/凛・・・尋問
夜7時。
ちょうど、士郎は今、夕食の準備中だ。
桜は・・・先日の事件の日は休んでいて、なんとか無事だったらしい。
義兄の行方不明は、あまり気に病んではいなかったようだが・・・ま、あいつでは仕方がない。
こんな時に手伝いも何もないと思うのだが、それでも桜は士郎の世話を焼いている。
なんか、気に食わない・・・
明日にでも何らかの交渉をして、追い出すべきだ。
何かと危険になってきたことだし・・・
ライダーは霊体化して、今はアーチャーと一緒に見張りをしているはずだ。
そして、私はこの家で最も辛気臭いっていうか、埃臭いところにいた。
―――天井裏。
怯えた目つきでその男は、こっちを見ていた。
吊り下げられた哀れな馬鹿者。
下らない道化・・・他人の力を自分の力と勘違いした愚かな奴。
間洞慎二を見上げながら私はいった。
「知っている情報を話しなさいな。さもないと・・・」
そういって、自分の腕の魔術刻印を見せる。
魔術刻印は由緒ある魔術師の証。
それに秘められた術をこの馬鹿相手に使うのはもったいない気もしたが、この際仕方がない。
「ガンド、って知ってる?呪いの一種だけど・・・少なくとも、苦しいわよ。」
「―――ヒ」
声にならない悲鳴を上げる。
まぁ、声には殺気を込めてるし、もし何も話さないのなら・・・後ろにいる小うるさい士郎のサーヴァントを無視して一発かましてやるのもいいかもしれないと私は思っているから、この男の怯えも当然だろう。
ある意味で、私は酷く不機嫌だった。
サーヴァントが反則なら、マスターも反則。
どうしようもない位、私自身の勝率は低い。
まぁ、でも・・・
士郎と戦うのはなんか嫌だから、それでもいいかもしれないと思ってしまう。
そんな自分にも腹が立って不機嫌。
そんな気分だ。
―――と、後ろから士郎のサーヴァント・・・アティが近寄ってきた。
「怖がらせ過ぎです、凛。こうしたほうが早いですよ・・・それに、人格のゆがみの是正もついでにしたいですから。」
「本気でするつもり?そんなことしてなんになるっていうのよ・・・」
「少なくとも、士郎君と桜ちゃんの悲しみは、少し和らぎますね・・・」
アティはそう言うと、その手に持った緑の鉱石を翳す。
「―――森の妖精ドライアード・・・この子の心を私のとりこに・・・この子の心を少し私に素直にして・・・」
そうして、彼女の言葉とともに、ビラビラの服を着た(?)女性が現れる。
そして、彼女が簀巻きの慎二に手を翳すと、ピンク色の光が飛び、慎二の怯えが・・・心なしか止んだように見えた。
「さぁ、話してもらえますか・・・?」
「ああ・・・いいよ・・・」
少し虚ろな瞳の慎二は素直にそう言った。
そうして、私たちはいくつかの情報を得て、アティは夕食が出来上がるまでの数十分、馬鹿の説教に費やした・・・
気になったのはただひとつ。
どんなに問うても、あいつは桜について、そしてライダーの本当のマスターについては一言も言わなかったことだ。
なぜかはわからないけれど、それが後々酷い障碍になって立ち塞がってくるような予感を、私はひしひしと感じていた・・・
Fate/Summon
night
第五話「柳洞寺にて 〜Reality Marble〜」・U
/アティ・・・特訓って・・・
―――朝、9時・・・道場
「特訓・・・ですか。」
起きてすぐ・・・あんまり食欲もなかった私は、戦力増強のために新たな召喚石の作成を行っていた。
そこに、セイバーちゃんが憤懣やるかたない、といった風で現れ・・・今に至る。
「はい。正直、シロウは洒落にならないくらいとんでもないことを言ってくれました。」
額に青筋立てて、セイバーちゃんはそう言った。
「いったい何があったんですか?私が寝坊している間に・・・」
ちょっと、自分の頬が赤くなっている。
恥ずかしいことだが、ここに来てから何度も寝坊している。
半端に生活リズムが狂ってしまっているようだ。
お陰で、今日は士郎君のご飯を食べ逃してしまった。
「―――あのマスターは、こともあろうに、私に戦うな、と。私が女だから、戦わせるくらいなら自分が戦うと・・・!」
もう、今にも涙零しそうな勢いで愚痴る。
―――士郎君、昨晩言ったことを、忘れてやがるし。
「へぇ・・・まだそんな甘いこと言ってたんですか・・・」
自分の額にも青筋が立っていることに気がつく。
絶対、想像したとおりのことを考えてると思って、昨日鎌をかけてみたら案の定ああいうこと言った彼にむかっ腹。
取り合えず、心身ともに鍛えなおさないとだめらしい、あの子。
