/アティ・山門踏破
ゴウ、と風の速さで疾駆する。
その風の流れを食って、飛龍は進撃する。
剣の名を持つ英雄を、この腕に掴んで一飛び。
瞬時、瞬時、瞬時。
私と彼女は山門を飛び越え、闇を乗り越え、敵の牙城へ突入する。
「クッ、油断した・・・!」
「そんなこと言ってる場合じゃないです!士郎君は!?」
彼女の悔恨に、一切かまわず言葉を紡ぐ。
「わからない!だが、この先にいるのは間違いないはずです!」
その言葉を聞き、私は飛龍に着地の指示を出した。
飛龍はとても優雅とはいえぬ速度で、強引に石畳へと着地。
その巨体で畳は割れ、轟音が世界を支配する。
目の前には。
「サーヴァント・・・!」
セイバーちゃんが叫ぶ。
そこにはフードを目深に被り、冥い気配を称えた紫黒の魔女が立っていた。
Fate/Summon night
第五話「柳洞寺にて〜Realty Marble〜」・W
/士郎・鬼道憑依(前)
引き返せと、心が叫んだ。
でももうそれは遅い。
この体は既に俺の意思を外れ、進んでいく。
手足は訊かず、一途に進む。
山門へと、山門へと。
――――確かなものは、この頭だけ。
声の意志に従い、衛宮士郎は境内を進む。
進む?
進まされている?
いや、何かおかしい。
この体に巣くうものが二つあるような感覚。
動かぬ体を、目だけで見て解析、解析、解析。
簡単だ、簡単なことだ。
この体にすくう異物を、毒を、魔力を見出すことだ。
いつもやってる、慣れている行為。
闇に沈む境内に立つ、人ならざるもの。
それを視認する前に、これだけは終えなければならない。
そうしなければ、目の前のものに、或いはこの巣くう毒に。
俺は、殺される。
見出せ、見出せ、見出せ!
あんなものを、あんなカタマリを、投影したのだから。
必ず出来る。
それだけを信じて動かぬ体を視認する。
見出したものは、染みと欠片。
「―――え?」
それはどういうことなのか、俺の体内には他者の魔力なんて混じっていない。
ただ二点。
俺の心臓にうがたれた赤い染みと、其れに寄り添うように、心臓の裏側に広がる染み。
だと言うのに、体の全てが異常だ。
いや、体だけではない。
心まで、何かに ―――コロセ――― 食われているような ―――コワセ―――
食われていくようで。
俺は、境内の「敵」を視認する前に。
情けないことだが、意識を失っていたのだ―――
/アティ・魔女邂逅
彼女の手が、敵の手が、士郎君に伸びようとしていた。
「―――おかしいわね?こんな風に倒れるわけはないのだけれども」
目の前のサーヴァント・・・おそらくはキャスターは冷然とそう述べた。
「あなたたち、この子のサーヴァントね?全く役に立たないわね、アサシンは!でも・・・まぁ、もういいわ」
フードの中の魔女は焦りを、しかし次いで余裕を取り戻した笑みを浮かべて。
「二人もサーヴァントと契約しているなんて反則よ?素人同然の子供より、私のマスターのほうがあなた方には相応しいでしょうし?」
そう言って、士郎君へ伸びる手が彼へつく前に。
其れは奇蹟でもなんでもなく。
当然のように降り来るもの。
何十と言う矢が降り注ぎ、何十という地面を抉る音が響く。
キャスターは咄嗟に其れを避け、黒いローブを翻す。
「アーチャー!!」
「ふん、とうに命はないと思っていたが・・・この小僧、存外にしぶといのだな」
徒手空拳のまま降りてきた赤い弓兵はそう答え、私たちの目の前に、士郎君の眼前に現れる。
「どうしてここに?」
「何、お前たちの前に山門を通してもらったに過ぎん。無論、ある程度あの門番と手合わせする羽目にはなったがな」
「く・・・!もう殺られるなんて、役に立たないのもいい加減に・・・」
「殺したわけではありません。強引に山門の上を突っ切っただけです。アーチャーがどうやったのかは知りませんが」
キャスターの焦りの混じった言葉に、私は冷静に言い返した。
理知的に見えて、結構ヒステリックな性格をしていると見た。
