その女性は、大きな箱を引いていた。
その箱は、とても大きい、それでいて、非道く伽藍とした雰囲気を持つ。
―――その女性のように。
その女性は、散らけた店を見回して、少しあきれる。
――――なによ、これ。ずいぶんと散らかってるじゃない。
ずり落ちかけた眼鏡を人差し指で、クイ、と戻して彼女は・・・
少し場を見回す。
朱いコートに、紅い服。
赤がとてもよく似合う、黒髪の女子。
―――へぇ、魔術師。
心の内でつぶやく。
どこか、自分の弟子に似てるな、と思う。
あの勝気そうな瞳など、まるで瓜二つ・・・
だが、当然といえば当然。
きっとこの子が見ているものは、自分の弟子とはずっと違うものだ。
そして、次は、血塗られた金色を持つ男を見つめる。
―――なるほど、死徒。
死を超越したと見せかける、吸血種の一角。
それも、(聖堂教会の手によって)祖に列せられてもおかしくないほどの力を持つ。
どうして、そんなものがいるかはわからないが、少なくとも騒ぎの元凶ではないらしい。
黒ずんだ茶のジャンバーがよく似合っている。
まるで、直りかけの瘡蓋のように。
金色の剣を消して、男は彼女を見据える。
最後に、彼女は・・・朱い和服の青年を見つめた。
―――正直、どんな感想を抱いていいやら、わからなかった。
ひどく・・・・
酷く、非道く。
彼は、女性の知る”彼女”に似ていたから。
服装が似てるとか、雰囲気が似てるとか、そういうものじゃない。
“それ”は、酷く虚ろで、非道く違う世界を見つめる。
死に自我するもの。
存在の欠落。
死、そのもの。
とてもよく似ていた。
会ったばかりの“彼女”に。
そうして、女性はその眼鏡に手をかけて、外す。
それから、口を開いた。
「君らは、何者だ?」
さて。
今宵の物語を記そう。
「不死眼、死眼」
2/X/T 『伽藍の堂』T
/七夜志貴・W
「君らは、何者だ?」
‘先生’にどこか似た女性は、口端に皮肉気な笑みを浮かべてそういった。
―――むう。
さて、そう問われて困るのは、俺だけじゃぁないだろうか。
晶は身元がしっかりしているし、後ろの魔術師と吸血鬼は・・・
まぁ、一応身分はあるだろう。
しかし、俺は名前しかない。
いや、晶に言ったように、遠野志貴と強弁すれば―――
だが残念なことに、俺には世間一般’以外’のヒトノカタチをしたものたちに偽る理由も意味もない。
だが、それには・・・
一般人である、晶が邪魔だった。
「―――晶ちゃん、ゴメンね。」
ス、と音を立てずに晶に近づく。
さて、晶は状況が理解できずにいる貌を俺に向けた。
「―――志貴、さん?」
「ゴメンよ、残念だけど、俺は遠野志貴じゃないんだ。」
「え―――」
彼女は、呆けた返事を返したが。
きっと、頭の中で今の状況を反芻しているだろうな。
なぜなら、この状況。
‘偽者’の遠野志貴に未来視の内容を話して、惨憺たる思いをした。
そういう過去を持つ彼女は、この状況を容易に・・・一年前の状況と重ねてしまうはずだ。
しかし、実際には全く違う状況である。
俺は、彼女の頸に手刀を落とす。
殺せる力ではないが、気絶は間違いなくする。
そういう力で落とした手刀に、晶は「はぅっ?」と言って気絶した。
そうして、メガネをとうに外している女性に、語りかける。
後ろで、吸血鬼と魔術師は驚愕の貌を見せていたが無視する。
「――― 一般人に、裏の話を聞かせるわけにもいくまい。俺の名は・・・志貴。それだけ、覚えてくれていればいい。」
俺の希薄なる存在を何処かに残すように、俺はそう言った。
また運命が動いたことを感じる。
少しずつ流転するこの運命を、甘受しながら俺は言った。
「あんたこそ、何者だ?」
続けて、俺が言おうとした台詞を吸血鬼が代弁する。