まぁ、昔の自分も相当に頑固だったと思うから・・・致し方ないのかもしれないが。
「取り合えず、私は剣術の訓練を、リンが魔術の訓練をシロウに課します。貴女は・・・」
「わかってます。召喚術の基礎・・・イメージングの特訓をします。剣術はあなたが教えたほうがいいでしょうからね。家事は・・・セイバーちゃんや凛が特訓している間に私がやるとして、一日中あの子を鍛えてあげましょう。」
私とセイバーちゃんは、どこか不穏当な笑みを浮かべて立ち上がる。
「さて・・・じゃぁ、誓約の儀式を仕上げたら、お洗濯始めますか・・・」
そうして、セイバーちゃんの相談で中断していた誓約の儀式を再開する。
「はぁっ!」
紫の召喚石が光を放ち、それは上空へと飛散して異界から存在を呼び出す。
先日、くれと言われた凛のための召喚石にするのだ。
彼女の素質はすばらしい・・・私のような例外を除き、普通、どんな人間でも1〜2種類の系統しか召喚術を扱えないのだが、彼女は全ての召喚石に対応した。
流石は、五大元素の属性を持つ・・・とその場で自称していただけある。
リィンバウムに来るなら、一流の召喚師になれるに違いない。
「来なさい、天の兵よ!!」
そして、一体の天使が現れる。
「我、アティの名において汝に誓約と制約の名を与える・・・汝の名は「天兵」・・・天の兵士たる身を我に捧げよ!」
「―――了解しました、召喚師殿・・・」
これで誓約は完了・・・護衛獣にするわけではないから、これで良い。
彼の言葉を聞き届けると、すぐに彼を送還する。
そうしないと、魔力の大きさに誰かに気づかれる恐れがある。
―――さて・・・
「じゃぁ、セイバーちゃん・・・私、お洗濯してきますね。」
誓約の儀式を、きょとんとした表情で見るセイバーちゃんを一瞥して、私は洗濯場へとその足を進めた。
/士郎・・・イリヤ、キレる。遠坂もキレる。
さて、おかしなことになってしまった。
とりあえず、魔術の訓練は今日から・・・剣術の訓練は明日から、ということになってしまった。
なんというか、アティの忠告を聞かなかった自分が悪いというか、思わずあんなことを口走った自分が悪いというか・・・
昨晩、ひそかに考えてたこと(セイバーたちを戦わせたくない)を、アティとアーチャーに見破られた自分が根本的にまずいとか。
とにかく、自分だけが悪かったらしい。
・・・なんでさ。
そりゃ、忠告無視して、「戦うな」って言った自分は悪いけど・・・
それでも、傷ついてほしくない、って思う自分の気持ちにうそなんてつけない。
セイバーはろくに傷ついてないけど、いつか傷つくかもしれない。
アティは、バーサーカーやライダーとの戦いで矢面に立ち・・・大怪我というほどではないが怪我を負っている。
「そんな光景見たくないから、戦うな・・・って言うのは駄目なんだろうか・・・」
昨日のアティの言葉が思い浮かぶ。
―――他人が傷つくのが嫌だから、自分が傷つこうとする。
――――でも、それはあなたを大切に思う人間を一番傷つけてしまうこと―――
それでも、自分は・・・
切継のことが思い浮かんだ。
―――救われぬモノは必ずある。
全てを救うことなどできない
千を得ようとして五百をこぼすのなら。
百を見捨てて九百を生かしきろう。
それが最も優れた手段。
つまり、理想―――
あの時、その言葉に俺は怒った。
正義の味方は、それでも千を救うものなのだと。
でもそれは・・・
あの気に食わない、赤い弓兵の言うように甘い絵空事に過ぎないのだろうか―――?
居間に寝転びながら、俺はそんなことをとりとめもなく考えていた。
どうしても、彼女らに戦わせないと、いけないのだろうか・・・
その時だった。
イリヤが、大声を上げながら、居間に飛び込んできたのは―――
「あれ、どういうことよ!!」
白い妖精のような少女が、素っ頓狂な声を上げて、また素っ頓狂な格好で居間に飛び込んできた。
「イリヤ・・・なんでジャージなんて着てんの?」
「そんなことどうでもいいわよ!ちなみに下にはブルマ履いてるわ!!」
聞いてねえよ。
まぁ、そんなことはどうでも良いとして・・・
「一体どうしたんだ・・・藪から棒に・・・」
「土蔵にあったアレ、何?」
―――?
土蔵にあった、アレ?
何かまずいものでも置いてあったっけ?
ええと・・・あそこにおいてあるのは・・・
親父が生前集めてたものとか、それに類するガラクタに、俺が運び込んだもろもろの物資と・・・後は暇つぶしに俺が投影したガラクタ・・・
あ!
