謎の少女
 ダカール東方におけるロンド=ベルとネオ=ジオン、火星の後継者達の戦いが続く中ダカール南方に新たな影が近付こうとしていた。
 潜水艦が数隻ダカールに向かっていた。それはかってジオンで使用されていた潜水艦ユーコンであった。
「敵はいるか」
 一人の巨漢が部下に対して問うた。一年戦争の生き残りであるフラナガン=ブーンである。一年戦争の後乗艦と共に身を隠していたがネオ=ジオンの地球降下を受けそれに賛同してこの作戦に参加したのであった。
「今のところありません」
「そうか」
 ブーンはそれを聞いて頷いた。
「だが油断するな。敵は何時来るかわからない」
「はい」
「モビルスーツの発進準備にかっかれ。グラブロもだ」
「グラブロもですか」
「そうだ、用心に越したことはない」
 彼は言った。
「敵にはあの連邦の白い流星がいたな」
「アムロ=レイですか」
「あの坊やとは一年戦争の頃にやり合ったことがある」
 彼は口の端だけで笑いながらこう述べた。
「手強かったぞ。部下を何人も失った」
「はあ」
「俺自身も危うく死ぬところだった。あの坊やがいるとなると用心した方がいい」
「ここに来ないとしてもですね」
「その時はその時で手強いのが来るだろうからな」
 彼はまた言った。
「どちらにしろ総力を挙げてダカールに上がるぞ。いいな」
「了解」
 潜水艦部隊は一路ダカールに向かっていた。その時ダカールは最早恐慌状態にあった。
「南へ兵を回せないのか!」
「駄目だ、北も西もとてもそんな余裕は!」
 マシュマーとグレミーの部隊の攻撃は激しかった。連邦軍はそれへの対処だけで手が一杯であったのだ。ミスマル司令もそこに釘付けとなっていた。
「むうう」
 彼は南からジオンの残党の潜水艦部隊が接近しているのは聞いていてもそれに対処することができないでいた。兵がとても回らないのだ。
「キングビアルだけでも行かせられれば」
「あれがなくては西の守りが成り立ちません」
 幕僚の一人がそれに対して言った。見れば顔に苦渋が浮かんでいる。
「如何ともし難いか」
「はい。西はほぼ神ファミリーだけで頑張ってくれています。その彼等を動かすということは」
「わかった。ではいい」
 それでは仕方がなかった。ミスマルも納得するしかなかった。
「ロンド=ベルはどうしているか」
「依然東に展開する敵主力部隊と交戦中です」
「そうか」
「一部足の速い部隊を急遽南に振り向けてくれたそうですが。彼等に一途の望みをかけますか」
「そうするしかないな。また彼等に期待しよう」
「わかりました。それでは」
「待って下さい、司令」
 だがここで別の幕僚が彼に言って来た。
「どうした」
「ジャブローからこちらにナデシコCが向かって来ています。全速力です」
「ナデシコが」
「はい。どうやらネルガルに発注していたものが届いている様です。彼等に応援を願いますか」
「頼めるか」
「はい。それでは」
「うむ。またとない援軍だな」
「はい」
 幕僚達はそれに頷いた。
「天の助けと言うべきか」
「ナデシコ一隻が加われば。かなり違います」
「その間に我々は北と西の敵を退けよう」
「はい」
「それでいいな」
「了解」
 思わぬ助っ人の報告に連邦軍は何とか息を吹き返した。だが市民達にはまだ不安が渦巻いていた。
「僕達大丈夫かなあ」
 ケン太がふと呟く。
「真吾さん達もいないのに」
「ケン太君、安心して下さい」
 だが不安にかられる彼をOVAが宥めた。
「その真吾さん達がここに残るように言ったのでしょう?だから大丈夫ですよ」
「そうかあ」
「そうです。だから心配しないで下さい」
「そうだね。OVAもいるし」
「私もですか」
「皆もいるし。もう僕怖がらないよ」
「それは何よりです」
 OVAもそれを聞いて安心した。見れば彼の他にリィナやクマゾー達もいた。他にも市民達が大勢いた。
「皆大変そうだね」
 それを見てユキオが呟く。
「戦争だからね。仕方ないよ」
 アカリも言う。
「皆暗い顔してるも。これからどうなるか心配だも」
「私達にはどうしようもないからね」
 リィナも困った顔をしていた。
「シャングリラにいた時も。こんな感じだったけれど」
「リィナさんってコロニーにいたんだったね」
「ええ、そうよ」
 ケン太の言葉に頷く。
「もう離れて随分経つけれど。お兄ちゃん達と一緒に学校に通いながらジャンク屋やってたのよ」
「そうだったの」
「あの時も何かと色々あったけれど。今もね」
「ロンド=ベルって色んな人がいるも」
「人だけじゃないからね。本当に」
 リィナは少し困ったようにして言った。
「今も。お兄ちゃん達大丈夫かしら」
「ジュドーさんだったら大丈夫なんじゃないかな」
「ビーチャさん達も。あれで結構腕がたつし」
「だったらいいけれど」
 ユキオやアカリに言われても何故か安心出来なかった。
「お兄ちゃん達あれで結構おっちょこちょいだから」
「けど皆がいるから」
「大丈夫かしら、本当に」
 何処か保護者の様であった。立場は全く逆だがリィナは兄達のことを真剣に案じていた。だがそこで思わぬ客が彼女達の前に姿を現わした。
「そこの者」
「!?」
 見れば赤がかった蜂蜜色の髪の毛の少女がそこにいた。
「ここは何処じゃ」
「ここはって」
 リィナ達はそれを聞いて戸惑いを覚えずにはいられなかった。
「ダカールだけれど」
「ダカール、ここがそうなのか」
 その少女はそれを聞いて納得した様に頷いた。
「何か騒がしいところだな」
「まあ今戦争やってるからね」
 ケン太がこれに答えた。
「仕方ないと言えば仕方ないよ」
「戦争」
「うん」
「今ダカールにネオ=ジオンが攻めて来ているんだ。君も知っているだろう?」
「勿論じゃ」
 少女はそれに答えた。
「私の兵士達じゃからな。あの者達のことは心から信頼しておる」
「あの者達って」
 リィナがそれを聞いて不審に思った。
「貴女、彼等のこと知ってるの?」
「知ってるも何も私の兵だ」
 少女はまたこう言った。
