まるで、その情景を、雪のようだと私は思った。

―――そう、山に降り積もる雪。

いつか、ミスミ様やみんなと行った、あの山の頂上を思い出す。

伸びる影。

仄暗く蒼ざめた影絵のような町に、それは、この世界にあってはならない異形。

―――でも、なんて美しいんだろう。

降り積もる雪の如き。

吹き付ける吹雪のように。

その少女は、そんな在り方をしていた。

山のような巨人は、その少女が降り積もる・・・

まさに山の如く。

「バーサーカー・・・」

そう、遠坂さんは言った。

七騎のサーヴァントの一角をなす、狂戦士。

追求するまでもなく、それは明らかにそうだったがゆえに。

なんて濃い死の匂い。

それは、少女からも、その巨人からも漂ってくる。

かつて私と仲間たちが戦った、無色の派閥の長・・・オルドレイクが持っていたそれとも、比べ物にならない殺気。

「こんばんは、お兄ちゃん。こうして会うのは二度目だね。」

少女は、士郎君に対してそう言った。

私がここに来る前に、会ってでもいたのだろうか。

なんて、無邪気な笑顔だろう。

ああ、まるで・・・

昔の、テコと戯れているときのウィル君のようだ。

でも、やっぱり死の匂いは薄れなくて。

この身が、すでに人外・・・サーヴァントとなっていなければ、それだけで屈してしまいかねない、圧倒的な存在感を放つ巨人を従え、少女はなお微笑んでいた。

少しでも動けば、士郎君と遠坂さんは、死ぬ。

それが当然のことのように理解できた。

きっと、士郎君もそう思っているのだろう。

麻痺した頭で何かを考えているのだろう。

「―――やば。あいつ、桁違いだ。」

遠坂さんはそういって・・・

その背中には、死ぬほどの絶望があった。

私は・・・

少女が口を開く。

「あれ?なんで、同じクラスのサーヴァントが二人いるの?おっかしいなぁ・・・」

少女は、不思議そうにそう言って私たちを見下ろす。

―――そうして、少女はスカートのすそを少し持ち上げて、この凍った場面ですごく填まる、優雅なお辞儀をした。

「まぁ、いいや・・・はじめまして、リン。私はイリヤ。イリヤスフィール=フォン=アインツベルンって言えばわかるでしょ?」

「―――アインツベルン・・・」

覚えがあるのかしら、遠坂さんはわずかに身動ぎした。

私は、その様子を見ながら、腰の短剣・・・「千斬疾風吼者の剣」を引き抜く。

遠坂さんの様子を気に入ったのか・・・嬉しそうな笑みをこぼした少女は、巨人に命令を下す。

「―――じゃあ殺すね?やっちゃえ、バーサーカー。」

なんていった瞬間、無造作に巨人が飛ぶ。

それが、戦いの始まりを告げる合図だった―――


Fate/Summon night
第二話「いきなり十二の試練 〜God Hand!〜」


/アティ・T

瞬時に、大分ある距離を一息で落下してくる巨人を見上げながら、セイバーちゃんは言った。

「シロウ、下がって・・・!」

雨合羽を脱ぎ捨て、セイバーちゃんはその不可視の剣を手にする。

そうして、私とセイバーちゃんはバーサーカーの落下地点まで、一足で駆け抜ける。

もちろん、セイバーちゃんのほうが早い。

でも、正直サーヴァントになることで、こんなに足が速くなるとは思わなかった。

とにかく、その能力は活用させてもらおう。

それに・・・境界線クリプスとのつながりは紛れもなく感じる。

これならば、リィンバウムでは使うこともできなかった術さえ、たやすく使うことができるだろう。

旋風を伴って着陸する巨人は、セイバーちゃんにその岩の斧剣を叩きつける。

不可視の剣で、それを受け止め、続いて打ち出される旋風じみた斧剣の一撃をさらに受けようとする。

―――危ない。

そう思ったときには、召還の理は完成していた。

打ち砕け光将の剣シャインセイバー!!」

光り輝く五本の剣は、一直線に巨人の斧剣を目指し・・・

ガキィィィィン!

そして弾かれた。

「くっ・・・」

セイバーちゃんは、その隙に体勢を立て直したのか、剣を構えなおす。

続けて、私は追い討ちの召還術を・・・使う。

鬼神斬鬼神将ゴウセツ!!」

その巨人に負けない巨躯の鬼が現れ・・・そして、その刀を抜刀する。

瞬間、完璧にその斧剣は弾かれ・・・

そして、セイバーちゃんが踏み込む。

「オォォォッ!!」

だが、その間も空しく、巨人はまさに怒涛の如き連撃を放つ。

ガキンガツンガガンガコン!!