俺はそこで、昨夜作り出したものを思い出す。
それは、狂戦士の・・・
「もしかして、イリヤ・・・アレを見たのか?」
「そうよ。アレってバーサーカーの剣じゃない・・・どこから持ってきたの?!あの剣は、アティが粉々にしたって言うのに!」
口調を荒げて、今にも泣きそうな風でイリヤは叫ぶ。
そして、俺の袖を強引に引っ張る。
「―――説明してよね。どうやって作ったのか。でなきゃ、私はシロウを殺しちゃうかも。」
おっそろしいことを、真顔で口走りつつ・・・
土蔵へ向かう。
その道すがら、イリヤが口を開いた。
「―――おかしいわ、シロウ。シロウにあんなことができるなんて・・・」
ある種、憎しみさえ備わった言葉が紡がれる。
「通りで、帰ってこないわけよね・・・こんな逸材が相手じゃぁね。」
ぼそぼそとこぼすその言葉に含まれるのは、諦めと少しの憎悪と郷愁―――
でも、その場にいる俺にはすっごい気まずい、って言うか死にたいくらいの重圧がかかっている。
「あ、あのー・・・イリヤ?」
「少し黙ってて。ほら、もう土蔵よ。」
「あ、ああ・・・」
怒りを押し殺した声で言うイリヤに、俺は―――
とその時だった。
ズクン。
目の前に壁が現れたような気がした。
「土蔵の中に誰かいる・・・?」
そう思った。
しかし・・・
どうやら、セイバーとアティ・・・それに遠坂が中にいるらしい。
その間にも、ずるずると俺は引っ張られている。
―――瞬間、ぞわりと背中に悪寒が走る。
それは、きっと遠坂の敵意に満ちた魔力の波動だったのだろう。
立ち止まってしまう。
「なにあのくらいで立ち止まってんの?行くわよ!」
イリヤが強引に俺の腕を引っ張った。
その間にも、遠坂の言葉が少し聞こえた。
「―――何者よ、アイツ。」
「そうね、私も知りたい。」
イリヤが強引に中に入り、そして怒りにも、畏れにも似た遠坂の言葉に呼応する。
「―――士郎・・・」
とがめるような視線が、俺に突き刺さる。
「士郎、これは一体なに?」
遠坂は、イリヤの言葉を無視して俺に言葉を投げかける。
「魔術は基本的に等価交換・・・その原則を無視しているあなたは、一体何者?」
遠坂は、今にも俺を殺しかねない殺気を放ちながら、そう言った。
気づけば、イリヤも・・・バーサーカーの斧剣によりそうにしながら、似たような視線を俺に向けてくる。
セイバーとアティは、それを心配そうに見ているだけ・・・
「言っておいてあげる。あなたは魔術師なんかじゃない。」
憎しみさえこもった声で、遠坂は言った。
「お兄ちゃんは、強化しかできないんだよね・・・だとするなら、リンの言うとおり、シロウは魔術師じゃない。」
イリヤが続ける。
「強化の次が変化、その上が投影・・・でも、シロウのこれは・・・違う。もし、投影で作ったのなら・・・」
「あなたの魔術は、きっとある魔術が劣化したものよ。現実を侵食する想念があなたの魔術。覚えておきなさい。そして、私はあなたに何かを教えてあげることはできないわ。出来るわけがない・・・」
悔しげにそうつぶやいて、遠坂は土蔵を出る。
「むしろ、教えてあげられるのは、あなたのサーヴァントよ。そうそう、ありがたくいただいておくわ、この召喚石。」
アティから受け取っていたのか、紫色のサモナイト石を掲げて・・・
最後だけは軽くそう言うと、遠坂はスタスタと歩み去ってしまう。
―――イリヤも、いとおしげに斧剣を眺めると、同じように立ち去る。
ただ、イリヤは最後に笑顔を見せてくれたが。
「キリツグが見込んだだけのことはあるよね、お兄ちゃん?」
―――見込んだ?何の話だ?なぜ、そんなことを思う・・・?
そんな疑問もなしにされてしまうような、無邪気な笑顔を。
セイバーとアティはただ、こちらを見つめ・・・
そして、俺は立ち尽くす。
「―――なんでさ。」
俺は、きっと今は聞いてはいけない話を聞いてしまったに違いない。
その罪深さを、ひしひしと感じながら・・・
―――深夜
今日は土蔵での訓練は休むことにした。
昼間のことで、遠坂と気まずくなってしまったし・・・
考えることが多すぎたからだ。
うー・・・眠れない・・・
眠れないと考えれば考えるほど眠れない。
いっそ、やっぱり、起きて土蔵へ行こうか。
そんなことを考えながら。
隣の部屋のセイバーをのぞいてみようか、とか邪な考えも浮かんでしまったり・・・
「―――現実を侵食する想念・・・」
何の話かわからない。
そもそも、それは一体何なのか。
遠坂は、俺が魔術師ではない、と言った。
魔術を使う俺が、魔術師ではないとしたら、俺はいったい何なのだろうか?
―――知りたい?
唐突に頭に声が響いた。
―――セイバーのマスター・・・知りたければ、私の声についてらっしゃいな。
女の声・・・
敵のサーヴァントか・・・!
しかし、それを思ったとき、すでに俺の意識は俺のものではなく。
俺は立ち上がりながら、俺の意識を手放した・・・
続く。
後書け。
―――いろいろ、間違ったことになってる気がします。
と言うわけで、次回からバトルに移行。
バトれ士郎!バトれアーチャー!
斧剣が大地を砕き去り、高速神言が闇夜を照らす!
セイバーの聖剣が、アサシンの燕返しが冴え渡る!!
そして、発動する固有結界!!
手に汗握る展開を作者は書き切れるのか!(多分無理!?)
時間の後書きでまた!!
シュワッチュ!!