「私の兵のことを知らない筈はないだろう」
「何か君さっきから変なことばかり言っているけど」
 ケン太もいい加減訳がわからなくなってきていた。
「一体何なのさ。そもそも君は誰なんだよ」
「ミネバ=ザビ」
 彼女は名乗った。
「ジオン公国の公王であるぞ。それが何か」
「ミネバ=ザビって」
 リィナはそれを聞いてまずは我が耳を疑った。
「冗談でしょ。そんな訳が」
「これが何よりの証拠じゃ」
 ミネバと名乗るその少女はそれに答えるかの様に自分が着ている軍服と胸の模様を見せた。
「これこそが私がジオンの公王である証。これでわかったであろう」
「嘘・・・・・・」
「まさかこんなところに」
「ところでそなた達に聞きたい」
 ミネバはリィナやケン太達に問うてきた。
「ダカールの議会とやらがある場所は何処じゃ」
「何処じゃって」
「そんなこと僕達が知ってるわけないも」
 クマゾーもそう答えた。
「何だ、知らぬのか」
「知ってたらこんなところにいないし」
「困ったのう。御付の者とはぐれてしまったし。ハマーンも側におらぬし」
「ハマーン。まさか」
「ハマーンを知らぬのか?」
「いえ、勿論知ってるけど」
 リィナは戸惑いながら答えた。
「ハマーンは良い者じゃ。私のことをいつも心配してくれる」
「あのハマーンが」
「私が風邪をひいた時も側にいてくれるしな。何かと苦労をかけておる」
「嘘」
 確かに聞いただけでは信じられぬことであった。リィナ達にとってもハマーンとは強敵であり苛烈で冷徹な女指導者であったのだ。その彼女がそうした一面があるということはにわかには信じられぬことであった。
「私にはもう両親はおらぬがハマーンがいてくれる」
 ミネバは嬉しそうに言った。
「それだけで充分じゃ。本当は何かと大変であるのにそんな顔一つ見せずにな。大儀なことじゃ」
 そしてまだ幼少ながらそれがわかるミネバも凄いと言えた。やはりザビ家の血であろうか。聡明であると言えた。
「じゃが側にいて欲しいのじゃ。オウギュストには申し訳ないが今はちと寂しい」
「オウギュストって」
「今の御付の者じゃ。さっきまでいたのじゃが」
「オウギュスト大尉、こちらです!」
 そこで急に声がした。
「そちらか!」
「はい!やっと見つけました!」
「えっ」
「まさか」
 ケン太達はそれを聞いて戸惑いを覚えた。
「ミネバ様、こちらでしたか!」
「おお、そなた達か」
 ミネバはやって来た如何にも怪しそうな男達の方を振り向いて笑った。
「申し訳ありません、我等の落ち度で」
「よい。では議会に向かうぞ」
「いえ、まずは私共と共にいて下さい」
 やって来た紫の髪をセンターで分けた男がこう申し出て来た。
「おお、オウギュスト」
「はい」
 彼、オウギュスト=ギダンはミネバに敬礼してから述べた。
「今すぐに議会に行っては危険です。まずは完全に掌握せねば」
「それまで待つのじゃな」
「その通りです。それまではここに潜伏しておきましょう」
「わかった。ではここに留まるぞ」
「はっ」
「ところでミネバ様」
 部下の一人がミネバに尋ねてきた。
「この者達は。ロボットもおりますが」
「まずいも」
 クマゾーがそれを見てヒソヒソと囁く。
「ネオ=ジオンの連中だも」
「若しも私達のことを知ったら」 
 アカリも言う。
「只じゃ済まないよね」
「ケン太君、私がいますから」
「けどOVAも危ないんだよ」
「大丈夫です、皆は私が守りますから」
「私の知り合いじゃ」
 ミネバはオウギュスト達に対してこう語った。
「お知り合いですか」
「うむ。ここで偶然出会った。良い者達じゃぞ」
「そういうことでしたら」
「害はありませんな」
「この者達に危害を加えてはならん」
 ミネバは部下達に対して命じた。
「よいな。これは命令じゃ」
「はっ」
「それでは」
 オウギュスト達はそれに従った。そしてミネバの側で立つだけであった。
「これでよいな」
「う、うん」
 微笑んで語りかけてきたミネバにリィナが答えた。
「私はアクシズから出たことはあまりなくてな。外の世界のことはよく知らぬのじゃ」
「そうなの」
「地球に降りたのもはじめてじゃ。何か感じが違うのう」
「地球は青いんだも」
「青い」
 クマゾーの言葉にキョトンとする。
「そうなんだも、青いんだも」
「それは聞いてはいたが」
「そしてとっても綺麗なんだも。一度見たら忘れられないんだも」
「そうなのか。それでハマーンも来たがっていたのか」
「ハマーンが来たがっていたって?」
 ケン太はその言葉に顔を向けさせた。
「君が来たかったんじゃないの?」
「私は特にそうは思ってはおらぬ。ただ、ハマーンがどうしても行きたそうだったのでは。それでそれを認めたのじゃ」
「そうだったの」
「じゃあハマーンの作戦が」
「ハマーン様を呼び捨てにするとは」
「よい。この者達はジオンとは関係がない。だからよい」
「は、はい」
 ミネバは兵士達をそう言って制した。
「それでじゃ」
 彼女は次にリィナ達に顔を向けて来た。
「その方等の名は何というのじゃ?」
「私達の名前?」
「そうじゃ。よかったら申してみよ」
「ええと」
 彼女達は戸惑いながらもそれに答えた。
「リィナ。リィナ=アーシタよ」
「リィナか」
「ええ。宜しく」
「よい名じゃな。気に入ったぞ」
「有り難う」
「そしてそこの少年は何というのじゃ」
 今度はケン太に顔を向けて来た。
「ケン太」
 彼は名乗った。
「真田ケン太っていうんだよ」
「ケン太か。日本人じゃな」
「あれ、わかるの?」
「私とて名前で何処の者か位はおおよそわかる。リィナは少しわかりにくいがな」
「私は一応日系人よ」
「そうなのか」
「ええ。わかりにくいでしょうけれど」
「顔を見れば。そう見えぬこともないな。じゃが綺麗な顔をしている」
「綺麗な顔って」
 そう言われて少し照れた。
「よい父君と母君を持っておる様じゃな。そんなに綺麗な顔を与えてくれて」
「ま、まあそうかな」
「私も。よい父君と母君だったが」