「―――魔術師が二人も・・・か、異常だな。」
そう、俺の中にある遠野志貴の記憶の中で・・・
“巨人の名を冠する錬金術師”は言っていた。
―――魔術師にはテリトリーがあり、領内で出会えば戦いがいつ始まってもおかしくない、ということをだ。
そして、目の前の彼女は間違いなくそれだった。
「―――そうね。確かに、私の土地から少しここは離れているけれども。」
遠坂と名乗った魔術師は、いまだ宝石を手から離さずにいる。
「安心しろ。私はモグリの魔術師だからな。」
その言葉に、遠坂は絶句する。
まぁ、当然だろうな。
―――自分の餌場の近くに潜んでいた野獣に気づかないライオンのようなものだ。
俺は、心中笑みを堪えつつ、その話を聞いた。
―――と、突然彼女はニコリ、と笑んだ。
その笑みを変えずに、彼女は俺に近づいてくる。
一瞬身構えるが、しかし彼女に殺気がないのに気づき、構えを解く。
彼女は俺の眼をジィッと見詰めながら興味深そうにうなづいていた。
「―――ふふ、君は普通の人には見えないものが見える。そうだろう?」
―――。
俺は答えない。
だが、彼女はこの沈黙を肯定ととったようだ。
「君は、存在の死を見ることができるはずだ。それも、相当完璧な形で。」
――――。
また、俺は答えない。
後ろの二人が、先ほどより深い驚愕を浮かべている・・・いや、吸血鬼は・・・
むしろ、納得したような貌を浮かべていた。
「―――なるほど、よくよく私は”直死”と縁があると見える。」
女はそう言って、微笑を濃くする。
「それにしても、名前までアレと同じ読みとはな。まったく、どうかしてる。ハハ。」
「―――なに?」
「いや、なに。君と同じ力を持つ人間が、知り合いにいるのさ。」
―――ほう。
素直に驚く。
こんな・・・忌まわしい力を持つ人間が他にいるとはな。
もし、この眼さえなければ・・・
この眼を持つことになる、あの忌まわしい夏の日がなければ。
きっと、分身は・・・志貴は・・いや、俺はもっと違う人生を歩めていたはずだ。
あの、幼い日のままに。
友とした、義兄と義妹。
彼らと共に・・・
「・・・苦労したんだろうな、そいつは。」
何を考えたか、吸血鬼が唐突にそう言った。
そして、魔術師も。
「―――そうかしら?望まない力だって、使いようでいくらでも変わるわ・・・少なくとも、心でね。」
魔術師の言葉に、吸血鬼は深い溜息を吐き・・・そうして続けて言った。
「心・・・それは持って奴次第ってぇことか・・・」
「―――なるほど。」
そうして、吸血鬼は魔術師に背を向けると、床に落ちていた己がのものであろうジュラルミンケースを拾い上げる。
「ちょい、タイム。」
その声と共に、ゴトリ、と重い音がした。
魔術師の方は何かまだあるのかと、奇妙な行動を取り始めた吸血鬼をじとっ、とした目つきで見ている。
「何・・・?」
バックから吸血鬼は、赤く四角い袋を取り出す。
義妹が使っていたものににていた。
形状が違うが・・・しかし、間違いなく輸血パックだろう。
「心、ねぇ。場合によっては正しいか。」
チュウ、と音を立てて中身の・・・赤い朱い液体をすする。
それには・・・人が吸うためにでもか、ストローらしきものがついていた。
「―――なるほどね、あなたは死徒だったの。」
「驚かないのか?」
「―――遠い、遠い知り合いが、そうなのよ。あまり気にすることじゃないわ。」
「そうか・・・」
吸血鬼は興味なさそうにそういうと、また袋の中の液体を啜る。
「まぁ・・・そんなことはどうでもいいんだ。直死が二人だと?何の冗談だ。」
吸血鬼は急に口調を変えて、女性に対して言った。
「俺が聞いた話とずいぶん違う。どういうことなんだ、あんた。」
そう、空になった輸血パックの先を突きつけて問う。
