                      2005・12・14