電柱がたたき折られる。

道の舗装が剥ぎ取られる。

―――それは技巧など微塵もない、ただ振るうだけの猛悪な剣。

それでも、この巨人の力ならば、まさしく。

セイバーちゃんが疾風なら、巨人は暴風。

荒れ狂い、セイバーちゃんを押していく。

「―――逃げろ。」

士郎君が呟いたのが、聞こえた。

でも、逃げるわけには行かない。

なぜなら、私は先生で。

この目に映る、出来るだけ多くのものを守るために在るのだから。

その時、防ぎきれぬレベルの一撃が、セイバーちゃんに向けて繰り出される。

ゴォォッォッ!!

「―――黒炎陣符狐火の巫女!!」

ガァッ!!

その言葉に現れた、狐火の巫女が放った黒い炎の符はその一撃をかろうじてそらす。

だが、それでも完全にはよけられなくて、斧剣が掠ったセイバーちゃんは吹っ飛ばされた。

ドォゥッ!

何とか防ぎきったが・・・

次は、ない、と思った。

あの剣を今呼ぶことは出来ない。

幾ら、境界線とつながっているからといえど、無理にそんなことをすれば・・・

きっと、不完全な誓約しかしていない士郎君のほうに致命的な負担がかかる。

それは避けたかった。

ならば・・・

今使える、最大の術を使うのみ。

「セイバーちゃん、十五秒持たせてください!宝具クラスの術を使います!!」

私は叫んだ。

宝具。

―――ノウブル・ファンタズムと呼ばれる、人の思いの結晶。

でも、不完全なサーヴァントの私の、もともと宝具なんて呼ばれてなかった術で、この巨人を倒せるのだろうか?

―――そんなことは関係ない。

そう、この身は守るべきものを救い取るための剣。

救いの剣。

SAVERなのだから。

セイバーちゃんは「わかりました!」と息するのも辛い、といった感じで叫んだ。

ならば、唱えよう。

その真名エルゴを!

「・・・我が声を聞け、異界の者よ・・・猛き霊界の竜王よ。誓約に従い、我が敵を打ち滅ぼせ・・・!」

手にした紫青の石が光を放つ。

紫は霊気。

霊界サプレスの力を呼び出す。

抜剣者セイバーの名において命ず!我が召還に答えよ、断罪の無限牢聖鎧竜スヴェルグ!!」

その瞬間。

世界が閉じる。

―――異界の竜王は、その姿を現して。

「離れてください、セイバーちゃん!!」

私が叫ぶと同時に、セイバーちゃんは一足飛びに巨人の元を離れる。

そして、それを追う間もなく・・・

巨人は術中に嵌った!

空間を裂いて現れた、天使の輪を持つ巨大な竜は、その手をまるで包み込むかのように握る。

すると、巨人の動きがピタリと止まり、そして周りの舗装や地面ごと・・・

圧縮が始まる。

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・

空間を圧縮し、その中にある物体を拉げるように壊してしまう。

それが、この召還術の正体。

そうして竜王は、バーサーカーのその巨体を、ただの鉛色の肉塊と化して・・・

ドゴン!!

そうして、消えていった。

「―――やった・・・?」

10秒位して私がそう思ったとき。

異変は起こった。

その肉塊は・・・再生を始めたのだ。

「―――馬鹿なっ?!」

セイバーちゃんはそう叫んだ。

―――しかし、目の前で起こっていることを、信じないわけには行かない。

「どんな蘇生術を・・・?」

私が、呟いたとき、坂の上の少女はキョトンとして言った。

「嘘。バーサーカーを3回も殺すなんて。」

その言葉は、とても意外で。

でも、きっとこの程度じゃこの怪物は死なない、ということを認識して。

私は、ちょっとだけ敗北を認識した。

「驚いたわ・・・私のバーサーカー・・・ギリシャ神話最大の英雄を三度も殺すなんて。」

少女は、心底驚いた風でそんなことを言った。

―――正直、ギリシャなんていわれても、私にはわからない。

遠坂さんが、口を開いた。

「ギリシャ最大の英雄・・・ですって?!」

「そうよ、そこにいるのはヘラクレスっていう魔物。あなたたち程度が使役できる英雄とは格が違う、最凶の怪物なんだから・・・」

少女は不敵な笑みを浮かべてそう言った。

「あはは、残念だったね、使い魔。同じぐらいの攻撃、後三回出来る?それと、同じ攻撃は二度と通じないからね。」

それは、敵を殺す快楽に染まった愉悦の貌。

セイバーちゃんも、私ももうだめ。

セイバーちゃんはともかく・・・今の私の魔力はすっからかんだ。

下手にこれ以上術を使えば、現界出来なくなってしまうかもしれない。

「―――まさか。そいつの宝具は・・・」

遠坂さんが、掠れた声で言う。

「そう、この怪物の宝具は「十二の試練ゴッドハンド」。かつてこいつが乗り越えた試練のおかげで、不死身になった・・・って言うことよ。こいつを殺すには、後9回殺さなきゃだめなんだ。」