「ふん、ずいぶんと単刀直入に聞くもんだ。まぁ、いいけれどもね。答えてあげよう。」
そう言って、女性は散らかっている床から適当な椅子を選んで座った。
シュボ。
高そうなライターに火が灯り、それが少し閃くと煙草が紫煙を吐き出した。
その煙を吸い口から深く深く吸い込んで、彼女は話を始めた。
「―――もう、3年も前になるか。式と出会ったのは。」
そうして、暫し。
彼女の回想を聞く。
―――長い昏睡から目覚めた少女。
両儀式。
俺と同じ、退魔四家系の一、「両儀」の跡取り。
彼女が歩んだ数奇な道行の話を・・・
両儀の術によって、等価な二つの人格を持った少女。
元来持っていた殺人衝動から、親友を殺そうとした挙句の、交通事故。
親友であり分身である、もうひとつの人格「両儀識」の死。
長い昏睡から目覚め、その後遺症として生まれた、物の死を視る眼。
ナイフだけであらゆる物を“殺す”事ができる力は、式を昏い世界へと誘っていった。
二年前の殺人鬼。
浮遊する幽霊の群れ。
物を視るだけで歪曲させる少女。
人の死を蒐集する螺旋建築。
言葉ひとつで全てを操る男。
そうして、二年前の殺人鬼との真の決着。
「死に逃避して自我する起源覚醒者」は、確たる自我と伴侶を得て、今は旅の空にあると言う。
―――なるほど、確かに似ている。
俺の分身と。
ただ、俺たちと違うのは。
死に瀕する傷で、彼女は分身を失い、そして俺は分身を得て眠りについたということ。
「―――なるほど、そういうことか。」
「驚いた。どうも話が見えない、と思っていたらバロールの魔眼を持っていたなんて。」
吸血鬼と魔術師の言葉を最後に、彼女の話は終わった。
「―――つまり、俺と同じ・・・いや、より純粋なものを持っている女を知っていた、からか。この眼を見抜いたのは。」
「ああ。見ろ、この切り口を。こんな切り口を作れるのは、直死以外ありえない。」
なるほど、そこには先ほどの戦いで俺が刻んだ机の残骸。
その切り口を俺に突きつける。
「ほら、まるで最初からつながってなかったみたいだろう?これが”つながっている”と言う”意味”が殺されたような。」
―――鋭利な鋭利な切り口。
それができるのは、俺と分身と―――
後は、彼女の話が正しければ、その式とか言う女性・・・
たいしたものだ。
それだけで、俺の正体を見抜けたなら。
「それだけじゃないがね。何より、雰囲気がそっくりだ。」
「そんなに、似ているか?」
「ああ。」
そう言って、彼女は何本目かの煙草を燻らす。
「俺の疑問には答えてもらってないな。なぜ、直死が二人もこの世にいる?」
「さてね。そんなのは私の専門外だ。そこのお嬢ちゃんにでも聞いてみたらどうだい?」
「そんなこと、知るわけないわよ。それこそ私にも専門外。」
吸血鬼の質問に、女性も魔術師もにべもなく言い放った。
「―――ああ、聞き忘れていた。君たち、名前は?」
彼女は心底楽しそうに、微笑った。
「人に名を問うなら、そちらが名乗るのが先じゃないか?」
「ああ、そういえばそんな決まりもこの世にはあったな。まぁいい。私の名前は・・・」
紡がれるその名は。
「蒼崎。」
ああ、懐かしい。
「橙子だ。」
―――やっぱり、その名は・・・
ふと思い出す。
先生が、志貴に姉の話をしたことを。
切欠は・・・多分、義妹の話をしたことだったかな。
「―――私は、君たちに興味ができた。私の工房まで案内しよう。よろしくな。」
そうして、ゴトンゴトンとまるで列車が動き出すときのように。
運命の車輪が回り始めたのを感じた・・・
続く。
あとがき
―――戦闘がないと、短くなってしまいますね。
てか、書きあぐねてました。
御免なさい。
では、また。
シュワッチュ!!