気がつけば、そこは夜。
林の向こうに、人。
そこにあるは、自ら。
―――秋葉、そろそろ帰ろう。
――――そうですね、兄さん。
―――最近はアルクェイドも先輩も遊びに来ないし。
――――ずいぶんと、平穏ですよね。今までと比べて。
穏和そうな男と。
流麗な黒髪を持つ令嬢が。
流れるように、去っていく。
その光景を見据えながら、俺は自問する。
―――俺は、誰だ?
自答するまでもなし。
―――俺は、「七夜」。
七つの夜と魔を引き裂き、以って朝を迎える一族最後の一人。
―――志貴だ。
なれば、あの男はなんだろう?
アレは、まさしく俺。
長らく、俺を押さえ込んでいた、脆弱だが強靭な男だ。
俺は、長く永く、憎むべき敵の手によってまどろみのなかにあった。
衝動という形で、また悪夢という形でアレを苛むだけの存在。
しかし、気付けば、俺は肉を持って地を踏みしめていた。
身にまとうものは、朱の装束。
胸に刻まれしは、消えぬ傷跡。
まるで粗悪な模造品のようだ・・・
そう、思った。
これは夢なのか。
それとも・・・
―――まぁ、そんなことは然したる問題ではない。
眠っていた俺が、肉体を取り戻したのは、疑う余地のないこと。
―――さて。
まずは、偽者か、本物かわからぬが、わが分身の手の届かぬところへ行こう。
もとより、俺は殺人貴。
愛する人、愛する義妹、愛すべきわが分身、愛すべきわが町。
この場に留まることは、一瞬たりとも許されぬこと。
我は七夜。
いつの間にか、懐に収められていた「七つ夜」を確かめて。
そして、木々を縫って高く飛ぶ。
ああ、世界には死が満ちている。
全ての物に縦横に走る線と点は、この身がアレと同じものであることを示している
―――さぁ。
俺の物語を始めよう。
「不死眼、死眼」
序章 了
あとがき
勢い。
それは留められぬ物。
遠野志貴の精神から分かたれ、新たな肉を持った七夜志貴。
彼の者の物語が始まる。
――――切腹。
いうまでもなく、この物語は月姫を基盤と為す。
しかし、恐らくは、空の境界、そして我が相棒の作「鍵爪」との横断作となろう・・・
もとよりこの作は気まぐれなれど、もしも更なる我が気まぐれがなれば、TYPE-MOON最新作たる、Fate/stay
nightに巣まう人々が訪なうかもしれぬ。
暫し、このまどろみのなかでお楽しみあれ・・・
了
設定
七夜志貴
遠野志貴の分身・・・三咲町の歪みが生み出した、志貴のドッペルゲンガーともいえる存在。遠野志貴と同じ記憶を持ち、8年以上遠野槙久の暗示によって志貴の意識下に封じられた、七夜としての志貴の具現。遠野志貴の直死の魔眼と七夜としての驚異的な運動能力を持つ、殺人貴に匹敵する殺人者。
簡単に言うと、月姫本編の所々に貌を出していた「8年前の遠野志貴=七夜志貴」。
もちろん、なぜ彼が生まれたのか・・・が、この物語の眼目ではある。
消え逝くべき存在。