正直気が乗らない。

私は、あの子を・・・士郎君を本格的に闘いに巻き込むつもりがなかった。

だから、誓約の儀式もまだ行っていなかった。

おそらく。

誓約の儀式を行えば、あの剣を使うことは可能だろう。

そうすれば、後三回。

多分、聖鎧竜スヴェルグに匹敵する術を使える。

そうすれば、私は・・・この怪物を倒すことが出来る。

この少女は無邪気だ。

善悪の判断のつかない子供だ。

あの人・・・力を求めて、力に振り回されて、死に場所だけ求めてたあの人を思い出す。

無邪気な悪意を持ったあの人も、子供のころはこんな感じだったんじゃないだろうか。

そんな風に思うと、なんとしてもこの怪物を倒して、この子を戦いから救ってあげたくなる。

なら、やるべきことはひとつ。

ひとつきり。

私は、懐から無色透明な鉱石をひとつ取り出す。

それは、サモナイト石。

誓約の儀式のために、どうしても必要なものだ。

それを・・・

「士郎君、これを!」

抛る。

「―――え?!」

「それに念じてください!私の名前を、あなたが望む、私の名前を!!」

「―――どういう?!」

ぐずぐずしないでくださいよ。

そうしている間にも、ヘラクレス・・・は7割がた再生を果たしている。

「いいから、魔力を込めて念じてください!」

「わ、わかった!・・・君の名前はアティ・・・」

士郎君が念じ始める。

―――境界線が、この世界の魔術師がレイラインと呼んでいるものが、より深く、より多く。

練られ、撚られ、繋がっていく。

それは、マスターである士郎君とも、この冬木という街とも。

「―――ここに、完全な誓約は成りました。私はアティです、よろしくお願いします。」

ゴウ、と魔力の渦が巻く。

静かに私は言う。

正直、気恥ずかしいが、それでも私は・・・

果てしなき青ウィスタリアスよ!!」

そうして、あの剣を・・・私の宝具というべき存在を、境界線のなかから引っ張り出す。

瞬間、私の体は別のものへと書き換わり・・・

私はその蒼き剣を手にした。


「―――もういいわ、バーサーカー。狂化しなさい。」

少女のその言葉に、セイバーちゃんや遠坂さんは驚愕の声を漏らしていたのだが、正直あんまり聞こえていなかった。

ただ、少女の貌を見据えて、こう言った。

「―――見ていてください。私は、あなたの戦いを終わらせます。」

その声を無視するかのように、狂戦士が雄叫びを上げる。

既に、ほぼ9割回復した狂戦士はその斧剣を振り上げた。

「■■■■■■■■■■■■――――!!!」

だが。

私はそれを無視して詠唱を始めた。

「―――機界の魔神よ。その雄叫びをここに。破滅の引き金ヴァルハラを引け!!」

瞬間、疾風の様に、朱い機神が現れ・・・収束レーザーを放つ。

それは寸分の狂いなく、巨人を破壊する。

しかし、すぐに回復して振り下ろす岩の斧剣を、蒼き剣で受け止める。

剣が砕ければ、私は死んだも同じ。

「■■■■■■■■■■■■――――!!!」

「くっ・・・!」

私は成るだけ力を分散させるように剣を払った。

「はぁぁぁぁっ!!」

その時、セイバーちゃんは、回復したのか・・・

疾風・・・いや神速で斬撃を展開する。

ガギッ!!

ギィィン!!

斬撃は弱っているその怪物の動きを止める。

「今です!!」

叱咤の声に、私は次の詠唱を始めた。

頭が割れそうだ。

体中がミシミシいっている。

境界線をつないだばかりで、こんな大技を連続使用なんて考えるからだ。

「■■■■■■■■■■■■――――!!!」

また吼えて、怪物はセイバーちゃんに切りかかる。

それを見ながら、二つ目の術が出来上がった。

「鬼妖界の護竜よ。その御力をいざや之へ。天の河を氾濫せしめよ。天河狂潤竜神オボロ!!」

セイバーちゃんが、一足飛びに天河の氾濫をよける。

「テァヤァァァァァッ!!」

そうして、大上段に不可視の剣を振り下ろした。

そうして、また呪を紡ぐ。

ありえない。

幾ら抜剣者だって、之は流石に度を過ぎている。

少しでもしくじれば、この巨人に殺される前に、死ぬ。

ガッ!!