 そう言って寂しそうな顔になった。
「もうおられぬ。この前の戦争で御二人共亡くなられてしまった」
「そうだったわね」
 リィナはそれを聞いて彼女も寂しい顔になった。
「バルマー戦役で」
「父上は立派な方だったという。敵に決して背を見せなかったそうじゃな」
「それは本当のことよ」
 リィナは言った。
「ソロモンでね。最後まで立派に戦われたわ」
「うむ」
 敵ではあった。だがリィナはあえて言った。ミネバをおもんばかってのことである。
「それは聞いておる。父上は立派な方だった。それさえわかればいい」
「そう」
「母上は非常にお優しい方だった。私は父上の勇気と母上の優しさをいつも覚えておきたいと考えている」
「ミネバさんも僕達と同じなんだも」
「同じ」
 ミネバはクマゾーの言葉にキョトンとした。
「同じと申すと」
「お父さんとお母さんがいないも。僕達だってそうだも」
「そなた達もか」
「うん。僕達お父さんもお母さんもいないんだ。だから孤児院にいるんだ」
 ユキオが答えた。
「そうじゃったのか」
 ミネバはその言葉を聞いて悲しい顔になった。
「そなた達も父君と母君がおらぬのか」
「けれど寂しくはないよ」
 アカリが言った。
「皆いつも一緒だから。今でもね」
「そうなのか。それはよいな」
 ミネバはそれを聞いてどうやらホッとしたようであった。
「側に誰かがいてくれると。寂しくないわよ」
「私も。ハマーンが側にいてくれるからな、いつも」
「ハマーンさんが好きなのね」
「うむ」
 またリィナの言葉に頷いた。
「好きじゃ。私のことをいつも考えてくれる。ハマーンがいなくては私は生きてはおれぬ」
「そう」
「ハマーンは私の為に動いてくれる。私はそのハマーンの言うことを聞くのが仕事だ。それはわかっているつもりだ」
「ミネバちゃんも優しいんだも」
「優しい、私が」
「そうだも。ハマーンさんのことを思っているも。だからそんなことが言えるんだも」
「ハマーンには自分のことはあまり考えてくれるなと言われているのだがな」
 そう言いながら俯く。
「だが。私の側にいて、身を削って働いている者を。どうして考えずにおれよう」
「それが優しいっていうことなのよ」
 アカリも言った。
「ミネバさんってすごく優しいよ。まるでヒメ姉ちゃんみたいに」
「ヒメ姉ちゃん」
「僕達のお姉ちゃんだよ。孤児院から今までずっと一緒だったんだ」
 ユキオも言う。
「いつも僕達の面倒見てくれているんだ。ずっとね」
「そうか。いい人のようじゃな」
「とってもね。ところで私達の名前だけれど」
「うむ」
「私はアカリ」
「僕はユキオ」
「クマゾーだも。宜しくだも」
「うむ。こちらこそ宜しくな」
 ミネバも挨拶を返した。
「では暫しここにて留まろう。色々と話でもしながらな」
「うん」
 こうして子供達はOVAも交えておしゃべりに入った。それは何処にでもある普通の光景であった。ミネバもここでは何処にでもいる普通の子供であった。

 彼女達がダカールの一郭で留まっているその時にもジオンの潜水艦部隊はダカールに向けて進んでいた。既に水中モビルスーツ達が発進していた。
「敵はいるか」
 後方で全体の指揮を執るブーンが部下達に対して問うた。
「今のところはいません」
 部下達はそれに答える。
「このまま進撃を続けて宜しいでしょうか」
「ああ、構わん」
 ブーンはそれをよしとした。
「だが気をつけろ。何時来るかわからんぞ」
「了解」
「それでは上陸します」
 ズゴックにゴッグ、そしてアッガイといったジオンの誇る水陸両用モビルスーツ達が姿を現わした。そしてゆっくりと港から市街地に向かおうとする。
「ジオンが来たぞ!」
「迎撃しろ!」
 港湾を守る僅かばかりの連邦軍の将兵達が戦車や装甲車、戦闘機で向かう。だが所詮そういった装備ではモビルスーツの敵ではなかった。
「無駄だな」
「とっとと失せろ」
 ビームによる攻撃であっさりと退けられた。そしてジオン軍はそのまま前に進もうとする。
 だがその前に一陣の風が姿を現わした。それは銀の翼を持つ鳥であった。
「よし!ギリギリ間に合ったな!」
 マサキはサイバードのコクピットで敵の姿を見て叫んだ。
「こっから先は進ませねえぜ!」
「サイバスター!」
「全機散開しろ!」
 その姿を認めたブーンが叫ぶ。
「サイフラッシュが来るぞ!注意しろ!」
「了解!」
「ありゃ、もう読んでやがるのか」
 敵が散ったのを見たマサキは拍子抜けして言った。
「動きが早えな。一体どういうことだよ」
「敵もあながち馬鹿じゃないってことだろうな」
「ショウ」
 ウィングキャリパーがやって来た。そこにはショウとチャムがいた。
「サイフラッシュの威力はもう言うまでもない。警戒するのも当然さ」
「ショウってあったまあいい」
「茶化すなよ、チャム。けれどそれはそれでやり方があるさ」
「やり方が」
「ああ。丁度今ダバも来たしな」
 ブローラーに変形したエルガイムマークUもやって来た。機動力に優れるマシンだけを行かしたのはどうやら正解だった様である。
「ガンダムファイターももうすぐ来る。ここはそれぞれの機動力を活かして敵を一機ずつ落としていこう」
「それがいいな」
 ダバもショウの意見に賛同した。
「敵の数はそれ程多くはない。ここは確実に行こう」
「間に合ったら急に冷静になったな」
「戦いってのは冷静にならないと駄目だろう?さもないと失敗する」
「ちぇっ、何かヤンロンみたいな言葉だな」
「そうかな」
 ダバはそう言われ少し困った様な顔をした。
「俺はそうは思わなかったけれど。説教臭いかな」
「ダバは真面目だから」
 リリスがそんな彼をフォローする。
「ついそうなってしまう時があるよ。けど気にしないで」
「有り難う」
「それじゃあすぐに敵に向かおう。ダカールの市街地に進ませてはいけない」
「おうよ」
「もうすぐガンダムファイター達もやって来る。それまで持ち堪えるぞ」