「其れこそ、あいつが役立たずと言う証拠ね・・・ちっ」
小さく舌打ちをした彼女にアーチャーは、
「なるほど、三対一と言うことか。アサシンを含めても、三対二。負ける道理は,ない」
少しだけ不機嫌に言った。
何がそんなに不満なのか、士郎君のことを一瞥すると、「私としては不服だが」そう言って。
「この小僧を見逃せば、セイバーはともかく、そこのイレギュラーは退くだろう。どうする?」
アーチャーは嘲るようにそう続けた。
「ふん・・・」
何かをはかるように、キャスターは鼻を鳴らす。
しばし、凍ったような空気が流れる。
気温ではなく、気配を全員が凍らせている、そんな情景。
だけれども、其れもつかの間。
周囲の異常を誰も感じていなかった。
「何を悠長な!ここで倒してしまえば話は早い!!」
「いえ、それは危険です。何故なら・・・」
セイバーちゃんの反駁に答える私の言葉を次いでアーチャーが言った。
「何故なら、ここは貴様の陣地だろうからな、キャスター。切り札の二つや三つ用意しているのだろう?」
「・・・」
「そんなところで戦うなど、私はしないよ」
くつくつとアーチャーは笑った。
どこか癇に障る笑みだが仕方ない。
彼と、私はどこか似ているのだ。いわゆる同属嫌悪と言うやつだろう。
「どうする?」
「どうするも、こうするもないわ。三人ものサーヴァントをいちどきに相手にするほど私は馬鹿では」
問に答えるキャスターの言葉が止まる。
その気配に誰も、今まで、気付いていなかった。
鬼・鬼・鬼。
これは、鬼の気配。
それも、キュウマさんたちのような人鬼ではなく。
それは、業鬼。人に取憑き、心を喰らう、真の鬼の気配――――
ギィイイン!!
剣戟の音が聞こえる。
それは、山門から。
呻きが、叫びが、諸々の悲鳴と憎悪と苦しみとが聞こえた。
まさか。
ここに来る途中に出会った―――
そこまで考えた時、ゆっくりと士郎君が起き上がった。
その手には。
『――――投影完了』
その言葉とともに。
狂戦士の斧剣が握られていた。
/セイバー・鬼道憑依(中)
起き上がったシロウは何か異質な存在に成り果てていた。
筋肉は盛り上がり、瞳は赤く滾り、凶悪な形相。
「シ、ロウ?」
場にいる全員が呆気に取られていた。
こんなことはありえない。
こんなことは考えられない。
人が、何の前触れもなくこのように変わってしまう等と。
「グァァァァァッァァァァッ!!!」
叫ぶ、シロウは叫んだ。
山門からは、アサシンのものと思しき剣舞の音が聞こえている。
「キャスター!貴様何をした!!」
「何を言っているの!私はこんな」
「そんなことを言っている場合じゃないでしょう?!」
私の焦った声に、キャスターは困惑、アティは叱責の声を上げた。
「これは一体どういうことですか!?」
「わからないけど、心当たりはある・・・」
アティは珍しく口ごもると、キャスターに向き直る。
「貴女がしたわけじゃ、ないんですね?」
「勿論よ、でも・・・」
キャスターはにやりと笑って、続けた。
「どうやら、好機のようね」
そう言って、彼女のローブの背がまるで翼のように広がった。
「何が起きているかはわからないけど、ここで勝手な真似はさせてあげないし、もうあなた方を逃す気もない。それに・・・」
くつくつ、と笑う。
「その坊やの力、面白いわ。ぜひとも貴女方ごと手に入れたくなったわよ!」
半ばやけくその様な声で彼女は叫んだ。
負けじと私も叫ぶ。
「勝てると思っているのですか!?」
「ええ、勝つつもりよ。切り札の一つや二つはある・・・そして、あなた方は坊やを置いて帰るなんて出来ない。ほら、いい感じでしょう?」
何を減らず口を・・・
その時、気配が一つ。
「騒がしいぞ、キャスター」
痩身の男が、離れから幽鬼のように現れた―――
続く
あとがき
1年ぶりでした。
リハビリ中です。
とても申し訳ない。
忙しくて・・・精神的に辛くて・・・
では、また・・・