「グゥッ?!なんて・・・っ!」

斧剣は、一瞬セイバーちゃんを吹っ飛ばした。

―――拙い―――!

斧剣が私を襲う瞬間、今まで沈黙を保ち続けていた遠坂さんが、呪を紡いだ。

「Vier Still Erschieβung!!」

それの威力は、大口径の拳銃と同じくらいだったのだろう。

まったく狂戦士には効いていない・・・というか、完全に無効。

だけど、それでも剣を振るうには十分な時間が与えられた。

ギィイン!!

火花を散らして、私の剣と巨人の斧剣はぶつかり合う。

そうしている間に、三つ目の術が完成した。

「幻獣界の王よ。猛き獣王よ。その鬣を靡かせ、その咆哮で敵を焼き尽くせ。月下咆哮牙王アイギス!!」

巨大な咆哮の主は、その突進で、狂戦士を打ち据える。

だが、まだ不足。

狂戦士の命は、まだ、後1つ残っている。

―――だから、まだ。

精神を引き絞る。

きっと、こいつはアレと同じくらい強い。

界の意思に反する者ディエルゴよりも。

あのときよりずっと強くなった私でも、セイバーちゃんと・・・士郎君、遠坂さん・・・仲間がいなければ、打倒するのは不可能。

だから、千切れそうになる意識を無理やりにでも覚醒させて、呪を紡ぐ。

呼ぶのはただひとつ。

真の力を発揮した、鬼の魔将!

真・鬼神斬鬼神将ゴウセツ!!!」

「■■■■■■■■■■■■――――!!!」

「ガァァァァァァァァァァァ――――!!!」

巨人の叫びに呼応してか、鬼神もまた吼えた。

斬!!

二撃。

いや、三撃。

鬼神の将が放つ斬撃は、抵抗も許さずバーサーカーの命をもぎ取っていく・・・

砕ける岩の剣。

紅き一閃は巨人の斧剣を叩き割り、衰えることなく鉄の体へと食い込んでいく。

そして――――

鉄の体は、地に膝をつく。

体から、力が抜ける。

―――いつか、初めて緑の賢帝を握ったときに似た、脱力感。

そして、それをはるかに上回る、苦痛。

あらゆる部分が、苦痛をあげていた。

そうして・・・

坂に風が吹き抜ける。

周りは、大召還の力で見るも無残。

―――正直、誰も気づかなかったのだろうか?

地を切っていた雄叫びも、大気を切っていた剣風も止んだ。

―――巨人が口を開く。

「なるほど。よもやこの私が、無名のものに敗れるとはな。」

感情の欠片も見せず、狂戦士だった者はそう言って崩れ去る。

―――後には、霞むように残った灰が残るだけ。

眩暈がする。

目の前がひび割れたように感じた。

―――ああ、士郎君やセイバーちゃんが駆け寄ってくるのが見えるなぁ。

度を越えた術は、神経を壊して、私を痛めつける。

「―――それが、貴女の宝具・・・」

セイバーちゃんが、そんなことを言いながら肩を貸してくれた。

「・・・・・・」

雪の少女はバーサーカーの消えた辺りを見て、呆然としていた。

「イリヤスフィール・・・!」

セイバーちゃんの、その声は聞こえていなかったようだ。

セイバーちゃんが、少女に切りかかろうとする。

「丁度いい。ここで成敗してあげましょう。」

でも・・・

「・・・っ!だめだセイバー!その子には・・・子供に手を上げるんじゃない!!」

士郎君が止めた。

ああ、多分士郎君なら、あの子を殺すような真似はしないはず。

それに安心して、私は気絶という名の眠りに落ちたのだった。


続く。




あとがき。

バトル。

アティ先生、強い。

他のサーヴァントと違って、完全に力を振るえる魔力基盤(境界線による、世界とのリンク)が在るためです。

さらに聖杯のバックアップとかがあるため、サモンナイト風に表記するなら、通常は召還レベル機B鬼A霊S獣Aで、抜剣覚醒時は機S鬼S霊S獣Sです。

また、いろいろFate世界の言葉を知ってるのは、前回も少し言ってましたけど、Fate世界に来たときに、聖杯から情報が頭に入ったからです。

また、今回最初から全力じゃないのは、令呪による契約は結局一時的なものなので、境界線との接続が弱いんですよ。

誓約の儀式で完全にFate世界との繋がりを持たなきゃならないわけですね。

エーと・・・(汗

―――そういうことにしておいておくんなせえ(滝汗

ではまた・・・

シュワッチュ!!

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