 ダカールの港での戦いもはじまった。マサキ達は上陸して来るジオンのモビルスーツに対してその機動力をフルに活かして攻撃を仕掛ける。まずはショウが動いた。
「はああああああっ!」
「いっけええええーーーーーーーーっ!!ハイパーオーラ斬りだああーーーーーーーーーっ!!」
 チャムも叫ぶ。ビルバインのオーラソードが振り下ろされるとそれだけでズゴッグが両断された。両断されたズゴッグは炎の中に消えた。
「行けっ!」
 ダバも攻撃を仕掛ける。エルガイムマークUに戻りそこからSマインを投げる。それでアッガイを一機破壊する。
「もう一機!」
 そして次はパワーランチャーを放つ。それでその横にいたゾッグも屠った。
「チッ、手強い連中が来やがったな」
 ブーンはそれを見て舌打ちした。
「このままじゃダカールの占拠は及びつかんな」
「どうしますか」
 潜水艦に残った部下の一人が問うてきた。
「潜水艦も前に出せ」
 ブーンはその部下に対して言った。
「ユーコンもですか」
「そうだ。対地ミサイルで攻撃する」
「ミサイルで」
「モビルスーツだけでは無理そうだ。ここは仕方がない」
「わかりました。それでは」
「ああ」
 それに従いユーコンの艦隊が前に出て来る。だがそれにはまだ誰も気付いてはいなかった。
 シャッフル同盟を中心としたモビルファイター達が戦場に到着したがそれは変わらなかった。彼等は相変わらず水中用モビルスーツを相手にしていただけであった。
「何か呆気なくやっつけていけてるね」
 アレンビーが言った。
「ちょっと拍子抜けしちゃったよ」
「所詮水中用モビルスーツだからな。陸での動きが遅い」
 ドモンがそれに答えた。
「このまま一気に押し切る!やってやる!」
「甘いぞドモン!」
 ここで突如として声がした。
「その声は」
「まさか」
 シャッフル同盟の面々が一斉に注目する。
「敵を侮るな!この程度ではないぞ!」
「何処だ」
「何処にいるんだ」
「ここだ!」
 水面から水しぶきがあがった。そしてその水面にガンダムシュピーゲルが立っていた。
「シュバルツ=ブルーダー!」
 ドモンがその名を叫ぶ。
「ジオンとて歴戦の勇者!それを忘れるとは御前もまだ未熟なようだな!」
「クッ!」
「未熟なのはいいけれど」
 クロが冷静な目で見て言った。
「あの人なんで水面に立っていられるニャ?」
「水陸両用でもそんなの無理だよニャア」
「そんなことはどうでもいい!」
 シロの突っ込みも強引になかったことにする。
「今ジオンはその潜水艦によりミサイル攻撃を仕掛けようとしている!それに気付かぬとは迂闊だぞ!」
「そうだったのか!」
「何であの人が知ってるのかニャ?」
「もう突っ込むのよそうぜ。どうもおいら達の常識が通用する人じゃなさそうだし」
「潜水艦を叩け!さもなければ御前達に勝利はない!」
「だがどうやって」
「水の中に入れ!それ以外に道はない!」
 シュバルツは尚も言う。
「水の中に」
「そうだ!そしてそこで敵を倒せ!そこで何かを掴むのだ!」
「確かにモビルファイターは水中でも性能は落ちたりはしないが」
「だからこそだ!さあ早く行くのだドモン!」
 シュバルツは言う。
「来い!そして敵を倒せ!」
「よし!」
 ドモンは跳んだ。そして海の中に飛び込む。
「来い!誰であろうが俺が倒す!」
「何かバイストンウェルでも同じことやったよね」
「バーンと戦った時だったな」
 ショウはチャムの言葉を聞いて懐かしそうに呟く。
「あの時は大変だったね」
「ああ」
「バーンの奴しつっこいし。けどあたしショウなら大丈夫だって思ってたよ」
「嘘つけ、ずっと耳元で怒鳴ってた癖に」
「兄貴、陸はおいら達に任せな!」
「サイシー!」
「この程度の敵なら問題はありません」
 ジョルジュも言う。
「安心してていいぜ。丁度いいウォーミングアップだ」
「最近あまり派手に戦っていなかった。だからやらせてもらうか」
「済まないな、皆」
「まあそういうことよ。それじゃあそっちは任せたわよ。レインさん」
 アレンビーはここでレインに声をかけた。
「何かしら」
「あんたも行ってあげたらいいわ。ドモン一人じゃ暴走するからね」
「ちょっと、私はドモンの保護者じゃないわよ」
「固いことは言いっこなし。さあ早く早く」
「もう」
 そうは言いながらもレインも海の中に入る。
「これでいいの?」
「そうそう。それじゃあそっちは任せたわよ」
「じゃあリューネ、こっちは派手にやらせてもらうぜ」
「えっ、リューネ!?」
 アレンビーはそれを聞いてキョトンとする。
「リューネ来てたっけ」
「何言ってるんだよ。来て・・・・・・あれ!?」
 だがそこにはヴァルシオーネはいなかった。いるのはサイバスターだけであった。
「おかしいな。いると思ったんだけどな」
「あたしの声がリューネに似ているから間違えたみたいだね」
「どうやらそうみてえだな」
 マサキもそれを認めた。
「済まねえ。俺のミスだ」
「いいってことさ。あたしもあんたとヒイロ間違えたりするからね」
「そういうことか」
「そういうこと。それじゃあ行くよ」
「よし」
「ガンダムファイト」
「レディィィィィィィィィ」
 アレンビーに合わせる。シャッフル同盟だけでなくマサキも言う。
「ゴォォォォォォォォォッ!」
 陸上での戦いも再開された。そしてそこに新たな影が姿を現わした。
「あれは」
 最初に気付いたのはダバであった。
「アルテリオンか」
 見れば銀色のマシンであった。北西から一直線にやって来る。
「ビルトビルガーにビルトファルケンもいるよ」
 リリスも言う。
「よかった。勝ったんだね、アイビス」
「どうやらそうみたいだな」
 ダバは彼女達の姿を確認して頬笑みを浮かべていた。
「それに。もう一人いるみたいだ」
「もう一人?」
「ほら」
 ダバはアルテリオン達を指差す。そこには赤いマシンもあった。
「ベガリオンだ。スレイも俺達の仲間になるんだな」
「そうだ」
 エルガイムマークUのモニターにスレイが姿を現わした。
「私もアイビスと共に戦わせてもらう。それでいいな」
「ああ、喜んで歓迎するよ」
 ダバは笑顔でこう返した。
「宜しくな。俺はダバ=マイロード」
「スレイ=ブレスディ」
「君の参加を歓迎するよ。これから共に戦っていこう」
「優しい男だな、君は」
「そうかな」
 ダバはスレイにそう言われて少し照れ臭そうに笑った。
「自分じゃそんなつもりはないけれど」
「いや、本当のことだ。どうやら懐の大きい人物の様だな」
「褒めたって何も出ないよ」
「そういう問題ではない。確かペンタゴナから来ているのだったな」
「うん」
「あの星も大変だというが。君の様な男がいればこれからは明るいかもな」
「アマンダラ=カマンダラと同じことを言うな」
「アマンダラ=カマンダラ」
 スレイはその名を聞いて少し顔を顰めさせた。
「誰だ、それは」
「ペンタゴナの武器商人よ」
 リリスが彼女にそう説明する。
「このエルガイムマークUとか売ってくれた人なんだけれど。どうにも胡散臭いのよ」
「何を考えているかわからないところはあるな」
 ダバもそれに頷く。
「表向きはいい人なんだけれどな」
「あの人にはペンタゴナに戻ってからも気をつけた方がいいみたいね」
「ああ」
「どうやら腹に一物ある人物の様だな」
「一言で言うとそうだね」
「そうか。何処にでもその様な輩はいるのだな」
「ついでに素直じゃない奴もね」
「何か言ったか、アイビス」
「別に。じゃあすぐに参戦するよ」
「うむ」
「やっと合流できたんだ。派手にやらせてもらうよ」
「待って、アイビス」
 しかしここでツグミが呼び止めた。
「何だい、ツグミ」
「街の外れの方に逃げ遅れた子供がいるわ」
「子供が」
「ええ、早く助けないと。大変なことになるわ」
「そうあね、行こう」
「いいのか、アイビス」
 ここでスレイが声をかけた。
「何がだい?」
「今は民間人より。戦いの方が大事ではないのか」
「それはあんたもわかっていると思うけれどね」
 アイビスは笑ってスレイにそう返した。
「戦いはどうにでもなるけれど。子供の命はどうにもならないだろう?違うかい」
「ふ、確かにな」
「まずは子供を助けるんだ。いいね」
「わかった。では協力させてもらおう」
「それじゃあ俺達は先に行ってますね」
「そっちは任せて下さい」
「ああ、頼むよ」
 アイビスは申し出て来たアラドとゼオラに対してそう返した。
「宜しくね。あたし達もすぐに行くから」
「はい」
「それじゃあお先に」
「ああ」
 こうして彼等は二手に分かれた。そしてそれぞれの場所に向かうのであった。
 アラドとゼオラの参戦により陸上での戦いは完全にロンド=ベルのものとなった。だが海中での戦いはそうはいかなかった。
「クッ、このデカブツは!」
 ドモンが苦渋に満ちた声を漏らす。目の前にグラブロが立ちはだかっていたのだ。
「どうした、そんな旧式のモビルアーマーも倒せないのか」
 シュバルツが横で問う。ドモンの横にはレインもいた。
「大丈夫よドモン、貴方なら倒せるわ」
「フン、好き勝手言ってくれるな」
 グラブロに乗るブーンはそれを聞いて苦笑いを浮かべた。
「残念だが陸上と水中では戦い方が全く違う。それを教えてやろう」
 そう言いながらその爪で襲い掛かる。だがそれはドモンによってかわされてしまった。
「クッ!」
「反応が遅いぞ!」
 またシュバルツの叱咤が飛ぶ。
「それがシャッフル同盟の実力か!その程度だったのか」
「何だと!」
「そんなことでマスターアジアを倒せるというのか!甘い、甘いぞ!」
「マスターアジア!」
 その名を聞いてドモンの顔色が変わった。
「そうだ。マスターアジアの力は御前が一番知っていよう。ここで遅れをとるようであの男に勝てると思っているのか!」
「そんな筈がない!」
 ドモンも叫んだ。
「こんなところで迷っていては俺はあの男に勝つことはできん!」
「そうだ!」
 シュバルツはまた叫んだ。
「ではどうするべきかわかっているな!」
「ああ!やってやる!」
 ドモンが燃えた。
「はああああああああああああああああっ!」
「な、何だ!?」
 ブーンはドモンの様子が一変したのを見て思わず驚きの声をあげた。
「一体どうしたんだ」
「俺のこの手が真っ赤に燃える!」
 ドモンは叫び続けていた。
「勝利を掴めと轟き叫ぶ!」
 その身体の色が一変していた。何と黄金色になっていたのだ。
「行くぞ!ばぁぁぁぁぁくねつゴッド・・・・・・」
 腕を突き出す。そしてそのまま突進する。
「フィィィンガァァァァァッ!!」
 腕を叩き付けた。それでグラブロの動きが完全に止まった。
「ウオッ!?」
「ヒィィィィィィト・・・・・・」
 ドモンの声はなおも続く。そしてそれと共に腕も輝き続ける。
「エンドォォォォォォォッ!!」
 これで全ては終わった。グラブロは爆発し全ては終わったのであった。
「ウオオオオオオオオオオオッ!!」
 グラブロは爆発した。水中で派手な爆発が起こる。ブーンもまたこの中に消えたのであった。
 ドモンは爆発の前に立っていた。そして一人呟いていた。
「今のは一体」
 無意識に出した攻撃ではあったがかなりの威力であった。しかもそれは自分がはじめて出したものであった。思いも寄らぬ攻撃であった。
「明鏡止水だ」
 そこでシュバルツが言った。
「明鏡止水」
「そうだ。己の心を研ぎ澄まし、平穏を得た時に得られるものだ。言うならば武道の極意だ」
「武道の」
「それこそがマスターアジアに打ち勝つことのできる唯一にして最大のものだ。それを手に入れた時御前は本当の意味でのガンダムファイター、そしてシャッフル同盟の戦士となるだろう」
「それ程までに」
「どうだ、身に着けたいか」
 シュバルツは問うてきた。
「そしてマスターアジアを倒したいか」
「無論!」
 彼は答えた。
「その為に俺は戦っている。マスターアジアを・・・・・・この手で倒す!」
「そうか。ならば迷うことはないな」
 シュバルツはそれを聞いて頷いた。
「ならばギアナ高地へ行くがいい」
「ギアナ高地に」
「そこにデビルガンダムが潜伏している。それを倒し見事明鏡止水を会得するのだ」
「デビルガンダムですって!?」
 それを聞いたレインが声をあげる。
「それならどのみち行かないと。大変なことになるわ」
「そうだな。どちらにしろ行く」
「そう言うと思っていた。では私はそこで待とう」
 そう言うとその身体に渦巻を纏った。
「ギアナ高地で会おう。さらばだ!」
 シュバルツ=ブルーダーはこう言い残して戦場を後にした。気が付いてみるとユーコンも水中モビルスーツ部隊もあらかた倒されてしまっていた。残った僅かな者も撤退していた。戦いはロンド=ベルの勝利に終わっていたのであった。
「危ないところだったな」
「ああ」
 マサキの言葉にショウ達が頷く。
「だが何とか防いだぜ。これでダカールは安心だ」
「どうやらな。後は残敵がいないかどうか哨戒に移ろう」
「ああ」
 彼等はそれで済んだ。だがそれで済んではいない者達もいた。
「今のが明鏡止水・・・・・・」
 ドモンはまだ呆然としていた。
「この力があればマスターアジアにも」
「そうね。けれど辛い修業になるわよ」
「それは覚悟のうえ」
 レインにそう返す。
「やってやる。キリマンジャロに行くぞ」
「ええ」
 そして別のところでも。哨戒に移っていたマサキ達のところにアイビス達が戻って来たのだ。
「おう、そっちはどうだった」
 マサキがアイビスに声をかける。
「子供を保護したんだよな」
「ああ」
 アイビスはそれに応えた。
「一人ね。可愛い女の子さ」
「女の子」
「イルイっていいます」
 黒いドレスに身を包んだ金色の髪の少女がモニターに姿を現わした。まるで人形の様に整った顔である。
「何でも身寄りがないらしいんだ。どうするよ」
「そうだな。ブライト艦長とかに話しないと駄目だがこっちで当分保護してもいいんじゃねえか。どっちみちうちにはクマゾー
とかいるしな」
「そうだね。じゃあイルイ、あたし達と一緒に来るかい?」
「うん」
 イルイは静かに頷いた。
「よし、これで決まりだ。それじゃあ皆哨戒が済んだらブライト艦長達のところに戻ろうよ。こっちも色々とつもる話があるからね」
「ああ」
 こうして彼等は戦いを終えブライト達のところに戻った。その頃には東側での戦いも終わっていた。ネオ=ジオン、そして火星の後継者達は撤退しロンド=ベルの勝利に終わっていた。ダカールは何とか救われたのであった。
 その中リィナ達はまだダカールに残っていた。だがその身辺は急に騒がしくなっていたのであった。
「ミネバ様」
 オウギュストが険しい顔でミネバに声をかける。
「作戦は失敗したようです。ここは下がりましょう」
「うむ、致し方あるまい」
 ミネバもそれに従うしかなかった。こくり、と頷く。
「ではな」
 そしてリィナ達に声をかける。何処か寂しげな顔であった。
「また会おうぞ。機会があればな」
「うん。ミネバちゃんも元気でね」
「ミネバちゃん」
 ケン太にそう言われ少し戸惑ったような顔になった。
「何か面白い呼び方じゃな」
「そう?気に入ってくれた?」
「うむ。また会った時にはそう呼んでくれ。よいな」
「うん。それじゃあね」
「またな」
「では」
「わかっておる」
 オウギュスト達に守られながらその場を後にした。作戦が失敗した以上ここに留まっていては危険だからである。妥当な判断であると言えた。
「いっちゃったね」
「うん」
 ユキオとアカリがそれぞれ言う。
「悪い人じゃなかったね」
「そうだね」
「けれど寂しそうだったも。無理してるっぽいも」
「そうね」
 それにリィナも頷く。
「ザビ家なんかに生まれなきゃ。普通の女の子だったかも」
「普通の」
「普通の基準なんて曖昧なものだけれどね。うちのお兄ちゃん達なんて絶対に普通じゃないし」
「それはまあそうだけれど」
「ジュドーさん達はお勉強を全然しませんし」
「そういう問題だけじゃないんだけれどね」
「あ、そうですか」
 OVAがそれに応える。
「何か。可哀想ね」
「そうですね」
 それにはOVAも頷いた。
「あのままだと。潰れてしまいそうです」
「ネオ=ジオンのせいなのね、やっぱり」
「そうでしょうね。どうなっちゃうんでしょう」
「それはわからにわ。けれど」
 リィナは言った。
「あのままでいて欲しくはないわ」
「はい」
 リィナ達もロンド=ベルに帰った。そしてダカールを何とか守りきった彼等はミスマル司令達と今後のことに関して話に入った。
「ネオ=ジオンはカルタゴに向けて撤退している」
「カルタゴにですか」
 グローバルがそれに問う。
「ギリシア方面に進出して来たティターンズ及びドレイク軍との衝突を避けたらしい。そこで戦力を回復するつもりのようだ」
「さしあたってはダカールの危機は去ったということですな」
「だがまた問題が出て来た」
「キリマンジャロですな」
「知っていたか。デビルガンダムが出現した」
 ミスマルの顔が曇った。
「そして周囲を占拠してしまっているらしい。早急に何とかしなければならないが」
「では我々が行きましょう」
「頼めるか」
「はい。その為の我々ですから」
 グローバルは迷うことなくこう答えた。
「喜んで行きましょう。どのみちデビルガンダムを放っておくわけにはいきません」
「うむ」
「補給路整い次第向かいます。その際ダカールのことはお任せしても宜しいでしょうか」
「こちらは安心してくれ。ネオ=ジオンの脅威は去ったしな」
「はい」
「そしてそちらには私からプレゼントがある」
「プレゼント」
「ジャブローから届いたのだ。あれが」
「ナデシコの新型艦ですか」
「それとエステバリスの新型機だ。今度のは重力波ビームの影響に関係なく行動をとれる」
「ほう」
「一機だけだがな。大きな戦力になる筈だ」
「それではそれを受け取らせて頂いてから」
「頼むぞ。援軍を送れないのが申し訳ないが」
「何、それは構いません」
 グローバルはそれは気にはしなかった。
「台所事情は何処も同じですから」
「そうか、済まないな」
「それではそれで。ミスマル中佐には御会いになられますか」
「そうしたいのはやまやまだが今は忙しいのだろう」
「はい。補給や戦争処理に忙殺されています」
「ならばよい。今は大切な時期だしな、会うと支障が出る」
「それでは」
「また何かあったら連絡してくれ。それでは」
「はい」
 これからの方針が決定した。ロンド=ベルはキリマンジャロにいるデビルガンダムの征伐に向かうこととなった。そしてナデシコの新型艦の受け渡しも行われた。ナデシコのクルー及びパイロット達は直ちに乗り換えに取り掛かった。
「うっわあ〜〜〜ピッカピカァ」
 ユリカは艦内を見てまず喜びの声をあげた。
「こんな綺麗な船に乗れるなんて。幸せぇ」
 そう言いながらアキトに擦り寄る。
「アキトと一緒だし。何か夢みたい」
「あの、ユリカ」
 だがアキトはそれに戸惑っていた。
「周りの目があるしさ」
「そんなの気にしないからいいわよ。私はアキトがいたらそれでいいのよ」
「さっきと言葉が微妙に矛盾してます」
「あら、そうかしら」
 ルリのいつもの突っ込みにも動じない。
「まあそんなことは置いといて」
「いいんですね」
「いいのよ。だってアキトが一緒なんだから」
 そう言いながらベタベタとアキトにまとわりつく。
「ねえ、アキトだってそうでしょう?」
「そ、それは」
 だがアキトはそれに対して赤面したままである。何も言えない。そんな彼にメグミとハルカが助け舟を出してきた。
「艦長」
「はい」
「艦橋に行きませんか。ピカピカのブリッジを見に行きましょう」
「ピカピカの」
「操縦桿もピカピカかも。きっと綺麗ですよ」
「うん、見たい」
 ユリカの興味はどちらに流れた。これでアキトは救われた。
「それじゃあ行きましょうよ、ねえ」
「はい」
「それじゃあ」
「うん。やっぱり最初に艦橋に行くのは艦長の務めよね」
「そうそう」
 そう言いながら三人で艦橋に向かった。こうしてアキトは何とか解放されたのであった。
「ふう」
「いつものことですけれど大変ですね」
「まあ慣れてきたかな・・・・・・ってルリじゃないのか」
「はい、私です」
 見ればツグミであった。彼女はにこやかに笑ってそこにいた。
「今アルテリオンとベガリオンもこっちに入っています。また宜しくお願いしますね」
「うん、こちらこそ」
 アキトはにこやかに笑って挨拶を返す。
「そういえばこうして話したことはなかったね」
「いつもアイビスと一緒ですからね、私は」
「そのアイビスさんは?姿が見えないけれど」
「イルイちゃんのことでブライト艦長のところに行っています。スレイも一緒です」
「そうだったのか」
「また新しい仲間なんですね」
「それはスレイのことかい?」
 アキトはルリの言葉に声をかけた。
「はい。けれどスレイさんだけではないです」
 ルリはそれに対して静かにそう返した。
「イルイちゃんという女の子もです。ロンド=ベルにいたら皆さん仲間でしたね」
「ああ、ここの考えではそうらしいね」
「では歓迎しましょう。仲間です」
「うん」
「そして新しいマシンも来ていますよ」
 ツグミはここで話題を変えてきた。
「エステバリスの新型機が」
「あれだね」
 アキトはそれに応えて格納庫の端にあるマシンを指差した。それは漆黒のマシンであった。
「ブラックサレナ、黒い百合だったかな」
「はい」
 ツグミがアキトの言葉に頷く。
「重力波ビームの影響を一切受けないで戦えるらしいですよ」
「重力波ビームの」
 それを聞いてアキトの顔色が変わった。
「そして機動力も今までのエステバリスとは比較にならないそうです。凄い性能らしいですよ」
「誰が乗るのかな、これに」
「何を言っているんだ、アキト君」
 ここで後ろから男の声がした。
「その声は」
「これは君が乗ることを念頭に入れて開発したんだよ。君以外に誰が乗るっていうんだ」
「貴方は」
 ツグミはそれを聞いて後ろを振り向いた。するとそこには少しキザな口髭を生やした愛想のよい顔の中年の男がそこにた。
「プロスペクターさん」
「久し振りだね」
 彼はルリに名を呼ばれて挨拶を返した。
「ネルガルからね。ちょっと出向してきたよ」
「ナデシコを送り届ける為にですね」
「うん。それとこのブラックサレナをね。ここに着いたらいきなり戦闘に巻き込まれたからね。大変だったよ」
 彼は笑いながらそう返した。
「けれどその介があったね。君達にこれを届けられたんだから」
「その一つがブラックサレナですか」
「ああ、その通りだ」
 彼はにこやかに笑って言葉を返した。
「これさえあればあの北辰衆にも引けはとらないだろう」
「北辰衆にも」
 それを聞いてまた顔色が変わる。
「勝てるかな」
「勝てるじゃないよ、アキト君」
 プロスペクターはそんな彼に笑いながら言う。
「勝つんだよ。絶対にね」
「わかりました。それじゃあ」
「次はデビルガンダムらしいから気をつけてね」
「はい」
「マスターガンダムにも匹敵する機動性だけれど。あれはそれだけじゃないからね」
「確かに」
「まあ彼はドモン君達に任せよう。君は」
「北辰衆を」
「頼んだよ」
「わかりました」
 アキトも次の戦いに対して意を決した。戦いは果てしなく続く。
 それはロンド=ベルだけではなかった。カルタゴに向けて兵を退けるネオ=ジオンもまた同じであった。
「ギリシア軍に異変がか」
「はい」
 ハマーンはグワダンの艦橋において情報部からの話を聞いていた。そしてそれに顔を向けていた。
「どうなっているのだ」
「どうやら強力な指導者を得た様です。彼等はそれに心酔しているとのことです」
「強力な指導者だと」
「はい。ジェリル=クチビです」
 情報部の男はその指導者の名を告げた。
「ジェリル=クチビ」
「ドレイク軍の聖戦士の一人です。今はティターンズと協力関係にありますが」
「その聖戦士が何故ギリシア軍を掌握したのだ?」
「詳しいことはわかりませんが。ですが今ギリシア軍が彼女の下にあるのは確かです」
「連邦軍を裏切ってか」
「そうです。その結果ギリシアは自動的にティターンズ及びドレイク軍の勢力圏となりました。彼等はこれを機にバルカン半島に積極的に進出しているとのことです」
「バルカン・・・・・・火薬庫にか」
「はい」
 十九世紀、いやそれ以前からバルカン半島は火種の絶えない地域であった。ローマ帝国が征服したのを皮切りとしてビザンツ帝国やオスマン=トルコといった大国がここを勢力圏としてきた。その際複雑に入り組んだ民族を利用して互いに争わせるといった統治もあった。またトランシルバニアのドラキュラ公の様に苛烈な人物も多く、血の匂いが絶えることもなかった。そしてオスマン=トルコが衰えるとここにロシアとオーストリアがやって来た。汎ゲルマン主義を唱えるオーストリアと汎スラブ主義を唱えるロシアはそれぞれ民族感情を煽った。結果として第一次世界大戦が起こったことは歴史においてあまりにも有名である。その結果欧州の衰退が始まったと言っても過言ではない。民族主義は欧州という巨大な文明をも衰退に導いたのであった。
 だが戦乱はそれで終わりではなかった。第二次世界大戦になるとナチス=ドイツが来た。彼等もまた民族主義を煽り狡猾な統治に乗り出した。だがそれは一人の男によって阻まれた。
 その男の名はチトー。『君はあれを』という命令から取られた仇名を持つこの男はその卓越した組織力と統率力によりナチスに反旗を翻したのであった。その巧みなパルチザン戦術によりナチスは終始翻弄された。彼は本物であった。白頭山に篭り白馬に乗って戦ったと自称する強盗とは全く違っていた。彼は真の意味での英雄であった。
 第二次世界大戦が終わると彼はユーゴスラビアの大統領となった。そして強大なソ連に対して敢然と反旗を翻し国を保った。ユーゴスラビアは彼の指導の下国家として歩んでいた。だがこの国はあくまでチトーによってのみ支えられたいた。二つの文字、三つの宗教、四つの言語、五つの共和国、六つの民族、七つの国家、八つの国境・・・・・・。それが全て一人のチトーによって支えられていたのだ。一人の英雄によって。
 チトーが死ねばどうなるか、もうわかっていた。そしてチトーが死に剥き出しの民族感情が露わになった。その結果また多くの血が流れた。それに周辺国家、そして大国が介入した。これがバルカン半島の歴史であった。ハマーンもそれを知っていたのだ。
「厄介なことになるな」
「はい。既にドレイク軍の一部隊が駐留をはじめております」
「一部隊が」
「ドレイク軍の中にも色々とあるようでして」
 情報部の男は話を続ける。
「ドレイク=ルフトとクの国の国王であるビショット=ハッタ、そしてかって地上にいたショット=ウェポンの三人に分かれているようなのです」
「派閥争いというわけか」
「言い換えると権力闘争になります。そしてティターンズとも水面下では何かと鍔迫り合いがあるようです」
「当然だな。所詮は同床異夢は」
 ハマーンは一言で済ませた。
「ティターンズとてジュピトリアンやクロスボーン=バンガードを抱えている。決して一枚岩ではない」
「はい」
「我等とて同じだがな。火星の後継者達と組んでいる」
「ですな。結局は同じかと」
「だがそれもまた政治だ。利害の為ならば誰とでも手を組むのがな」
 ハマーンはまたしても言い捨てた。
「何処も同じだ。そうした意味ではな」
「はい」
「だがティターンズとドレイク軍のそれは覚えておこう。何かに使える」
「調略ですか」
「考えてはいる。特にシロッコだ」
「かってジュピトリアン、そしてバルマーにいたあの男ですか」
「そうだ。何かに使えるかも知れん。引き続き彼等への情報収集を続けてくれ」
「わかりました。それでは」
「うむ、頼む」
 こうしてティターンズ及びネオ=ジオンへの話は終わった。だが話はそれで終わりではなかった。ハマーンは今度は参謀達に顔を向けた。
「ミネバ様はどうされているか」
 彼女は問うた。
「はっ、既にダカールを離れられこちらに向かっておられます」
「御無事なのだな」
「オウギュスト=ギダンも一緒です。心配はありません」
「そうか。ならいい」
 ハマーンはそれを聞いてまずは安心した。だが言葉は続けた。
「オウギュストに伝えよ。マシュマーの部隊と合流せよとな」
「マシュマーの部隊と」
「そうだ。そしてミネバ様をマシュマーに任せて自身はグレミーの部隊に入るように言え。よいな」
「グレミーの部隊に」
 参謀達はそれを聞いて眉を顰めさせた。
「何故その様な複雑な動きを」
「グレミーには気をつけよ」
 ハマーンは彼等に対してこう言った。
「あの男、何を考えているかわからぬ。それに野心も感じる」
「野心も」
「そうだ。だからこそだ。そしてオウギュストに伝えよ」
 彼女は言葉を続ける。
「若しグレミーに不穏な動きが見られたならば」
「見られたならば」
「消せ。よいな」
「・・・・・・はい」
 参謀達はハマーンのその冷徹な言葉に戦慄すら覚えた。だが何とか平静を保ちそれに頷いた。
「わかりました。それでは」
「ミネバ様が戻られたならば私が迎えに行こう」
 今度はミネバに関して言った。
「ミネバ様には申し訳ないことをした。謝らねばならん」
「ですが」
「ミネバ様に何かある危険もあった。それを承知で作戦を立てたのだ。その罪は私にある」
 ハマーンは毅然として言った。
「御許しになられずともな。謝罪はしなければならぬのだ」
「左様ですか」
「よいな。ではそれまではここで待機」
「はっ」
「破損した艦艇及びモビルスーツの修理に務めよ。戦いはまた行われるぞ」
「わかりました」
「それまでは力を蓄えよ。そしてまた動くぞ」
「了解」
 ネオ=ジオンもまた次の動きに備えていた。戦いは終わったがそれは完全な終わりではなかった。次の戦いへの単なる息抜きに過ぎなかったのであった。


第六十三話   完

  
                                       2005・12・27